七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第45話〜勧誘〜

 ──検体確保。

 

 ──脳摘出、心臓摘出、子宮摘出、血液抜き取り。

 

 ──作業完了。各臓器を保管ケースへ収納。撤収まで待機。

 

 ──血液一ジルに補助体液を混ぜ、再現人形(ダミー)へ注入。

 

 ──再現人形(ダミー)起動。体液の循環を確認。肉体、霊体、魂魄の再現を確認。

 

 ──霊魂の複製抽出開始。終了まで自由行動とする。

 

 

 

「──ッ、ゆ、夢?」

 

 ぽたりぽたりと血が滴る音、そして落ち着いているが嫌悪感を覚えさせられる声に頭の中が震え、オフィーリア=サルヴァドーリは目を覚ました。

 机に突っ伏して眠っていたようで、椅子を跳ね飛ばしながら咄嗟に立ち上がると杖剣を手に周囲を見渡す。

 

 が、そこは相変わらずの自分の工房である。あまり整理整頓は行き届いておらず、小間使いとして活用している合成獣(キメラ)達が働いているのが見えた。

 

 それは見慣れたいつもの光景だった。しかし、どことなく妙な感じがする。

 その時に近づいているからだろうか。杖剣をテーブルの上に置き、隣にあった紅茶入りのティーカップを口に運ぶ。

 

「……マズ」

 

 不味かった。いつ作ったものだったろうか。すっかりカップも冷めている。

 カップをテーブルの上に戻し、口元を指先で拭った。味は分かるようだ。結構。体の調子は悪くない、はず。

 

「……?」

 

 しかしやはり違和感は消えなかった。

 これが魔に呑まれるということなのだろうかと思いつつ、倒れた椅子もそのままに杖剣を腰の鞘に入れると彼女は工房を後にする。気分転換の散策だ。

 

 しばらく歩けば気にもならなくなるだろう。そう考えて。

 

 扉を開ければ地上に出るための階段が現れる。そこを重い足取りで上っていった。

 すぐに隠蔽の呪文によって階段が泥の中に消え、扉も閉まる。

 

 ぱたんと乾いた音の後、工房の中にはオフィーリアの合成獣(キメラ)達が働く音だけが残った。

 

 その静かさの中で、どこからともなく歩み現れたルネはオフィーリアが倒したままにした椅子を丁寧に戻した。そして隣の椅子の背を掴むと、そのまま部屋の隅まで引きずっていく。

 

 部屋の角に椅子を移動させるとそこに腰かけた。ゆったりと脚を組み、部屋を見渡す。

 合成獣(キメラ)達は彼の姿が目の前にあっても何の反応も示さない。ただ主に命じられた工房の掃除や維持を淡々と続けていた。 

 

 律儀に仕事を続ける不格好な生き物達を眺めつつ、ルネは手元に水晶板を取り出す。視線もそちらに移った。

 

 観察対象から送られてくる情報を確認する作業に彼も入ったのだ。時に文章として、時に映像として送られてくる彼女の霊魂の情報、それらはオフィーリア=サルヴァドーリのこれまでをなぞるものである。

 ルネは部屋の片隅で一人の魔女の人生を眺め始めた。ただ一人の魔法使いとして。

 

 

 

 校舎の大部屋、魔法剣の教室にて。ぼんやりと自動人形(オートマトン)ルネが見つめる先にはピートの姿があった。

 魔法剣の授業において彼のやる気は人一倍だ。しかしなかなか結果を示せずにいた。

 

 この授業では毎回実技が行われる。師範(マスター)ガーランドが技術を教え、訓練をし、成果を試合という形にするのだ。

 今日もピートはガーランドに指名され、同級生達が見守る試合場へと進んだのだが。

 

 試合開始直後、真っ先に相手へと踏み込んだピートは領域魔法で持ち上がった床の一部にあっさりと足を取られて転んでいた。 

 そして、立ち上がろうとした先に相手の杖剣が突きつけられる。

 

「そこまで。

 Mr.(ミスター)レストン。攻め気があるのは良いが、勝負を急がないように。もっと視野を広く持ちなさい。

 相手の動きを読み、躓く墓石(グレイブストーン)を置いた判断は見事だMr.(ミスター)ヒューズ。しかし視線が床を向くのは良くなかったな。相手に冷静さがあればそれで見抜かれていただろう。目を向けずとも領域魔法が発動できるよう練習を重ねなさい」

 

 試合終了を告げるガーランドの声。続けて試合の評価が始まる。ピートはそれを悔しそうに聞いていた。

 礼の後に二人は下がり、ガーランドは次の試合を行う生徒を探す。

 

「では次は……今日は自動人形(オートマトン)での参加だったな……」

 

 ガーランドの視線がルネへと向いたが、思い出すようにそう呟くと別の生徒を探し始めた。

 この授業においてガーランドはルネに本体での参加を要請していたからだ。自動人形(オートマトン)での参加は認めていなかった。

 もしどうしても本体が出られない場合は見学のみという形で出席になる。杖剣と共に心技体を学ぶ授業だからという理由だ。

 

 これに対してルネは特に反論しなかった。自動人形(オートマトン)であっても本体と魔法的に繋がっているなど、魔道工学的または霊体学や魂魄学的に反論できないこともなかったのだが。それらを一切しなかった。

 

 ルネも自動人形(オートマトン)での授業の参加はどうかと思っていたからである。根拠は心技体などの精神面の話からだけではなく、主に機械仕掛けの体の強度からだが。

 

 その体を作っている魔法金属メルクリウスは例え刃を戻した杖剣であってもそうそう簡単に傷つくものではないのだ。新入生が全力で魔力を込め、杖剣を振るったとしても痛むのは杖剣を振り下ろした方である。

 

 それはあまりにも卑怯だ。例え本体も似たような頑丈さであったとしても相手の骨が軋むのを生身で感じたい。ルネはそう考えていた。

 ゆえにルネは今日は見学のみでの授業参加だった。

 

『しかし、何をやっているのだろうか』

 

 他の生徒を探しつつ、ガーランドは再度ちらりとルネに視線を向ける。彼もルネの多忙さは知っているゆえに相応の理由があれば成績には響かないようにしてくれているのだが。

 

 ルネは魔法生物学教授バネッサ=オールディスの許可を得て今日は自動人形(オートマトン)で出席していた。理由は研究のためである。

 詳細は開示されていない。彼が何をしているのかガーランドも関心がないわけではなかったが首を突っ込むことでもないと考えて質問などは控えていた。

 

 また騒ぎを起こさなければ良いのだが。ただそれだけを思っていた。 

 

 

 

「特訓がしたい!」

 

 魔法剣の授業後。昼食前に空き教室に友人達を集めたピートは開口一番にそう言った。先ほどの授業の結果を踏まえてのことであり、また今後の魔法剣の授業を見据えてのものでもあった。

 

 これまでの試合では領域魔法以外の魔法は禁じられていたが、次回の授業からは呪文戦闘も含めた試合が始まるのだ。

 杖剣だけでも周りから遅れているというのに呪文も増えたら余計に負け続けになってしまう。そんな予感があったのである。

 

「ではぜひとも魔道倶楽部で」

 

 ルネの提案にピートは一瞬熱を引っ込めて言った。

 

「──それも考えてるけど。体質面でオマエには世話になってるし、他の意見も聞きたいから」 

 

 両極往来者(リバーシ)という体質に目覚めたピートだがそのコントロール法については現在習得中である。なので彼の肉体的な性別は本人の意思とは無関係だった。

 

 この体質を制御する術は主にルネから教わり、そして補助的にオリバーから教わっていた。

 ルネの指導はもちろん魔道倶楽部においてであり、オリバーの指導は同室であるがゆえである。自室で体調が悪くなった時に何度かオリバーの手を借りていたのだ。その際に手当てについて多少教えられていたのである。

 

 指導に多様性を持たせたいというピートの考えをルネは否定しなかった。彼は頷きながら言った。

 

「なるほど、それは素晴らしい。確かに偶然にもこのメンバーは三つの流派それぞれに精通していますのでMr.(ミスター)レストンの希望通りのアドバイスが期待できます」

 

 自身を指差し「私はクーツがメインですが、三つの流派全て扱えますし」と。オリバーを指差して「ラノフ流と」と。ミシェーラを指して「リゼット流も」と。

 そしてナナオが自身を指差して「そして拙者の響谷(ひびや)流にござるな」と。

 

 メンバー全員がじっとナナオを見つめた。にこにこと自分を示す彼女もすっかりピートの指導に参加するつもりのようであるが。

 うきうきしたナナオにオリバーとミシェーラが言いにくそうに告げた。

 

「ナナオ、君の剣術はまだピートには早いというか」「杖剣の長さからして、おそらくあたくし達とはなかなか相容れないかと」

「なんと! る、ルネはどう思われるにござるか?」

 

 やんわりと退くように言われ、ナナオは助けを求めるようにルネを見つめた。丸い目でじっと。

 少し考え、ルネは答えた。

 

Ms.(ミズ)ヒビヤの剣術は参考にはなるかもしれませんが。二人の言う通り、杖剣の未経験者には少し早いかと。やはり異文化の技術ですし、基本的な魔法剣の技術も未習得であるMr.(ミスター)レストンには向いていないと思います」

「む、むむむむ。ルネがそこまで言うのなら、そうでござるな」

 

 滅多に否定的なことを口にしないルネを頼っての問いかけだったが彼はあっさりとオリバー達に同意した。おかげでナナオは渋々ながら辞退を選ぶことになってしまう。

 そんな風に落ち込んだ彼女を見て、にこにこと微笑みながらルネは言った。

 

「そんなに肩を落とさないでください。確かに君は指導役としては不向きかもしれません。しかし実践役としては問題ないかと思いますよ。私達三人が教え、その成果を君へとぶつけるのです」

「おお〜」

 

 ルネの提案にナナオはきらきらと目を輝かせる。その目でオリバーとミシェーラを見つめた。

 しかし二人の反応は良くない。

 彼女は自分こそ適役だといわんばかりだが、例え相手役としてであっても少し強すぎるし、手加減などができるか不安も残るからだ。

 

「いかにござるか、ピート?」

「……加減してくれよ」

「承知」

「ホントに分かってるのか?」

 

 そんなやり取りを前にオリバーとミシェーラは顔を見合わせ、苦笑しながら頷く。

 

「まあ、それなら」「大丈夫かと」

 

 仮に何かあれば改めて役割を決めれば良いだけなのだ。今この場でこれ以上拒絶する必要もない。

 そんな結論に至った二人と並んだルネは高らかに宣言した。

 

「では二人の許可が出たところで、Mr.(ミスター)レストンの指導チーム結成ということでよろしいでしょうか。

 クーツ担当の私、ラノフ担当のMr.(ミスター)ホーン、リゼット担当Ms.(ミズ)マクファーレン、そして試合相手役のMs.(ミズ)ヒビヤと。ここに指導チームの結成なのです」

 

 大袈裟な言い方をとオリバー、ミシェーラは恥ずかしそうに額に手を当てる。

 

「じゃあ、まずはどの流派の練習をすれば良いんだ?」

 

 ピートはデザートでも選ぶくらいの気軽さで三人に尋ねた。三つの流派それぞれを学べるといってもまずどれを選ぶべきかを先達に訊きたかったからなのだが。

 

「まずはラノフ流だ」「もちろんリゼット流ですわ」

 

 これまで意見が合致していたオリバーとミシェーラが異なることを口にした。それぞれが担当する流派を真っ先に挙げたのである。

 二人は眉根を寄せ、互いに見つめ合う。

 そしてルネに視線を向けた。三人の指導役のうち二人の意見が割れたのだ。となると残りの一人の意見が重要になってくる。

 

 まさかクーツと言うのでは? とオリバー、ミシェーラの視線に圧が加わるが。

 ルネは今までの授業中のピートの動きを正確に脳裏に浮かべていた。そこから彼の動きの飲み込みの早さや習熟具合から適正を導き出す。

 

 しばしの沈黙の後にルネは答えた。

 

「今までの授業での動きなどを思い出す限りでは、リゼットを主軸にしたラノフの混合型を目指すべきかと。攻撃的なリゼット流の杖剣捌きに安定感のあるラノフ流の足回りの動きを加えるのです」

「……随分と具体的な話だな」

「理由を訊いてもよろしくて?」

 

 まるでオリバーとミシェーラの間を取ったような内容だが、それが理由ではないだろうと二人は考えていた。

 

「ええ、もちろん」

 

 ルネは杖先を自分のこめかみに押しつけ、離す。杖先には白いもやが纏わりついていた。そのもやを地面に放るとピートの像が現れる。

 それを前にルネは説明した。

 

「おおよそ半年の授業で判明したMr.(ミスター)レストンの動きについてですが──」

 

 説明を始めたルネは口の動きを止めることなく話し続けた。呼び出した像の動きを交え、持論を解説していく。

 いったいいつから用意していたのかと思うくらいの濃密な内容だった。その分析にピートやガイ達はぽかんと口を開け、ピートの指導役であるオリバー達は一瞬呆気に取られつつもその熱量に影響され真剣さを取り戻す。

 十分ほど話は続き、

 

「──以上からMr.(ミスター)レストンの指導についてはリゼットを主軸としたラノフの混合型にすべきであると考えます。何か質問は?」

 

 そう結論づけた。

 対するオリバー達は反論が思い浮かばなかったようだ。ただ感心し、頷くばかりである。

 

「いや、特にないが……」

「相変わらずですわね」

 

 ルネの高い能力にオリバー、ミシェーラはそう言うことしかできなかった。凄まじい記憶力と分析力であると。 

 

「羨ましいねえ、その頭」

 

 彼と関係が良くないガイもそう評価せざるを得なかった。実際は記憶力そのものではなく絶界詠唱(グランドアリア)である黎明城(カスットゥルム アウローラ)の力によるものだが、その点は流石に解説しない。

 あらゆることを記録する城塞の存在は大勢に知られたくないからだ。

 

 なのでルネは素早く話を纏めた。

 

「では、この指導方針でMr.(ミスター)レストンの特訓を始めていくということで」

「あ、ああ。改めて感謝する。みんなもありがとう」

 

 いつの間にか練習内容の方針までも決まっていたピートは素直に仲間達に感謝する。

 

「じゃ、じゃあさ。ちゃんとした練習場所が必要になるよね」

 

 カティが唐突に提案した。いきなりの発言だがルネは先日の彼女からの要望を思い出す。友人達を誘いたいと。

 

「ん、まあ。そうだが」

 

 オリバー達は彼女の意図が分からずに戸惑っていた。そんな彼らにカティは緊張しつつ告げる。

 

「じゃあさ。私達だけの秘密基地、欲しくない?」

 

 その提案に首を傾げたが、オリバーはふと思い至った。

 

「──もしかして共同工房の話か?」

「複数の生徒で営む工房のことですわね。キンバリーでも珍しくないものですわ。しかし校舎に学校公認の工房を持てるのは一部の実績ある上級生のみ──いえ、あなたは例外ですが」

 

 ミシェーラは話の途中でルネを見つめた。にこにことルネは微笑む。彼は例外的に校舎に工房を構えているからだ。

 

「もしやルネの校内の工房を間借りするのか?」

 

 オリバーの答えを慌ててカティは否定した。

 

「さ、流石にそこまで面倒見てもらわないよ! 実は今、一層に工房を用意してもらっているんだ。そこを一緒に管理したいなーって話だよ。これ、間取りね。広くする予定だから、どこでも好きに使って良いから!」

 

 勢いのままカティは完成予定図を取り出して広げる。それを覗き込む友人達。確かに広々として快適そうな場所だった。

 一年生の段階でこんな工房を持てる者はいないだろう。加えて設備もだ。上級生すら羨む工房だった。

 

 魔法使いなら喉から手が出るほど欲しがるものであるが、しかしオリバー達はあくまで冷静な意見を口にする。

 

「正直なところかなり魅力的だが。しかし一年生の俺達だとここまで移動するのも危険だ。迷宮内に工房を作るのは本来なら三年生、早くても二年生の後半からだからな」

「工房に到着する前に自分の身を守れなければ意味がありません。その点はあなたも分かっているのでしょう、カティ?」

 

 迷宮内は危険である。迷宮そのものだけでなく中をたむろする生徒達も。迷宮内を歩いているだけでも彼らに喧嘩を売られる可能性があるのだ。

 

「よろしければ私が送迎しましょうか。自動人形(オートマトン)人造人間(ホムンクルス)が担当することになるでしょうが」

 

 ルネはあっさりと解決策を口にした。

 

「工房の防衛用にも置いておきたかったですし。君達の相談役としても私が必要になる時が来るでしょうから」

 

 そして杖を抜き、軽く振る。するとカティが広げていた図面が光り、ルネの待機場所が追加された。各々の研究スペースではなく共用部である談話室の端に椅子とテーブルが書き足される。

 

「……随分と世話をしてくれるんだな。団員でもない俺達に」

 

 工房、設備、更に護衛と相談まで対応してくれるだなんて。まるで不死鳥の団に入ったかのようだ。

 オリバーはルネの真意を探るように彼を見つめた。その微笑んだ顔からは何も読み取れない。魔法使いに似つかわしくない暖かさと優しさしか見えないのだ。

 黙っていても何も分からないためオリバーは質問を口に出した。

 

「君に何のメリットがあるんだ?」

「それはMs.(ミズ)アールトから」

 

 ルネはカティに話すよう促した。こほんと咳払いをし、彼女は話し出す。

 

「工房を運営するにあたって私もグループを作ろうと思ってるんだ。不死鳥の団の支援を受けた、団の下部組織だよ。

 ──っていってもそんな固い関係とかじゃなくて、下部組織っていうのも便宜上だし、私はただみんなと一緒にいたいだけなんだけど……」

 

 徐々にカティの声が尻すぼみになっていく。そんな彼女のためにルネは言葉を足した。

 

「要するにMs.(ミズ)アールトは君達と過ごす時間を増やしたいということなのです。それが団員のケアであるのなら私が関わるのは当然ですし、ゆくゆくは成長するであろう団のことを考えると下部組織を作る経験もしておいた方が良いと判断したまでです。何か裏があるわけではありませんのでご安心ください」

 

 あくまでカティの願いを叶え、また組織としても一歩進みたいだけ。そう説明し、オリバー達の判断を待った。

 

「……君らと組織的に関わるわけではないのか」

「物品購入などの際に形式的に関係が必要なだけでそれ以上の付き合いは求めません。例えば研究への協力ですがそれを君らに要請することはありませんし、その他の活動への協力についても頼むことはありません。

 ただ場所を提供し、必要なものがあればそれらも提供する。その代わりに私は団員の満足と派閥を増やす経験を得られるのです。私にとってはこの二つだけで十分なメリットになります」

 

 カティの満足と団の活動の経験が欲しい。ルネの主張はそれらに一貫していた。

 

「私も、ちゃんと言うね」

 

 ルネばかりに話してもらうのではなく、改めて自分の考えをカティは友人達に伝える。少し考えを纏め、深呼吸の後に言った。

 

「ルネから貰った工房でもさ。研究はできるんだよ。それに他の団員、アステリア達とも仲良くなれたしその辺りは全然不満じゃないんだ。

 でも、夜明けの城の工房にはみんながいない。だからみんなと一緒にいられる場所が欲しい。

 私のワガママだって分かってるけど、みんなと一緒にいたいんだ。だからお願い。私が作るグループに入ってください」

 

 オリバー、ミシェーラは頼み込んできたカティの表情を見て、そこから魔法使いの気迫を感じ取る。

 自身の欲をはっきりと主張する、欲しいものを何が何でも手に入れたいという魔法使いの顔だ。彼女がこんな顔をするなんて──。ルネの影響か、それとも彼女もキンバリーの一員になったということなのか。

 

 返事に困るメンバーの頭脳達だったが、不意にガイが大きなため息を吐いた。注目が彼に集まる。

 ガイは困惑の目で見てくるオリバー達を一度無視し、ルネに問うた。

 

「……お前ならどんなもんでも手に入んのか?」

「魔法植物関係のカタログでしたらどうぞこちらをご確認ください」

「ほーん。どうやって動かすんだ?」

「指で上へ弾くようになぞってみてください」

「……へえ、便利だな。こんな小さいのにこんなに文字やら図柄が入るのか」

 

 ルネが手渡した木枠に嵌め込まれた水晶板を眺める。魔法植物の栽培に関わるあらゆる物品が網羅されたその長いリストを見て、ガイは再びため息を吐いた。

 

「はは。最新設備に珍しい品種の苗まであるじゃねえか──ったく。おれの花壇に必要なものは何でも揃えてもらうからな」

「了解しました」

 

 にこにこと微笑むルネの顔を見ずにガイは水晶板を彼に放って返す。そんなガイにミシェーラが小声で尋ねた。

 

「良いのですか、ガイ。あなたはルネを」

「そりゃ好きじゃねえけどよ。あいつがあんなに言ってんだ。それに負けただけだ」

 

 縋るようなカティの顔を見てガイは肩を竦める。

 

「自前の花壇が欲しいのは本当だしな。お前らはどうなんだよ。必要なものは全部こいつが買ってくれるってんだぞ」

「ぜひ頼ってください」

 

 ルネはオリバー達にも水晶板を渡した。それを見て、彼らも目を丸くする。

 

「……この品を百単位で用意できるのか」

「……竜心結石(ドラグリウム)をこんなに簡単に?」

「全てサリヴァーン商会と私の技術力の賜物なのです。それらを最長一週間、最短で翌日までにはご用意しますよ」

 

 今、彼らが見ているどれもが一般の流通経路なら高値で取引されている品々だ。手に入りにくく、また高価な品々ばかり。

 その他、研究に必要なものはまさに何でも取り寄せられる。高級な素材から日用品まで。

 改めてカティがどんな環境で研究しているのかという事実にオリバー達は言葉を失った。そして心が疼いた。魔法使いとしてこの機会は見逃せない、と。

 

「一応私も宣伝するけど、これとかも凄い役立ってるよ」

 

 そんな友人達の表情を見て攻めるタイミングだと思ったのかカティは腰にぶら下げた水晶板を手に取る。指先で操作すると、目の前に魔法陣が現れてそこからトロールの姿が現れた。

 

「召喚? ではないな。いや、だが触れる。それに生き物の感じもするが──」

 

 魔法陣の中で微動だにしないトロールへオリバーが手を伸ばす。その動きにすら反応せずただこの魔法生物は立ったままだった。

 その肌に触れ、臭いを感じ、命の拍動も感じ取ったのだが。しかし何か違和感もあった。身動ぎ一つしない外見だけではなく、何かが違うと魔法使いの感覚が言っている。

 カティは種明かしをした。

 

「これ、この魔法道具の魔法生物大全っていう機能に登録されているトロールの映像なんだ。他の魔法生物も全部入ってるんだよ」

 

 小型のネズミから大型の亜人種まで。カティが図鑑を操作するたびに魔法陣から現れる生き物は変わっていった。

 そして最初のトロールに戻る。その移り変わりをオリバー達はただ見守るばかりだった。

 

「これが図鑑の一部? 召喚ではなくて、ただの挿絵のようなものと?」

「うん、そう。魔法生物の全部が再現されているんだけど、あくまで幻に過ぎないし、こういうこともできるの」

 

 カティは水晶板を腰のケースに戻し、つかつかとトロルに歩み寄った。

 

「解剖モード。メス」

 

 そう言いながら人差し指をトロールの腹に当て、スッと皮膚を撫でる。するとそこがばっくりと切れ、血が流れ出た。

 カティはその切り傷に腕を突っ込み、更に中を切り裂いていく。そして腸を掴むとそれを引きずり出した。

 

 血塗れになるカティ。それだけでなくトロールから血が流れる様子もその温かさも全て現実のようにしか見えない。が、トロールは腹を切られても消化器官を引っ張り出されても何の反応も示さなかった。

 

「消去」

『保存されますか?』

「しなくて良いよ」

 

 手にした腸をぼとりと床に落とし、そう魔法道具に命じるとトロールの姿は消える。血も、切り取った内蔵も。トロルの体臭も血の臭いすらも消えた。

 カティは血痕の一滴すら残っていない手を友人達に見せながら言った。

 

「ほらね。ただの幻影だよ。実在しない点を除けば登録してある魔法生物を完璧に再現してくれるんだ。

 完成度はバネッサ先生のお墨つき。あの人からしたら本物の血肉じゃないから『つまんない』そうだけど、出来栄えは最高だって」

「解剖に使用される検体は意外と確保が面倒なのです。その品質もピンキリ。しかしこれさえあれば問題ありません。いつでも、あらゆる環境や条件の再現も可能になります。

 魔法生物学会もこの魔法生物大全を素晴らしい資料であると認め、今度発行される学会誌に詳細を掲載してくれるそうですのでぜひともご確認ください」

「私もこれで魔法生物の解剖学を勉強しているんだ。みんなも色々便利なものがあるから使ってみると良いよ。

 魔道工学なら設計から組み立てまで再現できる魔法道具もあるし、魔法剣なら相手役を出してくれる魔法道具もあるよ」

 

 熱のこもったカティの宣伝にオリバー達は息を呑んだ。映像だからと何一つ気にした様子もなくトロールの腹を切った姿だけでなく、友人達を繋ぎ止めるためにもメリットを説明する姿に。

 知識や技術だけではなく、精神面でも彼女が魔法使いとして成長しているのだと知って。

 

「カティ、あなたは──」

「変わった?」

 

 ミシェーラが言い淀んだ先を口にするカティ。それに彼女らは頷くことができなかった。

 そんな友人達に気まずそうにカティは言った。

 

「私としては変わったつもりはないんだけどね。ただキンバリーのことを知っただけだよ。力のない声じゃ、何を言ってもしかたがないって」

 

 一度区切り、視線を落とす。

 

「──年平均八百二十体。この数字、知ってる? 公表されているキンバリーでの亜人種の解剖数だよ。でも本当はこの数倍も亜人種達の殺傷が行われているんだ。それも適当な理由で。魔法生物全体に範囲を広げたらどれだけの数になるか。

 まだ魔法生物学のための解剖なら理解できなくもないけど、実態は全然違う。ここのみんなは命を雑に扱って、不必要に殺している。自分以外の命を尊ぶつもりがない」

 

 そして、ふつふつと不満を隠さずにキンバリーの実情を説明した。

 

「だから私はこの風潮を変えたいんだ。資源として消費するだけじゃない、魔法生物との双方向で永続的な関係性を模索したいの。

 そのための研究の場としてルネの下はとっても役立ってるよ。魔法生物学の基礎から異種間コミュニケーション学まで幅広く勉強できてる。

 もしみんなも何か目標があるのなら一緒に頑張ろ。ここならそれができるよ」 

 

 ルネの隣に立ち、カティはそう締めくくる。ルネも歓迎するように両手を広げてにこにこ微笑んでいた。

 

「だとさ。どうするよ、お前ら」

「拙者は既に団員。もちろん参加にござる。

 カティがこの先どこへ行くのか、貴殿の眼に宿る光がこれから何を照らすのか。ぜひ拙者に見せてくだされ」

 

 ナナオが真っ先に答えた。迷いない目ではきはきと。

 

「それにカティはこれから一城の主にござる。であればその城を守るは武人として拙者の役目。どうか拙者を旗下に加えられよ、城主殿」

 

 そしてカティの手をしっかりと握り、彼女を励ますように告げた。それを見て緊張の糸が切れたようにカティはナナオの手を両手で取った。

 それをぶんぶんと振り、首も同じように何度も頷かせる。

 

「もちろんだよ、ナナオ〜」

「だとさ。じゃあ、他の三人はどうだ?」

 

 ガイは友人達にそう語りかける。しばしの沈黙の後、目配せをし合ったオリバーとミシェーラが答えた。

 

「分かりましたわ、カティ。あたくしもあなたのグループに入らせていただきます。どんな形であれ、あなたは意思の強さを示しました。その心持ちであなたはこれから先へと進むはず。そして、それを支えるのは良き友としての役割でしょうから」

「俺もそうしよう。ただこれだけは言っておく。全員の安全が第一だ。それが脅かされる場合は工房の放棄もあり得ると約束して欲しい。この条件を認めてくれるなら、俺も参加するよ」

「うん、分かった。ありがとうオリバー」

 

 オリバーの提案をカティは了承する。その隣からルネは工房の設計者として説明した。

 

「有事の際の脱出経路は設定しておきますからご安心ください。何かあっても校舎まですぐに出ることができます。

 そうだ、工房に修復機能も取りつけておきましょう。仮に破壊されても安心なように」

「ああ、よろしく頼む」

 

 並外れた技術をさらりと口にするルネにオリバーも軽く反応する。どんな仕組みなのか聞いたところで分からないからだ。

 うんうんと頷いていたカティの視線がピートに向いた。

 

「……ピートは?」

「そもそもボクの特訓から始まった話だろ。ここで拒否できるか。

 ──体質のことでルネには頼ってばかりだが、また頼らせてもらうぞ」

「ぜひとも頼ってください。

 さあ、では話が纏まったところで食堂へと行きましょう。みなさんもお腹が空いたことでしょうから。私の自動人形(オートマトン)が場所の確保をしておりますよ」 

 

 ルネは一足先に教室の出口へと向かった。

 そんな彼の背中を視線で追いつつ、カティは友人達へ向き直って改めて言った。

 

「ありがとう、みんな。これからもよろしくね」

 

 その時見せた笑顔は入学直後によく見た彼女のものだった。それを見たオリバー達は安堵する。

 事実としてカティはその頃と比べて変わった。だが、変わらないものもあった。それが確認できただけでもこの話は十分だったのだ。

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