七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第41話〜魔道工学〜

 箒術の授業を終え、その後更に一つの授業を終えた後の昼休み。ルネは食堂で友人達と同じテーブルについていたのだが。

 彼はその手にある紙をずっと眺めていた。一つ授業を挟んで箒術教師のダスティン=ヘッジズから届いた免除通知書だ。

 

「本日貴殿の卓越した箒術の知識、技能を確認できたため本授業の履修と試験を全て免除する」

 

 内容はこうだった。要するにルネを授業から追い出したわけである。そんな異例の通知書の噂はすぐに校内に広まった。もちろんルネが箒なしに飛んだ事実もである。

 

 また魔法界の常識を破壊したルネに対しての周囲の反応はいつも通りだった。「またあの天才がやりやがったか」と。

 底を見せない才能に戦々恐々とする者や憧れる者などなど。

 今、この食堂でもちらちらと彼を見る視線は多かった。まるで怪物を見るような恐ろしげな目や、彼の能力に興味津々といった好奇の眼差しである。

 

 そんななかでルネの感情は残念のみであるようだった。

 

「みなさんと一緒に飛びたかったのですが」

 

 そう言うと通知書を丁寧に封筒に戻し、ローブの中にしまい込んだ。

 彼にとってこの書類は想定外であったようだ。優れている自分だからこそ多くの生徒達の指針となるべきと思っていたからである。

 

 しかし教師からの突きつけられたのは拒絶だった。珍しくルネも落ち込んだのか視線が下を向きがちになる。

 

「……いったいどのようにして飛んだのですか?」

「ああ、そうだ。他にも気になることはある。君が箒に乗った時も自力で飛んだ時もかなり無茶な飛び方をしていたが、君の体には一つの変調もないだろう。並の箒乗りなら失神するような飛び方だったんだぞ」

 

 落ち込んだ彼に対して、やや悩んだがミシェーラとオリバーは解説を要求した。知識をひけらかすのが好きなルネにとってそれが元気づける良い方法だと思ったからである。

 

「──ふむ、では説明しましょう」

 

 案の定、ルネは二人の問いかけに乗ってきた。こほんと咳払いをすると、いつもの調子に戻る。

 

「まず飛行術式についてですが、あれは箒が扱う魔力の泡を領域魔法で再現しただけです。自身を魔力の泡で包み、その泡の動きで宙を動き回ります。こんな風に。泡の表面にある小さな手で宙を掴み、移動するといった要領で」

 

 ふわりと浮かんだルネはテーブルの周りをゆっくりと飛んだ。説明のために可視化させた泡が微妙に蠢き、移動や方向転換を行う。

 箒の魔力の働きを解明したことによって成された偉業である。箒術だけでなく魔法生物学的な成果でもあった。

 これまでどれだけの魔法使いがふわふわと浮き上がる箒の謎を解き明かそうとしてきたことか。その集大成が今目の前のルネなのである。

 

 そんな達成を「再現しただけ」と。謙遜ではなく、単なる事実としてルネは言った。彼にとっては箒が飛ぶ仕組みの解明は胸を張るほどのことでもないのだ。

 これまで多くの分野で数多くの魔法使い達を憤死させてきただけのことはある。ルネの説明は淀みなく続いた。

 

「もちろんただ宙を浮かぶだけではありません。速度を出したい時にはこの動きを早く、強く行います」

 

 それまで宙を漂うだけだった泡は空気を貫くように鋭く動いた。途端にルネの姿は一気に天井まで昇る。その後、ゆっくりと降下した。

 

「これが私が開発した飛行術式です。空中を自在に動く性質を持った魔力に身を包み、その力を借りて飛んでいます。高速飛行も低速飛行も自由自在なのです。

 最高速度は箒のそれを優に超えますし、思考について工夫すれば高速飛行状態であっても呪文行使は可能となります」

 

 説明しながら、ふわふわと浮かんだまま幾つもの火の玉を周囲に呼び出す。先の授業で飛びながらナナオの箒を操ったのと同じように領域魔法を扱いながら他の魔法も使った。

 

 ダスティンが語ったようにこのようにして彼は高高度を飛行する怪物を討ったのである。その姿を、箒に生涯をかけてきた異端狩り(グノーシスハンター)達は見てしまったわけだ。

 田舎に帰る程度で済んでまだ良かったのかもしれない。占術科に至っては天球儀のおかげで自殺者すら出ているのだから。

 

 椅子に戻ったルネはオリバーに質問を再確認する。

 

「で、もう一つの質問は飛び方についてでしたね。どうして無茶苦茶な飛び方をしても気絶しないのかと」

「……ああ、そうだ。飛行術式については、まあ、一応理解した。だが魔力の泡に何かしら対策があるわけじゃないんだろう?」

「はい。対策については複数あるのですが、まずは根本的なものから。私の体の構造についてですね──恥ずかしながら細い腕でしょう? 力なんてなさそうな」

 

 袖を捲り、ほっそりとした白い腕をオリバー達に見せた。この細腕で三十インチもの長さの杖剣を巧みに操るわけである。

 その点について彼らは疑問視しない。何故なら筋力のなさそうな腕であっても魔力が強ければ筋肉以上の力を発揮するからだ。

 例え小柄な魔法使いであっても決して油断ならないのは魔力の優位性ゆえである。

 

 しかし、ルネが言いたいのは強い魔力という点ではなかった。白く柔らかそうな肌を指先で撫でながら言った。

 

「もちろん私の卓越した魔力によって亜人種を遥かに超える怪力を発揮することもできるのですが──しかし実のところ、魔力に頼らなくても私の体は強靭なのです。魔法使いの水準以上に」

 

 ふと大勢の視線がルネとガイを見比べてしまった。ちょうど近くにいた、対極的な背格好の魔法使いだからだ。ガイはがっしりと大柄であり、ルネはほっそりと小柄である。

 ルネがガイに対して優位であるのは彼の魔力量がずっと多いからであるというのは大勢が簡単に想像できることなのだが。

 ルネは違うと言った。疑問の視線を否定せず、解説を続ける。

 

「そうは見えないでしょう? こんな細いのに。力がなさそうなのに、と。魔力がなければ私なんてただの少年なのだと。

 しかし私の体は私の強力な魔力のもと、それに合わせるように強まってきました。見た目こそ変わりませんが私の皮膚も筋肉も骨格も神経も、私を作る全てが魔力の影響下で根本的に強化されているのです。

 醸されている、作り変わっていると表現しても良いかもしれません。じわじわと私の体を満たす魔力がその本質を変えていったのです。

 そして、完成しました。もし君達の体が藁でできていると例えるのなら私の体は剛鉄(アダマント)に例えられるでしょう。それだけ体の構造に違いがあるというわけです。

 ゆえに私はどんな急旋回だろうとも魔力に頼らずに耐えられます。要するに頑丈なのですよ。筋肉も、骨も、血管も、腱も。体の構造が違うからこそ君達が失神するほどのものであっても平然としていられるのです」

 

 体の造りそのものが違うのだと語るルネへ向けられる視線は疑問ばかりだった。一見してこの少年が魔力なしに強いとは思えないからだ。

 もし魔力を一切使わないという条件があるのならルネを組み伏せるのは簡単そうだった。このメンバーの中ではピートと同じくらいか、もしかすると彼よりもひ弱そうに見えたからである。

 

 そんな疑問視をルネも分かっていたようだ。しかし、どう証明するか。

 

「──魔力なしの殴り合いでもすればご理解いただけると思うのですが」

 

 誰かやらないか、という視線を周囲に向けるルネ。途端に彼を侮っていた大勢の生徒達はその視線と合わないようにそっぽを向き始めた。

 あんな小さい奴がという思いもあるが、彼がはったりをかますような性格ではないことも知っているからだ。

 

 もし彼が自称する剛鉄(アダマント)のような体なのだとしたら。魔力を使わない素手での喧嘩であっても勝てるわけがない。

 不要な怪我をしたくない面々はどうにかルネに指名されないように彼から顔を背けるのだ。

 

「──まあ、おいおい分かることでしょう」

 

 ルネは無理に誰かを誘うことをせず、次の解説に移った。

 

「もう一つの対策は君達もよくご存知の巨獣種(ベヘモト)障壁ですね。これで風を防ぎ、また体にかかる負荷も魔力の干渉でなかったことにしているのです」

 

 巨獣種(ベヘモト)障壁。自身の二節呪文を防がれたミシェーラにとっては嫌な能力である。彼以外の同級生であれば確実に決着の一撃だったはずなのだ。

 

 その能力が活躍しているのはオリバー達も察していた。彼らは実際のその力を目の当たりにしたのだから。あの頑丈な障壁で風を防いでいるのだろう、と。

 

「纏めましょうか。私は箒の魔力を解明し、それを利用して飛んでいます。そして飛行時には桁外れに頑丈な体に加え、魔力干渉による魔法防御によって体にかかる負荷をなかったことにしているのです。

 だからこそどれだけ速く飛んでも、また方向転換をしても私の体には何の不調も起きません。これが先ほど私が見せた飛行術の詳細です。ご満足いただけましたか?」

「ええ、満足しましたわ」

「相変わらずの君の才能にな」

 

 ミシェーラ、オリバーの感想を聞き、説明を終えたルネの表情はいつもの優しげなものに戻っていた。すっかり満足したらしい。

 

「授業に出られなくなってしまったのは残念ですが、しかしサポートをすることはできます。箒術で不安なところがありましたら、ぜひとも魔道倶楽部へお越しください。安心して飛べるようになるまでしっかり指導しますので」

 

 聴衆へそう語りかけた後、視線はガイとピートに向けられた。二人とも先ほどの授業では上手く箒に乗ることができなかったからである。

 ガイはルネの視線を無視したが、ピートは余裕のなさそうな様子で言った。

 

「……じゃあ、頼む。ついでに朝に言っていた件も診てくれるか。かなりキツくなってきたんだ」

 

 両極往来者(リバーシ)で臓器の位置などが変わり、神秘神経系の乱れが起きたことでピートの体を流れる魔力は一部滞っていた。

 それによって彼には強い不快感が起きていたのだ。今朝ルネが解説した通りである。

 これまではどうにか耐えられていたが、限界が来たようだ。食事に使っていたフォークを手から落としそうになるなど座っているのも辛そうだった。

 

「医務室に行くか? ピート」

「いや、良い。校医でもすぐには治せないんだろ? けどルネならすぐに治せる。そうだよな?」

 

 オリバーの提案をピートは拒否した。キンバリーの校医であっても、魔力流に関わる症状の場合は安静にするくらいの処置しか通常はできないと聞いていたからである。

 ピートはすぐに治して、次の授業にも参加したいのだ。ならルネを頼るしかない。 

 

 ルネの目は穏やかだった。たぶん実験体を見る目ではないとピートは思った。

 変なことはされない。そう信じるしかなかった彼はとりあえずルネにすっと手を差し出した。

 

「頼めるか?」

「ええ、ええ。もちろんおまかせください。では早速」

 

 ルネの顔がぱあっと明るくなり、嬉しそうにピートの手を取る。指と指を絡ませ、しっかりと握った。

 瞬間、魔法的接触を行う。手から魔力の触手がピートの霊体に入り込んだ。その光景はルネ以外には見えないが、何かが体に入ったのをピートは感じ取った。

 

 霊体と同化する性質を持った魔力を操り、霊体から女性体となったピートの魔力流を探ってその流れの滞りを見つけ出すのである。

 見た目はただの握手だが、高度な霊体技術によって体を隅々まで検査しているのだ。

 

「んッ、んん?」

 

 皮膚の下を弄られているような感覚にピートの声が漏れた。ぞくりぞくりと体が震える。痛くはないのだが、気持ち良いというよりかはくすぐったいという感覚だ。

 ルネは目を細め、ぶるぶると震えるピートの手を離さずに集中していた。しばらくして結果を伝える。

 

「ふむ。やはり変化した箇所の魔力流に停滞が見られますね。子宮と骨盤の辺りです。そのせいで気分が優れないのでしょう。

 ──では治療に移りますね。君の霊体に干渉して、そこの流れを良くしてあげるのです」

「痛むのか?」

 

 ピートが尋ねた瞬間にルネは手を離していた。

 

「いえ、もう済みました。ただ君の霊体に不調を教えてあげただけなので、そんなに手間も時間もかからないのですよ。

 それで体調はいかがですか?」

 

 あまりに一瞬のできごとにピートはきょとんとしたが、しかし先ほどまで全身を覆っていた倦怠感がなくなったことに気づく。体の重みや頭の辛さが消えたのだ。

 試しに椅子から立ち上がり、そしてまた座った。それで眩むこともない。

 

「本当だ。治った」

 

 あまりの呆気なさにそんな言葉しか出なかった。

 

「それは良かった。次の魔法工学の授業はとても楽しいので万全の状態で挑むべきなのです。その手助けができて嬉しいですよ」

 

 飛行術にしろ治療技術にしろルネ=サリヴァーンは既に一年生の域にいない。その証明を同級生達は毎日見せつけられているわけである。

 そして今日もまた自身の能力を立証したルネは上機嫌で食堂を出ていった。彼の背中を見送る視線は畏怖のものばかりである。

 

 ただ一人、安堵の吐息を漏らす生徒もいた。ようやくいなくなったかと。

 これで彼も動ける。席を立った少年はつかつかとオリバー達の方へと向かった。

 

 

 

「……おい、サリヴァーンだ」「うわ、マジか」

「箒術の話、聞いた?」「授業を追い出されたってな」「そりゃ箒なしで飛んだらそうなるでしょ。箒、いらないもん」

 

 ルネが他の生徒と廊下で出会うと、基本的に道を譲られるか露骨に目をそらされるかのどちらかである。

 今日もまた彼の噂をする生徒達は廊下の端で彼が通り過ぎるのを見送っていた。小声での話し声だが、もちろんルネの耳には届いている。

 そして当然のようにそれらの声を無視していた。捕食者が小鳥の囀りに唸り声を出さないようにルネは校舎を闊歩する。

 

 やや急ぎ足なのは次の授業に助手として参加することになっていたからだ。エンリコ=フォルギェーリ教授の魔道工学の授業である。初日の授業の進行という重要な役目も任されていた。

 

 ルネはこの授業を免除されているが、助手としての活動は出席免除の代わりではない。単にフォルギェーリが助手を求めたからである。

 魔道工学科に所属する研究生や講師達を差し置いて教授はルネを指名したわけだ。

 

 これが意味することを既に大勢の生徒達は口々に噂している。卒業後ルネはフォルギェーリの後を継ぐのではないかと。キンバリー魔法学校魔道工学教授の地位である。

 

 それだけフォルギェーリ教授はルネを溺愛していたし、ルネもそんな教授を尊敬していた。ゆえに教授はルネに初日の授業の準備を全て任せたのである。

 

 授業の準備そのものは既に済んでいた。生徒達に解体してもらうための魔法トラップは作成済みであるし、教室内に設置済みだった。

 新入生のレベルで解体できるかどうかという絶妙なラインを攻めた設計である。当然教授には確認を取っており太鼓判を押されていた。

 

 ルネにとって新入生達が手も足もでないような魔法トラップを作ることは容易い。

 しかしそれでは授業にならないのだ。彼らが吹き飛んでも、そこに学びがなければただの虐待である。吹き飛びながら魔道工学的な構造を知っていくのだ。

 

 痛みと共に学びを。そんなフォルギェーリ教授の思想に則ってルネは魔法トラップを作っていた。

 

 ルネは同級生達に期待する。魔道工学の初日。しっかりとその身で学問を体験してもらうようにと。

 楽しげに教室を目指した。きっとみんなが楽しんでくれると確信して。

 

 

 

「ではスタート! 皆さん張り切っていきましょう! 成功の秘訣は友情と団結ですよ! キャハハハハッ!」

「経験者は名乗り出ろ! 時間がないッ!」

「半年キンバリーにいてまだ分かりませんの!? 今の説明に何ひとつ誇張はありません! 失敗すれば手足くらいは平気でちぎれますわよ!」

 

 一時間後に作動する四つの魔法トラップの解体。そんな授業内容を教授から指示された生徒達は大慌てで教室の四隅に登場した一抱えほどの大きさの箱へと向かっていった。それらがルネの作った魔法トラップである。

 

「ではここからは魔法トラップの制作者であるMr.(ミスター)サリヴァーンにおまかせしましょう! 今日はワタシの助手をしてもらっています。さあ、友人達を導いてあげてください!」

「はい、先生。では一時間、一緒に頑張りましょうね」

 

 教授から授業の主導権を受け取ったルネは同級生達を見渡す。

 状況はまさに阿鼻叫喚。一時間後の未来を良くするためにも四つの箱へ杖を向け、その構造の把握と解体を目指す。

 

 ルネはそんな同級生達の様子を眺めながら無言の拡声呪文で教室内の全員に声を届けた。

 

「ではヒントその一。トラップの内訳ですね。時限型が三つと時限反応型が一つあります。

 時限型は文字通り時間経過で発動する罠です。時限反応型は時限型と反応型を組み合わせたものですね。

 反応型も言葉通りのものです。一定の接触に反応し発動する罠になっています。つまり三つは時間で発動して、一つは時間経過と不用意な接触で発動する罠ということになります」

「じ、時限反応型!? おい、雑に魔力を送るんじゃないぞ! トラップが作動しちまう!」

 

 どういった魔法トラップがあるのかを教える。時限反応型の名前を聞いた一部の生徒が考えなしにトラップに杖を向けようとした同級生を止めた。 

 その行動をルネは褒める。パチパチと手を鳴らしながら。

 

「素晴らしい。その通りですよ。反応型は各所に感知器が仕込んであります。君らの魔力の動きやトラップに杖を突っ込んだ時の揺れなどを感知し発動させるのです。

 この中の四つのうち一つがそれです。さあ、どれがどれでしょうか。まずは時限型と時限反応型の見極めからやってみましょう」

 

 生徒達は一度杖を下ろし、箱に触れないように慎重に外からの観察を始めた。

 ルネはそんな彼らの後ろから課題達成の具合を見ていく。ヒントを囁きながら。

 

「魔法トラップ解除の到達点はそれを動かす機構を止めることです。感知器を動かしている魔力の供給源を外す、止める、狂わせるなどなど。とにかく爆発しない状態にさせる必要があります。

 そのためにはこの箱の中身がどうなっているのかを開けずに知らなければいけません。そこで魔力の出番です。杖先から自己領域を広げ、箱の中へと届かせます。そうなれば箱の中身は君達の感覚内のものになるのです。まさに手に取るように分かるはずです。ここにこのトラップの核があるのだと。

 しかし、そうさせないのが反応型です。君達が放った魔力の波動や領域の揺らぎを感知し、罠を作動させます。君達のちょっとした操作ミスが大事故を引き起こすのです。緊張しますよね」

 

 目の前の箱を観察する生徒達の目が見開かれ、杖を持つ手が強張っている。ルネはその強張りを解くためにも安心させるような優しい声音で言った。

 

「そう力を入れずに。今日はひとまず爆発させても大丈夫です。死ぬようなものは仕込んでありませんから。大袈裟に表現してものたうち回る程度のものです。だから失敗を恐れずに、魔法トラップの魔道工学的構造をよく見ておきましょう。ここにこれがあるとこうなるのだと。それを知識と体で知ることで、次の授業では痛い目を見ずに済みますからね」

 

 しかし全く励ましにならない言葉にほとんどの生徒達が苛立つ。今日も痛い目に遭いたくないというのが総意だったからである。

 

 そうして五十五分が経過した。時限型の魔法トラップは三つ全て解除が終わっていた。残すは一つ、時限反応型のものだけである。

 ただその解除作業は芳しくなかった。全員が四角い箱に杖を向けるだけでそれ以上のことができない。なかなか攻略の起点が見つからなかったのである。

 

「どうすりゃ止まるんだよ、これ!」

 

 そんな悲鳴に近い同級生達の声を聞いたルネが杖を振った。すると魔法トラップの外装が外れ、内部機構が剝き出しになる。

 彼らが最も手こずっていた外装の撤去をやってくれたわけだ。

 

「よ、よし。後はこれを解体するだけだよな?」

 

 一人の生徒が無数の部品でできた魔法トラップを見つめ、そう呟く。が、それに賛同しない同級生達がいた。

 魔道工学の知識を既に持ち合わせていた生徒達だ。経験者はこの時限反応型の中身を見て言葉を失った。

 

「……無理だ。あと五分でこれはバラせない」 

 

 杖を下ろし、そう呟く同級生の一人。

 彼の隣にいたオリバーは機械の森のような複雑な内部機構を覗き込む。この中にすら感知器があるはずなのだ。不用意に解体しようとすれば即トラップが動いてしまうだろう。

 

「その通りだ、もう時間がない。解除は諦めて身を守るぞ!」

「それはいけません。もしその場を離れるのでしたら、今すぐ起動しますよ」 

 

 その場を離れるために身を翻した友人達へルネはそう告げた。ぴたりと動きを止め、オリバー達はルネを見つめる。信じられないものを見るような目で。

 ルネはむしろ彼らの行動が信じられないようだった。授業の助手兼進行役として彼らに言う。

 

「これはとても貴重な経験ですよ? 間近で私が作った魔法トラップの動きが見られるのです。そのために外枠を落としたのですから、せめてよくそのトラップの仕組みを観察してください」

 

 課題である魔法トラップは全てルネの作品だ。当然彼にはもう時間的に課題が達成不可能であることは分かり切っていた。

 だからせめてどういう仕組みで自分達が被害を被るのか。それを目に焼きつけてほしいからこそ中身を見せるようにしたのだ。

 決してこれを解体するようにと最後のヒントを出したのではない。いわば手向けである。せめて自分の作品の動きを見て、魔道工学的な知識を増やしてほしいという。

 

 オリバー達の視線はルネからフォルギェーリ教授へと移った。彼を止めてくれと言わんばかりの目だったが。

 教授は感心したように言った。

 

「ほうほう、確かにそれは一理ありますねェ。ではみなさん、最後まで諦めずに頑張りましょう」

 

 全く止めるつもりのない返答に彼らは硬直する。その間も定刻が迫っていた。 

 

「ご安心ください。最初も言ったように死ぬような代物は仕込んでいませんから」

 

 そして数分後。発動した魔法トラップから大量の毒蛇が解き放たれ、濁流のように生徒達へと襲いかかった。

 悲鳴を上げて慌てて逃げ出す彼らに牙を向け、噛みつくと同時に激痛の毒を注入する。苦痛の叫びをあげながら倒れ、逃げ惑う同級生達をルネは微笑ましく眺めていた。

 

「噛まれても痛みがあるだけです。麻痺などはしませんので安心してください。

 では、本日使用した魔法トラップの設計図と鎮痛薬と解毒薬を出口に置いておきます。みなさん、しっかりと復習しておくように」

 

 指導者としての一言を伝えるとルネは机に置いてあった小さな箱を手に取り、床に放り投げる。カラン、カランと箱は転がった。

 止まったところで箱は開く。途端に生徒達を襲っていた毒蛇達は動きを止め、一斉に箱の中を目指した。

 一匹入るか入らないかという大きさしかないというのに、全ての蛇達はその中に収まる。最後の一匹が入ったところで箱は閉じた。

 

 箱を拾い上げ、ローブの中に入れるとルネは言った。

 

「さて。次回以降の授業では私は助手として一歩下がり、フォルギェーリ先生が教壇に立たれます。今日の私の授業は先生のものを真似ましたので同じようなことをすると思ってもらって構いません。

 次はパーフェクトを狙いましょう。君達ならきっとできますよ」

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