七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第44話〜準備〜

 キンバリーより西へ山二つ過ぎた場所に位置する魔法都市ガラテア。普段からキンバリーの最寄り街として活気づいているところだ。

 その活気がルネのおかげで更に増していた。鉄道と鉄道駅の建設である。

 

 鉄道輸送はサリヴァーン商会によって世界中に敷かれた専用の道の上を列車が走り、世界各地の荷物を各方面へ大量に運ぶことができる画期的な輸送手段だ。

 鉄のように盤石な道であることから鉄道、その上を走るのが自動人形(オートマトン)の車が連なった列車である。

 

 鉄道駅は列車が止まる場所であり、また列車の荷物を取り扱う施設だった。荷物を下ろしたり、積んだりする場所である。

 その能力は従来の輸送の比ではない。魔法生物の輸送能力を遥かに上回るものだった。

 

 ガラテアにもその鉄道が通り、鉄道駅ができる。三ヶ月前にキンバリー校長の許可が出るまでもなく街は快くそれらを受け入れた。

 これまでよりもずっと多くモノや人が入ってくるようになるのだ。都市として歓迎しないわけがなかった。

 

 サリヴァーンの投資により既に街の拡大も予定されている。山すらも削り取るサリヴァーンの技術によりなせる計画だった。

 将来的には街の規模は倍以上になり、またガラテア以外の都市を造る計画もあった。キンバリーを中心とした魔法都市群である。

 人口増加の傾向からしても、その街を埋めるだけの住人は確保できる計算だった。

 

 この地域はいずれもっと栄えるのだ。そして今、街の近くに作られている鉄道も鉄道駅もその足がかりとなるもの。

 

 どんな技術で作っているのかガラテア市民にはさっぱり分からなかったが、金のなる木であるというのはよく分かった。

 ゆえにその完成をじっと見守っていたのである。

 

 そして完成一ヶ月前を迎えた。既に列車が駅に入ってきておりルネが必要とする荷物が届けられているが、正式な運用は一ヶ月後である。

 駅にはサリヴァーンの拠点として飛行船の港、つまりは空港も建てられていた。こちらは今のところルネ専用の施設だ。

 空港は魔法素材で作られた灰色の地面であり、五千三百フィートもの巨大な飛行船が何隻もそこに着陸している。

 魔法素材は船の形に変形し、その巨体をすっぽり収める形で支えていた。また地面の中を船に合わせてトンネルが通り、そこから船の乗り降りも整備も補給も可能となっている。

 

 既にこれらの広さだけで以前の街よりもずっと広かった。ルネの影響力と同じように彼の鉄道駅も空港も広がっているのだ。

 

  

 

「〜♪」

 

 トゥリオ=ロッシを放っておいたルネ本体は鼻歌交じりに迷宮を進んでいった。目的地は一層でもなく二層ですらない。その先である。

 第三層、瘴気の沼地。高い天井に生える光苔を光源とする薄暗い湿地帯だ。不快な高湿度と泥濘は層一帯に広がっている。

 

 ちょっと歩いただけでも足を取られるような柔らかさだが、ルネの足取りは普段と何ら変わらない。沼地の上を歩いても泥の中に沈むことはなく、石畳を歩くように気楽に進んでいた。靴に汚れすらつかない。

 

 卓越した領域魔法のなせる技である。その究極系だ。あらゆる魔法干渉によって何にも妨害されない歩みを実現している。

 例え水面の上であっても、壁でも、足場がなくてもこの歩法を習得していれば全ての環境が舗装された道になるのだ。

 

 進み征く覇道(ドミネートウォーク)。全ての歩法を極めた先にある領域魔法である。

 これを発動したルネを止められるものはない。例え足元に置かれた魔法トラップでさえ機能停止させてしまうほどの干渉力である。沼の上を沈まずに歩いていくなんて簡単なことだった。

 

 楽しげなルネの様子と相まってまるでピクニックである。もちろんこの沼地は気軽に散歩に出るような場所ではない。鬱陶しい泥や湿気だけがこの層の特徴ではないのだから。

 

 瘴気である。沼から発生する有毒ガスや淀んだ魔力が空気を汚し、瘴気を作っていた。呼吸するたびに喉に痛みを与えるような環境だ。

 

 しかし、こちらもルネにとっては障害物にすらならない。しっかり対策していた。もちろんそれは並の魔法使いが対策として選ぶような呼吸方法の調節などではない。

 そういった身体的な調整もできるが、彼が好んで使っているのはやはり魔法干渉による無害化である。錬金術的アプローチによって有毒な空気や魔力を無害なものに変えていたのだ。

 

 これらの技術によってルネはそそくさと三層を進んでいくことができた。休みもなく、沼を迂回することもなく真っ直ぐ目的地を目指す。

 

 行き先は彼女の工房だ。場所は分かっている。四層寄りの水辺である。今もそこで魔に呑まれる時を待っているのだ。

 つまりは収穫時期である。しかし急ぐことはない。全ては計算通りなのだから。

 

「〜♪」

 

 楽しげなルネの鼻歌は静かなものであり、響くようなものではなかった。彼の姿は瘴気の中へと消えていく。鼻歌も遠ざかり、そして聞こえなくなった。 

 

 

 

 不死鳥の団の拠点である夜明けの城では日々団員達が魔道の研究に励んでいる。サリヴァーン一族の資金力によって作られた設備はキンバリー職員ですら羨むものであり、また潤沢な研究予算によって随時各自に必要なものが取り揃えられていた。

 

 何か欲しいものがあれば団員達は近くにいるルネに相談する。それが本体であれ自動人形(オートマトン)の方であれ団員は話しかけていた。

 彼らにも見分けがつかないとはいえ、どちらであっても要望は伝えられるからである。

 

「あ、ルネ。ちょっと良いかな」

「えぇ。Ms.(ミズ)アールト。どうぞ」

「ありがとう。実は相談したいことがあってね」

 

 カティも仲間の団員達と同じようにした。廊下を歩いていたルネを呼び止め、駆け寄る。

 ルネは水晶板に映った情報を確認しながら歩いていた。カティの声を聞くなり手にした水晶板を視線の高さから下ろして腰の辺りで持つ。

 

 彼が何を読んでいたのかカティは全く気にしなかった。そんなことよりも自身の要望が大切だったからだ。資料を片手にルネに依頼を出す。

 

「実はここの他にもう一つ研究用の場所が欲しくて、色々と手配をお願いしたいの」

「おや、手狭になりましたか? しかし新しい工房を作らなくても、現状の飼育施設も研究施設も拡張可能ですが」

「えぇと……実はオリバー達と共用で使える場所が欲しいなーって」 

「おやおや、そうでしたか。彼らと」

 

 ルネの反応はいつも通り穏やかなものだが、それを見つめるカティの目は緊張していた。

 

 彼女が濁すように要望を伝えたのは罪悪感があるからだ。何故ならナナオを除いたメンバーは団員ではないのだから。本来ならルネが彼らのために身銭を切る必要はないわけである。

 

 ただカティは寂しさを覚えていたのだ。放課後などの研究時に友人達と一緒にいられないことに。

 

 不死鳥の団の団員達も仲間であるが、またオリバー達とは違った関係であった。もちろん親しいものではあったがカティはどちらかといえばオリバー達と一緒にいたかったのである。

 

 かといって部外者である彼らを城内にある自身の工房に入れるわけにはいかない。流石にルネと他の団員に示しがつかないからだ。

 だったらもう一つ工房を立ち上げ、そこにオリバー達を呼ぼうというのがカティの考えだった。

 

 名案だとは彼女も思っていない。どちらにしても団員以外の人間が関わってくるのだから。

 流石に却下されるだろうかとカティは覚悟したが、ルネの反応は彼女の想像とは違っていた。うんうんと頷くと彼女に尋ねる。

 

「分かりました。場所は一層で構いませんか?」

 

 あっさりと許可を出した。カティはきょとんとして尋ねる。

 

「え、良いの?」

 

 その反応にルネは首を傾げた。

 

「はい、良いですよ。流石に城内に作るのは難しいですが、一層であれば問題ありません。休息地や補給場所などの拠点の一つとして活用できるでしょうから、それくらいの施設は持っておいても差し支えはないでしょう。

 ところで必要な広さや設備は決まっていますか?」

「あ、うん。みんなに訊いたわけじゃないけど、想像でこれくらいかなって」

「なるほど──もう少し広めでも問題なさそうですが、ひとまずこちらをもとに工房を用意しておきましょう」

 

 カティから受け取った資料に目を通す。これで本体を含めた全てのルネに情報が共有された。すぐに物品の発注も始まる。

 一呼吸置いた程度の時間で納期などの調整が終わり、結果がカティに伝えられた。

 

「工房の完成自体には三日、寝泊まりする程度でしたら明日には用意できますよ」

「分かった。ありがとうね、ルネ」

「どういたしまして。……ところで」

 

 要点を伝えた後、ルネは再度資料に視線を落とし気になった点を確認する。

 

「資料にある下部組織というのは?」

 

 カティが作った資料には「不死鳥の団下部組織(仮称)の工房予定図」と記されていた。問われたカティは気まずそうに答える。

 

「部外者のままだとまずいかなーって思って」

「素晴らしい。良いアイディアだと思いますよ。あくまで君が率いているということにすれば私を警戒するMr.(ミスター)ホーン達も入りやすいでしょうし。せっかくなら私は彼らも支援したいのですから」

「え……わ、私がリーダーなの!?」

 

 思わぬルネの案にカティは大声を出してしまった。あくまで仮のことであり、具体的なことは何も考えていなかったからだ。

 

「もちろん。この予定図通りに工房の所有を不死鳥の団の下部組織にすると、組織の運営を考えれば団員が下部組織を率いることになります」

「た、確かに。でもリーダーを決めないグループもあるんじゃない?」

「ふむ。合議制の集団生活のようなものでしょうか」

 

 一人のリーダーが運営を担うのではなく、集団で議論して組織を動かしていく。そんなイメージがルネの頭に浮かんでいた。

 カティは苦笑しながら言った。

 

「友達付き合いだよ。そんなガチガチの研究者集団とか、そういうのにするつもりはないんだ」

「──不死鳥の団は息苦しいですか?」

 

 複雑そうなカティの表情を見て寂しそうな顔をするルネ。慌てて彼女は言う。

 

「そうじゃないけど。外の影響も欲しいって感じかな。みんなの優しさとか」

 

 不死鳥の団に関して不満はない。自身の好きなことをさせてもらっているのだし、他の団員達についても苦手な人はいるものの嫌いな人物はいなかった。

 しかし、カティにとってはオリバー達と過ごした時間がどうにも居心地が良かったのである。彼らの思いやりに触れている瞬間がどうにも忘れがたいのだ。

 

 だからそれを手に入れたい。どちらかを選んだり、我慢したりするのではなく素直な欲求だ。

 そこにルネは好感を覚えた。欲しがりは魔法使いの美徳なのだから。そう頷きながらも要望は伝えた。

 

「なるほど、そうでしたか。ではその辺りは曖昧にしておきましょう。ただ物品購入などの際には君を通すようにお願いしますね」

「うん、分かった。リストに纏めてルネに渡すね」

「よろしくおねがいします。

 では君に渡す工房は君達のグループのものとしておきましょう。団体名は……」

「みんなと考えるよ」

「分かりました。決まったらお伝えくださいね。そのように記録しておきますので」

「ありがとう。じゃ、また」

「ええ、どうも」

 

 依頼を終えたカティは自身の工房へと戻っていった。これからはオリバー達とも一緒にいられると喜びながら。

 

 ルネも喜んでいた。彼らをどう取り込もうか考えていたところだったからである。

 

 そのためにはカティが役立ってくれる。緊張関係にある自分とオリバー達との架け橋になってくれる存在だからだ。

 彼女がいれば警戒心の強いオリバー達でも少しは気を許してくれるだろう。

 

 ルネは水晶板に映した資料を再度読み進めていく。書かれていたのはピートに関する調査報告書だった。彼の血縁についてである。

 これが正しければピートを研究することで両極往来者(リバーシ)の根源に到達できるかもしれない。

 となると手元に彼を置いておきたかった。それにオリバーもである。特にナナオとオリバーはいつでも手が出せる距離に留まってほしかったのだ。

 

 ガイ、ミシェーラにはおまけ程度の関心しかないが、ピート達を繋ぎ止めておくためなら二人への援助も惜しまないつもりだった。

 

 ルネの指先が水晶板をなぞるたびに映される資料が変わっていく。以前ピートが参加したカルロス=ウィットロウ主催の集会参加者のリストや、来月完成予定である鉄道駅の進捗具合の情報などなど。

 ──そして、現在進行中の狩りに関する計画書も。

 やるべきことは指を動かす数だけあった。しかしどれも順調にことが進んでいる。素晴らしい。学生生活を満喫するルネはますます高まっていく。

 

  

 

 柔らかい泥の上を歩くルネの足は一瞬たりとも沈まない。その姿は三層の沼の先、四層への入り口に近づくところにあった。

 彼の足と同じようにその気分もまた沈まない。不愉快な泥や湿度、また淀んだ魔力だって平気である。

 

 何故ならこれから狩りだからだ。

 

 彼女の番犬代わりの合成獣(キメラ)が泥の中から顔を出すが、ルネが指先一つ向けただけでそのままゆっくりと泥の中に戻っていく。

 主に情報も送らせない。ただ従え、静かにさせた。

 

 そうやって人知れず工房の入り口へと着く。立ち止まった場所は何の変哲もない沼地だ。十分前に歩いていた場所と何ら変わらないように思えたが。

 

 ルネが指先を数度振った。ただそれだけで隠蔽の呪文が解かれる。

 彼の目の前の泥が沈み、短めの階段ができた。そこを下った先に扉がある。飾り気も何もない木の扉だ。

 

 扉の前に立ったルネは佇まいを直した。乱れの一つもない制服を改めて整える。そして、ネクタイの位置を直した右手をそのまま扉へと向けた。

 

 花もなければプレゼントもない。約束すらないわけだが。

 

 大丈夫だ。これから会うのは淑女ではないのだから。娼婦の館に出向くならこれくらいがちょうど良い。

 

 指先をすっと向ければ上級生が用いた結界が解けて扉が開いた。するりとルネはその中へと入っていく。歓迎の音もなければ追い出すような暴力の音もなかった。

 開いた時と同じく、音もなく扉は閉まる。彼の仕事もまた誰に聞かれることなく始まった。 

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