七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第19話~工房への侵入~

 すっかり夜になり、校舎から人気がなくなった頃。

 校舎東側の三階の廊下にてルネとカティ、そしていつもの面々が揃って歩いていた。ルネはカティの隣を歩き、その後ろをオリバー達が続いている。

 オリバー、ミシェーラ、ピート、ナナオはあまり夜の校舎に良い思い出がないはずだが、先導するルネの存在のおかげかそれほど恐怖感を覚えなかった。

 

 実際彼は暗がりを照らすランプのようにオリバー達を先導している。杖剣どころか杖にすら手をかけていないが、領域魔法の応用か自身の周囲を仄かに光らせており薄暗い廊下でもその姿は目立っていた。

 また校舎から染み出た迷宮の影が迫ろうとしても、視線一つでそれを追い払っていた。なのでオリバー達は何の不安もなく夜の校舎を歩くことができていたのだ。

 

「ここですね」

 

 ある教室の前でルネは立ち止まり、扉を開ける。中には教壇すらない教室が広がっていた。

 どうしてか古めかしい姿見の鏡だけが片隅にぽつんとかけられている。「ここが入口です」とルネはまっすぐ鏡へと向かった。

 

「さあ、行きましょうか」

 

 くるりと振り返りオリバー達にそう言うとルネは一歩先に迷宮内に入ろうとしたが。それをオリバーが止めた。

 

「ちょっと待ってくれ。杖剣の準備をしたい」

 

 今、彼らの杖剣に刃はない。校則によって潰された杖剣を佩いていたのだが、迷宮内においてはその校則も緩和される。

 それだけ迷宮内は危険であるということだが、もちろんルネがいれば危険も不安もない。それは誰もが分かっている。

 が、彼ばかりに頼るつもりはない。そんな魔法使いのプライドであった。

 

「そうでしたね。ではどうぞ」

 

 ほんの少しの思案で彼らの意思を汲み取ったルネは再度振り返るとそう言った。指導役のオリバーとミシェーラは頷くと他のメンバーに杖剣の用意をするように告げる。

 

「じゃあ、教えた通りにいきますわよ」

「杖剣に集中して」

「「鋭く研がれよ(アクートウス)」」

「「「「鋭く研がれよ(アクートウス)」」」」

 

 オリバー達は杖剣を鞘から抜き払い、オリバーとミシェーラの詠唱に合わせて研磨の呪文を唱える。その効果を受け、鈍らだった杖剣は引き締まり、切れ味の鋭い刃を作った。

 

「ルネは?」

「では、私も」

 

 カティに問われ、ルネはようやく杖剣を抜く。オリバー達のよりも長い(ソード)のような杖剣だ。

 ルネは何も唱えなかったが、鞘から払っただけで刀身が青く輝きそこに切れ味が宿った。

 

 無詠唱呪文(ノースペルマジック)。呪文もなしに、ただ心の中で思っただけで強力な魔法を施す呪文学の極致。何のこともなくやってのけた奇跡にカティは息を吞んだ。

 

「……いつ見ても凄いよね」

「呪文学をたくさん勉強しましょう、Ms.(ミズ)アールト。そうすればきっと魔法は応えてくれますよ」

 

 勉強しろ。そう言われ、カティは息を吐いた。

 彼女のように露骨な態度は見せなかったものの同じような心境であった面々は先を急ぐことにした。

 

「とにかく参りましょう」

 

 ミシェーラに促され、ルネは杖剣を鞘に戻し頷くと真っ先に鏡面に入り迷宮へと侵入する。

 迷宮第一層『静かの迷い路』は相も変わらず湿った空気の陰鬱な迷路だった。オリバー達が迷った時と変わらない。古い石造りの道や壁がどこまでも続いている。

 いつの間にかルネは周囲に広げていた光を消していた。

 

「こちらです」

 

 そして友人達を案内しながら迷宮内を迷う素振りも見せずに進んでいく。

 

「ミリガン先輩の工房か~。どんなところなんだろうね、ルネ」

 

 彼の隣に歩くカティが期待に満ちた声で尋ねた。彼女も親以外の工房を見るのは初めてなのだろう。ナナオ、ピート、ガイも似たような表情だった。

 

 しかしオリバーとミシェーラは複雑そうな顔である。

 確かにヴェラ=ミリガンはキンバリー内の人権派の中でも実力も人徳も兼ね備えた優秀な魔女だ。同じ人権派ということでカティは将来の自身の工房の参考に、とも思っているようだが。

 ルネは少し考え、カティに尋ねる。

 

「綺麗な飼育区画や吊るされた乾燥薬草。血のない、薬師のような工房。そんなイメージでしょうか」

「そうだね。そんな感じなのかなって。パパとママの工房もそんな風だったし」

 

 思い出しながら語るカティへとルネは言った。

 

「しかしMs.(ミズ)アールト。お忘れかもしれませんが、ミリガン先輩はマルコに施術をした魔女なのですよ」

 

 ぴしりとカティの表情が固まった。

 あの優し気で温和な雰囲気の印象が強かったが、ルネの言う通りである。そもそもマルコの脳へ手術をしたのはミリガンなのだ。

 話した際の印象ですっかり忘れていた。

 

Ms.(ミズ)アールト。これから君はまたキンバリーの現実を知るでしょう。いわばキンバリー流の人権派の姿を。よくその目で見て、頭で考えてくださいね」 

 

 楽しい様子だったカティはすっかり表情を強張らせている。魔法生物学の授業を受ける前のような緊張した面持ちだ。

 

「しかし、あの人とは話ができるとは思っていますよ。オールディス先生とは違います。だからそんなに怖い顔をしないでください」

 

 ルネはそれ以上は何も言わず、カティと同じように優しい先輩に会いに行く気分だったナナオ、ガイ、ピートも雰囲気を変えた。

 オリバーとミシェーラはそもそもそんな気分ではなく、危険地帯に入った警戒心を欠かさずに迷宮内を進んでいる。

 ルネは鼻歌交じりに歩きたい気分だったのだが、流石に彼らに気を使うことにした。

 

 すっかり黙って進む面々はこれといった障害物に遭遇することもなく目的に到着する。ルネが立ち止まり「ここですね」と言った。

 彼の視線の先にはただの壁があるようにしか見えなかったのだが。

 ルネは指先でとんとんと石材を叩く。

 

 それが隠蔽の解除方法だったのか、鍵であったのか。目の前の壁の石の並びが組み変わり、アーチ状の入り口を作った。

 再びルネを先頭にヴェラ=ミリガンの工房へと彼らは侵入する。

 

 何の照明もついていない薄暗い部屋だった。ルネ達の後ろでは入り口が壁に戻ろうとしている。

 入り口が閉じて真っ暗になる前にルネは手をパンと叩いた。

 それが室内の魔法の照明を働かせる。

 

 そして、照らされた室内を見て──オリバー達は言葉を失った。

 工房内にあったのは大小様々な大量のガラス容器と、そこに保存液と共に収まった亜人種達の検体だった。空きの容器は見当たらない。全てに解剖済みの亜人種達が保存されている。

 ゴブリンなどの小型の亜人種から大型の亜人種、それこそトロールの頭部など。特定の種に拘らず、とにかく亜人種の体が、臓器が保存されていた。

 

「あ……」

「カティ。気を確かに」

 

 あまりのショックにカティはその場で座り込んでしまう。綺麗な飼育区画も、乾燥薬草もどこにもない。見渡す限りの死。虚ろな魔法生物達の目ばかり。

 慌ててミシェーラがカティの介抱をする。

 ルネはきょろきょろと辺りを見回す。

 

「ふむ。ゴブリン、小鬼(ボギー)犬人(コボルト)。トロール。妖精も、簡単に手に入る種族は網羅しているようですね。しかし、もう少し整頓された方が……」

 

 そう感想を述べた後に別の扉から他の部屋へと進んでいった。

 ミリガンを呼びに行ったのだろうか。そう思ったオリバー達は呆然とするカティを優先することにした。

 

 しかし、しばらくしてもルネはミリガンと共に現れなかった。

 妙に思ったオリバーがルネの入った部屋に行こうとすると、彼らの後ろにあった工房の入り口が開く。

 

「──おやおや。これはこれは」

 

 オリバー達が振り返ると、そこにいたのはミリガンだった。彼女はほんの少しきょとんとした後で興味深そうにカティ達を眺めている。

 

「ミリガン、先輩」

「ど、どうも」

「やあ、こんばんは君達」

 

 カティが震えた声で呼び、ガイが挨拶するとミリガンも親しげに挨拶を返した。

 しかし、どうも様子が変だ。そもそもどうしてミリガンが後から工房にやって来たのか。

 手荷物から察するに歓迎の準備をしていたわけでもなく、たった今到着したばかりという印象だ。

 

 ──まさか。

 

 この状況の違和感にオリバーとミシェーラははっと気づいた。

 彼らの考えを証明するかのようにミリガンはにやりと笑みを浮かべて言った。

 

「ところで。君達をここに招待した覚えはないんだが……どうして私の工房にいるのかな?」

 

 彼女はすっと杖剣を抜こうとして、オリバー達の視界から消える。 

 音は次にやってきた。壁が砕ける音とミリガンが強かに工房の壁に叩きつけられる音だ。

 そして彼女は木屑と割れたガラス片、こぼれた薬剤が広がる床にどさりと落ちて動かなくなった。

 

 あまりの突然のことにオリバー達は硬直したが、すぐに呪文の射線を目で追い事態を把握する。

 彼らの視線の先にいたのは、ルネだった。崩れた壁を乗り越え、つかつかと現れる。

 

「おやおや。思ったよりも早く帰ってきましたね。いや、書庫の捜索に手間取ってしまったからでしょうか。思ったよりも記録や書類の整理に関してはズボラな方のようですね」

 

 そう独りごちながら杖を数度振った。

 彼が魔法を使うにはそれで十分なのだ。気絶したミリガンの体は浮き上がり、それまでゴブリンの検体が乗っていた解剖台に下ろされる。すぐに拘束具のベルトが彼女の手足に巻きついた。

 今までそこにいたゴブリンの体は台から落とされている。ホコリでも払うように、気軽に床に落とされていた。

 

 ミリガンが現れてから数秒の間に何が起きたのか。

 つまりルネは強力な呪文を用いて隣の部屋の壁を撃ち抜き、更にミリガンをも吹き飛ばしたのである。無詠唱だったため魔法の正体は不明だが、恐らく押し込み呪文かとオリバー達は推測する。

 

 またオリバーは崩れた壁の厚みを見てぞっとする。強固な資料庫の分厚い壁越しに正確にミリガンへと魔法を当てたのである。

 一発で当てたのだ。当てずっぽうで放ったのではないのは明らかだった。気配を読んだのか、それとも音で場所を探知したのか。

 理屈は分からないが、この少年は遮蔽物越しに正確な魔法攻撃ができるのだ。ミシェーラも同感であったらしく二人の強張った表情はルネを脅威と思っている表れである。

 

 

 

 オリバーとミシェーラの気も知らず。ゆったり現れたルネは杖を手に、反対の小脇には書類の束を抱えていた。

 

「え……え? どういうことなの?」

「な、なんでミリガン先輩が?」

 

 ここでようやくカティ達が言葉を発する。ルネと気絶したミリガンを交互に見て困惑した様子だった。

 ミシェーラは額を抑えながら、オリバーはため息交じりにルネに尋ねた。

 

「そもそも最初からミリガン先輩にアポイントメントを取っていなかった。そうなのでしょう、ルネ?」

「初めから君の狙いはそれだったんだな」

 

 二人の視線はルネが抱えた書類に向けられる。

 

「えぇ、そうですよ。もちろん先輩とも話すつもりですが、その前に勉強です」

 

 そう答えながら無言の魔法でテーブルと椅子を自分の近くに引き寄せた。テーブルの上に乗っていた解剖器具を床に落とし、代わりに資料をどさりと落とす。

 椅子に腰かけるとルネは資料を読み始めた。

 

「これはマルコへの施術の記録です。彼以前のトロールへの処置に関しても詳細な記録が欲しかったので、そちらも見つかって良かった……ふむふむ。なるほど、やはり思った通りの術式ですね」

 

 それだけの説明で処置録を読み進めていくルネに一同は絶句する。

 ミシェーラは最早頭痛に耐えるように言った。

 

「先走ったことはしない。そう言ったではありませんか。それなのに先輩の工房に無断で侵入して資料を漁り、そのうえ彼女を攻撃するとは……」

「この方の実力は分かっていました。私の方が上であると」

「だからと言って! 協力するつもりの相手だろう! なのに、こんな……」

 

 流石にオリバーも声を荒げるが、ルネは全く動揺した素振りも見せない。資料から目を離し、じっとオリバー達を見て答えた。

 

「もしもミリガン先輩に訪問や、その目的を伝えたとして。万が一これらの資料を隠されたり、消されたりしたらマルコのためになりません。下手に交渉材料に使われたり、事件を隠蔽されたりするよりもこの方法が確実です」

 

 その様子はちっとも悪びれる様子もない。

 憤るオリバーとミシェーラに対してカティ、ガイ、ピート、ナナオは何を言って良いのかも困っているようだった。

 

 魔法使いらしい。そう表現すれば、そうなのかもしれないが。オリバー達はそんなルネの態度に納得することはできなかった。

 

「ところで──まだ警戒心を解いてはいけませんよ。どうやら工房内の仕掛けが動いたようですから」

 

 ルネは資料から目を離さず、微笑みながらオリバー達にそう警告する。

 その直後だった。工房の本棚が複数動いて別室に通じる入り口が現れる。そこから魔犬(ワーグ)が十数頭飛び出してきた。工房内での戦闘を感知して発動した罠である。

 

 オリバー達は反撃のために杖剣を抜くが、それよりも椅子に腰かけていたルネが杖を掲げる方が早かった。

 

貫け(ペネトラーチオ)

 

 杖先から魔力の光線が放たれ、魔犬(ワーグ)達を撃ち抜く。貫通呪文だ。頑丈なはずの魔獣の体も容易く貫く威力である。

 驚くべきはその貫通力だけではない。一筋の光が工房内を自由自在に飛び回り、そして魔犬(ワーグ)達をあっという間に撃ち抜いていく。

 俊敏な彼らが捉えられ、急所を貫かれ、工房の侵入者達に近づくこともなく床に倒れ伏していった。どさりと転がり、魔法で開けられた穴から血を流す。

 

「……ッ!」

 

 その光景に若い魔法使い達は目を丸くした。魔法というものは基本的に杖先からまっすぐ撃ち出されるものだからだ。

 確かに戦闘の場面において曲げ射ち等の技術はある。しかしそれらは杖から撃ち出す前に魔法の軌道に多少捻りを加える程度であり、杖先から出た後の魔法を自在に動かすことは不可能とされていた。

 

 だが今、ルネが放った貫通呪文はたった一つの光線で十数頭いた魔犬(ワーグ)達を全て一瞬で撃ち抜いたのだ。部屋の中を縦横無尽に駆け巡りながら。

 最後に魔犬(ワーグ)の体を貫いた光線はハートマークの軌跡を残し、すっと宙に消えた。

 

「呪文学に取り組みましょう。そうすればきっと魔法は応えてくれるはずです」

 

 絶句する友人達にルネはそう告げた。資料を読みながらの片手間の駆除とは思えないほどの技術に息を呑むオリバー達。

 そんな彼らの反応を楽しそうに見つめていたルネだが、しかしにこにこしていた彼の表情が少し険しくなる。

 

「──この気配は」

 

 次の瞬間。工房の壁を蹴破り、その魔獣は現れた。

 七フィート強の人型。しかし頭は猛禽類のそれ。そして、背には赤い翼が一対。

 

象国(インダス)紅王鳥(ガルダ)ですか」

 

 ルネは工房内に現れた魔獣を一瞥し、すぐに種を特定する。

 ナナオの出身である日の国(ヤマツ)よりは西にあるが、大英魔法国(イエルグランド)よりはずっと東の土地に象国(インダス)はあった。

 古くからの魔法文化圏で、今では大英魔法国(イエルグランド)の数ある植民地の一つである。

 

 その高地に住む魔獣が紅王鳥(ガルダ)だ。かつて象国(インダス)にいた神獣クールマの眷属であり、人の体と鷲の頭の強力な魔法生物である。

 紅王鳥(ガルダ)魔犬(ワーグ)のようなただ屈強なだけの魔法生物ではない。その羽には魔力が宿り、風と火の精霊を操るのだ。

 

 しかし全身を覆っているはずの赤い羽毛は一部毟られていた。胴体と腕だ。全身の四割くらいだろうか。

 使い魔にするための処置である。流石の四年生でもこれほどの魔獣を無傷で従えるのは難しかったらしい。ミリガンは彼の魔力が宿った羽を取り除き弱体化させたのだ。

 

「……可哀そうに」

 

 ルネはそう呟くと立ち上がり、杖を下ろしたまま紅王鳥(ガルダ)に近寄る。

 

「ルネ! 何をしている!?」

 

 オリバーが杖剣を構え、叫ぶ。

 紅王鳥(ガルダ)は脅威だ。火と風を操るだけでなく、しなやかな四肢とその先の鋭い爪による一撃はトロールの頑丈な体すら容易く切り裂く。

 そんな強力な魔獣に無防備に近づくだなんて。そもそも一年生の段階では遭遇するだけでも危険度が高いというのに。流石のルネでも危ういはずだ。

 

 しかし止めに入れない。オリバーも、ミシェーラも後ろの友人達に気を遣うことで精一杯だからだ。

 一人魔獣に近づくルネを助けに出ることはできなかった。その行動を見守るばかりである。

 

 一方紅王鳥(ガルダ)の方は、近づくルネに明らかな敵意を向けて咆哮をあげようとしたが──。

 

 途端、彼は震えた。

 

 ルネの体を視界に入れた瞬間に感じ取ったもの。ルネが自身の視線と共に紅王鳥(ガルダ)へ送ったメッセージだ。それを受け取り、彼は威嚇どころか攻撃すらできなくなる。

 

 一瞬の威圧。それはこの魔獣に大きな衝撃を与えた。ルネが思っている以上に。

 自分よりもずっと低く小柄な体のはずなのに。自分を痛めつけて支配したあの魔法使いよりも小さいはずなのに。

 

 紅王鳥(ガルダ)はルネから体に見合わないずっと巨大なものを感じ取った。自分の体を作る一つ一つが震えている。

 それは故郷の山にも似た威圧感だ。空まで高く、地平線に広がるほどに広い。そして、懐かしい。

 

 そうだ。懐かしいのだ。紅王鳥(ガルダ)はこの魔法使いのことなんて全く知らないのに、どうしてだか彼の力を感じた瞬間に懐かしさを覚えたのである。

 どうしてか。彼は戸惑ったが、ふと昔に一族の長から聞いた言葉が頭に浮かんだ。かつて一族が仕えていた存在。山のように巨大で、偉大なそのお方を。

 

 ──神様?

 

 ルネは既に紅王鳥(ガルダ)の足元に歩み寄っていた。その姿をじっと見つめる魔獣の異変にもちろんオリバー達は気づいていたが、かといって何もできることはない。杖剣を片手に固唾を飲んでルネの行動を見守った。

 ルネはすっと紅王鳥(ガルダ)に手を伸ばす。羽を毟られた腕に触れた。

 

「可哀そうに」

 

 そう呟くとルネはその能力を行使する。紅王鳥(ガルダ)の肌にすっと指を走らせた。彼の力は傷ついたこの魔獣を癒す。抜かれた羽が戻り、弱まった力と心に癒しが訪れた。

 

 危険な魔獣の弱体化を治療したルネにオリバー達は何度目かの絶句をするが、しかし紅王鳥(ガルダ)の方は戻った力で暴れることはなかった。

 突如戻った力に戸惑いつつも、じっとルネを見つめていた。

 

「私の言っていることが分かるのなら、頭を下げてくれますか?」

 

 紅王鳥(ガルダ)は素直にルネの顔の位置まで頭を下げる。そして、その青褪めた瞳を見た。暗い青い目を。深い谷底にも似た恐ろしい眼差しを。

 そこに宿った力を感じ、再度彼は震えた。

 その力は自分がどれだけ羽ばたいて逃げ去ろうとしても、決して逃がしてはくれないだろう。あっという間に吸い込まれてしまう。

 

 しかし、紅王鳥(ガルダ)は恐怖を感じなかった。むしろ全身から喜びが絞り出されるような感覚を覚える。

 そうか。だから懐かしさを感じたのか。紅王鳥(ガルダ)は納得した。

 

 この紅王鳥(ガルダ)は一族が仕えていた神獣クールマを知らない。かの神獣は彼が生まれるずっと前にこの世界からいなくなっているからだ。

 

 だから族長が神の話をしても他人事にしか思えなかった。神なんてもういないのだから、自分達で一族を守り繫栄させていかなければと。

 しかし、彼は実感する。自身の体にあった本質を、眷属としての性質を今感じ取った。

 

 私は神の僕であり、そして神はいたのだ。

 

 こんな小さな姿になってはいたが、確かにいたのである。まさかこんな日が来るだなんて。故郷から連れ去られ、不気味な目の魔法使いに傷つけられ、支配されていた日々にこんな終わりが来るだなんて。

 

 紅王鳥(ガルダ)はよろよろとルネから数歩下がり、そしてその場に跪く。翼を畳み、ルネに頭を垂れた。神は知らなくても、彼と会った時にどうしたら良いのかは体が知っていた。

 

 神は、いたのだ。紅王鳥(ガルダ)はルネからそれを見出し、ただただその威光にひれ伏した。 

 そんな彼の心情はオリバー達にはもちろん伝わっていなかった。ルネもそうである。高めた魔力を用いて適当に威圧しておこうか、支配しておこうかと思っていたのだが、そうする前に勝手に紅王鳥(ガルダ)の方が跪いたのである。

 

 流石の彼も異なる文化圏、世界観の魔獣の気持ちは分からなかった。その内から溢れる喜びも。

 なので多少戸惑いは見せたものの、かといってそれ以上の何かをするつもりもなかった。

 

「私の船で君を故郷に送り届けてあげましょう。象国(インダス)へ。それまで大人しくしていてくださいね」

 

 そう声をかけると紅王鳥(ガルダ)はより深く頭を下げた。

 

「──ふむ。これ以上の仕掛けはないようですね」

 

 ルネは魔力を用いて周囲の状況を読み取り、そう結論づける。工房内の対侵入者用の罠は全て発動し、そして解決されたのだ。

 

「では勉強の続きです」

 

 ルネは跪いた紅王鳥(ガルダ)をそのままに椅子に戻ると再度資料を手に勉強を始めた。

 

「そうだ。ミリガン先輩を起こす前にこの方について君達にも伝えておかないといけないことがあります。Mr.(ミスター)ホーン、Ms(ミズ)マクファーレンはお気づきかもしれませんが」

 

 緊張の面持ちのメンバーに対して気分転換を提案するようにルネはそう言った。

 そして彼らの答えを待たずに資料をテーブルに置いて立ち上がると、気絶し拘束されたミリガンの前髪を上げて指で左目を開く。赤と緑の混じった光彩に縦に裂けたような瞳だ。

 

 人の目じゃない。そう一瞬で悟らせるものだった。少なくともこれまで見えていた前髪で隠していない右目とは全く様子が違う。

 ルネは解説する。

 

石蛇(バジリスク)の魔眼ですよ。こうして人に定着しているのを見るのはとても珍しい。良い機会なので観察してみてはいかがでしょうか。ああ、大丈夫ですよ。意識のない状態なら呪詛は届きませんから」

 

 ついでに、と付け加える。

 

「こちらの左手も観察してみましょう」

 

 ルネは左腕の拘束を緩めると、その細腕を持ち上げて左手を開かせる。

 現代の魔法使いの多くは左手の甲に魔法金属の防具を嵌めていた。手の甲の半分ほどを占める魔法金属の手甲の下地にはフィンガーレスグローブを使っており、ミリガンもそうだった。

 

 しかし、その手袋の掌には一般のものにはない切れ込みが入っていた。 

 指で手袋の切れ目を広げ、更にその下にあった()も広げる。そうして左目と同じ石蛇(バジリスク)の魔眼が見えた。

 

 オリバー達はぞっとする。異形の目に。そして、そんなものをそこに取りつけたミリガンに。

 石蛇(バジリスク)の目は二つある。だからどちらも利用しようだなんて。

 しかし、ルネはそうは思わなかったようだ。にこにこ笑いながら彼女の手を下ろし、再度拘束具を取りつけた。

 

「手術の跡から幼少期に移植されたことが分かりますが、先輩のご両親もなかなか面白いことを考えますよね」

 

 一つの魔眼の移植ですら呪詛による死のリスクが高いというのに、それを二つも植えたミリガンの両親に対してのルネの感想は「面白い」であった。

 普通人出身の魔法使いは順応が早いというが、魔法使いの業に既にどっぷりと浸かっている。オリバーとミシェーラは楽しそうに解説しているルネを見てそう思った。

 一歩引いたような面々に対してルネはさほど気にすることなく杖を振り魔法を用いる。

 

「さて。では起きていただきましょうか」

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