七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第17話~賢者ルネ=サリヴァーン~

 錬金術には「賢者」という肩書が存在する。

 その肩書をどうすれば名乗れるようになるのか、どのように認定するのかという明確な基準があるわけではなかったが、そう呼ばれる錬金術師は歴史上存在した。

 ヘルメス=ハンネスブルク、サンジェルマン卿、ニコラウス=フラメラ等の歴史に名を残した偉大な錬金術師達だ。

 

 そしてルネ=サリヴァーンも錬金術における「賢者」であった。

 それは錬金術師として活動している現代の魔法使いのほとんどが知っていることである。

 もちろんキンバリー錬金術科教授ダリウス=グレンヴィルもそうであった。

 彼はトロールの檻の前でルネと対峙し、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「……Mr.(ミスター)サリヴァーンか」

「こんにちは、グレンヴィル先生」 

 

 忌々しそうなグレンヴィルに対し、ルネはにこやかにそして丁寧に教授と接する。

 彼はそれを欠かさない。例え相手が自身の錬金術の履修を拒否した相手であるからといって。

 

 免除ではない。拒否だ。

 形式上では免除ということになっているが、内容としては拒否されているとルネは感じていた。

 出席の免除というだけなら他にも天文学、魔道工学、呪術関連の授業もそうだ。彼は自身の研究時間を増やすために学校へ申請をしてそのような待遇を受けている。

 

 理由は単純。入学時点で、既に最高学年の生徒達よりも卓越した知識や能力を有しているからだ。論文、呪文の開発、活動などなどにおいて、彼は歴代のどの生徒達よりも優れていたのである。

 特に天文学のデメトリオ=アリステイディス教授には、飛び級で卒業して一刻も早く異端狩り(グノーシスハント)の現場に出て活躍してもらいたいと評価されているほどだ。

 反対に呪文学と魔法剣の授業は、どちらも天文学などと同じくらいに長けている分野だが、教授の方針で出席が求められていた。

 

 しかし錬金術はこのどちらの教授の方針とも違う。

 そもそもルネは授業への出席を免除されているだけで試験は全く免除されていない。むしろ一般的な生徒よりもレベルの高い論文や成果物を期待されている。

 だが錬金術は試験すら免除していた。

 

 これらの待遇は全てルネがダリウス=グレンヴィル教授に心底嫌われているからであった。

 それはルネ=サリヴァーンが全く錬金術に向いていない生徒だからではない。

 むしろその逆で、ルネが「賢者」であるからだった。

 

 ダリウス=グレンヴィルは様々な功績のある天才であるが、「賢者」ではない。

 そう他の錬金術師達から認められていない。

 天才ではあるかもしれない。だが「賢者」ではない。

 まだ彼は我々のたどり着ける位置にいる。だから「賢者」ではない。

 

 つまり錬金術における「賢者」というのは、自分達では成し遂げられないことをやってしまった錬金術師につけられるあだ名のようなもので、要するに他の錬金術師からの嫉妬の形でしかないのだ。

 だからこそ明確な認定基準や、認定組織もない。

 そう呼ばれるためには天才を超える実績が必要になる。

 

 ヘルメス=ハンネスブルク、サンジェルマン卿、ニコラウス=フラメラ達は他の錬金術師達では決してなし得なかった偉業を達成した。

 鉛を黄金に変える賢者の石の精製、永遠の命を与える万能の霊薬の作成、フラスコで育つ生命ホムンクルスの創造。

 

 そしてルネ=サリヴァーンはこれら全てに精通しており、また歴史上の偉人である彼ら以上に錬金術に関する理解が深いのだ。

 当然彼の著作や創作物を見た他の錬金術師はこの少年に対して嫉妬に狂いながら認めた。ルネ=サリヴァーンは「賢者」であると。

 

 だからこそのグレンヴィルの苦々しげな表情だ。

 彼はルネと向き合っても、普段のような言動をとることができなかった。生徒を見下すというか、小馬鹿にするというか。

 そんな態度をルネには示すことができなかった。相手が格上であると分かっているからだ。

 

 まるで親に見つかった悪童のようにグレンヴィル教授は押し黙っていた。ただルネを睨むだけである。

 なのでルネから話を切り出すしかなかった。

 

「グレンヴィル先生。このトロール、マルコに何かご用でしょうか」  

 

 ようやくこの教師は話し始める。

 

「──ああ。君ら生徒のためにも、そこの亜人を殺処分とすることにした」

「それはオールディス先生も認めていることなのでしょうか。もしくは校長先生の指示なのでしょうか」

「魔法生物学科は結果を出せていない。校長の許可は得てはいないが、認めていただけるだろう」

 

 グレンヴィルの視線がルネの後ろのマルコに向けられた。

 その意図を察したのかマルコは今までにない怯えようを見せる。死の恐怖に震え、檻の隅へとこっそり逃げた。

 ルネはその物音を聞きつつ、決してグレンヴィルから目を離さない。

 

「ああ、やはりそうでしたか。私も先生の邪魔をするつもりはないのですが、実はオールディス先生からこのトロールの調査を試験として出されておりまして。殺処分をするにしても、せめて課題の期限である来月末までお待ちいただけませんでしょうか」

 

 ルネは意図的にグレンヴィルの視線を遮るように立つ。マルコを守るという意思を意図的に見せた。

 

「もし速やかな殺処分をお考えということでしたら、どうか私と一緒に魔法生物学科と話し合いをしていただけませんでしょうか。オールディス先生がグレンヴィル先生に賛同し、私への課題をなかったことにされるというのでしたら私もこれ以上止めることはできません」

 

 しかしルネはあくまで自分の課題を主張し、人権派とも保守派ともとれない発言を繰り返した。

 グレンヴィルはやりにくいと言わんばかりの表情を変えない。

 ルネ=サリヴァーンがトロールに関心を持っている。これを聞いて彼は事実が露見する前に早々にトロールを処分することを考えたのだが、授業中の時間を狙ったにも関わらずルネが現れた。

 話題を逸らすためにグレンヴィルは教授としてルネに告げる。

 

「君の熱心さは買うが、しかし今は授業中だ。魔法生物学の課題に励む心意気は評価するが、他の授業を疎かにするのはいかがなものかね」

 

 そう注意されてもルネは引き下がらない。

 

「グレンヴィル先生。私はつい先ほどまで占術の授業に参加していました。その時の未来予知でマルコが殺される未来を見てしまったのです。なので私はここに来ました。占術の授業の延長として。フィボナッチ先生には許可を得ております。どうぞご確認を」

 

 ダリウス=グレンヴィルは異端狩り(グノーシスハンター)の前線で活躍していた経歴がある。

 ゆえに占術が実に頼りない分野だと知っているのだが、この新入生はその方面にすら能力があるのか。

 教授の表情がより険しくなる。

 

「いや、確認は結構だ。Mr.(ミスター)サリヴァーン。君が占術にまで才能があるとは思わなかったが」

 

 この後もグレンヴィル教授はトロールの殺処分を主張し、ルネは魔法生物学科からの課題を盾に決してマルコの前を譲らなかった。

 彼らの話し合いはニ十分近くに及び、授業終了の鐘の音が響く。

 その音が鳴り止んだ後にグレンヴィルは呆れたように言った。

 

「──君もしつこいな、Mr.(ミスター)サリヴァーン」

「私は学生として与えられた課題に取り組みたいだけです先生。ぜひ錬金術でもそうしたかったのですが」

 

 理はこちらにあるというのに、即殺処分を一切撤回しようとしないグレンヴィルに対し流石のルネも不快になる。表情は変わらないが口調に嫌味が入った。

 グレンヴィルはすかさずそこを指摘する。

 

「君は入学前に既に様々な達成に至っている。……錬金術においてもだ。その功績から判断し、君に一般の生徒のような履修は不必要であると判断したに過ぎない。君は他の授業も履修を免除されているそうだが、それを許可した教授に対してもそのように思っているのかね?」

 

 ルネもすかさず反論する。

 

「先生。私が免除されているのは授業の出席だけであり、また私が申請をして許可をされたものだけです。天文学も、魔道工学も。反対に魔法剣や呪文学も他の授業と同じように免除の申請をしましたが、先生方の方針で却下されました。しかし、錬金術は申請を出してもいないのに免除をいただきました。どの科目よりも早く。しかも他の科目にはない試験の免除まで。先生がそうなさったかと思うのですが」

 

 事実だった。

 ダリウス=グレンヴィルはルネ=サリヴァーンが入学すると聞いた段階で、彼からの申請もなしに錬金術の授業と試験の免除を通知した。

 ルネの想像通りグレンヴィル教授は彼を拒否したのである。絶対に口にはしないものの自分より優れた生徒の授業を受け持つなんてとても彼には考えられなかったのだ。

 

 どうして自分より優秀な錬金術師の論文や活動を採点しなければならないのか。だから早々に免除の通知を出したのだが。

 グレンヴィルはしまったと思った。ルネはやや偽った口調で悲し気に言った。

 

「何かの間違いかと思って確認をしましたが、免除は事実であるという回答をいただきました。私もそう回答をいただいた以上はどうしようもなかったのですが」

 

 ルネにそう問われ、グレンヴィルはまともに答えられなかった。

 

「まあ、それはそれとして。このマルコについてですが」

 

 しかしルネもこの話題で教師を追い詰めたいわけではなかったので逸れた話をトロールに戻す。

 そもそも履修免除の通知を受け入れた時点で授業に出る熱意がないのは明らかだったからだ。

 入学許可証が届いた翌日に配達された履修免除の通知書に面食らい、一応学校側に確認したに過ぎないのだから。

 それ以降不服も何も申し立てていないのだ。錬金術の授業への出席にそもそも関心なんてないのである。 

 

 試験にも興味はなかった。

 もし錬金術分野への発表がしたいのであれば論文で世に出す機会は幾らでもあるからだ。  

 だから早々に話題を切り替えた。

 

「私も魔法生物学科から与えられた課題対象をみすみす殺させるわけにはいきません。しかし先生のお考えも分かります。私達のために危険な魔法生物を排除するというお考えに反対するわけではないのです。しかし、もしそうなら魔法生物学科と話し合ってからにしていただけませんでしょうか。そうでないのなら、私も魔法使いとしてここを離れるわけにはいきません」

 

 ルネはかれこれ三十分近く言い続けていることを再度グレンヴィルに伝える。グレンヴィルはとうとう不快そうな顔を隠そうともしなくなった。

 そこで、ルネの隣に黒い染みが浮き上がる。

 それは段々と広がり、そして星空の輝きを映し出す夜空のような姿となった。

 

「……何かね?」

 

 正体を掴みかねたグレンヴィルはルネに尋ねる。この教師が戦闘態勢に入っていないのはルネがそうでないからであり、また自身の経験からも攻撃性のある魔法であると感じなかったからだ。

 ルネは横に突如現れた宇宙へ顔を向け、グレンヴィルに向き直るとはっきりと言った。

 

「私の友人達です」

 

 その星空を通り抜けてカティ達が現れた。

 

 

 

 自動人形(オートマトン)ルネはカティとミシェーラを軽々と担ぎ上げ、瞬間移動で魔法史教室の前へとやってきた。

 教室からは眠気に耐えた生徒達が続々と出てくる。

 

「こ、これが瞬間移動なの?」

「眩暈がしますわね……」

 

 カティとミシェーラは初体験の瞬間移動に気分を悪くしたようだ。

 自動人形(オートマトン)ルネは二人を揺らさないよう丁寧に下ろし、彼女らの額をこつんと指先で叩く。それだけで不快感が消えた。

 

「では行きましょうか」

 

 まさに魔法。カティ、ミシェーラは何とも言えない表情で互いに顔を見合わせると、早々に教室に入っていった自動人形(オートマトン)ルネに続いてオリバー達を探した。

 彼らは最後まで教室に残っているようだ。

 しかし勉強熱心というよりは、魔法史の授業で深刻なダメージを負ったナナオとガイを介抱しているといった感じだが。

 

「そんなんじゃ普通の学校でも落ちこぼれるぞ」

 

 呆れた様子でピートが机に突っ伏すナナオとガイを見て言った。

 

「ごきげんよう皆さん」

 

 そんななかルネが普段通り颯爽とやってくる。 

 

「お疲れのところ申し訳ありませんが、マルコの危機です」

「あのね! ルネが占術でマルコが錬金術のグレンヴィル先生に殺されるところを見て、それでこれからマルコのところに行くの!」

 

 慌てたカティが自動人形(オートマトン)ルネの後ろからそう言ったが、オリバー達にはよく伝わらなかったようだった。

 

「は、はあ。占術で、あのトロールが殺されるところを見たって?」

 

 戸惑った様子でピートが話を理解しようとする。

 

「それは間違いないのか?」

 

 オリバーの確認にルネは頷いた。

「ええ、確度の高い予知を複数見ました。間違いありません。そもそも今、私の本体がマルコの檻の前でグレンヴィル先生と話し合いをしています。かれこれ三十分ほど話し合いをしていて、全く進展がありませんが」

 

 どういう話をしているのか具体的に話し、ルネは肩をすくめる。

 その様子からカティは考えた。

 グレンヴィルはとにかく即殺処分を宣言し、あくまでルネは自身の課題があるからと言ってそれを止めさせようとする。

 もし言い分を通したいのなら魔法生物学科に相談してほしい等、ルネの発言はあくまで課題に取り組む真面目な生徒のそれだった。

 

 決してマルコの権利や、生い立ちの同情的な面を一切口にしていない。彼女はその点に目ざとく気づいた。

 理由は、そうしても意味がないから。

 ルネは言わなかったが、カティはそう思った。

 

 医務室でのやり取りを思い出す。「結果を出す」のだ。ルネにとってはそれが最善であり、そして結果的にマルコが生き残るのなら自分もそうせざるを得ない。

 彼女はどうグレンヴィルと接するのか静かに決めた。

 

「私は魔法生物学科の課題があるので処分をしないよう頼んでいますが、グレンヴィル先生の方は全く譲っていただけません。魔法生物学科へ行って話し合いをしようという提案すら蹴られました」

 

 ルネは変わらず派閥に寄らない意見を口にしている。そしてそれが正しく、最善だった。

 

 ガイが「マジかよ」と呟いた。

 説明を終えた自動人形(オートマトン)ルネはオリバー達に尋ねる。

 

「というわけです。ついてきていただけますか?」

 

 そう言われて首を横に振るメンバーはいなかった。魔法史の傷は癒えたのかナナオとガイも席から立ち上がる。

 

「では、行きましょうか」

「──また瞬間移動?」

 

 カティが口元を抑えながらあの妙な感覚を思い出す。全身が細い管に詰め込まれ、そこから押し出されるような違和感である。

 ルネはくすりと笑みを浮かべ否定した。

 

「いいえ。二人だけならともかくとして、あの移動方法ではこの人数を運べません。定員オーバーです。なので」

 

 自動人形(オートマトン)ルネは杖を抜くと杖先を床に向けてくるくると回した。するとそこから黒いどろどろが湧き出し、壁のように立ち上がる。

 黒曜石のように真っ黒なそれだったが、ところどころに星の煌めきのようなものが見えた。

 まるで宇宙がそこに現れたかのようにオリバー達は思った。

 

「門を作りました。マルコの檻の前に繋ぎましたので、行きましょうか」

 

 自動人形(オートマトン)ルネはフードを深く被ると真っ先に黒い壁の中に入っていく。

 まるで霧に入ったかのように黒はルネの邪魔をしなかった。

 彼に続き、オリバー達も黒い壁の中に入っていく。

 ガイとカティは水に潜るように息を止めて入ったが、壁を通り抜けるとそこはすぐ飼育スペースだったのですぐにその仕草を止めた。

 運良くグレンヴィルはそれを見なかったようだ。生徒の馬鹿げた仕草よりも魔法の方に関心があったからだろう。

 

「ほお。転移の魔法か」

 

 現れた生徒達と星空のような壁を観察してグレンヴィルが言った。ルネはそれを肯定する。

 

「はい。転移門と私は呼んでいます」

 

 カティ達を連れてきた自動人形(オートマトン)ルネはフードを深く被り、いつの間にか彼らの後ろに控えていた。

 

「さて、話の続きなのですが」

「あ、あの!」

 

 再度グレンヴィルを諦めさせようとルネが口を開くと、そこにカティが入り込んできた。

 ルネはちらりと彼女を確認する。目を見開き、唇を結んでいる。緊張と意志の強い表情を見つけた。

 それを確認すると彼は数歩引き下がり、特に止めずカティに話を任せる。

 

「何かね?」

 

 ルネよりも相手にしやすいと思ったのか、グレンヴィルはカティに発言を許す。

 しかし与しやすそうだというだけで咄嗟に反応したため彼女の名前すら知らなかった。なので改めて尋ねた。

 

「ところで一年生、君の名は?」

「カティ=アールトです」

 

 その名乗りを聞いて、グレンヴィルは明らかに嘲る笑みを浮かべた。

 

「ああ、あのアールトか。人権派の馬鹿者共の中でもキワモノの」

 

 両親への侮辱だ。カティはむっとしたが、ルネがじっと自分を見つめていたので反論も怒りもしなかった。

 一度咳払いをして落ち着き、礼儀正しい生徒としてこの教師に接することを選んだ。

 

「グレンヴィル先生。どうかこのトロールの処分を取り止めていただけませんでしょうか」

「可哀そうだから、かね?」

 

 小馬鹿にしたグレンヴィルの言い方にまたしてもむっときたが、そこも抑えてカティは言った。

 

「……私の友人の課題があるからです」

 

 簡単な言葉であったのに、まるで難解な問題の答えを絞り出すかのような言い方だった。

 本当はトロールの人権について話したかったのだが、そんなことをしても意味がないのは分かっていた。

 

 このグレンヴィルがバネッサ=オールディスと同類だからである。だから彼らの言葉で話すようカティは努めた。

 可哀そう、人権的に問題だから。そんなことを言っても彼らには通じない。議論すら取り合ってくれない。

 彼らとの対話よりも大切なのはマルコを救うことだ。実を取らねば。

 だからカティは己の心を殺し、ルネに同調した話を続けた。

 

「確かに私の両親も、私も亜人種の人権に関心があります。しかし、それと今回の発言に関係はありません。友人であるルネのために来たのです」

「そうかね」  

 

 グレンヴィルの反応はつまらなさげだ。彼女に人権派的な発言をさせ、彼らの偽善的な主張を突いてやろうと思っていたのだが。

 可哀そうだから殺すな。では、次にそのトロールが暴れた時にどう責任を取るのか。

 人権派の偽善の満足感はこの事実だけで封じることができるというのに。

 

「人権派もキンバリーに入ればまともになるということか」

「……私はただキンバリー生として、友人の課題の妨害を見過ごせないだけです」

 

 再度煽っても、苛立つ反応は見せたがそれだけだった。

 あの忌々しいルネ=サリヴァーンから何かしらの影響を受けたな。

 グレンヴィルは教師としての勘から、カティが敢えてルネと話を合わせているのに気づく。発言のたびにちらちらルネを見ているところからも明らかだった。

 

 忌々しいと何度も心の中で呟く。グレンヴィルも今更退けないのだ。朝の会議の際にバネッサが口にしたルネ=サリヴァーンへの課題についての雑談。それを聞いてから、彼はすぐにこうしようと決めていたのである。

 魔法生物学科に殺処分の相談をしてもバネッサが決して認めないことは分かっていたし、校長に殺処分を進言しても魔法生物学科に話が振られるのも分かっていた。

 

 だからこっそり殺処分──それもなるべく頭部を潰すように──し、校長には魔法生物学科の不手際や責任逃れを指摘し事後承認を得ようと思っていたのだが。

 思わぬ邪魔に、それも厄介だと思っていた相手の邪魔にグレンヴィルの苛立ちは募り続ける。

 

「ありがとうございますMs.(ミズ)アールト」

 

 ルネはカティの肩に手を置き、彼女と立ち位置を変わった。にこりとルネは変わらぬ笑みを浮かべる。

 

「良い友人を得ました」

 

 再度ルネは先頭に立ちグレンヴィルと対話を続ける意思を見せた。グレンヴィルは流石にうんざりした表情を浮かべる。

 同じことを口にする壁がもう一枚増えたのだ。彼にとっては鬱陶しいことこの上なかった。ため息と共に文句が出る。

 

「君が課題に真剣なのは分かるが。しかし私がそれを殺処分すれば課題もなくなるだろう。どうしてそこまでそのトロールに執着する? しかもマルコなどと名前もつけて」

「オールディス先生からまた他の難しい課題を出されるよりも、こちらの方が簡単だと思ったからですよ」

 

 ルネは長期戦に持ち込むつもりだった。グレンヴィルがどんな脅しをしてきても、話を振ってきても、ただただ学生の本分を語るつもりだ。

 グレンヴィルの方もそれはよく分かっていた。三十分以上同じ話をしているのだ。この状態がこれ以降も続くことは分かっていたし、ルネがそのつもりであることも理解していた。

 

「そうか。では仕方あるまい」

 

 この堂々巡りを終わらせるためにも教師として最終手段に出るべきか。そう決めたグレンヴィルは杖に手を伸ばす。

 

呻き苦しめ(ドロール)」 

 

 そして詠唱と共に杖先を一瞬ルネに向け──すぐさまカティに向けた。

 

「ッ!」

 

 ルネは素早く動き、彼女を庇うように立つ。その身をグレンヴィルの呪文が襲った。

 

「なッ!」

「ルネ!」

 

 オリバー達はぎょっとする。この教授が使ったのは激痛呪文。その名の通り、相手に激痛を感じさせる魔法である。

 しかしグレンヴィルの放った波動に身を晒したルネであるが、彼は眉一つ動かさずに相手を見つめている。その視線には困惑が含まれていた。

 

 まさかこんな卑怯な手を生徒相手に使うとは。

 狙いを寸前にカティへと変え、彼女を庇うという余計な行動を取らせることで魔法を確実に命中させる戦法だ。

 

 しかし激痛呪文は当たったもののこの教授の目論見は外れた。ルネは絶叫一つ上げないし痛みに耐えている様子もない。

 飛び出してきそうな友人達を「大丈夫です」の一言と共に手で制し、彼はあくまでグレンヴィルと対峙した。

 

 一方強硬手段に出たグレンヴィルは、これすらも通じない相手に流石に呆然とした。手加減はしたが、気を抜いたつもりはない。てっきり苦痛で膝を突くくらいはするかと思ったのだが。全くの無反応である。

 

自動人形(オートマトン)か」

「いいえ、本体です」

 

 激痛呪文は生き物のための魔法である。魔法使いを含めた人間や魔法生物などの生き物には効いても生きていない自動人形(オートマトン)には効果がない。

 しかし辛うじて口にした推論もルネに否定された。

 彼は両手を広げ、自分の体を見せつけるように解説する。

 

「私は私の肉体も霊体も完璧に理解しています。肉体への干渉に対抗することはそう難しいことではないのです」

 

 激痛呪文を無効化する。耐えるのでもなく、結界などで防ぐのでもなく、受けた上で無効化した。

 今まで見ぬ対策にオリバー達は絶句していたし、グレンヴィルも言葉を失う。

 ルネはそんな聴衆の反応ににっこり笑みを浮かべた。

 

「ご存知の通り、私は『賢者』なのです。むしろ痛みで私をどうこうできるとお思いなのでしょうか」

 

 そしてグレンヴィルをそう挑発する。己が「賢者」である、と。

 グレンヴィルの顔は怒りに赤く染まった。

 ずっと苛立っていたこともあったのだろう。そこにルネの実力を見せられ、煽られた。

 グレンヴィルは素早く杖剣に手をかけ、しかしぴたりとそこで止まる。

 

 刃は抜かなかった。ほんの少し鞘から覗いたが、理性で動きを止めた。

 流石にまずいと思ったのだ。生徒を相手にここで斬り合いをするわけにもいかない。

 どうにか自分を落ち着けて抜きかけた刃を止めたが、しかしルネを見てグレンヴィルは目を見開く。

 

「る、ルネ……」

 

 戸惑う友人達。

 彼の表情はいつも通りにこやかなものだったが、しかしその手は杖剣に伸びていた。しっかりと柄を握り、抜刀の構えを見せる。

 杖剣から手を離しかけていたグレンヴィルも再度柄に手を置いた。

 

「貴様……」

 

 互いに杖剣に手を置いた状態。一触即発の、決闘の構え。

 グレンヴィルは迷った。このまま決闘になるのか、と。

 戦意があるわけない。ルネが杖剣に手を置いたから自分もそうしたに過ぎないのだから。

 

 しかしグレンヴィルから杖剣を離すことはできない。

 そうなれば自分が負けを認めたことになるからである。ルネ=サリヴァーンの挑戦から降りたことになる。彼にはそれだけはどうしてもできなかった。

 膠着状態になった二人の様子をオリバー達は黙って見ていることしかできない。

 止めようがなかったからだ。

 

 更にルネは状況を一歩進めた。

 体を、力で満たし始める。魔力が全身に満たされる。

 全身を駆け巡るその力は周囲の空気を、己の輪郭を歪ませるほどだった。満ち溢れるルネ=サリヴァーンの魔力は彼を炎の魔人のような姿に見せる。

 

 もはやルネの正体を掴むことはできない。あの美少年の姿は蜃気楼のように不安定になり、ただただ強大な力だけが見て取れる。

 しかしその瞳は一つも揺らがない。青褪めた目が、深い青の目がただじっとグレンヴィルを見つめていた。

 

 グレンヴィルはたじろいだ。

 彼も杖剣に自信がある。しかし、ルネの自信はどうだろうか。

 早い、遅い、強い、弱いという感覚ではない。己の姿を歪ませるほどの力みはどれほどの早さを生むのか、あの揺らぎない青い瞳はどれほどの強さを秘めているのか。

 彼は決めていたのだ。ただ斬るのである、と。

 

「ッ!?」

 

 グレンヴィルは恐れた。戸惑った。

 目の前の生徒の強さと、意志に。

 しかしルネの意志を読み取ったとしてもグレンヴィルから動くことはできない。引くことも、進むことも。

 一方でルネの方も動かない。

 究極の力と、究極の冷たさでグレンヴィルと対峙するだけである。

 

 教師の手が震える。

 決闘するつもりか? それとも脅しか?

 

 ただ一つ分かるのは、ルネ=サリヴァーンが本気であるということだ。

 彼の友人達もグレンヴィル同様ただ見ていることしかできなかった。その肩に手を置いて「落ち着け」と諭すことはできなかった。

 

 ただ彼の覇気に圧される。まるで首を掴まれ、締め上げられているような息苦しさだ。二人のやり取りを見つめることしかできない。

 しかし、この時間にも終わりが来た。

 どちらかが動いたのではない。

 第三者が現れたのだ。

 

「君達、もう大丈夫だ。だから無理をしなくて大丈夫だよ」

 

 二人の間に割り込み、身を挺してでも状況を変えようとしていたオリバーとミシェーラの肩に手を置いたのは四年生のヴェラ=ミリガンだ。長い前髪で左目を隠した上級生、先日の迷宮での騒ぎの際にルネに助力した女生徒である。

 そしてもう一人。彼は白いマントを纏い、暗がりを切り裂く陽光のような速さで飛び込むように現れた。

 

「そこまでだMr.(ミスター)サリヴァーン! ダリウス!」

 

 魔法剣の師範(マスター)ルーサー=ガーランドだ。彼はグレンヴィルを背にルネと向かい合った。

 ようやく圧力をかけられていた時間が動き出す。あれだけ充溢していた力を、ルネがあっさりと解いたからである。彼にガーランドと敵対する意図は一切ないのだ。

 蜃気楼のように歪んだ輪郭も、深く青褪めた瞳も元に戻った。

 

 ルネは微笑んでいた。いつもの微笑みよりもやや口角が上がっているが、まだ微笑みといえる程度の上がり方だった。

 

「こんにちは、ガーランド先生」

 

 彼はこの状況を喜んでいた。

 ガーランドはグレンヴィルを背に立っている。彼を守ろうとしているかのように。

 この魔法剣の師範は咄嗟に判断したのだ。誰から、誰を守るのかというのを。

 つまりはどちらが、どちらを害するのかを剣士として判断したのである。

 

 グレンヴィルもこのことは分かっていた。

 だからか、ガーランドを睨んでいる。

 登場すら気に入らないのだろう。そのうえ彼に守られたのだ。生徒を相手に。

 掴みかからなかっただけ冷静だった。

 

「……ガーランドか。何の用だ」

 

 吐き捨てるようにグレンヴィルはガーランドに尋ねる。

 ガーランドは二人が杖剣から手を離したのを見て、ようやく警戒を解いた。ため息一つを吐き、説明を始める。

 

「そのトロールに関して、お前が早まった判断をしようとしていると聞いてね」

 

 ミリガンが静かに小さく挙手する。グレンヴィルは彼女を少し睨んだが、すぐにガーランドへと視線を戻す。  

 

「今回の騒動の原因であるそのトロールに関して校長に意見を具申した。未だ原因が解明されていない上に調査が十分でない以上は証拠として生かしておくべきであると。校長もこれを認めた」

 

 グレンヴィルは舌打ちした。

 

「貴様も間抜けな人権派の仲間入りか」

「私のスタンスは相変わらず消極的な保守派だよ。しかし、お前が小馬鹿にする人権派も今では大きな勢力になりつつある。十分な調査を経ていない殺処分は彼らに利するだけだと思うが? こんなに大騒ぎしたのだしな」

 

 ガーランドは周りに視線を向ける。

 飼育区画ということで校舎ほど大勢の生徒がいるわけではないが、それでも複数名の生徒が魔法生物の観察や世話のために区画内に入っていた。

 

 彼らはもちろんルネとグレンヴィルの言い合いには耳を傾けていたし、彼らが立ち合いそうになった途端に興味津々に観戦するつもりだった。

 ガーランドの目と、グレンヴィルの苛立った視線に見られた彼らはそそくさと自分達の作業に戻っていく。

 

「そういうことだMr.(ミスター)サリヴァーン。君もあまり過剰になるな」

「かしこまりました」

 

 ルネはそう礼儀正しく答えて引き下がった。

 本当に相手が自分の意図を理解したのかとガーランドは疑問に思ったが、ひとまずは納得する。

 グレンヴィルはしばし黙っていたが、舌打ちを一つまた鳴らすと踵を返した。

 

「勝手にしろ」

 

 そう言い捨てて去っていく。

 そんなグレンヴィルの後ろ姿が完全に見えなくなった後でガーランドも校舎へと戻っていった。

 

「──随分と無茶をするね、君は」

 

 そうルネに声をかけたのはミリガンだ。彼女は苦笑しつつトロールに歩み寄る。マルコはその大人しそうなミリガンの接近に明らかに怯えていた。

 

「ふむ。先ほどの殺気で過敏になってしまったかな?」

 

 そう呟くとくるりとルネに向き直る。

 

「しかし驚いたね。あのグレンヴィル先生と真正面からやり合おうとするだなんて」

「そうだぞ」

 

 オリバーも先輩の意見に同調した。

 

「あのまま決闘になったらどうするつもりだった」

 

 彼の無謀を咎める。それはカティやミシェーラ達も同じであったようだ。教師と本気で殺し合うつもりだったのかとルネに視線を向けている。

 そんな友人達への、ルネの答えはこれだった。

 

 小首を傾げ「さあ」とだけ答える。

 

 流石のオリバー達も唖然としたし、ミリガンも目を丸くした。あれだけの魔力を発揮し、教師と敵対していた癖に後先を何も考えていなかったと白状したのだ。

 友人達に小言を言われる前にルネは言った。

 

「要するに時間稼ぎをしたかっただけなのです。騒ぎになれば教師が来るでしょうし、そうなれば殺処分も難しくなるでしょう。私が考えていたのはそれだけです」

 

 その答えで十分と思ったのか、言い終わった途端にルネは杖を抜いてマルコの檻に向かって杖先を振る。

 彼は強力かつ複雑な術式を用いてマルコの檻に守りをかけていた。魔力の光で描かれた紋様が檻に幾つも現れ、金属の中へと染み込んでいくように消える。

 

「ほう。これは凄まじいな」

 

 ミリガンはルネの魔法を観察する。トロールを怯えさせないようにあからさまな結界は張っていないが、この魔法の護りを突破するには教師達であってもかなり難しいように彼女には思えた。少なくとも自分には無理だ。そう思った。

 

「保険として自動人形(オートマトン)も置いておきましょう。こっそり殺されてはかないませんから」

 

 オリバー達の後ろに控えていた自動人形(オートマトン)ルネは、深くフードを被ったまま一礼するとその場で消えた。

 瞬間移動のようにも見えたが、ルネの意図をくみ取るなら姿と気配を完璧に消したのだろう。

 オリバー達には瞬間移動で消えたようにしか見えなかったが。ミリガンも同じだったようだ。感覚と研ぎ澄ませて自動人形(オートマトン)の位置を探ろうとして諦めた。

 

「まあ、君が守りについてくれるならこのトロールも安心だろう」

「ルネ。まだ話は終わってないぞ」

 

 オリバーはトロールの守りには納得したが、ルネのやったことには納得していなかった。

 

「そもそも君は自分の力を少し過信して──」

 

 ミシェーラも説教に加わる。

「ルネ。あなたの力は分かりますが、少しは自制心を──」

 

 彼が説教を受けている間にミリガンはカティに改めて挨拶をしていた。

 自身もカティと同じく人権派の魔法使いであり、トロールについて気にかけていることを告げる。

 

「亜人種を愛する者同士、力になれることも多いはずだ。思うところがあれば遠慮なく相談してくれたまえ」

「あ──は、はい!」

 

 カティはようやく見つけた仲間に表情を輝かせた。

 ルネは目的を同じくする協力者ではあるものの、志を同じくする仲間というわけではなかった。

 キンバリーでは得にくいと思っていた貴重な仲間が、それも上級生と知り合えたのだ。カティにとって嬉しくないわけがなかった。

 

 ルネはオリバーとミシェーラの説教を受けつつ、カティとミリガンのやり取りにも注目していた。

 ミリガンをちらりと見て、その様子を「黎明城(カスットゥルム アウローラ)」に保存しつつ、友人達の忠告にも耳を傾ける。

 

 ミリガンは説教が終わる前に校舎へと戻ってしまった。彼女もルネの暴挙を良しとは思わなかったのか、自身の意見を口にしなかったもののオリバー達の説教を止めることなく戻った。

 

「さてと」

 

 彼女の姿が完全に見えなくなった後、オリバーとミシェーラの話を黙って聞いていたルネがようやく口を開いた。

 何か反省の言葉でも出てくるかと思ったが、彼はこう言った。

 

「今回の件の答えが早くも出てきましたね。実に素晴らしいことです」 

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