七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第50話~対立~

 校舎四階の生徒会本部(スクールフォース・ヘッドクオーターズ)に緊急の一報が入る。

 迷宮内で二十名近い下級生達が拐われた。現場は一層と二層。突然現れた捕獲型の合成獣(キメラ)による被害であると。

 

 誘拐されたのが全員男子生徒であり、また合成獣(キメラ)を用いたことから生徒会は犯人をオフィーリア=サルヴァドーリと断定。

 今までの彼女に関する調査と状況から考えて魔に呑まれ正気を失っていると判断され、すぐさま校内に厳戒態勢が敷かれることとなった。

 この通達により下級生達は迷宮への立ち入りが禁じられる。これ以上の被害を出さないようにするためだ。

 

 そして学生統括アルヴィン=ゴッドフレイを筆頭に生徒会メンバー、監督生達は事態解決のために迷宮への突入チームを編成することとなったのだが。

 

 いざ一層へ進もうとした矢先、ある通報が彼らに届けられた。とある一年生達からの報告である。

 内容は今回の事件の黒幕について。オフィーリア=サルヴァドーリに何が起きて、どうしてこのようなことになったのかを彼らは詳細に伝えた。

 

 それを聞いた一同の反応は様々だった。絶句する者や静かな怒りを抱く者などなど。三者三様の表情を見せたが、行動は同じだった。

 一年生達に連れられ、友誼の間へと向かう。真犯人のところへと。

 

 

 

「静かですね」

「そ、そうだね」「うむ」

 

 ルネ=サリヴァーンは友誼の間にて楽しげに紅茶を飲んでいた。

 彼の隣にいるのはカティとナナオだ。しかし二人以外のメンバーはいなかった。代わりに欠けた人数以上の静けさが彼らの周りにはある。

 

 三人の座ったテーブルの近くの席には誰も座っていないからだ。他の生徒達からはいつも距離を取られがちであったが、今日は特にそうであった。

 

 とっくに噂として話が出回っているからだ。何故、今こんなことになっているのかを。

 同級生達は怪物を見る目で、年上であるはずの二年生、三年生ですら狂人を見るかのような目をルネに向けている。そして決して近づこうとしない。

 

 そんな幾つもの視線を気にせず、紅茶を飲み終えたルネは天井を見上げた。テーブルの上に置かれたお菓子も口にせずに退屈そうに天井の模様を眺めていたが。

 

「ふむ、遅かったですね」

 

 その呟きに反応したカティとナナオはびくりと震えた。一方でルネは彼らの入室を感じ取り、姿勢を正した。テーブルの上を魔法で片付け、客を待つ。

 

 それまでカップを口元に持っていく程度の動きしかしていなかったルネの行動に周囲は首を傾げるが、その理由はすぐに分かった。

 

Mr.(ミスター)サリヴァーン! いるか!?」

 

 突然の大音声に食堂内にいた生徒達の視線が発生源である出入り口へとばっと向く。

 そして慄いた。そこにいたのはゴッドフレイ統括を先頭にした生徒会メンバーだ。全員が等しく激怒しているのは魔力を感知しなくても明らかだった。

 

「はい、こちらですよ」

 

 そんな怒りの空気に気づいた上で無視したルネはひらひらと手を振って呼びかけに応える。

 

「ヤバ──生徒会だ」「全員逃げろ!」「ここが消し飛ぶぞ!」

 

 途端に学生達は食事を放棄し蹴飛ばすように椅子から離れ、一心不乱に食堂の外へと避難していく。

 足音や揺れる食器の音などががちゃがちゃと騒がしく鳴った数十秒後。ルネと生徒会メンバーの間には空になった座席とテーブル、食べかけの料理と食器だけが残った。

 

「残念ですね。面白くなりそうなのに」

 

 小動物のように逃げ去った生徒達にルネは残念そうな顔を向ける。これから起きることを間近で見たいという人物は誰一人としていなかったからだ。

 

 しかし好奇心がないわけではない。敵がいないか巣穴から外を眺めるネズミのように、彼らはこっそりと食堂の出入り口から中の様子を伺っているのだから。

 

「ありがとう。通報、感謝する。Mr.(ミスター)ホーン」

 

 友誼の間へと足を踏み入れる直前、サルヴァドーリ暴走の詳細について生徒会に報告したオリバー達へゴッドフレイが感謝を述べた。

 

 学生統括の謝辞に頭を下げたオリバーは、顔を上げるとルネの隣にいるカティとナナオに視線を向ける。

 

「いえ、自分達はただ利用されているだけですから。ところで先ほどもお伝えしましたが、この件にあの二人は」

 

 オリバーの意図を察し、ゴッドフレイは頷いた。

 

「関わっていない、だろう。分かっている。こちらも同じ派閥だからといって連帯責任を取らせるつもりはない」

「──感謝します。あれの意図が分からないのは申しわけありませんが」

「気にするな。君らを通じて自白するとは、確かに何を考えているのか分からないな。だが安心したまえ。我々にとってはいつものことだ。常軌を逸した連中の相手は我々の仕事だ」

 

 そんなやり取りを魔力を頼ってまでルネは敢えて聞かない。全て彼の予定通りなのだから。

 

 しかし予想外な事態が起こる。カティとナナオが友誼の間から出て行かないのだ。出入り口に陣取る生徒会の上級生達を緊張した様子で見つめるだけで逃げなかった。

 彼らの登場と同時に退室する手筈だったのだが。

 

「美味しそうなケーキがありますね。取りに行ってはいかがです?」  

 

 そう離席を促すものの二人は動かなかった。 

 

「大丈夫、お腹空いてないから」「拙者も同じく」

 

 そんなやり取りをしている間にゴッドフレイ達が食堂に入ってくる。部屋に入るなり横に広がった彼らは、椅子やテーブルを避けつつ杖剣を片手に逃げ道を塞いでルネ達のテーブルに近づいてくる。

 

 ただ、今なら逃げられる。マークされていない二人なら。

 生徒会の包囲網が完成する前にルネはどうにかカティ達を逃がそうと思ったのだが。遠回しに言っても聞いてくれないので直接告げた。

 

「君らも揃って説教なり尋問なりを受ける必要はありませんよ。そもそも本件について君らはほとんど知らないのですから」

「大丈夫だって」「同じく。城主を置いて逃げるような真似はしないでござる」

 

 そう諭しても頑として席を立たない。ちらりと外のオリバー達に視線を向けるが、覚悟を決めたようにぎゅっと膝の上に手を置いて着席の意思を貫き通した。

 事前の打ち合わせでは二人は席を外す予定だったのだが。どうやら無断で残ることにしたようだ。

 

 出入り口近くにいるオリバー達が焦っていない様子から彼らは知っているのだろう。()()()()()()()()()()()()()()後で剣花団だけで話し合ったようだ。

 きっと揉めたことだろう。わざわざ生徒会からの印象が悪くなりかねないことをする必要はないと。ルネに押しつけろと彼らは言ったはずなのに。

 

 こんなことをさせるくらいならステイシー達の方に無理を言ってでも頼むべきだったか。彼らも「恩があるルネを裏切りたくない」と口にしていたが、実際のところは巻き込まれたくないだけのはずだからだ。

 

 困り顔で自分を見ているルネにカティは言った。

 

「それに。ナナオには話さなかったかもしれないけど、私には言ったでしょ? 今回のこと」

 

 そして改めて覚悟を決めた。その強張った顔にルネはとぼけた声をかける。

 

「はて、そうでしたか?」

 

 何度も自分を遠ざけようとするルネにカティはむっとしながら言った。

 

機械仕掛けの母(マーテルマキナ)の素材でしょ、先輩の、その」

「ええ、そうですね」

 

 臓器という言葉がどうしてもカティの口から出てこなかったので、ルネは頷くことで肯定の意思を伝える。

 ようやく認めたルネにカティは鼻を鳴らしながら椅子に座り直した。

 

「なら、無関係じゃないよ」

 

 そして、そう言い切った。

 もちろんルネはカティに開発中の魔法道具の材料について何一つ伝えていない。彼女が考案した名前を採用しだだけであり、それだけで関係があるとは言い難いのだが。

 ルネは嬉しくもあり困りもしつつ、一つだけ彼女に伝える。

 

「そう思ってくれるのは嬉しいですが、彼らにそれは言わない方が良いでしょう。君らも尋問対象になってしまいますよ」

 

 彼らが喋っている間に生徒会はルネ達の周囲を完全に包囲した。カティとナナオはもう席を立って逃げ出すことはできない。

 

 ふと生徒会メンバーの視線が二人に向いた。敵意などが含まれていないただの視線だったが、何気なく見られただけでカティ達の肌は粟立つ。

 すぐに彼らはルネを睨んだ。こちらには敵意や警戒心が満ちていたが、彼は気にした様子もない。小声でカティ達に言った。

 

「難しい立場に置いてしまって申しわけありません。今回は君らの忠誠心に甘えるとします。

 ただ、敢えて君らのためになることを言うのなら──これは良い学びの機会となるはずです。何故なら今後このようなことが何度も続くでしょうから」

 

 それを聞いたカティ達は流石にぞっとする。青くなった彼女らに微笑みつつ、ルネはゴッドフレイを迎えた。

 

「ごきげんよう、ゴッドフレイ統括」

 

 彼は座りもせずにただルネを見下ろす。視界にカティ達は入っていない。無関係であることは分かりきっていたからだ。

 ただルネを見据え、言った。

 

「ああ、Mr.(ミスター)サリヴァーン。その態度から用件は分かっているな」

 

 瞬間、食堂は即席の尋問室へと変わる。取り囲む生徒会メンバーが部屋の壁であり、そして尋問官でもあった。

 ルネは彼らが発する圧力に負けずに平然と答える。

 

「ええ、もちろん。淫魔(サキュバス)の性質を受け継いだ魔法使いを研究することは生物の魔法合成や生殖そのものに関する貴重な資料になるでしょう。私はそれらを知るために活動しているだけです」

「大勢の下級生を巻き込んで、か?」

「二十三人。一年生、十人。二年生、十三人。被害予想として学校側に報告した人数からは上回っていませんが」

 

 機械的な声音で人数を口にするルネにゴッドフレイは歯噛みした。二十人以上の被害が出ると予想しても学校はこの少年を止めなかったのだ。それ相応の成果が見込まれて。

 

 沈黙を決めた学校の態度と、罰則が適応されないのを良いことに一切の犠牲を厭わないこの少年の態度に彼は苛立ちを隠せない。

 

 例えそれが毎回であっても。ゴッドフレイはそのたびに憤る。彼らが相対してきた魔法使いは全員がそうだったからである。自他を捧げ、魔道に邁進する輩ばかり。

 

 ゆえに生徒会が取るのはたった一つの手段である。

 ゴッドフレイはテーブルに手を突き、じっとルネを睨んで告げた。

 

「その通りだ。しかし学生統括として要求する。君が捕らえた生徒達を即時解放しろ」

 

 暴れる奴には自力でどうにかする。それはキンバリーの全生徒がそうであり、そして生徒会の活動もそうであった。

 トラブルを解決するのは学校のルールや教師達の介入ではなく自分達の力である。ゴッドフレイの通告と共に周囲の生徒会メンバーの圧が強まった。

 

 カティの顔が強張り、ナナオも冷や汗をかくが。ルネはいつもの微笑みだった。普段通りの態度で話し続ける。

 

「それはできません。再現人形(ダミー)は現在自走状態にあります。なのでここから遠隔で停止させることも、捕まえた生徒達を逃がすこともできないのです」

「自走状態?」

「はい。生前のまま活動をさせているということです」

 

 ゴッドフレイが聞き慣れない単語を聞き返すとルネは丁寧に答えた。

 しかし内容は分かってもその意図は分からない。なので彼は質問を続けた。

 

「何故そんなことを?」

「機体を動かさず、ただ中で擬似体液を循環させるだけでは再現できる霊魂の精度が落ちるからです。霊魂は命に宿るものですから。ゆえに生きているように動かしてより精度を高めた霊魂を取り出しているのです。

 これに血液や臓器から取り出した肉体、霊体の情報を組み合わせることでオフィーリア=サルヴァドーリという魔法使いを完全に理解できるようになります。

 今回の私の目的はこれです。魔法使いとしてのサルヴァドーリを回収すること、そのために動いています」

 

 まるで家畜の質を高めんとする畜産家のような話だ。しかしやっているのは餌の質を高めたり、環境を良くしたりなどではない。人血を巡らせる人形に人を演じさせているのだ。

 そんなことを平然と話すルネに流石のゴッドフレイもたじろぐ。が、すぐに尋問を再開する。

 

「ッ──なら、サルヴァドーリの工房の位置については」

「オフィーリア君、ではないのですか? 彼女のことはそう呼んでいたのでしょう。あなたの仲間に手を加えるまでは」

 

 素早くルネは話を変えた。途端にゴッドフレイの動揺が強くなる。自身が尋ねた内容も忘れ、ルネが言ったことに関心を持ってしまった。

 

「どこでそれを聞いた?」

 

 ルネの返答は揺るがない。ただ事実を口にするだけだった。

 

「霊魂を取り出せる再現人形(ダミー)を使いました。霊魂とは人の経験でもあります。彼女が経験したこと全て、私は今観察中なのです。

 それにしても男に合成獣(キメラ)の胚を植えつけるだなんて、なかなか面白いことをする人ですよね。淫魔(サキュバス)ジョークとでも言うのでしょうか」

 

 話がルネのペースになりそうになったところで別の生徒会メンバーが介入し、凛とした声でルネを叱りつける。

 

「話を誤魔化すな。情報提供をするのか、しないのか。どちらだ」

 

 そう言って、ルネの椅子に手を置いた色黒の上級生が鋭い目つきで彼を見下ろす。視線は向けなかったものの笑みを浮かべてルネは挨拶した。

 

「ごきげんよう、イングウェ先輩」

「ああ、そうだな。ところで私のこともその再現人形(ダミー)とやらで見たのか?」

「いいえ、それほどは。あまりサルヴァドーリ先輩と仲良くなかったのでしょうか」

 

 背もたれを握る彼女の力が増した。ぴしりと硬い木材の椅子に亀裂が入る。

 レセディ=イングウェの怒気を背にルネは話題を戻した。穏やかに話す。

 

「さてと、情報提供の話ですね。もちろん協力しましょう。ただし文面でお伝えします。口頭では説明しにくいですし、紙の資料であれば分かりやすいでしょうから」

 

 生徒会メンバーは苛立つ。彼が口に出した言葉は協力するつもりがないと言っているに等しいからだ。

 

 生徒会の誰もがすぐに丁寧な地図が送られてくるとは思っていない。良くて数日かかるか、もしくは関係のない資料が大量に届くかだ。

 早く出せと命じてものらりくらりと躱されるだろうし、大量の資料が送りつけられても関係ないものかどうか一応確認しなければならない。

 今すぐにでも助け出す必要のある下級生達がいるなかで、そんなことに時間を奪われるわけにはいかなかった。

 

「先輩、もうコイツをさっさと拘束しちゃいましょうよ」

 

 ゴッドフレイの隣から金髪の少年が目に殺意を宿しながらそう意見する。ルネは彼の殺意すら微笑んで受けた。

 

「構いませんよ、リントン先輩。ところで何体の私を捕まえるのでしょうか」

「──はぁ?」

 

 ティム=リントンは首を傾げる。そんな彼の前で自動人形ルネの首が外れた。コトンとテーブルの上に落ちる。

 転がって斜めになった頭を、それのない体がテーブルで真っ直ぐに立つよう置き直した。まるで断頭を終えたかのような光景だ。

 流石の生徒会の面々も気味の悪さに押し黙った。しかし首だけになった自動人形ルネは変わらない調子で話す。

 

「本体は今手が離せない状態にありまして。自動人形(オートマトン)の方で対応させていただいております。もしこの私を拘束するのでしたらどうぞ。また別の自動人形(わたし)が出てくるだけですので」

 

 両手首を合わせ、ゴッドフレイ達に向けた。その手を誰も取らないため自動人形ルネは頭を再度首に頭を乗せる。

 

 この場でこの自動人形ルネにどんな圧力をかけても無駄だった。敵が敵であると分かった、収穫はそれだけだった。

 しかし、それもまた生徒会の日常だ。むしろ相手がはっきりしただけ御の字だという雰囲気だった。

 

 そんな仕事熱心な彼らにルネは伝える。

 

「そもそもあなた方が出なくても再現人形(ダミー)は一週間ともちません。サルヴァドーリ先輩の霊魂の情報が回収でき次第停止しますので。その後なら、すぐにでも情報提供させていただきますよ」

 

 用が終わったらその後片付けをしろ。ルネの言い方はそんなものだった。

 しかし彼の挑発的な言動に乗るメンバーはいない。ゴッドフレイが尋ねた。

 

「その間にどれだけの下級生が死ぬ?」

「三人か、四人でしょうね」

「なら断る」

 

 犠牲者が出ると改めて聞き、ゴッドフレイは改めて宣言した。

 

「俺達はこれから迷宮に入り、サルヴァドーリの工房を見つけ、拐われた下級生達を助ける。

 そして今、下級生である君は生徒会の権限で迷宮に入ることはできない。これは君にどれだけ才能があっても、教師共と仲良くてもダメだ。我々の権限だからだ。

 ゆえにもし君を迷宮内で見かけたら、即時排除する。それだけ伝えたかった」

 

 そう言い終えるとテーブルから引き下がる。生徒会がルネを敵と認識した瞬間だった。

 オリバー達の通報後の彼らの目的はルネの拘束でも、彼から協力を取りつけることでもない。ただ自分達は敵同士であると宣言することだったのである。

 

「──アタシも良いかしら?」

「はい、何でしょうか」

 

 去り際に中性的な上級生カルロス=ウィットロウがルネに尋ねた。その目も声も気味が悪いほどに優しげに。

 

「リアは、自分が死んでいると知っているの?」

 

 ルネは首を横に振る。

 

「まさか。違和感があっても魔に呑まれている時の感覚と勘違いするでしょうし、自分から気づくことは決してないでしょう」

「そう。ところでアナタは最期にそれを教えるつもり?」

「自分が既に死んでいて、今はただ情報を搾り取られるだけの機械だと? 必要がなければ言わないでしょう」

 

 彼の返事を聞いてウィットロウの口元に笑みが浮かんだ。

 

「ふふ。ということは、言うつもりなのね──分かったわ、ありがとうMr.(ミスター)サリヴァーン。じゃ、また会いましょう」

「ええ、またお会いしましょう」

 

 ウィットロウはしばしルネを見つめたが、あっさりと視線を外すと先に移動していたゴッドフレイ達に小走りで追いつく。

 

「カルロス」

「ええ、ホント、とんでもない超優等生ね」

 

 隣に並んだ親友にゴッドフレイは声をかけた。いつもどおりのように見えるカルロスだが、その中身はこれまで彼が経験したことがないほどに揺れ動いているはずなのだから。あまりにも乱れ過ぎていて平然としているように見えるのだ。

 

 不安がるゴッドフレイにカルロスは微笑んで言った。そこにルネに向けていたような隠した気迫はない。素の彼の笑みだった。

 

「アル。アタシがしくじっても、大丈夫だからね。後は任せないわ」

「それは……どうだろうな」

「そうして。もう、これはアタシとあの子の問題なんだから」

 

 苦しそうな顔をした後に、ゴッドフレイはようやく頷く。それを見てカルロスは再度微笑んだ。そして前を向き、言った。

 

「さぁ、行きましょうか。──アタシ達の最後の冒険に」

 

 

 

 

 やってきた時と同じように、揃って生徒会の上級生達は友誼の間を出ていった。

 

 そんな彼ら全員の背中が見えなくなった段階でカティとナナオは大きく息を吐いた。慌てて食堂に飛び込んできたオリバー達が二人を労る。

 額の汗を拭うカティの背を擦りながらオリバーはルネに問いかけた。

 

「君はいったいどういうつもりなんだ。わざわざ生徒会に自分の所業を伝えさせるだなんて」

「どちらにしろ君らは何かしらの手段で通報するつもりだったのでは? 私の目を盗むという難題に頭を悩ませずに済んだことでしょう。もちろんそもそも私に秘密にするつもりはないのですが」

「……そうではなくて、どうして自白をしたんだ。君の研究が邪魔されることになるんだぞ」

 

 即否定しないところがオリバーの愛らしいところである。少なくともルネはそう思っていた。

 ただ微笑むばかりだと小言が続きそうだったので、ルネは改めて彼の疑問に答える。

 

「まず研究についてですが、既に生徒会では妨害できない段階にあります。解体した臓器などは既に私の工房内ですし、再現人形(ダミー)が収集した情報も遠隔で記録しています。後は数日待つだけなのです。先ほど説明したように」

「なら、どうして」

「一度彼らと揉めてみたいと思っていましたから。敵ははっきりと分かった方が良いでしょう?」

 

 そんな挑戦的な答えにオリバー達どころかカティとナナオでさえ黙ってしまった。別に彼らも奥深い至言か何かを期待していたわけではないのだろうが、まさかただ喧嘩を売りたいだけとは思っていなかったようだ。

 

 頭に散々の罵倒が浮かんでいるのだろう。ミシェーラは額を手で抑えながら上品さでどうにか言葉を選ぶ。

 

「──まず、あなたは既に生徒会と揉めたでしょう。リックの件で」

 

 彼女が話題にしたのはリチャード=アンドリューズを一晩監禁した事件である。ちなみに彼の名を口にした際の口調の硬さから、その件でまだルネを許していないのは明らかだった。

 

「あれはただ私の遊びに一晩付き合わせてしまっただけです。実際私は生徒会の二人を倒しただけで、他の方達とは呪文の応酬一つすらしていないのですから」

「ッ──遊び、ですか……ハァ」

 

 一人の少年、それも友人の首を木に吊るし、何時間も放置したのが遊びだと。その言葉にミシェーラはため息とともに再度額を抑えた。

 他のメンバーも彼女と同感だったのだろう。それ以上何も言わなかった。

 ただルネの方は付け足しがあったので言う。

 

「その件で私はキンバリーに入学したことを実感しました。それは確かです。

 しかし、私がキンバリーのどの辺りに位置しているのか。この学校の力関係(ヒエラルキー)のどこにいるのか。それをはっきりさせたいと思ったのです。そして、これから数日後にそれは確かなものになるはずです」

 

 予言めいた彼の発言にメンバーは硬直する。彼の立ち位置が決まる。それが意味することを考えれば、つまり──。

 

「まさか。君は、生徒会を全滅させるつもりなのか?」

 

 オリバーが尋ねた。ルネの視線が彼に向く。

 青く輝く瞳は美しかった。澄み切った空のように、人の都合なんて何一つ考えない雄大な自然のように綺麗だった。

 そんな目を細め、彼は悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 

「私にはそれができると? Mr.(ミスター)ホーン、君の評価を聞かせてください」

「それは……」

 

 まさか追求されると思っていなかったオリバーは困惑した。困ってしまった。

 

 いや、そうだ、その時点で答えは明らかだった。

 

 馬鹿げた話と一蹴できなかったのである。「生徒会に挑戦したい」だなんて、もし他の同級生がそんなことを言えば「無理だ」や「考え直せ」などの言葉が瞬時に浮かぶはずなのに。

 

 オリバーにはそれができなかった。ちらりと浮かんでしまったのだ。ゴッドフレイ達が倒れ、ルネが立っている光景が。傷一つない同級生と、満身創痍の上級生達の姿だ。

 

 血に塗れた景色を、見たままの感想を口に出した。

 

「君は、()()()

 

 考えずに出た言葉だったが、ルネは微笑んで聞いていた。オリバーはしばしの沈黙の後に続ける。

 

「だがあの人達も()()()()()に強い。君も苦戦するだろう」 

 

 脳裏に浮かんだ光景が卜占の類によるものだったのか。自分にも母親の血がしっかりと流れていたのか。彼にその自信はなかった。

 なので明言することは避ける。どっちつかずの意見を口にしたつもりだったが。

 

「ふむ。てっきり『不可能だ』と言うと思っていましたが。思ったよりも高評価をいただいていたようですね」

 

 しかしルネは彼の揺らぎを見抜いていたようだった。釣り合った天秤のような公平な意見が実は傾いていることを。

 

「本気なのですか? 先輩方を倒すと」

 

 図星だったオリバーの代わりに改めてミシェーラが問いただした。この少年の真意を。

 今度は逆質問をすることなくルネは素直に答えた。

 

「負けるつもりで挑みはしません」

 

 ある意味、当然の返答だった。しかしそんなことを聞きたいのではなかった。

 

「あの方々の代わりに、自分がキンバリーを取り仕切るつもりなのですか? いずれ自分が統括になると」

「いいえ。そこまで先のことは考えていません」

 

 実のところルネに統括の地位についての関心がないわけではなかったが、そんな野心を見せる必要がなかったので敢えて否定する。

 荒っぽい学校であるキンバリーにおいても一応学生統括は選挙で決められるのだ。

 重要ではあるが、統括として問われる資質は腕っぷしだけではない。色々と下準備が必要なことを不用意に口にするつもりはなかったのである。

 

「しかし力関係は明確にすべきであるとは思っています。あの方達と私のどちらが強いのか。ここキンバリーではとても大切なことでしょう」

 

 なのであくまでキンバリー生としての矜持を答えた。強さに関する話題だけを持ち出す。

 

「大事になりますわよ」

 

 それを正直に受け取ったのか否か、ミシェーラの硬い態度からルネは伺えなかった。ただ感想を一つ言っただけだった。

 

「そうでしょうね。特にウィットロウ先輩は激怒していましたね。きっと、あの人は──ふふ」

 

 意味深に微笑むルネの真意を誰も確かめられない。聞きたくもなかったからだ。

 

 ルネは笑みをこぼしながらカルロス=ウィットロウのあの穏やかな顔を思い出している。まるで波一つない海面のようだったが、しかしその下に怪物が潜んでいることに彼は気づいていた。

 

 ウィットロウとサルヴァドーリの関係ではなく、カルロスとオフィーリアの関係のもとにあの上級生は動くだろう。

 再現人形(ダミー)が読み取った彼女の記憶にどれだけカルロスが出てきたことか。その出会いから離れる時まで。

 つまりオフィーリアの人間性にはカルロスが深く関わっているのだ。

 それは彼の側も同じであるはず。その深い関係に自分は横入りした挙げ句、片方を切り取ってしまったのだ。

 

 残された方はどうなるか。分かりきったことだが、ルネはその時が楽しみだった。

 

 ルネ=サリヴァーン、生徒会に挑戦する。オフィーリア=サルヴァドーリの暴走に加え、彼が黒幕であることやその意思はすぐに新聞記事として学校中に広まることになった。

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