七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第40話~飛翔~

 それぞれの(あいぼう)を見つけ出した後、生徒達は再び校庭へと戻ってきていた。

 列になって並ぶその姿は無傷の者から引っかき傷だらけの者まで様々だ。上手く箒を見つけられた生徒と、見つけられるまでに多くの箒の反撃を受けた生徒である。

 

 そんな中でもルネ=サリヴァーンは変わっていた。その手にも背にも箒がなかったからである。

 

Mr.(ミスター)サリヴァーン、お前の箒は? 事前の話じゃ自分の連れてくるってことだったろ」

 

 ダスティンが手ぶらのルネに問いかけた。何名かの生徒は自身の箒を持ってくると事前に連絡があり、ルネもその一人だったのだが。

 オリバーのように箒を背負っているわけでもなく、手にも何も持っていなかった。

 

 ルネはそんな教師の質問に杖を掲げて答える。

 

「もちろん。お伝えした通り、私は自分の箒を使います。今から喚びますので少しお待ちください──辿りて来たれ(シークイトゥル)

 

 詠唱と共に杖先から溢れ出た魔力の光が文字となり、素早く宙を飛び交って魔法陣を描いた。

 そうやって魔力光の文字で描かれた魔法陣は召喚用のものだ。本来は地面に魔法陣を描くなり、魔法陣を書いた紙などを利用したりするのだが。

 

「器用なもんだな」

 

 ダスティンの感想に学生達は頷いた。魔力の光で作った文字は消失しやすいのだ。術者の意念(イメージ)によってのみその存在を維持しているものであるため、ちょっとした風などでも簡単に消えてしまう。

 しかしルネの魔法陣にはそのような気配はなかった。力強く爛々と光を放っている。

 

 その器用さは事実ではあるが。あまりに大掛かりな仕掛けにダスティンを筆頭のこの場の面々は呆れた。箒一本を取り出すのにわざわざ召喚の魔法陣を使うだなんて。

 

「で。何を召喚するんだ?」

 

 教師の問いにルネは楽しそうに答えた。

 

「ご紹介しましょう。私の箒、スレイプニル号です」

 

 ルネの声に従ってそれは魔法陣の中心から現れた。ゆったりと静かに。降下してきた箒を見て一同は目を丸くした。

 その全身はまるで鎧を着ているかのように金属の装甲で覆われていた。枝なんて鉄の鞭のようである。

 

「なんだこりゃ。箒に魔法道具でもくっつけたのかよ……いや、違げぇ」

 

 そう言いながらダスティンはスレイプニルと呼ばれた箒に触れ、言葉を失った。

 彼は箒の追加装甲に手を触れたつもりだったのだ。しかし、手が伝えてくる感触や魔力が教えてくれるのはそこも箒の体の一部であるということだった。

 

 咄嗟に手を離した箒術の教師は視線でルネに問いかける。この箒の正体を。

 

「この子は私が創った新種の箒なのです。ブルーム科ビソン属金属箒(ヘルメス)種、つまりは金属箒(ヘルメス)と私は呼んでいます。

 この子はメルクリウスという魔法金属で全身が構成された生物であり、箒を機械に改造したわけでも機械で箒を作ったわけでもありません。金属の神経や器官などなど、ただ体の構造が全て金属製であるというだけなのです。機械生物(サイボーグ)とも自動人形(オートマトン)とも違います。錬金術、魔法生物学、魔道工学の技術を尽くした私の傑作の一つなのです」

 

 創ったと聞いて大半の生徒がぞくりと震えた。ルネの魔法的な才能に。

 

 魔法生物学の一分野に新種開発がある。全く新しい魔法生物の創造を目指している。

 魔力の干渉などの多種多様な方法によって生物の姿形や性質を変えたり、または省いたりなどまるで子供の粘土遊びのように命をこねくり回そうという分野である。

 ただし高度な技術を要するためにそうそう手を出せるものではないし、ましてや一年生の段階で取り組もうとは思わないはずなのだ。

 

 しかし彼らの目の前にいる箒は、今まで見たこともないものである。それも金属でできた生き物だなんて。

 

「もちろんただ金属的な表面をしているわけではありません。持久力、加速力などなど。一般的な箒と比べても段違いの性能を誇っているのですから。

 ではデモンストレーションといきましょうか」

 

 そう締めくくるとルネはスレイプニルに飛び乗った。既に鞍も鐙も取りつけてある。

 スレイプニルは少し上昇した後、ふっと消えるように加速。視界に捉えられない速度で校庭のど真ん中を突っ切っていった。

 そして静かに、あっという間に最高速度に到達した箒は校舎の壁に激突する前に一気に上昇する。ほぼ垂直での上昇だ。

 見上げる教師、同級生の視線の先。雲を突き抜け、姿が見えなくなる。

 

 と思いきや、雲から飛び出してきた箒が地面と垂直に降下してきた。雲を抜けた後にターンして戻ってきたようだ。しかもほとんど減速せずに真っ直ぐ地上を目指している。

 

 凄まじい速度だ。上昇時の加速にしても、ターンにしてもあんな速さにはいくら魔法使いの体でも耐えられないはず。どんな箒乗りであっても失神しかねないスピードだった。

 

 もしや速さで気を失ったか? 速度によって体の血の巡りが偏ればそうなるのだ。

 授業の補佐として校庭の各所で待機していた上級生達が手助けのために慌てて箒に跨って飛び出すが、そんな彼らをダスティンが止めた。

 

「いや、手出しはいらん」

「先生!?」「ありゃまずいですって!」

「速さに惑わされずによく見ろ。乗り方が全くブレてねぇだろ。ちゃんと乗ってる。気絶しちゃいねえよ」

 

 救助を進言する上級生達にダスティンは冷静にそう告げる。

 

 あわや墜落と言わんばかりのタイミングでスレイプニルは一瞬で速度を落とし、ゆるやかな速度に切り替えると体の向きを地面と平行にした。

 そしてゆったりと飛びながら先ほどと同じ場所に停止する。箒術教師の言う通り乗っているルネは気絶どころか楽しそうに笑っていた。

 

「素晴らしいですよ、スレイプニル。みなさんもぜひこの子に拍手を。ご覧の通りの最高性能。もちろんそのように創ったのですから。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 唖然とする中で誰も拍手はしないが、その表情を拍手代わりにしたようだ。ルネの表情は満足そうである。箒から降りると同級生の列に戻った。

 その足取りはあれだけのスピードの箒に乗った直後とは思えないきびきびとしたものだ。箒によく乗っている同級生や上級生達はあり得ないものを見る目でルネを見つめた。

 あの速さで急旋回やら急降下をやったというのに。気絶どころかふらつきすらしないだなんて。

 

「さて──ここからが箒術の授業の本番だ。目の前の鞍と鐙を箒につけてやれ」

 

 そんな姿を視線で追ったダスティンはため息一つの後に授業を再開する。発言する気力も出なかったようだ。

 指示の後、暴れる箒に四苦八苦しながら鞍と鐙を取りつけようとする新入生達を見ても彼が元気を取り戻すことはなかった。

 

 

 

 ルネは鞍をつけようとして箒の反撃を受けるガイやピートを微笑ましく見つめる。

 手出しはしなかった。彼らがそれを嫌がるからである。

 

「よ〜し、かんせーい」

 

 そんなルネの隣でカティがあっさりと鞍と鐙を取りつけた。一度も箒を暴れさせず。取りつけ具合を屈みながら確認し出来栄えに頷く。

 

 彼女はルネの指導のもと四ヶ月も魔法生物を大人しくさせる術を学んできたのだ。今や呪文を唱えずとも魔力を頼れば目の前の魔法生物が何を嫌がるのかすぐに分かったし、またどうすれば大人しくなるのかも分かるようになっていた。

 嫌がることを避け、落ち着かせつつ目標である装具の取りつけを完了させたのである。

 

 ナナオもあっさりと鞍と鐙を取りつけた。乗馬に慣れているからか稀代の名箒であり暴れ箒であるクロエ=ハルフォードの箒が相手でも簡単そうである。

 

 オリバーもミシェーラも同じようにすぐ取りつけた。残すはガイとピートだけだ。

 

「ほら、ガイ。そんなに急に掴んじゃダメだよ。

 その子は──ふんふん、その辺りを触られるのが嫌なんだね。でも枝の付け根近くを撫でられるのは好きみたい。それで落ち着くと思うからやってみて」

「こ、こうか?」

 

 おっかなびっくりといった様子でガイはカティに言われたところに触れる。すると不機嫌そうに体を振っていた箒がその動きを止めた。むしろもっと触るように体を寄せてくる。 

 

「そうそう。これで叩かれなくなったでしょ? それとそんなにおどおどしちゃダメだよ。でも急に被せるのもダメだよ。ちゃんとその子のタイミングを見てあげないと。

 そうだね。優しく撫でてあげながら、その子と呼吸を合わせてみて」

「呼吸って。箒って呼吸すんのか? ……いったいどうやんだよ」

「その子の魔力の流れを感じてあげるの。そうやって触れ合ったところから。あ、魔力を流そうとしちゃダメ。急に口に食べ物を放り込まれたみたいでびっくりしちゃうから。そうじゃなくて、あくまで私達が受け手にならないと」

 

 見かねたカティがガイにアドバイスをする。彼が選んだ箒をまじまじと見ながら、魔力を頼りその箒への理解を深めていた。

 そんな彼女の助言の通りにガイは装着を進めていく。ルネの手助けを拒むガイだが、カティのそれは受け入れた。

  

 ピートはオリバーとミシェーラ、ナナオに面倒を見てもらっている。暇を持て余したルネは他の生徒達のサポートに入った。

 そんなこんなで二十分が経ち、ようやく全員が箒に鞍と鐙を取りつけ終える。

 

「なんとか終わったな。経験者はさっさと飛びたいだろうが、今日は初心者と一緒に基礎から始めるぞ」

 

 ここからようやく飛行の時間だ。ダスティンが言った。

 

「よし、全員箒に跨がれ!」

 

 意気揚々と箒に跨った直後、飛行の合図が出ていないにも関わらず何名かの生徒が飛び上がる。

 乗った瞬間に魔力を流したようだ。箒に合図は分からないのだから、乗り手が鞍に腰を下ろした瞬間に魔力を流さなければ飛ぶことはないのである。

 

 ルネが彼らを助ける前に、このトラブルを察していたダスティンが呪文で急上昇した生徒達を捉えた。ゆるゆると降りてくる。

 

 あわあわと地面に足をつけた初心者達の姿を見届けたダスティンは安堵の笑みを浮かべた。

 

「今の生徒達、気にせずにまた跨がれよ。先走って飛ぶヤツが出るのは例年通りだからな。いやー、一年生はこうでなくっちゃ」

 

 可愛げのないナナオやルネの後で一年生らしい初々しい姿が見られて満足であるらしい。ダスティンは一言注意するだけで終え、全員が箒に乗るのを待った。

  

 そして、二フィート浮かんだ状態を維持し続けるようダスティンは指示する。地面から足を離して鞍に乗るだけの作業ではあるが、箒に慣れていない生徒達は次々にバランスを崩して鞍から落ちていった。

 ぐらぐらとバランスが取れずに落ちる者や、箒に乗ったままその場でぐるりと一回転して地面に放り投げられる者などなど。

 

「うおッ!?」

「おやおや」

 

 指示通りに二フィートの位置で浮遊状態を保っていたルネは、隣に並んでいた同級生が顔面から落ちそうになったので月に届け(リーチフォーザムーン)を用いて受け止めた。

 鼻に芝生の先が触れたところで見えない何かに掴まれた同級生。彼はそのまま持ち上げられ、再度箒に乗せられる。

 困惑する同級生にルネが言った。

 

「少し箒に強く掴まり過ぎですね。頼るのは良いのですが、大切に優しく握ってあげてください。それと背は伸ばしておきましょう。飛ぶ時は前傾になっても構いませんが、速度に乗っていない状態でそうするとバランスを崩してしまいますよ」

 

 助けてくれた相手を察した同級生は奇人変人と噂のルネにどう接するか戸惑いつつも、ひとまず礼を言う。

 

「そ、そうなのか。じゃあ、そうしてみる。ありがとな」

「いえいえ。どういたしまして」

 

 彼の言う通りにした同級生はおっかなびっくりといった様子だが、どうにか浮遊状態を保った。ルネは上手くいったことに満足げに頷く。

 

「素晴らしい、よくできました。浮かんだ時のバランスに体が慣れない間は背筋を伸ばした姿勢を忘れないようにしましょう。慣れればどう乗っても構いませんよ。こんな風だって良いのです」

 

 そう言うと器用に鞍の上で逆立ちしたり、片手立ちしたりと曲芸を見せるルネ。とうとう両手を離して、ぱんと手を叩いて再度鞍に手を置く芸も見せた。そんなことをしても箒から落ちない。

 一通り芸を終えると、逆立ちからゆっくりと鞍に腰を下ろした。

 

 反射的に同級生は拍手をする。ルネはそんな彼に優しい笑みを浮かべ、「どうもありがとう」と感謝を述べた。

 

「先ほどの逆立ちは置いておいて。ひとまず背筋を伸ばした姿勢を忘れないでください。もし飛行中にトラブルに遭った際にもこの姿勢を意識すれば状況を立て直しやすいですから。

 反対に箒に縋るような姿勢を取ってしまうと箒の方もバランスが取れずに乱れた飛行になってしまいます。落下などの恐怖で箒にも縋ってしまいたくなる気持ちは分かりますが、何かあった時こそぴしっと背筋を伸ばしましょう。こう、びしっと」

 

 そして正しい姿勢として鞍の近くに手を置き、背を伸ばした状態を見せる。そんなルネの指導にダスティンが付け加えた。

 

「バランスを崩して箒から落ちた時でも足からいけよ。脳天からいって即死じゃ治癒呪文は間に合わねぇからな。

 じゃ、次はお待ちかねの飛行訓練だ。さっきちょっと顔出ししちまったが、お助け人ども出てこい!」

 

 そう言うと先ほどルネの救助に出ようとした上級生達が箒に乗ってやってくる。彼らが見守る中で初日は飛ぶというわけだ。

 

「あたしらが怪我させないからねー」「だから安心して飛べよー」

 

 箒に乗って飛びながら、そんな風に地面にいる後輩達へ声をかけていく。上空を飛び回る彼らを見上げながらも一年生達は安心した様子で彼らの飛行を眺めた。

 

「まずは経験者から飛ぶか。お前と、お前。お前も。基本的な飛び方をしてくれそうだからな。あとはMs.(ミズ)ヒビヤとMr.(ミスター)サリヴァーンもだ」

 

 丁寧な飛行をしそうな生徒を三人選び、その後にダスティンはナナオとルネを指名した。ルネはともかくナナオは経験者ではないのだが。

 

「拙者もでござるか?」

「ああ、構わねぇよ。ちょっとは失敗してくれれば俺も安心するからな」

 

 ダスティンはずっと慣れた様子のナナオがつまらないらしい。失敗してくれと教師とは思えない選考理由だったが、ナナオは素直に配置についた。

 彼女の隣には箒術教師に苦笑するオリバーが並ぶ。安定した飛行をしそうだとダスティンに選ばれたのだ。逆の位置にはルネが並ぶ。

 

Mr.(ミスター)サリヴァーンの方はイカれた飛び方をしてやれ。悪い見本だ。さっきよりも激しくやれよ」

 

 ルネへの指示は悪い事例を見せろというものだった。彼は飛ぶのが上手いし、知識もあるからこそダメなお手本もできるという教師からのある意味の信頼である。

 そうルネは捉えたが、ダスティンが彼を選んだのはナナオと同じ理由だ。「ちょっとはしくじれ、天才さん」である。

 

 そうとも知らずルネはどう飛ぼうか悩んでいたが。彼が思っていたよりも「イカれた」飛び方をしたのはナナオの方だった。

 彼女はダスティンの合図が出た瞬間に、一気に最高速度を出さんばかりの勢いで飛んでいったのだから。まるで先ほどスレイプニルが飛んでいったように。

 

 ちょっと上昇しただけのオリバー達は呆然と上昇していったナナオを見送った。ルネは微笑ましく見上げている。

 

 一気に上昇していくナナオの箒。見たところナナオは焦っていないが、どう操ろうか困っているようだ。ひとまず箒に任せていた。

 どうやらあの箒はスレイプニルの飛行を見て嫉妬したらしい。だから今、スレイプニルと同じように飛ぼうとしているわけだ。

 

「ど、どうするの?」「操縦をミスったのか?」

「いえ、コントロールは失っていません。どうやら箒の方が目立ちたがり屋なのでしょう。あれは先ほどのルネと似た飛行ですわ」

 

 そう口々に見上げて言うカティ達。戸惑う中で最後のミシェーラの言葉に安心したが、その彼女は困ったように続けた。

 

「しかし、先ほどの飛行。もし今のナナオがやれば、どうなると思いますか? ルネ」

「そうですね。あのまま雲を突き抜け、ターンするのだとしたら。流石の彼女も一瞬気を失うかもしれませんね」

 

 そんな速度にお前はどうやって耐えたのだという視線がないことはなかったが、ルネの解説に見上げる同級生達の緊迫感は増す。

 早速お助けの上級生の出番かと思いきや、ナナオの箒は雲を目指すと思っていなかった彼らの警戒網をあっさりと抜いていった。

 焦る上級生達は急いでその後を追うが、速すぎて追いつけない。

 

 上級生達がどうにもできない状況だと悟り、地上の生徒達は反射的にルネを見た。彼ならどうにかしてしまう。そんな信頼を以て。

 そして、彼はそれに応えた。

 

「しかし焼きもちとは。思っていたよりも可愛らしいところがありますね──スレイプニル、ちょっと待っていてくださいね」

 

 そう愛箒に告げるとルネはナナオの方を見上げる。そんな彼の姿を見ていた同級生達の視線も、一瞬で上の方へと向けられた。

 信じられないものを見つめる眼差しで。 

 

 

  

「む、むむむ。こやつ、随分と力を持て余していたにござるな。しかし、この速さは少々……参る……」

 

 一瞬気を失いかけたが、口の中を噛んで意識を取り戻すナナオ。しかと柄を握り直し、前を見据える。地上からはあれだけ遠かった雲があっという間に間近だ。

 そうして空気が薄くなり速さが増していく状況に彼女は流石に参った様子だが、むしろ箒の方は上昇を楽しげに行っていく。自分にも力があるのだと誇示せんとするばかりだ。

 

 困った奴にござる、と懐かしい愛馬に初めて乗った時と同じことを思ったナナオ。しかし同時に思う。あの時に耐えたからこそ、秋風は自分を乗り手として認めてくれたのだと。

 

 ならば、今この時も同じことをするのみ。ナナオがそう決心した瞬間。彼女は、後ろから迫る気配に気がついた。

 

 速い。この暴れ箒に追いつくほどの速さだ。

 助けの先達が来たのであろうか。それとも教師か。

 

 確認しようとナナオがどうにかして振り返ろうとした瞬間、もうルネはナナオの真横を飛んでいた。箒もなしに。

 

 その姿を一瞬視界に捉えたと思いきや、箒が方向を急に変えたために見えなくなった。追いついてきたルネを振り切ろうとしているのだ。が、すぐに彼はまたナナオの視界に入ってくる。

 箒はその都度逃げるが、ルネの姿はナナオの目から離れなかった。ずっと追いかけてくる。彼女の箒の飛び方に完璧に合わせていた。時に先回りすら行って危険飛行を牽制して。

 

 方向転換のたびに受ける重圧に耐えながらナナオは問うた。これは意識の薄れた頭が生み出した幻なのかと思いながら。

 

「る、ルネ? 貴殿にご、ざる、か?」

「ええ。私ですよ、Ms.(ミズ)ヒビヤ。ご機嫌よう。君の箒もご機嫌ですね」

 

 ルネはこの速さのなかで普通に口を開いて話していた。後手を組み、宙に立ちながら。そのうえ彼の言葉は完全にナナオへと届いている。風の音がごうごうと響いているというのに。

 ナナオは体の一部が異様に重たくなっていくのを感じていた。気分も悪くなっていき、前がまともに見れなくなっていた。

 

「──で、出てくるのであれ、ば。オリバー、の方が」

 

 だからこそ彼女は目の前のルネを幻だと思ったのだが。ルネは苦笑しつつも告げた。

 

「おやおや。私は私ですが──そろそろ流石に意識が持たないようですね。では落ち着いてもらいましょうか」

 

 名箒との追いかけっこを楽しみたいルネであったが、ナナオの目線が虚ろになっていっているのに気づくと無言の魔法を扱う。

 沈静呪文だ。その波動を受けた箒は興奮状態からあっさりと落ち着いていき、それに合わせて速度を落とした。

 

 更に魔力を用いて箒を操り、ゆっくり地上を目指す。速度が十分に落ちたところで、ふらふらするナナオの頭に手を置いた。

 それだけで彼女の意識ははっきりする。吐き気もなくなった。

 

「む、むむ? これはいったい……」

 

 意識を取り戻したナナオはふと見上げた。そこには自分の頭を掴むルネの姿が。

 しかし、今自分は空を飛んでいるはず。下を見ればまだ十分な高さがあった。地上は遠く、見ればようやく上級生の箒乗り達が追いついてきたところだ。

 

 彼らはあり得ないものを見る目でルネを見つめていた。再度ナナオは彼を見上げた。

 ナナオの真上の空でうつ伏せになるようにして彼女の頭に手を置いているルネだが、やはり何度見ても箒に跨っているようには見えない。それどころか箒が見えない。

 

 ナナオの視線で彼女の言いたいことを悟ったのだろう。ルネは不満げに言った。

 

「だから私はスレイプニルを創ったのです。あの子でようやく()()()()()()()()()()の速さしか出せませんが」

 

 

 

 箒なしで飛んでいったルネに地上に残された生徒達は沈黙するばかりだった。

 

「これまで箒術は箒なしでの飛行を否定してきた。箒なしでも飛べると宣った連中の詐欺を全て暴いてきたのさ」

 

 黙り、困惑する生徒達に対しダスティンが口を開く。箒術の教師として。

 

「魔法で透明にした使い魔や魔法道具に頼って飛ぶ連中を見て、箒乗り達は安心してきたんだ。まだ大丈夫だと。箒がいらなくなる時は来ないんだと。

 ははッ──その時が来ちまったみたいだな。やっぱアイツらが言ってたのはマジだったのか」

 

 ふと自分しか知らない話を呟いていることに気づいたようだ。教師の呟きの詳細を聞きたがっている生徒達にダスティンは言った。

 

「去年のことだ。後輩の箒乗り達が異端狩り(グノーシスハンター)を引退することになっちまってな。俺ほどじゃないがかなりの乗り手どもだったんだぜ。そいつらが全員燃え尽きて、再起不能になっちまったんだ。

 で、俺は理由を訊いたわけだ。『お前らみたいなヤツがどうして辞めるんだ。まだまだイケるだろ』ってな。そしたらアイツらは教えてくれたのよ。自分達が見たものを」

 

 空と宙の間に現れた異界の怪物。それを退けるために選ばれたのは魔法空戦で指折りの実力者達。箒に跨り、空を飛ぶ異端狩り(グノーシスハンター)の精鋭達だ。

 そんな彼らですら息を白くさせながら、体を凍えさせてようやく到達できる高さで見たのだ。これから戦おうと意気込んでいた怪物が血濡れで逃げていく姿を。

 

 逃げ去っていく怪物は血の跡を残しながらその巨体から出たとは信じられない速さで飛んでいた。まるで巨大で真っ赤な流れ星のように。

 その後をどうにかして追いかけていった異端狩り(グノーシスハンター)達はもっと近づいてようやく分かったのだ。小蝿のごとく怪物にたかっている小さな影を。

 逃げ回る怪物を完璧に捉え、その巨体を貫き、斬り裂いているのを。

 一人、一人と速度と高度に耐えきれずに離脱していく箒乗り達。最後の力を振り絞って、ダスティンの後輩の一人はその正体をはっきりと見たのである。

 

 流星の如き怪物は討伐された。その死骸はサリヴァーン領へと落下したとのことだった。何かに引き寄せられるように。

 そして作戦終了後、参加した箒乗り達は全員が引退を希望した。どうにか引き止めるよう古巣から頼まれたダスティンは後輩達を説得しようとしたのだが。

 彼らは全てが終わったかのような顔で言った。

 

『まるで妖精だった。そう上に報告したら、異界の怪物と妖精が同士討ちしたってことになっちまったんですがね。

 でもあれは間違いない。魔法使いだった。そして俺らはそいつをここで──本部で歩いているのを見たんです。あのガキを。ルネ=サリヴァーンを。あいつが飛んでたんだ。箒もなしに、俺らが縮こまりながらどうにか飛んでた高さを』

『未だに信じられませんよ。あの高さですよ。それを箒も使わないで、あんな速さで飛べるだなんて。追いつけもしなかった』

『今なら占術科の連中の気持ちが分かりやすぜ。時代が終わった……そんな気分でさ』

『あんな子供に、こんな気持ちにさせられるだなんて。酒も喉を通りゃしませんよ』

 

 そう言った後輩達にダスティンはかける言葉がなかった。肩を落として部屋を出て行く彼らを見送ることしかできなかったのである。

 

「結局、俺はアイツらを止められなかった。全員田舎に引き籠っちまいやがってよ」

 

 ダスティンが見上げる先には空を飛ぶルネの姿があった。どういう魔法なのか翼もなく飛行している。ナナオとその箒の周りを飛び、彼女らを元の位置へと誘導していた。

 その姿はまさに空を舞う妖精のようである。箒乗り達にとっては分野の破壊者という点で恨めしく、また自力で飛べるという羨ましさもあった。

 

 緩やかに降りてくるルネの姿を見てダスティンは考えた。失踪したグレンヴィルに似た心境である。

 今からでもルネ=サリヴァーンの授業、試験を全て免除にできないだろうかと。

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