七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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11月6日に投稿した内容を11月21日に書き換えました。
オリバー達とルネが戦うという内容でしたが、その辺りを変えましたのでよろしくお願いします。


第25話~ハロー、キンバリー その4~

 一節呪文よりも強力なのが二節呪文である。もちろん威力、効果が高くなるだけ使用者にも負荷がかかる。

 そのため一年生の段階で二節呪文を扱うのは難しいとされていた。二年生の後半までは例え二節の呪文を唱えても何も起こらないか、ただ魔力が消費されて酷く疲れるか、もしくは魔法が暴発して自分を傷つけるかのどれかだ。

 少なくとも二年生の後半からの使用を目指してキンバリー生達は呪文の練習に励むわけだが。

 

 しかし、ミシェーラは見事に二節呪文を成功させた。

 風の大槌を撃ち込まれたルネの姿は砂煙の中に消え、オリバー達にかけられた魔力の拘束も消える。アンドリューズを吊っていたロープやトネリコの大木も消えた。どちらもルネの魔法で維持していたのだ。ボロボロと灰のように崩れて消えた。

 

 ようやく体の自由を取り戻したオリバー達だったが、その視線はルネでもアンドリューズでもなくミシェーラに向けられる。

 友人達にじろじろと見られ、流石のミシェーラも照れて笑みを浮かべた。

 

「今まで家族以外には見せたことがありませんの。やはり気恥ずかしいですわね。しかし、あなた方の何人かはこの由来も聞き及んでいるはず」

 

 そう言って彼女は自身の耳に触れた。

 その形は今は鋭く、長く尖っている。魔力を全身に満たした際に人間の耳から形を変えたのだ。エルフの耳へと。

 今代のマクファーレンは優れた魔法種族であるエルフの血を一族に取り入れた。耳が良い魔法使い達の間では公然の秘密と扱われていることだった。

 人間を含めたあらゆる生き物の中で最も魔法に長けた種族がエルフである。彼らは純血を尊ぶ種族であるため滅多に他種族との婚姻はしないのだが、しかしその優れた魔法の資質の血統を手に入れればどうなるか。

 

 その成果がミシェーラ=マクファーレンだった。母にエルフ、父に名門マクファーレン家現当主セオドール=マクファーレンを持った希少なハーフエルフだ。魔法的に優れた両親の血を受け継ぎ、その才能を鍛え続けてきた勤勉な才媛である。

 彼女の恵まれた血統と努力を以てして、一年時における二節呪文を成し遂げたのだ。

 

「すっげえ」

「ああ、本当にな」

「ええ。本当に素晴らしいですね」

 

 ガイの素直な反応にオリバーも同意する。

 そして、ルネも。

 舞っていた白い砂埃が一瞬で消え、その中からいつもの足取りでルネ=サリヴァーンが現れた。楽しそうに話しながらやって来る。

 

「君のお母様がエルフであることは知っていましたが、君自身は可変型のハーフエルフだったのですね。全くエルフの特徴を見せないのでてっきり潜在型だと思っていました。しかし体内の魔力流が乱れやすい可変型をそこまで見事に制御下に置くとは流石ですよ。本当に素晴らしい」

 

 ()()()()()()()()拘束からの自由を感じる間もなく、オリバー達はすぐにミシェーラと並んでルネと対峙する。半ば反射的に杖剣の先をルネに向けた。

 

 彼らの表情は困惑に満ちている。杖剣を構えているものの誰も呪文を唱えなかった。それどころか驚きで剣先が震えている。

 

「あ、あぁ……あれでもダメなのか」

 

 傷ついたアンドリューズはミシェーラの腕の中で掠れた嘆きで震えた。口にはしなかったもののその感想はこの場の全員が抱いたものである。

 

「に、二節呪文の直撃を受けて……無傷?」

 

 オリバーが観察した限りルネの体に傷の一つも見えない。制服すら無傷だった。高威力の魔法を真正面から受けたにも関わらず。

 自動人形(オートマトン)と入れ替わったのか、瞬間的に治癒魔法でも使ったのか、何かしらの方法で無効化したのか。オリバーにはそのトリックが分からなかった。

 ルネは目を見開く彼らににこにこと微笑みを向ける。

 オリバー達の驚愕の目を見るのが楽しいのだろう。びっくりさせた、驚かせた。そんな顔だった。

 

 それだけで反撃をする様子は見受けられない。先に攻撃をしたのはミシェーラだというのに。

 警戒心を高めるオリバー達をなだめるようにルネは杖剣を納めた。そして両手を広げ、攻撃の意思がないことをアピールする。

 

「そう怖い顔をしないでください。少しお話をしましょうか。何が起きたのか気になるでしょう? 私が何をしたのかご説明しますよ」

 

 ルネの提案に答える前にオリバーとミシェーラは小声で話し合った。

 

「シェラ、ルネはきっと──」

「ええ、分かっていますわ。申し訳ありません。どうしても動かずにいられなかったのです」

「いや、気にするな。俺も同じことができていたら、きっとそうしていただろうから」

「しかしルネの興味も惹いて、加えて反撃の根拠まで与えてしまいました。自分の未熟さを恨みますわ」

 

 もしもオリバー達が何もしなかったらルネは適当なところで切り上げて、アンドリューズをそのままにして校舎に戻っていたのかもしれない。

 

 しかし現実はミシェーラがルネを止めようと攻撃してしまった。

 それすら予測していたのかは分からないもののオリバー、ミシェーラは危機感を抱いた。

 

 ひとまずオリバー、ミシェーラは話の主導権をルネに渡して事態の推移を見守ることにした。最悪の状況を考えたら、どうにかして時間稼ぎや頭を働かせる余裕が欲しかったからだ。

 

 その最悪の状況とはすなわち彼の暴力が自分達に向けられることだった。そうなればどうなるか。ここで倒れる同級生達と同じ末路になることは目に見えていた。

 

「なら、聞かせてくれるか」

 

 オリバーの言葉にルネは頷いて楽しそうに話し始める。

 

巨獣種(ベヘモト)障壁ですよ。私が開発した技術でして、実は私はこの障壁を常時展開しているのです。今まで気づかなかったでしょう?」

 

 これまでオリバー達が見てきたルネ独自の技術は色々とあった。

 力を操り攻撃や捕縛などに使う月に届け(リーチフォーザムーン)、破壊という概念を召喚する魔法使いの夜明け(ドーンオブウィザード)。また瞬間移動や転移門などもそうだろう。

 だが巨獣種(ベヘモト)障壁というものは初耳だった。名称からして何かしらの障壁を展開する技術なのは想像できたが。

 未知の防壁を前に硬直するオリバー達に彼はその辺りも説明した。

 

「皆さんも巨獣種(ベヘモト)についてはご存じかと思いますが……ああ、失礼。Ms.(ミズ)ヒビヤには馴染みのない言葉でしたね」

 

 とそこまで口にして、ルネはナナオに視線を向ける。ちんぷんかんぷんといった顔だった。そんな風に首を傾げた彼女のためにそこから彼は話し始めた。

 

「巨大魔法生物の総称が巨獣種(ベヘモト)です。日の国(ヤマツ)だとヤマタノオロチという八つ首の大蛇が有名でしょうか。とっくの昔に討伐されていますが。しかし幾つかの神話に残っていると記憶しています。Ms.(ミズ)ヒビヤ、以前に見聞きしたことはありませんか?」

「むう……確かにそういった怪物の物語は聞いた覚えがあるでござる」

 

 八本の首の大蛇を打ち負かした剣士、武人の物語には確かに聞き覚えがあった。神と魔物の戦いの物語という記憶もあった。

 ルネはナナオの答えに満足そうに頷いて説明を続ける。

 

「彼らは祖先が神獣であったり、または神が消え去って弱体化した神獣が現代まで生き残ったりした種というのがほとんどですが、とても大きくて巨大な魔力を持った魔法生物とイメージしてもらえれば構いません。大きな体に頑丈な骨格、一節呪文ではとても傷一つつけることのできない巨体です。

 しかし巨獣種(ベヘモト)の防御手段は分厚い筋肉や甲殻などの物質的なものだけではありません。莫大な魔力からなる強固な鎧もあることを覚えておきましょう。

 正確には体表に広がる強い魔力からなる層であり、むしろ硬い甲殻などよりも魔法使いにとってはこちらの方が厄介なものになり得るでしょう。半端な呪文攻撃ではこの層によって攻撃が霧散してしまったり、弾かれたりしますからね。

 といっても私たち魔法使いが結界を張るような感覚でやっていることではありません。それどころか防御手段として意識はしていないでしょう。

 山のような巨体を支えるために全身を回っていた魔力の余剰分が体外に放出され、それらが再度体に引き寄せられて体表に層として積み重なっていったものが巨獣種(ベヘモト)達の魔力の鎧の正体なのですから。中には意識して防御機構の一つとして利用している種もいますがきわめて少数であり例外といって良いでしょう」

 

 話がナナオのための巨獣種(ベヘモト)の解説になりかけていたので、改めて話題を自身の技術の方へと戻した。

 

「私はこの神秘の守りを参考に巨獣種(ベヘモト)障壁を開発しました。もちろん多くの巨獣種(ベヘモト)達のように私の大魔力をただ周囲に漂わせているだけではありません。ちゃんと障壁として意識し、技術として組み立てています。

 障壁の強度は彼らのものと比べても何ら遜色はありませんが。義母の三節による切断呪文ですら削られなかったほどの堅牢さを誇っております。

 より重要なのは多様な魔法干渉による攻撃などの無効化です。仮に強固な障壁表面を突破されるような事態になっても、障壁内または障壁表面においても錬金術的または呪文学的な多様な魔法干渉によってあらゆる事象をなかったことにしてしまうのですよ。

 他にもこの障壁を秘し、常時展開と魔法干渉の自動化の術式も加えていますので、いついかなる攻撃に対しても対応可能となっております。いかがでしょう。とても素晴らしい技術でしょう?」 

 

 そう言い終えると両手を広げ、自身の体をアピールするような仕草を見せた。二節呪文を受けても傷一つつかなかった体を。

 その場でくるくると回る。三度回り、ぴたりとオリバー達と向き直った。 

 にこにこと微笑みながら並べ立てた説明だった。つまり、とオリバーが要約する。

 

「君は最強格の異端狩り(グノーシスハンター)の三節呪文すら防ぎきる障壁を、隠しつつも常に張っているということか。それでシェラの二節呪文を防いだ、と」

「その通りです」

 

 オリバーに満点を与えたいと言わんばかりの笑みをルネは浮かべるが、オリバー達の表情は一気に暗くなった。この場で倒れる大勢の生徒達と同じように絶望に彩られた顔色だ。

 どうして明るい顔が浮かべられようか。ルネが持っているのは二百人を一蹴する攻撃力に加え、万能といえる防御力なのである。

 結界の能力が彼の説明通りであるのは既に実証済みだ。少なくともミシェーラが全力で放った風の二節呪文を軽々と防いだ事実がある。

 

 それを上回る攻撃力を今から出すことができるのか。強固な結界を撃ち抜き、あらゆる魔法干渉をはねのける威力の魔法を出せるのか。

 オリバーはちらりとミシェーラに視線を送った。

 彼女は首を横に振る。先ほどの攻撃に魔力の多くをつぎ込んだのだ。次に高威力の魔法を使えるようになるまで時間が必要になる。

 

 その時までルネを抑えておけるのか? 縦横無尽に飛び回り、強力な魔法と卓越した剣技を操り、また城塞の如き防御を誇る彼を、一年生の自分達がどうこうできるのか?

 

 オリバーもミシェーラも答えを出していた。無理だ、と。

 そもそもこうしてお喋りをしている時点でルネが手加減をしているのだ。もし彼が自分達を円形闘技場(コロシアム)の生徒達と同じように倒したいと思っていたのなら、とっくに彼らと同じように血の海に沈んでいるからである。

 

 緊張するオリバー達に対してルネは平然としていた。じっと彼らが見つめるなかで、その考えを読み取ったかのような見透かした態度である。

 そして、とうとう小さく笑みをこぼした。

 

「さて、ではこれからどうしましょうか」

 

 楽しそうにルネは会話のボールをオリバー達に投げかける。オリバー達は答えられない。どう答えて良いのかも分からなかった。

 

 今のところルネに戦意は見えないが、そもそもアンドリューズを傷つけた時にもさほど害意を見せなかった人物である。そういった感情を抑える技術があるのか、それとも感情に揺れ動かされない人物なのか。

 こうして小さく微笑みながら、次の瞬間には誰かを斬っているかもしれない。そんな人間であることはアンドリューズに対しての暴挙を見れば分かることだった。

 

 答えが返ってこないのでルネは自身から提案する。

 

「私としてはお帰りいただいても構いませんよ」

 

「そう言って、背中からズドンとやるつもりじゃねえだろうな」 

 

 ガイがそう疑うが、ルネは面白そうに笑って答える。

 

「ふふ。そんなつまらないことはしません。真正面からのぶつかり合いこそ楽しいのですから」

 

 数の有利は相手にあるというのに、不意打ちが不要と微笑むその余裕ぶりを見てガイは悔しそうにルネを睨むばかりだ。それ以上のことを彼はできなかった。ルネの笑みを消すことが自分にはできないと分かっていたからだ。

 

「安心してください。ただ無防備に施設外へと放り出すつもりはありません。外では生徒会の方々が待っていますから、彼らがきっと君達を保護してくれるでしょう」

「生徒会が? 本当にか?」

「ええ、もちろん。円形闘技場(コロシアム)を完全に包囲していて、どうにかして中に入ろうとしていますが──残念ながら結果は伴っていないようですね」

 

「……本当なのか?」

 

「嘘を言ってもしかたがないでしょう?」

 

 あまりの静けさにオリバー達は全く分からなかった。この壁の奥にはオリバー達は静かな迷宮の通路が広がっているとばかり思っていたくらいだ。

 

 生徒会の動きは想像していたが予想以上の早さだ。誰か生徒会のメンバーが円形闘技場(コロシアム)に入っていたのかもしれないとオリバーは考える。だからこその素早い動きなのだと。

 

 実際そうであった。といっても生徒会の上級生達は真っ先にルネに斬り倒されたわけだが。

 

「もしも不安でしたら証明しましょうか」

 

 ルネはそう言うと杖剣の先を地面に向け、数度振った。

 

 すぐさま彼の呼びかけに応えた黒いドロドロが負傷者が倒れる真下から染み出してくる。闘技場、観客席の素材の違いも問わずにそれぞれ地面、床から現れたどろどろに負傷者達は沈んでいった。

 

 その黒は怯えて闘技場の隅でずっと震えていたマックリー達をも飲み込んだ。

 

「え……い、いや。た、助け」

 

 あっという間に地面から現れた黒いドロドロの中に沈んだ彼女達の姿をオリバー達は固まった表情で見送った。

 

 何かをする間もない。その姿は沼に飲まれる人のようで、どう見てもより危害を加えているようにしか見えないが。

 

 証明になっていないと悟ったルネはちゃんと口頭でも説明する。自分の隣にも黒いドロドロを召喚し、その塊を指し示す。 

 

「この黒には君達も見覚えがあるのではないでしょうか。確かに見た目は良くないかもしれませんが、沈んでいった彼らは円形闘技場コロシアムの外に移動させただけですのでご安心ください」

 

 星空のようで神秘的な黒は確かにルネが転移門として使っている未知の存在である。オリバー達にも覚えがあった。

 

 彼の視線が再度円形闘技場コロシアムの外に向けられる。その奥の様子を見通した。

 

 外の状況はルネの思った通りだ。

 

 どこからともなく突如現れた二百人以上の負傷者の対応に生徒会は追われていた。それでも組織が乱れていないのはアクシデントに慣れているからか。治療班をすぐに編成し、呻く負傷者達を治癒していた。

 

 外の観察を終え、ルネは友人達へと視線を戻した。

 

「さて、見ていただいた通りに私は君達をどうしても傷つけたいわけではないのです。その点はご安心を。どうぞ何の不安もなくお帰りください。そしてまた明日お会いしましょう」

 

 そう笑みを浮かべて提案する。悪意のない顔であったが、発言に裏がないと思わなかったミシェーラは素直に尋ねた。

 

「条件は何ですの?」 

 

 ルネは笑みを消さずにアンドリューズを指差す。

 

Mr.(ミスター)アンドリューズを置いていっていただけるのでしたら、このまま夜のお別れを言いましょう。お休みなさい、また明日とね」

 

 ミシェーラに抱えられていた彼はびくりと震えた。傷もまだ癒えない体に更なる苦行を課すと宣言したのである。

 

「み、Mr.(ミスター)アンドリューズを!? これ以上彼を傷つけるつもりなのですか?」

 

 ミシェーラの叫びに近い問いかけにルネは頷く。

 

「ええ。もちろん。実は先ほど解説した魔法使いの修行についてなのですが、どの文献においてもおおよそ九日の間も行われているのです。大変ですよね」

 

 この発言の意図にオリバー達は戦慄した。九日もアンドリューズを監禁するつもりなのだろうかと。

 

 その強張りを感じ取ったのかルネは話を進める。

 

「しかし私としては九時間ほどで十分だと思っています。ちょうど九時間後は起床時間に近いですから、明日の授業の出席についても差し障りはないでしょう」

 

 だからこれから九時間、アンドリューズを吊るさせてくれ。

 

 ルネが言いたいのはつまりはそういうことだった。オリバー達は話の通じなさに頭痛すら覚える。

 

 まるで九日はないから問題ないだろうと言いたげのルネだが、しかし問題なのはアンドリューズを傷つけようとしていることなのだ。

 

 あまりの常識外れに絶句してしまった。

 

 ただしここキンバリーにおいてルネはおそらく優しいと評価されるだろう。この場の誰の評価とも違って。

 

 理由は単純だ。明らかに格下であるオリバー達に逃げる条件を提示しているからだ。これが上級生なら問答無用で彼らを制圧し、自分の望みを叶えているのだから。とっくにアンドリューズを吊し上げていただろう。

 

 オリバー、ミシェーラもその辺りのキンバリー的な感性は理解していた。が、理解するのと納得するのでは大きく違う。

 

 オリバー達は言葉を失い、彼らに答えを頼るカティ達も何も言えなかった。

 

 ルネはその様子を微笑ましく見守る。

 

「どうぞ十分にお考えください。それこそ君達の美徳だ。私は私達の敵を力で圧倒して黙らせましたが、君達はMs.(ミズ)アールトを政治的な力関係で助けようとしました。ああ、いえ。私はどちらが優れているのかと論評をしたいのではありません。今回は私が勝利してしまいましたが、君達の考えの方が良い場面もあることでしょう。例えばこの場においてです」

 

 彼はオリバー達を試すように再度尋ねた。

 

「さあ、どうしましょうか。力で私をどうにかしますか? それが君達にとって難しいのは先ほど説明した通りですが。

 それとも妥協して、この場を切り抜けますか? 私の提案を受け入れて。君達がこれまで考えてきたことと同じように」

 

 煽るような言い方にオリバー達はむっとするも言い返すことはできなかった。

 結局ルネはカティを救ったのだ。大勢の人を傷つけ、カティ自身の心を傷つけてでも安全を確保したのである。

 

 ルネは彼が言うように、そしてオリバー達が認めるように勝利したのである。保守派に傷つけられそうになったカティを力によって守ったのだ。

 人間関係や思想の違いによる政治的な対立の解消を、例え妥協をしてもどうにかしようとオリバー達が奔走する中で、暴力というとても単純な力によって全てを解決してしまった。

 

 今回の件において、オリバー達はカティのために何もできなかったのである。彼女と一緒にいることはできたが、結果を出したのはルネだ。何よりもルネが重視する結果を──カティの自由を手に入れたのはルネの力だった。

 それをオリバー、ミシェーラは痛いほどよく分かっていた。自分達が何を言おうとキンバリーでは結果こそが全てなのだと。

 

 そして、この場においての最適解はルネの要求を呑むことも。もし無傷で帰りたいのであれば、だ。つまり妥協してルネに従うことが答えである。

 

 彼らは──特にオリバーとミシェーラはルネにからかわれていると思った。

 

 ルネの真意は分からない。カティは暴力で守られ、今回は妥協で守られるのだからどちらにも利点があるのだと言いたいのか。

 

 それとも君達はひどく無力だと突きつけたいのか。政治的な妥協でも結果を出せず、力による解決でも結果を出せそうにない。

 

 君らは無力だと言いたいのか。そう思っているのか。ルネの微笑んだ顔からはそれらを読み取ることはできないが、二人にはそう言っているようにしか思えなかった。

 

 もちろんそんなこと指摘できないし、言ったところでどうしようもない。「そうですよ。よく分かりましたね」と微笑まれても自分達が困るだけなのだから。

 

 苦しい沈黙が流れる。オリバーとミシェーラの沈黙を見るカティ達の表情は暗い。二人の助けになれないことが辛いのだ。

 アンドリューズも似たような表情で彼らを見つめていた。体の痛みだけではなく、心の痛みまでもが彼を襲う。彼にはミシェーラ達に言わないといけないことがあるのだ。

 

 だが口に出そうとするたびに心拍数が上がり、胸が痛くなる。強い緊張だ。頭痛で目を閉じる。暗い世界の中で言いたくないと思っている自分がいる。言えばどうなるか。よく分かっているだろう。

 

 しかし、言わないといけない──そう思う自分が勝った。

 喉の痛みを苦しさに耐え、頭に浮かんだ言葉をどうにか口を動かしてミシェーラに伝える。

 

「もう、いい。君達は……逃げろ」

 

 アンドリューズが苦労して口に出した言葉を耳にして彼女は目を見開く。そして答えの出せない苦しい表情のまま腕に抱えるアンドリューズに言った。

 

「リック、あなたは静かにしていてください。大丈夫ですわ。きっと打開策が」

「いや、何もない、さ。あれに話は通じないし、君らじゃ、あれには勝てない。このまま戦っても、無駄だ。だから逃げるんだ」

「り、リック……」

「それ、に。もともとは、僕らのせいだ。あれに、喧嘩を売ってしまった。こうなるなんて、誰も思ってなかったろうけど」

 

 ミシェーラには返す言葉がなかった。ルネを説得するのは無理であり、また打ち倒すのは不可能に近い。

 優秀な彼女にはそれがよく分かっていた。が、アンドリューズを見捨てることへの罪悪感は同じくらい彼女の心を占めていた。

 

「すま、ない。ミシェーラ。君に、助けてもらったのに」

「あ……」

 

 心の揺れるミシェーラの前でアンドリューズはどうにかして体を動かし、彼女の腕の中から立ち上がった。

 反射的に伸びたミシェーラの手を振りほどくと、震える足でルネの前へとよろよろと歩み出る。

 彼はじっと待っていた。友人を待つ善人か、それとも罪人を待つ処刑人の気分なのか。その表情は実に楽しそうだ。

 

「なに……死ぬ、わけじゃないんだ。平気だ、僕は」

 

 震える理由は傷だけではない。恐怖だ。彼の鼓動を早め、汗をかかせる。

 しかし、そうも怯えてばかりはいられない。自分を励ますように呟き、そしてじっとルネを見据えた。

 その真っ直ぐな目を見てルネは感心したように言った。

 

「おやおや。自己嫌悪に囚われていた先ほどまでとはまるで別人ですね。とても素晴らしいことですよ」

 

 崩れていたトネリコの大木が彼の無言の魔法で再度育ち、枝葉が円形闘技場(コロシアム)全体に広がるほどに大きくなる。

 そしてアンドリューズの首にはまたロープがかけられた。

 

「さて、異論はないということでよろしいでしょうか」

 

 動かないオリバー達にそう確認する。最後通牒だ。

 しかし答えは待っていなかったようだ。ただそう言っても動かない彼らの行動を答えとして、満足そうに頷いた。

 

「──分かりました。しかしMr.(ミスター)アンドリューズには思わぬ見込みがあったようですね。これは良い兆候です。さあ、もっと頑張れば君はもっと良い魔法使いになるでしょう。あと九時間ほどですよ」

 

 アンドリューズはルネを睨んだ。ルネ自身、その目が何を言いたいのかはよく分かっている。先ほどステイシー=コーンウォリスも同じ目をしていたのだから。

 

 復讐を誓う目だ。つまりは未来を見ている目だ。

 ルネはそんな眼差しが大好きだった。未来へと目指していく魔法使いの目が。それが未来への希望であれ、復讐心であれ彼にはどちらでも良かった。

 

 思いがけずに良いものが見れた。そんな楽しそうな雰囲気でルネは魔法を使う。

 

 するりとロープの先がトネリコの太い枝へと伸びていった。彼の神秘の力で操られたロープが絞首の道具と化す。

 

 それをミシェーラは黙って見る目ることしかできなかった。開いたままの口から呪文どころか言葉も出ない。カティ達もだ。先ほどのように「止めろ」と叫ぶこともできない。ただじっと見つめるばかりだ。

 

 そして、黒い泥が彼らを飲み込んだ。沈んでいく足場に抵抗もせずに彼らはアンドリューズの背中を見続けていた。吊るされ、首が絞まって苦しそうにもがくその後姿を目に焼きつけながらオリバー達は泥の中へと頭まで沈み込んだ。

 

 瞬間的な浮遊感の後に真っ暗な視界は開ける。沈み、そして浮かんだ先にあったのは円形闘技場(コロシアム)の外の景色だった。

 

 彼らが来たときには静かな通路であったが、今は生徒会のメンバーの半数が負傷者の対応に追われ慌ただしい様子だ。

 

「おや、君達は……」

 

 走り回る上級生達の一人が無傷で黒い泥の中から現れたオリバー達に気がついた。呆然と立ち尽くす彼らをじっと見つめ、すぐにリーダーへと報告の声を上げた。

 

「統括! こちらに! 無傷の下級生がまた出てきました!」

 

 その声を聞いて学生統括アルヴィン=ゴッドフレイを筆頭に生徒会の上層部メンバーが集まってくる。

 

 事情聴取だ。オリバーは仲間たちの様子を横目で見た。全員が悲痛な面持ちで黙っている。それぞれ思うところがあり、痛感しているのだ。

 

 ルネに対して何もできなかった。止めるどころか相手にすらされなかったのである。こちらから攻撃したというのに。

 

「シェラ」

 

「オリバー……申し訳ありませんが、対応いただいても」

 

「ああ、任せろ」

 

 特にミシェーラはすでにエルフ体の変身を解き、無表情で円形闘技場(コロシアム)の方を見つめていた。その先で今もなおアンドリューズが吊るされているのだ。

 思いつめた顔に普段の冷静さはなく、動揺で話ができる状況ではなさそうだった。

 

「カティ。君のせいじゃない」

 

「で、でも。る、ルネは私のために」

 

「そうかもしれないが、君の責任の話には決してならないしさせない。あいつが勝手にやったことなんだなら。だから落ち着こう」

 

「う、うん。分かった。ありがとう、オリバー」

 

 同じくカティもだ。彼女は自身の責任を大きく感じているようだった。ルネがこうしたのは自分のせいであると。涙すら流せず、真っ青な顔だった。

 オリバーが優しく話しかけると、落ち着くために何度か深呼吸を始める。

 

 その隣ではナナオが腕を組み、考え込んでいた。

 

「……凄まじき御仁であった。その体に大嵐を受けたというのにかすり傷一つなしとは」

 

「ああ、やべえ奴だ。俺達じゃどうしようもないくらいにな」

 

 彼女の呟きを聞いて、ガイが自嘲しつつも苛立ったように言った。その手は怒りで震えているが、ルネに向けて彼の拳は振るわれなかった。

 決して届かないと分かっていたからである。苛立ちを隠せずにガイは通路を蹴った。細かい埃が舞う。

 

 友人のそんな様子を見てピートは言った。

 

「ボクらが何かしようとしても、きっと中で倒れていた連中と同じ目に遭うだけだった」

 

「でもよ。何かできたんじゃねえのか?」

 

 真正面からガイにそう言われ、ピートも悔しさを表情に滲ませる。

 同じ普通人の出であるのにこうも違うのかと。力の差がありすぎる。もしも自分が挑んだとしても、まさに一蹴されただろうことは簡単に想像できた。

 

 それすら悔しい。頭の中ですら勝てないだなんて。

 そんな心をどうにか静めて。ピートはオリバーに視線を向ける。

 

「だから、これからしよう。生徒会の上級生達に頼んであれを止めてもらうんだ。オリバー」

 

「ああ、そうだな」

 

 集まってきた生徒会メンバーに対して、オリバーは自分が代表であることをアピールするために一歩前に立った。

 その行動で彼の意図を察した生徒会の上級生達はじっとオリバーにを見つめる。

 

 もちろん彼も内心穏やかではなかったが、こうなってしまえばピートの言う通り生徒会に頼るしかないのだ。

 彼らがどうにかできるのなら、であるが。

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