七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第30話~教え~

 魔道倶楽部の話題はあっという間に構内に広まった。また不死鳥の団についての話題もである。あのサリヴァーンがタダで勉強会を開く、研究支援をしてくれると。

 集会翌朝の新聞部も大きくこの話題を取り上げた。アンドリューズの事件以来、再び記事の一面をルネの名前が飾ったのである。

 食堂ではその記事と昨夜のパンフレットを片手に話し合う生徒達の姿が目立っていた。否定的な意見も肯定的な意見もそこら中で飛び交っていた。

 

 記事そのものは根拠のないゴシップも多かったものの、何よりも話題をより大きくしたのは生徒会に近しい新聞部が出した記事だ。

 それは要注意人物が主催する勉強会への参加や派閥への加入に注意を促すものだった。しかし、もしかすると生徒会はルネの活動については無視すべきだったのかもしれない。

 悪名は無名に勝るとでも言うべきか。生徒会すら危険視する人物の勉強会や派閥に多くの生徒達は惹かれてしまったのである。

 

 生徒会ともあろう組織がキンバリーの校風を見誤ったか、それとも生徒会として出さざるを得なかったのか。

 つまるところ生徒会の注意は意味もなく、魔道倶楽部への参加予約は開始直後にすぐに埋まってしまったのである。

 

 

 

 大勢の生徒達が様々な場所で自動人形ルネの指導を受けるなかで、ナナオもまた彼から学んでいた。

 

火炎盛りて!(ふらんま!)

 

 空き教室の一つで彼女は果敢に杖剣を振り、呪文を唱えている。

 手にした刀型の杖剣から炎が燃え上がり、火球となって切っ先から飛ぶもののすぐに砕けて火の粉になってしまった。

 そうなるよう意識した呪文ではないのはナナオの落胆した表情を見れば明らかである。彼女は最初の呪文学の授業の時からこうであり、ちっとも呪文が成功しないのだ。

 

 むしろ杖先から飛び出すようになったことがようやくの進歩である。呪文の声ばかりが空しく響くよりはマシになったのだ。

 そんな遅い成長にナナオはがっかりしていた。

 

「むぅ。上手くいかぬでござるな・・・・・・」

「杖の振りと呪文の発音は及第点だ。後は魔力運用と意念(イメージ)の問題だろう」

 

 彼女の隣でオリバーがそう評価する。ナナオがルネの指導を受けると聞き、彼は同席を望んだのだ。

 個人指導を理由に断っても良かったはずだが、ルネは特に気にした様子もなくそれを認めていた。今もナナオにアドバイスするオリバーを微笑ましく見つめている。

 

「魔力運用・・・・・・うーむ」

 

 ナナオは未だに耳慣れない魔力という言葉に唸ってしまった。オリバーもこれには苦笑する。

 

「まあ、確かに俺も不思議に思う。自覚はないかもしれないが、君の体内の魔力運用はかなりのものなんだ。同年代の中ではずば抜けている。身体能力の強化だけでなく、質量制御までやってのけるくらいだからな。本来ならこっちの方がずっと難しいんだぞ」

「己の内を巡る力の扱いについては剣の修練の過程で重ねて叩き込まれてござる。しかし、ひとたび体を離れた力についてはどう扱うべきか」

「・・・・・・何か解説はないのか、ルネ?」

 

 二人はほぼ同時にルネの方へと視線を向けた。彼はまったりと椅子に腰かけている。彼らの視線を受けてようやく口を開いた。

 

「もちろんありますよ。今までこうして黙っていたのは君達に意地悪をしたいからではありません。君達は答えを口にしたのです。だから特に解説もせずに黙っていたのですが、どうやら答えを見つけたことに気づいていないようですね」

 

 ルネは立ち上がるとナナオの隣に立つ。

 

「どうして君の炎が杖から飛び出さないのかといえば、Mr.(ミスター)ホーンが言ったように君の魔力運用がとても素晴らしいからなのです。では解説しましょう」

 

 首を傾げる二人の生徒にルネは授業をする。

 

「まず何が起きているのか、答えを言いましょうか。君は生み出した炎を自分の体に戻してしまっているのですよ、Ms.(ミズ)ヒビヤ」

 

 真っ先に答えを口にしたが、その内容を生徒達は受け止めきれなかったようだ。傾げた首は戻らない。

 もちろんルネは丁寧な説明を続けた。杖を構え、魔法の成り立ちを解説する。

 

「そもそも火炎呪文がどのようにしてなされるのか。まずどんな炎を生み出すのか頭で意念(イメージ)を作り上げる。呪文を唱え、それをはっきりとさせる。そして同時に魔力を意識し、杖を頼りにこの力を操って思い描いた炎を現実のものとする──火炎盛りて(フランマ)

 

 呪文を唱え、炎の玉を生み出すと杖先にその赤々と燃える炎の塊を維持した。

 

「ここまでは君も上手くやっています。ではこの後、何が起きているのか説明しましょう。大袈裟にやれば、こうです」

 

 ルネがそう言った途端に杖先で燃えていた炎が彼の腕の中へと吸い込まれていった。

 ぎょっとする二人だが、ルネの腕は火傷どころかシャツの焦げすらできていない。瞬く間に炎はルネの腕の中へと消えてしまったのである。

 杖を下ろし、煙一つ立たない腕を二人に見せた。

 

「魔法の失敗例として自爆があります。つまり杖をから飛ばそうとした呪文が自分の方に飛んできてしまう事故です。炎なら腕を焼かれ、風の刃なら体を切られるといったように。

 一般的には魔法の狙いや魔力の扱いが下手だからと片付けられる事故ですが、今日は丁寧に解説していきましょう。どのようにしてこの事故が起こるのかといえば、狙いや扱いが下手だからというわけではなく、外へ向けたはずの魔力が体内の魔力循環に引き戻されてしまうことが原因なのです。

 こうした事故はまだ魔法になれていない頃の魔法使いによく見られますね。不馴れな魔力の扱いよりも体内の魔力循環の方が強く、魔法で呼んだ事象を無意識に魔力流に取り込もうとしてしまうのです」

 

 ナナオは自分の右腕を見つめた。そこには火傷一つない。事故というのなら傷ついてもおかしくないのでは。そんな彼女の疑問もルネは解説する。

 

「一般的な魔法使いや多少才能のある魔法使いなら負傷してしまうので自爆にすぐ気がつくのですが、むしろ君は並外れた才能があるからこそ状況に気づけていないようですね。

 つまり、それだけ君の魔力循環は強いのです。無垢の純白(イノセントカラー)であるのも頷けますね。

 では実際に魔力がどのように動いているのか確認してみましょうか」

 

 ルネが手を開くと、そこには二本の眼鏡があった。何の変哲もないように見える。

 彼は二人にそれぞれ眼鏡を渡した。何だろうかと思いつつもナナオ、オリバーは眼鏡をかける。それで視界が変わったようには見えなかったが。

 

「これは呪文行使の際の魔力の動きを視覚的に分かりやすくしてくれる補助具ですよ。魔法使いの感覚でも捉えきれない動きに色をつけてくれるのです」

「つまりは魔法を使う時にだけ効果があるのか。試してみても?」

「ええ、どうぞ」

 

 オリバーは自身の魔力を活性化させてみたが、確かに眼鏡はその時の魔力の動きには反応しなかった。

 次に呪文を使ってみる。弱めた火炎呪文で杖剣の先に灯火を点けてみたのだ。

 すると白い光の粒が杖剣から漏れ、それらが小さな火の姿になるのが見えた。眼鏡を外して同じことをしてみたが何も見えない。かけると白い光の粒の動きが見えた。

 

 ナナオにも同じものが見えていたようだ。彼女は間近で「ほほお」とひとしきり感心しながら眼鏡の着脱を繰り返していた。

 

「ではMs.(ミズ)ヒビヤ。また火炎呪文をお願いします」

「かしこまった。では、火炎盛りて!(ふらんま!)

 

 眼鏡をかけたナナオは頷くと杖剣を構え、火炎呪文を唱えた。その瞬間に白い光の粒が杖先から漏れ出し、それらがごうごうと炎を呼んだ。

 と思ったら、すぐにまた白い光の粒になって杖剣の中に戻ってしまった。あっという間の一瞬の動きである。

 

 眼鏡を外して再度ナナオは呪文を唱えた。すると炎が生まれ、杖から飛び出した途端に砕けて消える。この光景を魔力の動きのみに注目すると、先ほどの白い光の粒が杖剣に戻る動きが見えるのだ。

 

 二人から眼鏡を返してもらったルネは丁寧に説明を続ける。

 

「通常の自爆の場合は呪文で生み出した事象が使い手の魔力循環に引き寄せられ、多少魔力に戻されつつも大部分が事象のままであるために負傷してしまいます。炎の一割が魔力に戻っても、九割がそのままなら腕は焼けてしまうということです。

 しかし君の場合は違います。強い魔力循環が事象を全て魔力に戻し、取り込んでいるのです。だから君は魔法を引き戻しているという意識もないのですね。

 生まれながらのその高い魔力運用の才覚に加え、君が修練で得た武術の技能もより体内の魔力循環を高めているようだ。体の中の気の流れ、力の流れを操るという技術は様々な地域の武術で語られていることです。君の剣術にも思い当たるところがあるのでは?

 つまり君はとても才能のある魔法使いであり、その才能ゆえに杖から出そうとした魔法を自分の体に戻してしまっているということなのです。ご理解いただけましたか?」

 

 ぽかんとしていたナナオだったが、ちょっとずつルネの解説を噛み砕いていき納得へと至った。

 

「──うむ。拙者の内を巡る気がまじないを食っている、ということでよろしいか?」

「ええ、問題ありません。ではどのようにすべきかお伝えしましょう」

 

 ナナオはわくわくした表情を隠そうともしなかった。魔法のような答えを期待しているのだ。容易くナナオの抱える問題の詳細を口にしたように、簡単にこの問題を打ち破るような答えが出てくるのだと。

 

「といっても画期的な解決策はありません。最初の呪文学の授業の時から今まで君がやってきたように、地道に魔法を使い続けて魔力を外へと扱う感覚を養っていくことが一番の答えなのです」

「む、むう。左様にござるか」

 

 ナナオはがっかりしたようにルネを見つめる。彼はそんな彼女の評価を気にした様子もなくいつも通りににこにこ微笑んでいた。

 

「ふふ。そうがっかりしないでください。事実として、放たれることすらなく魔法を体に戻していた最初の頃と比べると、今は多少でも杖から飛び出してはいます。これはとても大きな進歩ですよ。

 もちろんこの場において、ただただ君に魔法を使わせるだけではなく、私もしっかりとアドバイスをしていきますのでご安心ください」

 

 生徒をがっかりさせたくない。そんな思いでルネは胸を張って言った。

 ナナオはその姿を見て、自身が落胆したことを恥じる。

 

「すまぬ、ルネ。そもそも技を得ることとは難きもの。それを忘れてござった」

 

 しかしルネは謝られたことがよく分からなかったようだ。謝罪されても首を傾げるだけだった。

 むしろそんなことをよりも授業が優先される。

 

「おや、何のことか分かりませんが──まずは呪文学における意識をしっかりとさせましょう。

 これが今日のレッスンです。少し退屈な話かもしれませんが、魔法がどのようにして起こるのかをよく理解しておくと多少は君の助けになるはずです」

 

 そして黒板にも字を書いていった。意念(イメージ)、魔力、呪文、杖と丁寧な字が黒板に並んでいく。書き終えるとルネはナナオとオリバーに振り返って尋ねた。

 

「では質問です。この中に魔法にとって重要なものが二つあります。どれとどれでしょうか」

 

 四つの中から二つを選べ。問いそのものは簡単だったが、しかし内容はナナオを悩ませた。

 呪文学の授業においては提示されたどれもが大切であると習ったからだ。ギルクリスト教授は言った。「杖を振り、呪文を唱え、意念(イメージ)で思い描いた事象を魔力で現実に呼び出す」のだと。

 

 それはつまり四つの内のどれもが魔法にとっては重要ということではないのか。ギルクリスト教授はたびたび似たことを口にしていたが、それぞれの重要度については語っていなかった。

 ナナオはどうにか授業についていこうとせめて教授の話はよく聞いていたので覚えているのだ。要するにどれもが大切なのだから、どれにも集中しなさいと呪文学の教授はナナオに何度も注意していた。

 

 しかしルネはこの中の二つはそれほど重要ではないと言っているのである。ナナオは助けを求めるようにちらりとオリバーに目線を向けた。

 見れば彼も考え込んでいる。当然だ。呪文学においてはこの四つの要素を大切にしてこそ良い魔法が使えるとしていたのだから。

 どれか二つが重要ではないという発想は彼にはなかった。が、この問いを出したのがルネであることを考え、オリバーは答えを口にした。

 

「四つ全てが重要であるとする呪文学の定義からは外れるが、答えは意念(イメージ)と魔力か」

 

 ルネ=サリヴァーンは呪文も杖もなく強力な魔法を操る稀有な魔法使いなのである。それを鑑みて答えた。

 彼はオリバーの答えに拍手する。正解であったようだ。そしてすぐに解説を始めた。

 

「その通りです。君が言う通り、呪文学では四つの要素全てが重要視されています。しかし本質を突き詰めれば魔法というものは意念(イメージ)と魔力なのです。他の二つはあくまで意念(イメージ)と魔力の助けに過ぎません。

 魔法とは意念(イメージ)で思い描いたものを魔力で現実のものとする行為です。この関係において呪文は意念(イメージ)を確かなものとする助けでしかありません。そして杖は魔力を操り、働かせるための助けです。

 現に私はどちらの助けなしでも魔法を扱えます。呪文もなしに意念(イメージ)を思い描き、杖もなく魔力を働かせることができるのです」

 

 彼が手を掲げれば、その中に炎の玉が生み出される。

 それは大きく膨れ上がり、複雑に形を変えていった。大きな人、鳥、犬と姿を変え、ポンと煙になって爆ぜた。

 

 その間にルネは口を動かしていないし杖も手にしていない。そして呼び出した火の玉はこれら二つがいらない領域魔法では起こり得ない規模と複雑さだった。

 

 ルネは証明の後に解説を続ける。

 

「もちろん助けは蔑ろにすべきではありません。かといって本質ではないこの二つに振り回されることもいけません。今のMs.(ミズ)ヒビヤは慣れない呪文と杖の扱いに苦労しているようです。不慣れな言語の呪文とよく分からない杖の動きに意識を取られて、魔力の扱いに対する意識が疎かになっています。

 また慣れていないゆえに意念(イメージ)もはっきりとできていないようですね。飛び出す炎が描けないのです。だから魔法が弱く、強い魔力循環にせっかく作った事象を食べられてしまっています。

 ここまでの話はご理解いただけましたか?」

 

 ナナオは頷いた。

 

「うむ。発音や杖の動きに集中しすぎて、もっと大事なものが疎かになっているということにござるか?」

「その通り。ではそれらを踏まえてアドバイスをしましょう。呪文も杖の動きも今は四十点くらいで構いません。正しい発音や正確な杖の動きよりも、ひとまず頭と魔力の働きに注力してみましょうか。まず杖から炎を飛ばせるのだとはっきりさせるのです」

 

 呪文学のギルクリスト教授が聞いたら杖剣を見るよりも不快な表情を浮かべそうな指導だったが、ルネのこれまでの解説を聞いていたオリバーは納得した。

 

 そもそもナナオは魔法とは縁遠い文化圏で育った少女である。自分達とは文化的な背景が違うのだ。オリバーやルネに魔法が身近にない生活が想像できないように、ナナオには魔法が身近にある生活が想像できないのである。

 呪文や魔力といった魔法に関する知識は連合国内の普通人達よりも乏しいのがナナオだ。そんな背景の人物に正しい発音や杖の動かし方を教えるよりも、とにかく魔法が現実のものであると理解させる方が良いというのは、常識外れではあるものの間違いではないようにオリバーは思った。

 

 そしてそれは実際にそうだった。

 ルネはアドバイスを踏まえ、一度呪文を唱えてみるようナナオに指示する。ルネとオリバーが彼女から離れると、ナナオはとりあえず杖から炎が出ることをイメージして全身に流れる魔力を操る。そして思いっきり呪文を唱えた。

 

火炎盛りて!(ふらんま!)

 

 呪文の発音も、杖剣の振りもルネの指示通り四十点くらいだった。特に杖剣はほとんど上下に振り下ろしただけであったが、確かに炎の塊が切っ先から飛び出して途中で消えることなく放たれたのである。

 そして炎は勢いを減らすことなく外に面した壁へと向かった。威力を減らすことなく壁に直撃すると窓ごと周囲を破壊し、外へと飛び出していく。

 

「おお! ・・・・・・おお?」

 

 最初は感動の声を出したナナオだったが、放った炎が勢い余って教室の窓を吹き飛ばしたのを見て固まった。

 慌ててナナオとオリバーは吹き飛ばした壁の穴から空を見上げる。炎の塊はそれほど高くは飛ばなかったが、まるで花火のように空中で飛び散ってようやく消えた。

 近くを箒で飛んでいた生徒もいなかったので怪我人などは出なかったが、注目は浴びたようだ。校庭や下の階にいた生徒達が火の粉の舞う空を見つめていた。

 

「お構いなく。魔法の練習ですよ」

 

 空を見上げていた生徒達にルネは魔力で拡げた声でそう伝える。

 

「ったく、気をつけろよ」「びっくりした」

 

 そんな反応が返ってくるもののルネは何も気にした様子はなかった。ナナオやオリバーはしまったという顔をしていたが。

 

「ふふ。元気な方達ですね」

「あ、危うかったにござる」

「ああ。地面に落ちなくて良かった」

「そうお気になさらず。あれが直撃したところで致命傷になるくらいです。死にかけても医務室で治療をしてもらえるのですから何も問題ありません。

 それよりも君が成し遂げたことは素晴らしい。とても素晴らしいですよ、Ms.(ミズ)ヒビヤ」

 

 何が問題ないんだと思う二人を残し、ルネはぱちぱちと拍手をしながら彼らに歩み寄る。

 ルネがちらりと視線を壁に向けると、破壊された部分がじわじわと修復していった。断面から生えるようにして壁や窓は元通りになる。

 

 さもそれで問題は全て解決したかのようにルネは言った。

 

「さあ、これでひとまず四十点は確保しました。しばらくは呪文を放つという感覚に慣れて、次の段階から点数を上げていく練習を始めましょう」

 

「・・・・・・練習のたびに教室を壊すのか?」

 

 オリバーの苦言にルネはしばし考え、それではと杖を教室後ろの壁に向ける。

 

「的を用意しましょうか。それなら問題ないでしょう」

 

 そう言うと何度か杖を振った。そのたびに壁に魔力で描かれた紋様が浮かんでは消えていき、そして最後にルネが杖を振ると壁に円形の的が現れた。中央を赤く塗られた、平均的な呪文当てに使われるような的である。

 

「障壁か。また強力なものを使ったな」

 

 オリバーはほんのりと光る壁に手を置いて感想を一つ口にした。魔力の紋様は壁を強固に守っている。その強靭さは以前円形闘技場(コロシアム)で使用された結界に劣らなかった。

 つまりは桁外れの強度ということである。生徒会の上級生達が技術でも力でも破壊できなかった代物だ。

 

「はい、これくらいの障壁ならMs.(ミズ)ヒビヤの呪文にも耐えてくれるはずです」

「確かに。・・・・・・しかし、いや・・・・・・構わない。続けてくれ」

 

 オリバーへルネは気軽に頷いて見せた。が、オリバーの表情は固い。

 この障壁の複雑さや強度は気軽にやって良いものではなかったからだ。オリバーの感覚では、上位の魔法使い達が準備して全力で呪文を使用してこそ出現しうるもののはずなのだが。

 まるで子供の遊具でも設置するかのように気軽に提供するだなんて。ルネの実力にオリバーの顔は強張る。

 

 適切な言葉を出せなかったオリバーはナナオを優先するようルネに促した。ルネは不思議そうな顔をしていたが、彼の言う通りにナナオへ向き直る。

 

「では始めましょうか」

「うむ──火炎盛りて!(ふらんま!)

 

 壁に手を置いていたオリバーが下がると、ルネはナナオの後ろに立って指導を始めた。ナナオは頷くと再度杖剣を振り上げて火炎呪文を唱える。

 やはり変わらず四十点のような呪文だったが、炎はナナオに戻ることなく壁に当たっては砕け散った。強力な障壁が暴れるような威力の炎を容易く弾く。

 

 ルネは炎の様子を丁寧に観察しながらナナオに伝えた。

 

「素晴らしい。今のは火勢が衰えていません。呪文が君の魔力循環に全く捕まらなくなってきたようですね。なかなかに成長が早いですよ」

「うむ、うむ!」

 

 ナナオの表情を見るとルネという教師の優秀さが分かる。最初から躓いていた生徒とは思えないほど彼女の表情は明るかった。

 そんなナナオの顔を見て、ルネも優しげな笑みを浮かべる。何一つ裏に考えていることがないような善意の笑みだ。

 

「これから君の呪文学は始まるのです。今後も一緒に頑張っていきましょうね」

 

 その他の教室でも彼はきっと大勢の生徒達の悩みを解決しているのだろう。そして彼らは全員がナナオのような顔をしているはずだ。壁を突破した喜びの表情である。

 カティは魔法生物達をおとなしくあせる鎮静呪文の練習を受け、ピートも上手くいかなかった呪文に関して貴重な意見と成功体験を手に入れていた。

 こうして彼が開いた放課後勉強会は概ね高評価を得たのである。

 

 

 

 錬金術は多くの魔法学校の生徒達の頭を悩ませる分野の一つだ。

 初歩的かつ分野の代表である魔法薬の作成には様々なレシピの暗記が必要であるし、多種多様な素材の魔法的な効能も覚えておかなければならない。

 この薬はどのような材料を使い、工程を経ているのか。またこの材料にはどのような効能、特徴があるのか。

 それらを覚えておかなければ魔法薬は作れないし、また今までにない新しい魔法薬の作成に挑戦することもできないのだ。

 しかし最も重要なのは、このような記憶は全く錬金術の本質ではないところである。

 

 

 

 勉強会が開かれるようになってから一週間後の昼食時のことだった。ルネは何を気にすることなくオリバー達と同席をし、昼食を楽しんでいる。

 雰囲気はまずまずといったところだ。ややわだかまりは残っているが彼とオリバー達との関係は事件直後の刺々しい空気からは脱している。

 ルネがしつこく関係を保とうとしたこともあってか、友人の友人という一つ距離を置いた関係で全員が納得したからである。

 

 彼は隣で分厚い錬金術の教科書と睨めっこをしているカティの顔をぼんやりと見つめた。パンを口に運びながら唸っている彼女もルネの視線に気づいたようだ。恥ずかしくなったのか、ぱたんと教科書を閉じて食事の方に集中し始めた。

 ルネは意識を黎明城(カスットゥルム アウローラ)に向け、座り心地の良い椅子に座りながら静かな執務室の本棚へと手を伸ばした。探すことなく手に取ったのはカティが読んでいた「ロンドールの錬金術入門」である。

 この部屋の安寧を楽しみつつちょうど彼女が開いていたページを見て、ふむとルネは思った。そして現実のルネが口を開く。

 

「軟化薬は確かに厄介な魔法薬ですね。グレンヴィル先生も面倒な課題を出したものです」

 

 カティはパンを食べようと開けた口をそのままにルネを見つめる。彼の位置からは何を読んでいたかは分からないはずだからだ。

 彼女は優れているという以外のルネの能力を知らない。もちろん絶界詠唱(グランドアリア)についてもだ。

 ルネがカティの読んでいた魔法薬の名前を当てるまでにかかったのは一秒もない。彼女が教科書を閉じた次の瞬間には既に口にしていたのだから。

 

「ど、どうやったの?」

「魔法ですよ」

 

 くすりと笑いながらのルネの答えにカティはむすっとした。それはそうかもしれないが、聞きたいのはそんなことではなかったからである。

 

「私の城にはこの世のあらゆる書物が収まっているのですよ。その中から一つ、君が読んでいたものを手に取って確認しただけです」

 

 膨れたカティをなだめるために答えを口にしたが、彼女はそれを理解できなかったので結局は答えになり得なかった。見かねたオリバーが助け船を出す。

 

「記憶力で覚えていたんだろう」

「ええ、そうですね」

 

 実のところオリバーの理解は間違っていたのだが、この能力を自慢するつもりはあっても開示するつもりはあまりなかったので適当に頷いて話を流した。

 

「へえ、やっぱり頭良いんだね」

 

 カティはオリバーの話で納得したようだ。他のメンバー達も感心した様子で頷いている。人柄はともかくとしてその能力は本物であると誰もが認めていた。

 彼女はしばし悩んでルネに尋ねる。

 

「ねえ、ルネ。その軟化薬の調合について聞きたいんだけど」

「ええ。構いませんよ」

 

 ルネはカティの問いかけに対してすらすらと答えを述べた。それらは優秀なオリバー、ミシェーラが聞いても何の問題もない正確なアドバイスだった。

 カティはそれらを教科書に書き加えていく。ルネは何一つ資料を手に取ることなく、また記憶を辿るような様子もなく即答していた。まるでそうするように作られた魔法道具のように。

 

「・・・・・・どれだけ学べばお前みたいになれるんだ」

 

 そんな光景を見ていたピートが言葉を漏らした。同じ普通人出身という境遇から何かとルネを意識するピートだが、そのたびにこの少年との距離を感じるのだった。

 今もそうである。そしてルネは彼の呟きも質問と判断したらしい。カティにしたのと同じように丁寧に答える。

 

「錬金術の本質を知ることです。そのためにはまずはこの教科書を丸暗記しましょう。目を閉じても、レシピの暗唱はもちろんですが、作業も完全に思い描けるようになればひとまず第一歩です」

 

 ピートは鞄からカティと同じ分厚い錬金術の入門書を取り出し、適当なページを開いた。

 

「シビレダケの解毒薬ですね」

 

 彼の回答は正解だった。その後に続けて口にした製法も何一つ間違えていない。ピートは正解であることに頷きつつも悔しそうな表情を浮かべる。

 

「そこまでやってようやく一歩なのか」

「もちろん。しかし君が本質を理解した頃には暗記したものは全て不必要になるはずです」

「本質、か。お前はその言葉が本当に好きだな」

 

 ピートはルネの微笑みにそう言った。本質とは何か。錬金術、呪文学問わずルネはよくそう口にする。

 ナナオやカティにも身に覚えがあった。彼は指導する際によく同じようなことを言っているからだ。「本質とは何か」「本質を考えましょう」と。

 

「ええ、もちろん。本質とは何か。それを問いかけ、理解することこそ魔道の探求には必要なのです」

 

 やや嫌みっぽいピートの言葉にもルネは真摯に答える。彼の魔道への忠誠心の高さが表れだ。

 その高さゆえにトラブルも起こすわけだが。ゆえに教師としては優秀なのである。

 ルネはピートへの指導を続けた。

 

「では、錬金術の本質とは何か。実は以前にもお話ししたことがあるかと思うのですが」

 

 ピートは即答する。

 

「完全なるものを目指す分野である、か」

 

 ルネは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「ええ、覚えていただいていたのですね。その通り、錬金術の本質とは完全なるものを目指す作業なのです。

 ではそれを魔法薬の作成に当てはめてみましょうか。Mr.(ミスター)レストン、そのページを読んだ感想を教えてください」

 

 彼が視線一つ教科書に向けると、分厚い本が勝手に開いてあるページをピートに見せた。

 癒やしの水、つまりは治癒の魔法薬についての項目だった。解説によれば最古の魔法薬の一つであると。

 

 ピートはそれを読んで言われた通りにした。感想を口にする。

 

「・・・・・・基本的な魔法薬のようだが、かなり複雑な作業をするんだな」

「なるほど」

 

 ルネは微笑んだ。ピートの答えに納得しているのかいないのか、はっきりと分からなかった。

 その心情を察したのかすぐにルネは解説を進める。

 

「ではMr.(ミスター)レストン、こうは思いませんか? どうして最初の錬金術師達はそのような魔法薬を作ろうと思ったのか。どうして神秘的な魔力を含んだ薬草やキノコを混ぜ合わそうとしたのか、と」

 

 ピートは固まった。どうしてと言われても答えが出なかったからである。

 

「そういう薬を作りたかったから、か?」

 

 辛うじて口にした答えにルネは微笑みを見せた。

 

「なるほど。確かに現代の錬金術師はそのようにして魔法薬を作っていますね。とある素材ととある素材を混ぜることである特定の効能を持った物質ができるはずであるという予想のもとに。

 しかしかつての錬金術師達はそのようにして素材を混ぜ合わせていたわけではありません。彼らにはある目的があったのです」

 

 そしてルネは指先で宙に文字を書いた。魔力の光で書かれたのは「第一物質」という単語だった。

 ピートには覚えのないものであったし、それは他のメンバーも同じである。全員が同じように疑問の表情を浮かべていた。

 

「聞き慣れないかもしれませんが、かつての錬金術師達が目指していたものですよ。これを得るために錬金術師達は様々な魔力を持ったものを加工し続けてきました。実のところ魔法薬はその副産物でしかありません」」

「錬金術は卑を以て貴へと変ずることの方法論の追求である。一般的な錬金術の本質といえばこれだろう。しかし第一物質は聞いたことがないな」

 

 オリバーの感想にルネは頷く。

 

「長い歴史の中で名前を変えてしまったからです。しかしこの単語は君達も耳にしたことがあるでしょう」

 

 彼が空中の光文字に触れると、それは形を変えて別の文字になった。「賢者の石」へと。

 この言葉には誰しも覚えがあった。錬金術の目標であり、不老不死の霊薬を生み出し、またどのような金属でも黄金に変えてしまう奇跡の石だ。

 

「卑金属を貴金属に変える物質が賢者の石であると言われています。つまりはそのフォークを黄金に変える物質ですね。名前は全く違っていますし、物質の卑しさや貴さは何一つ関係ありませんが、賢者の石の本質は第一物質に関係しています。分かりやすく見せましょうか」

 

 ルネはカティの前にあったフォークを手に取った。途端に彼が触れた部分から鈍い金属の色が黄金の輝きへと変わっていく。

 同席したメンバーは全員がその光景に息を呑んだ。ルネがフォークをテーブルの上に戻すと、それは完全に黄金へと変えられていた。金のフォークである。

 

 オリバーはそれをさっと手に取った。じっと見つめ、杖すら手にして念入りに調べ、諦めたようにミシェーラに手渡した。彼女も同じように徹底して調べ、そしてため息と共に黄金のフォークをテーブルの上に戻す。

 

「間違いありませんわ。確かに純金に変わっています」

「変化の呪文でもない。他の手品の類でもない。いったいどうやっているんだ?」

 

 ルネが再度フォークを手に取ると、それはあっという間に木製のものへと変わった。次は飴でできたものに、その次は石でできたフォークへと素材を自由自在に変えていく。

 そんな変化のたびにオリバーとミシェーラは真剣な眼差しで目の前の事象を理解し、分析しようとするが。

 結局は降参したように前のめりになった体を椅子に深く座らせた。

 

「もっといえば、そのものがあるかないかということも関係ありません」

 

 ルネが視線一つ向けると、二人の目の前にどこから現れたのかフォークが山となって積まれる。彼らはとうとう降参して杖を逆手に持った。

 

「第一物質はこの世の全ての物質の大元です。物質のあらゆる属性はこの第一物質によって決まります。それは黄金も、鉄も、木も。性質に関係なくこの世の全ては第一物質からできているのです。

 例えるなら粘土でしょうか。その形を変えることで属性も変わっていきます。つまり鉄のフォークの形をしていた第一物質をこね直し、黄金のフォークの形をした粘土に変えた。今、私が見せた作業はそれなのです。つまりは第一物質の操作ですね」

 

 そう言って彼がフォークを持つと、それは一瞬で消えた。更に積まれたフォークの上に手を置くと山もまたあっという間になくなる。

 まるで魔法を使った芸であるが、そんな気配は微塵もない。本当にフォークがなくなっていた。

 

「その存在の有無すらも第一物質の範疇です。ないものを、あるものにしているのです。その逆も同じです」

 

 テーブルに置いた手を上げると、そこにはまたフォークの山が現れる。再度山の上に手を置いてテーブルに下ろしていくと、すっとフォークは消えた。

 

 手品のようにしか見えないが、しかしこれは本物だ。種も仕掛けもなく、本当にないものをあるものに変えて、あるものをないものに変えているのである。

 

「・・・・・・これが、錬金術の本質なのか?」

 

 震える声のピートにルネは頷いた。

 

「ええ、そうです。第一物質の獲得と操作を完全なるものの技術と見なした錬金術師達はこれを探し求め、あらゆるものを加工してきたのです。目の前のキノコの中には第一物質があり、それを煮炊きすることで取り出そうとしたわけですね。

 魔法薬はその作業工程で偶然発生したに過ぎません。不思議な薬草やキノコを煮込んだのは決して治療薬を作ろうとしたわけではないのです。第一物質を取り出そうとしていたことを覚えておきましょう。鉄を黄金に変えることすら、第一物質の獲得と操作のためでした。

 これこそ魔法薬の作成の本質なのですよ、Mr.(ミスター)レストン。君もその辺りを意識しながら作業をしてみてはいかがでしょうか。今は様々なことを覚える時期ですのでレシピの丸暗記で構わないと思いますが、変化する材料の中に第一物質を探してみるのもまた一つの勉強です。

 ある過程を経て、どのような変化が起こるのか。手の中にある材料とは何なのか。その先に第一物質がきっとあるはずです。そしてぜひ一緒に第一物質を捕まえましょう。そうすれば暗記をする必要はありません。何故なら、これらをただ操れば良いだけなのですから。このように」

 

 ルネが視線を向けるだけでテーブルの上にはガラス瓶が現れ、その中に魔法薬が満たされていく。材料の加工も何もやっていないにも関わらず、そもそも材料すらないというにも関わらず。難しい作業工程を何もこなさずに目の前に魔法薬が現れた。

 それどころかガラス瓶すら何もないところから出てきたのだ。どこからか呪文で呼び寄せたのではない。何もないところから作り出したのである。

 

「ピート、これを意識しすぎるな。あまりにも桁外れすぎる」

 

 くらくらと眩暈すら起こしているピートを心配してオリバーが言った。魔法使いの常識からしても目の前の出来事はまさに魔法なのだから。

 まして普通人出身のピートには刺激が強すぎる。オリバーはルネに注意した。

 

「ルネもだ。あまりにも高レベルすぎることを要求しないでくれ。ものごとには段階があるんだ」

「だからこそ頂を見せることは重要でしょう。第一物質を頂点としたら、レシピの丸暗記は一番下層ですからね

 Mr.(ミスター)レストン。どうか錬金術をただの暗記科目とは思わないでください。その本質を理解し、取り組みましょう。何か分からないことがありましたら、ぜひとも魔道倶楽部で話し合いましょう。では私はこれで」

 

 そう言ってルネは友人達と別れた。昼食後の授業は錬金術であるのだが、ルネは卒業まであらゆる錬金術の授業や試験を免除されているのだ。ゆえに出席する必要がないのである。

 理由はグレンヴィルの嫉妬であるとのことだが。

 それも無理はないとオリバー達は思った。全く印象が良くない教授ではあるが、こればかりは彼らもグレンヴィルに同情した。

 こんな怪物を教えたくない。そう思った教授の心を今、オリバー達は理解したのである。

 

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