七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第39話〜箒〜

 箒術の最初の授業は箒合わせの儀である。つまりは箒の家から自分に合った箒を探し出すのだ。

 そう聞くと商店で使いやすそうな掃除道具を買いに行くような話だが、実際は空を飛ぶ時のパートナーを探す大切なイベントである。

 

 校庭から箒の家へと案内する担当教師についていくルネ達。中でも魔法文化に馴染みのないナナオは文化の差を実感していた。

 事前にこの授業についてルネから全て聞いていたナナオはしみじみと異文化の感想を口にする。

 

「いやはや、しかし母上が聞いたら驚くにござろう。まさか箒が生きているとは。しかもそちらの方が歴史が長いと」

 

 ルネは彼女の感想に解説を加えた。

 

「ええ。彼らの死体を利用して掃除に使ったのが先なのです。きっと彼らの姿を見て掃除がしやすそうだと思っていたのでしょうね。

 しかしこうして自然界の動植物の構造や生態を私達の道具や技術に落とし込んだものは意外とあるのですよ。例えば私の開発した注射針は、みなさんも嫌う蚊の口吻を参考にしています。全く痛みのない注射がこれで可能になりました。二人とも怪我をした時に何度かお世話になったでしょう?

 また蛇や虫、鳥などの動作は自動人形(オートマトン)やゴーレムの動きに大いに参考になっています」

「ふーむ。なるほど。ぶんぶんと騒々しい蚊からそのような」

「ね? 生き物って面白いでしょ? ナナオ」

「ものの見方というものは多様にござるな」

 

 生物の素晴らしさを伝えんとカティは満面の笑みを浮かべる。ナナオは感心したように頷くばかりだった。

 そして、視線をオリバーの背負った箒に向ける。

 

「しかし、これが空を飛ぶと? いやはや、やはり信じられぬな」

 

 彼女が手を伸ばし、箒の体をすっと撫でるとびくりと尾が反応した。やはり生きている。

 ナナオのこれまでの感覚では今ただ箒の柄に触れただけなのだが。それで柄の先に束ねてある枝の束が動くことはないわけである。

 動くのはこれが掃除道具の箒ではなく、魔法生物の箒だからだ。ナナオが触れたのは柄ではなく体であり、動いたのは枝の束ではなく尾だからである。

 

 ルネは追加の解説をした。

 

「彼らは全身を薄い魔力の泡のようなもので包んでいて、その独特な魔力の作用で宙に浮いているのです。私達の浮遊呪文を領域魔法の感覚でやっているのと近しいでしょう。推進力は排泄枝から得ています」

「ほう、拙者達でいえば屁で飛んでいるようなものにござるか」

「……ナナオ」

 

 女子とは思えないナナオの発想にカティは呆れ顔になるが、ルネはあくまで真面目に訂正する。

 

「いえ、どちらかといえば脱糞で飛んでいるといった方が正確でしょう。消化の際に発生した気体が体外へ放出されたものがおならです。箒は吸収しきれなかった魔素を出していますから」

「なるほど。糞の方にござったか」

「なるほど、じゃないよ! どっちも女の子が口にする言葉じゃないんだから!」

 

 カティの注意も気にせずルネは説明を続けた。

 

「ちなみに箒の排泄は二種類あります。先ほど説明した推進力として放出されるものといわゆる便です。前者は未吸収魔素でできていて、後者は捕食した精霊の未吸収分でできています。

 箒は空気中の魔素そのものも捕食枝から取り込みますが、同時に空気中の精霊も捕食枝から取り込みます。その際には精霊の魔素だけでなく、半神秘物質である精霊の殻も吸収するのです。それが箒の体を作る大切な成分になります。その未吸収分がいわゆる便になるのです。

 形は兎の糞のようにコロコロとしていますね。排泄枝に果実みたいに溜まって、ある程度の大きさになったら外れます。半神秘物質ですので触った感覚や臭いはないに等しいですが、触って気分の良いものではありませんね。Ms.(ミズ)ヒビヤも箒の家に入ったら気をつけてください。箒の糞が落ちている場所はとても分かりにくいですから」

「うむ、心得た。しかしルネの話を聞く限り、踏んでしまったとしても馬の糞に比べればマシにござるな。特に秋風の糞の大きさと臭いときたら」

「アキカゼ。君の馬の名前ですか?」

「左様。ちなみにルネは乗馬の経験はあるでござるか? もしあるのなら箒との違いも知りたいのでござるが」

「そうですね。馬と比べると乗り心地はふわふわしていて心許ないかもしれません。鞍があるとはいえ馬と比べると体がずっと細いですし、そもそも地に足がついていませんから。

 また速度の出し方も馬とは違います。箒の加速はまず魔法使いが魔力を与え、箒がそれを吸収し排出するというプロセスがあります。なので魔力を注いでから加速までの間に馬に指示を出すよりも体感的な遅れを感じるかもしれませんね。

 なので最初は少しその辺りが気持ち悪いかもしれませんが、慣れれば軽い乗り心地で馬よりも早く速度が出るので気持ち良いですよ。慣れるまでの期間は君のセンスによると思います」

「なるほど。それは楽しみにござるな」

 

 ナナオはわくわくした表情を浮かべ、嬉しそうに前を行く。

 

 ルネは彼女の訊いたことなら何でも答えていた。彼にも分からないことはあるのだろうが、少なくともカティ達が二人のやり取りを見ていてルネが返答に詰まったことは全くなかった。

 ナナオはそれが楽しくてしかたがないのだろう。まるで幼子のようにルネを頼る。

 

 箒の家にはまだ到着しなかった。それまでの道中、ナナオはオリバーが背負う箒をまじまじと見ながらルネを質問攻めにする。

 

「ちなみに、はいせつしとほしょくしとは?」

「いわゆる箒の尾ですね。体の先にある枝みたいな器官のことです。文字通り排泄物を出す排泄枝と魔素や精霊を捕らえる捕食枝です。見た目は似ていますが、ちゃんと役目が分かれているんですよ」

 

 そう答えられ、ナナオはまじまじとオリバーの箒を観察する。が、彼女にはどれも同じ枝のようにしか見えなかったようだ。首を傾げ、言った。

 

「ふーむ。どう違うにござるか?」

「位置でいうと束の外側が捕食枝です。内側は排泄枝ですね。Mr.(ミスター)ホーンの箒は見た目だとはっきりとした違いはありません。この子の場合は捕食枝の方が少し太いのと、排泄枝の方は少し長いようですが大きな差はありません。もっと簡単に見分けるには体を撫でてあげて、その反応を見ると分かりやすいでしょう」

「ほう。試してみても良いでござろうか、オリバー」

「どうぞご自由に」

「うむ。では」

 

 さっきからずっと自分の愛箒(あいそう)が観察対象になっているオリバーは今更と言わんばかりに返事をする。

 一応承諾を得たナナオは好奇心に満ちた顔で箒の柄に触れた。すると先ほどと同じようにびくりと枝が動く。

 

「今、動いたのが捕食枝です。排泄枝は構造上動かせません」

「ほうほう。ではもう一度」

 

 ナナオは爪先立ちになって歩いた。そうやって尾がよく見えるように背伸びしてから箒を撫でる。

 またぴくりと枝が動く。それを観察してみると確かに外側の枝だけが広がるように動いて内側の枝は微動だにしなかった。

 

「見えましたか?」

「しかと」

 

 観察を止めると同時に背伸びも止めて普通に歩く。教師役のルネの解説を待った。その期待に応えんばかりにルネは解説を始める。

 

「捕食する際の箒は飛行速度を上げ、同時に捕食枝を広げてそこに引っかかった魔素や精霊を取り込みます。帆を広げるように進行方向への接触面を増やして捕食の機会を増やしているのですね。

 ちなみにこの動きは魔法使いの飼育下にある箒にはほとんど見られません。魔法使いから供給される魔力を魔素の代わりにしていますので、わざわざ捕食枝を動かさなくても困らないからです。先ほど成長に必要だと説明した精霊の殻も幼体、成体用にそれぞれ餌として売っていますから自分で捕食する必要がありません。なので動かすのは触れられた時の反応くらいです。

 そのため飼育下にある箒を繁殖させ続けると、いずれ捕食枝はかなり退化すると思われます。現状ですらそうです。三百年前に保存された名箒の検体と現在の箒を比べると明らかに捕食枝が短く細くなっています。

 いずれは捕食枝は完全になくなり、代わりに昆虫の気門のような穴になっていくかもしれません。魔法使いがそこに魔力を注ぐ前提の形ですね。

 そうなると完全に魔法使いの飼育下でなければ生きていけなくなるでしょう。魔法蚕と同じように」

 

 それを聞いたナナオは再度オリバーの箒を観察した。人差し指と親指を使い、枝の長さの感覚を測っている。

 

「ほほう。オリバーの箒は外側の枝よりも内側の枝の方が少々長いにござるな」

「この子は一般的な箒ですね。競技用に繁殖させている箒の場合はもっと長さと太さの差が顕著です。速度を出す排泄枝が強い箒をかけ合わせていった結果そうなったのですね」

 

 ルネはまじまじとオリバーの箒を見つめる。その目はナナオの好奇心に輝く目とは違い、見るべきところを見る正確な分析の眼差しだった。

 その結果を口にする。

 

「ふむ。君らしいバランス型の箒だ。枝の長さの差と太さを見れば分かります。速度よりも安定性や持久力を選んだようですね。この子ならどんな荒れた空でも、激しい動きにもきっとついていくでしょう」

「ほう。そうにござるか、オリバー?」

 

 ナナオにそう問われ、しばし黙ったがオリバーは頷いた。

 

「ご明察の通り、箒の速度はそれほど考えなかった。しっかり飛べる箒を選んだつもりだったが、箒を見られて気づかれたのは初めてだ」

「見事にござる。ではルネ、拙者達はどういった箒を選ぶべきでござろうか」

 

 ナナオがその質問をした途端、周囲の視線がルネに集まる。今まで聞き耳を立てていた生徒達の関心が一気に寄せられたのだ。

 箒の生態に関心はないが、どんな箒が良いのかは知りたいのである。何故ならこれから箒選びをするのだから。

 

 もちろんルネは一気に聴衆が増えたことに気づいていた。しかし現金な連中であるとは思わなかった。気になることが人それぞれなのは当然だからである。

 オリバー達は露骨な周囲の態度に呆れ顔だったが。「あくまで基準の一つですが」とルネは丁寧に説明する。

 

「まず速度を出したい人は排泄枝が大きく、太い子が良いでしょう。どっしりと速度の出る飛び方ができます。

 ただしバランスは大切です。燃料である魔力を吸い込む捕食枝を軽視してはいけません。排泄枝ばかりが大きくても吐き出す魔力がなければ意味がありませんからね。排泄枝が立派でも捕食枝の貧弱な子だと魔力の供給が滞って飛び方に安定感が出ずむしろ失速してしまいます。

 ゆったり飛びたい人は捕食枝の方が大きく、排泄枝は長さを問わず太めの子が良いでしょう。みなさんの魔力をよく取り込んで、安定感のある飛び方をしてくれるはずです。

 基本的には排泄枝が発達している箒は速度重視型で、捕食枝が発達している箒は安定型と思ってくれれば良いと思います。後はみなさんの好みと箒がみなさんをどう思うかでしょう」

 

 箒合わせの儀に関する心構えについても彼は解説を始めた。

 

「これからの儀式は私達が箒を選ぶというよりは、箒が私達を選ぶといった方が正確です。もし好みの箒が見つかっても、その子が私達の魔力を好きになってくれないとパートナーにはなってくれません。

 研究によれば速度重視の箒は重たく濃い魔力を好む傾向があるとか。安定型は軽めの薄い魔力を好むようだとか。

 しかし無理をして自分の魔力を箒に合わせてばかりでもいけません。無理して魔力の雰囲気を変えても、それをずっと維持するのは難しいでしょう。好みの魔力を維持できなくなった途端に愛想を尽かされることだってあるのです。

 となると先ほどの基準は持っておくべきですが、やはり素の状態での相性をまずは考えた方が良いと思います。パートナー探しでどちらかが無理をするのは結局のところ長期間の関係に悪影響を及ぼすだけなのです。

 また箒は私達の魔力をそのまま体内に通すという構造上、時折擬似的な魔力流として私達の霊体と繋がることもあります。箒乗りが言うところの人箒一体(じんそういったい)はこの状態のことを指します。箒の動きがまさに自分の体の動きのように感じるとか。となるとやはり相性の良さというのは重視すべきでしょう」

 

 なるほど、と頷く生徒達。そんなやり取りを聞いていた箒術教師のダスティン=ヘッジスは振り返ってルネに言った。

 

「おいおい、Mr.(ミスター)サリヴァーン。教師である俺の仕事を盗るなよ。話そうと思っていたこと、ほとんど言いやがって。しかもご丁寧に箒の生態まで」

「これは申し訳ありません、ヘッジス先生。どうも解説癖が治らないようでして」

 

 反省しているのかいないのか、ルネは微笑んで教師に謝罪する。そんな大人びた才能ある生徒の様子にダスティンは苦手意識を刺激された。上手く反応ができなくなる。

 

 彼は学生時代からルネのような天才型の人間が得意ではないのだ。先輩も、同級生も、後輩も。もちろん教師も。どうも違う種族と接しているような気分になるからだった。

 実際ルネ=サリヴァーンは違う種族なのではないかとダスティンは考えている。そう思い始めたのは異端狩り(グノーシスハンター)時代の後輩から彼のある逸話を聞いてからだった。

 

 雲よりもずっと上の空で見たという後輩の箒乗りの話。それはどうしてこの生徒が箒術の授業を履修しているのか、そこから不思議に思ってしまうほどの出来事である。

 

「まあ、良いけどよ。話すことが少なくなって。じゃあ、箒の家に着いたらさっさと相棒探しをやるぞ」

 

 ダスティンは後輩の話を思い出しながら、そんなぶっきらぼうな返事で済ませて前に向き直った。

 

「……ねえ、箒で速く飛ぶのにコツってあるのかな?」

 

 こっそりと尋ねてきた同級生にルネははきはきと答える。

 

「でしたら、箒の魔力吸収と排出の能力を把握してあげると良いでしょう。先ほど申し上げたように箒は私達の魔力を一度吸い込み、それを吐き出して飛んでいるのです。注いだ魔力を推進力に変える魔法道具ではありません。である以上はただ魔力を考えなしに供給しても箒の側が処理できなくなってしまいます。そうなると魔力の無駄ですし、また加速にばらつきが出る原因になってしまいます。

 こういったことを防ぐためにもその箒がどれくらいの量の魔力を、どの程度のタイミングで処理できるのかを知っておかなければいけません。

 それにはまず箒の構造を──」

 

 箒術の初日にするようなものではない解説をルネは続けた。そうやって彼が様々な箒の生態について解説しているうちに箒の家に到着する。見た目は大きな厩舎だった。

 そして、とても静かだ。生き物の音がしない。馬などの家畜であれば鳴き声が聞こえるだろうが、箒は鳴かないからだ。

 だから一見すると中身のない建物のようにも見えた。教師が連れてこなければただの空き家かと思っただろう。

 

 教師は杖を振り、呪文で厩舎の鉄扉を開ける。彼の先導で中に入るとようやく生き物がいる雰囲気を味わえた。熱を帯びた空気と臭いだ。

 何かいる。そんな気配を感じさせた。

 

「上ですね」

 

 ルネの発言で全員の視線が上に向く。そんな彼らの目の前を大量の空飛ぶ箒達がびゅんと横切っていった。「わわっ」と驚く生徒達を尻目に箒達は生徒達の上を旋回し続けている。

 

「早速人懐っこい奴らが来たな。ほら、お前ら。ビビってないでしっかりしろ。この中にお前らの相棒がいるんだからな」

 

 驚いて半歩下がった生徒達へ箒術教師のダスティン=ヘッジスの声が飛んだ。箒に驚いた自覚のある生徒達は気を取り直したように姿勢を正して箒達を見上げた。

 

 ぐるぐると彼らの上を飛んでいた箒達はしばらく同じような旋回行動をとっていたが、最初の箒が降りてきたのを境に次々と生徒達の周りを飛び始める。

 慌てふためく生徒に尾を擦りつけたり、体を突っついてみたりと好奇心のまま行動した。

 

 そんな接触の嵐にもみくちゃにされる教え子達を眺めながらダスティンは指示を出す。

 

「柄の部分に触れてやりゃ魔力の相性は伝わる。しっかり相棒を探せよ」

 

 本日の授業開始の合図だった。慌てて生徒達は箒選びを始める。ルネはカティの隣で一緒に箒達の群れを見上げていた。まるで回遊魚のように宙を飛び回るその姿を見て、カティの生物愛が高まる。

 

「どの子も可愛いなぁ」

 

 自分に寄ってきた箒の体を撫でながら感想を口にした。隣のルネはそんな素直な様子に笑みを浮かべる。彼も寄ってきた箒に触れ、魔力を頼ってその体の作りを感じ取った。

 

「どの箒でも一定以上の品質はあるようですね。流石はキンバリーの箒です。よく飼育されています」

 

 手を離すと箒はさっと別の生徒の方へと飛んでいく。ルネはそれを目で追いもしなかった。そんな関心なさそうな様子にカティは尋ねた。

 

「あれ、ルネは探さないの?」

「はい。私は自分用の箒がありますから」

 

 その答えにカティは首を傾げた。同じようにオリバーも自前の箒があるので箒合わせの儀に参加していないわけだが、彼と違ってルネは箒を背負っていない。

 

「後で分かりますよ」

 

 と、ここで何かに気づいたルネがカティから視線を外す。その先には百近い箒達に囲まれているナナオの姿があった。まるで群がられている餌のようである。

 カティの心配そうな声が飛んだ。

 

「ナナオ!?」

「うむ、平気にござるカティ。ただ周りを飛んでいるだけにござる」

 

 他の生徒とは明らかに違った箒達の反応にルネは興味深そうに言った。

 

Ms.(ミズ)ヒビヤの澄んだ魔力は箒好みですからね。しかしこれほど関心を惹くとは素晴らしい。その中のどの子も君のパートナーとなってくれるでしょう」

「ほう。それは嬉しいでござるな。では、まずはどちらから──ん?」

 

 どの箒にしようとかと悩んでいたナナオの視線が、群れとは違う方へと向けられる。

 そこには一本の箒があった。寝床である箒かけから微動だにしない。他の箒達とは違い、生徒達には近寄ろうともしない一本が。

 

 興味を惹かれたナナオがその箒に近づくと彼女の周りを飛んでいた箒達は一斉に離れていく。ナナオからというよりはその一本の箒から。

 

 そんな様子を見ていたルネはナナオが関心を持った箒の正体に気づく。

 

「クロエ=ハルフォードの箒ですね。こちらに置いてあるとは聞いていましたが、あれがそうですか」

 

 ルネの発言にカティは質問を投げかけた。

 

「凄い箒なの?」

「ええ。彼女は縦横無尽に素早く荒々しく飛んだそうですが、それにしっかりと応えた名箒だとか。見たところ体つきは立派ですし、どの枝も素晴らしい。どんな飛行もできる最高級の仕上がりになっていますね」

「でも、あの子ってここのリーダーだよね」

 

 周囲の箒の反応からカティはヒエラルキーを感じ取る。彼らはあの箒に敬意を払っているのだと。

 ルネは頷いた。

 

「そうですね。しかも様子を見るにかなり暴れん坊なタイプのリーダーのようだ。箒達が恐れ慄いています」

 

 さっきまで群がっていたナナオに全く近づこうともしない箒達。顔のない彼らから感情を伺うのは難しいが魔力を頼ればはっきりと分かった。その恐れの感情を。

 

ナナオはそんな箒に手を伸ばした。カティが注意の声を出す前に。息を呑む周囲とは違っていつも通りの自然体で触れようとして。

 箒は拒絶した。体を大きくしならせ、ナナオの手を強打しようとしたが。彼女はさっと手を引いた。

 その勢いから箒の力強さを感じ取ったのかナナオは危機感よりも満足さを得たようだ。何度か手を伸ばし、同じ反応をそのたびに受ける。

 

 しかし箒の一撃はナナオには当たらなかった。彼女は慣れた手つきで箒の反撃を捌いていたからだ。

 

「ほお──懐かしい。秋風も最初はこうにござったな。

 声がなくとも伝わり申すぞ。本当の主以外、乗せるつもりはないのでござるな」

 

 ナナオは荒れる箒に語りかける。箒は人語を理解しない魔法生物だ。何を言っても声だけには反応しないが、しかし声に乗った魔力には反応を示す。

 そして、この箒はナナオに明らかに反応した。彼女の声に込められた魔力を感じた瞬間にぴたりと動きを止めたのである。

 

 ルネは瞬間、魔力を頼ってクロエの箒の感情を読み取った。どんな名箒であっても彼の能力から逃れられるほど箒という魔法生物から逸脱しているわけではないのだ。

 ゆえに彼は簡単に箒を理解する。そして興味を惹かれた。

 ナナオの声を聞いてこの箒が感じていたのは、偶然にもナナオと同じ──強い懐かしさだったからだ。

 

 本当の主。ナナオの言葉を反芻するとルネの頭の中に閃きが走った。本当の主とはクロエ=ハルフォードだ。この箒はナナオから彼女を感じ取ったのだ。

 

 この魔法生物にそんなことができるのかと思うかもしれないが、ルネは可能だと考えた。

 箒は長期間魔法使いの魔力を取り込むからである。その構造は擬似的な魔力流になり、魔法使いと箒の霊体同士が繋がることがある、と。箒の家に到着する前に彼が説明したことだ。

 

 つまりこの箒はクロエ=ハルフォードを本人のように熟知しているわけである。霊体、肉体だけでなくおそらくそこから繋がる魂までも。その中にある人間性を知っているはず。

 

 そんな箒が感じたのだ。ナナオから、懐かしさを。

 

 ルネの閃きは止まらない。彼は自身の記憶の宮殿に収めた光景を見返す。魔法剣初日の授業の際に起きたオリバーとナナオの不可思議な同調を。ナナオがオリバーと殺し合いを望むようになった瞬間を。

 

 そしてオリバーはクロエ=ハルフォードの息子であり、彼の霊魂の中には母親の霊魂の一部が存在している。

 

 それらが全て繋がった。

 ナナオの手の中に箒が収まった瞬間も、ルネは彼女がクロエ=ハルフォードの箒を手にした衝撃よりもまた別の衝撃を感じていた。

 

 ナナオとクロエ=ハルフォードはそっくりな魔法使いなのだと。

 

 

 

 生まれ変わりは魔法文化の中でたびたび議論の起こる話題だ。死後に昇天した魂がいつか肉体を再び得るのか否かについてである。

 異端(グノーシス)も時折この話をして信者達から死の恐怖を取り除こうとするが。ルネは知っている。生まれ変わりなんてないことを。

 

 死んだ肉体から霊魂は離れる。そうなると霊魂は天国にいくのでも、地獄に堕ちるのでもない。魔道の枢機へと取り込まれるのだ。

 そこから出ることはできない。ずっとその中に保存されるのだ。それこそこの世界というものの機能の一つなのである。

 

 しかしルネは同じように知っている。生まれ変わりに近い現象があることを。

 

 それはそっくりさんである。

 どこかに自分と似た容姿の人間がいる。それは隣町かもしれないし、違う国であるかもしれない。また異なる時代に生きていた人間かもしれない。

 しかし比べてみるとまるで双子のようなのだ。血の繋がりは全くないのにも関わらず。

 

 これを不思議な話だと終わらせても良いが、ルネはその不思議を解明していた。

 

 分かりやすくいえば命の特徴が被っているのだ。生き物と生き物は交わって次の生き物を作る。つまりは親から子供が生まれるわけだ。

 その時に親の特徴が子供にも受け継がれる。それは外見だけでなく霊体や魂魄に関してもだ。

 

 この特徴のパターンは数多くあるが無限ではない。ルネは肉体、霊体、魂魄を深く研究することによってそれを知っていた。

 となるとサイコロの出目のようなものだが、同時代に特定の人物と特徴が合致する命が出てくることもあり得るわけである。まるでもうひとりの自分(ドッペルゲンガー)か生まれ変わりのように。

 

 ここで重要なのは「ように」という表現だ。同じではない。そっくりさんはより詳細を検討していくと似ていない部分もあるからである。

 特徴が完璧に同じではないが、かなり大部分が同じという表現になる。一見すると同じに見えるほどに。

 

 ルネが持つ魂魄の知識と現状が合致していく。

 死者蘇生に世界の横槍が入るのは魂だ。感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)によって魂の中の人間性が書き換えられるわけである。

 世界にとって肉体と霊体が同じであっても魂が異なれば別人として見做されるわけだ。つまり魂が同じである場合には感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)が起きるということになる。

 もうひとりの自分(ドッペルゲンガー)も同じ理論だ。あれも魂魄が同じ自分を作ったからこそ周囲の土地を吹き飛ばすほどの反応が起こるのだから。

 

 では魂の特徴の大部分が似ているだけなら? そんな魂の持ち主同士が対面したらどうなるか? 

 きっと感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)ほどではなくても強い反応が起こるはず。それが魔法剣の授業初日の同調であり、ナナオがオリバーに強い感情を抱いたわけなのだろう。

 オリバーがナナオほど相手を求めていないのは、彼の場合は自身の霊魂の中にある母親の霊魂が反応しているからだ。それに共鳴しているだけで彼自身の反応ではないために当事者意識が薄いのかもしれない。

 

 これは予想外だった。

 

 てっきりオリバーはナナオと魂だけがそっくりさんであるとルネは思っていたのだが。そっくりさんだったのは彼の中にある母親の方であった。

 どちらにしても彼に死んでもらっては困るわけだ。せっかくの貴重な生体なのだから。

 

 彼から母親の霊魂を取り出すのは魂魄に関する研究を進めなければできない。

 

 つまりは──ダリウス=グレンヴィルの件についてルネは知らんぷりをすることにした。少なくとも彼から母親の霊魂を摘出する方法を考え出すまでは。

 その頃にはオリバーの復讐はどれほど達成されているだろうか。その前に彼がキンバリーに殺されないという保証もないわけだが。

 

 流石にオリバーの復讐劇に手を貸すつもりはルネにはなかった。自身はキンバリーを気に入っているのだから。

 かといってオリバーを突き出すこともしない。それは私利私欲というのが第一だったが、こうも思っていた。

 オリバーは挑戦者なのだ。ならそれに応えるのは自分ではなくキンバリーであると。

 

 もし彼らの手でキンバリーが変えられてしまうのなら、それは今のここよりもオリバー達の思いが勝ったというだけである。

 そして自分ならそこから更にキンバリーを奪い返すことができる。ルネはそう信じていた。

 

 とすると現段階でやるとしたら監視するくらいだ。もしオリバーがしくじった時に彼の死体を回収できるようにしておくために。

 

「──? どうしたのでござるか、オリバー。そんなに見つめて」

「い──いや、何でもない。……難しい箒だと思うが、丁寧に扱ってやってくれ」

「無論にござる! この先の相棒にござるからな!」

 

 ルネは視線の先にオリバーとナナオを捉えた。相棒を見つけたナナオに対し母の箒を手にした彼女にオリバーは言葉を失っているようだ。

 その様子を可愛いなと思ったのかルネの口元には優しい微笑みが浮かぶ。

 その姿は友人達のやり取りを見守る善き魔法使いのようであり、実際彼は良き魔法使いだったのだ。

 

「いいなー、ナナオ。もうパートナーを見つけて」

 

 ぼそりと呟いたカティの声にルネは注目を変えた。

 

「では一緒に探しましょうか。君は箒に何を求めますか? Ms.(ミズ)アールト?」

「うーんと。そんなにスピードは出すつもりはないから、その辺りはゆったりめな子で。性格もおっとりしていると良いかな……あとは重い荷物を運ぶかもしれないから強い子が良いな」

「ふむふむ。安定性と強靭さを兼ね備えた箒ですね。ふーむ。ではこの子は? こちらの子も良いですね。こっちの子も」

 

 ルネが指を鳴らすとその先にいた箒がカティの前までやってくる。三度鳴らして、三本だ。狙い通りの箒を魔力に頼って呼び寄せた。

 

「ありがと、ルネ。うーんどの子が良いかな」

 

 カティはその三本との相性を測る。体に触れ、枝の様子を確認しつつ魔力の調子が合うのか見ていた。

 

「ゆっくり選んでくださいね。他の子が良いのなら、また探しますから」 

 

 彼女の希望に沿ったベストスリーを選び出したつもりだが、相性まではカティに判断してもらわないと分からない。

 ルネが見つめる前でカティは三本の箒の周りを何度もぐるぐると周り、そしてようやく一本を選んだ。

 

「この子が良いかな」

 

 その箒の体は太めで頑丈そうであり、そして枝はどれもどっしりと太く安定感のある飛び方をしそうだった。

 そしてカティに対して人見知りなどもせず、落ち着いた様子で彼女が撫でてくるのを受け入れている。どれも要望通りの完璧な箒だった。

 

 ルネは最終確認をする。箒の体に手を置き、この箒の細かなところまで感じ取った。目立った異常が今もこれからもないのを調べる。

 

「ええ、良いと思いますよ」

 

 そして何も問題がないのが分かると静かに手を離した。

 

「やった。ありがとう。じゃあ、この子にするね」

 

 ルネのおすすめ通りの箒を選んだカティはその箒を手にナナオの方へと向かう。彼女が去ったのを見た生徒達はこっそりとルネに近づいて小声で尋ねた。

 

「……ねえ、あたしも手伝ってほしいんだけど。お願いしても良いかな。どれも同じに見えて、どの箒が良いかなんて全然分かんないもん」

「俺も」「私も」

 

 背中からの声に振り返りもせず、ルネは同じように小声で訊く。

 

「好みは?」

「やった、ありがとう。じゃあ……」

「俺は……」「私は……」

 

 ルネはベテランソムリエのように要望に対する完璧な答えを彼らに渡した。何の試しもない、まさに注文通りの箒達である。

 自身の才能を発揮することに彼は何の躊躇もないのだ。ダスティンから「お前が選んじゃ授業にならんだろうが!」と叱られるまでそれは続いた。

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