七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第21話~試練の始まり~

 それはカティがマルコを救うと決心してから二週間ほど経った頃のこと。

 オールディス教授の期限が迫っているものの、マルコに関しては順調だった。トロールの脳の活動を見ても人語の発話、理解に関わっている部位の活性化は顕著だ。

 全てカティのおかげである。彼女が檻の前に座ってマルコに話しかけ、時に飼料を自らの口に運び、トロールの歌を口ずさみ、彼を思いやったからこそだ。

 

 ルネとミリガン、そしてオリバー達はじっとその様子を見守っていた。彼女の表情は真剣であり、そして慈愛に満ちていた。期限や目標に焦ることなく、ただマルコの信頼を得ようと努めていたのである。

 

 そして今日もカティは心を閉ざしたトロールに話しかけていた。

 家族の他愛もない話から、実家にいたトロールの話など。マルコがじっと見つめる中でカティは楽しげに話し続ける。

 

 ルネ、カティ、ミリガンが共同研究をするにあたって決められたのはミリガンの立ち位置だ。

 これはかなり重要な事項で、何せマルコの前でカティとミリガンが研究内容の話をすれば一発で信用は吹き飛んでしまうだろう。彼は人語を話さないだけで理解はしているのだから。

 

 なので現場においてミリガンは研究内容に一切触れず、ただカティを見守るか、研究について関係ない魔法生物学上のトロールの解説などをカティにするくらいしかやることはなかった。

 

 マルコはミリガンが檻に近づくと明らかに警戒する。もちろん彼も自身に施術した魔法使いの顔くらい覚えているからだ。

 かといってカティを緊張させてはいけない。彼女は嘘が苦手なのだ。それに嘘に罪悪感を抱いている。その気まずさをマルコに悟られ、三人の関係性が露見しては困るのである。

 

 ただマルコと会話し、寄り添って信頼を勝ち取るというだけでなく、ミリガンの扱いにも神経を尖らせなければいけないのだが、今のところ上手くいっていた。

 

 意外なことに嘘などが苦手と申告していたカティがさほど気にした様子もなくミリガンに接していたからだ。

 工房に行く前に思っていた憧れの先輩を前にした時のように。必死さも、緊張も嘘も全く見えなかった。

 

 自己評価が低いだけで心を閉じる才能があるのかもしれない。

 

 そのおかげかマルコはカティとミリガンが会話をしていると強い不安を抱くようになった。不信ではない。カティを心配しているのだ。

 これはマルコの脳内の人工精霊(ナメクジ)からの報告で明らかになったことである。夜ミリガンの工房内で三人が集まり、その日に得られた情報の分析をした結果だ。

 

 つまり自身にとって危険な存在であるミリガンが、カティと接触しているのが不安なのだ。ミリガンがカティと親しげにしているだけでマルコの脳内で発話を司る部位が強く活性化した。

 

「きっと危険を叫びたいのでしょう」

 

 ルネはそう推測する。ミリガンもその意見には賛成であった。

 結果が出る日は近い。そう思うとマルコを騙しているという罪悪感のあったカティすら興奮した。

 

 だがマルコの前ではそんな様子は一つも見せない。今もただ可哀そうなトロールに接する人権派の一生徒として振る舞った。

 順調だ。全くもって順調である。

 

 しかし、そうではないものもあった。

 ルネはカティとミリガンがマルコの檻の前でトロールの餌について話しているのを遠巻きに聞きながら、隣で同じように二人を眺めていたオリバー達に話しかける。

 

Mr.(ミスター)ホーン、Ms.(ミズ)マクファーレン。Ms.(ミズ)アールトの味方は増えましたか?」

 

 突然のことにオリバー達は驚いたが、素直に答えた。

 

「……上級生にいる従兄(あに)従姉(あね)には相談している」

「……あたくしも、家の関係で知り合いを頼っていますわ」

 

 その言い方に結果が伴っていないことをルネは察する。

 

「ふむ。そうですか」 

 

 元々キンバリーにおいて人権派の肩身は狭い。キンバリー流の人権派はキンバリー外の人権派に比べるとかなり保守寄りだが、それでも校内での立場は良くはなかった。

 

 特に両親が人権派の有名人であるカティは真っ先に嫌がらせの対象になってもおかしくはなかったし、実際一度の魔法攻撃と呪物の罠を置かれたわけであるが。

 しかしそれ以降に目立った被害はなかった。おそらく自身の威光が効いているのだろうとルネは思っていた。

 

 オリバー達が努力したり、上級生であるミリガンと関係を築いたりしたのも効果はあったのだろうが。

 何よりもルネの力がカティを守っていた。既に新入生の保守派の中ではルネがカティを守っていることは知れ渡っていたからだ。そのために何度も相手を脅していることも。

 

 ルネ=サリヴァーンに喧嘩を売ってまでも人権派を貶めたい新入生はいなかったし、また彼に挑戦したいと思っているような武闘派の新入生はそもそもカティに興味がなかった。

 ゆえにオリバー達が危惧したほどカティは危険にも見舞われなかったし、その兆候もなかったのだが。

 ただ確かに鬱憤はたまってきていた。保守派の新入生達もルネがいるからといってカティに納得したわけではないからである。

 

 そして溜まったものはいずれ噴き出す。

 ルネはその気配をひしひしと感じていた。オリバーやミシェーラが知り合いの上級生を頼ってカティを守ろうとしていることは分かっていたが、その効果はなく保守派の不満は募るばかりだった。

 

 ──少しイベントが必要かもしれません。

 

 ルネはそう思い、考えを巡らせた。いかにしてここキンバリーにおいてカティを守るのかを。

 

 そのためには味方を増やして派閥を強くするだなんて方法ではなく、もっと手っ取り早い──まさにキンバリー流のやり方が最も合っているとルネは確信した。

 何故なら保守派こそキンバリーの主流なのだから。彼らのやり方に合わせなければ。それこそ相互理解の第一歩だ。

 

 カティがトロールと視線を合わせるように。保守派の目線に合わせることこそカティを守るのに最適であるはずだ。

 

 ──そうだ、ついでにマルコとの関係性も進展させるような展開を用意しよう。そのためには……彼女達を利用しましょう。

 

 ルネの脳裏に浮かんでいたのは、かつて脅した少女達の顔だった。

 

 

 

 それから数日後の昼休み。カティ達だけでマルコの檻の前で彼とコミュニケーションを取っていた時のことだった。

 今日は私用でルネとミリガンがいなかった。それぞれ教授に呼ばれているらしい。カティがオリバー達にそう説明したのである。

 

 彼らはこれまでカティに付きっきりだった二人がいないことにそれほど反応を見せなかった。むしろ危ない人達がいないことで少しほっとしたくらいであったのだが。

 しかしそれは間違いであったとすぐに悟る。

 

「へえ、これがあんたの気にかけてるトロールなわけ?」

 

 そんな馬鹿にした口調で現れたのは授業で何度も顔を合わせている同級生達だ。保守派の新入生達で二十人以上いる。

 ずらずらとトロールの檻の前にやってきた彼らは面白そうにカティと檻の中のマルコを見比べていた。 

 

「……何か用か?」

 

 怪訝そうな目でオリバー達は突然の訪問者を出迎える。オリバー達はこの少年少女達に良い感情を抱いていない。カティがいない場ではあるものの、彼らはことあるごとに彼女の悪口を囁いているのだ。

 

 中には最初にカティに魔法攻撃を仕掛けたMs.(ミズ)マックリー達すらいる。集団の中ではやや後ろにいるが、緊張した面持ちで事態を見守っていた。

 集団の一人が言う。

 

「別に。Mr.(ミスター)ホーン、あんたには用はないわ。その子に用があるの」

 

 女生徒はカティを指差した。

 

「……私に?」

 

 カティはマルコを守るように彼の前に立ち、同級生達と対峙する。にやにやと笑う彼らにカティの表情は曇った。そんな雰囲気を察したのかマルコは牙を見せ唸り、保守派の同級生達を威嚇する。

 

 そんなトロールの様子を見て、彼らは不快そうに言い放った。

 

「ふん。よくもそんな醜くて野蛮な生き物に付き合えるわね、Ms.(ミズ)アールト」

「お前も同じくらい鈍いんだろうなMs.(ミズ)アールト」

「そうよ。あんたのせいで毎日教室がトロール臭いんだから、ちょっとは私たちのことも考えてよね」

「……」

 

 これまでとは違って面と向かって暴言を吐かれてもカティは黙って耐えているようだった。その様子が分かったのかオリバー達が前に出ようとして──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぴくりと動きの止まったオリバー達を見て、多勢に無勢で自分達に慄いたと思った保守派の新入生達はより勢いを増していく。

 

「なあ、お前あのトロールにこうやって話しかけてるんだろ? HO~、FO~HO~」

「あははッ、何それ変なの。ほんとに頭が鈍くなってるんじゃないの?」

 

 その間にも保守派の同級生達の侮辱は終わらない。その間、カティはずっと押し黙っていた。悔しそうな表情というよりも、申し訳なさそうな顔で。

 その態度が気に食わないのか彼らはよりエスカレートする。

 

「何ずっと黙ってるのよ。あんた、あのサリヴァーンがいないと本当に何にもできないのね」

「なあ、鳴き真似やってみてくれよ。達人さん。こんな感じか? FO~FO~FO~~~」

「もうトロールと一緒に住んじゃえば? 毎日こんな臭いところに来ているんだし」

 

 同級生達はオリバー達が何もしないのを良いことにカティに近づき、彼女を囲んでやんやと悪口を言い始めた。

 それでもカティは反論も何も言わず、ただじっと黙っていた。

 そんな彼女の態度に苛立ったのか一人の男子生徒が彼女の巻き毛を掴んだ。流石に今度はカティも叫ぶ。

 

「きゃあ!」

「なあ、何とか言えって! 間抜けなアールトのお嬢さんよ!」

 

 その瞬間にガンッと低い音が響く。その方向を見るとマルコが鉄格子を掴んでぎろりと保守派の新入生達を睨んでいた。

 突然驚かされて一瞬固まったものの、彼らは不快な相手に不愉快なことをされたということで怒りに満ちていく。それぞれ杖を抜いた。

 

「な、何よ。醜い化け物の分際で驚かせて」

「悪い子だな。そいつと同じで躾がいるんじゃないか」

「だ、だな。ほら、檻の奥に下がれ」

 

 そしてマルコへ杖を突きつけるが、グレンヴィル教授の時と違ってマルコは怯えもしなかったし退きもしなかった。じろりと保守派の新入生達を睨む。

 

「……ナ」

 

 ぼそりとマルコの口が動いた。何か鳴いたのかと思っていると、マルコは亜人種の強靭な肺活量で叫んだ。

 

「カティを、イジめるナッ!!」

 

 発声はその場に衝撃をもたらす。単純に音で驚かせるという点では先ほど鉄格子を鳴らした時の方が成功していただろう。無防備な所に大きな音がしたのだから。

 

 しかし今は絶叫による大声以外の驚きが場を支配していた。

 それは鳴き声ではなかったし、もちろん聴き間違えでもなかった。マルコが叫んだのは明らかに人語である。かなり訛ってはいたものの英語(イエルグリス)に違いなかった。

 

「ま、マルコ?」

 

 マルコが叫んだ瞬間に()()から解放されたオリバー達が呆然とマルコを見つめる。彼は興奮した面持ちで再度叫んだ。

 

「オマエら、カティからハナれロ!!」

 

 再度鉄格子を掴み、檻を壊さんとするほどに顔を押しつけた。しかし元々強固な檻である上に今はルネの強力な呪文によって檻の内外からの影響を排除するようになっている。つまりマルコがどうこうしようとしても全て無駄なのである。

 

 現に怪力で有名なトロールが全力で鉄格子を握っても変形すらしなかった。

 保守派の生徒達は突如の大声に驚いたもののこの怪物と自分達の間には確かな境界がある。改めてそのことに安堵して落ち着きを取り戻そうとしていたが、そんな彼らの期待を打ち破るように鉄格子が消えた。

 

 それまで掴み、壊そうとしていたものがいきなり消えたことでマルコは少しばかり前のめりになったが、そのまま倒れることなくカティの所へと駆け出す。巨体の突進にたまらず保守派の生徒達は慌てて彼女から離れていった。

 

「カティ!」

 

 マルコの太い腕に包まれるカティ。彼の大きな顔が目の前に来る。「ダイじょうブか?」と口が確かに動いた。人の言葉を声を口に出した。

 カティの目に涙が浮かぶ。

 

「……うん、大丈夫だよ。マルコ。大丈夫。ありがとうね」

 

 そしてマルコの顔に寄り添い、その頬を撫でた。

 

「ヨカッた。カティ、イジめらレるのはヨクない」 

「そうだよね。うん、そうだよね。マルコ」

 

 優しいその声にカティは微笑み、心も体も寄り添う。

 

「驚いた。まさか、本当に」

 

 そんな二人の様子を見ていたオリバーは目の前で起きている事象に言葉を失う。それを目指していたにも関わらず実際に起きてみると奇妙な感覚に陥っていた。

 本来人語を話さないはずの亜人種が、たどたどしいながらも言葉を話している。しかも人為的な処置の結果によって。

 

「ええ、成功しましたわね。素直に驚きですわ。そしてカティに祝福を送りましょう」

 

 ミシェーラも同感だったようだ。しかし、彼女にとってはマルコの発話よりも気になることがあった。

 

「とても興味深い事例であることは事実です。しかし、今はこの状況について考えるべきですわ。どうしてこんなことになったのか」

 

 そう言って、突然現れた保守派の同級生達を見つめる。彼らはトロールの発話、脱走で理解が追いつかないようだ。杖を片手にどうしたものかと互いに顔を見合わせていた。

 

 しかしふと気づいた。今、あのトロールは檻の外に脱走したのである。

 なら、この場で殺処分しても問題ないのでは? この場には二十人を超える魔法使いがいる。その呪文を一斉に放てばいかに一年生の魔法といえどもトロールに効果はあるだろう。

 

 そんな結論が小さく出たようだ。ざわざわしていた彼らが静まり、そしてすっとマルコ達に杖を向けた。

 

「ッ!? まずい!」

 

 オリバー達は保守派の同級生達から攻撃の意思を感じ取り、防壁呪文でカティとマルコ達の前に壁を作り出そうとしたが。

 

 その前に青褪めた雷撃が保守派の同級生達を襲った。詠唱の一声もなく青褪めた雷光が彼らを覆い尽くし体を焼いていく。そして呪文どころか叫びをあげる間もなくばたりばたりと倒れていった。

 

 あまりに一瞬のことで呪文の射線を追うこともできなかったが、魔法を使った少年が嬉しそうに話し始めたのでどこの誰から放たれたのかはすぐに分かった。

 

「素晴らしい。本当に素晴らしい」

 

 ルネはマルコが入っていた檻の屋根の端に座り込んでいた。いったいいつからそうやっていたのか。確かに彼はここに自動人形(オートマトン)を配置していたが、これが本体なのか違うのかオリバー達には区別がつかなかった。

 

 ただ一つ確かなのは攻撃したのはこの少年の姿をした存在であるということだ。子供が背の高い椅子に座った時のように足をプラプラさせながら同級生達に手の指先だけ向けている。そのほっそりとした指先から青褪めた雷を放ったのだ。

 

 「魔法使いの夜明け(ドーンオブウィザード)」。破壊という概念を召喚し、様々な属性の姿を与えたルネの得意技だ。

 神霊すら滅ぼす破壊の力であるが、もちろん同級生相手に使う時にはかなりの手加減をしていた。加減せずに使えば彼らは灰も残っていなかっただろう。

 

 しかし加減さえしてやれば相手に激痛を与え、痛めつけ、倒すことができる。彼らがそうであったように。

 ルネは檻から飛び降りると、まっすぐカティとマルコのところへとやってきた。

 

「素晴らしいですよ、Ms.(ミズ)アールト。マルコ。本当に君達は素晴らしい。試練を乗り越え、こうして愛による成果を証明したのですから」

 

 ぱちぱちと拍手をしながら二人を褒め称える。マルコは首を傾げたが、カティは複雑そうな表情をしていた。申し訳なさそうな、しかし嬉しそうな。

 

「また……また君はやったな」

「カティ、あなたも知っていたのですね。こうなると」

「──」

 

 黙ってしまったカティの表情でオリバーとミシェーラは察した。これが全て仕組まれていたことであるということに。

 現に保守派の生徒達は全員が攻撃を受けたわけではない。倒れた同級生達の中で気絶していない女生徒達がいる。

 

 といっても腰を抜かしていたので背丈は倒れている生徒達と変わらないように見えたが。

 Ms.(ミズ)マックリー達だ。彼女らだけは無傷である。顔面蒼白で気絶した生徒達を見ていたが、顔が引きつっている以外に被害はなかった。

 

 もちろんルネが魔法を外したわけではない。むしろ彼女らだけに当てないように慎重に制御された攻撃であったのだ。

 ルネは嬉しそうにしながらマルコを檻に連れていく。彼が檻に入ると消えていた鉄格子が戻った。そもそも消したのもルネだったのである。

 

 いや。もっといえば、今までの全てがルネの仕業だったのだ。

 彼はマルコに「疲れたでしょう。お休みなさい」というと無言で魔法にかけて眠らせた。

 これから都合の悪い話をするからだ。そうとも知らずマルコは静かに寝息を立て始める。

 それを確認して。カティは一息吐いて話し始めた。

 

「説明、するね」  

 

 

 

 前日の夜のことだ。

 いつも通りミリガンの工房でルネ、カティ、家主のミリガンが集まってその日に収集した資料を精査していた時のことだった。この日の取れ高も上々。それまで滞っていたブローカ部位、ウォルニッケ部位がカティとの交流で活発化していることを示す情報が幾つも取れた。

 テーブルの上に並ぶ紙の束がその証拠である。三人はお茶とお菓子を口に運びながら議論を深めていった。

 

「ふむ。だいぶ情報が集まってきたね。これなら霊体からの干渉ですぐにでも発話が可能じゃないかな?」

 

 ミリガンが資料を片手にルネに提案する。カティはぎょっとした。彼女はまだそこまで詳しいわけではないが、危険があるからこそ遠回りのようなことをしているのではないか。

 しかしカティが反論する前にルネがミリガンの提案を拒否した。

 

「確かに。これだけ魔力流、血流等の情報があれば不具合なく処置部分を有効化することができるかもしれません。しかしやはり危険性は残りますし、それに可能であれば自発的に発話する瞬間を記録したいのです」  

「ふーむ。なるほど。それは確かに貴重な情報だ。でもそこに至るのにあとどれだけ時間がかかるか分からないよ」

 

 期限が迫ってきている。ルネもミリガンも焦っている様子は見られなかったが、カティは日に日に焦りをマルコから隠すのが辛くなっていた。結果が出ていると知っていても、最終的な発話に繋がらないのであれば意味がないのだから。

 その辺りはルネとミリガンも悟っている。ゆえの提案でもあったのだが。

 

「なので明日イベントを用意しようと思います」

 

 ルネはミリガンの提案を退け、別の案を出した。

 それがマルコにカティの危機を見せつけ、煽るというものだった。

 もちろん根拠はある。マルコの脳が最も活発になるのがカティとミリガンが会話しているのを見た時だからだ。二人が接触する際、特にミリガンがカティの頭を撫でた時に最も活発化していた。

 

 つまりマルコはカティの危機に反応しているのである。カティがマルコに話しかける際にはリラックスしておりその際も会話したいという反応を脳は示しているが、会話したいと思う以上には至っていない。

 こうした現状を打破するにもより刺激的な方法を取るということになった。

 

 ルネはカティとミリガンに詳しく説明する。

 現状、保守派の同級生の間でカティに対するフラストレーションが溜まっていること。明日にそれを爆発させようと話した。

 そのためにもアステリア=マックリー達に火付け役になってもらうよう手筈を整えていた。彼女らが所属するグループに伝えてもらうのだ。今、トロールの檻の前には人権派アールトしかおらず、ルネもミリガンもいないのだと。

 

 カティはルネがどうやってマックリー達に話を通したのか気になりはしたものの尋ねはしなかった。

 そして今に至る。

 

 

 

「……カティ、君までそんなことを」

 

 微妙な表情のオリバーの反応にカティは俯いた。分かっていた。他人を利用して、傷つけて、マルコを騙して到達した結果なのだと。

 オリバーはそれが魔法使いのやり方らしいと知っているものの納得していない。そんな顔だった。

 

 しかし、カティの心には何一つ後悔がなかった。成果に至った興奮と、マルコを助けた達成感に満ちていたのである。

 それを表に出さないだけの理性は残っていた。そんなことをオリバー達に知られたくなかったからである。

 

 カティとオリバー達の間で微妙な沈黙が流れたが。そこにルネが割り込んできた。

 

「さて、君達はそろそろ校舎の方に戻った方が良いでしょう。校内で攻撃性の魔法を使ってしまいましたからね。先生がこっちに向かっています。さあ、どうぞ見つかる前に。先生には私が言い訳をしておきますから」

 

 ルネが地面に杖を向けるとそこから黒いどろどろが現れて転移門を作った。以前校舎からマルコの檻の前に来る時に使用したものだ。

 以前見た時には神秘の色合いをしている美しさがあったが、今見ると不穏な暗がりのようにも見えた。底の知れない暗がり。暗黒の宇宙。不安の色だった。

 

「やあ、どうも。今日は実に楽しい日だね。君達もそうであると願っているよ」

 

 その黒い壁から資料を片手にミリガンが現れた。彼女も教授に呼ばれていたなんて言っていたが嘘だったのだろう。校舎のどこかでルネと一緒に状況を窺っていたに違いない。

 

 口元の緩みが隠し切れず、息が荒い。目に見えて上機嫌である。前髪で隠してある石蛇(バジリスク)の目も興奮で見開いているのではないだろうか。

 彼女はルンルン気分で檻に駆け寄り、眠るマルコを見つめていた。

 

「門は校舎に通じています。先に戻っていてください」

「ああ、分かった」

 

 オリバーは早くこの場から去りたいという意思を込めてそう応えると、彼を背に転移門へと向かった。他ミシェーラ達もオリバーに続き、カティも行こうとしたが。

 ルネは何かに反応する。校舎から隔離区画へ向かってくる人物に気づいたのだ。

 

「おや。どうやら来るのはオールディス先生のようですね。ついでですからマルコの件も説明しておきましょう。Ms.(ミズ)アールト。君も一緒に報告しましょうか。何せこれは私達の共同研究なのですから」

 

 そう言ってカティを呼び止めた。彼女は数秒逡巡した後に門へ背を向ける。

 

「ごめんね、みんな。先に行ってて」

「──ああ。分かった。また食堂で」

「うん、また食堂で」

 

 ピートとガイはどうしようかとオリバーとカティの間で視線を揺れ動かしたが、オリバーが振り向かずに門の中に入ってしまったので慌てて後に続いた。

 

「また、後で話しましょう」

「うん」

 

 ミシェーラの提案にカティがそう応えると、彼女は心配そうにカティを見つめながら門に入っていく。

 最後に残ったのはナナオだった。彼女はじっとルネを見つめ、少しカティを見た後に考え事をする様子で門へと入っていく。

 

 全員この場からいなくなった。それぞれ思いはあっただろうが。しかしカティを見捨てるようなことはしないだろう。むしろ自分からカティを救い出そうと思うかもしれない。ルネはそう考えた。

 

「よう、天才さん。アタシの庭でやりたい放題やってくれたそうだなァ」

 

 しばらくしてバネッサ=オールディスが現れた。もしただの生徒がここで暴れたら、彼女はすぐにすっ飛んできて大暴れし、愚かな犯人の生徒を深く後悔させるだろう。

 しかし、今回は犯人がルネ=サリヴァーンである。それなりの目的があったのだろうと考え、こうして大人しくゆったりとやってきたわけだが。

 

 バネッサは思わぬ組み合わせに首を傾げた。

 四年のヴェラ=ミリガン、そして一年の人権派カティ=アールトと並んでルネがいる。

 不思議な面子に戸惑ったが、報告にあったのはルネ=サリヴァーンの魔法使用である。バネッサはひとまずルネに集中した。

 

 そして、にこにこするルネから彼女は報告を受ける。自分が出した試験代わりの調査報告書と、そしてそれ以上のことが書かれた研究報告書だった。それぞれタイトルは「入学式前のパレード時におけるトロール暴走事件についての調査報告書」と「トロールの発話に関する研究について」である。後者は共同研究者としてカティとミリガンの名前も連ねてある。

 ルネは指を鳴らした。すると眠りの魔法が解け、マルコが目を覚ました。

 

「ウゥ……カティ……」

 

 寝ぼけ眼でマルコはカティを呼んだ。カティは「先生、失礼します」と断りを入れてマルコへと駆け寄る。

 

「おはようマルコ。気分はどう?」

「う。平気」

「じゃあ、もう少し寝ようか。またご飯の時間になったら来るからね」

「ウ。ワカった」

 

 ルネが再び力を行使するとマルコは再度眠りに落ちる。すやすやと気持ちよさそうに寝息を立て始めた。

 その光景を見て。もちろんこれが手品の類ではないことを理解した上で、バネッサは目を丸く見開いた。

 

「ほォ……こりゃ驚いたな」 

 

 バネッサは黒焦げになって気絶する新入生、腰を抜かした少女達、そして今目の前で会話をしたトロールとルネ、そしてその仲間二人と視線を移していき、ルネ達を優先する。

 

「で。話、長くなるか? なら教授室で訊くぞ」

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