七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~ 作:HAL1993
ルネは言った。「答えが出た」のだと。
しかしそう口にしただけで、くるりと踵を返して校舎へ戻ろうとする。
あたかも自身の考えを全員が共有していると思っているかのように。
だがオリバー達には何のことか全く分からない。
慌ててルネを引き留めた。
「なるほど」
ルネはそう一言口にすると説明を始めた。
「まず、私が先日言ったことを覚えていますでしょうか。今回の事件の犯人像です」
オリバーがルネの質問に答える。
「──魔法生物専攻の上級生と、専門外の教師だったな」
「ええ、
「つまり、ミリガン先輩とグレンヴィル先生が犯人であると?」
「その通りです」
つい先ほどまでいた人物達が今回の騒動の原因であるとルネは断定した。ぎょっとするカティ達だが、オリバーとミシェーラは冷静にルネに質問を重ねる。
「その根拠は?」
「まずミリガン先輩ですが、あの方の実家ミリガン家のここ百年の課題は亜人種との会話に関するものです。亜人種に人語を話させることで彼らの地位向上を願っていたのですよ。特に祖父の代からトロールの脳機能に注目していました。それに先輩本人も亜人種の脳機能に関する論文で魔法生物学系の雑誌に載ったこともあるとても優秀な方なのです」
「グレンヴィル先生に関しては?」
「先ほどまでのやり取りで勘づいたかと思いますが、グレンヴィル先生は明らかにトロールの殺処分を焦っていました。私達生徒のため、だなんて仰っていましたが。普段の先生であればトロールに踏み潰される生徒が悪いと思うくらいでしょうに」
「それは思った」
オリバーはルネの意見に同調した。しかし、分からない点もあるようだ。そこを彼は尋ねる。
「しかし、あの人の専門は錬金術だ。性格的にも亜人種の地位向上なんかに少しも興味はないだろう」
ルネは質問をしたオリバーの目をじっと見つめた。彼の質問が無知を装ったわざとのものではなく、本心からの疑問であることを確かめたのだ。
「なるほど」
そう言うとルネは答えた。
「グレンヴィル先生は確かに亜人種の地位について関心はないでしょう。しかし、先生は錬金術師なのです。それが答えです」
「……というと?」
「なるほど」
オリバーもミシェーラも、カティ達も理解していないのを確認すると「では解説しましょうか」とルネは楽しそうに話し始めた。
「錬金術はとても古く幅広い魔法分野です。錬金術の達成としてよく知られているのは黄金の錬成ですが、他にも永遠の命の獲得やホムンクルスの創造など多岐にわたります。その一つに霊性の獲得があります。つまりは人間の野蛮な部分である獣性を錬磨し、より霊的・理性的な存在を目指すということです。亜人種の知性化を錬金術的アプローチで見ると、そういった目的があることが分かります」
「れ、れいせい? 錬金術って言ったら、名前の通り金を錬成することが目的のやつじゃねえのか?」
「なるほど」
ガイの意見にルネはそう呟いた後で更に解説を続ける。
「では
「金持ちになりたかった、じゃねえよな」
ぼりぼりと頭を掻きながらガイは答えるが、自信は全くなさげだ。
「そうですね。そもそも錬金術師が考える黄金は金銭的価値に重きを置いていません。錬金術師にとって黄金とはすなわち『完全なるもの』なのですから」
「『錬金術とは完全なるものを目指す分野である』──あなたの書かれた『黄金へ至る道』ですわね」
「その通りです
これは永遠の命も、ホムンクルスの創造でも、霊性の獲得でも同じことが言えます。死なない、老いない体を錬金術師は完全であると考え、また生命の創造を完全な存在の行うことであると考え、そして獣性を捨てた霊的な存在を完全なるものであると見なしていました。
では今回の件に当てはめてみるとどうでしょうか。野蛮な亜人種であるトロールに知性を与える。これは錬金術的に見たら獣性の排除と霊性の獲得に関わることであり、完全を目指すための過程であると言えるでしょう。ゆえに錬金術師であるグレンヴィル先生がトロールの知性化に関わっているのは魔法使いとして十分にあり得るのですよ」
ルネの説明にナナオやガイ、カティはちんぷんかんぷんだったようだが、ピートは辛うじて理解して、オリバーとミシェーラは納得した様子だった。
「しかし、ならどうしてミリガン先輩はグレンヴィル先生に歯向かうような真似をしたのでしょうか」
「──そういえばこの点については言っていませんでしたね。恐らくミリガン先輩とグレンヴィル先生の間には真の連帯がないのです。ミリガン先輩はあくまで亜人種の地位向上を願っていますからね。完全を目指すグレンヴィル先生と違って、失敗作だからといって切り捨てることはできなかったのです。だから殺処分をしようとする先生に逆らったのですよ」
なるほど、とメンバーが納得する。
「まあ、しかし」
ルネは言った。
「犯人が分かったところで我々には何ら関係のないこと。私達はただマルコに話してもらう、それをただ目標にすれば良いのです。校長先生の指示が出たということはグレンヴィル先生は表立ってマルコの殺処分はできなくなりましたし。暗殺は私がさせませんのでご安心ください」
そう。もし犯人が分かったとしても、ルネにとってもカティにとっては問題ではないのだ。
重要なのはマルコの発話である。下手に犯人が分かってしまえば証拠が不要になったということでマルコが殺処分になるだろう。もしくは証拠確認のために解剖されるか。
そうなってしまうのはマルコを生かしたいこちら側からしたら本末転倒である。
ただし告発は不要だろうが、相手が分かった以上は放置しておくべきことでもないのかもしれない。ルネはほっそりした指で顎を撫でながら考えた。
「ふーむ。しかし、ミリガン先輩とは一度お話をした方が良いかもしれませんね。マルコの件で確認したいこともありますし。
では
カティはきょとんとしつつ頷いたが理由を尋ねる。
「別に構わないけど、どうして先輩だけ?」
「グレンヴィル先生はマルコを殺したがっていますし、格上の私と話なんて絶対にしてくれないでしょう。しかしミリガン先輩は別です。あの方とはまだ話ができますからね。それに
「私が?」
「ええ。ミリガン先輩が今回の原因であると知って、君は普通にあの方と接することができますか? 先ほどの感じからミリガン先輩もマルコのところに顔を出しそうな雰囲気でしたが」
「──無理かな」
ミリガンが隣にいる光景を思い浮かべ、自分が何食わぬ顔でいられるかどうかを考えてカティは答えを出した。彼女にそんな演技や嘘はできなかった。
「ではミリガン先輩は味方につけておきましょう。さて、我々も次の授業に向かうとしましょうか。ああ、食事は用意しておきましたのでどうぞお食べください」
ルネがぱちんと指を鳴らすと
全てが彼のペースで進んでいた。しかし、それで今のところは何も問題はない。カティもオリバー達も、遠慮せずにルネの好意を受け取った。
ナナオは焔と競い合っていた。赤々と燃える火だ。
それが床を蹴り、空を踏み、力強く鋭い剣で迫ってくる。まるで火の妖魔とでも戦っているようなものだ。
そんな怪物と戦うだなんて現実離れしていて馬鹿馬鹿しいと思ったものの、彼女は目の前の相手をそう表現するしかなかった。
「……ッ」
刀に叩きつけられた杖剣の勢いに押されそうになるが、彼女も武士としてその力と熱量に耐える。
これまでの謎解きなどの難しい話の後にちょっとした軽食と雑談を終え、ナナオは魔法剣の授業でルネ=サリヴァーンと立ち合っていたのだが。
彼はつい先ほどの昼休みの際に見せた、まるで炎に変身したかのような迫力でナナオの相手を務めていたのである。
全身に満ち溢れた魔力がこの少年の輪郭を歪め、そして青褪めた眼差しがじっと相手を見据える。
この怪人との決闘はナナオの中の獣も刺激する。
楽しい。刃にかけられた不殺の呪いが鬱陶しく思うほどに。
二人は真正面から斬り合った。
杖剣と刀を打ち合い、躱し、防ぎつつ。二人が激突するたびに教室の空気が揺れた。
みしりと窓が軋む。魔力と魔力がぶつかり、空気にまで干渉しているのだ。
彼らの稽古は練習とは思えないほど、教室内が息を呑むほどの猛攻を互いに繰り出していた。
ナナオの一打を弾き返し、ルネは杖剣の切っ先を指し棒のように向けて彼女を注意する。
「体には力を、心は涼しく」
滾るナナオに対してそう告げた。そして素早く攻撃に移る。
興奮する彼女と比べて、ルネの心は何一つ揺らいでいなかった。
戦いを好む点や、今この瞬間を楽しんでいるのは同じであるが、ルネはあくまで冷静だった。彼を獣が支配することはなかったのである。
「ッ、無茶をッ! 申すッ!」
しかしナナオは違った。激しい攻防、剣戟の合間に見えるその笑みは野蛮で、危険で、魅力的だった。
「すっげえ」
ガイはピートと一緒に稽古をしていたが、それを止めてルネとナナオの稽古を見つめていた。
彼らだけではない。
二人に注目していない生徒はいなかったし、それは教師ガーランドも同じだった。
特にガーランドはルネの技術をよく観察していた。
見事である。それは間違いない。
しかし、だ。
昼休みの際に自分が止めなければ、これがダリウス=グレンヴィルと戦っていたのである。
ルネの様子は炎の魔人のようであったが、しかし体に漲る魔力は昼休みの時よりもずっと弱い。
それでもなおこの力ならグレンヴィルほどの使い手であっても本当に危険であったかもしれない。もしルネが本当にグレンヴィルに危害を加えようとしていたのならの話だが。
あの時も、そして今もガーランドにはそこが見極められなかった。
ルネ=サリヴァーンは本当にグレンヴィルと戦うつもりだったのだろうか。
あっさり引き下がったところから本気でなかったとも言えるが、断言ができなかった。あのまま状況が進めばグレンヴィルを殺すつもりだったのではないだろうか。
彼から殺意は読み取れなかったものの悪ふざけで出すような力でもないし、彼自身も悪ふざけをしているようではなかった。
本気だった。グレンヴィルが動けば、きっとルネも動いただろう。
告白すれば、ガーランドがあの時に剣士として見た未来図はグレンヴィルの首が綺麗に飛ぶものだった。だから慌てて二人の間に入ったのだ。友人を守るために。
しかしルネ=サリヴァーンは殺意を引きずることなく杖剣を収めた。これまでの覇気が演技であり、悪戯であると言わんばかりに。
読めない。その心の動きが。
この危うさはもしかしたらルネの義母の影響なのかもしれない。いつもニタニタ笑っていた不気味な魔女にて偉大なる剣士「梟」ミネルヴァ=サリヴァーン。
血の気の多い人物ではなかったが、しかし血を見ることを嫌っていたわけではない人物。本心がいまいち分からなかった人物。
そうだ。
ルネの魔力が見せる炎と同居している、彼の冷めた青い瞳と同じだ。真逆の性質が混ざり合っているのである。
どちらも両立しているからこそ本心が見えにくい。
そんな風に友人達や教師の注目を受けるなか、猛攻の合間を縫ってルネの一閃がナナオの首を引っ掻いた。もちろん不殺の呪文で彼女の首に傷一つつかないが、間違いなく一本を宣言すべき攻撃だ。
しかし二人は止まらない。
ルネはくるりとナナオに向き直り、手を休めることなく継戦した。
「しいィッ!」
ナナオも一打を受けたことを忘れ、ただ昂る心のままに刀を振るう。
二人はガーランドが止めるまで稽古を続けると事前に決めていた。もしどちらかの一撃が有効打として入っても試合を継続すると。
この稽古はルネの杖剣がナナオに致命傷の判定を十数回与えるまで続いた。
「そこまで!」
稽古を続けている生徒達へガーランドが終了を宣言する。途端ナナオは息を切らしながら床に崩れ落ちた。
汗と疲れが全身から噴き出す。「ほら」と二人の稽古を見ていたオリバーが彼女にタオルを手渡した。
「……感謝」
ナナオは白く柔らかい布地に早速顔を埋める。はー、と深く息も吐いた。
そこにルネがやってくる。その姿は炎の魔人から美しい少年の姿に戻っていた。
「
ナナオはタオルから顔を上げ、にっと笑いながら答える。
「承知」
楽しくてしかたがない。そんな彼女の様子にルネも満足だったのか、嬉しそうに頷いてくるりと踵を返し、近くで基礎練習に取り組んでいたカティに声をかけた。
「では、私はこれで。
「え、ええッ!?」
突然の指名にカティは当然嫌がったが、ルネが半ば無理矢理稽古の場に立たせて試合を始めた。
彼にはもちろんカティをいたぶる気持ちはない。むしろ彼女の指導のために誘ったのだ。
だからかナナオとの稽古のような速さも力も全く見せなかった。むしろカティの危なっかしい杖剣捌きに合わせてアドバイスを伝えている。
ナナオも、オリバーもその様子をじっと見守っていた。
「──凄まじい使い手にござるな」
ぽつりとナナオが言った。
「付け入る隙も、手立ても見つからず。世の中とは広いものにござるな、オリバー」
オリバーは嬉しそうなナナオの顔をちらりと見た後でふと思ったことを尋ねる。
「ルネには惹かれないのか?
「ふむ?」
ナナオはしばらく考え、答えの代わりに質問を投げかける。
「もしオリバーにとって唯一無二の好ましい女性がいたとして」
「ん?」
「それとは別に天下一の美姫が現れたとする。さて、貴殿の気持ちは変わるのでござろうか」
逆質問にオリバーは面食らうことなく、彼女の問いに迷うことなく答えを口にする。
「そうだな。変わらないだろう。その女性が現れる前と何一つとして」
「拙者も同じでござる」
ナナオは笑みを浮かべ、嬉しそうにオリバーを見つめる。オリバーは気恥ずかしくなったのかナナオから顔を背けた。
そのやり取りを、ルネはカティの相手をしながら聞き耳を立てていた。
「やあッ!」
「はい」
「あイタッ!」
カティの刺突を弾き、無防備な頭を杖剣で叩く。優しく叩いたのではなく、躾けのように強かに打ったためかカティはその場に蹲った。
「可愛らしいですね」
ぽつりとルネは感想を口にする。
それはオリバーとナナオの会話に関するものだったのだが、杖剣にいっぱいいっぱいで聞き耳を立てる余裕のないカティにとっては自分への感想にしか聞こえなかった。
「あ、あわわ……え、えいッ!」
恥ずかしさを誤魔化すためにカティは蹲ったまま杖剣をルネへと突き出す。
この稽古でのルールもナナオの時と同じで、ガーランドの終了の合図まで戦い続けるというものだった。ゆえにカティの行いは全く卑怯ではなく、もちろんルネはそれに見事に対応する。
彼女の刺突を再度弾き、カウンターの振り下ろしを放つもカティは床をゴロゴロと慌てて転がって避けた。そしてふらふらと立ち上がり、構えを見せる。
「素晴らしい」
ルネは嬉しそうにそう評価し、再度稽古を続けた。
そこに声がかけられる。
「格下相手にお遊びとは。随分と余裕を見せるんだな。
声の主はリチャード=アンドリューズだった。休憩中なのか稽古の相手から離れてルネ達の所へやってきたようだった。
ルネは杖剣を下ろしてじっと彼を見つめる。カティも同じようにした。
しかしルネはいつもの微笑みを見せているものの、カティの方はむっとした表情を隠せない。格下呼ばわりされたのだ。それが事実であっても口に出されれば気に障るものだ。
ただアンドリューズはカティに関心はないようだった。彼はルネの方ばかり見ている。ルネははっきりと言った。
「これはお遊びではありません。ちゃんとした稽古ですよ」
ここでようやくアンドリューズはカティをちらりと見て、鼻で笑った。
「どう見ても格下相手に遊んでいるようにしか見えなかったが?」
またもや小馬鹿にされたことでカティはむっとするが、ルネの反応を窺うようにしているので反論はしない。カティはルネがまた暴力に打って出るのではと思ったのだ。
が、ルネはそんな心配とは裏腹にアンドリューズに何かするつもりはないようだった。気軽そうに彼と会話する。
「
「なるほど。僕には学ぶ余裕もないということか」
「そうは言ってませんよ」
敵意を増すアンドリューズの目にカティはハラハラするが、ニコニコしているルネはそんなことは関係なしに名案とばかりに彼に提案する。
「そうだ。よろしければこれから一試合しませんか? 前回の授業の時には君をからかいたくて口にした言葉ですが、今は君のことが知りたい。以前のことは水に流して、これからの私達の関係を築いていきましょう。さあ、ぜひとも練習試合の相手をお願いします」
「──いや、それは……」
先ほどまでの威勢はどこへやら。ルネの手招きをアンドリューズは渋い顔で見ていた。
「さあ、どうぞ。
以前のような死刑執行人の囁きではなく、今は知り合いを気軽に誘う少年の声だったが、アンドリューズは一歩も動かない。
特に彼を硬直させようと声をかけたわけではないのでルネは困った顔をする。
「? そう恥ずかしがらないでください。これは練習試合なのです。勝っても負けても、それぞれに学びがあるのですよ」
「……」
とうとうアンドリューズは何も言わなくなり、黙って踵を返すと壁際へと逃げるように去っていった。
壁に背をつけ、腕を組んで何もなかったかのように休憩に入る。
「……何だったのでしょうか」
その姿を見つめながらルネは不思議そうに呟いた。カティはふんと鼻を鳴らしながら言う。
「さあ、知らない」
一言から怒りを感じたルネはくすくす笑った。
「ふふ。では
じろりとカティはルネを睨んだ。
「あの人が格下って言ったこと、ちょっとは否定してくれても良かったんじゃない?」
「嘘は嫌いです」
カティは頬を膨らませ、そしてやる気も膨らませた。
「かっちーん! よーし、今度は一本取ってやるんだから!」
そして杖剣をぶんぶん振りながら立ち位置に戻っていくカティ。
「その意気ですよ」
ルネは満足げに微笑むとカティとの訓練を再開する。意気揚々としていた彼女だったが、結局ルネに杖剣の先を当てることすらできなかった。
授業後。ぷーと頬を膨らませるカティが「今度は絶対当ててやるもん」と意気込む。
「試合で勝つんじゃないのか」
「随分とハードルを下げたな」
ピートとガイの一言にカティは「キーッ」と奇声を上げて二人を追い回す。
どたばたとじゃれ合う三人をルネ達は微笑ましく眺めていたが、ミシェーラが突如言った。
「オリバー、ルネ。少し話したいことがありますのでこちらに。カティ達は先に行っていただいてもよろしいでしょうか」
いきなりの話にきょとんとした顔をした友人達だったが、特に反論もなくカティ達は次の教室へと先に向かった。
ミシェーラは人気のない廊下の隅にオリバーとルネを連れて行く。
「
三人で廊下の壁を背に並び、話し始めた。ミシェーラはルネの問いに首肯する。
「ええ、その通りですわ」
「授業中にルネが絡まれていたな。初日のことを考えるとルネを意識しているのは分からなくはないが、わざわざ喧嘩を売るほどのことか?」
オリバーの疑問にミシェーラはしばし目を伏せ、後悔の表情を浮かべながら答えた。
「それは恐らく、あたくしに責任の一端がありますわ」
「というと?」
「幼馴染なんですの。古くから家同士の付き合いがありまして──同い年ということで、何かと比較されながら育ちましたわ」
魔法使いの名家の長男、長女の競い合い。それぞれの一族の跡継ぎの才能を推し量る周囲の眼差し。その重圧はいかほどのものか。
ルネは義母の計らいでそういった名家の面倒な関係から遠ざけられていたので分からないが、アンドリューズにとっては肩身の狭い思いをし続ける日々だったのだろうということくらいは彼にも想像ができた。
何故なら、ルネの見立てが正しければアンドリューズはずっと敗者だったのだから。その点をミシェーラに尋ねる。
「当ててみましょうか。君と
ミシェーラはルネのはっきりとした物言いへの返答に困ったものの、頷くことで答えを示した。
「なので今は互いに距離を置いています。あたくしがどちらの味方かといえば、今の友であるあなた達であると答えますわ。しかし、彼も昔はああではありませんでしたの。彼にも良いところは沢山あるのですから」
アンドリューズを庇う発言をしたミシェーラはじっとルネを見つめる。しかしルネは彼女の目が訴えていることが分からなかったために首を傾げる。
「──何か?」
ミシェーラは困り顔で言った。
「女子生徒達の間であなたとカティのことは噂になっていますわ。『あのサリヴァーンが人権派の新入生を守っている』と。それも危険な手段を用いてでも」
その話を耳にしていなかったオリバーはぎょっとしてルネを見た。
「
「聞いたところによると、カティに悪戯をしようとした女子生徒三人に呪いをかけた、とか」
「ルネ」
オリバーの咎める声にルネは微笑みを見せる。
「
彼の口調は反省どころか良いことをしたかのようなものであった。その確信ぶりから、ミシェーラは諦めたように尋ねる。
「もう少し穏便な対応はできなかったので?」
ルネはできものだらけになった三人の少女の顔を思い出した。あの恐怖と、後悔と反省に満ちた顔だ。ゆえに自信たっぷりにミシェーラに答えた。
「夜中にできものの呪いを同級生に仕掛けようとした三人に、どのような警告方法が最適だったのでしょうか。口だけで言っても彼女らは止まりませんよ。彼女らもキンバリー生なのですから」
「そのキンバリー生を突けばどうなるか。現に保守派の新入生の一部でカティに嫌がらせをしようという動きがありますわ」
間髪入れずにミシェーラは言った。ルネはその点に関してもはっきりと決意を口にする。
「では守らなければ」
「……あなたほどの魔法使いがそう言ってくださるのはカティにとって幸運だと思いますわ。しかし少し政治的な立ち回りも考えては? あの子はあなたほど強くはありませんのよ」
「君が守ってくれるのはありがたいと思うが。もう少し加減というものをだ」
「いいえ、むしろより過激になるべきなのかもしれません。首を絞め、呪術を用いてでも私が彼らの牽制になれないというのなら──ああ、どの程度であればあの方々は止まってくれるのでしょうか」
オリバーが言うところの加減をするつもりが全くない。ミシェーラとオリバーはルネの様子を見てそう察した。
「何をするつもりだ?」
オリバーの問いかけにルネは首を横に振って答える。
「今のところは何も。私から自発的に何か動くつもりはありません。
その口調にも表情にも嗜虐的なものは全く含まれていなかった。少なくともオリバーとミシェーラはそう思った。
本当に相手が過激にならなければ彼は何もするつもりはないのだろう。
しかし、ここはキンバリーだ。カティが一度標的になったのだとしたらそれを止めるのは難しい。
もしも保守派の新入生達が嫌がらせの度合いを強めるというのなら、ルネの能力はカティの護衛に欠かせなくなる。
二人はルネを信じ、友人として言った。
「カティの友人は君だけじゃない。俺らも彼女を守るつもりだ」
「ですから先走ることのないようにお願いしますわ。カティのことも。
ミシェーラが話題を戻した。彼女がアンドリューズを庇うようなことを口にしたのは、要はルネに手加減をしてほしいからであったのだ。
アンドリューズを傷つけてほしくない。噂に聞いたように傷つけてほしくない、と。
「分かりました」
ルネは了解の意を伝えた。彼自身もアンドリューズを虐げるつもりはないからだ。
自分が暴力を振るわなくても済むのならそれで良い。そう心から思っていた。
しかし、その時は来るだろう。
オリバーとミシェーラには言わなかったが、ルネにはそんな予感があった。