七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第20話~ヴェラ=ミリガン~

 ルネ=サリヴァーンが暴走したトロールに関心を抱いている。そして今、飼育区画でグレンヴィル教授と対峙している。

 

 そんな話を聞いてミリガンは動いた。グレンヴィルの意図は分かっている。トロールを殺処分するつもりなのだろうと。自分に話すことなくそうするとは思っていたが、よくも授業中という生徒では動きにくい時間帯を狙ってくれたものである。

 

 後手に回ってしまったものの彼女も動いた。協力者である教授とは全く正反対の方向へ。

 ヴェラ=ミリガンは自身と教授の保身のためとはいえ、どうしてもトロールを犠牲にすることができなかったのである。ゆえにグレンヴィル教授と長い付き合いのある師範(マスター)ガーランドを頼った。

 

 彼もまさかこの人権派の女生徒がトロール暴走事件の原因の一人であるとは察せなかったようで、グレンヴィル教授が独断で殺処分をしようとしている状況を聞くとすぐに校長から延命の許可を貰いに行ってくれたのである。

 

 その後はあわや決闘かというルネとグレンヴィル教授の間に割って入り、事態を収めてくれた。

 ミリガンはもちろんルネ=サリヴァーンについて知っている。稀代の天才。自分とは専門が違うものの桁違いの才能と実力を持った魔法使いであると。

 

 しかし、まさか一年生で教師と決闘をしようとするとは。そしてそれが単なるハッタリであったとは。

 流石の彼女も色々と面食らうことがあったが、しかし彼がトロールに関心を持っているのは良い傾向だとも思っていた。どうやらグレンヴィル教授と違ってトロールに危害を加える様子もないし、彼ならもしかしたらこのトロールを生き延びさせることができるのかもしれない。

 

 根拠はなかったが、そういう予感がした。

 

 それに可愛い後輩にも出会えた。初対面ではなかったが、カティ=アールトもトロールに興味があるとは。ミリガンは素直に嬉しかった。後輩ができたのである。

 カティはまさに人権派という風にトロールを心配していた。ルネが友人に説教を受けている間に彼女に話を聞いた限りだが、そういう印象をミリガンは持った。やや青いが将来有望そうだ。そうも思った。

 

 これでトロールも安心だろう。校長の気持ちが変わるまでは少なくとも校内で生きていくことができるのだから。このままなし崩し的に殺処分がなくなるかもしれないし、隙を見て失踪という形で自身の手に取り戻すこともできるかもしれない。もしも戻ってきたらしっかり瓶詰めにしてあげないと。

 

 そう思いながらミリガンは彼らと別れたのだが。

 まさかこうも事態が早く動くとは。予感めいたものがこういう形になってしまうとは。

 

 夜、迷宮内の工房に戻ってきたら何故かいるカティ達。ああ、やられた。あの場に来てしまった時点でルネに本件と自身の関係性について気づかれてしまったのか。

 だからといってその日の内に他人の工房に押し入るか。過激な後輩に苦笑しつつもそれはそれとして、侵入者に対する魔法使いの礼儀を見せようと杖剣に手をかけ、気がついたらこうである。

 

「おはようございます。ミリガン先輩」

「……すみません、先輩」

 

 ミリガンは目を覚まし、解剖台に拘束された自分を把握した。申し訳なさそうにする後輩達の中で唯一いつもと変わらずニコニコしている少年はルネ=サリヴァーンだ。

 

 どうやら彼以外の後輩達はこうなるとは思わなかった、知らなかったらしい。そういえば工房で鉢合わせになった時も、家主が戻ってきて驚いているというよりは困惑している様子が強かったようだった。

 

 それに覚えている限りあの場にいた誰も杖剣どころか杖にすら手をかけていなかった。となるとあの時に見当たらなかったルネの攻撃を受けたのだろう。

 

「……悪い子だね、Mr.(ミスター)サリヴァーン。先生に逆らった次は先輩にこれかい?」

 

 ミリガンの両手両足は拘束具でしっかりと解剖台に固定されている。彼女にとっては勝手知ったる道具なのだからこれの頑丈さはよく知っている。

 もちろん杖、杖剣は取り上げられていた。少し離れたテーブルの上に丁寧に置かれている。

 

 床には魔犬(ワーグ)の死体、部屋の奥には跪く紅王鳥(ガルダ)。特に後者はどう無効化したのかさっぱり彼女には分からなかったが、はっきりしているのは今自分には一つも武器がないことだった。

 

 間近にいるこの距離では最大の武器である魔眼もそれほど意味をなさない。石蛇(バジリスク)の目による石化の呪いは一瞬で効果を発揮するものではないからだ。

 魔法使いの呪詛に対する耐性などによっても完全に動きを止めるまでの時間は変わってくる。秒単位の話ではあるが、ルネ=サリヴァーンの能力と自分との距離を考えると、魔眼を使おうとしただけで目を切り裂かれるかもしれない。

 

 そうなればどうしようもない。無駄な抵抗も、体を揺すって拘束をどうこうしようとするなんてみっともない真似もせずミリガンはただ首謀者であるルネを見つめる。

 

 彼は顔から微笑みを絶やさない。

 

「なるべく手早く済ませたいことでして。実はマルコ、あのトロールについてなのですが幾つか処置について質問したいことがあるのです」

 

 そう言うとルネは資料を片手にミリガンに色々と尋ね始めた。マルコへの処置についてである。他のトロールへの処置についても資料の確認、質問を重ねていく。

 

 ミリガンは事情も説明されず、拘束もされたままだったが、とりあえずルネの質問に答えていった。自身が行ったトロールに対する手術、術式、管理等の解説である。

 彼女は白を切ることも言い逃れもせず、また被害者ぶることもなく淡々とルネと質疑応答をしていった。

 

 ルネの質問は明らかにトロールに対する知性化の処置についてのものだった。それも詳細な術式にまで触れている。ここまでバレているのなら何を言ってもルネを納得させることはできないと察し、ミリガンは丁寧に返答した。

 やるかやらないかは別にして、下手に噓を吐いて拷問や自白の魔法をかけられるのは避けたかったからでもあるが。

 

 質問を終えたルネは資料を整理し、テーブルの上に置く。知りたかったことは全て知り得た。満足気である。

 

「なるほど、なるほど。やはり処置については何ら問題はなかったようですね。しかしどうしてかマルコは話してくれなかったと」

 

 ミリガンは自虐的に笑った。

 

「そうだね。我が一族百年の課題だ。Mr.(ミスター)サリヴァーン。もしかして君には何か解決策が見えているのかい?」

 

 そして挑戦するように尋ね、ルネを見つめる。彼はすぐに答えを示した。

 

「ええ、もちろん。だからこそ今夜こうしてここに来たのです」

 

 そう言うとルネはカティに手を向ける。ミリガンは首を動かし彼女を見た。二人の視線を受けてカティは肩を震わせる。ちょっと気になる同級生と憧れの先輩の目だが、今はそれほど嬉しいとは思わなかったからだ。

 

Ms.(ミズ)アールトが?」 

 

 しかし彼女の慄きは二人にとって興味のあることではなかったようだ。話を進めていく。

 ただルネの答えはミリガンにとって意外だった。可愛い後輩であるとは思っていたが、自分の研究に役立つとは思っていなかったからである。

 

「ええ、今回必要なのはいわゆるキンバリー流の人権派的アプローチというよりもキンバリー外における人権派的アプローチであると考えました。つまりあらゆる手段を以って彼に喋らせるのではなく、自発的に彼自身から喋ってもらうという方法ですね。これを実現するためにもMs.(ミズ)アールトのように純粋にあのトロールに接してくれる人物が必要となるのですよ。どうしても私やミリガン先輩のような魔法使いでは発話ばかりに目がいってしまい、マルコそのものに愛情を注ぐことが難しくなってしまいますから」

 

 淡々としたルネの説明にカティは複雑な思いを抱いた。彼のことが怖くなったというわけではないのだが、やはり自分とは価値観が違うのだと思ったからである。

 それはミリガンに対しても同じだった。あの優し気な先輩の工房と所業を目の当たりにし、カティの考えは複雑化する。

 

 生き物に対して愛を注ぐ。みんなと友達になりたい。彼女はこれまでそう信じてきたわけだが、それがキンバリーでは一切通じずに、ここで幅を利かせているのがオールディス教授やグレンヴィル教授のようなタイプであり、そして彼女が見た中で実績を出しているのはルネのようなタイプである。

 

 自信喪失したわけではないものの、カティはよく分からない壁のようなものにぶつかった気持ちになった。今すぐ答えは出ないが、いずれ答えを出さなければならない問題である。

 

 なのでカティはこの場の全てをルネに任せることにした。今のカティはただマルコを救うことを考えていたいからである。他のことに考えを向ける余裕はなかった。

 彼女の意図を汲み取ったわけではなかったが、実際この場において会話しているのはルネとミリガンだけだった。拘束した側とされた側という妙な場面ではあったが。

 

「ほう、確かに。それは今までにないアプローチ方法だね。それで結果は出ているのかい?」

「ええ、もちろん」

 

 ミリガンから結果について尋ねられカティは言葉に詰まったが、ルネはどこからか装飾された木枠にはめ込まれた水晶板を取り出す。いつの間にか彼の手に収まっていたものだ。

 カティ達はぎょっとしたがルネはそのまま説明を始めてしまう。

 彼は水晶板の表面に何度か触れ、拘束されたままのミリガンにそこに映し出されたものを見せた。

 

「これはマルコの脳の活動を観察、記録したものです。ここです。ご覧ください。Ms.(ミズ)アールトが彼に愛情を示した際の活動の変化を」

「──処置した部位が活発化している?」

「この変化は私が対応した際には見られないものでした。世話係の上級生と接した時もそうです。ご覧ください。この通りです。マルコもMs.(ミズ)アールトの愛を受け、それに応えようとしているのでしょう」

「……もうちょっと資料を読みたいな」

「どうぞ」

 

 ルネは視線一つでミリガンの拘束を解いた。それにもまたオリバー達はぎょっとする。その気になればミリガンはルネを組み敷くこともできたのだが。

 彼女はルネと隣り合って資料を読むのに必死だった。彼が用意した水晶板が映し出す資料に目を走らせ、内容を丁寧に確認していく。

 

 ついさっきまで侵入者と被害者という関係だったのに。そこには確かにキンバリーの魔法使いの姿があるのだった。

 

 

 

Mr.(ミスター)サリヴァーン、質問があるんだけど」

 

 ミリガンはルネの資料を読みながら一つ質問する。

 

「ここに記載されている脳の活動記録はかなり詳細だけど、どんな検査器具を使ったんだい? 一般的に流通しているものだとここまで綺麗な画像もデータも取れないんだけど。もしかして君特製の検査器具かな?」

 

 ルネ=サリヴァーンは魔道工学の天才としても有名だ。彼自身が検査用の魔法道具を開発していたとしても何らおかしくはない。ミリガンはその点に関心を持ったようだ。

 

「いえ、マルコの検査に使っているのはこれです」

 

 ルネは手の平を広げた。ミリガンの視線も、カティ達の視線もそこに集中する。

 すると綺麗な肌からぽこぽこと何かが溢れ出て、それはナメクジに似た生き物の形を取った。ナメクジのような体に太く丸っこい足が何本もついている。大きさは子猫くらいか。

 

 ぼーっとしていた生き物がのろのろとルネの手の中で動き出す。人工精霊(ナメクジ)だ。ルネが開発した霊体生命体である。

 その動きをミリガン達は目を丸くして見つめていた。ルネはミリガンの手の中に人工精霊(ナメクジ)を落とす。

 

「──これは、まさか……霊質のみで構成された生命体?」

 

 ひょこひょこと彼女の手の中で動き回る人工精霊(ナメクジ)を見てミリガンは絶句する。

 この世にいる生命体はほぼ全て霊魂と肉体によって構成されている。精霊や微小の妖精ですら目に見えないほどに小さい物質の体を持っているのだ。

 しかし目の前にいるナメクジ似の生命体にはほんのわずかな肉体すらない。霊体だけでできている生命体である。

 

 幽霊とも違う。肉眼で見える彼らの陽炎のような動きは、あくまで幽霊の本体である霊質の動きに空気中の塵などが影響を受けることで発生するのだ。こうもはっきりと誰の目にもナメクジに似た形に見えることなんてあり得ない。

 

 これこそ純霊体生命。魔法生物学、呪文学また霊体を扱う魔法分野においてその存在が理論上は提唱されている存在である。それが今ミリガンの手の中にいる。

 これだけでどれだけの論文誌の表紙を飾ることができるだろうか。それを創り出した一年生はその小さな生命の頭を撫でながら紹介する。

 

「ええ、私はこの子らを人工精霊(ナメクジ)と呼んでいます。この子と同じ存在がマルコの霊体内に寄生して彼の霊体的変化そのものを、またはそこから分かる肉体的変化を情報として送ってきているのですよ」

 

 人工精霊(ナメクジ)はミリガンの手からすっと彼女の霊体へと入り込んだ。一見すると手の平を食い破ったように見えるかもしれないが、彼女の肌には傷一つついていない。

 

 しかしミリガンは確かに体に何か入ったことを感じ取った。手から腕にかけて何かが蠢いたのを感じる。

 忍び込んだ異物の動きを霊体が肉体に伝えているのだ。霊体傷の痛みとはまた違った違和感である。これまでにない感覚にミリガンは戸惑ったが、しかしそれ以上に感動した。

 

 理論上にしか存在しなかった生き物が実在した。そしてそれを体験している。魔法生物学を専門とする魔法使いにとってこれほど喜ばしいことはなかった。

 

 人工精霊(ナメクジ)は息継ぎをするようにひょっこりとミリガンの腕から頭を出すと、そのまま勢いよく飛び出してルネの手へと戻る。ルネはひょこひょこと太い足で歩く人工精霊(ナメクジ)の頭をよしよしと撫でた。

 

「私の霊体操作、干渉、観測技術の集大成です。これまで霊体の観測については魔法使いの能力によってその詳細に差異が大きく出てしまうものでしたが、この子がこの場の誰の目にも等しくナメクジに似た姿に見えているように、人工精霊(ナメクジ)は誰の目にも見えるよう観測可能にした霊体そのものです。主観的であった霊体を客観的に評価できる存在にまで引き上げたといって良いでしょう。

 また構成要素が霊体のみであるがゆえに、この子は物質的な肉体に一切の影響を与えず霊体に寄生することができます。使い魔として活用すれば実に優れた検査道具として活用することができるのですよ」 

「なるほど。使い魔契約の術式を応用して宿主の情報を送らせているのか。君の霊体関係の技術力は噂以上の能力だね、Mr.(ミスター)サリヴァーン」

 

 ミリガンは素直に称賛すると丸々と見開いた目でじっと人工精霊(ナメクジ)を見つめる。気味の悪い眼差しだが人工精霊(ナメクジ)の方はそう思わなかったようで甘えるように太い足をミリガンに向けて動かす。抱っこを求める子供のように。

 

「……ちょ、ちょっと待って!」

 

 人工精霊(ナメクジ)の価値が分かっているのはこの場ではミリガン、オリバー、ミシェーラのみであり、彼らは揃って言葉を失っていた。

 

 ではカティ達はといえば、状況が分からずに何も言えなかっただけである。しかし寄生や宿主という不穏な言葉にカティがようやく反応する。ルネの手の中の軟体生物を指差して言った。

 

「こ、この子と同じ生き物がマルコの中に入っているの?」

「ええ。そうですよ」

 

 ルネはカティに人工精霊(ナメクジ)を手渡す。見た目は子猫ほどの大きさのナメクジ──スラッグという魔法生物に似ているが、手に取った感触は全く違った。彼らのようなぬめぬめとした肌触りではないし、また彼らよりもずっと軽い。

 

 しかし重さが全くないわけではない。その点は小さい妖精や精霊とは違う。だが見た目よりもずっと軽く、持った感じは柔らかいといった風だった。

 この人工精霊(ナメクジ)は先ほどミリガンに見せたようにカティにも甘えるように丸っこい足を動かす。

 

 可愛い。カティはすぐにそう思って表情が崩れるが、はっとしたように顔を戻してルネに尋ねた。

 

「大丈夫なの? その、体調とか」

 

 ルネは即答する。

 

「ええ、もちろん。対象の健康状態には何の影響も与えませんよ」 

 

 人工精霊(ナメクジ)はミリガンにしたようにカティの手の中にも潜り込んでいった。びくりとカティの肩が震えたが、痛みを感じたわけではない。むしろ何も感じなかったことに驚いたくらいだ。

 

 カティは手の平をじっと見つめたが、確かに痛みも違和感もない。ひょっこりと人工精霊(ナメクジ)が頭を出しても体を貫かれたような感覚は全くなかった。

 

「もともと調査用に創ったものですからね。霊体内を移動する際に多少違和感を与えてしまいますが、痛みなどで対象に気づかれてしまってはしかたありません。もちろん体調を悪化させても意味がありません。宿主には何ら悪影響はありませんのでご安心ください」

 

 ルネが指を鳴らすと、人工精霊(ナメクジ)はばいばいと太い足を振り、ぽんと破裂して消えた。

 

「……本当にマルコの脳が変わってきてるの?」

「ええ、ご覧になりますか?」

 

 そう言うとルネはカティに水晶板を手渡す。カティはそこに映っている映像を見るが、脳の図が見えるもののそこに表示された色彩の変化が何を表しているのか彼女にはよく分からなかった。

 

「血流が、活発になってるの?」

 

 図に示された説明文を見て辛うじてそれを読み取る。ルネは頷いて解説した。

 

「ええ、マルコの脳の処置された部位の活動についてその図は示しています。これを見ると君の対応をした際には不活性だった部位に明らかな活性化が見られます。すなわちマルコは君と話したいということなのですよ。つまり君は結果を出しつつあるのですよ、Ms.(ミズ)アールト」

 

 ぞくりとカティに妙な快感と興奮が走る。ルネが人工精霊(ナメクジ)のことを黙っていたのを忘れるくらいにはカティは震えた。自分が、結果を出した。キンバリーで馬鹿にされる人権派の自分が。

 

「ミリガン先輩。夜分遅くにこのような訪問をしてしまったことはここでお詫びします。しかし、相応の理由があったことはこれでご理解いただけましたでしょうか」

「そうだね。工房を滅茶苦茶にしてくれたことなんてどうでも良くなるほどに驚いたよ。私だけじゃとてもたどり着けないところに君達はいるんだ」

 

 ミリガンは素直にルネと、そしてカティを称賛した。自分が考えもしなかった方法でトロールへのアプローチをしているのだ。

 しかもそれで結果を出している。優れた霊体関係の技術も含め、評価しないわけにはいかなかった。

 今夜の襲撃については一切を忘れ、ミリガンはルネとカティに尋ねる。

 

「それで。私はどうしたら良いのかな? 資料を提供するだけかい?」

 

 

 

 ミリガンの工房に押し入った翌日。カティ達の姿は校内の売店前にあった。ルネとミリガンは一足先にマルコの檻の前へと向かっている。

 あの後、結局ミリガンと協調体制を取ることが約束されたのだ。具体的にはトロールの発話に関してルネ、カティ、ミリガンの三人で共同研究をするという形である。

 

 結局のところミリガンとしてもルネ=サリヴァーンとの共同研究は願ったりかなったりであったらしい。ルネは世界有数の大金持ちサリヴァーン一族の次期当主であり、現在自身で動かせる資金もかなりのもの。

 昨夜示した通り豊かな魔法関係の知識と技術もあり、研究のパートナー兼スポンサーとしてはうってつけの人物なのである。

 

 特にこれまで研究の面倒を見てくれていたグレンヴィル教授との関係が悪化した今、新しいスポンサーをミリガンは必要としていた。亜人種の脳機能の研究は魔法文化の中でもマイナー分野中のマイナー分野なのだ。研究費などの支援は常に足りなかった。

 

 その辺りもミリガンが協力体制にすぐに首を縦に振った理由だろう。

 また魔法契約などで互いの関係を明文化しなかったもののミリガンとカティは同等の立場になるらしい。先輩後輩という関係上カティが学ぶ面は多いだろうが、それでもあくまで対等であった。

 

 ルネは二人のスポンサーであり、また師匠としての立ち位置が決まった。

 年齢も学年も関係なく、魔法生物学を含めたあらゆる魔法関係の知識においてルネは既にミリガンを上回っていたのである。その点はルネも認めるところだったが、彼自身の性格もあってか師として振る舞うことはほとんどなさそうだった。むしろ後輩としていつも通り礼儀正しく接していた。

 

 ミリガンは実にルネと話が合うらしい。あれだけ亜人種達を解剖しつつもマルコの殺処分に同意できなかった度し難い魔法使いである。ルネもまた結果を出せるのであれば手段を選ばないタイプの魔法使いだ。

 度し難さでいえば同じくらいだからすぐに親しくなったのだろう。カティ達はそう思っていた。

 

 彼女らは二人のところに行く前に売店新販売のドリンクを片手にこうして一息吐いていたのだが。

 

「なあ、ほんとに良いのか?」

 

 ガイが購買で購入した飲み物を片手にカティに尋ねる。彼の視線の先で少女は壁にもたれ、ぼーっとしながらカップに口をつけていた。目線は宙に向き、空いた片手で自身の巻き毛を指でくしゃくしゃと触りながら。

 

「何が?」

 

 カティは定番のオレンジ風味のドリンクを一口飲み、質問の意図を訊く。

 

「いや、なんつーか……ルネとあの先輩のことだよ。本当にあの二人と組んで良いモンなのかねって」

 

 ガイは言いにくそうにしつつもルネとミリガンと共同研究をすることについての不安を伝える。一人は優れた才能の持ち主だが教師と決闘しそうになったり、先輩の工房に押し入ったりする同級生であり、もう一人はそもそも今回のトラブルの原因となった上級生だ。

 

 カティは即答しなかった。酸味の利いた甘い飲み物に再び口をつける。その間にオリバーやミシェーラも意見を述べた。

 

「あの先輩についてはコメントに困るが、ルネについてはそろそろ距離を見直した方が良いのかもしれないな。あまりにも危険に首を突っ込み過ぎる。彼自身ならその危険をどうとでもできるのかもしれないが、君が巻き込まれるリスクは高い。いくらルネが君を守ろうとしても、そもそもの原因がルネの行動にあるのなら問題外だ」 

 

 ルネの危険性を指摘するオリバーだが、それを肯定したうえでミシェーラが魔法使い的視点を付け加える。

 

「ですがルネが魔法使いにとって魅力的な人物であることは事実です。彼と組むことはどんな魔法使いにとっても利益になるでしょう。上級生であるミリガン先輩があっさりと共同研究を、しかもルネを上位に据えた形での共同研究をあっさりと承諾したことからもそれが伺えますわ」

 

 二つの意見を聞いて、カティは空になった容器をずぞぞと更に啜る。ストローを上がってくるものはほとんどない。

 ガイの気持ちも、オリバーとミシェーラの意見も彼女は重々承知していた。その上で何も言いたくないのだ。

 

 そんなカティの様子を横目にピートが提案した。

 

「ルネとミリガン先輩抜きであのトロールをどうにか助けられないのか?」

 

 二人を無視できないかという意見を面々は考えたが、無理であるという以外の答えが出なかった。

 その点はナナオがはっきりと言った。

 

「拙者は門外漢であるゆえ魔法に関しては何とも申せぬが──やはりルネ抜きではどうにもいかぬのでは? 良くも悪くもでござるが」

 

 彼女に複雑な魔法の話は分からない。しかしルネがこれまでのことで大切な役割を果たしているのはよく分かる。

 

 オリバーもナナオに同意見だ。ルネだからこそマルコの問題に気づき、その解決手段まで用意したのだから。

 オリバーはとっくに中身を飲み干した空の容器を無意味に手の中で揺らした。

 

「確かにな。トロール騒ぎの犯人も分かったが、それを訴えてもどうしようもない。となるとルネの言う通りにするしかないというわけだが」 

 

 現在カティ達は本件の真犯人について知っているわけであるが、それを学校側に訴えたとしてもマルコの殺処分は避けられないようにしか思えなかった。

 ガーランドが提案した証拠物件としての生存は意味がなくなるわけであるし、キンバリーがトロールの事情を汲み取ってくれるわけもない。事件が終了となれば即座に殺処分となるだろう。魔法生物学の授業という洗礼を受けた今では犯人の公表を行っても無意味に思えた。

 

 むしろ証拠を分析するためにマルコが解剖されるリスクすらある。やはりマルコを生き残らせるためには彼が自発的に会話をしてくれないといけない。

 その能力をカティは持っているが、それを見出したのはルネであり、また人工精霊(ナメクジ)によって愛情の効果を確認したのもルネである。

 

 本件に関してカティの存在は重要であるが、事実としてマルコを最も助けようとしていて尚且つその手段を有しているのはルネのみだ。彼抜きではもう話が進まない段階にまで来ていた。

 

 しかしその有力者が屈指の問題児なのだ。初対面の時とは大きく印象の変わったルネに対してオリバー達は困惑するばかりだった。

 

 しばらく誰も何も口にしなかったが、ふとピートが口を開く。

 

「一つ分からないことがある。あのナメクジみたいな変な奴は霊体に入り込めるんだろ。ならあいつの技術なら、悠長に喋るのを待つ必要もなく霊体からの干渉で脳の施術を有効にできるんじゃないのか?」

「ルネの『人工霊体精製術』か。読んだのか?」

 

 オリバーの問いにピートは頷く。

 

「図書室にあったからな。魔法生物学の授業でルネが見せた死者蘇生モドキにも興味があったし」

 

 勉強熱心だな、とオリバーは微笑んだ。からかうなとピートはむっとするも、話を進めた。

 

「お前ら二人もあの本を読んだんだろ? どう思う?」

 

 そうオリバーとミシェーラに尋ねる。二人はしばし考えを纏め、それぞれ発表した。

 

「そうだな。彼の技術なら人工精霊(ナメクジ)とやらを利用してマルコの脳の施術を有効にすることもできるのかもしれない。しかしかなりリスクが高い。そこをルネは気にしたんだろう」

「脳は非常にデリケートな部位ですから。どれだけ高度な技術を持っていたとしても、下手に干渉してマルコに障害を出すことを良しとしなかったのでしょう。その結果がカティと組むというのは、手段を選ばずに結果を重視する彼らしいと言えるのでしょうが」

 

 ピートの方法がリスキーである点は二人とも同意見だった。

 しかしそこから次は違うようだ。オリバーは非難するように意見を続ける。

 

「だが、あの純霊体生命をマルコに寄生させていることをルネはカティに黙っていた。理由は『ちゃんと資料を収集できたら話すつもりだった』そうだが。カティとの真の協力関係を望んでいると言っていたにも関わらずに」

 

 ミシェーラはオリバーの言葉を否定はしなかった。頷いて聞いていたからだ。

 しかし、あくまでそういう意見があると言わんばかりに慎重に発言する。

 

「確かに。ただある程度結果が見えたら話すつもりだったというのも分からなくはありません。理論上はトロールに対して無害であるのですし、結果的にカティの優しさが必要であるという彼の理論の裏付けにもなったのですから。

 そもそも純霊体生命の存在は恐らくルネにとっても秘していた技術。世間的にも理論上にのみ存在する概念のようなもの。現に『人工霊体精製術』には触れられてすらいませんでした。必要な時になったら伝えるつもりで、それが昨夜だったと言われれば、あたくしも魔法使いとして理解はしますわ」

「まあ、それはそうだが」

「あたくしも思いは同じですわ、オリバー」

 

 彼女個人の見方ではなく魔法使いとしての視点だ。ルネの人格面を疑問視するオリバーもそこに文句はつけなかった。

 

「そんなに凄かったのか、あのスラッグもどき」

 

 ガイの問いにオリバーとミシェーラは頷く。

 

「ああ、そうだ。ルネ自身の評価通り霊体技術の集大成と言えるだろう。これまで概念的な存在だった霊体を目に見える形にしてのけたんだからな。

 どうしても個人の観測能力によって差が出る霊体関係の分野にとって、あの生き物は貴重なサンプルだ。霊体がどのようにして働くのか、どういった反応を示すのかがあの生き物を観察することではっきりと分かるようになったんだ。

 今までほぼ安静にして時間をかけることで治していた霊体傷も、霊体に繋がっている魔力流の損傷の治療法も発展するかもしれない。いや、あのルネ=サリヴァーンなら既にそこに到達しているのかもな。疑似的な死者蘇生も行えるのだから」

「あの発明だけでどれだけの魔法分野が進歩するか。キンバリーの卒業試験どころか、あれを発表すれば魔法使いとしての名声は一生約束されたようなものですわ」

「……マジかよ」

 

 二人の答えにガイは言葉を失った。

 

「ガイの反応が普通だ。シェラの言う通り、もしルネと親交を保っていればどれだけ魔法使いとして利益を得られるか分からない。彼自身の性格は穏やかなものだからな。友人であればどれだけ力になってくれるか。しかし……」

「敵を作ることを全く厭わないルネの仲間であることのリスクと、彼の仲間であることで得られる知識や技術。この二つをどう天秤にかけるかということになりますわね」

 

 オリバー達は唸った。ルネの危険性が明らかになってきたわけであるが、その有用性を無視するわけにはいかない。カティが先ほどから沈黙を貫いているのも、その辺りをはっきりとさせたくないからであった。

 しばし黙った後、カティはカップから口を離して一言だけ呟く。

 

「マルコが助かるなら」

 

 友人達の意見を聞いても、今の彼女はこうとしか言えなかった。

 

「もしマルコが助かったら縁を切る、か?」

 

 自分で言いつつも、それはそれで薄情だなとガイは呟く。しかしオリバーは彼の意見を否定する。

 

「いや。もし人語の発話に成功したら、むしろそこからが始まりになる」

「そうか。殺処分対象から研究対象に変わったってことか」

 

 ピートが難題を前に頭を搔いた。

 

「となれば誰かがマルコを管理しないといけません。人語を話すトロールとなれば、純霊体生命体のように魔法生物学にとって貴重な研究対象になります。しかし一歩間違えれば脳だけを取り出し、その状態を観察するだけの魔法使いがその役目を担うこともあり得るのですから」   

 

 ミシェーラも困り顔をする。頭部や脳の瓶詰を作るために苦労してマルコを救うわけではないのだ。

 

「マルコを助けたら、ずっとルネとミリガン先輩と付き合うことになるだろうね。ミリガン先輩はともかく、ルネがマルコを解剖するかは分からないけど、二人だけに任せるわけにはいかない」 

 

 カティがぽつりと言った。彼女も理解していることだ。

 

「かといって私だけがマルコを引き取るのは無理。私にはあの子を調べる能力もないし、それにトロールの世話にかかるお金も……」

「ルネの力と金が必要になるってか」

「ああ、ルネはそのどちらも十分に持っている。それにカティの意見を蔑ろにするような性格でもないから、無断でマルコを即解剖するということもないだろう」

 

 友人達が自分とルネの関係を話し合ってくれている中でカティはずっと言えなかったことがあった。

 ルネが危険人物であることは事実だ。それはもう間違いない。

 

 しかし、カティはそれら全てを知っていても、ルネと別れたいとは思わなかったのだ。関係を解消したいと思わなかった。

 ルネは、自分に力を──正しさをくれる。魔法使いとしての存在意義をくれる。価値を与えてくれる。結果を出させてくれる。

 

 カティが落ち込んでいるのはルネとの関係を悩んでいるからではなかった。

 それに悩まない自分に対して落ち込んでいたのだ。やっぱり自分も利己的な魔法使いなのだろうかと。

 

 両親の顔が浮かぶ。ルネと付き合いがあることが分かったら、二人はどう思うだろうか。良い魔法使いと友人になったと喜んでくれるのか、それとも酷い魔法使いと付き合いがあると嘆かれるのか。

 カティはゴミ箱にカップを捨て、自分の頬をぱんぱんと叩いた。

 

「あー、もう! やめやめ! 今こんなことを話しててもしょうがないよ!」

 

 そして魔法生物の飼育区画へと向かう。

 

「とにかくマルコを助けるの。それが第一!」

 

 空元気であるのをオリバー達は察した。が、今はまだ友人として見守ることにしたようだ。彼女の後を追い、彼らもルネとミリガンの所へと向かう。

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