七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第38話~グレンヴィルの死~

 グレンヴィル失踪の謎を探るためにもルネは占いに頼った。

 

 占術という魔法分野はどうしても未来に関する分野が注目されがちだが、これから何が起こるのかという予測だけがこの魔法の本質ではない。

 大いなる魔道の枢機に触れれば確かに世界の先の姿を垣間見ることができた。しかし魔道の枢機は過去、現在、そして未来に通じる巨大な流れのようなものである。

 

 つまりそれに触れることができるのであれば分かるようになるのは未来だけではないのだ。現在に何が起こっているのか、または過去に何が起きたのかさえ分かるようになる。

 

 従って現在にいながら過去の光景を見出すのは不可能ではない。そしてルネ=サリヴァーンは既にそれを行っていた。入学式のパレードでカティに呪文を使った生徒を見つけ出す際に使ったものである。

 

 同じ魔法をグレンヴィルの捜索にも使えば良いわけである。

 ただし、カティの時よりは手間がかかった。あの時は当日の朝の場面まで戻れば良いだけであったし、どの場所の時間軸を遡れば良いのかも分かっていた。

 

 グレンヴィルの場合は違う。そもそも四ヶ月以上前まで遡らないといけないし、その時にグレンヴィルがどこにいたのかも探らなければならない。

 彼と深い繋がりがあればそれを頼りに時間軸を探すこともできたのだが。生憎ルネとグレンヴィルの間には頼りになるほどの繋がりがなかった。

 

 となると適当に目星をつけながら時間と場所を探る旅に出るしかない。

 ゆえにルネは自室の椅子に腰かけ、目を閉じて集中していた。水晶玉も香もいらない。彼は自らの集中力のみでずっと魔道の枢機と触れ合う。ダリウス=グレンヴィルの最後の姿を見つけるまで、過去の校舎を探し回った。

 

 ──そして見つけた。グレンヴィルの姿だ。今から一三四日前の真夜中に校舎から迷宮へと入っていくところをようやく見つけた。その日を境に彼はいなくなっている。

 

 やはり迷宮内で何かがあったらしい。迷宮に入る姿を見た限りではそれほど重装備ではなく、軽い散策にでも出かける程度の様子だったが。

 

 ルネは一度魔道の枢機から離れた。安楽椅子探偵をするのはここまでで、これからは現場を駆けずり回ることになるからだ。

 

 目を開き、椅子から立ち上がる。グレンヴィルがいつ迷宮に入ったのかは分かった。糸口は掴んだのである。後はその先を辿っていくだけだ。

 

 自室を出たルネは一三四日前にグレンヴィルが利用した迷宮の入り口から同じように迷宮第一層へと侵入した。時刻は偶然にもその時と同じ深夜だ。

 

 通路の左右を確認した限りでは人通りはない。

 しかし迷宮内で生徒が活発になるのは主に夜中である。あまりこの作業を他人に見られたくないルネは魔力を頼って他の生徒の有無を探った。

 

 ……誰もいない。しかし念には念を入れ、自身の姿と行動を隠すよう魔法を使った。すらりと抜いた杖の先を宙に向けて何度か振る。魔法の守りがルネを覆った。

 これで誰にも見つからず、聞かれもしない。この隠形なら例え対面したとしても相手が気づかなくなる。確かに目で見て、聞いていても意識から外れるのだ。

 

 これで秘密裏に探れる。そのうえでルネは呪文を唱えた。

 

その場へ遡り(レヴェールテレ) 明らかにせよ(レヴェラーレ)

 

 杖の先に迷宮に入ったばかりのグレンヴィルの透明な姿が現れる。これから消息不明になるとは思えない、いつも通りの無愛想な魔法使いの全身像だ。

 

 過去のグレンヴィルは迷宮を進んでいく。行き先は自身の工房だろうか。しかし教師の工房が多い下層へ向かう様子はなく一層をしばらく歩いていた。

 

 通路を進み、少し開けた場所に出たと思うとグレンヴィルは立ち止まった。懐中時計で時刻を見た後、腕を組んでその場から動かなくなる。待ち合わせをしているのだろうか。

 

 そう思っているとすぐに誰かが現れたようだ。グレンヴィルがその人物が来た方へ反応を示した。また別の通路の方に顔を向けている。

 誰だろうか。当時のグレンヴィルの姿のみ見えるようにしているため、その他の人物の姿は魔法の範囲外となって見えない。

 なら範囲を広げれば良いだけである。ルネは再度呪文を唱えた。

 

明らかにせよ(レヴェラーレ)

 

 グレンヴィルの視線の先に杖を向け、彼と待ち合わせていた人物の姿を浮かび上がらせる。

 そして、その場に現れたのは。

 

「──Mr.(ミスター)ホーン」

 

 オリバー、だった。思ってもいなかった人物の登場にルネはより好奇心を刺激させられた。

 

 ……いや、まだだ。しかしルネは先走っている自分に気づき冷静さを取り戻した。

 

 失踪当日に会っていたというだけで、彼が何かをしたという証拠はまだないのだから。賢いオリバーがこのことを言わないのは何かしら疑われると分かっているからだろう。

 

 答えはこの先にある。まだグレンヴィルは無事なのだから。

 この段階で結論に飛びつくべきではない。ルネは歩き出した二人の透明な姿を追っていった。

 

 迷宮内を進む二人の間に会話はまったくない。先導するグレンヴィルとその背を追うオリバー。オリバーの緊張した面持ちはどういった感情のものであるのか。そもそもこの夜にどういった目的で二人は会っていたのか。 

 

 そういえばグレンヴィルは弟子の勧誘が早いことで知られていたのをルネは思い出す。

 オリバーは器用な魔法使いだ。想像力にはやや欠けるが適切な魔法薬を作る能力はあった。手早く、まさに教科書通りの作業をする。

 魔道倶楽部でピートを指導した際に同席したオリバーの調合を何度か見たが、そんな印象をルネは抱いていた。

 授業で彼の調合を見たグレンヴィルも同じ感想を抱いたのかもしれない。

 

 となると弟子の勧誘だろうか。助手かもしれない。それとも部下だろうか。

 グレンヴィルが直接指導する生徒をどう呼んでいるのか知らないが、彼を含めた錬金術師は器用な魔法使いに自身の研究を手伝わせることが多かった。錬金術の研究には素材や設備の丁寧な下準備や複雑で面倒な作業が幾つもあるからだ。器用な魔法使い向き、つまりオリバー向きである。

 

 が、ちゃんと彼らを指導するかについてはその錬金術師の資質によって違った。弟子や助手と呼びつつ使用人のようにこき使うだけの錬金術師もいれば、研究の傍らちゃんと自らの知識や技術を伝え教え導く錬金術師もいるからだ。

 グレンヴィルがどちらなのかルネは知らなかった。噂だと前者寄りだが、噂は噂だ。

 

 彼の性格は魔法使いの中でもあまり良い方ではないが実力は折り紙つきである。待遇などは二の次で、とにかく錬金術の学びの場を得たい学生は彼の弟子や助手を希望するのだろう。

 知識は欲しいが、噂通りなら嫌だという学生はそもそもグレンヴィルに近寄らない。慎重な性格のオリバーは近寄らない方だと思っていたので、こうしてグレンヴィルの後ろをついて歩いている光景は想像ができなかった。

 夜の散策にオリバーから誘ったわけではないだろうし、グレンヴィルの誘いを断り切れなかったのだろうか。

 ──それともやはりオリバーにも目的があるのか。

 

『君達の入学直前に魔に呑まれた生徒がいた。これから向かうのは、その工房だ』

 

 ああ、あの話か。ルネは以前にあったできごとを思い出した。キンバリーの迷宮内で発生した小規模の門の発生だ。

 

 そういえばあの門が発生したのはちょうどこの頃だった。そして報告書には教師が処理に行くと書かれていた。

 どうやらグレンヴィルが向かったようだ。

 

 いや、違う。あの後に届いた報告書には別の教師の名前が記載されていた。天文学科教授のデメトリオ=アリステイディスである。

 彼が処理のために工房に到着した時には既に工房そのものが消滅していたと報告していた。門を作った術式が暴走したのだろうと。

 

 となると別件だろうか。いや、しかし他に魔に呑まれた生徒がいただろうか。ルネがそう思案する中でもグレンヴィルは話し続けた。

 

『目的は言うまでもなく、その生徒が遺した研究成果の収集と保存。たいていは他の生徒達が済ませるのだが、あまりにも危険が大きい場合は教員が出向くこともある。今回はそのケースだ。なにぶん優秀な生徒だったものでな』

 

 そこで話を区切るとグレンヴィルは足を止めた。オリバーも立ち止まる。

 

 二人の目の前にあるのは迷宮の壁だった。そこが教師用の通路の入り口であるのにルネはすぐに気がつく。深層や下層へ行ける近道だ。

 

 グレンヴィルは壁に杖を向け、呪文を唱えた。それで当日の壁は入り口を開いたのだろう。ルネも再度呪文を唱えた。

 それで当夜の壁の光景が見えるようになる。グレンヴィルの呪文で壁が消え、その奥に通じる階段が見えた。二人はそこを降りていく。

 

 ルネも彼らに続いた。壁に杖を向けて通路の入り口を開く。教師の秘密の通り道を開くことくらい彼には簡単にできた。

 それに今のルネは自身の姿と行動を強力な魔法で隠しているので、階段への入り口を開けたこともそこを通っていることも誰にも気づかれない。記録にも残らなかった。

 

 そうして幾つか隠し道を通っていくと深層域にまで到達した。迷宮の濃い魔力が通路に満ちている。ルネはそんな環境の変化も気にせず二人を追った。

 

 長い通路の突き当りでグレンヴィルは止まる。そこには扉があった。オリバーも彼に合わせ立ち止まった。

 

『ここだ』

 

 どうやら目的地に到着したらしい。杖剣を抜いたグレンヴィルが呪文を唱えると扉が開く。

 

『入った後は、入り口から一歩も動くな』

 

 そこでルネは一度過去の光景を呼び出すのを止めた。二人の透明な姿や周囲の様子が消える。

 

 改めてルネは現状を見つめた。当夜、二人はここにあった工房へと入っていったようだ。

 

 しかし、今その工房はもうない。現在のルネの目の前にグレンヴィル達が入っていった扉はなかった。迷宮の壁があるばかりだ。

 魔に呑まれた学生の工房が消えていたからである。かつて工房があった空間は消滅し、ただの壁になっていた。

 

 やはりアリステイディス教授の報告書にあった工房のように思える。場所も、状況もそうとしか思えなかった。

 ルネは黎明城(カスットゥルム アウローラ)に保存されている報告書を正確に読み直した。

 

 グレンヴィル関係のことは特に書いてない。

 

 アリステイディス教授が到着後に工房が消滅しているのを確認。周囲を捜索したが、やはり完全に消滅していた。

 報告書には天球儀が観測した門の状態も併記していた。それによると門の消失時刻は今見ていた過去の光景からおおよそ十分後だ。

 

 教授は門の自然消滅と共に工房も崩壊したのだろうと結論づけてあった。

 ルネもその結論に同意する。過去の姿を見ていなければ、異界の研究者として同じ意見を持っただろう。

 術者が消えて放置されていれば門を開いたままにする魔法が自然消滅することはあり得たし、その術式が崩壊する際の余波によって工房も破壊されることは十分に考えられた。

 

 既に迷宮の恒常性(ホメオスタシス)が働いて、工房があった形跡すら修復された状況ではそう結論づけるしかなかったのだろう。

 

 しかし、ルネ=サリヴァーンは違う。彼は過去を覗き見ることができるのだから。

 

 ルネは呪文を唱え、かつてあった入り口から最後に誰が出てきたのか、その姿を確認する。時間を進めた状態でこの日の夜の光景を再度呼び出した。

 

 ぴたりと閉じた扉がゆっくりと開き、中からわらわらと透明な姿の見知らぬ生徒達が出てきた。工房内には別の入り口があったのか、それとも隠れていたのか。二十名近い生徒達が出てきた。

 そして最後にはオリバーの姿が。それまで緊張していた彼とは違い、冷たい決意に満ちた顔になっていた。

 そしていっこうにグレンヴィルは出てこない。どうやらここが彼の最期の場所になったようだ。

 

かつてあった場所よ(レヴェールテレ) 再び現れよ(レパラーレ)」 

 

 ルネはその時の光景を再現すべく消滅した工房を呪文で蘇らせた。迷宮の壁が穿たれ、奥へ奥へと空間が作られる。そこにその夜まであった工房が再建されていった。

 

 ただし完璧に再現されているわけではない。あくまで場所だけだ。当日あったであろう魔に呑まれた生徒の遺物なども再現して余計なトラブルまでも蘇らせるつもりはなかったからである。

 

 ルネは再建した工房の中に入り、その奥に進んだ。そしてまたオリバーとグレンヴィルの姿を呼び出した。

 錬金術学科教授の最期の瞬間を見届けるために。

 

 

 

 工房に入ったグレンヴィルは門から出てきた魔獣達を一蹴した後に魔法陣の一部を消して門を閉じていた。天球儀が観測した通りの時間だ。

 オリバーはその様子をグレンヴィルの背後から見ているだけだった。

 

『これで門は閉じた。後は工房内に残された成果物を収集して終わり、か。面倒な仕事を押しつけられたものだ。

 君も好きに動いて構わんが、注意したまえよ。触れたら即死する呪具の類はままある』

 

 グレンヴィルはオリバーにそう言うと自身も室内の探索を始める。鬱陶しそうに床に転がった魔獣達の死骸を蹴り飛ばしながら。

 

 オリバーはその動作を静かに観察しながら彼の背に話しかけた。

 

『ひとつお尋ねしても?』

『許す。何だ?』

 

 作業の手を休めずにグレンヴィルは発言を促す。オリバーは尋ねた。

 

『先生はどうしてミリガン先輩の支援をされていたので? あなたは亜人種の地位向上には興味がないはずです』

『……Mr.(ミスター)サリヴァーン。あの忌々しい賢者は、そのことについて君に何も言わなかったのかね? あれと友人なのだろう?』

 

 グレンヴィルは意味もなく足元の魔獣の死骸を踏みにじる。

 

『人もどきの地位向上には確かに関心がない。そのような愚行に興味を持つつもりはない。

 だが私には悲願がある。それは人類から愚かしさを駆逐することだ』

『霊性の獲得、ですか?』

 

 オリバーの発言を聞いてきょとんとしたグレンヴィルだが、すぐさま大笑いした。

 

『ふ、ハハハハハ! なるほど。君はあれを嫌っていると思っていたが、あの賢者に随分と影響を受けているようだな! 

 しかし、霊性! 霊性ときたか!』

 

 沈黙するオリバーの前でグレンヴィルはしばし笑い続けたが、ぴたりとそれを止めると大きなため息を吐いた。

 

『あれらしい古い言い回しだが間違ってはいない。不愉快だがね。私が目指すのは人間の知性に手を加えることだ。

 君も知っているだろう。人間社会はずっと昔から一分の賢者と九割九分の間抜けで構成されてきたと。教育で猿を人並みにできたとしてもそれ以上はいかない。まさに馬鹿共につける薬はないわけだ。錬金術師をもってしてもだ。

 その原則を変えるには人間の知性そのものを変えなければならない。それこそ錬金術の実践。非を以って貴へと変じる、というわけだ。あれ風にいえば獣性を捨て霊性を得て完全に近づく、か』

『つまり、亜人種の知性化を人間に応用しようと?』

『ああ、そうだ。しかしそれすらあの賢者に先を越されそうだ』

 

 グレンヴィルはじろりとオリバーを見つめた。

 

『君の友人が入っている不死鳥の団とやら。君はあの賢者が団員に行っている継承という行為を知っているかね?』

『今日、その友人がちょうどそれを受けたと聞きました』

『そうか。それは良かった。きっとその友人は己を高めることができるだろう。あの賢者の能力を受け継いだのだから。

 ……そこまで知っているのなら君にも分かるだろう。あの継承は私が考えていたプランの一つだと。一分である賢者の力を九割九分の猿共に与え、そいつらを賢者に高めるのだ。……私が人もどきをかき集めていた頃に、あれはもうその技術を開発していたのだ。

 ──ああ、鬱陶しい!』

 

 怒りのままグレンヴィルは魔獣の首を蹴り上げる。外れた魔獣の頭が壁に当たり、ぐしゃりと潰れた。

 それだけでは足りずに次々と死体を踏みしだき、蹴っていく。四方に魔獣の手足や頭が飛び散り、既に散々な状態だった工房内は更に汚れていった。

 

 オリバーは狂乱するグレンヴィルに声をかけない。癇癪に呆れているわけでも、絶句しているわけでもなかった。

 口元に笑みを浮かべ、ただ懐かしいものを見るような目をしていた。そんな視線も気にせずグレンヴィルは叫び続ける。

 

『どこまであれは私を愚弄するのだ! たったあの年齢で! どうしてあれほど優れている! どうして私の先を行く! 私は馬鹿ではない! 私とて賢者だ! この杖の下に衆愚を導くべくして生まれてきた!』

 

 苛立ちをぶつける死体がなくなると今度は力強い床を踏み締めた。ぎりぎりと脚や膝を砕かんばかりに力を込め、それをふっと戻す。

 

『……ハァッ……ハァ』

 

 切れた息を戻しつつ、乱れた髪も直した。そしてオリバーに向き直る。

 

『失礼。ここまで苛立ったのは何年ぶりだろうか』

 

 どうにか落ち着いた様子を生徒に見せるが、オリバーは彼へ失望も軽蔑もせずにいつも通りの穏やかな目を向けていた。 

 

『お気になさらず。俺もルネの才能を前にするたびに地団太を踏みたくなりますから』

 

 話に乗ってきたオリバーにグレンヴィルはにやりと笑みを見せる。

 

『だろうな。君も自覚がある通り、今の君では一生を賭けてもあれには届かない。君は何でもそつなくこなす代わりに突出したものがない、大成しない魔法使いの典型だ。だが見込みはある。我が才覚をもってすればあの賢者に近づくことはできるだろう。そして、いずれあいつを蹴落とすこととてできるはずだ』

『というと?』

『分からない振りはするな。あのまま君の友人がMr.(ミスター)サリヴァーンの下にいればどうなるか。まず魔に呑まれるだろう。彼は守るどころか煽るはずだ。魔道への執着は人一倍だからな。

 君は友人が大切だろう? Mr.(ミスター)サリヴァーンの手から救いたいとは思わないかね?』

 

 オリバーは答えなかった。が、その表情からグレンヴィルは答えを察したのだろう。彼は話を続けた。

 

『ならば私に師事したまえ。その間も君はMr.(ミスター)サリヴァーンとの関係は保っておくのだ。そしていずれあの賢者を高みから落としてやろうではないか』

『つまり俺にルネのスパイをしろと? いつか裏切らせるために。あなたから指導を受けながら』

『そうだ。君は実力をつけつつ将来的には友人を救える。そして私は彼を倒せる。良い話だと思うがね』

『……考えておきます。ところでもう一つお話をよろしいでしょうか。まったく関係のないことではないですから』

『言ってみろ』

 

 この場での承諾を取りつけるつもりはなかったのか、グレンヴィルはオリバーが話を打ち切ったことを気にしなかった。

 オリバーを背に工房内の捜索に戻ろうとしたグレンヴィルに彼は尋ねた。

 

『先生が苛立ったのはもしかして()()()()()()()()()()()()()()振りなのではありませんか?

 そして俺に裏切らせようとしている。あの日、お前達があの人を殺した時のように』 

『──貴様、何を知っている?』

 

 振り返ったグレンヴィルの目の前には杖剣の柄に手をかけたオリバーが。咄嗟に彼も杖剣に手を伸ばす。

 同時に今の状況を悟った。迷宮の奥深くで二人きりという現状を。

 

『……そうか。それが目的だったか。忌々しい。あの女の縁者が未だいるとは』

『俺達のこれはお前もよく知っている形だろう。好きに抜け、ダリウス=グレンヴィル。あの時のように師範(マスター)ガーランドは入ってこないぞ』

『大きな口はそれきりにしておけ。これが終われば君は激痛呪文と自白呪文に晒されるのだ。私を不快にすれば、その分だけ手心がなくなるぞ』

 

 グレンヴィルの脅し文句にオリバーは笑った。怒り狂ったグレンヴィルを見た時と同じように、懐かしいものを見たような優しい表情になる。

 

 しかし吐いた言葉は優しさとは縁遠いものだった。

 

『ありがとう。変わらずにいてくれて。七年前のあの夜のまま、俺が憎み続けたダリウス=グレンヴィルでいてくれて。

 さあ、好きに抜け。グレンヴィル』

 

 グレンヴィルの目に怒りの魔力が灯った。ルネに抱いたのと同じ、激しい憤怒が彼の体を駆け巡り、魔力を高める後押しになる。

 

『人間らしく死ねると思うなよ、貴様』

 

 そして互いに抜杖し──決着した。グレンヴィルの右手が杖剣と共に床に落ちていったのだ。

 オリバーが勝ったのである。遥か格上である教師相手に、新入生であるオリバーが。

 

「今、何か……」

 

 ルネは杖を掲げ、過去の光景を一度止めた。彼が杖先を回すと落ちたグレンヴィルの右手が元の位置に戻っていく。二人の立ち位置も戻り、柄に手をかけたところで止まった。

 掲げた杖を小さく振ると止まっていた二人が動き出す。

 

『ありがとう。変わらずにいてくれて。七年前のあの夜のまま、俺が憎み続けたダリウス=グレンヴィルでいてくれて。

 さあ、好きに抜け。グレンヴィル』

『人間らしく死ねると思うなよ、貴様』

 

 そしてグレンヴィルの右手が再び落とされた。ルネは再び杖を掲げる。グレンヴィルの右手は床に落ちるすれすれで止まった。

 

 ルネは気づく。この勝利には過程が見当たらないと。

 オリバーとグレンヴィルは互いに杖剣を抜き、迫った。そして次の瞬間にはグレンヴィルの手が斬り落とされていた。

 

 どれだけ素早い一閃であったとしても、オリバーの杖剣の動きがあるはずなのに。オリバーは杖剣を抜いた次の瞬間に勝っていた。

 

「やはり何かしましたね」

 

 細工を見て取ったルネは魔道の枢機に触れる。この時、この場の魔力を感じ取るために。

 

 間違いなくオリバーは何かしらの魔法を使ったのだ。

 しかし過去の光景をただ呼び起こすだけではその正体を掴めなかった。なので当時の状況を魔力から調べるために過去を遡ったのである。

 

 魔道の枢機を通り、二人の決着がついた瞬間を感じ取った。オリバーが杖剣を抜き放った次の場面である。抜き放たれた杖剣が一つの交わりもせずに一瞬の決着をもたらしたところだ。

 

 そしてその瞬間、ルネは視界に捉えた。世界が置き換わった瞬間を。ページを捲るかのようにグレンヴィルの右手が落ちる場面へと切り替わったのだ。

 

「見えた。なるほど、そうでしたか。これが噂に聞く第四魔剣『奈落を渡る糸(アングスタヴィア)』ですか。

 私と同じく魔道の枢機に触れ、自身が勝利する結果のみを引き寄せたのですね」

 

 ルネは納得した。グレンヴィルは必殺の魔剣でやられたのだと。

 

 魔剣。それは魔法剣の中で語られる必殺の業。一足一杖の間合いより放たれれば最後、絶対に相手を斬り伏せる一撃である。まさに必殺技だ。

 原理はおおよそ二種類。とてつもない魔力を用いた防ぎようのない一撃か複雑なトリックを用いた初見殺しか。

 

 ルネも六つある魔剣の内一つを使えるが他の魔剣については名称を多少知っている程度だった。第四魔剣『奈落を渡る糸(アングスタヴィア)』もそうである。

 名前からどういった技術であるかの想像はしていたが実物を見るのは初めてだ。何故ならこの使い手であったクロエ=ハルフォードは何年も前に亡くなっているのだから。

 

 しかし、今見て分かった。これは魔剣だ。そしてその仕組みも理解した。魔道の枢機に触れ、自分が勝利する未来という結果だけを現在に呼び寄せているのだ。

 

 未来は多岐にわたる。占術の一般的な未来の解釈だ。定まった硬い未来があるのではなく複数の柔らかい未来があり、私達は分岐を通って様々な未来を進んでいるのだと。

 

 この魔剣はその無数の未来から一つを選び取り、結果としていた。つまり勝った未来を現在に当てはめ、勝ったことにしているわけだ。

 

 まさに魔剣。ちょっとでも勝てる可能性があれば良いわけである。

 

 魔道の枢機から離れると、ルネは止めていた光景を再び動かし始めた。

 

 右手を失ったことに呆然とするグレンヴィル。そこにオリバーの麻痺呪文が放たれた。

 

 そうして地面に倒れ伏したグレンヴィルを見下ろすオリバーだが、その全身からは夥しい出血が。両目、鼻、耳、皮膚も裂けて血が流れていた。

 ルネは再度状況を止め、オリバーの様子をよく観察する。ぐるぐると彼の全身を眺め、診察した。

 

 結果、明らかな魔法による過負荷の症状だった。魔道の枢機に触れたは良いものの、その激流に体が耐えられていないのだ。この状態で同じ魔剣をあと二回も使えば体が破裂してしまうだろう。

 

「おやおや、第四魔剣の術式に体がついていっていないようですね。辛うじて習得した、か」

 

 どういった経緯でオリバーはこの魔剣を得たのか。それを話してくれると良いのだが。そうでないと、と思いながらルネはグレンヴィル最期の瞬間を進めていく。

 

 倒れたグレンヴィルがどうにか首を動かし、オリバーを見上げて震える唇で叫んだ。

 

『なぜだ……なぜだッ! 喪われたはずだ、その魔剣は! 七年前の夜、あの女の命と共に!』

『あなた達が母から奪ったものがあり、奪いきれなかったものがある。それが答えです』

『貴様、あの女の……』

『見えないでしょう。似ていないと自分でも思います。

 ──でも、むしろそれで良い。この顔に、もし万分の一でも母の面影があったなら。

 ──これから自分が行う真似を、俺はとても許容できなかっただろうから』

 

 オリバーはふと思いついた様子でグレンヴィルに言った。

 

『激痛呪文はあなたの十八番ですから当然ご存じでしょうね。これは自分が知っている痛みしか再現できない。記憶から苦痛をすくい取り、相手に与えると』

 

 かつかつとグレンヴィルの前まで歩み寄り、膝を突いて彼の顔を覗き込む。そして言い放った。

 

『だから、どうか安心してください。七年前のあの夜、あなたが母に与えた一二八通りの苦痛はこの身で一つ残らず追体験してあります。ただの一つも手落ちはありません』

 

 そこからオリバーはグレンヴィルへ激痛呪文による拷問を始めた。 

 どうやら彼はこの呪文に対する対抗策を身につけていなかったらしい。または痛みに苦しまないようにするための訓練も積んでいなかったか。

 

 最初は強気に反抗していたグレンヴィルだったが、数度の激痛呪文であっさりと弱音を吐き始めた。普段の傲慢な態度をかなぐり捨てた命乞いじみた言葉も口から飛び出す。

 

 それら全てをオリバーは『残念(ノン)』と切り捨てていく。 

 

 そして激痛呪文が五七回に達した時。ただただ痛みに怯えるグレンヴィルは、弱々しい声で懇願した。

 

『……終わ、らせて……くれ……』

 

 その声を聞いたオリバーは、虚無の表情を浮かべた。期待外れとでもいうのか、憑き物が落ちたというか。

 そんな顔に似合った空虚な声で応じる。

 

『…………了解(イエス)

 

 そしてグレンヴィルの首筋に杖剣を当てると。ことりとその首を落とした。

 ダリウス=グレンヴィルはここに生涯を終えたわけである。何歳だったのだろうか。三十代前半か、後半か。

 

 まあ、それはそれとして。

 

 ルネはこの光景を止めた。目から正気も命も失ったグレンヴィルの頭を見下ろし、そしてそれをなしたオリバーの顔を見比べる。

 彼から達成感というものは感じられなかった。先ほどまでの激情が嘘のようだった。

 

 母親を殺されたであろうに。そして、それが第四魔剣の使い手であったクロエ=ハルフォードなのだろう。

 先ほどからの会話から導き出されたものだ。そしてこれはその復讐劇なのだと。グレンヴィル教授こそかの天才魔女クロエ=ハルフォードを殺した下手人だったか。

 

 ルネは改めて血濡れのオリバーを見つめた。

 

 母親が使い手だから彼も第四魔剣を使える、というわけではないはずだった。魔剣は血に乗らないのだから。

 そもそもオリバーは一度の使用ですら重傷を負っている。この魔剣に体も能力も向いていないのだ。でなければここまで強い反動はないはずである。

 

 となると努力で習得したわけでもないはず。一度の使用でボロボロになるオリバーは本来であればどれだけ努力しても、少なくともこの年齢では魔剣に到達できないからだ。

 

 なら何かしらの助けがあったことになる。それが肝のようにルネには思えた。

 

 ルネは杖を掲げ、その先を回し場面を戻した。 

 

『あなた達が母から奪ったものがあり、奪いきれなかったものがある。それが答えです』

『あなた達が母から奪ったものがあり、奪いきれなかったものがある。それが答えです』

『あなた達が母から奪ったものがあり、奪いきれなかったものがある。それが答えです』

 

 杖先を何度も回し、オリバーの発言を繰り返し聞く。

 

「奪ったものがあり、奪いきれなかったものがある。それが答え──」

 

 それは命のことか? いや、だとしたら「奪いきれなかった」とはどういう意味か。未だ彼女は生きているということだろうか。

 いや違う。

 そうだ。どれだけ才能のない相手でも魔剣をひとまず伝える方法が一つだけあるではないか、とルネは思いついた。

 

 彼の目に黒い瞬膜が現れる。神の目(トラルファマドール)だ。更にルネは魔道の枢機へと顔を突っ込む。

 時間、空間などなどあらゆるものの奔流を突き進み、ルネはこの時のオリバーを神の目(トラルファマドール)で捉えた。

 

 そして彼の全てを見つめる。どんどんと彼を追求していく。奥へ、奥へと。扉を開け進んでいくように。

 その平凡な容姿から鍛え込まれた体から活発な血流へ、成長途中の魔力流から霊体へ。そこから感じられるオリバー=ホーンそのものへ。

 

 霊体と血流の中にこそ人の魂はあるのだ。偉大な目をもってしても未だそれのみを見極めることはできなかったが、それはそこにあった。

 彼のものではない霊魂の一部が。人間性と記憶、経験を含んだ誰かの一欠片が彼の中を漂っていた。そこがオリバーの魂の場所なのだろうか。ルネには判断ができなかったが、少なくとも彼のものではない異物の存在は分かった。

 

 クロエ=ハルフォードの魂の一部だ。死の瞬間にオリバーとの親子の縁を通じて彼の魂魄へとたどり着いたらしい。精神的な親子同士の親愛の繋がり、そして血縁という魔法的に強い繋がりを通じて。

 

 ルネは魔道の枢機から離れ、神の目(トラルファマドール)を目尻の中に戻すと一息吐いた。

 過去の光景へと遡り、当時の人間の様子を神の目(トラルファマドール)で観察するのはかなりの重労働だが。その目には喜びが満ちている。

 

 彼が探求する魂魄のとても珍しい現象を目の当たりにしているのだから。

 

 似たものでこういった報告があった。

 遠征に出かけた異端狩り(グノーシスハンター)の家族がいつの間にか帰っており、「おかえり」と声をかけたらそのままふと消えた。何だったのかと思っていると数時間後にその家族の死亡連絡が届いた。

 また遠く離れたところで研究している親友の姿を見かけたと思ったが、その頃にはその魔法使いは実験の失敗で死亡していたなどなど。

 

 幻でも見たのかと思われるが、違う。人の縁を通って遺体から抜けた霊魂が移動してきたのである。

 通常なら到着したところで消滅してしまうわけだが。オリバーの場合は母親の霊魂の一部がそのまま彼に癒着していた。彼の魂そのものとは混ざり合わず、ただぺったりと寄り添っている。

 おかげで一目見ただけでは彼女の存在ははっきりと分からなかった。こうして神の目(トラルファマドール)で凝視してようやく分かったのだ。

 

 彼女の霊魂が一部だけなのはおそらく拷問による死のせいだろう。

 

『だから、どうか安心してください。七年前のあの夜、あなたが母に与えた一二八通りの苦痛はこの身で一つ残らず追体験してあります。ただの一つも手落ちはありません』

 

 杖を掲げ、ルネはオリバーの発言を再確認する。わざわざグレンヴィルを苦しめたのは彼女がその通りに殺されたからだ。

 

 物質ではない神秘存在の人の魂も砕ける。心に強い攻撃を与えれば破壊される。その代表例が激痛呪文などによる拷問だ。

 

 クロエ=ハルフォードは拷問によって魂を砕かれ、死後に霊魂の一部だけが息子であるオリバーのところへやってきたのである。

 

 どうして彼女が拷問を受けたのか。理由はルネには分からなかった。グレンヴィルはそれを知っていたのだろうか。

 

 噂によれば彼女は人権派に近い魔女だったらしい。それなら惨たらしく殺されてもおかしくはないが。にしても一二八通り、すなわち一二八回も呪文をかけるほどのことだろうか。

 最強格の魔女だったから、そう簡単に拷問にも屈しなかったのかもしれない。

 

 ともかく。オリバーには第四魔剣の使い手である母クロエ=ハルフォードの霊魂の一部が癒着していた。だから彼も第四魔剣を使えたのだろう。

 自分が継承という技術を使ってでも避けた魂魄融合(ソウルマージ)かそれに近い技術を使ったのだ。癒着していた彼女の魂を、オリバーのそれと混ぜ合わせて魔剣の使い方を会得したのである。

 だから一回の使用で重傷を負うような業をも得ることができた。それでもかなりの苦労があっただろうが。

 

 魂魄融合(ソウルマージ)で知識や技能を習得しようとすると確実に人間性までも入り込んでくる。となるとかなりの激痛があったはずだ。親子であっても他人だ。人間性が違えば拒絶は確実に起こる。

 

 またオリバーの能力から考えて、習得そのものも難しかったはずだ。魔道の枢機に触れるほどの才能は本来彼にはないのだから。

 どれだけ優れた母の魂から教えを受けたとしても、彼がそれを理解しなければ何の意味もないわけである。

 結果、魔剣について完全に分かるまで魂魄融合(ソウルマージ)を続けることになる。つまり人間性が混ざり合う苦痛にそれだけ身を晒すことになるわけだ。

 

 非才の身でよくぞそこまで、とルネは感嘆した。母の復讐心はそこまでのものなのかと。

 

 それはそれとしてルネはグレンヴィル殺害後の光景を確認し始める。先ほど工房の中からは大勢出てきたからだ。彼ら全員のことも把握しておかないと。

 

 グレンヴィルが死亡した後に現れたのはオリバーの従兄妹二人、そして存在の薄い小柄な少女。大勢の上級生を含んだメンバー達。オリバーを「我が君(マイ・ロード)」と呼ぶ臣下の魔法使い達だ。

 ルネは彼ら一人ひとりをしっかり確認していった。顔も魔力も覚えておく。どうやらこの場にいるのが全員ではないようだが。

 

 彼らはキンバリーに反する魔法使い達の集団だ。そして有力教授を一人討ち取ったわけである。そしてまだまだ取るべき首はあるのだろう。

 オリバーは言っていた。「あなた達が母から奪ったものがあり」と。複数形だ。つまりグレンヴィル以外にもクロエ=ハルフォードを殺した魔法使いがキンバリーにいるのである。

 

 ルネはしばらくオリバーの後ろから彼に跪く上級生達の姿を眺めていた。どうしたものかな、と思いながら。 

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