七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第26話~ハロー、キンバリー その5~

 キンバリー生徒会はもちろん今夜円形闘技場(コロシアム)で行われる保守派の集会について把握していた。基本的に夜ごと迷宮内で行われるイベントには各種情報を得ているのだ。今夜、急遽決まった集会──犬人狩り(コボルド・ハント)による決闘についてもそうだった。

 

 最初は特に危険性があるイベントではないと判断されていた。一年生、二年生が主体で行っており、普段であれば生徒会が注視することもない催しであるのだが。

 決闘する生徒がルネ=サリヴァーンであることを耳にしたアルヴィン=ゴッドフレイが直々に監視の指示を出していた。

 以前、迷宮内で遭遇した時の印象から嫌な予感がしていたからだ。サイラス=リヴァーモア、オフィーリア=サルヴァドーリといった迷宮内屈指の危険人物達を一蹴した実力と彼らを捕らえようとした魔法使いとしての成熟した態度、それらを鑑みて今夜何かしらの事件を起こすのではないかと危惧したのだった。

 

 そして、その予感は的中したわけである。

 監視役の生徒との連絡が取れなくなり、追加で派遣された上級生達が強力な結界の存在で円形闘技場(コロシアム)に入ることができないことを確認。その報告を受けたゴッドフレイはすぐさま生徒会メンバーに招集をかけ、戦力の多くを引き連れて現場に到着したのである。

 

 しかし状況は良い方向には動かなかった。到着して三十分ほど経過したが、結界には傷一つついていない。

 まずゴッドフレイが自らの高火力の呪文で結界を撃ち抜こうとしたのだが。分厚い迷宮の壁すら容易く貫く彼の炎熱が一切通じなかったのである。

 そのことに生徒会の面々は大いに驚いた。彼の攻撃が止められるのを久々に見た、または初めての光景だったからである。

 その後に生徒会古参メンバーの一人であるティム=リントンが結界用の毒を使ったものの、それすら効果が見られなかった。

 

 今は技術的に結界を解こうと呪文学に長けた生徒会メンバーが杖を結界に向けて解除に努めている。額に汗して一年生の結界に立ち向かう姿に余裕は見られなかった。

 彼らは集中して結界、術式の穴や介入の余地を探っているのだが、一つの綻びもない術に戦慄を隠せずにいた。

 焦る彼らを見つめながらゴッドフレイは後悔した。悔しそうに呟く。

 

「最初から俺が監視に出ているべきだったか」

「アル、そんなこと今更言ってもしょうがないでしょ。こんなトラブル起こすだなんて、あの時点じゃ誰も想像できなかったでしょうし。何せあの超優等生のMr.(ミスター)サリヴァーンよ」

「ふ。ある意味、キンバリーの超優等生らしい振る舞いといえばそうかもしれないな」

「ま、そうかもね。でもこんな唐突にデビューするなんてね。何があったのかしら」

 

 ゴッドフレイを慰めるのはティムと同じ古参メンバーの一人であるカルロス=ウィットロウだ。細身、高い声音は女性的だが、制服は五年生の男子生徒のものである。そんな中性的な印象が特徴的な上級生だった。

 彼の技量もルネの結界には通じなかったのである。なのでこうして技量の高い他のメンバー達の作業を見守っているわけだが。

 その視線が円形闘技場(コロシアム)の入り口に向けられる。

 

「この中で何が起きているのかしらね」

 

 カルロスはそうゴッドフレイに尋ねた。中にいるのは二百人近い下級生達である。

 彼らを監禁しているのも一年生の生徒であるわけだが、その他の情報は全くない状態なのだ。この監禁にいったいどういう意図があるのか。

 

「それを知るためにも早く入らなければならないが──技術チーム、状況は?」

 

 ゴッドフレイは突入班技術担当の上級生に報告を求めた。結界に杖を向けていた生徒達の中から慌ててリーダー格の女生徒が駆け寄ってくる。

 ニコル=モール。呪文学に長けた高い技量の四年生であり、今回編成された突入班の技術チームのトップだ。

 彼女は申し訳なさげに言った。

 

「ダメです。最初の突破口すら見つかりません。本当に一年生が張った結界なんですか?」

 

 泣き言のような報告をゴッドフレイは咎めない。彼女らの焦る気持ちはよく分かるからだ。自分達の技術、全てが一切通じない結界、ルネの技量への焦りが報告の内容を苦しいものにする。

 ゴッドフレイは彼女を信頼する気持ちを込めて技術チームを労った。

 

「いや、君達はよくやってくれている。俺の攻撃ですらどうしようもならなかったんだからな。だから頼んだぞ、君達が頼りだ」

 

「は、はいぃ。頑張りますけど、これがあのサリヴァーンの技術……ここまであらゆる干渉を防ぐだなんて、まるでギルクリスト先生……いや、あの人でもできるかどうか……」

 

 ニコルはそうぶつぶつと呟きながら仕事へと戻っていく。彼女だけではない。この場の全員が手も足も出ない状況にもどかしさを覚えるばかりだった。

 

 その時だ。ゴッドフレイは何かの気配を感じ取り、その方向へと顔を向ける。カルロスも結界に立ち向かっていたニコルも何かに気づいたのか彼と同じ方を向く。

 視線の先ではただ迷宮の薄暗く湿った空気や魔力が漂うだけだ。が、彼らには確信があった。

 

 優れた魔法使いの能力、培ってきた経験が教えてくれる。漂う魔力の違和感を。

 

「何か来るな」

 

 ゴッドフレイが感じ取ったものを端的に表した途端、彼らの視線の先にあった地面から黒いドロドロが現れた。

 

「不明物質発生! 攻撃性の魔法の可能性あり! 総員警戒しろ!」

「待ってましたァ! こちとら初っ端から役立たずで暇してたんだよ! 召喚だろうが、爆撃だろうが何だって来やがれ!」

 

 ゴッドフレイの指示が飛んだ瞬間に非戦闘系のメンバーは下がり、代わりに戦闘を得意とする生徒会の面々が黒い泥を取り囲むように展開する。

 その先頭に並んでいるのはティム=リントンだ。彼は得意の毒薬入り小瓶を幾つも用意するが。

 

 彼らの注目するなか、黒い泥の中から人影が浮かび上がってくる。傷ついて動けなくなった男子生徒だった。ぽこりと泥の中から浮上してくる。

 血の汚れが目立つが一年生の制服だった。不思議なことに全身に浸かっていたはずの泥の汚れは一つもない。そのドロドロも彼を通路に残して跡形もなく消えた。

 

「は、はあ? 一年生、か?」

「……どうやら一人ではないようだな」

「一人じゃないって……おいおいおい。どうなってやがんだ」

 

 困惑するリントンだが、ゴッドフレイが指し示す先を見て絶句した。

 まるで雨粒がレンガの上を跳ねるように黒い染みが通路中に広がり、その黒いドロドロの中から傷ついた生徒達が浮かび上がってきたのだから。

 彼らのほとんどは一年生、二年生だった。つまり今夜の催しを見に来ていた生徒達であり、その数は二百人以上。

 生徒会の上級生達はぞっとした。誰一人として動けない。幾つもの呻き声が重なって奇妙な風音のような響きを作り出した。

 凶悪な生徒達と何度も戦ってきた彼らだが、ここまでの規模の被害はそうそう滅多にあるものではない。複数の学年を巻き込んだ大規模事件である。流石の彼らも一瞬戸惑ったが。

 

「治療班は負傷者対応! 突入班は攻撃を警戒しろ! 負傷者を送りつけてきたことが囮の可能性もある!」

 

 ゴッドフレイが再度素早く指示を叫んだ。その声ですぐさま治療班が駆けつける。魔法薬の使用や治癒を専門とするチームだ。戦闘を得意とするメンバーは彼らを護衛するように陣形を変えた。

 が、警戒しても攻撃の兆候は見られない。ゴッドフレイも杖剣を片手に周囲に気を配る。その際に倒れる負傷者達の中から最初に監視役として派遣した四年生二人の姿を見つけた。

 

「──ゲイツ、アラン? 治療班! この二人を!」

「はい、統括! 今行きます!」

 

 治療班も気づいたようで道具を抱えた女生徒がすぐに治癒に取りかかった。ゴッドフレイは倒れる彼らと近い生徒会メンバーと陣形の位置を交代して二人に近寄る。

 治療班の女生徒は二人を間近で観察して怪我の状態をゴッドフレイに伝えた。

 

「どうやら貫通呪文のようですね。二人とも喉と腹をやられています。重傷ではありますが──傷口はかなり綺麗ですし、出血も思ったより少ないです。これならすぐに話せるようになりますよ」

「分かった。頼んだぞ」

 

 治療はそう難しくない。そう聞いたゴッドフレイの心底安堵した顔を見て、治療班の女生徒はにっこりと笑った。相変わらず部下を心配する良い上官だと。

 

「おまかせください」

 

 最高のリーダーの下で最高の仕事をするのだ。そう意気込んで彼女は杖を振って呪文を唱えた。

 

 

 

「と、統括……」

 

 治癒呪文で喉に開けられた穴が塞がり、どうにか声を出せるようになった四年生アラン=コールマンがゴッドフレイを呼んだ。ゴッドフレイは彼の腕を取り声をかける。

 

「アラン。ああ、俺はここにいるぞ。もう安心しろ」

 

 コールソンはゴッドフレイの腕をしっかり掴むと掠れた声で謝罪した。

 

「申し訳ありません、統括。一瞬のことで。ルネ、サリヴァーンが突然現れて、暴れて」

「ああ、分かった。気にするな」

 

 隣でゲイツ=ホッチも目を覚ます。彼はゴッドフレイを視界に入れた途端にすぐに口を開いた。

 

「統括……申し訳ありま、せん。今まで、気を失っていて。状況は?」

 

 ホッチは生真面目な男である。そうだったとゴッドフレイは思い出し、二人に状況説明をする。

 

「我々はまだ円形闘技場(コロシアム)内に入れていない。どうやらルネ=サリヴァーンが魔法で君達を外に追い出したようだ。だから中の状況については全く把握できていないんだ」

「我々も、すぐに倒されてしまい。下級生達は?」

 

 ホッチの質問に答える前にゴッドフレイは治療班リーダーからの報告を受けた。通路に現れた負傷者の数は二百二十三名であり、この施設の最大収容人数に近いと。

 つまり二人が倒された後で全員がルネにやられたのだと治療班リーダーは報告した。

 

 その話が耳に入ったコールソン、ホッチの表情は暗さを増した。下級生を守るべき自分達が真っ先にやられてしまったのだから。重い責任を感じていた。

 

「今はサリヴァーンだ。施設内の全員を外に出したなら、中はどうなっているんだ。技術チーム! 結界に変化はあったか!?」

 

 ゴッドフレイは気負う彼らのために話を切り替えた。彼の声を聞いたニコルが部下達を連れて慌てて結界に飛びつく。そして杖先を走らせた。

 

 負傷者を外に追いやったのだから何らかの目的は達成したのだと思っていたのだが。ニコルの表情は明るくならない。部下達も首を横に振るばかりだ。彼女はゴッドフレイに報告する。

 

「ダメです! 変わらずこちらからの干渉を全く受けつけません!」

「となると結界を維持したまま逃げた、か? 校舎でも迷宮内でも、あれを捕まえるのは厄介そうだ」

 

 そう呟いた途端、別の治療班の生徒が声を上げた。

 

「と、統括! こちらへ! 無傷の下級生達がいます!」

「本当か!? ああ、すぐに行く! すまない、二人とも」

「統括。どうぞあちらへ」

「我々のことは気になさらず」

 

 ゴッドフレイは二人を治療班に任せ、声の方へと向かう。そこには既にカルロスが到着しており、同じく古参メンバーであるレセディ=イングウェも待っていた。遅れてティムがやって来る。

 

 彼らの前には治療班の診察を受ける五人の少女達がいた。治療班の上級生は屈んで彼女らの状態を観察する。それを終えると立ち上がり、ゴッドフレイに報告する。

 

「やはり問題はありませんね。かなり精神的に参っているようですが」

「そうか。会話については?」

「彼女は問題ないかと」

 

 治療班の上級生が指し示した一人の女生徒が言った。

 

「わ、私が話します」

「そうか。よろしく頼む。我々は生徒会だ。俺は学生統括のアルヴィン=ゴッドフレイ。君達は?」

 

 ゴッドフレイは安心させるように優しく挨拶し、彼女らの素性を尋ねる。少女──マックリーは前に進み出て答えた。

 

「あ、アステリア=マックリーです。こっちは私の友達、です」

 

 そう紹介したが、マックリー以外の四人の少女達は声も出だせない様子だった。顔を手で覆ったり、俯いたりととても話せる様子ではない。彼女らに代わってマックリーがゴッドフレイ達と話す。

 彼女も震えた声でたどたどしい喋りだったが意思の疎通はできた。

 そんな恐怖の中で一人勇気を出したマックリーに感謝しつつ、ゴッドフレイは質問する。

 

「ありがとうMs.(ミズ)マックリー。早速で悪いんだが、中の状況について教えてくれないか?」

 

 マックリーは時折詰まりつつも応対を始めた。

 

「る、ルネ=サリヴァーンが中にいた全員を倒して……で、その後に主催者のMr.(ミスター)アンドリューズを。その。木に吊るして」

「吊るして? ……状況は読めないが、とりあえず中にはMr.(ミスター)アンドリューズとルネ=サリヴァーンの二人っきりなのか?」

 

 マックリーはぶんぶんと首を横に振る。

 

「い、いいえ。あいつの友達のMs.(ミズ)アールトやMs.(ミズ)マクファーレンが残っています」

「二人か?」

「いえ。ええと、あとはあのサムライに……他は三人残っています」

 

 辛うじて覚えている人物の素性を口にするが、彼女ら以外の印象は薄かったのかマックリーの説明は曖昧になった。

 ゴッドフレイはかき集めたルネの情報を思い出しながら確認する。

 

「となると六人、か。サリヴァーンの交友関係は確かMs.(ミズ)アールト、Ms.(ミズ)マクファーレン、Ms.(ミズ)ヒビヤ、Mr.(ミスター)ホーン、Mr.(ミスター)グリーンウッド、Mr.(ミスター)レストンが主だったと記憶しているが」

「その六人! その六人で間違いありません!」

 

 名前を訊いて霞がかっていた顔と名前が一致したマックリーは興奮しながら頷く。

 

「そうか、ありがとう。それでその六人はサリヴァーンの一味か? あのマクファーレンの長女が入っているのが妙だが」

 

 ゴッドフレイの問いかけをマックリーは否定した。

 

「い、いいえ。六人はあいつの友達であるとは思うんですが。というかMs.(ミズ)アールトを大切にしているというか。でも今回の件には全然絡んでなくて。むしろMr.(ミスター)アンドリューズを助けようとしていました。むしろ一味なのは私達というか」

 

 と、ここまで口にして、マックリーははっとした。余計なことを付け足したと気づいたからだ。つい正確に情報を伝えようとして余計なことまで言ってしまった。

 

 彼女の危機感は正しかった。自分達がルネの一味であると口にした瞬間、ゴッドフレイ達の目つきが変わったからである。被害者を見る同情心の眼差しから容疑者を睨む目へと変わったのだ。

 

 マックリーは慌てて説明をした。それも最初から。

 自分達がトロール騒ぎの際にカティへ魔法をかけたこと、それがルネにばれて脅されたこと、そしてトロールの発話事件の際にもルネに脅されて保守派の同級生を裏切る行為を強要されたこと、それを咎められて同級生達にルネを誘い出す道具に利用されたこと。

 

 それらを早口で話した。

 涙目で、飛ぶ唾を気にすることもできずに必死に話す彼女を見て、ひとまずゴッドフレイ達も警戒を解いた。

 

「つまり君達はある意味、被害者というわけだな。サリヴァーンと他の生徒の間で板挟みになった」

「まあ、最初のトロールの件については色々と言いたいこともあるが。とにかくお前達にとっては災難だったということか」

 

 ゴッドフレイ、レセディがそう結論づけたことで殺気立った雰囲気が和らぐ。

 マックリーは安堵した。緊張が解けて一気に脱力してしまう。

 

「で、君達は外に出されたと。それまではどういう状況だった?」

 

 すぐに質問が再開された。マックリーはほっと一息吐く間もなくまた応対に移る。

 

「は、はい。Ms.(ミズ)アールト達がサリヴァーンを止めようとして、あれを攻撃したんです。それで反撃するかと思ったら、あいつ攻撃したがらなくて。Mr.(ミスター)アンドリューズを置いていけば無傷で帰すって言って。その証明のために私達をあの変などろどろに沈めたんです」

「なるほどな。それでサリヴァーンはどうしたんだろうか」

「多分、ですけど。Mr.(ミスター)アンドリューズを木に吊るしたいんだと」

 

 ゴッドフレイは再度言われた言葉に眉を顰めた。

 

「すまない。その吊るすというのはどういう意味だろうか」

「えっとですね……」

 

 マックリーはルネが口にした理屈を思い出しながら伝えた。魔法使いの伝統に則り、アンドリューズを鍛えようと口にしていたことを。自分も全く理解できなかった彼の言葉を。

 そして案の定、彼女から話を聞いた生徒会の面々は理解に苦しむような表情を浮かべた。

 

「魔法使いの修行の儀式をMr.(ミスター)アンドリューズにやっている? それが首吊りだと?」

「首吊りって修行になるのかしら」

 

 ゴッドフレイは唖然としている。これまで数多くの動機や言い訳を耳にしてきた彼だが、ここまで意味不明なのは久々であった。

 カルロスも同感で、ルネの行動がよく理解できていなかった。首を傾げ、疑問を呈す。

 

「いや、効果はない。修行云々の話は歴史の授業で耳にした覚えがあるが、何の効果もない迷信のはずだぞ。あの天才がそれを知らないわけがない。つまりは……そういうことか」

 

 レセディは辛うじて授業内容に該当知識を思い出し、忌々しそうな顔でルネの真意を察する。

 

「つまり出鱈目並べつつもやりたいのは、Mr.(ミスター)アンドリューズを痛めつけることだけってか。面倒な奴だな」

 

 ティムが結論を述べた。

 

「それをMs.(ミズ)マクファーレン達は止めたい、と」

「容疑者はこれで一人になったわけね」

「ああ、そうだな。だが被害者候補が増えてしまった。邪魔者をサリヴァーンが放置するとは思えん」

 

 逮捕する人数が確定したわけであるが、全く喜ばしくない。これから更に被害者が増える可能性が出てきたのだから。

 いつまた黒い泥が現れ、その中から六人が浮かんできてもおかしくないのである。いったんマックリー達に背を向け、生徒会の首脳陣が話し合った。

 

「残った六人が心配だ。しかしマクファーレン家の者がいるのなら、あるいは──」

 

 レセディがそう戦力の分析をするもゴッドフレイは首を横に振ってそれを否定する。

 

「いや。サリヴァーンはリヴァーモアとサルヴァドーリを軽くあしらった実力者だ。マクファーレン一族とはいえ一年生の段階では相手にならないだろう。現に攻撃も防がれたそうだしな」

 

 レセディとゴッドフレイの会話が聞こえたマックリーは大声で報告を付け加えた。

 

「あ、あの! サリヴァーンはMs.(ミズ)マクファーレンの二節呪文を、えっと、なんだかよく分からない結界か障壁で防いでいました!」

 

 途端それを聞いた生徒会の面々はどよめく。ミシェーラについてではない。名門マクファーレン家の長女が一年生の段階で二節呪文を扱えたのは、驚きではあるものの理解できないことではなかった。

 長い歴史ある魔法使いの一族の一員であるというのは基本的に魔法使いとしての素質が高いことを示すし、彼女にエルフの血が入っていることを知っているメンバーも多くいたからである。

 

 問題はそれを防いだルネの障壁だ。二節呪文ほどの威力のある魔法を防ぐにはそれなりに準備が必要になる。入念に用意した結界等だ。

 

 ゴッドフレイが振り返り、再度マックリー達に質問する。 

 

「どういった結界、障壁だったんだ?」

巨獣種(ベヘモト)の力を応用した技術だとか何とかで。あいつ、いつもあれを張っているって言ってました」

「サリヴァーンに傷は?」

「……無傷、でした」

 

 ルネの発言を思い出しながら、マックリーはそれをそのまま伝えた。自分に分析や解説を加えられるほどにその技術を理解していなかったからである。

 

「常時展開の結界だと? しかも二節呪文に耐えうる強度とは」

「なるほど。膨大な余剰魔力を鎧のように身に纏う巨獣種(ベヘモト)は確かに存在している。それを人の技術として利用できるようにしたのか」

「とんでもない魔力消費になるでしょうね。アル、あなた彼に会った時に何か気づかなかった?」

「──いや、特に何も。妙な青い炎は扱っていたが。それ以外は特に顕著な魔力の活動もなかったぞ」

「となると結界そのものを隠す技術も使っているのだろう。どういう術式なんだ、いったい」

 

 動揺する上級生達を見て、マックリーも改めて恐怖を覚えた。あの嵐のような一撃を受けて無傷だったルネと自分達は最初敵対しようとしていたのだと。

 生徒会からの質問がなくなり、疲れ切ったマックリーはその場に座り込んだ。

 

「あ、大丈夫かい?」

「は、はい。ちょっと疲れちゃって。でも大丈夫です。ちょっと休めば大丈夫ですから」

 

 治療班の上級生から心配されたのでそう答えた。上級生は「そう」と短く答えるとゴッドフレイ達の話し合いの方へと集中力を傾ける。

 

 マックリーは誰の目もなくなったことでひとまずほっとした。

 色々と思うところはあったが、一つだけはっきりと頭に浮かんだことがあるからだ。それは決して言えなかったが、心の中で呟いた。

 

 あんな化け物と対決せずに無事に外に出られて良かった、と。

 

 一方ゴッドフレイ達は焦った。ルネの戦力が想像を遥かに上回ったからである。中に残った一年生達だけでは敵対した場合にどうしようもない。

 

「まずいな」

 

 ゴッドフレイの一言が、マックリー達から得た情報への感想だった。

 結界の解除を急がないとと思った矢先に再び治療班からの報告の声が上がる。「無傷の下級生がまだ出てきました!」と。 

 

 

 

「これは──まずいことになったな」

 

 オリバーの説明を聞き終えたゴッドフレイが事態が最悪の状況になったことを察した。

 今、円形闘技場(コロシアム)の中にはルネとアンドリューズが二人っきりであり、そしてアンドリューズの方は首を木に吊るされているのだという。

 

 アンドリューズを殺すつもりはルネにないようだが、だからといってこのまま帰るわけにはいかない。あと九時間近くも彼を苦しめるつもりなのだから。

 

「だが我々とて施設内に入ることはできない。まだ突破方法どころか結界の構成すら不明なのだからな」

 

 レセディが必死に作業を進めるニコル達に視線を向けて言った。

 

「ひ、ひいい。申し訳ありません~!」「今やっておりますから~!」

 

 彼女らは手を休めることなく先輩へと悲鳴のような謝罪を叫んだ。見かねたゴッドフレイはニコル達へ労いの言葉をかける。

 

「気にしないでくれ、ニコル。君らは良くやってくれている。──レセディ」

 

 そして圧力をかけたレセディを咎めるように見つめた。彼に見つめられ、自分が苛立ちから後輩に当たったことを認めたレセディは後輩に謝罪する。

 

「──すまない、ニコル。他のみんなも。悪かった。つい苛立ってしまった。お前達が頼りだ。頑張ってくれ」

「は、はいぃぃ。頑張ります~!」「やってやります~!」

「ああ、頼んだぞ」

 

 といっても生徒会もオリバー達も今のところ打つ手がないことは事実だった。

 生徒会はかれこれ一時間近く粘っているわけだが結界の解析すら終わっていないし、オリバー達にも円形闘技場(コロシアム)内に戻る方法がない。

 レセディの苛立ちは誰もが抱いているものだった。生徒会は総力で今回の件に対応しているのだ。にもかかわらず全く事態が進展していない。こんなことは久々だったのだ。

 

「……あの、先生の誰かに頼るというのは」

 

 沈黙の中でピートがそう提案するもゴッドフレイが首を横に振って申し訳なさそうに言った。

 

「いや、教師共は動かない。Mr.(ミスター)レストン、ここはキンバリーだ。制度上の話をするとMr.(ミスター)アンドリューズが八日以上拉致監禁されれば彼らも重い腰を上げるだろうが、サリヴァーンの宣言通りなら九時間の監禁になる。それなら教師は動かない。もし頼っても生徒で対応するように突き返されるだろう」

「『生きるも死ぬも自己責任』ってやつね。入学式の時に校長がそんな話をしたでしょう? それはつまりはこういうことなのよ」

「そ、そんな」

 

 ゴッドフレイとカルロスの返答にピートは絶句する。そんな下級生達の顔を見てゴッドフレイ達も言葉に詰まった。

 こんな顔を見たくいないから、こうして生徒会を運営しているというのに。何もできない自分達には慰めも言えない。久々に感じる無力さが生徒会のメンバーの中に流れた。

 

 しかし、オリバー達はそれを責めない。自分達もそうなのだから。ルネを前にして何もしなかったし、できなかった。

 ミシェーラが虎の子で出した一撃すら脅威と見做されず、こうして気遣われて外に追いやられたのだ。

 自分達に生徒会の無力さを罵る権利はない。オリバー達の間にもそんな沈黙があった。

 

 無力感に満ちた気まずい空気が流れる。ゴッドフレイはそれを断ち切るようにオリバー達に言った。

 

「まあ、ここから先は我々生徒会に任せてくれ。君達も色々とあって疲れたろう。寮まではメンバーに送らせよう。先に出たMs.(ミズ)マックリー達も一緒にな」

 

 知りたいことを知ることはできたのだ。これ以上、オリバー達の出番はない。だから彼らに帰るように促したのだ。

 

 しかし、ミシェーラはゴッドフレイに頼んだ。

 

「統括。あたくしは残らせてくださいませ。せめて何かお手伝いを」

 

 自分の力では助けにならないことを彼女はよく分かっていた。生徒会の上級生ですら窮する現場ではなおのことである。

 しかし、それでも助力になりたい。ゴッドフレイはミシェーラのその意思を感じ取った。

 

 ここキンバリーでは貴重な精神だ。彼はその点は素直に感心した。が、ゴッドフレイは統括として現実的に答える。

 

Ms.(ミズ)マクファーレン。君の申し出には感謝する。こんな状況でそう言えるのは素晴らしいと思う。しかし今の君達が参加したところで状況は良くならないだろう。だからそんなに責任を感じずに戻るんだ」

 

 学生統括として命令するつもりはなかったのでやんわりと退去指示をしたが、ミシェーラはそれを分かった上で拒否した。

 

「それは承知していますわ。しかし──あたくしは幼馴染を見捨ててしまったのです。自分達が外に出るために。歩き出したリックを止めきれませんでした。どのみちあれに抵抗しても無駄だと計算をして。あたくし達が外に出た方がまだリックを助けられると」

 

 語る彼女が発するのは深い後悔の声音だった。強い責任を感じる者の声だ。

 

「もしもこのまま帰ってしまえば、あたくしはもう二度とリックに顔向けができません。ですので、どうかこの場に残してくださいませ」

 

 そう頭を下げるミシェーラを見て、互いに顔を見合わせたオリバー達も順々に同じように頭を下げた。

 

「俺達もどうか。これ以上彼から逃げたくないんです」

 

「俺も」「私も」「ボクも」「拙者も」

 

「「「「「「お願いします」」」」」」

 

 ゴッドフレイ達はじっとミシェーラ達を見つめた。その無力さにかつての自分達の姿を重ねながら。その後悔に共感しながら。

 彼らも力がなかった下級生の頃、生徒会ではなく自警団として活動していた頃は救えない人数の方が多かったのだから。何度負けて、何度涙して、何度無力さを味わったことか。

 

 ゴッドフレイは苦笑する。何が「そんなに責任を感じずに」だ。それができなかったのは自分達ではないかと。

 だから何度敗れてもあきらめずに、誰かを助けるためにここまで這いつくばってきたのだから。そんな自分達に彼女らを止められるのか?

 

「あの、なら治療の手伝いを──」

 

 仕事をしつつもこっそり話を聞いていた上級生がそっと手を上げた。それを見てニコルも同じように挙手する。

 

「私も、器用な子の助けが欲しいかなーと」

「雑用ならどれだけやってくれても構わないよ!」「そこの大柄な君は大歓迎さ!」

「お前達・・・・・・」

「まあまあレセディ」「ま、しょーがないんじゃないの。ああ言われたら僕らには止められないでしょ」

 

 方々からそんな声が上がった。

 頭に浮かんだ疑問の答えをメンバーから聞かされ、ゴッドフレイは自分を含めた全員に呆れつつミシェーラ達に言った。

 

「だそうだ。俺達を助けてくれるか?」

「はい!」「ありがとうございます!」

 

 もちろんかれらは頷いて、それぞれを求めた班へと散っていく。ミシェーラとオリバーは技術チームへ、他は治療班などの雑用へと。

 

 そんな光景を、ルネは壁越しにじっと見つめていた。迷宮の分厚い壁が間にあったとしても話の内容は分かっている。魔法の眼差しと優れた魔力への理解によって外の様子は全て把握していたからだ。

 

「素晴らしいですよ、みなさん。ああ、本当に素晴らしい」

 

 彼は満足そうに頷く。オリバー達が何の抵抗もなしに外に出ていったときには正直がっかりしたものだったが、こうして抵抗してくれるのはとても嬉しかった。

 何故ならそれはオリバー達が決して諦めていない証拠なのだから。

 アンドリューズが傷ついた体を引きずって立ち上がったのと同じように、彼らも無力に苛まれる心からまた立ち上がったのである。

 それこそ魔法使いのあるべき姿である。ルネはそう信じてやまなかった。

 だからこそ自分も諦めない。己を貫き通すのだと。

 

「そうでしょう? Mr.(ミスター)アンドリューズ?」

 

 目の前のアンドリューズに親し気に尋ねるが、首にロープをかけられて吊し上げられている彼に答えは返せない。

 腹には杖と杖剣も刺さっているのだ。痛みと呼吸苦でバタバタと足掻く姿はその問いかけすら聞こえていない様子だった。

 

「あと八時間半ちょっとでしょうか。頑張りましょうね」

 

 藻掻く彼の姿を見て、全く動じないルネは淡々と残り時間を口にする。もちろんその声も彼には届いていなかったが。

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