七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~ 作:HAL1993
迷宮はいつも静かだ。特に一層は静けさがより目立つ。薄暗い石の迷宮は陰気で音がないのがよく似合っていた。
「〜♪」
そのなかをルネは鼻歌交じりに歩く。数多くいる
もっとも多くの生徒にとって目の前のルネが本体かそうでないかという違いは些細なことであった。どちらも危険度でいえば大差ないからである。
キンバリー生にとって迷宮内でルネと遭遇することはもはや災害に遭うのと同じように思われていた。ルール無用の迷宮でどんな因縁をつけられるか分かったものではないからだ。
微笑みを絶やさない優しげな顔に騙されてはいけない。その青い瞳はいつも何かを狙っているのだから。
ルネは捕食者であり、自分達は被捕食者なのだとわきまえていた。
例え上級生であってもそうである。入学以前の実績に加え、入学後の
迷宮内屈指の危険人物であるサルヴァドーリ、リヴァーモアの両名を完封し、ゴッドフレイ率いる生徒会に手出しをさせず
そのおかげでルネの散策は気ままなものであった。迷宮内の危険物リストの上位に入れられる彼の視界に入ろうとする生徒は少数派である。
彼の姿をちょっとでも見たり、近づいていることに気づいたりしたらその身を隠すのが一番だ。そんな選択をした生徒の姿をルネは何度も見かけた。
呪文で透明になったり、通路の影に隠れたり。もちろんその全てに気づいていたルネだが、わざわざ彼らを引きずり出してまで痛めつけるほど乱暴者ではないし暇でもなかった。
そこから杖剣や呪文と共に飛び出してくるつもりなら話は別だが、誰もが動きを止めてルネが立ち去るのを待つばかりだ。
おかげでルネの迷宮での活動は比較的静かである。彼もその静かさを好んでいた。
今回の最強決定戦への横槍のように誰かを襲いたい時には自身の評判を弱点のように思うが、ほとんどの場合は静かさをありがたく思っている。
迷宮内を進むのは研究や思索などの目的があってのことであり、それ以外で手を煩わせたくないのだ。魔法一つで一蹴できるとはいえ、余計な時間を使いたくないわけである。
そして今のルネには目的があった。これから迷宮の先へと進まないといけないのである。
なのでこの歩みを邪魔されたくはないのだが。
ルネは立ち止まる。まるで壁と対面したかのように突如歩きを止めた。
結界、人払いのもの。襲撃場所か? 一歩先にある領域を察知したのだ。
そして考えた。道を変えて目的を果たすべきか、それとも相手の策に乗るべきか。
下へ行くのには今進んでいる道が最短経路である。もちろん別のルートもあるわけだが。道を変える手間とこれからある出来事の処理にかかる時間を天秤にかけ、ルネはこのまま進むことを選んだ。
人払いの結界に入る。この領域内にいるのは一人だけ。他に隠れている生徒はいない。視線の先には長身の男子生徒の姿があった。
「こんばんは、ルネくん」
「こんばんは、そして初めまして
通路の真ん中に立つロッシは緊張で体が強張っていたが、それを
「せや、ルネくん。ところでありがとうなぁ、出会い頭に呪文ぶっ放さんといてくれて」
「ふむ。そうされる自覚があると」
「い、イジワル言わんといてぇな。怖い人やで、ジブン」
「ふふ、では怖い人らしく──」
ルネの青い瞳が大きく丸くなる。きらきらとした青から暗がりの青へと色も変わった。
途端にロッシの肩に重圧がかかる。床を突き抜けていきそうなほどだ。
また彼は首に冷たい何かを感じた。そのまま骨まで通ってしまいそうなひんやりとした感覚である。
もちろんロッシに加重の魔法がかけられたわけでもなく、首に杖剣を突きつけられたわけでもない。ただのプレッシャーだけで彼自身が自分は潰れ、首を斬られると錯覚したのだ。
威嚇。つまり
「──ッ、か、堪忍やで。ホンマに」
ルネの気迫に呑まれたロッシは冷や汗を流しながら両手でルネを制した。もちろん彼がそうしなくてもルネには杖を抜くつもりもないが、話が長引くようなら選択肢に出てこないこともないのだ。
そうさせないようロッシに催促した。
「実は今夜は用事があるのです。なので申し訳ありませんが手短にお願いできますか?」
「せやったんか。じゃ、早速──キミを参加させへんかったこと、どうかこの通り許してください」
道の真ん中で跪くなりロッシは謝罪を口にする。じっとルネを見上げ、懇願した。
「ボクはまだやりたいことがあんのや。だからまだこの祭りを終わらせたないねん。だから、どうかこの通り。せめてボクがやりたいことを終わらせるまで、どうかその杖を収めてください」
跪いた姿に気になる点もあったが、それよりもルネの中に素直な疑問が浮かんだのでそちらを尋ねる。
「君がやりたいこととは?」
「オリバーくんとやり合いたいねん」
思ってもみなかった返事にルネは好奇心のまま質問を重ねた。
「彼に何か恨みでも?」
「あらへんよ。オリバーくん本人とも彼の家とも。ただボクよりも目立っとるのが気に食わんだけや」
「……
「せや。だからオリバーくんとやり合うまで、どうか堪忍してください」
オリバーがこの
「分かりました。君の謝罪もお願いも受け入れるとしましょう」
それを聞いたロッシはにっこりと笑みを浮かべる。にこにこと愛想良く。
「ホンマか! いや、ありがとうなぁ。この借りはいつか返すわ。ボクで助けになることがあれば何でも言ってや」
彼と同じように微笑みながらルネはロッシに告げた。
「では早速、一つ言いましょうか。その下品な姿勢について」
ロッシの笑顔と姿勢が固まる。場の空気が一気に冷めた。ロッシの目も変わる。にこやかなものから狙いを定める鋭い視線へと。
対してルネは自然体で言った。
「腕と脚に随分と力が入っていますね。足の向きもだ。その力みと姿勢は跪くためではなく飛び出すためのもの。私がもう一歩でも進んだら、杖剣を抜いてぐさりとするつもりだったのでしょう?」
淡々とした指摘にロッシは否定の言葉を出せない。ルネはそんな彼の様子に微笑みを向けた。
「それともズバッとするつもりでしたか? しかしどちらであっても問題ありません。私の
解説にロッシは細い目を見開く。考えが瓦解した様子が見て取れた。
しばし口をパクパクと動かし、ようやく言葉を出す。
「んな、アホな……そんなこと」
「ないと? ただ私が誇張しているだけだと? なら試してみますか? 私の話はもう終わりました。道を進むことにします。もし私の話が嘘だと思うのなら、君が練った作戦に従ってください」
その時に敵対した生徒会が噂を広めたからである。あくまで噂程度に。
問題を起こしたとはいえ生徒会が一生徒の編み出した技術を喧伝するわけにもいかないが、かといって黙っていては他の生徒の安全上の問題が起きてしまう。
そこで危険な生徒の技術については噂の形にして校内に広めるのが生徒会のやり方らしい。
しかし噂にしたおかげで情報量が減ってしまっているようだ。常時展開の部分をロッシは本当に知らなかったのである。
あくまで意識して使う防御手段であり不意打ちは効くと、彼を含めた多くの生徒が勘違いしたようだ。
その誤報はこの瞬間まで誰も知らなかった。
今回の件でルネは何度も襲撃を受けたが、その点が新たな噂という形で改善されることはなかったからである。全ての襲撃を一撃をもらうこともなく全て片づけたのだから。
誰も
固まったロッシにルネは優しい目を向けた。彼の中でコインが回っているのが見える。表か裏か。はったりか真実か。
一方コインを投げないルネがすることはただ一つ。カツンと石の道を鳴らして一歩を踏み出した。
ロッシは、動かなかった。そのままルネは歩いていく。そして跪いたまま震えるロッシとすれ違う際に声をかけた。
「君は思ったよりも面白い人だ。気に入りました。だから仕留めるのは最後にしてあげます」
「は? い、いったい何の」
そしてキョトンとした反応しかできない彼を置いてルネは進んでいき、振り返りもせずに言った。
「では、また。君が
ルネが去った後もロッシは開いた口が塞がらない様子だった。立ち上がることもできない。
しかし、その時が来るのが先延ばしになったと。それを察し、ようやく立った。
ただ跪くのを止めただけでそれ以外に何もできない。しばし立ち尽くすと、ふらふらとロッシは校舎への出口を目指した。
そのふらつく足は同じ姿勢をずっと取っていたからだと信じて。
アステリア=マックリーは最近憂鬱であった。
入学前に自身が思い描いていた学生生活が数ヶ月で破綻したことも頭痛の種であるが、より頭を悩ませるのがあらゆることの根本的な原因であるルネだ。
彼が自由奔放になればなるほど周囲が自分達、つまりは不死鳥の団の団員達を見る目が変わってくるのだから。
「……ふぅ」
一回の深呼吸で息を整えたアステリアは杖剣を鞘に収めると石壁に寄りかかった。ため息混じりの視線の先には気絶した同級生の姿がある。
こうして迷宮一層で喧嘩を売られるのはしょっちゅうだった。それもこれもやりたい放題の団長のせいである。
「聞こえないだろうけど、これに懲りたらもう私達に手を出さないでね。他の団員だったら気絶するだけじゃすまないかもよ」
ぽつりと呟く。
喧嘩を売ってきた彼にはまだ相手が自分だったことを幸運に思ってもらうしかない。体にキノコを植えつけたり、体の一部を機械に改造されたりするよりは杖剣で斬り倒される方がマシだろう。
アステリアは近くに放っておいた背嚢から水筒を取り出し、口につけると中身を一気にあおった。
ぐびぐびと喉が鳴り、口の端から水が漏れるが彼女は気にしない。制服の襟や胸の辺りに水が飛んでも水筒を傾け続けた。
水分を欲しがる体が満足し、また全身を覆う熱が冷えるまで。
彼女が手にしている水筒は小ぶりなものだったが、どれだけアステリアが飲んでも中身は一向になくならない。
不死鳥の団の支給品である水筒は当然のように魔法道具だからだ。小さいが容量はかなりのものなのである。しかもどれだけ水を入れても重量は変わらない優れものだった。
「ぷはッ──」
体が満足したのを感じると豪快に口を離して水筒の蓋を閉める。まだ口が濡れていたので袖で拭った。
濡れた袖口をふと見つめ、アステリアは苦笑を浮かべる。入学前はもう少し上品に過ごすだろうと思っていたのに。人目がないとはいえハンカチも使わないとは。
変わったな。それが自己評価であった。
原因として思い浮かぶのはあの桃色の霧である。あれのおかげでこうして襲撃者も返り討ちにすることができるようになったのだが。
霧のせいで性格もあのルネに似たのかと思ったアステリアだが、ふと彼のことを思い起こす。
「──ルネならハンカチを使うわね」
となると元からこうだったのか。
やれやれと思いながら水筒を背嚢に戻すとそれを背負い直し、迷宮の道を歩み始める。研究用の資料を集める作業の続きだ。
薬草、魔法生物の素材、ある種の性質を持った土などなど。錬金術の研究に使う素材は山ほどある。
それらを必要とする段階にアステリアはいた。これもルネのおかげだ。彼の霧と援助のおかげで杖剣だけでなく研究の道も明るくなったのだから。
あれに会わなかったら夜はただベッドで寝てただろう。それか宿題に頭を悩ませてたのかもしれない。
そして同級生を一蹴するくらいの力も得られなかったはずだ。
ふと自分の口角が上がっていることにアステリアは気づく。思い出したのだ。先ほどの決闘を。あっさりと同級生を倒した自分を。
入学した頃ではあり得なかった力が自分のものになっていた。
そう思えば──あれと出会ったことも悪くなかったのかもしれない。
入学して半年、彼女は夜遅くまで魔道を邁進していた。その歩みは決して楽なものではないが、つまらないものでも苦しいだけのものでもなかった。
だけど、今日はもう絡まれないと良いのだけど。そう思いながらアステリアは目的地を目指す。
魔道倶楽部においてもルネ=サリヴァーンは大勢の生徒を教えている。ステイシー=コーンウォリスとフェイ=ウィロックもそうだった。
この二人とは
彼らの課題は切羽詰まっていたからだ。打倒ミシェーラ=マクファーレン、魔道倶楽部の初日にルネに伝えたステイシーの目標だった。
彼女らなりに作戦というものはあったのだが。それもミシェーラがエルフ体となって二節呪文を扱えることを知ってからは無駄になってしまったのである。
当初二人は狼の姿になったフェイにステイシーが騎乗するという作戦を選んでいた。以前
機動力と耐久力のあるフェイが盾になり、ステイシーの呪文が槍となるわけだ。
この戦法を取るための練習は十分に行っていた。ルネと戦った際に既に慣れた様子だったのはこれが二人の対ミシェーラ用の必勝の策だったからだ。
しかし人狼は一節呪文には耐えられるものの二節となると難しくなる。ミシェーラが二節呪文を現段階で扱えるとなるとフェイの耐久力を頼ったこの作戦の前提条件が崩れてしまうのだ。
二人は悩みに悩んだ結果、魔道倶楽部の門を叩いたわけである。また別の作戦を練り上げるために。
そしてルネはあっさりとそれを思いつき、二人に与えた。
彼女らが魔道倶楽部入りして三ヶ月。ステイシーとフェイの魔道倶楽部はその練習ばかりだった。
「ッ! はぁッ、はぁッ──」
「フェイ! 早く、これを」
「ああ、すまない。スー」
迷宮一層に作られた訓練場にて崩れ落ちるように膝をついたフェイ。どさりと石の床に倒れ込む。
そこに駆け寄ったステイシーが魔法薬を手渡した。痛みと疲労を和らげてくれるそれをフェイは飲む。気絶しかねない痛みが全身を襲う前に和らいでいく。
一息ついた彼に
「では瞑想に入ってください」
「ああ、分かった」
その指示に従ってフェイはやや離れたところに敷いてあった絨毯の上に座る。
そして目を閉じ、集中して魔力を操ると自分の体を調べていく。体の隅々まで。体の芯から指先までしっかりと。
絨毯の上はそのための場所だった。遮音呪文が施された絨毯の上は雑音のない空間なのだ。集中するにはぴったりの場所である。
「
「ええ、分かってるわ。こっちもやりましょう」
ステイシーは相棒の様子をしばらく眺めていたが、今度は自分の番とばかりにルネと向き合った。フェイの訓練が一段落したら次は自分の番なのだから。
魔法戦闘の訓練である。ステイシーは杖剣と呪文を駆使し、ルネからの一本を狙った。
激しい杖剣のやり取りと呪文の応酬の中でステイシーは思う。ルネの真意を。
二人の魔道倶楽部への参加はフェイの発案だった。
彼女は最初その案に難色を示していた。
自分達の考えがルネを通してミシェーラに知られるのではないかということを不安に思ったのである。
そこでフェイが言及したのはルネとミシェーラの関係がそれほど良くない、というかミシェーラの側が強く警戒している点だった。
いずれ二人は対決することになるはずだ。である以上は自分達の作戦などを漏らすことはないだろうという考えである。
むしろ自分達を鍛え、対ミシェーラ用の兵士にするかもと。
本当にそうだろうか、いや魔法使いならそう考えてもおかしくはない。いや、しかし。
そんな思いを抱えながら参加したわけだが。ルネはミシェーラに勝ちたいというステイシーの願いにこれといった反応を見せず、淡々とそのための練習に付き合ってくれた。理由も尋ねず。
もちろんミシェーラに情報を流している様子もなかった。そうなれば真っ先に彼女は自分達のところに来るからだ。話し合いをしに。
そうでないということは秘密は守られているということである。
やはりフェイが言っていた通りなのだろうか、とステイシーが思っていると彼女の手から杖剣が弾き飛ばされた。リゼット流の刺突で。
ステイシーの杖剣が床の上を転がる。彼女の視線はその動きではなく杖剣を下ろしたルネに向けられていた。
彼はいつものように優しく微笑む。
「集中しましょう。きっと
そう一言述べ、杖剣を取ってくるように促した。
「ごめんなさい。分かったわ」
ルネはステイシーが何に気を散らせていたのかも尋ねない。ただ杖剣を取りに行くのを待ち、訓練を再開する。
ただ彼なりにその点は想像していたのか、それとも集中力を削ぐためかルネは戦闘中に言った。
「この最強決定戦が終わるのが心配なのでしょうか。ご安心ください。まだ終わらせるつもりはありませんから。私にもまだやりたいことがありますし、君が
誰のせいでこの催しが半壊しているのかと思ったが。頭の中で悪態が反芻されるばかりでステイシーは言葉を返すのに苦労した。
ルネの攻撃が激しさを増したからである。致命的な一撃を狙う杖剣を捌くのに必死で言葉を口にする間もなかったのだ。
「
しかしルネは会話を求めてくる。そのために手を休めることはなく、戦いながら話すことを要求してきた。
「──
牽制の呪文が軽く避けられ接近される。しかしルネの一閃を杖剣で防ぎつつ、どうにか会話の間を作り出した。
「あなたが、どうして私達に手を貸してくれるのか……それが気になったの!」
呼吸を動きに合わせたり、会話に合わせたりと予測しがたい複雑な攻めをステイシーは見せる。しかしルネは完璧にそれに合わせてきた。無駄な動きを一つも見せず。
「君の身体的な活動の差異で見せる複雑さですが、少し攻めの気が強すぎるようですね。勝ち気な君の性格は買いますが、もう少し私を困らせてください」
「この、バケモンッ!」
語気が強まると同時に戦い方が雑になる。そこは見逃されなかった。
ふわりと浮かんだ彼の姿が素早く揺れ動き、気づけば自分の首にルネの杖剣が走っていた。訓練のためにこの部屋に施された呪文が発動する。
訓練時の攻撃を一切無効化する呪文と、一撃が入ったら相手にそれを知らせるための呪文だ。
ステイシーの頭に音が響いた。「一本あり」と。
ルネは杖剣を鞘に収める。ステイシーも疲労に震える手で杖剣を鞘に戻した。
「魔力量も体力もそれなりにありますが、やはり集中力に欠けますね。
もしその戦法を次に使うのであれば自分をより客観視できなければ。相手を惑わす自分と杖剣を振るう自分は別でありつつ、ちぐはぐにならないよう君がコントロールしておかなければなりません。となるとこの二つを俯瞰的に見つつ、管理する君がいなければならないのです。
集中し、自身を把握しましょう。そのためには魔力を知るのです。魔力を頼れば複数の思考や動作を操ることも難しくありません」
解説を終えるとルネはステイシーの反応を待った。彼の視線の前で息を整え、ようやく話ができるようになる。
「ふう……分かったわ……で、気にならないわけ?」
「何がでしょうか」
「私達がミシェーラに勝ちたいっていうこと。あなたはミシェーラの友達でしょ? どうして、とか思わないわけ?」
「思いませんよ。今は」
含みのある言い方にステイシーは目を細めた。その意図を彼女が問いただす前にルネは言った。
「母親が違うとはいえ、妹は姉に勝ってみたくなるものですから。それは自然なことでしょう」
「──あんた」
「気にしていないのは知っているから。もし私と接するのであれば、その点をよくご理解ください。
好奇心は強い方ですから秘密には食いつきます。そして、ついつい私はそれを解明してしまうのです」
「なんで、それを? 誰かから聞いた?」
自身について語るルネだが、ステイシーが聞きたいのはそういうことではなかった。どうやって知ったのか。
サリヴァーン一族の情報網を使ったのか、まさかミシェーラからか? 彼女の視線はそんな疑念に渦巻いていた。
ルネは包み隠さずその疑問にもしっかりと答える。
「例えば君の魔力。親戚にしては彼女に近い質だと私は感じました。また君が訓練中に流した血も調べましたが、やはり
「──」
ステイシーは絶句した。血なんて勝手に調べてなどなど言いたいことは幾つもあったはずなのに。それを好奇心が強いの一言で終わらせるこの少年にどう反応すべきかむしろ戸惑ってしまったのだ。
そんな彼女の反応を気にもせずルネは話を続ける。
「それにコーンウォリス家はマクファーレン家の分家筋です。となると本家当主の血を分家に入れるという古い伝統が行われたことも十分考えられます。違いますか?」
ステイシーが首を横に振ったのでルネは満足げだ。
旧家の魔法使いは一族を守るため優れた当主の血統をより広く一族内に分け与えることがあり、セオドール=マクファーレンはその伝統に則って分家の女性に自身の子を産ませたのである。
それがステイシーなのだ。
もちろん彼女はミシェーラの妹を名乗ることはない。あくまで分家に与えられた本家の力であり、一族を強化するための処置に過ぎないのだから。
仮に彼女が本家に戻ることがあるとしたら。そう、それこそミシェーラに何かがあった時くらいだろう。
もしやそれが願いだろうか。ルネは尋ねた。
「君が
ただ勝ちたいだけなら何も気にすることはありません。実に健全。お家騒動も何もない、とても青春を感じる願いだと思いますが。もしや違うのですか?」
言葉を失っていた彼女も流石にこれには答えを返した。
「殺すつもりなんて、ないわよ。ただミシェーラを倒せば、おじさまも私を認めてくれるって」
「娘として、ですか? それが難しいことはよくご存知かと思いますが」
先の通り分家に与えられた本家の血統が分家を出ることは基本的にない。セオドールにとってはステイシーは分家の少女なのである。
それ以上にはならない。特にマクファーレン一族はそういった魔法使いの伝統を重んじる旧家なのだから。本人の思いがどうなのかは分からないが、それが伝統を超越してくることはそうそうないはず。
もちろんステイシーもその辺りを重々承知しているだろう。ルネの質問はその確認であった。
彼女は事実を指摘され、むっとしつつも頷く。
「──分かってるわ。でも、とにかく認めてほしいの。よくできましたって」
「ふふ。まるで小さな女の子みたいに可愛らしい願いですね」
「〜ッ! う、うるさいッ! ほっといてよ」
認められたい。まるで五歳くらいの少女のような承認欲求だ。
ステイシーはルネの反応に更にむっとするが、言い返せなかった。腕を組んでそっぽを向く。自覚があったからである。
しばし彼女は黙っていたが、ふとルネを見つめた。同類を見つめるような優しい眼差しで。
「でも、あんたなら分かるでしょ。実の子供達よりもできる私を、お父様がどう思っているのかなんて」
「私が、ですか?」
同意を求めてくるステイシーにルネは不思議そうな表情を浮かべ答えに困った。何をどう分かるのか、ルネには全く分からなかったからだ。
想像と違う反応に戸惑ったステイシーは尋ねた。
「え、えぇ? サリヴァーンでは違ったの? あんたみたいなの、そりゃ外から見たら凄いけど一族の中から見たらおっかないだけでしょう。しかもあんた、次期当主でしょ。普通人の出で。分家とかから反発とかなかったの?」
「特には」
ステイシーは信じられないといわんばかりに目を見開く。
「ほんとに? あんたが知らないだけじゃないの?」
「一族で二番目に若いのが五十を過ぎた義母さんでしたから。一番若いのは私よりも一つ下の女の子なのですが、どうも当主向きの人物ではありませんので。むしろ大歓迎といった雰囲気でしたね。これでサリヴァーンが若返ると」
「そ、そうなの? どうなってんのよサリヴァーン家は」
「長寿の一族ですから。子作りには鈍感というか。義母さんも未婚の上に実子もいませんし」
長身長寿高魔力がサリヴァーン一族の特徴である。ミネルヴァ曰く「デカく、強く、長生きの魔法使い」を目指すのが家訓であると。
その伝統から一族で魔道を紡いでいくというよりは個の強さを重視しており、魔法使いにしては後継者を育てる意識が弱く代々未婚者が多く子供が少ないのだ。
おかげでたびたび没落の危機を迎えているわけだが、反省もせずに同じスタンスを貫いていた。死物狂いで魔道を血筋として残す魔法使いの中ではかなりの異端である。
「エルフみたいね」
「彼らほど潔癖症ではありませんが。しかし、なるほど。つまり君の父親はマクファーレン先生の血に嫉妬しているというわけですね」
「……はっきり言うわね。まあ、きっとそうなんだけど」
ステイシーは視線を床に落とした。父親を侮辱したくはないが、嘘も口にしたくなかったからだった。
「家に居場所がない、そんな気分ですか?」
「まあ、ね」
彼女の答えは寂しそうなものだった。強気な性格の持ち主が出したとは思えない弱い声である。
一方コーンウォリス家当主からしたらステイシーは扱いに困る存在だ。本家から与えられたものであるため受け取らないわけにはいかないが、かといって見ていて面白いものでもないからである。
彼女を見るたびに、その才能を見るたびに劣等感を覚えるからだ。ゆえにステイシーはコーンウォリス家では宙ぶらりんのような存在なのだろう。愛されず、冷遇もされずと。
だからマクファーレンの方で自分を認めてほしい。血縁上の父親に。
ルネはその是非について判断しかねた。ステイシーが卑屈になりすぎているのか、コーンウォリス当主の器が小さいのか、マクファーレンが伝統に固執しているのか。
自身が環境に恵まれており、才能もあり、また魔法界の新入りであるため誰にも共感できないし、何かしらの答えを出すにしても調査不足だった。
コーンウォリス当主が実際にどう思っているのか、彼と話したこともないルネにはその真意が分からなかったからである。
同じくセオドール=マクファーレンがどうステイシーを思っているのかも。
ゆえに居場所がほしい彼女にルネにはこうしか言えなかった。
「では訓練を再開しましょうか。
「分かったわ。薬は……」
「十分ありますよ」
今はここが彼女の居場所である。彼女がようやく掲げた目標へと進んでいく魔道倶楽部が、せめて彼女のための場所になるようにルネは全力を尽くすのであった。