七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

32 / 64
第32話~飛来~

 ルネ本体が迷宮内で自身の領域を作っていた頃。第二船団は音もなく雲の下へと降り、緩やかに減速しながらガラテア市街から少し外れた上空へと停泊した。

 空から現れたこの巨大な船団は街の大勢の目に留まり、彼らはみな空を見上げている。ほとんどの反応は驚きだった。

 もっとも街の真上に落ちてきたらガラテアが全滅しかねないほどの大きさの飛行船を見れば、おそらく誰もが同じような顔をするだろうが。

 

「初めて見たぜ。あれがサリヴァーンの御曹司の船団か・・・・・・にしても、なんて大きさなんだ」

「しっかし、ありゃ異端狩り(グノーシスハンター)に協力してる船だろ。何でガラテアに?」

 

 ただ市民は驚いてはいるものの、未知のものに対する恐怖というよりは船団について知識があるからこその驚きだった。

 あれは世界中を駆け巡る空飛ぶ船団だ、ずっと空高く飛んでいて滅多に人前には現れないはずだ、そんな知識が市民達の口から言葉として漏れ出てくる。

 

 もしここがただの普通人の街であれば、船団が現れた瞬間に異界からの侵略や怪物の襲来と勘違いされて大パニックとなるだろうが、ガラテアはそんなただの街とは違っていた。

 

 この街はキンバリーから西に山二つの距離にある魔法都市である。人口の八割は魔法を使えない普通人であるが、キンバリーの最寄りということもあり魔法文化とは密接な環境にあるのだ。

 生活の中には何かしら魔法が関わってくるのである。それは魔法使いの客であったり、扱っている魔法道具の商品であったり。

 ゆえに彼らは魔法文化に慣れているのだ。魔法使いが生んだ不可思議なものは彼らの毎日なのだから。

 

 ガラテア市民は魔法についてそれらがどういったものなのか理解することはないものの、見聞きしたり扱ったりすることはよくあることだし、暴れん坊キンバリーの影響でそう滅多な魔法現象では驚かない。

 ある意味、ガラテア市民の自慢だった。魔法使いが何をやらかしても平然と一日を過ごすことができるのは我々くらいであると、そんな自負があったのである。

 

 そう言うガラテア市民達でさえ、飛行船団に関してはただただ見上げるばかりだった。

 都市の真上ではなく、少し離れた上空に停止している船団だが、それでもなおはっきりと分かる大きさは目を見張るものがあった。その巨体が空を飛んでいるという奇跡にも。

 

 

 

 船団の大きさはキンバリーから見てもはっきりと分かった。

 多くの生徒達が窓から身を乗り出したり、箒に乗って空から眺めたりと、物珍しげに慣れ親しんだ街の近くに現れた飛行船団を見物している。

 

 生徒だけではなく教授達も学校近くにやってきた珍客に関心を寄せていた。

 特に魔道工学部教授エンリコ=フォルギェーリは教授室の窓から停泊中の船団を嬉しそうに眺めている。手には棒つきキャンディーが握られており、それをぺろぺろと舐めながら愛弟子の作品群を鑑賞していた。

 

「最も小型であるバスカヴィルでも全長九千九百フィート、大型のリヴァイアサンに至っては全長六万三千フィート。

 キャハハ。まったく、これではワタシの『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』がまるで玩具ですねェ。あの全長と質量で飛行可能とは──相変わらず見事なものですよ、Mr.(ミスター)サリヴァーン」

 

 そう振り返り、同室していたルネに語りかける。本体ではなく自動人形ルネだが、彼は生身と変わらぬ丁寧な調子で微笑む。

 

「ありがとうございます先生。しかし、これからはもっと驚いていただけるでしょう」

 

 エンリコは机の上に置かれた資料に目を通す。タイトルは「キンバリー鉄道計画書」と銘打ってあった。

 ルネはずっと以前から温めていた計画を説明する。

 

「許可をいただけましたら、半年以内にガラテア近くに拠点を作ります。そこは鉄道によって世界各地と繋がり、陸路を用いた物資の大量輸送の基地となるのです。

 拠点からキンバリーまでは馬車型の自動人形(オートマトン)、または飛行型の自動人形(オートマトン)を用いる予定です。どちらにしても従来の絨毯(カーペット)便よりも早く、大量の配達が可能となります。

 今後は先生方の研究材料などの入手はより多く、円滑に行えることでしょう」

 

 世界中に張り巡らされたサリヴァーン商会の物流機能はキンバリーにも好影響を与えるだろうという予測が資料に示されていた。

 その根幹をなしているのは魔道工学である。ガラテア近くの空に停泊している飛行船団もそうであるし、鉄道にも、海を走る船にも魔道工学の技術が用いられていた。

 

 彼らはどのような運搬用の魔法生物よりもずっと高品質だ。疲れ知らずであり、頑丈でもある。

 人工霊体によって生物に劣らない魔力運用・維持を可能とした自動人形(オートマトン)、莫大な魔力を無限に生成する魔道永久機関を搭載した巨大な飛行船は従来の魔道工学では考えられない産物だ。

 

 その成果の一つとして「荷物の運搬には魔法生物を利用する」という現代の常識を破壊した。それが愛弟子によるものであることをエンリコはけたたましく喜んだ。

 

「キャハハハハ! 素ン晴らしい! これぞ魔道工学の未来でしょう! 世界中の人々がいずれ君の技術の恩恵を受けるはず! その未来を担う愛弟子を持って、ワタシはとても嬉しいですよ!」

 

 室内に響く大声で笑い、爛々と輝く目でルネを見つめた。その言葉に嘘はなく、自らが掲げる学問の未来の担い手を心の底から愛している様子だった。

 そんな愛弟子の相談をエンリコは快く引き受ける。

 

「許可については任せなさい。校長にはワタシから進言しておきましょう。すぐにでも君の計画は進むはずです。いえ、すぐにでも始めるべきでしょう!」

「ありがとうございますフォルギェーリ先生」

 

 ルネは丁寧に頭を下げた。エンリコが弟子を愛するように、ルネもこの教授を敬愛していたのだから。

 この二人の間には深い魔道工学的繋がりがあるのだ。頭を上げたルネは早々に話題を進めた。

 

「では先生、予定通り第一物質操作機と女神(デア)の試作心臓部も到着しますので続きは工房にてお話ししましょう」

「ああ、そうでした。君の錬金術的成果である第一物質操作機と、君の霊体、呪術と魔道工学の技術がコラボレーションした傑作ですね。どちらもとても楽しみですよ! では行きましょうか」

「はい、先生」 

 

 師弟は親しげに迷宮へと向かった。その光景を魔道工学科の専門研究生や助手達は羨ましそうに見つめている。

 彼らは分かっていたのだ。エンリコの次は自分達ではなくルネなのだと。

 そして窓の外を眺めた。現実逃避ではない。そこには確かに現実があったのだ。自分達では決して作り出せない傑作達が。

 

 

 

 第二船団母船リヴァイアサンにて、司令である自動人形ルネは船橋中央に表示される光図を見つめていた。魔力光によって宙に映し出された映像には周囲の正確な地図と地図上の船団の位置が表示されている。

 

 現在位置からキンバリーまでは船団の速度なら数分程度で到着した。が、彼らはこれ以上キンバリーに近づかない。そういう決まりになっているからである。

 キンバリーに敵意を向けない、向けていると思われないようにするためにも、船団は決められた停泊位置やルールを忠実に守っていたのだ。

 ただ飛んでいる姿だけで大勢の生徒達や一部の教師達に威圧感を与えていたが。

 

 光図はキンバリーの様子を捉え、その光景を拡大して表示してくれる。大勢の生徒達が船団を見開いた目で眺めているのが分かった。

 同級生、上級生達のぽかんとした表情に微笑みつつ、自動人形ルネは指示を出した。

 

「時間になりました。私達が校庭で待っていますので全機輸送を始めてください」

「了解。アウロラへ伝達。ドラゴンフライ、全機発進。全機発進」

 

 応答した人造人間(ホムンクルス)の部下はただちに輸送船へ連絡する。

 そして命令を受けた輸送船アウロラの甲板が開き、中からトンボのような形をした大型の自動人形(オートマトン)達が飛び立った。六十フィートほどの長さがあり、その脚は自身と同じくらいの大きさの箱を抱えている。

 

 魔力光の羽を細かく振動させながら、その巨体と大荷物に似合わない高速でキンバリーへと一直線に向かっていった。並みの箒よりもずっと速い。あっという間に校舎に到着する。

 

 目的地は複数ある校庭の内の一つだ。広めのスペースがあり、植木などの障害物が少ない場所である。主に箒の練習に使われているが、今はルネが独占していた。大勢の自動人形(オートマトン)人造生命(ホムンクルス)を従えて。

 並んでいる自動人形(オートマトン)は人型のものから大型多脚のものまで多種多様だった。

 人造人間(ホムンクルス)は総じて人型であるが、中には亜人種を見紛うほどの巨体を持つ者もいる。全員がコートと戦闘服、そして防護マスクとヘルメットで素顔どころか素肌すら見えない。

 

 飛んでくるドラゴンフライを確認した大柄の人造人間(ホムンクルス)が防護マスク越しの間延びした声で報告する。

 

「旦那ー。第一便が到着しましたよー」

「では始めましょうか」

「「「「了解」」」」

 

 ルネの号令のもと、彼の創造物達はてきぱきと仕事を始めた。指定位置に移動し、トンボ型自動人形(オートマトン)が荷物を下ろすのを声がけしながら待つ。

 

「オーライ、オーライ、オーライ」

 

 降下してくるドラゴンフライは風をほとんど起こさずに静かだった。また指定した場所に正確に箱を下ろしている。

 人造人間(ホムンクルス)達のかけ声に対して鬱陶しそうに体を揺らしつつも、作業は完璧だった。彼らは仕事を終えると、降下の時と同じく静かに素早く上昇して輸送船へと帰っていく。

 

「おーし、ついたぞー。みんな運べよー」

「「「「へーい」」」」

 

 ルネの指示に応えた時とは打って変わって気の抜けた様子で人造人間(ホムンクルス)は働くが、動きは素早く正確だ。

 下ろされた大型の箱に群がったルネの部下達は中に格納された荷物を確認すると、立ち止まって考えることもなく目的地へと向かった。

 

 箱の中身はルネの荷物だけではなく、教授陣が注文した商品もあった。一人で運べる小さな手荷物から、大勢で運ぶ巨大な収容器まで幅広い。

 人造人間(ホムンクルス)が担いで持っていくこともあれば、運搬用の荷車型の自動人形(オートマトン)が持っていくこともあった。

 

 そんな風にひっきりなしにドラゴンフライが運んでくる荷物をてきぱきと受け入れていく。自動人形(オートマトン)人造人間(ホムンクルス)も荷物を抱え、いそいそと校舎を何度も出入りした。

 ドラゴンフライも輸送船に戻っては再度大型の箱を抱え、校舎を目指す。空いた箱を帰りに輸送船へ戻し、また新しい箱を運んだ。

 

 そうしておおよそ数十分ほどで全ての荷物がキンバリーへと運ばれ、それぞれの依頼主のところまで届けられた。

 校庭に残されたのはルネが二層の居城で使うものだけである。彼の部下は改めてそれらを背負うと、ルネ本体が開いた転移門を通って一気に二層の城へとぞろぞろと向かった。

 

 また彼の新しい仲間達もこの時に飛び立つよう指示が出る。飛行船ルーナの下部格納庫から赤い翼の亜人種、紅王鳥(ガルダ)達が飛び立った。

 

 輸送を終えたドラゴンフライ達とすれ違うようにキンバリーに到着した彼らは約千人全員がルネ本体に案内され、転移門を通って二層へと向かう。

 

 

 

 これらの光景はキンバリーの午後の一幕だった。ただの昼休みに起こった出来事である。

 迷宮第二層での築城騒ぎは生徒会のみが現状知っていたが、校舎における飛行船団の出現、空飛ぶ自動人形(オートマトン)による運搬、そして紅王鳥(ガルダ)達の登場は多くの生徒達が目撃した。

 

 キンバリー生はただそれらを見つめていたのである。いったい何が起きているのか理解していない穏やかな目で。

 

 ほんの一時間もしない間に起きた出来事の情報量に頭がついていっていないのだ。

 街を覆ってしまうほどの大きさの空飛ぶ船に、どういう原理で飛んでいるのか分からない自動人形(オートマトン)、危険な魔法生物として知られる紅王鳥(ガルダ)の群れ。

 

 何度の頭の中でそれらがやってくる光景が反芻されるが、そのたびに頭が理解を拒む。まして一国の軍事行動かのような出来事がたった一人の生徒によるものだなんて、誰も理解したくないだろう。

 

 それはルネと親交のあるカティや、その友人であるオリバー達も同じだった。彼らは食堂の窓からこの出来事を目撃していた。

 騒ぎ出した同級生達と同じように外を見てみれば、巨大な飛行船に空飛ぶ自動人形(オートマトン)の大群に紅王鳥(ガルダ)の群れである。

 いったい何が起きたのかと硬直してしまった。

 しかし、カティの隣で彼女の予習を手伝っていた自動人形ルネの声でようやく動き出す。彼は窓の外を見て動かなくなった友人達を不思議そうに見つめつつ、カティに声をかけた。

 

「おや、Ms.(ミズ)アールト。ペンが止まっていますよ?」

「え、あ。うん。ごめんね・・・・・・じゃなくて!」

 

 バンっとテーブルに手をつき、ルネをじっと見つめる。いつも通り微笑みを浮かべ、何も動じていないこの同級生を。

 

 カティは何も知らされていなかったが、もしやと思って尋ねた。

 

「ねえ、ルネ。もしかしてあれってルネがやってるの?」

 

 そして窓の外を指差した。飛行船団は仕事を終え、既に移動を始めている。滑らかな動きで方向転換すると雲の上へと消えていった。

 

 ルネは彼女が指す先も見ずに答える。何が聞きたいのかはすぐに分かったからだ。

 

「ええ、そうですよ。先生方の荷物もありますが、ほとんどが私達がこれから使うであろう物です。注文していた分がようやく全部揃いましたので一度に持ってきました」

「・・・・・・あれ、何だったの?」

「第二船団のことでしょうか。私が連合内に展開している二つの飛行船団の内の一つですよ。

 今日は私達の輸送船の護衛を頼みました。ちょっと大袈裟だったかもしれませんが、大切な荷物ですから。何かあっては大変です。特に私は異端(グノーシス)達に嫌われていますしね」

 

 そう真面目に答えつつも、最後に誇らしそうに言った。

 

「まあ、私の傑作をみなさんに自慢したかったという気持ちもないことはないのですが」

「絶対それが目的だよね。でなきゃあんな凄い空飛ぶ船? なんて呼ばないよね」

 

 カティが呆れ顔で言ったことはこの場の全員の見解でもある。護衛にしてももう少し小規模にだってできたはずなのだ。

 なのにあの大規模の護衛にしたのは、それを見せたかったという気持ち以外の何ものでもなかった。

 

 ルネという少年は非公開の高度な魔法を幾つも抱える稀代の魔法使いであり、そのような秘密主義を掲げつつも見せたがりの一面もあるようで、時たま自分の高い技術力を自慢するように使うことがあった。

 今日のもそれなのだろうとカティ達は思った。

 

「しかし、あれが第二船団か。一昨年に靴国(ユタリ)南部で起こった異端(グノーシス)達の騒動を鎮圧した」

「搭載した魔法兵器で都市そのものを吹き飛ばす形で、ですわね」

 

 オリバーとミシェーラは新聞記事で読んだ内容を思い出しながら呟いた。その声を拾ったルネは頷きながら答える。

 

「ええ、その通りです。その第二船団ですよ。当時動いていた異端狩り(グノーシスハンター)の方々の火力だけではどうしようもない事態に陥っていましたので、急遽参戦させていただきました。

 何せ占領された都市の大規模結界を撃ち抜かなくてはならなかったのですから。しかしリヴァイアサンの主砲であれば簡単です。この薄いパンをナイフが貫くように結界施設を破壊し、ついでに都市も砲撃、爆撃させてもらいました。彼らの焼き討ちでは一晩かかるところを一時間で全部終わらせたのです。

 もちろん残党狩りもしっかりやりましたよ。攻撃型自動人形(オートマトン)達が生き残りを徹底的に探し出し、駆除しました。私はどんな仕事でもしっかり最後までやり遂げる性分なのです」

 

 そんな風に楽しげに事件について語っているが、オリバーとミシェーラは新聞記事に載った凄惨な写真を思い出していた。

 つい昨日まで美しい歴史ある街があったはずなのに、たった数時間で更地になってしまった光景を。瓦礫の山どころか剥き出しになった地面と大穴しか残らなかった様子を写真と記事は伝えていた。

 

 新聞はそのことを否定的に表現しているのではなくむしろ「お手柄」などと称賛していたが、少なくともオリバーはそのように褒め称える気にはなれなかったらしい。今も恐ろしいものを見るようにルネを見つめていた。

 彼が持っている破壊力に加え、人間相手に「駆除」などと表現する彼の感性に。

 

 黙っている二人に対して、黙っていないのはガイだった。胸を張って自慢げなルネに彼は呆れたように言った。 

 

「そりゃ良かったな。壊すだけ壊して。お前は得意だもんな」

 

 明らかに以前の迷宮内の事件に関連させて言っているが、ルネは単なる指摘であると思ったらしい。ガイの個人的な感情は特に意に介した様子もなく答えた。

  

「いえいえMr.(ミスター)グリーンウッド。私が異端狩り(グノーシスハンター)と違うところは破壊だけではなく再生にも能力があるところなのです。

 実は新聞は言ってくれなかったのですが、事件後にサリヴァーンで街の再建事業に取り組みまして。破壊した一ヶ月後には跡地から見事に最新式の都市に生まれ変わりました。今ではかつての人口も取り戻し、経済もサリヴァーンの支援で成功し活発になっています。

 以前の歴史しかないような古い街ではなく、誰も飢えを知らないパラダイスになったのです。とっても素晴らしいですよね」

 

 その独善的な言いように流石のガイも黙ってしまう。ルネとしては褒められると思っていたようで沈んだ空気に意外そうな目をした。

 そこで一つ咳払いをして、話題を変える。

 

「──とにかく。第二層の拠点に荷物は運びました。おおよそ必要なものは集めましたので、後は都度メンバーの必要なものを再注文する形になるでしょう。Ms.(ミズ)アールトも確認をお願いしますね。そのうえで新しく必要なものがあるようでしたらリストに纏めて提出してください」

「りょーかい」

 

 そうカティに話しかけたが、聞き捨てならない発言にオリバーは反応した。

 

「拠点? いったいいつの間に二層に拠点なんて作ったんだ?」

 

 ルネは時計を確認して答えた。

 

「一時間と四十分前ですね」

 

 そして杖を振り、テーブルの上に霧を呼び出す。そこに第二層の光景が映し出された。森の中に現れた山岳地帯の様子である。その中にある城塞も映し出した。

 

「ここが不死鳥の団の拠点になる夜明けの城です。私達の前線基地ですね。この城を拠点とし、私達は魔道へと果敢に挑んでいくのです」

 

 両手を握り締め、これからの未来への挑戦や希望にルネは目を輝かせる。相変わらずのその前向きな姿勢に否定も肯定もできなかったメンバーだが、夜明けの城の方には関心があった。視線を彼から霧に映された映像に戻す。

 

 映っていたのは華美な装飾はほとんどない武骨な石造りの城塞である。前線基地とルネが表現したように戦場に建つ要塞だからである。頑丈さが一目で分かった。

 もちろん学問への挑戦という意味でもあり、きっと他の生徒達との戦いに備えているという意味もあるのだろう。

 

「ほう。山に城を作られたか。これで一城の主というわけにござるな」

「いや、それだけじゃない。山の方も作ったな?」

 

 呑気なナナオの感想にオリバーが付け加えた。

 

「俺もまだ自分で見たことはないが、二層にこんな岩山はなかったはずだ。あそこは森林地帯だからな」

 

 ルネは頷いて答えた。

 

「素晴らしい。しっかりと予習をされているのですね。君の言う通り、あそこは元々薄暗い森でした。そこを焼き払った後に岩山を作ったのです」

 

 再度彼が杖を振ると、空へと上る炎とその後に焦げた地面から突き破ってくる岩山の光景が霧の中に映し出される。ちなみにカティに気を遣ったのか、蜘蛛達が焼き尽くされる光景は一つも見せなかった。

 オリバー達はこの光景を目撃した生徒会の上級生達と似たような表情を浮かべた。子供が木の玩具で城を作るかのような感覚であれほどの大規模の環境を変えてしまうだなんて。

 

「これで場所はできました。後は人を集めていくだけです」

 

 ルネはにこにこと微笑みを絶やさなかった。そう、全ては自分の仲間達のためであり魔道のためなのだから。

 これからきっと楽しくなる。そんな期待を抱かない時はなかったのだ。

 

 

 

 そして、ルネが集会を開いてから三週間が経過した。

 魔道倶楽部の始動、ガラテア上空に現れた飛行船団事件などが過ぎ、キンバリー内の話題は一つに集中していた。

 不死鳥の団についてである。

 

 この新たな派閥の動向についてはキンバリー内の既存の派閥の多くが関心を寄せていた。

 新入生ながら校内の要注意人物扱いされるルネ=サリヴァーンが率いる集団である。期待、警戒などの違いはあるが、とにかく注目を集めていた。

 生徒達の安全を守る生徒会はもちろんのこと、旧生徒会派閥やその他のグループも誰が入団するかなどの調査を徹底的に進めていたのだが。

 

 しかし、どれも空振りに終わっている。端的に現状を表しているのは学内新聞の記事だ。

 ゴシップ誌を表明している新聞などはあからさまに憶測を書き並べて紙面を埋めているが、その他の新聞には全く不死鳥の団に関する記事が出ないのである。

 

 つまり新聞部の記者達もまともな情報を手に入れられていないということだ。時に魔法を使ってでも情報を仕入れる校内腕利きのジャーナリスト達が打つ手なしの状況に追い込まれていた。

 

 これはオリバー=ホーンが統率する組織でも同じことだった。

 彼は今、迷宮第一層にて従兄(あに)であるグウィン=シャーウッドの工房にいる。ソファに腰かけ、グウィンとテーブル越しに向かい合って諜報活動の結果である報告書を眺めていたわけだが。

 

「ふむ」

「これは・・・・・・」

 

 二人は幾つもの資料に目を通しているのだが、そこに書かれているのは共通して「不明」という文字のみである。

 同志達は諜報力に関しても屈指の人材が揃っているはずなのだ。オリバーはまだ出会っていないものの、従兄(あに)の話ではそうだった。

 そんな実力者をもってしても「不明」以外の報告をさせないとは。

 大柄で寡黙なグウィンは腕を組み、唸った。彼がここまで困惑しているところはそう見ない。

 しかし、それもしかたがないか。オリバーも同じように腕を組みながら思った。

 

 想像以上にルネ相手の情報収集が上手くいっていないのだ。

 彼が今後どのような活動をするにしても、間違いなくキンバリー側に与するのは確実なのである。そんな人物が長となる集団なら事前に情報は欲しいし、自陣営の人材を一人か二人でも送り込みたいところなのだ。

 

 これは他の派閥でも同じ考えであり、そして同じようにしくじっているわけだった。

 グウィンは組んだ腕を解いて、嘆息混じりにルネを称賛する。

 

「流石はかのサリヴァーンといったところか。徹底した情報管理だ」

 

 詳細不明、不明、不明と同じ内容を繰り返す資料をテーブルの上に放り、彼はソファに深く座り直した。天を仰がないだけましだろうかと思いつつ、オリバーは尋ねる。

 

従兄(にいさん)、同志達の潜入については?」

 

 外から情報を仕入れられないなら内部に入り込んでの調査は、というオリバーの問いにグウィンは即答した。

 

「それもダメだった」

 

 そう言いながらテーブル上の不要な資料を整理し、丁寧に重ねるとテーブルの端に移す。

 

「なるべくあれが好みそうな人物を集めたつもりだったんだが、接触後に入団の誘いを誰も受けていない。集めた情報からすると、そもそも勧誘活動をしているのかどうかすら分からんな」

「じゃあスパイについては」

 

 首を横に振り、グウィンは従弟(おとうと)に告げた。

 

「諦めた方が良さそうだ。必要以上に接触を重ねるとこちらのことを悟られるリスクもある」

「・・・・・・確かに。彼にはそれだけの頭がある。残念だけど、情報収集も潜入も諦めよう」

 

 そう結論づけると、どちらともなく息を吐く。相手の能力に対する呆れであり、ある意味賛辞でもあるのかもしれない。魔法使いである自分達が溜め息を出すことしかできないだなんて。

 

 オリバーもテーブルの上の資料を片付けながら言った。

 

「本当に、恐ろしい相手と交流を持ってしまったよ」

 

 そう感想を漏らすと、グウィンはじっとオリバーを見つめる。

 

「確かに。だがそれは武器にもなり得るだろう。あれと繋がっておくのは悪いことではない。かなりのトラブルメーカーではあるだろうが、サリヴァーンを通じて今後は様々な情報が入ってくるかもしれん。

 それに奴が開いている勉強会もだ。お前はこれからどうしても実力を身につけなければならないのだからな。その時にはサリヴァーンの指導が役立つだろう」

 

 冷たい物言い。あくまで彼は現実的に物事を見ていた。ルネがどう自分達に役立つのか、という魔法使い的な視点をグウィンは既に確立しているのだから。

 しかし、やはりオリバーはどうにもルネのあの態度が苦手であった。穏和で優しそうなのに、どうしても魔法使いであるというところが。

 

「だと良いけど。あれも魔法使いだからね。どれだけこっちを信頼しているのやら。今のところ俺が不死鳥の団で知っているのはカティ達が入団することくらいだよ」

 

 何気なくオリバーはそう言ったつもりだったのだが、ふとグウィンを見て彼は違和感を覚えた。

 それまで平然と会話していたはずの目の前の従兄(あに)が、突然戸惑ったように視線を彷徨わせ始めたからだ。じっと自分を見据えていた目が泳いでいる。

 

「・・・・・・従兄(にい)さん?」

 

 そうオリバーが声をかけると、はっとした様子でグウィンは答えた。

 

「あ、ああ。すまない。ノル、何か言ったか?」

「いや。不死鳥の団にカティ達が入る、と・・・・・・」

 

 ここまで口にして、オリバーは再度グウィンが見せた反応に硬直する。また彼は戸惑った様子で従弟(おとうと)を見つめているのだ。眉を顰め、じっと。妙なものを発見したかのように。

 

 こんな様子のグウィンをオリバーは見たことがなかった。むしろ彼の方が困惑していた。

 

「グウィン従兄(にい)さん、大丈夫?」

「む・・・・・・いや・・・・・・すまない、ノル。お前が何を言っているのかが分からないんだ」

「分からない? 何がなの?」

「何のことを話しているのかだ。いや、そもそも何を言っているのかが分からない。お前の言葉が頭に入ってこないし、考えも纏まらない。いったいこれはどうしたんだ」

 

 思考が、瞳がどろりと蕩けるようにグウィンの声と口調が不安定になっていく。貧血でもおこしているかのように言葉が鈍くなり、目線が揺れる。

 そして一瞬ぼんやりと熱っぽい表情になった後、彼はふと言った。

 

「──俺達は何の話をしていたんだ? ああ、そうか。どの魔人を討つのかという話だったな」

 

 唐突に言い出したことにオリバーは慌てて修正を加える。

 

「いや、違うよ従兄(にい)さん。サリヴァーンと不死鳥の団についての話だよ」

 

 そしてソファから立ち上がると、グウィンの顔を覗き込みながら言った。

 

「彼の派閥にカティ達が入るという話をしていたんだ」

 

 そう口にした瞬間、再びグウィンの表情が変わった。困ったような顔である。苦笑すら浮かぶ。

 それは少なくとも自分が知っている従兄(あに)の顔ではない。

 

 これは何かの魔法が働いているに違いない。

 

 絶句し、硬直したグウィンに魔法的な介入の存在を悟ったオリバーは、すぐに隣の部屋にいる従姉(あね)シャノン=シャーウッドを呼びに走った。

 

 彼女は隣室でお茶の用意をしていた。楽しそうに、ゆったりとカップにお茶を注いでいたところにオリバーがばたんと強く扉を開けたため、悲鳴を上げそうになりながらもシャノンは従弟(おとうと)に振り返る。

 

「え、どうした、の?」

 

 その焦った表情と心から、彼女はすぐにティーポットをテーブルに置いた。オリバーは心底無力さを覚えながらも

 

「こっちに来て、従姉(ねえ)さん! グウィン従兄(にい)さんの様子がおかしいんだ!」

 

 そう聞くと、シャノンも急いで兄のところへと駆け寄った。

 

「シャノンか。どうした?」

 

 落ち着いた様子でソファに腰かけているグウィンは普段通りに妹に声をかける。その表情をじっとシャノンは見つめた。

 彼女は兄から何かを見出だしたのだが、それをどう言葉にして良いのか分からない様子だった。指先を唇に当て、考え込む。

 

 そして、ようやく口を開いた。

 

「今は、ないけど。何か、頭にもやが、かかっていたみたい」

「もや?」

 

 シャノンはそうとしか表現できなかったらしい。こくりと小さく頷いた。

 

「それが、考えを邪魔してる。何の、話をしていたの?」

「不死鳥の団にカティが入るという話を」

 

 そうオリバーが説明しようとした途端、シャノンの表情が変わった。グウィンと同じ戸惑いが強く浮かび始めたのである。

 が、兄と違ってシャノンは戦っていた。頭痛に耐えるように額に手を当て、ぶつぶつと呪文を呟くが。

 がくりと姿勢が崩れてしまう。オリバーは反射的に彼女の肩を支えた。

 

従姉(ねえ)さん!?」

「ごめん、ね。ノル。何か、が。考えを。邪魔している、みたい」

 

 どうにかして言葉を出したシャノンだったが、とうとう頭痛に耐えかねて屈んでしまう。ふらついた細い体をオリバーが支え、そのまま自分が座っていたソファまで連れていった。

 縋るようにソファの背もたれに手を置き、苦悶の表情を浮かべたシャノン。彼女は苦しげにぶつぶつと何かを呟いている。

 

 オリバーが口元に耳を近づけると、辛うじて聞こえる声でシャノンは言った。

 

「だめ・・・・・・防げない・・・・・・頭の中に、霧がかかるの。それとも、これは海なの?」

 

 そう苦しげに口走った直後、彼女の表情はいつもの優しげなものに戻る。そしてきょとんとした顔で、心配した様子の従弟(おとうと)に尋ねる。

 

「・・・・・・? 何の、話をしていたの?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。