七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第31話~建築~

 魔法に満ちたこの世界においても空を飛ぶのは箒に乗った魔法使いか怪物であると決まっている。しかし、それらは化け物でも魔法使いでもどちらでもなかった。

 東方(エイジア)方面より大英魔法国(イエルグランド)の空へと入ったのはルネが所有する飛行船団である。十三隻の空飛ぶ船だ。

 

 しかし海の上を走る帆船には似ていない。全てが魔法金属で作られており、風を受ける帆やマストは一つもなかった。推進力は風でも風の精霊の恩恵でもなく後部スラスターから得ている。

 この金属の船体を見て、船であると思う人間はこの世界では少数派であろう。見た目は金属製の葉巻のような形だ。葉巻そのもののように丸みを帯びた形ではなく、幾つもの巨大な構造でできている船体であったが、遠目で見るとそのように見えた。

 

 雲の真上を飛行する幾つもの巨大な影はその大きさに見合わない静けさで、また一定の速度を保ちながら目的地へと向かっている。

 まるで大海原を悠々と回遊するクジラのようだ。澄んだ空気の中を飛ぶ巨体を邪魔するものは何もいないのだから。

 ただ生き物であるクジラと違い、この巨体を動かしているのは魔道工学技術の結晶である魔道永久機関から発生した力であるが。

 

 その存在は多くの魔法使いに知られているものの実際に目にした魔法使いは少ない。こうして雲の上を飛んでいることがほとんどだからである。

 もちろんただ空高く飛ぶだけの船ではないし、技術力を持て余したルネの玩具というわけでもない。

 分厚い魔法金属製の装甲や防御障壁に覆われた船体と武装はこの船団が決して平和の団体ではないことを示していた。

 この十三隻の船団だけで一つの国をあっという間に焼き尽くすことすら可能なのだから。もっともこの力は専ら異端(グノーシス)のみに振るわれていたが。

 どれだけ飛行船団による上空からの爆撃が異端(グノーシス)達の支配地域を吹き飛ばしてきたことか。

 

 この世界において、そんな船団が地域ごとに八つ展開されている。どれもが一国の魔法戦力に匹敵するものだ。

 連合国内においても、それほどの戦力を一つの一族が、というよりはルネ=サリヴァーン個人が有することの是非が議論されたことがないわけでもないが、結局は異世界との戦いに備える重要な戦力として重宝されているのが現実である。

 

 そんな戦力の中でも連合(ユニオン)を管轄・拠点とする第二船団は象国(インダス)への移送任務を終えて帰国した。そしてそのままサリヴァーン領からキンバリーへと向かう輸送船と合流して、同じくキンバリーを目指して飛行していたのである。

 船団の中でもっとも大きな飛行船であるリヴァイアサンの船橋にはこの第二船団を指揮する司令官がいた。もちろんルネである。彼の自動人形(オートマトン)だ。

 

 全てが予定通りに進んでいるなかで彼は隣に立つ人造人間(ホムンクルス)の副官から報告を受けていた。肌の露出が一切ない、コートと戦闘服を着用した異形の大男である。

 顔も魔法素材で作ったマスクとヘルメットで隠していた。その防護マスク越しの声ではあるが低めの声音がはっきりと聞こえる。

 

「ご主人様、目的地であるガラテア付近への到着はおおよそ一時間後です。天候も良好、その他問題もなし。ドラゴンフライ型自動人形(オートマトン)による輸送は問題なく可能と思われます」

「分かりました。目的地まではもう少しですが、全船とも警戒を怠らないように」

「了解しました」

 

 連絡担当の人造人間(ホムンクルス)が連絡機で船団の船へルネの指示を届けた。

 彼を含めて船橋には数名の人造人間(ホムンクルス)しかいない。人数が少ないのではなく、少数でも動かせるのがルネの飛行船なのだ。

 船の運用は魔法道具によって自動化されており、事故が発生した場合でも専用の自動人形(オートマトン)が対応する。

 彼らに指示を出すのが船員達の仕事だ。なので帆船などよりもずっと少ない人数で運用ができるのである。 

 

 また四六時中働く必要もない。魔法道具が船の各部また船周囲の環境の調査やその報告を示してくれるため、乗組員達は基本的に指示盤前の椅子に座って魔法道具を眺めるだけで良いのだ。

 だから巨大な船また船団を運営しているにも関わらず船橋はかなり静かだし、それほど動きもない。部屋の中央に表示された光図には一定の速度で移動する船団の様子しか映っていなかった。

 

 自動人形ルネは光図に示される船団の様子を見つめつつ、報告になかった点を思い出したかのように副官に尋ねた。

 

「ところで彼らの様子は?」

 

 自動人形ルネの質問に、彼よりもずっと大柄な体に整った制服を纏った人造人間(ホムンクルス)は答えた。

 

「はい。ひとまず全員がルーナの船内で大人しくしてくれています。まさか象国(インダス)からここまで飛んでくるつもりだったとは思いませんでしたが・・・・・・わざわざ東方(エイジア)辺りまで送り届けに行ったというのに千倍近い数で戻ってくるとは」

 

 母船リヴァイアサンの二マイルほど前を飛ぶ中型飛行船ルーナの中でじっと待っている赤い羽の亜人達を思いながらの返答だ。

 

 そもそも第二船団がわざわざ遠く離れた象国(インダス)まで出向いたのはミリガンが所有していた紅王鳥(ガルダ)を故郷に帰すためだったのだが。

 何故だか帰したはずの紅王鳥(ガルダ)は一族を引き連れて船団を追ってきたのである。魔法使いへの復讐などのためではなくルネに従っていくために。

 リヴァイアサン甲板上で一族全員が、それも大柄な白い羽の長老までもが跪いた時に、この言葉の通じない亜人種達の意思が分かったのである。

 

 跪いたまま動こうとしない彼らにしばし自動人形ルネは悩んだが、結局はこの亜人種達を自身の使い魔として受け入れることにしたのである。

 思いがけない乗船者ではあったが船に問題はない。千体を越える亜人が乗り込んだとしても十分にスペースはあるのだから。

 

 自動人形ルネはいたって穏和に言った。

 

「少し驚きましたが、せっかく彼らが来たいと意思を見せたのです。その心は尊重すべきでしょう」

「亜人達の移民ですね。しかし神の僕である彼らが、まさか故郷を捨てるだなんて」

 

 人造人間(ホムンクルス)である副長にはそういった解放についての感情がない。ルネの錬金術によって創られた時から、創造主たるルネに絶対的な忠誠を誓っているからだ。なのでその口調は実に不思議そうだった。 

 

「彼らの神はとっくの昔に滅んでいますからね。魔法生物学的には一応神獣の眷属という分類ではありますが、その肩書きは古いものなのです。だから神が滅んだ後でもそのまま土地に根差した亜人種の一つとなっていたわけですが、新しい神の発見がここまで大きな反応をもたらすとは考えていませんでした。

 君が思っているように、仕える神に強い忠誠心を持っているのが眷属である亜人種の特徴なのですから。これは魔法生物学、天文学においてとても珍しい事例ですよ。おそらく彼らの神がかなり昔に滅んでいるので棄教がしやすかったのだと思いますが」

 

 ルネは珍しい亜人の行動にあくまで興味深そうにするばかりだ。

 

「しかしこれほどの数をキンバリーに入れてもよろしいのですか?」

「もちろん。何も問題はありません。申請は問題なく通りました。二層の拠点に暮らしてもらうことにします。既に私が準備に取りかかっていますので、船団が到着する頃にはできていることでしょう。私達の暮らす我が家が」

 

 

 

 迷宮第二層「賑わいの森」は巨大樹(イルミンスール)を中震とした巨大な森林地帯である。古代技術により作られた人工の太陽が照らす中で時代や地域を問わず多種多様な魔法植物、魔法生物達が生息していた。

 

 そんな多くの生命の中をルネ本体は歩いていた。第二層の中でも人通りの少ない、第三層への道からもっとも外れた薄暗い森の中だ。

 彼はただ散歩しているわけではない。これからおおよそ一時間後に来る荷物を受け入れるための準備をしているのだ。

 

「この辺りですね」

 

 ルネは立ち止まり、周囲を見渡した。といっても景色は代わり映えしない一面森林地帯だったが、彼にとってはここが満足のいく場所であったらしい。

 広々として、陰鬱とした森の中。ほとんど人が入らないであろう危険地帯。彼が求めるのはそんな場所だったのだ。

 確認するかのように目を閉じて魔力を頼り、周囲の状況を探った。耳を澄まさずとも、目を凝らさずとも分かるのだ。魔力が教えてくれる。葉が揺れ動く音や生息する魔法生物達の動きさえも。

 周囲を漂い、またあらゆるものの中にある魔力を通じて彼は情報を得ているのだ。

 更に広い範囲に力を伸ばしてほんの少しの漏らしもないようにした。誰かを巻き込んでは面倒だからである。

 

 そんなルネの背後に巨大な蜘蛛がゆったりと現れた。木の枝すら揺らさず、草を踏んだ音すら鳴らさず。

 しかし、もちろんルネは彼女の存在に気づいている。彼が頼りにしているのは魔力なのだから。その巨体に満ちる魔力はその存在を宣言しているのである。私はここだ、と。

 その声を感じ取ったルネは目を開き、足音を忍ばせる巨体の方へと振り向いた。

 

 黒い体毛がびっしり生えた大きな体に力強い脚、そして獰猛な牙と感情を見せない複眼。奇襲が失敗しても動揺しているのかいないのか一見すると分からないが、魔力はルネに教えてくれる。明らかにこの巨蜘蛛は驚いていた。

 時に飛竜すら捕食する巨蜘蛛アラゴグ種である。主に森の中や地中に作った巣を住み処にし、糸で作った罠よりもその巨体を活かした狩りで獲物を得る危険な魔法生物だ。

 

 もちろん巨体だけではなく、牙にある猛毒もかなり驚異である。魔力の糸もそうだろう。更に数えきれないほどの子蜘蛛を従えているところもこの魔法生物の驚異度を上げる要因になっていた。

 

 彼女の背後にある森の木々の間や地面の中から顔を覗かせる子蜘蛛達はもちろんルネよりもずっと大きい。トロールよりはるかに巨大である母親の子なのだ。一噛みで殺人を犯せる体格である。

 

 ルネはこの魔法生物達に敬意をもって接した。

 

「ああ、あなた方が婦人(マダム)とその子供達ですね。この辺りを支配している」

 

 微笑みを絶やさずに彼は頭を下げる。この行為を尊敬の表れであると巨蜘蛛が理解できなくてもだ。

 案の定、彼の動きに反応してこの巨蜘蛛は素早く巨大な牙で噛みついたが、そこに既にルネはいなかった。本当なら頭を擂り潰しているはずだったのに。婦人(マダム)の牙は空を噛んだ。

 

 カチカチと牙を鳴らし、腹が膨れないことを感じた婦人(マダム)は攻撃が失敗したことに気づいた。

 

「そう焦らないでください。実は今日は折り入ってお願いをしに来たのです」

 

 ルネの姿はこの巨蜘蛛の背後にある。その声に反応した巨体が動くが、強力な脚の一撃が来る前にまた彼の姿は消えた。

 代わりに吹き飛ばされたのはルネを不意打ちしようとした子蜘蛛である。潜んでいた地下の穴から飛び出そうとしたところに母親の蹴りを受け、そのまま体が砕け散った。

 

 肉片や体液が飛び散っても婦人(マダム)には何の感情もない。卵の時には保護すべきと体が動くが、成長してしまえばどうとも思わなくなるのだ。

 

 ただ手駒が一つ減った。それくらいの感情だった。

 

 ルネはまるで弄ぶかのように何度も瞬間移動を繰り返し、そのたびに素早く動いて反応しようとする巨蜘蛛を観察して楽しんでいる。

 隙を狙って子蜘蛛達も飛びかかるが、彼女らの牙や脚がルネを捕まえることはなかった。何体もの子蜘蛛達が潰されていくが、そんなことよりも婦人(マダム)はちょこまかと動き回る獲物の方に気を取られている。

 

「ふむ、なるほど。あなたと同じアラゴグ種は何度か駆除した経験がありますが、あなたはそのどれらよりも大きくて素早い。流石はキンバリーの魔法生物です。他とは格が違う」

 

 キンバリーを楽しんだルネはややこの蜘蛛達から距離を取ったところに瞬間移動した。

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

 蜘蛛達はカチカチと牙を鳴らし、威嚇音を出す。じわじわと近寄ってきた蜘蛛の群れと共に迫る音だが、ルネはそれらを前にしても微笑みを消さなかった。

 

「実はこの辺りの土地を譲ってほしいのです。ああ、ご安心ください。あなた方の種のサンプルは既に豊富に有していますので特に必要ありません。なので苦しむことはないでしょう。すぐ終わらせます」

 

 アラゴグ種には高い知能があるが、人語を理解するほどではない。当然ルネは目の前の巨蜘蛛が自分の発言を理解していないことを知っていた。

 婦人(マダム)がとっておきの武器である猛毒液を吐き出す前にルネは杖を掲げる。そして珍しく呪文を唱えた。

 

森は薪に 融け出す大地 全て灼熱の内に(フォルティス フランマ マクシーメ)

 

 

 

「おいおい。何だよ、あれ」

「統括・・・・・・じゃないよな」

「ああ、そりゃそうだろ。何であの人があんなところで呪文を使うんだよ」

 

 第二層を巡回していた生徒会の上級生二名は空に立ち上る炎の塔を見つけた。そして戦慄する。

 今、上級生達は第三層への入口間近にいた。にも関わらず巨大樹(イルミンスール)越しですら炎は大きく見えていたのである。

 炎は天井すら焼き尽くさんばかりの高さまで立ち上っていた。その真下にはどれだけの炎熱が広がっているのか。どれだけの被害が出ているのか。

 生徒会所属として彼らには現場に向かう義務があった。炎に目を奪われていたが、思い出したかのように生徒会メンバーとして行動する。

 

「と、とにかく行くぞ! あれだけデカいんだから、他の連中だって見つけてるだろ!」

「了解!」

 

 上級生二人は慌てて走り出し、状況の確認へと向かった。途中仲間達と合流しながら現場に到着する。

 

 その頃には既に炎は消えていたのだが──彼らは目の前の光景を見て言葉が出なかった。

 辺りは獰猛なアラゴグ種の縄張りであり、彼らの毒などの危険な素材が欲しい生徒達以外は滅多に近寄らない場所だったのだ。

 

 なのに今、目の前に広がっているのは一面の焼け野原である。一帯の木々が完全に消え去り、黒ずんだ地面が剥き出しになっていた。

 様々な生命が繁栄している第二層で、ここだけ死が広がっている。主であった婦人(マダム)どころか彼女の子供達の姿すらなかった。

 

 何があったのかはあの炎を見た後なら分かる。焼け焦げた死体すら残らなかったのだ。全てが焼き尽くされたのである。

 

 木々や草花が生える地面と、焼け焦げた地面の境界線上に生徒会メンバーは立ち竦んだ。

 ここから先に進んでも良いのかと。生き物として彼らは動けなくなっていた。この先には間違いなく怪物がいるのだから。

 

「・・・・・・とりあえず、これを出すわね」

 

 一人の上級生が偵察用のゴーレムを取り出した。小鳥型のものだ。手の中で羽ばたき始めたそれを彼女は空へと放り投げた。

 そのまま飛んでいったゴーレムは焼けた地域の様子を広い視野でこの上級生に届ける。

 

 しばらくして、彼女の顔が青ざめた。

 

「杖を重ねて」

 

 そう一言告げると彼女は杖剣をすっと前に突き出した。すぐさまそこに仲間達の杖剣が重ねられる。こうして魔法使い達は情報共有をすることができるのだが。

 

 伝えられた情報に生徒会の面々は女生徒と同じように顔を青くさせた。

 

「また、あいつか」

 

 焼け野原の中央に立っていたのはルネだった。彼は視界の開けた周囲を見渡して満足げである。ルネの周りには視界を遮るものは何もないのだ。木々も巨蜘蛛も。炭化した残骸すら残らず、何もなかった。

 近くにいたはずの婦人(マダム)やその子供達は死体すら残ることなく焼き消されたのである。

 ルネは自然も多くの命も奪ったことなんて関心もなさげで、黒い地面の上を楽しそうに歩いているだけだった。

 

「あのバカ野郎が。生徒ごと消し飛ばすつもりだったのか?」「こんなの被害者がいたって分からないわよ」

 

 生徒会は魔法生物に関心のある人権派ではないので巨蜘蛛達の死に対して感情的にはならないが、あれだけの炎熱に生徒達が巻き込まれていないかどうかは心配だった。

 

 もちろんそんな事故は起きていない。無意味に人的被害を出すことにルネは関心がないからだ。そうならないようにとルネは魔力による調査をしたのである。しかしそのことを知らない生徒会の上級生達は怒り心頭であった。

 

 この中では最年長である男子の上級生は決断する。

 

「よし。ひとまず統括に報告に行く奴と、あいつを捕まえに行く奴に分かれよう」

「じゃ、俺はあれを捕まえる方に」「あたしも」「ホッチ達の敵を取ってやろうぜ」

 

 戦闘に長けた血気盛んなメンバーは早速名乗りを上げ、そうでもないメンバーは迷宮外を目指して走り出した。

 

「で、どうやる?」「数で押すしかないでしょ」

「待って。何かやるつもりよ、あいつ」

 

 そう捕縛チームが動き出そうとした時、偵察ゴーレムを操っていた女生徒が声を上げた。ゴーレムから伝えられた映像でルネが杖を掲げるのが見えたからだ。

 

 そして彼女が忠告した次の瞬間、大きな地響きが第二層に響く。今まで迷宮内にいて感じたことがない大きな揺れだった。

 

「全員集まれ! 防御陣形!」

「おいおい、何の地震だよ!?」

 

 魔力を集中させ、領域魔法の要領で足場を確保した生徒会メンバーはいったん行動を止め、再度集合して状況の把握に努める。

 

 が、しかし。目の前で起こった出来事は彼らの常識を覆すものだった。

 

 焼け野原は砕け、黒焦げた地面の下から山地が現れたのである。次々と岩山が地面を突き破り、天井めがけて大きくなっていった。

 

「・・・・・・嘘、でしょ」

 

 ゴーレムの映像を頭の中で解析していた女生徒は絶句する。小型ゴーレムの荒い映像をどうにか処理し、頭の中で綺麗に見えるように整えたのだ。

 だからルネが何をしたのか分かった。変形呪文である。「変じ象れ(ディフォルマティオ)」と口にしたのだ。

 そう、たった一節の呪文だ。

 

 その結果がこれである。焼けた大地が岩山となっていった。

 

 杖剣を重ね、同じ映像を見た生徒会メンバーはゴーレムを操っていた上級生と同じように言葉を失う。

 

 優れた魔法使いの呪文は地形や環境すら変えてしまう。しかしそれらはあくまで例えであり、呪文の威力で周囲を破壊する規模を示しているに過ぎない。

 

 しかし、目の前のこれはどうだろうか。あっという間にできあがった山岳地帯に生徒会の上級生達は動くことができなかった。まさに環境を一変させた呪文の力に。

 

 小鳥型のゴーレムは岩山の間を縫うように飛んで、どうにかしてルネを見つけた。山々の中心にある盆地に彼は立っていた。

 そしてまた生徒会の上級生達の常識を越えた行動をする。

 

 彼は自身のこめかみに杖先を当て、そこから何か白い光の糸のようなものを取り出したのだ。

 それを目の前に放ると、どういう原理なのか石造りの大きな城が現れたのである。城塞だ。山地の中に突如として召喚されたとしか思えないような光景だった。

 

 岩山に囲まれた堅牢な城である。山の中に高い建築技術をもってして建てたかのように不自然さはない。しかしどちらもこの数分で現れたものである。

 もはや感想すら口に出てこなかったが、しかし現実である。対処はしないといけない。

 

 その詳細を見ようと女生徒は偵察ゴーレムをルネに近づけようとしたが、途端に映像が途切れた。

 一瞬の雑音の後に何も見れなくなる。強い音と乱れた視界による頭痛に耐えつつ、合わせた杖剣を離した上級生達は目の前の景色に意識を戻した。

 

「攻撃、か?」

 

 そして冷静に状況を分析し始める。動きを止めるのはこれで終わりである、という意思を込めて。

 それに乗ったメンバーは次々に話し出す。まずゴーレムを操っていた上級生が報告する。

 

「いえ、壊された感じはないわ。ただ魔力波が届かなくなったみたい。多分、結界に遮断されたんだと思う」

「山作った次は結界ってか。何がしたいんだ、あいつは」

 

 見上げれば険しい山々がそびえ立っていた。ちょっと前は鬱蒼とした森であったというのに。広範囲にわたって岩山が広がっていた。

 その詳細を知ることはできない。先ほどの城もこの山々の中央付近にあるのだ。外からは全く様子が伺えないし、偵察しようにも先ほどの二の舞になるのは明らかだった。

 岩山はうっすらと霧がかかっているように見える。きっとあれが結界なのだろう。

 

 ルネの目的が上級生は苛立った様子を隠さずに言った。

 

「分からないのか。キンバリー生お決まりの縄張りを作りやがったんだよ。ったく、リヴァーモアだって何年もかけて作ったんだぞ。それをたった数分でか」

 

 彼が言うように生徒が迷宮内に自分好みの空間を作るのは珍しいことではない。そもそも第一層の各所にある工房がそうであるし、そんな狭い部屋を飛び越えて迷宮の一角を占領する生徒もいることはいるのだ。

 

 が、こんなに短期間で作るとは。キンバリーの歴史上、最速の築城であることは間違いない。

 

 それもただの一夜城ではないのだ。ただ自分の領域を主張するような簡易的な拠点ではないのである。

 なにせ岩山という天然の要塞に加え、呪文の達人が施した結界すら展開されているのだ。

 特に結界はどんな効果があるか分かったものではない。ゴーレムの無効化だけが効果であるとは生徒会メンバーの誰もが思っていなかった。

 

 そんな不可思議さに加え、山々の大きさが上級生達にすら圧力をかける。まさに未知の山が目の前にそびえ立っているのだ。ぴりぴりと来る圧力にどうにか彼らは耐えていた。

 

 しばし圧力の中で立ったままだったが、リーダー格の上級生がようやく口を開いて方針を伝える。

 

「──と、とにかく今の装備と人数で中にはいるのは賢明じゃない。いったん全員退くぞ」

「あ、ああ。了解」

 

 血気盛んな生徒会メンバーも未知の領域に何の備えもなしに入るほど頭に血が上っているわけではない。とりあえず彼らは一度迷宮から出て、すぐさま生徒会本部へと報告に走った。

 

 

 

 迷宮内で工房を構える際に特に学校側からの許可は必要ない。もちろん取っても構わないが、それが何らかの保証になるというわけではないのが迷宮という環境であり、キンバリーの校風なのである。

 ゆえにルネが迷宮の一角を改造したことも学校側は問題視していなかった。生徒会もそれを問題にしようとはしていない。

 仮に第三層への行き来を妨害するような位置に作れば生徒達の移動の自由を侵害したとして問題だったかもしれないが、彼が山地を作り出したのは次の階層への道からずっと外れた場所である。だとしたらキンバリーは何も言わなかった。

 

 もし気に入らないなら生徒達自身で破壊しろ。ここはそういう学校であった。そして生徒会はそれを実行した。

 報告を受けたゴッドフレイはただちにメンバーを召集し調査班を編成。現地へ向かわせた。

 

 生徒会はこれまで数多くの生徒達の工房や領域に踏み込んできた。ただ暴力で打ち破ってきたわけではない。その功績には事前の綿密な調査が役立っていた。

 工房に入るにはどうすれば良いのか、壁の材質や結界の性質などなど。事前に知っておかなければならない情報は山ほどあるのだ。

 

 それらをかき集めていたのが生徒会の調査班である。潜入用の装備を整えた彼らはルネの領域の調査のために岩山の中へと進んでいったのだが。

 結果としては散々なもので、何度挑戦しても入ったところへ戻ってきてしまった。侵入に最適な場所であると結界破り専門の上級生が判断した場所であっても、入ってしばらく進んだと思ったら入口に戻っていたのである。

 

 どういう魔法が使われているのか。その分析すらできなかった。彼の領域は調査班が用意したどんな魔法道具でも検知できなかったのである。

 

「こ、こんなのあり得ません。魔法は使われているはずなんですよ。なのに何にも分からないだなんて」

 

 魔法道具の不具合のせいだろうかと分解、チェックを何度やっても結果は同じ。魔法道具に問題はないし、結果は「魔法の痕跡なし」である。

 

「私にはもう何もできません。だって、この子がそう言っているんです。でも絶対に何かの魔法でここを守っているはずなんです」

 

 調査を担当する生徒会の上級生は頭を抱えた。愛用の魔法道具が何もないと判断したのならそうだとしか彼女には言えなかったのだ。

 

 しかし現実は目の前には魔法的防御で守られた場所がある。

 

 魔法道具頼りでダメなら、魔法使いとしての自分の感覚を頼ろうと調査担当の上級生達は杖を手に山地に入ったり、山に杖を向けたりとしてみたが、結果は魔法道具と同じだった。

 

 何もない。ただの岩山であって、それ以上の何ものでもない。魔法使いとしてはその結論しか出なかった。ただやはり山に立ち入った上級生達は全員がいつの間にか、本人達の自覚なく入った場所へと戻っている。

 

「・・・・・・となると、私の技術では尻尾すら掴めないほどの精度の呪文で守っているってことなの? そんな馬鹿な。あり得ない」

 

 彼らはそんなの認められないと思いつつ、ぶつぶつとそう呟くばかりだった。

 

 どれだけ挑戦しても結果は同じ。この場所がどういったものなのかの分析もできないし、潜入調査なんてもっての他である。

 生徒会から派遣されたメンバーは調査を諦め、撤退を選んだ。持ち帰る情報もないことは彼らのプライドを大きく傷つけたが、そうするしかなかったのである。

 

 そんな生徒会の敗北の様子をルネはいちいち見ていたわけではないが、彼らが諦めて帰っていくところだけはしっかりと見た。

 岩山の一つ、そのてっぺんに腰かけて撤退する生徒会メンバー達の様子を眺めていたのである。

 

 彼の手には最初に上級生が放った小鳥型のゴーレムが乗っている。それを錬金術的干渉によって砂に変え、無言で呼び寄せた風に乗せて空高く飛ばした。

 砂は散り散りになって消えていく。その様子を眺める彼の顔は罪悪感に満ちていた。せっかく来てくれたのに何の歓迎もせずに帰らせることに申し訳なさを感じていたのだ。

 

 しかし、少なくとも今は絶対に誰にも領域内に入ってきてほしくなかった。ルネは振り返って城の様子を見つめる。

 そこでは数多くの自動人形(オートマトン)人造人間(ホムンクルス)達が荷物の運び込み作業を行っていた。家具や魔法の研究用の設備だ。大型のものから小さなものまで、大勢で一気に運んでいた。

 

 そう、今は引っ越し作業の真っ只中なのだ。だから万全の体制ではなく、今はどうしても来客を迎えることはできないのである。彼らの相手よりも引っ越しの方が優先順位が高く、そちらに集中したかったのだ。

 

「また後日お越しください。その時はちゃんと歓迎させていただきますので」

 

 申し訳なさそうに先輩の背にそう声をかけた。彼の不吉な発言は生徒会のメンバーには聞こえていない。ルネはもちろん魔力によって声を彼らに届けることもできたが、ただの独り言であるのでそうしなかったのだ。

 

 彼は決意を込めて立ち上がった。

 そうだ、次に来た時はちゃんと撃退しよう。魔法使いとして彼らと向き合うのだ。あらゆる手段をもってして彼らを打ち倒して、流血、怪我を負わせて引き下がらせよう。

 

 それが魔法使いとして、後輩としての役目であるとルネは信じていた。心の奥底からである。

 だから、その時まで待っていてください。そんな気持ちを込めて手を振り、上級生達が帰っていくのを見送った。

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