七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第16話~占術~

「ん、んん~」

 

 カティはこれまでにないくらい心地良く目覚めた。目覚ましも使わずに、おおよそ早起きと呼べる時間帯にである。

 珍しいことだ。いつ寝たのか全く記憶にないが。

 疲れも、不安も頭の片隅にもない。本当に珍しいことだと思いつつ、ベッドから出た。

 

「くえ」

 

 不死鳥クリスタが自分の椅子で止まっている。彼女も起きたところなのだろう。

 黒く丸い目がゆったりと開いた。

 

「おはよう、クリスタ」

 

 指先で赤い頭と金の飾り羽を撫でる。カティのコミュニケーションにクリスタは気持ちよさそうに目を細めた。

 

「あーあ、でも結局あなたの歌声は聴けなかったな。残念」

「くええ」

 

 カティは昨夜のことを何も覚えていない。クリスタの歌に誘われて眠ったことも、記憶に翼が加えられていることも。

 クリスタはしばし思案し。

 嘴を開き、歌う。

 落ち着いた美しい歌声だった。カティの心を優しい気持ちで満たしていく。

 テーブルいっぱいの朝ご飯を見た時のような、同じテーブルに着く家族の様子を見た時のような。そんな優しい光景がカティの脳裏に浮かんだ。

 

 これが不死鳥の魔法の歌か。まさに魔法だ。

 優しさに浸っていたカティが拍手でその歌声を褒めた。

 

「ありがとう、クリスタ。ちょっと懐かしい気持ちになっちゃった。凄いね、不死鳥の歌は」

「くえ」

 

 感謝を示したカティにクリスタは敬意を示す。翼を広げ、頭を下げた。

 

「くええ」

 

 加えて別れの挨拶でもあったようだ。

 不死鳥は静かに羽ばたくと窓際へと飛び移る。意図に気づいたカティが窓を開けてやると、ぺこりと頭を下げて外へと飛んでいった。

 一直線に校舎へと向かっていくその姿は、しばらくして火の粉となって消える。

 主のところに戻ったのだろう。

 

「すーはー」

 

 カティはそのまま窓から身を乗り出し、朝の空気を目いっぱい吸い込んで吐き出す。

 涼し気な外の空気はよりカティの頭を冴えさえた。

 起床の際の心地良さ、そして不死鳥の歌の温かい懐かしさを冷やすような空気だったが、だからこそやるべきことを思い出す。

 

 マルコ。

 あのトロールの名前を頭に浮かべた。

 

 カティは振り返り、時計とまだ眠っている同居人を見つめる。

 彼女は知らないことだが、同居人であるナナオは不死鳥の歌によって深く眠っていた。普段の彼女ならとうに起きていて鍛錬に向かっていただろうが、今日は何もかも忘れんばかりに熟睡していたのである。

 カティは起きる様子のないナナオを見つめるとペンと紙を手に取り

 

「マルコのところに行ってから食堂に行くから先に行っててね」

 

 そう書き残して今日一日の準備を整えると、ひっそりと部屋を出て行った。

 

 

 

 カティは女子寮を出て、マルコのいる飼育区画へと小走りで向かう。

 彼が隔離されている檻の前には既にルネが来ていた。トロールも起きている。

 ルネは食事を用意しており、マルコに渡す直前だった。

 

「おはようございますMs.(ミズ)アールト」

 

 穀物がゆがたっぷり入った大きな桶を魔法で浮かせ、更に檻の餌の入れ口を開けると丁寧に桶を檻の床に置く。

 かちゃりと餌の入れ口が魔法で閉められた。

 

「おはよう、ルネ。マルコも」

 

 トロールは餌に手を伸ばさずじっと二人を見つめるばかりだ。

 しかしその目に力はない。

 

「どうやら昨日の食事もあまり食べていないようでしてね」

 

 カティが来る前に檻から出した桶をルネは指差す。その中には昨日出されたであろう穀物がゆがほぼそのまま残っていた。ひと掬い程度は口にしたようだが、それ以外はすっかり乾いている。

 カティもちっとも減っていない前日の食事を見て悲しそうな顔になった。

 

「やっぱり原因は」

「ストレスでしょうね。ここに閉じ込められていることも、実験体であったことも。そもそも私達が来ていることも」

 

 ルネはじっとマルコを見つめる。彼と目が合うと威嚇の唸り声を小さく鳴らされた。肩をすくめ、ルネはカティに視線を向ける。

 

 議論の必要はない。原因は分かりきっていた。

 そもそも逃げ出した理由も実験体として扱われていたからだ。

 現在もマルコは周囲に強い警戒心を抱き、また強いストレスにも晒されていた。

 

「これは粘り強い対応が必要になるでしょう。Ms.(ミズ)アールト。このように警戒心の強い動物と接する際にはどのようにしますか?」

 

 ルネの質問にカティは即答した。

 

「相手に心を開いてもらうまで待つ。私達が味方だと分かってもらうまで」

「素晴らしい。では私達もマルコに信頼してもらうまで粘り強く待ちましょう」

「でも、あんまり時間はないんじゃ」

 

 マルコの調査にルネが与えられた時間は一ヶ月である。

 それまでに結果を出せなければ分かったことを報告せざるを得なくなる。となるとマルコの殺処分、解剖は避けられないだろう。

 ルネは焦るカティを宥めた。

 

「確かに。しかしそれで焦ってしまってはしかたありません。ここはマルコを信頼して、私達も朝食に行くとしましょうか」

 

 更にそう提案する。

 

「──うん、そうだよね」

 

 カティも納得はしているようだが、もどかしい思いがあるのだろう。

 しかしこれ以上は何もできない。自分達がいることもこのトロールにとってはストレスになるのだから。

 必要最低限、食事を与えるという行為だけ示し、後はマルコの対応を待つ。

 現状はこれしかないし、こうした過程がマルコの発話を促すだろうとルネは思っていた。

 このトロールの霊体に寄生させた人工精霊(ナメクジ)は教えてくれる。トロールの感情が揺れていることを。

 案外、難しくはないのかもしれない。ルネはそう思いつつカティを伴い校舎内の食堂へと向かった。

 

 

 

 ルネとカティは食堂でオリバー達の分の席も確保し、彼らが来るのを待つ。

 

「ねえ、ルネ。本当にそれだけで大丈夫?」

「ええ、もちろん」

 

 卵やベーコン、マフィンなどなど。カティはプレートにたっぷりの朝食を載せているが、ルネはティーカップとその中身の紅茶を一杯だけであった。小さなマフィンや茶菓子の類すらない。

 そもそもお茶にもほとんど口をつけていない。

 

 彼は椅子にゆったりもたれ、カティが食事を消費していくのを楽しく観賞しているようだった。

 その青い目線がカティは気になってしかたがなかった。

 ばくばく食べる自分と、スマートに過ごすルネ。

 特にルネは体型もスマートだ。決して痩せぎすではないほっそりとした体躯に、そこから信じられないほどの力を発揮するのである。

 

 口に運ぼうとしたカリカリに焼いたベーコンを、カティは静かに皿の上に戻した。

 彼女を観察していたルネは突然フォークを置いた行動を当然疑問に思う。

 

「何か?」

「いや、別に……」

 

 彼の問いかけにカティはまともに答えず、ちらりと自分のお腹を見つめた。そう太ってはいない、はず。いや、でもちょっと油断したかも。

 うー、と難しそうにカティが唸っているなか、ルネは彼女のみならず油断なく周りにも視線をやっていた。

 時間はちょうど生徒達が集まる頃である。

 ほとんどの生徒達は自分達に見向きもしていないが、なかには意地悪く見てくる者達もいた。その視線は主にカティへと向けられている。

 

 保守派の新入生達だ。すっかりカティは嫌がらせの対象に加えられたらしい。

 途中カティにちょっかいをかけた女子グループも現れた。Ms.(ミズ)モンテスキュー、Ms.(ミズ)カロー、Ms.(ミズ)コナーの三人だ。

 彼女らの友人である他の生徒達も一緒だったが。まず三人はルネの姿を見た途端、顔を青褪めさせて逃げるように食堂から出て行った。 

 友人達は慌てて三人を追う。

 彼女達は事情を話すだろうか。それならそれで構わない。ルネの基本姿勢はそうであった。

 

 まるで過保護な大人が子供にそうするように、ルネはカティを守ると決めていたからである。

 その後、オリバー達が食堂に現れた。ルネは杖先から光の玉を飛ばして彼らをテーブルまで案内する。

 

「おはようみんな」

「おはようございます。みなさん」

 

 カティは元気よく挨拶し、ルネは丁寧に挨拶した。

 

「おはようカティ、随分と早いな」

 

 オリバーが座りながら早起きのカティに言う。彼女ははにかみながら答えた。

 

「えへへ。何だか今日は気分良く起きることができてね。あ、そうだ。クリスタの歌声、とっても綺麗だったよルネ。夜じゃなくて朝に聞いたんだけどね」

「それは良かった。彼女は気難しいのですが、君に懐いてくれて良かったですよ」

 

 ここでようやくルネは紅茶に口をつけた。計三度目である。放っておいたのですっかり冷めていたが、彼が手にした途端に中身はすぐに温まった。

 温かい紅茶を飲み、ミシェーラやピート、ガイやナナオとも挨拶を交わす。

 ナナオも元気よさげに話をする。昨夜のことを忘れているわけではないが、それをオリバー達に知られないよう隠しているようだった。

 

 良いことだ。オリバーも、ミシェーラもナナオの問題が解決したと思っているらしいが。

 とんでもない。解決はこれから始まるのだ。

 ナナオが確実に自分の手元に引き寄せられているのを感じつつ、またトロールにも精神的な揺らぎが生じているのも喜ばしい。

 未来は明るいのだ。彼はそう思ってやまない。

 

「おやおや、朝から随分と食べるのですね」

 

 ルネはオリバー達が食事をするのも──特にナナオとガイが大量に食べるのも──同じように微笑ましく眺めた。

 その青い視線の奥にある思考は誰にも読み取れない。彼の分厚い宮殿の壁は真意を外へ決して漏らさないし、探らせることもさせないからである。

 

 

 

 大歴一二〇二年トマス=フィボナッチは『占術の書』の中で喝破した。「未来とは固められた歩道ではない。柔らかな泥濘のようなものである」と。

 数秘術の大家であったトマスのこの著作によって、それまで未来は固定されているものだと信じていた占術は大きく価値観を変えることとなる。

 未来とは決まったものであり、それを見通すことが占術の目的だった。

 しかしトマス以降の占術は固定された未来を予知できる一人の偉大な占術家を目指すことではなく、多数の術者による占いの結果から未来を予測する分野へと変わったのである。

 

 観測不能な、様々な可能性のある未来の出来事に対し、占術家達は数を恃む方針に切り替えたのだ。

 ゆえに現代において占術は多数の術者で行うことが基本となる。彼らが占った結果を統合し、より可能性の高いものを予知とするのである。

 異端狩り(グノーシスハンター)本部の占術科が大勢の占術家を擁しているように。

 

 といってもその仕事ぶりは、現場の異端狩り(グノーシスハンター)達が「サイコロを振るよりはマシ」とため息を吐くくらいのものだったが。

 拷問に近い聴取で集めた情報で作った異端(グノーシス)達の分布図と、占術科による占いを重ね合わせて導き出した予知がこれまでどれだけ外れてきたことか。

 しかし、キンバリーにおいてもその他の魔法学校においても占術の授業がなくなることはない。

 それ以外に頼るものがないからである。

 

 仲間内での朝食と一限目の授業を終え、ルネ、カティ、ミシェーラは二限目の占術の授業を受けていた。

 占術の初日の授業は教授の挨拶と早速の実技から始まる。水晶玉と向き合い、その中から未来を読み解くというものだ。

 水晶玉の扱いに関する説明を受けた後で実際に未来を見る作業が始まったのだが。

 じっと水晶玉を見つめていたルネは、彼女の視線が流石に気になって少しだけ水晶玉から顔を上げる。

 

 そしてちょうど占術学科教授シビル=フィボナッチと目が合った。

 整っているが、いつも何かに不満を抱いているかのように厳しめの表情である。シビル教授はその厳しさのまま注意する。

 

Mr.(ミスター)サリヴァーン。今は水晶を通し、未来を見つめる時間です。私の顔を見てもしかたありませんよ」

「失礼しましたフィボナッチ先生」

 

 そう指摘されルネは水晶玉を見つめ直した。ただしこの女教授が他の生徒の様子を見ずに先ほどから十分近く自分を凝視していることは言わない。

 しかし──どことなく自分への眼差しが義母のそれと似ているような。

 

 かのトマス=フィボナッチの末裔であるこの女占い師の意味ありげな眼差しに首を傾げつつも気を取り直して。

 ルネは水晶玉に意識を向ける。

 他の生徒達もこのつるつるした球体を睨みつけているが、何かを見出せている生徒はいなさそうだった。それは優等生であるミシェーラも同じである。困惑した様子でじっと水晶玉を見つめていた。

 彼女は実家で教わっていないこの分野に興味を抱き、授業を時間割に組み込んだ。

 授業において何らかの術式や技術が教えてもらえる思っていたのだが。実際に行っているのは本当に水晶玉との睨めっこである。

 

「占術に重要なのは優れた感覚なのです。それはどの分野よりもずっと必要になります。他の魔法分野においてはそれなりの努力が実を結ぶでしょうが、占術に関してはその努力が並外れて大変です」

 

 ようやくルネから視線を外し、シビル教授は言った。

 

「今皆さんが見ている水晶玉も、星辰も、獣の骨のヒビも。そこから未来の光景を見出すには特別な感覚が必要なのです。そしてそれを養うには実践あるのみ。これからは皆さんに占術のやり方を教えていきます。占いの方法を知り、実践を続けていけばいずれ特別な感覚が鍛えられることでしょう」

 

 占術は才能の分野である。

 この水晶玉に未来を見出せる魔法使いがいれば、永遠にただの水晶玉にしか見えない魔法使いも数多くいる。

 どうやらミシェーラは後者になりそうであった。

 確かに占術は曖昧なことを意味ありげに語ることも多く、論理的なミシェーラには苦手な分野かもしれない。

 

 出てくる予知もはっきりとした未来の光景を映し出すことは少なく異端狩り(グノーシスハンター)達がため息を吐くのも分かるというものだ。

 両手を膝の上に置き、水晶玉を凝視するミシェーラの姿を見てルネはそう思った。

 退屈な授業を取ってしまったとミシェーラの頭の中では後悔が渦巻いているようだった。だから実家では教えてくれなかったのだと。

 カティも水晶玉との見つめ合いに困惑しているようだった。

 

 シビル教授の説明通り占術はとても難しい。水晶玉や骨のヒビなどを見つめるだけでは未来は見出せないからだ。

 未来に触れるには、ただ呪文を唱えたり魔力を操ったりするだけでは足りない。もっと重要な部分に手を、声を届けなければ。

 目指すはこの世の枢機だ。過去から現在、そして未来へと流れていくであろう一つの大きな流れ。この世に神秘をもたらす魔道の本流である。

 その魔道の枢機と会話をすることによって魔法使いは過去、現在、未来を知り得るのだ。

 

 一度深呼吸をし、ルネはこの世の深奥へと呼びかける。

 その結果、ただ水晶玉を一撫でした。

 ルネの呼びかけに応えてくれた魔力の枢機がそこに未来を映してくれる。ゆらゆらと水槽を泳ぐ魚のように球体の中を未来の光景が幾つも揺れ動いていた。

 

「わ、すごい」

 

 右隣のカティだ。集中力が切れたのかルネの手元の水晶玉を覗き込んでくる。左のミシェーラも興味深そうに観察してきた。

 

「複数の未来があるのですわね」

 

 ミシェーラのその発言にルネは解説を加える。

 

「あくまで可能性ですよ。未来と呼べるほどのものではありません。現在から辿れる時空のほんの少し先を予測する光景を映し出しているにすぎません。ゆえにこれほど数多くあるのです」

 

 解説が理解されているかいないかはそれほど気にせず、カティの頭を手で優しく押し返し、ルネは水晶を杖で突く。すると水晶から光が溢れ、天井に幾つもの光景を映し出した。

 

「これらは今から三十分後の未来の可能性の姿です。このどれかが本当に三十分後の光景となるでしょう」

「お見事です、Mr.(ミスター)サリヴァーン」 

 

 シビル=フィボナッチ教授は素直に称賛する。

 

「本当に、よくできました。新入生の段階でそこまでできるとは驚きです。実に素晴らしい」

 

 そしてルネの頭をよしよしと撫でてきた。まるで子犬にそうするように優しく触れてくる。

 

「光栄です。フィボナッチ先生」

 

 やはり接し方が義母に似ている気がする。

 

「……おや?」

 

 しかしいつまでも撫でまわしてくるシビル教授に、カティと違って押し返すこともできずに対応に困っていたルネだが、天井に映された未来の光景の幾つかに気になるものを見つけ、再度水晶を杖で突いた。

 

 そして見えたのは四つの光景だ。

 それらはどれも同じ未来を表していた。

 檻の中で血の中で倒れるマルコ。頭が潰されたトロールの死であった。

 突如映し出された亜人の死の姿に教室内が騒めく。シビルもルネを撫でていた手を止め、天井に映された未来の光景を見上げる。

 

「る、ルネ? これって」

 

 同じく天井を見上げていたカティは困惑した様子でルネに問いかける。

 四つも予見された可能性の光景。それはすなわち起こり得る可能性の高い未来の姿であるということ。

 

 しかもここまではっきりとした形を作っているとなると、そしてこれを見出した己の感覚からも分かる。

 これは間違いなく未来の光景であると。

 過程はどうであれ、これから三十分後にマルコは死ぬ。その可能性は高い。ほぼ起こるだろう。このまま何もしなかったら。

 

「──詳しく見てみましょう」

 

 ルネは再度水晶玉を向かい合い、事の詳細を調べ始めた。

 どのようにしてこのような結果に至ったのか。再び魔道の枢機へと繋がり、対話を試み、情報を引き出せるよう努めた。

 

 しばらくすると四つの光景が巻き戻り、四通りの殺害方法を示した後にトロールに杖剣を向ける魔法使いの姿が現れる。どれも同じ魔法使いである。

 黒髪の男性教師だ。亜人種を心の底から見下す傲慢な表情を浮かべ、怯えるトロールに杖剣を突きつけていた。

 

「これはグレンヴィル先生ですね」

 

 そうぽつりと呟くシビル教授。

 錬金術科教授ダリウス=グレンヴィル。亜人種へのアプローチとしては生粋の保守派だ。トロールの命なんてどうとも思わない、まさにカティの正反対の人物である。

 どうして彼が出てきたのか。ルネの頭には答えがあったが、別の可能性を消すためにシビル教授に質問する。

 

「フィボナッチ先生。先生の管轄外かもしれませんが、ご存知でしたらお教えください。トロールの殺処分が決まったのですか?」

 

 ルネの真剣な眼差しと対峙してシビル教授はどぎまぎしながら答えた。

 

「え、ええと。そのような決定は今朝の職員会議でも出ていなかったと思いますが」

 

 学校が任命した処刑人ではない──となると、答えは一つだ。

 どうやら思ったよりも犯人が早く動いてしまったらしい。

 ルネは即座に教授へ提案する。

 

「フィボナッチ先生。授業の終わりの時間までまだ少しありますが、早めの退席をお許しいただけませんでしょうか。私の占術が正しいかどうか見たいのです」

 

 途中退席ではなく、あくまで授業の一環として退室する。

 断りにくい提案をしてきたルネにシビル教授は私情を抜きに苦笑し、教師として告げた。

 

「ええ、構いませんよ。この件の報告を、明日提出してくれるのなら。明日の夜七時に私の教授室に来なさい。そこで報告書の提出と、口頭での報告もなさい」

「かしこまりました──ああ、Ms.(ミズ)アールト。君は授業後に来てください。安心してくださいMs.(ミズ)アールト。マルコを殺させはしません」

 

 自分と同時に立ち上がろうとしたカティをルネは座らせた。

 

「え、ええ? でも……」

Ms.(ミズ)アールト。私は授業の一部として外出するのです。決して一足先に昼食を食べたいがためではないのですよ」

 

 この未来は自分が見たものだ。

 それを確かめる役割は自身にこそあれカティにはない。その道理を曲げることをルネはしなかった。

 

「で、でも」

 

 不安げに、なおもついてこようとする彼女にルネは囁いた。その声音は魔力を持ち、カティを安堵させる。

 

「教室外に自動人形(オートマトン)を待たせておきます。授業が終わったらそれに話しかけてください。すぐにマルコの前まで着きますから。Ms.(ミズ)マクファーレン、彼女を頼みますね」

「ええ、分かりましたわ。カティ、ここはひとまずルネに任せましょう」

 

 ミシェーラの説得にようやくカティは納得したようだった。天井に映されたマルコの死に動揺は未だ隠せない様子であったが、この少年に託すことを決める。

 

「う、うん。分かった。ルネ、授業が終わったらすぐに行くからね」

「お待ちしていますよ。マルコと一緒に」

 

 そうカティに優しく告げると、ルネは水晶を撫でて予知の光景を消した。

 

「では先生。失礼します」

 

 そして教授に一礼し、彼は瞬間移動でその場からいなくなる。

 成功した占術の光景、そしてトロールの死、ダリウス=グレンヴィルの姿、ルネの瞬間移動。

 それらが重なった占術の教室は騒ぎを通り越して沈黙が広まっていたが、ここは教授としてのシビル=フィボナッチの出番だ。

 いつも退屈そうな生徒達を動かしているのである。彼女は咳払い一つで生徒達の集中を取り戻した。

 

 そして授業後。

 カティは急いで荷物を鞄に詰め込み、ミシェーラの手を引っ張る勢いで教室を飛び出す。

 

「お待ちなさいカティ! まずはオリバー達のところにも寄りましょう!」

「あ。そ、そうだね! ルネ、お願い!」

「かしこまりました。では魔法史の教室前へと行きましょう」

 

 自動人形(オートマトン)ルネは二人の少女を抱え上げると、瞬間移動でその場から消えた。

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