七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第22話~ハロー、キンバリー その1~

「いやあ良かった良かった。Mr.(ミスター)サリヴァーンはこれで校内で魔法生物を自由に扱えるようになったし、Ms.(ミズ)アールトはマルコを救うことができた。諸々分かったことでオールディス先生も面目が立つし、マルコはこれからも生きていける。もちろん私も一族の悲願を達成できた。いや、みんなハッピーだね。本当に良かったよ」

「ええ。期限もしっかり守りましたし」

 

 ルネの報告書の提出、口頭での報告は全て終了した。その結果はミリガンが口にした通りだ。全てルネの思い通りであり、飼育区画内で攻撃魔法を使った件についても先に杖を抜いたのは保守派の生徒達であるとバネッサは判断し不問となった。

 バネッサの教授室から出た三人はマルコを引き取りに再度隔離区画へ向かうつもりだが──その前に。

 

「二人とも、それよりも大切なことがあると思うんだけど」

 

 カティが恐々とした声でルネ達に早く行くよう催促した。

 先ほどからずっと嬉しそうに話すミリガンは今、ルネに背負われていた。その両手両足は千切れ、カティが胴体から離れたミリガンの手足を抱えて運んでいた。

 

 結局ミリガンはバネッサの前で自白をしたのである。トロールを盗んだのがグレンヴィル教授であり、知性化の施術をしたのが自分であると告白したのだ。その結果が怪物バネッサの巨大な腕と手による裏拳の一撃であり、守りも避けもせずに受けたことで両手と両足が吹き飛んでしまったのである。

 

 教授室の壁に叩きつけられたことで気を失いそうになったもののルネの魔法が助けてくれた。傷口からの出血と、潰れた内臓を治癒したのである。

 しかし出血や痛みは彼の力で止まっているが治療は必要だ。とりあえず医務室へ治療の場所を借りるために行くことになったのだが。

 

 カティは先輩の両手と両足を気味悪そうに運ぶ。もちろん彼女は人の手足を持ったことがない。どう持っていこうか悩んだが、結局は借りた本を持ち運ぶように抱えて移動することになった。

 

「そうだ、ミリガン先輩。どうせなら私の改造手術を受けませんか? 先輩の魔眼、呪毒に適応した体はとても貴重です。幾つか改良のプランを組んであるのですが、この際にご検討されてはいかがでしょうか」

「ほう。かのサリヴァーンの技術が私の体に? 興味深いね。資料を見せてもらっても?」

「ええ、どうぞ」

 

 ルネに背負われながら、ミリガンはいつの間にか現れていた彼の自動人形(オートマトン)が差し出した資料に目を通していく。

 そんなイカれた会話を聞きながらもカティには達成感があった。

 

 ただしこれは始まりである。以前オリバー達と話した際にも出た話題だが、マルコが処分対象から研究対象になったことでむしろルネ達との関係はここから始まるのである。

 そんなことは分かっていた。それを恐ろしいとは今のカティは思わなかったのだ。

 やはり自分もキンバリーに入るべくして入った魔法使いだったのだろうか。そう頭の片隅で思ったものの、今はマルコのことを喜ぼう。

 

 しかしもう先輩の手足は運びたくない。それは確かだった。

 

 

 

 医務室へ着いた後、カティはルネ達と別れた。ミリガンへの施術はルネのみで十分であるからだ。

 ミリガンの手足を医務室に置いた後でカティは遅めの昼食のために食堂へと向かった。

 食堂に入るとオリバー達が待っていてくれた。しかし、彼ら以外の新入生はじろりと敵意の眼差しで彼女を睨んだ。全員保守派の生徒である。

 この食堂には三年生までの生徒達がいるが、他の二年生や三年生達は娯楽を見るような目だった。介入するつもりはないが、助けるつもりもないという目だ。

 

 カティは一瞬気後れした。

 その肩に誰かが手を置く。驚いてカティが振り向くと、そこには深くフードを被った少年がいた。顔ははっきりと見えなかったが体格で分かった。ルネだ。

 

 正確にいえばルネの自動人形(オートマトン)である。

 いつからついてきていたのか。医務室で別れたと思っていたのに。

 護衛なのだろうか。特に口も開かず自動人形(オートマトン)はカティの隣に立った。

 

 それだけで周囲の生徒達の視線がそらされる。彼の所業は知れ渡っていたからだ。

 しかしあからさまな目はなくなったが、ちらちらとカティを見つめる視線はなくならなかった。

 

「どうぞ」

「う、うん」

 

 周囲の目にカティは気味の悪さを覚えたが、自動人形(オートマトン)の誘導に従ってオリバー達の席へと向かう。

 テーブルにはいつもの面々と既に食事がカティの分まで揃えてあった。彼らは食事を終えていたものの席から離れずにじっと二人を待っている。

 オリバー達はカティに対しては普段通りの優しい目線を向けたがルネの自動人形(オートマトン)へは厳しい目を向けた。

 

「ルネ。これは君のせいだぞ」

 

 オリバーがそう自動人形(オートマトン)へと言った。カティが睨まれたことについてだ。

 

Ms.(ミズ)マックリー達を利用して彼らを煽り、マルコのために利用するだなんて……」

 

 あまりのことにオリバーは言葉を失う。敵対勢力をあまつさえ彼らが嫌う亜人種のために利用し、その上で攻撃するだなんて。

 彼らの気持ちになると怒りを通り過ぎて殺意まで抱いているかもしれない。ルネとカティと関係があるという理由で自分達の身も危険になる可能性すらあるのだ。

 

 どうするつもりなのかと目の前の自動人形(オートマトン)を問い詰めるが。

 

 自動人形(オートマトン)はフードを脱いで整ったルネの顔を見せる。護衛のモノからルネ=サリヴァーンへと切り替わったということだろうか。

 カティのために席を引き、彼女を座らせるとようやく彼は口を開いた。

 

「いずれこうなったことでしょう。遅かれ早かれという話です」

 

 自分は座らない。自動人形(オートマトン)なので食事は不要なのだ。彼はカティの席の隣に立ったままである。 

 

「だからといって……」

 

 オリバーは既に魔法使いとして完成されたルネの態度に言葉が詰まった。

 

「やりすぎってこともあるだろ」

 

 オリバーが言いにくいことをガイがはっきりと言う。

 そんな忠告に対してルネはにこにこと答えた。

 

「しかし、Mr.(ミスター)グリーンウッド。これでマルコは助かりました。私に与えられた許可でマルコの世話は私達でできるようになりましたし、これから彼が害されることもないでしょう。私も、ミリガン先輩も、Ms.(ミズ)アールトも目的を達成したのです。これはとても素晴らしいことではないでしょうか」 

「ですが、これで完全に彼らとの敵対が決定的になりました。既に保守派の新入生達は仲間を集めている頃でしょう。こちらにはマクファーレンとサリヴァーンがいますから、彼らも同格の家柄の生徒に声をかけているはず」

 

 あくまで目的を達したと言うルネに対しミシェーラは厳しく告げた。既に戦いが始まっているのだと。

 

「僕達だって危ないんだぞ。お前の友達だと思われているんだからな」

 

 ピートは周囲の視線を確認しながら言う。ちらちらとこちらを窺う視線はルネとカティだけでなく、オリバー達にも向けられていた。

 しかしルネは彼らを全く気にしていない。不思議そうな顔でピートに言った。

 

「それは事実なのでは? 私達は友達でしょう」

 

 にこにことそう言ったためにピートは毒気が抜かれたのか呆れたのか、それ以上何も言えなくなる。

 

「しかしMr.(ミスター)レストンの心配も事実です。もちろん、私はその点も考えていますのでご安心ください」

 

 警戒するミシェーラやピートを宥めるようにルネは言った。しかしその発言は彼らを安心させるものではなかった。

 

「ま、まだ何かするつもりなのか?」

「ルネ。これ以上は……」

 

 あくまで穏便に話を済ませようとするオリバー達にルネははっきりと言い切る。

 

「もともと政治的な話し合いでどうこうなるものではありません。彼らにとってはMs.(ミズ)アールトそのものが気に入らないのですから。Ms.(ミズ)アールトが思想転向するか、彼らが飽きるか。それまではMs.(ミズ)アールトに対する嫌がらせ等はなくならないでしょう。

 そして彼女と友人であり続けるということは彼らからの攻撃のリスクも共有するということになります。特にここキンバリーであれば友人だからという理由で攻撃されても何の不思議もありませんからね。いやはや実に暴力的ですね」

 

 彼の覚悟を決めた発言にオリバー達は言葉を失った。何があっても目の前の少女を守るつもりであるという意思を感じたのである。そのためなら何だってやるのだと。

 その理由は何なのかと彼らは思った。カティとの関係はマルコが人語を話した時点で終わっていてもおかしくはないのだ。ルネとカティの力関係はそれだけ離れているのである。

 

 しかし彼はカティとの親交を捨てず、むしろ守ろうとしている。

 魔法使い特有の気まぐれでカティを気に入ったのか、それともこれから来るであろう保守派との戦いに胸を躍らせているだけなのか。

 

 どちらも厄介な魔法使いの性質によるものだとオリバーとミシェーラは思った。

 優れた魔法使いとの関係はそれだけで財産であるが、その魔法使いからの関心次第によってはそれは祝福にも呪いにもなるのだ。

 まさにルネはそうなのである。

 

「既に進路は回避不能な時点にまで来てしまいました。保守派の方々との衝突は避けられません。問題なのはこのまま砕け散るか、それとも障害物を打ち砕くのかという点だけです。私達はぜひとも後者でありたいですね。Ms.(ミズ)アールト?」

 

 おどおどとパンを口に運ぶカティの頭をルネは優しく撫でた。びくりとしつつもカティはされるがままで食事を続ける。

 この姿は祝福を授けているのか、それとも呪っているのか。二人はまだはっきりとは分からなかった。

 

 一方、ふわふわした巻き毛を撫でるルネは怖がる子猫に触れているような楽しい気持ちになっていた。

 だが、これからのことを考えるともっと楽しくなる。

 

「もし彼らが私達を攻撃するというのであれば、キンバリー流のやり方で彼らを黙らせるしかありません。私にはそれが可能です。しかしその場は私が作ることはないでしょう。既に彼らが作っていることでしょうから」

 

 何のことだとオリバー達が問う前に食堂の窓からカラスの使い魔が入ってきた。

 天井を飛び回った使い魔はルネ達を見つけると、そのテーブルへと降りてくる。ルネが手を伸ばすと、カラスは足で掴んでいた手紙を彼の手の中に落とした。

 

「ありがとうございます」

 

 ルネがそう声をかけると、用が済んだ使い魔はそのまま窓から出て飛び去る。 

 

「早速来たようですね」

 

 手紙は封筒からして高級紙でできていた。ルネは差出人も見ずに封筒を開けた。中身も当然のように高級紙である。柔らかい香が漂う。

 オリバーはルネが捨てた封筒を手に取り、誰からのものか見た。「リチャード=アンドリューズ」と細い丁寧な字が書かれている。

 確認のためにミシェーラに見せると、彼女はため息とともに答えた。

 

「間違いありません。Mr.(ミスター)アンドリューズの筆跡ですわ」

 

 ルネは楽しそうに手紙の内容を要約してオリバー達に伝える。

 

「差出人からの挑戦状ですね。Mr.(ミスター)アンドリューズから私とMs.(ミズ)アールトに挑戦したいと書いてあります」

「え、わ、私も!?」

 

 カティはルネの手から手紙を奪い取ってその中身を検める。

 全文を読まなくても最初に書いてあった。「ルネ=サリヴァーン、カティ=アールト両名に決闘を申し込む。場所は迷宮第一層にて」と。ルネが口にしたことは何の間違いでもなく、リチャード=アンドリューズからの果たし状であることが分かった。

 

 手紙を手にしたままがくがくと震え出したカティにルネは微笑む。

 

「一緒に頑張りましょうか。何をするのかは全く書いてありませんでしたが」

「え。え、ええッ!?」 

 

 テーブルに手紙を落とすと、カティは頭を抱えてどうしたら良いものかと動揺した。

 

「……いつやるんだ」

 

 オリバーは落ちた手紙を手に取り、文面に目を走らせる。その後ろからミシェーラ達も覗き込んだ。

 最初の二人への挑戦の言葉、しばらく二人の所業についての語りがあり、その後に日時が書いてあった。

 そこまで目を動かし、オリバー達は固まった。

 

「え? いつなの?」

 

 最初の文しか読んでいなかったカティは慌ててピートの後ろから手紙を見る。

 そして決闘の日時を見て同じように彼女も動かなくなった。

 来年の話をしているのでなければ、ここに書かれている日付は今日のものである。日時は夜八時半。つまり今夜の八時半だ。

 唖然とするカティ達だが、ルネは嬉しそうである。

 

「素晴らしい。実に話が早い」

「は、話が早すぎでしょ~! ど、どうするの!」

 

 カティがパニックになりルネに詰め寄るが、彼は動じた様子もなく微笑んでいた。

 

「もちろん行きましょう。きっと楽しいですよ」

 

 まるで遊びにでも行くかのような提案であるが、現実は夜に無法地帯の迷宮での決闘である。全く楽しくないし、下手をしたら何されるか分からない。

 

 カティは緊張のあまり顔色が真っ青になった。オリバー達も頭を働かせるが、こうなってしまえばもうどうしようもない。

 誘いに乗るしかないのだ。このまま決闘の招待を無視すれば余計に事を荒立たせてしまう。

 

 どうにかして決闘の場かその後にアンドリューズと話し合い、彼を通じて保守派の生徒達との関係も良くしていかなければ。少なくとも今のような抗争状態からは脱却したいとオリバーとミシェーラは思っていたのだが。

 

 そんな中で再び使い魔のカラスが食堂に飛び込んでくる。今度もルネ宛であったが、落とした封筒は先ほどのものに比べると安っぽいものだった。

 

「……どうやらMr.(ミスター)アンドリューズはあまり信用されていないようですね。私達が来るようにとの念押しです」

 

 先ほどと同じように中身の手紙を取り出し、内容を確認してルネはそう言った。

 その文章はアンドリューズの筆跡とは全く違うものであったし、あくまで決闘の誘いであった彼の文章と違ってこれは脅迫文だった。

 ルネはオリバーに今受け取った手紙を手渡す。そしてメンバーが中身を読み進めて、目を丸くする。

 

「こ、これは……」

「どうするよ。先生に言うか?」

「いえ。キンバリーの教師はこの程度では動きません。もし通報するなら生徒会でしょう」

「だけど、ここに生徒会にも言うなって書いてあるぞ」

「むむ。何と卑怯な」

 

 それぞれの反応の中でルネが苦笑しながら言った。

 

Ms.(ミズ)マックリー達が人質に取られました。いやはや乱暴な人達ですね」 

 

 差出人は不明。といっても想像はできた。先日騙した同級生達だろう。

 内容はアステリアを含めて五人の少女達の身柄を預かっていること、もし決闘の場に来なければ彼女達の身の安全は保障できないこと、そしてルネに対してアンドリューズにわざと負けろと書いてあった。

 

 もちろん生徒会や教師には訴えるなとも付け加えてある。

 そんなことをしなくても教師は学生同士の脅迫文に関心を持つようなことはないが。これをもしオールディス教授のところに持って行っても「おめェらでどうにかしな」と鼻で笑われて追い返されるだけだろう。

 

 生徒会は別かもしれないが。彼らなら、アルヴィン=ゴッドフレイ率いる生徒会なら困っている生徒達、被害者の生徒達のために全力を尽くしてくれるだろう。

 しかし彼らを頼るわけにはいかない。保守派の新入生達は数が多い。生徒会に接触しないよう生徒会室などを見張っていることは確実だ。

 

 しかし。しかし、だ。通報のリスクを考えるオリバー達と違って、ルネは別のことを考えていた。

 彼らにこんな面白いことを盗られたくない。そう考えていたのである。

 

 

 

 そしてその日の夜八時。

 オリバー、ミシェーラ、ガイ、ピート、ナナオ、カティは夜の校舎に残り、手紙に指定されていた場所にやってきていた。結局解決策も見つからず、ひとまず保守派の生徒達の案に乗ることになったのだが。

 

 到着したのは校舎三階の教室だ。がらりとドアを開けると案内役の二年生が二人待ち構えていた。

 

「よーし。来たな、一年ども……ん?」

 

 面白い祭りに参加する気分という顔だった。にやにやと口に笑みを浮かべていたが、やってきた新入生達を見て首を傾げる。

 

「おい、主役様はどこだ?」

 

 そうだ。ルネが、いないのである。

 

「いえ。こちらにもう来ていると思っていたのですが」

 

 オリバー達も疑問に思っていた。彼のことだからてっきり先にここに来ているものだと思っていたのだが、その姿の影も形もない。

 

「おいおい。まさか逃げ出したってのか?」

「あの天才様もただの普通人上がりの一年生ってことなのかね」

 

 二人の二年生はそう嘲笑するが。

 しかし、どうしてもオリバー達は疑念が拭えなかった。

 

 あの食堂でのルネの態度、そして普段の言動から怖気づくとはとても思えない。今、自室で隠れているなんてあり得ないだろう。

 まして五人の女の子が人質になっているのだ。しかも自分が巻き込んだ少女達である。ルネが首を突っ込まないわけがない。オリバー達にはそんな確信があった。

 

 だが現実としてこの場にルネの姿はない。

 ──となると。

 

 暗い予感がオリバーとミシェーラの頭によぎった。

 そして、偶然にもナナオが二人の頭にあった言葉を口にする。

 

「ふむ。ここに姿がないのであれば、もしや先に向かったのでござるか?」

「は? いや、そりゃないだろ」

「何のために案内の俺達がいると」

 

 相変わらず嘲る笑みを消さない二年生達だが。オリバーが二人に尋ねた。

 

「あれはただの一年生じゃありません。既に怪物の域にいます。そんな魔法使いから隠せるようなところで決闘をするのですか?」

 

 詰め寄らんばかりの剣幕に二人は一歩引いたが、一年の先輩の意地があったのか語気を強めて答えた。

 

「いや。別にそんな強い結界は張ってないけどよ」

「というか何で先に行ってるんだよ」

「……まずいな」

「ええ。もしあたくし達の予想が当たっているのなら、今頃……」

 

 オリバーとミシェーラの話を聞き、そんな馬鹿なと最初は取り合わなかった二年生も思うところがあったのか急ぐようにオリバー達に言った。

 彼らは以前ミリガンの工房へ向かった時のように杖剣の準備を整え、急いで壁かけの大きな油絵から迷宮へと入っていく。

 

 陰鬱で湿った石造りの通路は相変わらずだった。

 そんな第一層を十分ほど走り、オリバー達は通路の奥にある大きな両開きの扉の前に着いた。

 全員が肩で息をしている。それを整える間もなく先導で走ってきた二人の二年生は呪文を唱えて扉を開けた。

 

 扉の先には白い砂が敷き詰められた円形の広場があり、その周りを高みの見物とばかりに観客席が囲んでいる。

 円形闘技場(コロシアム)だ。迷宮第一層に幾つもある魔法使いの戦いの場である。ここがアンドリューズ指定の場所だった。

 

 この円形闘技場(コロシアム)は迷宮に数ある決闘場の中では小規模な方であったが、それでも優に二百人は入るであろう広さである。

 

 二年生を先導に、オリバー達はゆっくりと中を進んでいく。

 本来ならゲストの登場に沸くはずの円形闘技場(コロシアム)はしかし、静寂に包まれていた。

 

「……おい、嘘だろ」

 

 だらりと杖剣を下げ、周りを見渡した二年生がぽつりと呟いた。

 彼らの目の前に広がるのは決闘を待ち構える興奮した観客や熱気に溢れる会場ではない。血濡れになって倒れる生徒達と、破壊された席や通路の静けさだ。

 そこら中に彼らの血が飛び散っている。元の光景が想像できないほどに円形闘技場(コロシアム)は破壊され、血で汚れていた。

 

 激しい戦いの痕跡だ。倒れる生徒達の手から離れた杖、杖剣もその凄惨さを物語っている。

 オリバー達は近くで倒れる一年生に駆け寄った。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 声をかけても反応はない。顔を覗き込むが、見知らぬ生徒だった。

 オリバーが屈んで具合を見る。喉と腹に一閃。鋭い外傷だ。容赦なくばっさりと斬られて重傷を負わされているが、普通人ならともかく魔法使いであれば治癒魔法によって一日で治る程度のものだった。 

 

 オリバー達はおおよそ二百人近い他の負傷者達を見回す。制服を見ると多くは一、二年生だが、中にはルネ=サリヴァーンの決闘を聞きつけて関心を持ったのか四年生以上の生徒の姿も見えた。

 キンバリーで長い時間を過ごした上級生ですらこのありさまなのだ。数の有利は関係なかったのだろう。

 

 円形闘技場(コロシアム)にいる生徒のほとんどが同じような傷で倒れているようだった。喉や腹、杖腕を斬られたり、何かに貫かれたりしている。

 どれも致命傷を避けつつも負傷者は指一つすら動かせない。辛うじて出している小さな呼吸音と呻き声が不穏な静けさを作っていた。

 

 しかし全員が倒れているわけではなかった。

 広場の隅には五人の少女達が怯えきった顔で座り込んでいる。目を見開き、震えていた。アステリア=マックリー達である。五人の人質の少女達だ。

 

 そして、広場の中央に座り込んでいるのはリチャード=アンドリューズだった。大勢の生徒達が倒れる中で彼は無傷であり、ただ意味も分からずそこにいるようだった。

 

 その手に杖剣を持っているが、振るつもりもないのかただ腰を抜かして呆然とやってきたオリバー達を見つめている。

 ぱくぱくと口が動いていたが、声が出てこなかった。

 

Mr.(ミスター)アンドリューズ! これはいったい……まさか本当にアイツが」

 

 その姿に気づいた先導の二年生が彼に近づこうとするが、そこでようやくアンドリューズが震えて上ずった声で叫んだ。

 

「──だ、ダメだッ! に、逃げろッ! あ、あいつがッ! あいつがいる!」

 

 そう彼が口にした瞬間、その二年生の体がぴくりと震えた。そして唐突に動かなくなる。

 

「? お、おい。どうし……」

 

 不穏に思ったもう一人の二年生が動きを止めた二年生に声をかけるが、振り返った彼を見て固まった。

 その喉と腹は横に一閃で斬られており、口や傷から血が流れて白いシャツに血の染みを作る。

 

 口が動くが、声が出ない。喉の傷と口から空気が漏れるばかりだった。彼は何か言おうとして、数歩ばかり歩いたがそのままぐるりと白目をむいて倒れる。試合場の白い砂が血を吸って茶褐色に固まった。

 

 目の前で友人を斬られたもう一人の二年生は一瞬呆然としたが、すぐに気づいたように杖剣を振りかざし声を荒げる。

 

「く、くそ! どこだ! どこにいる!?」

 

 杖剣を構えて周囲を意識するが、彼の姿は全く見えないし感じない。魔法的にも気配もこれといった何かを感じなかった。

 それに砂が敷いてある地面にも足跡すらない。これだけ見れば周りには誰もいないとしか判断できないが、しかし倒れた友人の存在が近くに誰かがいるという証拠である。 

 

 彼が周囲を警戒していると、急に今しがた入ってきた円形闘技場(コロシアム)の入り口が強く閉まった。

 

雷光疾りて(トニトウルス)!」

「みんな伏せろ!」

 

 気配や音に敏感になっていた二年生はその音に反応して雷撃呪文を放つ。呪文の射線上に下級生がいるのに気づかなかったようだが、オリバーの警告のおかげで誰にも当たることはなかった。ただオリバー達の頭の上を抜けて入り口の扉に当たるだけだった。

 

 しかし扉には傷一つつかない。

 閉まると同時に結界が扉を、そして円形闘技場(コロシアム)の中に広がったからだ。

 結界の役割は扉を守るだけではない。この会場からの出入りを防ぐためのものだった。

 

 つまりオリバー達は閉じ込められたのである。その点も二年生は分かったのかますます焦った様子を見せた。

 

「どこだ! お前も名門の魔法使いの家名を名乗るのなら姿を見せて戦え!」

 

 恐慌状態になった二年生はぐるぐると周囲に杖剣を突きつけながら叫ぶばかりだったが。

 

「かしこまりました」

 

 何の前振りもなく彼の目の前にルネが現れる。その青い瞳と目が合った。綺麗な目と顔だった。

 いきなりの出来事に固まった二年生の喉と腹はとても斬りやすかったのだろう。それぞれ切り裂かれ、血を流しながら友人と同じように白い砂の上に倒れた。

 

「こんばんは、みなさん。集合時間に姿を見せず申し訳ありません。つい先に来てしまいました」

 

 血の滴る杖剣を振り、返り血を払ったルネは刃を鞘に納めてオリバー達を出迎える。

 彼の後ろに広がる血の光景はまるでないかのように親し気に、温かく。

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