七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第48話〜オルブライト〜

 二層、巨大樹(イルミンスール)の枝の上に自動人形ルネの姿があった。一層の通路よりもずっと太い枝に立ち、目深にフードを被っている。

 彼はじっと下を覗き込んでいた。その体勢のまま微動だにしていない。まるで一本の小枝のように静かだった。

 

 しかし視線の先は違う。流血と絶叫が繰り広げられていた。

 

 自動人形ルネが見ているのは自然の営みであった。振るわれる触手、太い腕、逃げ惑う魔猿達。一匹、一匹ずつ触手や腕に捕まって大口に放り込まれていく。

 合成獣(キメラ)がこの木に住む魔猿達を捕食していたのだ。二層の生態系に属さない彼らはこうして様々な魔法生物達の縄張りに侵入しては攻撃を繰り返していた。

 

 彼はその行動や状況を観察、記録している。助けることも邪魔することもしない。いかなる立場の介入もせず、ただただ魔猿達が捕まって食われるのを見つめていた。

 

 自動人形ルネの手元に筆記用具や記録用の魔法道具はない。ノートどころかペンすらない。

 なので一見すると呆然と惨状を見下ろしているだけのようだが彼は働いていた。手に何もなくとも自動人形ルネそのものが記録用具になるのだから。

 彼の体には各種魔法道具が搭載されており、記録用のものもその範疇だった。それらを活用して映像、音声、文章で醜悪な怪物の捕食行動を記録していたのである。

 

「っと──ふむ。では観察終了としましょうか」

 

 そんな仕事を自動人形ルネは切り上げた。下ではまだ食欲旺盛な合成獣(キメラ)達が獲物を貪っているところだったが、切り替わるように彼はフードを上げて端正な顔を露わにする。

 

 仕事が変わったのだ。合成獣(キメラ)の観察からカティ達の状況確認へと。そしてその仕事を全うすべく巨大樹(イルミンスール)の枝先へと移動する。

 幹寄りの位置にいた自動人形ルネの姿が瞬時に枝先に移った。瞬間移動である。その場からかき消えるようにいなくなり、この場に突如として現れた。

 

 枝先であったがルネが立っても揺れ一つすらしない。普通の木のように巨大樹(イルミンスール)も先にゆくにつれて枝が細くなっていくが、先端であっても十分に人が立てるくらいの太さがあったからだ。

 

 そこから広々とした一層側の森を一望できた。もちろん無作為に探し回ることはしない。どこも同じような木々の群れに見えるものの水晶板の反応からだいたいの目的地は分かっているのだから。

  

 では、と魔力を頼って目的地周辺の状況を確認しようとした矢先。魔力光が打ち上げられて光の軌道を残しながら上空で爆ぜるのが見えた。

 

 救援球だ。助けを求めるための魔法道具である。それも団員支給のものだ。

 

 発射されたのはちょうど探ろうとしていた位置からだった。魔力光の道筋と炸裂した魔力球の痕跡は長く空に残っている。そうなるように設計したものだからだ。

 

「思ったよりもまずいことになっているのかもしれませんね」

 

 救援球を使ったということはまずい状況であるということである。

 すぐさまルネは探知を始めた。目を黒い瞬膜が覆う。神の目(トラルファマドール)だ。星空のように点々と輝く瞳は世に遍く広がる魔力からあらゆることを読み解く。

 

 神がかり的な視線はまずカティの水晶板を見つけた。地面に落ちている。それを起点にその周囲の情報を吸い上げるように調べていった。

 

 ──水晶板の近くには誰もいない。が、少し離れた位置に魔法使い達が集まっている。カティ達だ。

 そして周囲に最も多いのは──貫き蜂(スティングビー)、全長三から五フィートの巨大な蜂である。そんな化け物蜂がぶんぶんとカティ達の周りを飛び回っていた。

 それは不自然なことではない。何故ならカティ達がいるのは貫き蜂(スティングビー)の大規模な巣の真下なのだから。

 

 よりによってそんな場所で決闘するなんて。

 彼女達は魔法植物で造ったドームの中に避難している。

 支給品の器化植物(ツールプラント)で作った防壁ならかなりの頑丈さだが、襲ってくる蜂の数が数である。それなりに時間は稼げるが、いずれは彼らの巨大な顎で枝の守りも破られてしまうだろう。

 

 しかしどうして貫き蜂(スティングビー)の巣にこんなにも近づいたのか。彼らは巣に接近されるのを何よりも嫌う。真下に来るまでに巡回する見張りの威嚇を何度も受けたはずなのに。

 彼らの警戒を掻い潜ってまでどうして? という疑問がルネの中に浮かんだが、答えはすぐに見つかった。

 

 貫き蜂(スティングビー)達に興奮した様子を見て取れなかったからだ。警戒心や怒りでカティ達を攻撃しているわけではない。

 つまり誰かに操られているということになる。ちょうど先ほどまで観察していた合成獣(キメラ)達のように。使役のために一部の感情や行動が魔法で抑制されているのだ。

 

 その操り主は──ジョセフ=オルブライト。ルネは滞空する女王蜂の背にいる同級生を捉えた。

 彼から伸びた魔力の繋がりは全ての貫き蜂(スティングビー)達に続いている。使い魔契約の痕跡だ。救援球の軌跡のようにはっきりとルネにはそれが見えた。

 

 そして何故かカティ達にその使い魔達をけしかけている。理由は不明だ。人影すら見えない遠距離の状況を把握できるルネだが、その原因や内情までは分からなかった。

 

 しかし、今カティ達は襲われているのだ。それだけでどちらにつくのかは分かりきったことだった。

 

 この状況把握と決断までにかかった時間は一秒もない。瞬膜が目を覆ったと思ったら、青い瞳に戻る次の瞬きの間に終わった作業である。

 

 そして更に魔力を頼った自動人形ルネは枝から現場へと瞬間移動する。空を飛ぶわけでもなく地面を走るわけでもなく、巨大樹(イルミンスール)からカティの水晶板が落ちている場所へと音もなく現れた。

 

 彼の登場に貫き蜂(スティングビー)もオルブライトも、カティ達すら気づいていない。

 

 そんなただ蜂の羽音が鳴り響くなかでルネは魔法を行使した。

 

 

 

「な、なんだこいつら」「いきなりどうしたんだ」

 

 バリケードを食い破ろうとしていた巨大な蜂達が攻撃を放棄して突如として飛び去っていく。その姿を見たガイとピートは呆然と呟いた。

 あまりに急なことにカティ達はこれもオルブライトの作戦であるかと思ったのだが、乗っていた巨大蜂から振り落とされる彼の姿が見えたために違うとすぐに分かる。

 

「ッ、勢い(エルレ)……がッ!?」

 

 高所からの落下に減速呪文で対応しようとしたオルブライトだが、突如その体が地面に叩きつけられた。柔らかいものが潰れ、硬いものが割れる音が鳴るほどに。

 

 痛みが遠くからでも分かるような落下だった。ガイは襲撃者相手とはいえ、その痛々しさから目を背けながらオリバーに尋ねる。

 

「何だアイツ、呪文をミスったのか?」

 

 対してオリバーはじっとオルブライトの様子を見ていた。その観察の結果を答える。

 

「……いや、落下スピードが目に見える速さでいきなり上がった。減速呪文の前に加速があったんだ」

「となると──彼ですわね」

 

 周囲を見渡したミシェーラの視線がようやく自動人形ルネを見つけた。

 

 彼らの推測は正しい。オルブライトの負傷は自動人形ルネの無言の加速魔法のせいだった。

 

 詠唱中のどうしようもないタイミングを狙って発動した魔法によって、減速呪文のタイミングがずれたどころか加速で増した落下の衝撃が彼の全身を襲ったのだ。

 ルネ達よりも背が高く屈強なオルブライトであるが、無防備に落下した衝撃には参ったようでしばし立ち上がることもできなくなる。震える手足はそれ以上は動かず、そもそも頭がちゃんと思考をしているのかも不確かだった。

 

「ルネ!」

「ええ、どうも」

 

 バリケードの中から発せられたカティの安堵の呼び声に自動人形ルネは足元の水晶板を拾い上げながら応えた。瞬間、彼の姿はバリケードの前に移動する。

 汚れを払い落としつつ、枝の隙間からカティに水晶板を手渡した。

 

「どうぞ」

「た、助かった~。ありがとう、ルネ。これ、貫き蜂(スティングビー)に襲われた時に落としちゃって。──それであの子達は」

 

 水晶板を受け取ったカティは、それが破損していないことを確かめつつオルブライトが操った魔法生物について尋ねる。彼らにルネが何をしたのかを。

 天井の巣を一瞥した後にルネは答えた。

 

「支配呪文でMr.(ミスター)オルブライトの使い魔契約を破りました。今はこちらを襲わないようにさせているだけですよ」

「そうなんだ。そっちもありがとう。あの子達を殺さないでくれて」

 

 蜂達に危害を加えなかった礼をカティは口にするがルネは苦笑いする。

 

「どういたしまして。しかし善意からの選択ではないことは告白しておきましょう。

 もし一匹でも殺せば、こちらの攻撃と仲間の死骸が彼らを刺激してしまいます。それで群れ全体が興奮してしまうと支配呪文が効きにくくなってしまう。私が彼らを殺さなかったのは、ただそれだけの理由なのです」

 

 わざわざ訂正するルネにカティは微笑みを見せた。

 

「分かってるよ。私だって魔法生物について勉強してるもん。

 でもあなたなら、あの子達を興奮させても呪術とか呪文一つで全滅させられるでしょ? そうしないでくれてありがとうっていうのを言いたかったんだよ」

「では、改めてどういたしましてと受け取っておきましょう」

「そう。それで良いの。素直に受け取っておいてね」

 

 ほっとしたカティが天井を見上げるとちょうど貫き蜂(スティングビー)達が全て巣に戻ったところだった。

 ルネの視線がカティの腰のポーチに移る。あの蜂達の攻撃によって無惨にも破れていた。そこから水晶板がこぼれ落ちたのだ。

 その跡を眺め、ルネは言った。

 

「ふむ。君の活動を考えると、今後似た状況になる可能性は高いですね。となると契約主の手元に戻るような機能を加えておいた方が良いかもしれません」

「そうだね。お願いするよ」

 

 改善案を出され、カティは素直に頷く。魔法道具にそんな機能を付加するのは彼女の専門外であるからだ。それ以上のことが言えなかった。

 

「おまかせください。それと、マルコ用の水晶板も完成を急がせましょう。それとMs.(ミズ)ヒビヤは使い方を習得できるよう頑張りましょうね。そうすれば水晶板をお渡しできますので」

 

 そしてマルコ、そして申し訳なさそうにするナナオにいつも通りの微笑みを向け、ひとしきり頷いた後にルネはカティ達へようやく尋ねる。

 

「さて、と。それで、どういった状況なのでしょうか?」 

 

 そしてルネは彼らから話を聞いた。一層で三対二の決闘をしようとした直前に、オルブライトが現れてからの出来事を。

 

 

 

 オルブライトに連れられてオリバー達は二層まで降りてきていた。

 幾つもある二層への出入り口の一つを通り抜けた先は、それまでの湿った石の迷宮とは違った土と植物の広場である。

 カティとナナオはよく訓練で二層を訪れているもののその他のメンバーにはまだ馴染みがなかった。なので二人以外は両腕を広げて周囲を示すオルブライトに合わせて周りをぐるりと眺める。

 そこにある自然は何も不思議なものはなかったが、つい先ほどまであった石の迷路の続きがここであるというのが不思議であったのだ。

 

 彼らがこうしてわざわざ二層までやってきたのはオルブライトの意見が通ったからだった。

 突如現れた彼の提案で三対二の決闘から三対三の決闘へと変わり、また一層の通路が手狭だとオルブライトが言い出したため彼の案内で場所も変えることになったのである。

 

「ここが二層、通称『賑わいの森』だ。サリヴァーンとつるんでいるお前達ならよく知っているだろう。

 一年生の段階でここまで潜るのは自殺行為などと言われているが──そんなものは凡俗の物差しだ。規格外の才能には該当しない。お前もそう思うだろう、サムライ」

 

 オルブライトにそう同意を求められたナナオは困惑する。

 彼の強さは分かっていた。しかし、友人を侮辱するのは──特にオリバーに対して──気分が良いものではなかった。

 

 今もそうだ。オルブライトが「凡俗」と口にした際に彼の視線はオリバーやカティ達に向けられていた。特に対戦相手の一人であるオリバーに対してはその前の会話で「雑魚」と数回呼んでいる。

 一方「規格外」と言った際にはナナオやミシェーラの方に視線が向いていた。そして自身も後者の仲間であるという確信が言葉に現れている。

 

 それはただの傲慢ではなく、彼の言葉には彼の実力による裏打ちがあった。

 佇まいからオルブライトの剣士としての技量を見て取ったナナオはその点は否定しないものの、その他に関しては同意しなかった。

 なので人当たりの良い彼女にしては珍しくオルブライトとの会話を無視する。

 

 そんな対応をされてもオルブライトは気に留めなかったようだ。黙るナナオをじっと見つめただけでそれ以上何も言わずに広場の中央へと進んでいく。

 

 まるで我が物顔で二層を歩くオルブライトにぼそりとステイシーが毒気づいた

 

「……何よ、偉そうに」

「……落ち着け、スー。あいつの狙いはサムライだ。それを利用しない手はない」

 

 ステイシーからしたら決闘の主導権を奪われた形になるので不満ではあった。しかしナナオという強敵を押しつける相手ができるという利点は見逃せなかった。

 彼女を見る目で分かる。オルブライトはナナオとの決闘を望んでいるのだ。となれば必然的に自分達の相手はミシェーラとオリバーになる。

 

 ステイシー達はオリバーを頭数に入れていなかった。オルブライトほど苛烈に彼を侮辱するわけではないが、自分達の敵であるとは思っていなかったからである。

 つまりオルブライトを引き入れれば自分達とミシェーラだけの決闘になるのだ。ルネの指導を受けて増した自分達の全力を彼女に傾けることができる。

 なのでステイシーはオルブライトを渋々自分のチームに入れ、こうして決闘の運びまで彼に任せているのである。

 

 オルブライトが決闘の場所として選んだのは森の入り口前のような広場であった。草と土が多く、木は少ない。森は少し進んだ先から始まっていた。石の天井も近い。

 一層と二層の狭間である。近くの様子をオリバー達はそう感じた。

 オルブライトは一層の通路での決闘を狭いことを理由に嫌がったが、確かにここなら六人が戦っても問題なさそうだった。

 

 周りの環境を注意深く観察していたオリバーが先達であるカティに小さく尋ねた。

 

「──カティ。この近くには何かあるか?」

「──ちょっと待ってね。この近くは通ったことがなくって……」

 

 小声のオリバーは先導するオルブライトを気にしているようだった。

 その意図を汲み取ったカティはオリバーの陰に隠れ、水晶板をポーチから取り出す。そして素早くその表面を指でなぞり、表示された図をしばらく眺めた。

 

 彼女の手元の水晶板に映し出されていたのは二層の地図だ。自動人形ルネ達の調査結果を元に作ったもので様々な情報が掲載されていた。

 自分達の近くのそれを読んだカティが、硬直した。

 

「嘘……一層近くのここに?」

 

 ただならぬ様子にオリバーが声をかけようとすると、彼女は「しっ」と制すると青ざめた顔でそっと天井を見上げる。ポーチから細い箱を取り出すと両目に当てた。

 オリバーが見たこともないデザインだったが、双眼鏡なのだろうと用途から察する。

 

 じっと天井を見ていたカティは強張った小声で全員に伝えた。

 

「みんな止まって! ここ、貫き蜂(スティングビー)の巣の真下だよ!」

「ま、マジかよ」「全員、動いてはいけませんわ」「ああ。刺激するととんでもないことになる」

 

 ぴたりとオリバー達の動きが止まる。攻撃的な魔法生物の巣が真上にあるのだ。カティと同じように焦った表情になる。

 

「……雑魚が、余計な知恵を」

「凄い。百匹近くはいそう」

 

 一方でオルブライトは怪訝そうな顔で振り返り、双眼鏡で天井を観察するカティを見つけて睨んだ。その声はカティには届かず、彼女は観察を続ける。

 双眼鏡の魔力は石の天井を貫通し、奥に広がる巣とそこに蠢く貫き蜂(スティングビー)達の姿を捉えていた。その光景を見たカティは息を呑んだ。

 

「ごめんね、みんな。私、一層から二層に入ったことあんまりなくて。ほとんど校舎から城に直接移動してて、この近くを通ったことがないんだ。訓練ももうちょっと奥の方でやってるから。

 でも大丈夫。こんなこともあろうかと鎮静用の煙幕とか忌避の煙幕とか持ってきているし、防壁用の器化植物(ツールプラント)だって持ってきてるんだから。マルコ、用意をお願いね」

「分かっタ」

「ありがとう、マルコ。用意が終わったら、杖を手にゆっくり移動しよ。一層まで戻れば大丈夫だと思うから──ん?」

 

 マルコが背負ったリュックから静かに魔法道具を取り出す間にカティは違和感に気づいた。双眼鏡を手に周囲を見渡す。

 やはりそうだ。蜂達は巣の中にしかおらず、外には一匹もいない。自分達は既に彼らのテリトリーに入っているのに貫き蜂(スティングビー)達が一匹も巣から出て来ないのだ。

 

「──あれ、おかしいな。こんなに近づいてるのに攻撃どころか威嚇もしてこないなんて。それに見張りも一匹もいないし──貫き蜂(スティングビー)の生態からいってあり得ない──まさか」

 

 ある一つの考えに至ったカティ。双眼鏡を紐で首にかけると素早く杖剣を抜き、天井に向けて呪文を唱える。

 

契りの跡よ明らかに!(レヴェラーレ)

 

 すると天井から白い魔力光が伸びてきた。検出呪文によって視覚化された魔法契約の痕跡である。

 つまり。呪文が不発に終わらず、魔力光の道筋が出てくるということは。

 

「やっぱり! あの子達、使い魔契約で縛られてるんだ! だから私達が縄張りに入ってるのに巣から出て来ないんだよ!」

 

 予想的中したカティは興奮した声で言った。そして魔力光が契約主にたどり着く前にカティは杖剣をオルブライトに向けて言い放つ。

 

「動かないで、Mr.(ミスター)オルブライト」

「……ちッ」

 

 杖剣に手をかけていた彼は舌打ちをしつつそこでぴたりと動きを止めた。オルブライトも呪文の早撃ちに自信がないわけではなかったが、人数で分が悪いことはすぐに分かったからである。

 

 そんなやり取りの直後に光の先端はオルブライトまでたどり着いた。その頭上から伸びる白い魔力光の痕跡を見たオリバー達は杖剣を抜き、彼を見据える。マルコも盾を構える。

 

「『戦場まで案内してやる』というのは、こういうことでしたのね。Mr.(ミスター)オルブライト」

「他人を散々雑魚呼ばわりして、てめェのやることは騙し討ちかよ」

「この卑怯者め」

 

 ミシェーラとガイ、ピートがオルブライトを嫌味っぽく咎める。友人(オリバー)をたびたび「雑魚」と見下していたオルブライトに対する三人の印象は特に悪かったからだ。

 

「ミシェーラに同調するつもりはないけど、いきなり割って入ってこれはないわ」

「……」

 

 ステイシー、フェイも杖剣をオルブライトに突きつけていた。一応のチームメイトだからといって庇うつもりは毛頭ない。

 

 そもそも最強決定戦のルールにおいては使い魔を用いるのは禁止となっていた。が、迷宮内での決闘はルール無用になりがちだ。相手の罠などを見抜けなかった方が悪い。魔法使いとはそういうものだ。

 その点は二人も理解していた。魔道倶楽部より前の彼女らの対ミシェーラ作戦も決闘ルールを破るようなものだったのだから。

 

 しかし限度はある。自分で誘い込んだ決闘の場所に事前に罠を仕掛けておくだなんて。二人の恥の心が魔法使いの道理に勝った。 

 

 それに今回は見抜かれた。オルブライトの罠は彼が雑魚と見下していたカティに見事に見破られたのだ。

 

 全員から杖剣を向けられたことで流石の彼も杖剣から手を離して両手を上げた。

 しかし無抵抗になっただけで安堵はしない。オリバー、ミシェーラ、ナナオ、ステイシー、フェイは気を抜かなかった。

 相手は異端狩り(グノーシスハンター)の名家出身である。鍛えられた外見だけでも分かる魔法戦闘のプロフェッショナルの家系だ。

 例え杖に手をかけていないだけでも何をするか分からない。なのでオルブライトから視線を外さずステイシーはカティに言った。

 

「やるじゃない、あなた。流石あの化け物の弟子なだけあるわ」

「ば、ばけ!? ……褒め言葉として受け取っておくね」

「そのつもりよ」

「で。これからどうするよ」

 

 ガイが尋ねる。カティに。決定権を彼女に委ねたのである。

 

 そのことにしばし彼女は気づかなかった。てっきりオリバーかミシェーラに言っているのかと思っていたからだ。

 しかしガイの視線が自分に向いたことで気づいた。

 

「──え? 私?」

「当ったり前だろうが。手柄はお前のモンだ」

 

 びっくりしたカティは反射的にオリバー、ミシェーラを頼ったが、二人も頷く。

 

「この場は君に任せよう、カティ」

「そうですわね。あなたが決めてくださいまし」

 

 きょろきょろと視線が泳いだカティにステイシーは肩を竦める。

 

「ま、そうね。そっちが決めてちょうだい」

 

 他のメンバーも、ステイシー達にも異論はなかったようだ。全員がカティの決断を待つ。

 突然の意思決定権に驚いたカティだったが、彼女が口を開くのに時間はかからなかった。

 

「このまま帰ろう──っていうのはダメかな」 

 

 事前の罠の種が割れた時点でオルブライトは私刑されても文句が言えない状況である。キンバリー生の多くはそうするだろうが、カティはそんな発想にも至らなかった。

 

 杖剣を下ろすことはしなかったものの、彼女はオルブライトへ既に敵意を向けていない。必要以上に争うつもりはなかったのだ。

 そのカティらしさに彼女の友人達は微笑み、ステイシー達は非キンバリー生さに毒気を抜かれた。

 

 そして、それが一瞬の隙になった。

 

 オルブライトは左腕を下ろし、袖口からを球体の魔法道具を地面に落とす。閃光球だ。それが落ちた瞬間に閃光と炸裂音が炸裂した。

 光と音の中でオルブライトを失ったカティ達だが、それぞれ当てずっぽうでも呪文を放つ。しかし、どれも彼に当たらなかったようだ。けたたましい音が鳴り止み、オルブライトの詠唱が聞こえる。

 

来たれ眷属(アレスポンデオ)

 

 途端に広場に響く無数の鋭い羽音。あっという間に天井から貫き蜂(スティングビー)達が現れ、カティ達へと殺到した。

 早速オリバー達が牽制の呪文を飛ばす。しかし数名の呪文攻撃では百匹以上の群れで空中を自在に飛び交う相手にはなかなか威嚇にもならなかった。

 

「呪文が当たらねえ!」

「この数は厄介だぞ!」 

 

 何より隙がない。どんな対応をしようとしてもオルブライトの命令で一斉に貫き蜂(スティングビー)の大群が押し寄せてくるのだから。

 

 このままでは数で押し切られるだろう。

 

 焦るオリバー達だが、カティは呪文を唱えずに攻撃を避けながら蜂達の様子を観察していた。

 オルブライトの指示にどの程度の速さで従っているのか、また検出呪文から感じ取った契約の強さも加味して彼女は使い魔の動きから契約の精度を見定めていたのである。 

 

 そして結論を出した。

 

「──よし、大丈夫。私に任せて! 甘く香り立つ(フラグランス)

 

 最前線に飛び出したカティの詠唱の後に甘く濃い匂いを纏った魔力球が彼女の杖剣の切っ先から幾つも放たれた。

 ただ香りがするだけの魔力の球体群だったが、貫き蜂(スティングビー)達は杖剣から飛び出したそれらを一斉に追い回し始める。

 

 空中を滅茶苦茶に動き回る魔力球を追って貫き蜂(スティングビー)達が無秩序に飛び回り始めたために攻撃の手が止まった。

 

「な、何だ! 肉食の分際で甘いものに目が眩むとは」

 

 働き蜂と違って微動だにしない女王蜂の背の上でオルブライトはどうにか収拾をつけようとするが、落ち着くように命令しても貫き蜂(スティングビー)達は甘い香りを優先する。

 

「やっぱり、そんなに強力な魔法契約じゃないみたい」

 

 無秩序に飛行する蜂達を見てカティは結論が正しかったと確信する。

 オルブライトは使い魔の暴走を止められない。強い衝動による行動を抑えるような魔法契約ではなかったからだ。

 百匹以上の使い魔を維持するのに強い契約は使えないだろうという予想自体はカティもしていたが、改めて彼らの動作を観察して確信したのである。

 

 戸惑うオルブライトにカティが言い放った。

 

「知らないなら教えてあげる。貫き蜂(スティングビー)で肉食なのは幼虫と女王蜂だけで、他の働き蜂は幼虫の甘い分泌液とかを食べてるの。だから甘い匂いにつられちゃうんだよ!」

「カティ! 防壁、大丈夫!」

「ありがとうマルコ! 生え伸びよ(プロゴロッシオ)

 

 マルコが叫ぶ。彼は呪文が飛んでいる間に素早く器化植物(ツールプラント)の種を設置していたのだ。

 カティはそこに成長促進呪文を唱える。その効果によって地面に植えられた種は地面を突き破り、あっという間に太い枝が重なった大きなドームに育った。

 

 そこを指差してカティは叫んだ。

 

「みんな、あそこに向かって走って!」

 

 ドームにはぽっかりと入り口が開いている。カティ達は攻撃をしのげる場所へと目指して走った。

 彼女らと一緒に駆け出したフェイ。ステイシーの手を引きながら、彼は近くにいたピートに頼む。

 

「すまん! 俺達も間借りさせてくれ! 助けを求められる立場じゃないが……」

「そんなの関係あるか、こんな時に! お前らも早く入れ!」

 

 ステイシー達も含めて全員が走り出した頃には甘い魔力球も消え、再び貫き蜂(スティングビー)に秩序が戻る。殿のカティは再度同じ呪文を唱えた。

 しかし今度は先ほどの効力は出ない。甘い香りに食欲を刺激されて惑わされつつもカティ達への狙いは外さなかった。

 

「どうなってるの? 効いてないじゃない!」

 

 防壁の入り口から近づく蜂を雷撃呪文で追い払ったステイシーが叫んだ。

 

「甘い匂いがするだけで魔力は食べられないからね。それが分かったから追い回したりしなくなったんだよ。あの子達だって馬鹿じゃないんだから」

 

 カティはそう説明しながら空中から急降下してきた蜂を軽い身のこなしで避けた。

 そしてそのまま地面を転がって防壁の中に入ると、起き上がりもせずに再度成長促進呪文を唱えて入り口も太く硬い枝で塞ぐ。

 

「マルコ、忌避用の煙幕球を」

「はい、カティ。こレ!」

 

 籠城しただけで安心せず、なおも近づこうとする貫き蜂(スティングビー)にカティはマルコから受け取った忌避の煙幕を使った。重なり合った枝の隙間から球体の容器を放り投げ、それが炸裂すると同時に彼らの嫌う臭いが広がる。

 

 甘い香りに誘われたのと同じように不快な臭いに近づこうとしない貫き蜂(スティングビー)。ただし今回はオルブライトの方が積極的に攻撃命令を出していなかったようだ。先ほどのように慌てて指示を出している様子もない。

 

 代わりに威圧感を与えるかのように蜂達にドームの周りを囲わせてカティ達へと羽音を響かせる。警告ということだろう。

 

 ここでようやくカティ達はオルブライトとまともに会話ができるようになった。女王蜂の上に立つ彼に向ってオリバーが詰問する。

 

「どうしてこんなことをする、Mr.(ミスター)オルブライトッ!」

 

 やや沈黙があって、拡声呪文を用いたオルブライトが話し始めた。 

 

「一つだけ言い訳をさせてもらえるのなら──最初からこいつらをけしかけるつもりはなかった。万が一、負けた時に使うつもりだった。まさか決闘前に見破られるとはな」

 

 彼の視線がカティに向く。

 

「見事だ、貴様。よく見抜いた。だが俺はオルブライトだ。負けるわけにはいかん。これはなかったことにしなければならんのだ」

「……どうして?」

 

 彼女の問いかけに、オルブライトは遠い目をしながら答えた。

 

「……昔のことだ。家の使用人に、普通人の一家がいた」

 

 彼の声は魔法によって蜂達の羽音を突き抜けて届いたが、迫力のない声音だった。

 

「そこの一人娘が俺と同い年でな。俺の身の回りの世話と話し相手を任されていた。ずっと厳しい訓練の中にいた俺にとって、あいつとの時間だけが落ち着くことを許された」

 

 オルブライトの告白の中でカティは焦る。彼が話し始めたタイミングで紛れてルネに救助を求めようと思ったのだが、連絡を取るための魔法道具である水晶板がないのだ。

 ちらりと腰のポーチを見れば斬り裂かれたように破れていた。

 

 身に覚えがなかったのだが、おそらく貫き蜂(スティングビー)達に襲われるなかでやられてしまったのだろう。

 となると連絡手段は一つになる。カティはこっそりと後ろのマルコに囁いた。

 

「──マルコ。合図したら救援球」「──分かっタ」

 

 彼が背負ったリュックの横収納に触れると、そこがかちりと開く。中には救援球の発射機構が入っていた。

 マルコの思考に反応して上空へ魔力光を放つ魔法道具を打ち出すのだ。後はカティの合図を待つだけだった。

 

 ちなみに同じ団員であるナナオは水晶板を持っていない。その使い方がさっぱりである彼女は、今それを習っている最中だったのだ。なので所持していなかった。

 

「そんなある日──俺は初めて、チェスでそいつに負けた。こちらの定石と向こうの作戦が嚙み合った、清々しいほどの完敗だった。負けて悔しかったが、ベッドで飛び跳ねて喜ぶそいつを見て俺も喜んだ。あいつの努力が実ったところを見るのは喜びだったんだ。他人のそれを見るのは初めてだったしな。

 そう、浮かれたのが良くなかったんだろう」

 

 オルブライトはそこまで口にして、少し黙った。その続きを言いたくもない、思い出したくもないという苦し気な顔だった。

 

 彼とその使用人の娘がチェスをよくやっていたという話をカティは聞き逃していた。

 二人にとってチェスは性に合ったゲームであり、少女は何度オルブライトに負けても戦略などを親達に聞いて上達していっていたのだと。

 

 その点を聞いていなくても、オルブライトが使用人の娘にチェスで負けたというのは分かったが。

 

 オルブライトは酷く後悔した顔で続きを話した。

 

「その浮かれた気分のまま、俺は翌朝の朝食で両親に話した。あいつがチェスに勝った、良い手だった、今まで一番面白い試合だったと。

 その場で俺は両親から激痛呪文を叩きこまれた。三発だ。その後で半日がかりの折檻を受けた。窓のない地下室で、オルブライトの一族としての心構えを徹底的に刻まれた。忘れられない痛みと恐怖による。

 ──夕方にようやく地下室から出された後、俺はどうにかして部屋に戻った。どうしてもあいつに会って話したかった。そうすれば心が楽になると思ったからだ。

 だが、あいつは二度と俺の前に現れなかった──俺が地下室にいる間に、家族ごと処分されていたから。

 だから俺は誰にも負けることは許されない。勝利も敗北も、俺のものではない。全てはオルブライトのものだ。だから、負けることは許されない」

 

 喉からつっかえたものを吐き出すように彼は過ちを語るが、どれだけ話しても晴れやかな顔になることはない。終わらない嘔吐が続くように苦し気だった。

 

 そんな深い苦しみと辛さの表情を強張りでかき消し、彼は淡々と告げる。

 

「話は終わりだ。さあ杖剣と白杖を捨てて、今すぐ投降しろ。傷つけはしない。忘却呪文で全員の記憶を、俺に会ってからものを消すだけだ」

 

 その通告の直後、カティは小声で友人達に尋ねた。

 

「私に任せてくれる? みんなのこと」

 

 彼女の表情は決して諦めていない。希望を知っている顔だった。

 

 そして彼女の友人達は、それに従った。

 

 開かれるドームの天井。その部分の枝が枯れ落ち、守りがなくなっていく。

 

 オルブライトはそれを降参の合図だと思ったが。その次の瞬間、カティ達の起風呪文が上空へと放たれる。

 オリバーの収束によって束ねられたそれはドームの真上にいた貫き蜂(スティングビー)達を吹き飛ばした。

 

「マルコ! 打って!」

「ウ!」

 

 カティの呼びかけでマルコは救援球を発射する。空いた上空を突き抜け、救援球は二層の空で炸裂した。

 

生え伸びよ(プロゴロッシオ) そら、来たぜ!」

 

 魔力の救援要請が空へと届いた直後、ガイは自身の手持ちの器化植物(ツールプラント)で開かれた天井を閉じた。

 オルブライトの攻撃命令を受けた貫き蜂(スティングビー)達がドームに取りつく。先ほどの風の魔法で忌避剤の臭いが薄れたために接近を嫌がる素振りはなかった。

 

 枝を嚙み砕かんとする蜂に、カティは再度忌避の煙幕を張りつつ呪文で彼らを追い払う。オリバー達もそれを手伝った。

 助けが来るのを願いながら。 

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