七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第24話~ハロー、キンバリー その3~

「とまあ、こんなことがあったのです」

 

 ルネはカティ達が来るまでのことを丁寧に話した。まるで世間話をするかのように気軽に。

 その態度にオリバー達は言葉が出なくなる。

 

「私の……私のためにこんなことを?」

 

 カティが青い顔でそう尋ねた。

 彼女が周りを見ればそこには血と倒れた生徒達ばかりだ。どこを見てもそうである。ルネはこの場に来ていた保守派の生徒達を全滅させてしまったのだから。

 しかもマックリー達を捕まえていた同級生達には重傷を負わせて。カティの目に涙が溜まる。

 

「ルネ。私のためにこんなことをしたの?」

 

 同じことを再度尋ねた。

 ルネは微笑んで頷く。

 

「ええ、もちろん。私達のためなのです」

 

 自慢するように両手を広げ、円形闘技場(コロシアム)の惨状に満足そうな笑みを浮かべた。

 

Ms.(ミズ)アールト。これで邪魔者はいなくなりました。これから私達の自由な研究が始まるのですよ。実に素晴らしい。これから一緒に頑張っていきましょうね」

 

 ルネの真っ直ぐな答えに困惑するカティ。こんな状況なのに彼の微笑みを見ると心が落ち着いてしまうが、しかし周囲の光景を見るとすぐに血の気が失せてしまう。血と破壊の跡だ。

 青い顔で硬直していたからかオリバー達はカティをルネから守るように立った。その中でも先頭に立ったのがオリバーだった。

 

「君は、自分が何をしたのか分かっているのか?」

 

 彼は硬い口調で尋ねる。ルネはもちろんと言わんばかりに頷いた。

 

「ええ、もちろん」

 

 その落ち着いた態度にオリバーはとうとう怒鳴り始めた。

 

「──ッ、この場にいる全員に危害を加える必要がいったいどこにあったんだ!?」

 

 彼の声が静かな会場内に響く。突然の大声はカティ達やアンドリューズ、マックリー達の肩をびくりを震わせたが、他の倒れている生徒達には届くこともなかった。

 そしてルネにも。彼はオリバーの態度を理解しているのかいないのか、いきなりの怒声に驚くこともなくいつも通りの調子で答える。

 

「観客のことでしょうか。なら問題はありません。彼らは全員が私とMs.(ミズ)アールトを嘲笑いに来たのです。ジュースとお菓子を片手に、私達を小馬鹿にしに来た人達なのです。なら私達が酷い目に遭わせても文句は言えないでしょう」

 

 そう言いながら杖剣を振った。魔法によって観客席からオリバー達の手元までパンフレットが飛んでくる。

 それに目を通せば、その内容は確かにアンドリューズ寄りの書き方だった。

 ここにいる生徒の全てが敵だ。それは確かにルネの言う通りだろう。

 マックリー達を人質に取った同級生達が手紙でルネに負けるよう命令したところを考えても、負けたルネ達を嘲笑うつもりであったのは明白だった。

 ゆえにこの場にいる全員と戦った。ルネの主張はそうである。

 

「そして私達が勝利したのです。周りをご覧ください。これを成し遂げた私達にいったい誰が挑むというのでしょうか」

 

 破壊と暴力が過ぎ去った後の光景をルネは変わらず自慢げに思っているようだった。いつもおっとりしている彼にしては珍しく興奮している。

 確かにここキンバリーにおいて力はとても大きな価値であり、そしてルネはそれを今夜示した。

 力はルネやカティに一つの価値を与える。彼らを一つの勢力として学年に認めさせたのだ。決して手を出してはいけない相手であると。

 一目置かれたとも、忌避されるようになったともどちらとも言えるが。

 結果的にカティは自由を得られたわけだ。今後は少なくとも一年生の中で表立ってカティに嫌がらせをする生徒達は激減するだろう。

 

 しかし、だからといってここまでやるか。文字通りに敵を全滅させるのか。

 オリバーはそこを決して認められなかった。大勢の人を傷つけ、何よりもカティの心を傷つけて己の目的のために邁進するルネの姿が、彼が嫌悪する魔法使いの姿そのものであったから。

 オリバーの抱いた感想はおおよそミシェーラ、ピート、ガイにも通じるものがあったようだ。オリバーほど露骨ではなかったが彼らもまたルネに嫌悪の眼差しを向けていた。

 そうやってオリバー達が黙って睨むなかでもルネはいつも通りの態度を保っている。優しげな微笑みを浮かべている。やや成果に喜んで興奮しているもののここだけ見れば襲撃者にはとても見えない。

 にこにこと彼らの視線に対して微笑みを見せる。

 

「さて、では私達の勝利の最後の仕上げといきましょうか」

 

 そう言ってのけたルネに対してオリバーは唖然とした。

 

「き、君は俺が言ったことを聞いていたのか? これ以上何をするつもりだ」

 

 自分の言っていることが全く通じていないことに頭痛を覚えつつもそう尋ねる。

 するとルネは振り返り、座り込んだままのアンドリューズを見つめた。そしてオリバー達が止める間もなく瞬間移動で彼の背後に立つ。

 

 びくりと震えて逃げそうになったアンドリューズの肩にルネは両手を優しく置いた。決して力を込めていたわけではないが、彼はそれだけで動けなくなる。

 ルネがその気になれば次の瞬間には自分の両腕が落ちているからだ。アンドリューズは再度びくりと震えたが、それ以上の動きはできなくなった。

 オリバー達は慌ててルネを止めようとするものの、いきなり杖剣を抜くわけにもいかずひとまず説得を選んだ。いつでも抜刀できるという構えは見せつつである。

 

「もうこれ以上は止めよう。君は勝ったんだ。勝ってしまったんだ。それに今頃生徒会が動いているはず。これ以上の危険行為は止めた方が賢明なのは分かっているだろう?」

「そうですわ。ルネ、Mr.(ミスター)アンドリューズから離れなさい。今夜はもう帰りましょう。また明日話し合えば良いではありませんか」

 

 オリバーとミシェーラの説得もむなしく彼はアンドリューズから離れようとしなかった。むしろ心外そうに言った。

 

「何か勘違いをされているようですが、別に私はMr.(ミスター)アンドリューズをただ痛めつけるだけのつもりはありません。私はこの場の誰よりも彼のことを心配しているのですよ。彼自身よりもね」

「な、何を言っているんだ?」

 

 困惑するオリバー達を前に彼らの問いについては答えず、アンドリューズに対して質問した。

 

「ところでMr.(ミスター)アンドリューズ。今夜の決闘について話していただいてもよろしいでしょうか」

 

 唐突の問いかけにアンドリューズは言葉を詰まらせるが、ぽんぽんとルネが肩を優しく叩いてきたので慌てて答えた。

 

「さっきの説明にもあった通りに犬人狩り(コボルド・ハント)をするつもりだった。Mr.(ミスター)サリヴァーンとMs.(ミズ)アールトのチームと、僕がそれぞれ犬人(コボルド)を狩ってその総数を競うんだ」

「その意図は私達に対するハンデだそうですね。パンフレットに書いてありますよ」

 

 アンドリューズの目の前にルネはパンフレットを広げて見せた。インタビューの形で確かに彼はそう質問に答えていた。「彼らには相応のハンデが必要である」と。「成り上がりと人権派にも勝ちの目を残してやった」と。

 アンドリューズは仲間内のパンフレットを改めて見させられ、その内容に恥じるように目をそらす。

 彼の態度に満足したのか特にそれ以上の追求もなかった。代わりに話題を変える。

 

「ところで犬人狩り(コボルド・ハント)は田舎の祭りか、君のような上流階級のゲームであることはもちろん君は知っていますよね。アンドリューズという上流階級の家に生まれた君はもちろんこのゲームに慣れています。先ほどの試合はとても良かったですからね。それなりによくやってきたのでしょう?」 

 

 パンフレットを捨て、ルネはアンドリューズにそう尋ねた。

 

「あ、ああ。まあ、そうだが」

 

 意図が分からなかったもののアンドリューズは俯きがちのままとりあえず答える。入学するまでストレス解消の手段として犬人狩り(コボルド・ハント)はよくやっていたのだ。

 なるほど、とルネは言葉を漏らした後に言った。

 

「そして、もちろん君は私がこのゲームに慣れていないこともよく知っているはずです。義母がこういった遊びを嫌っているのはそれなりに有名ですからね。養子である私が犬人狩り(コボルド・ハント)に慣れていないことは簡単に推測できます。ましてやMs.(ミズ)アールトは犬人狩り(コボルド・ハント)に反対する人権派です。この競技の経験が皆無であることは簡単に分かるはず。そんな二人がチームを組んだところで何になるのでしょうか」

 

 そしてアンドリューズの頭に手を置いて、彼の顔を上げさせた。その目線の先にはカティがいた。

 

「その点を踏まえて、君の口から聞かせてもらってもよろしいでしょうか。不慣れな競技に挑む私達に、この競技の熟練者である君が『相応のハンデ』をくれたのだと。『勝ちの目を残してやった』のだと」

 

 アンドリューズはカティと目が合った。ルネの言わんとしていることが分かり、カティはアンドリューズから目を背ける。

 彼の方もまたカティと目を合わせられなかった。インタビューの答えが嘘っぱちであることは明らかだからだ。

 当然ルネとカティに不利な条件を吹っ掛け、自分にとって有利なゲームを進めていくつもりだったのである。

 サリヴァーン家の現当主ミネルヴァ=サリヴァーンの性格からこの手の遊びは嫌っているだろうことは分かっていたし、人権派のアールト家の令嬢も犬人狩り(コボルド・ハント)に慣れているわけがないと考えた上での試合内容だった。

 

 まともに犬人狩り(コボルド・ハント)をすれば自分が大きく有利になるはずだった。二人を騙して。

 しかしそれを改めて面と向かって言えるほどアンドリューズは図太い性格ではなかった。口ごもり、何も言えなくなる。

 そんな彼に対してルネはまたそれほど追求しなかった。

 

「そうですか」

 

 と言っただけだ。代わりに彼はローブのポケットから手紙を取り出す。それを開いてアンドリューズに見せた。彼からの挑戦状の後に届いた同級生達からの脅迫状である。

 手紙の存在すら知らなかったようだ。最初は怪訝そうだったアンドリューズの顔が文面を読み進めていくたびに険しくなっていった。特にルネに対して八百長を命じている下りを目にした瞬間には深い悲しみすら浮かんだ。

 

「差出人はそちらの方々ですよ」

 

 ルネは闘技場の隅で倒れる保守派の同級生達を指差した。アンドリューズはそちらを向く。強力な魔法で徹底的に痛めつけられ、傷つけられて気を失った彼らは弁明の一つも口にできない。

 しかしもし彼らが何か言ったとしても自分は文句を言う立場にはないとアンドリューズは思った。

 自分も真正面からの勝負を捨てたのである。自分にとって有利な状況を公平な状況であると言い張ったのだ。

 彼らがどんな細工をしていたとしても自分は文句を言えない。

 そう、例え──。

 つまり、とアンドリューズが思ったことをルネは口にした。

 

「君が私とまともに決闘をすれば負けると思っていたのと同じように、彼らもまた君が得意の競技ですら君が負けると思っていたのですよ。だから人質を取ってまで私に負けるように命令する手紙を送ってきたのです」

 

 自分が自分を信じていなかったように、周りも自分を信じていなかった。それをはっきりと告げられたアンドリューズは穴に落ちたような暗い気持ちになる。

 座り込んでいる地面が陥没していき、そこに沈んでいくかのようだった。頭も体も重く、辛い。

 失望だ。自分に対してでもあり、自分を持て囃していた同級生達に対してでもある。

 あまりにも正直に言ったルネに対して流石のオリバー達もアンドリューズに対して憐れみを抱いたが。

 

「ところでMr.(ミスター)ホーン、Ms.(ミズ)マクファーレン。一つ質問をよろしいでしょうか」

 

 ルネは突然オリバー達にも質問を投げかけた。正確に言えばこのメンバーの頭脳であるオリバーとミシェーラに。

 

「──ああ、何だ」

「構いませんわよ」

 

 彼の意図を掴みかねていたものの二人は頷いて了承する。ルネは「ありがとう」と前置きし、尋ねた。

 

「先ほどから君達は私がやったことに対してとてもご不満な様子ですが、そんな君達はここに来ていったい何をするつもりだったのですか? 仮に私が暴れなかったとして、普通に来た場合のお話ですが。素直に試合に出る私とMs.(ミズ)アールトにどんなアドバイスをするつもりでしたか?」

 

 じっと二人を見つめ、予想を口にする。

 

「もしや『わざと負けろ』とアドバイスするつもりでしたか? 今後の関係改善のためにMr.(ミスター)アンドリューズに花を持たせてやれ、と」

「……いや、それは」

「違い、ますわ」

 

 オリバーとミシェーラは否定の態度を見せたが、どことなく気まずそうだった。

 ルネの予想が事実だったからである。

 どのような形の決闘であれ、このようなことになっていなかったら二人はルネにそう伝えるつもりだったのだ。

 勝てば済むような話ではないのだから、とにかく今はアンドリューズ達を刺激するなと。

 ここで二人が負ければ保守派の溜飲も下がるだろうと。政治的な説得をするつもりだったのである。

 

 しかし問題なのはルネの指摘が正しかったことではない。

 オリバーとミシェーラが嘘を貫き通せなかったことだ。即座にはっきりと否定すべきだった。彼らの態度からアンドリューズは察してしまったのである。

 わざと負けてやれと。相手の顔を立てろという意見が、その相手に直接伝わってしまうだなんて。

 アンドリューズの表情は悲しさに満ちていた。深い自己嫌悪に陥っていたところに追い打ちが来たのである。

 自分も、仲間も、また敵さえも信じられなくなっていた。誰も自分を信じていない。それは自分でさえもだ。

 

 しかしルネは違った。彼は優しさと親しみに満ちた声音で、嘘を感じさせない声でアンドリューズに語りかける。

 

Mr.(ミスター)アンドリューズ。ご安心ください。私は誰よりも君のことを信頼して向き合っていますよ。君自身も含めて、誰よりもです」

 

 そう言ってぽんぽんと優しくアンドリューズの肩を叩くが、そのたびに彼は絶望に加えて顔を青褪めさせる。

 ただでさえ気が沈んでいるのに、加えていつルネが攻撃するか彼自身以外の誰も分からないからだ。

 もうどうにでもなれ。そんな諦めすらあった。

 しかしルネはアンドリューズに落ち込んでほしくないようだった。彼を励ます。

 

「今夜のことも、彼らに唆されたから乗っただけなのでしょう? それはもちろん私も理解しています」

 

 円形闘技場(コロシアム)内で最も重傷である同級生達に視線を向け、ルネはアンドリューズへの理解を示した。

 アンドリューズはカクカクと頷くばかりであったが。

 そんな彼にルネは優しく語りかける。

 

「そして君の身の上も想像はできます。名門の生まれで、幼馴染はとても優秀。君が日々感じるプレッシャーはかなりのものだったでしょうし、何度か大人達の陰口を聞いたことがあるのかもしれません。

 しかし敢えて言いましょう。君とMs.(ミズ)マクファーレンを比べる大人達の言葉なんて、真面目に聞く価値がないのであると。聞き流しなさい。彼らはただからかっているだけなのです。その言葉は本心からアンドリューズを心配するものでも、マクファーレンを称えるものでもありません。ただ目の前の子供達の競争を面白がっているだけなのですから」

 

 手は肩から頭に移った。彼の長髪を優しく触れたり、頭を撫でたり。その優しさにアンドリューズは困惑する。彼が口にする言葉にも。

 アンドリューズが焦っていたのは事実だ。優秀なミシェーラと比べられ、ほとんどが負けっぱなしの今までの人生の中でどれだけアンドリューズ家の跡取りとして危機感を抱いてきたか。失望と憐憫の眼差しの中でどれだけ耐えてきたことか。

 しかしルネはそれらの全てが錯覚であると喝破した。

 

「血筋も家も、魔法使いにとってはどれもとても大切なものでしょう。血統に宿る魔法はありますし、魔法使いの能力の多くは遺伝します。また家も私達が成長する大切な基盤になってくれます。私自身もサリヴァーン一族の家名や資産の多くを受けてここまでやってきました。

 しかし、それでも最も重要なのは自分自身なのです。血筋も家も活用し、私達自身を鍛えなければならないのです。血も家も私達のためにあるのであって、血や家のために私達があるのではありません。Mr.(ミスター)アンドリューズ、君はもっとそこを分からなければいけません。そして自分自身を鍛えて力の獲得を進めていかなければならないのです」

 

 そう言うとルネはアンドリューズから離れた。

 

「そのためには君を悩ますあらゆることが些事であることを理解しなければいけません。家も血も、私達自身より貴重なものではないことをはっきりとさせなければいけません。これから行うのはそのための儀式なのです」

 

 そして杖剣を抜き、地面にその先を向けた。

 

命よ繁り伸び来たれ(プロゴロッシオ)

 

 唱えたのは成長促進呪文である。通常であれば種を蒔いてそこに使うものだが。

 ルネは闘技場の砂の上に何も置いていない。しかし、何もないはずの砂の中から芽が出て、あっという間に一本の太いトネリコの大木になった。

 天井に届くまでに育ち、照明の光をさえぎって円形闘技場(コロシアム)に影を落とす。

 青々としたその葉や立派な枝、幹は生命の力を感じさせた。オリバー達は突然目の前に現れた大木を見て、ルネと関わってから何度目か分からない絶句をする。

 

 なにが成長促進呪文か。それはもはや種の成長を促進させるどころか命を創造していた。種のない砂から一本の木を創り出したのである。あり得ない事象だった。

 特に魔法農家としてこの呪文をよく使ってきたガイは唖然とする。命のないところに命を芽吹かせた魔法に自身の常識を破壊されたのである。

 そんな彼らを気にすることもなくルネは話を続けた。

 

「さて、Mr.(ミスター)アンドリューズ。君は古い魔法使い達の修行方法についてどれだけご存じでしょうか。かつての魔法使い達は自身と魔道をより近づけるためにある儀式的な修行を行っていたのですよ。これから君にはそれをやってもらおうと思います。そうすれば全てのつまらないことを忘れ、君もきっと魔道に集中できるようになるでしょう」

 

 そう言いながら杖剣の先を宙に向けてくるくると回す。するとその先から縄がするすると出てきた。

 ルネは魔法で作った縄を手にすると太めの輪を作り、また小さめの輪を折り返して作る。

 ぐるぐるとそこに余したロープを巻きつけていった。ひと巻きごとにしっかりと締め、それを十三回繰り返す。

 

 完成した輪を見て、オリバー達はルネが何をしようとするのか察した。作り方は誰も知らなかったものの出来上がった輪は絞首刑の際に使われる首縄だったからだ。

 目の前にあるのは太い枝の頑丈そうな木であり、ルネの手には人の首を締め上げるロープの輪がある。

 そしてアンドリューズは無抵抗だ。となればすることは一つだった。

 

「首吊りは古くからある魔法使いの修行方法です。その理屈は色々とありましたが、現代においては全て迷信とされています。例えば首吊りによって頭に血を留めることで魔力を強めるという効果が信じられていたそうですが、こういったことは全く確認されていません。臨死体験によって霊体を強く感じ、それによって魔法の制御が上達するという理論もあったようですが、もちろんこれも現代においては否定されています。

 しかし今回は後者の臨死体験というものが君に役立ちます。さあ、これをどうぞ」

 

 ルネは作った輪をさっとアンドリューズの首にかける。

 

「え……あッ、う、腕が……」

「ああ、そんなに遠慮しないでください。君達もそのままでお願いします」

 

 咄嗟に彼は首縄を外そうとするが、ルネの無言の魔法が彼の動きを止める。更に杖剣と杖をルネが没収する。

 またオリバー、ミシェーラ達が救助のために駆け出そうとするが、それすら視線一つでアンドリューズのように止められた。全身に信じられない力が加わり、それに包まれることで彼らは指一つ動かすことができなくなる。

 あらゆる抵抗ができないアンドリューズのこれからをオリバー達も黙って見ていることしかできないのだ。

 

「よせ、ルネ! そんなことをするな!」

「ルネ! 止めなさい!」

「おい、止めろ!」

「ルネ!」

「ルネ! お願いもうこれ以上は止めて!」

 

 しかし口は動いたためオリバー達はどうにかしてルネを説得しようと試みるが。制止しようとする彼らの声は聞こえていないかのようにルネは作業を進めていった。

 輪を作ったのとは反対側のロープの端を真上にあった太い枝に魔法を使ってかける。

 手元に戻ってきたロープを数度引くとアンドリューズ側のロープも同じ回数上に引っ張られ、首にかかった輪がちょうど彼の首を絞めるくらいの太さまで縮まる。

 これで吊し上げの準備は整った。ロープを手にしたままルネはアンドリューズに一つの提案をする。

 

「ところで実はこの伝統的な修行方法には二つのパターンがあるのですがご存じでしょうか。一つはそのまま首を吊る方法で、もう一つは杖を腹に突き刺して首を吊る方法です。力を自分の杖にも与えたいと思ったのでしょうね。Mr.(ミスター)アンドリューズ。君はどちらが好みですか?」

 

 アンドリューズの杖剣を手にその切っ先を彼の腹に向けながらそう尋ねた。

 彼はぱくぱくと口を動かすが、言葉は出てこない。額に脂汗がにじみ、目は焦点が合っていないように揺れ動いていた。

 強い緊張と焦り、恐怖が彼をこうしていた。それをじっと見てもルネは特に優越感や興奮などはしていないようだった。 

 揺れ動くアンドリューズの瞳に対して彼の眼差しは真っ直ぐである。揺るぎない目でアンドリューズの答えを待ったが。

 

「決められませんか。では私の好みにしましょう」

 

 アンドリューズは答えなかった。それだけを受け取る。

 ルネは魔法を用いて手元のロープの端を強く引いた状態にした。すぐにアンドリューズの体が浮き上がる。がくんと急に持ち上がった体は首縄によってしっかりと枝に吊り下げられた。

 

「……ッ! ……ッ!!」

 

 首にかかったロープのせいで言葉を発しようとしてもできないし、手も足もルネの魔法で封じられている。ただ体を揺らすことしかできないが、そうするたびに余計に首が絞まっていった。

 またルネは自身の好みを選んだ。目の前にあったアンドリューズの腹に彼の杖剣を突き刺す。更にその傷口に杖も差し込んだ。

 血がシャツに滲み、闘技場の砂の上に滴り落ちる。

 

「──ッ! ──ッ!!」 

 

 充血した目を見開き、激痛と苦痛で歪んだ顔は必死だった。暴れれば暴れるほど事態は悪くなるが、そうせざるを得ないほどの痛みと苦しみだったのである。

 顎から上の顔が削られそうになる気分をアンドリューズは味わった。むしろこのままロープが顔面を突き抜けていってくれればどれだけ楽になるだろうか。 

 しかしそうはならない。もちろんルネに彼を絶命をさせるつもりはなかったからだ。魔法の微妙なコントロールで首の絞まりを調節しているのである。

 なるべく彼が長く苦しむようにしていた。ルネはトネリコの木に吊り下がったアンドリューズの苦悶の表情を見て満足そうに頷く。

 

「さあ、Mr.(ミスター)アンドリューズ。どうか死が近づくのを感じ取ってください。そして知るのです。家も血も、そして幼馴染との競争よりも何よりも自身が大切であるのだと。今までの君の悩みなんて、死を前にしたらどうということではないのだと。さあ、感じてください。そしてこれからは魔道を突き進みましょう」

 

 薄れゆく意識の中でアンドリューズはそんな同級生の優しげな声を聞いた。

 彼はもう何も分からなかった。ルネが懲罰的にこんなことをやっているのか、それとも本当に自分のために首吊りが役立つと思ってやっているのか。

 ただ分かるのは、この苦しみが長続きするということだけだった。

 しかし、そんな中でアンドリューズは光を見出す。

 いきなりだった。ルネの背後で大きな魔力が膨れ上がったのである。ルネはただ背中から声をかけられたかのように振り返る。

 

「──まさか入学早々とっておきを使うことになるとは思いませんでしたわ」

 

 力の中心にいたのは怒りの表情を浮かべたミシェーラだった。鋭い目でルネを睨み、充溢させた力を更に解き放った。

 するとついさっきまで指一つ動かせなかった彼女の体が自由を得る。

 女魔法使い特有の技能──子宮に蓄えた魔力の解放で全身の魔力循環を強め、強化した魔力を体から放出することでルネの魔力による拘束を吹き飛ばしたのである。

 

 素早くミシェーラは杖剣の切っ先をルネに向けた。彼は何かに気を取られているのか自由になったミシェーラを再度拘束しようとはしない。じっと彼女を見つめていた。

 彼の視線から何がルネの関心を惹いたのかをミシェーラは理解していたが、同時に不快な気分になる。

 自分は杖剣を突きつけているというのにルネはそちらに一切興味がないようだったからだ。嘗められている。そう感じつつもミシェーラは呪文を唱えた。

 

「さあ、Mr.(ミスター)アンドリューズを放してもらいますわよ。集えよ風よ(フォルティス) 吹き荒れ飛ばせ(インペトウス)

 

 二節の詠唱による強烈な風の渦が一直線にルネへと撃ち込まれる。あれほど素早かったルネが避ける様子すら見せずに烈風に飲まれ、巻き上げられた闘技場の白い砂の中に消えた。

 ルネを吹き飛ばしたミシェーラは今度は一節の風の呪文を唱え、杖先から飛ばした風の刃でアンドリューズを吊っていたロープを切断する。

 地面に落ちる彼を減速呪文で受け止め、自分達の方に引き寄せつつもゆっくりと地面に下ろした。

 

「……やりましたの?」

 

 その間もミシェーラの視線は砂煙の向こう側へと注がれている。濃い白色が視界を覆い隠してルネの姿を見せないのだ。

 隙を見せないようにしつつも傷ついたアンドリューズに治癒魔法をかける。首の傷や腹部の切創を癒していく。

 

「み、ミシェーラ……」

 

 掠れた声でアンドリューズが彼女の名を呼んだ。ミシェーラは彼の口元に耳を寄せる。

 彼は出にくい声を必死に出して彼女に伝えた。

 

「……あ、ありが、とう。それ、に……すまなかった」

 

 感謝と謝罪の言葉だ。 

 

「喋らなくても構いませんわ──リック。あたくしも同じことを思っていますから」

 

 そしてミシェーラも距離を取った呼び方でなくかつての幼馴染としての呼び方で応えた。

 それは彼女なりの謝罪であった。彼の心を傷つけてしまったことへの。

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