七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第51話〜連れ去り〜

 オフィーリア=サルヴァドーリの一件にルネが関わっていることが明らかになった翌日。

 迷宮三層の一角、彼女の工房近くの沼地にてサイラス=リヴァーモアが自動人形ルネと杖を交えていた。

 リヴァーモアは得意の死霊術を用いて白骨の使い魔達を操り、また上級生として強力な呪文も用いていたが。

 

「ぐッ!?」

 

 そんな彼の体が魔法に吹き飛ばされて地面に転がる。異端の司祭じみた制服が泥まみれになった。

 もちろんリヴァーモアは泥なんて気にしない。口に入ろうが目に入ろうが、次の行動を止めることはなかった。よって杖剣を手に再度ルネに挑もうとする。

 

 しかし、がくんと何かに右腕を引っ張られたために膝をついた。引き止める何かを睨めば、それは地面から生えてきた手だった。

 

「これは、泥か? 鬱陶しいッ」

 

 どれだけ力を込めても泥の手はリヴァーモアの右腕を掴んで離さない。更に無数の泥の手が現れて彼を地面に押さえつけた。その力は強く、彼の体は柔らかい地面に沈む。

 

 骨の獣達が主人を救おうと駆け出すが、一歩踏み出したところで全員が砂に変わった。どさりと沼地に白い砂になって崩れ落ちる。

 

 右手と腰までが地面に埋まったリヴァーモアは悔しげに歯ぎしりした。先ほどからずっとこうなのだ。呼び出した使い魔達が全て砂に変えられていた。

 骨粉ですらない。どういう理屈なのか細かく砕けた岩石へと変えられてしまっていた。

 

 そうなるとリヴァーモアにはどうにもできない。破損の修復は不可能だった。

 もうそれらは骨ではないのだ。そこに霊魂は定着できずに消滅していた。つまりは彼の死霊術の範囲外である。

 

 二人の周囲を見渡せば、幾つもの白い小さな砂山ができていた。これら全てがリヴァーモアの使い魔だったもの達だ。

 その砂が自動人形ルネの魔法で泥の中に飲み込まれていく。さらさらと高さを失っていく小山の間を抜け、自動人形ルネは進む。 

 

「意外ですね」

 

 そう興味深そうに呟きながら、泥に沈むリヴァーモアに近寄りつつ彼をじっと見つめた。

 右手がすっぽりと泥の中に埋もれているから既に戦力としては見ていない。彼の真意を探ろうという好奇心の目だ。

 

「サルヴァドーリ先輩とよく殺し合っていたのは知っています。しかし喧嘩するほど仲が良いというわけでもなかったでしょうに。わざわざ自分の領域から出てまで介入してくるだなんて、どうしてなのでしょうか」 

 

 腕を泥から引き抜こうとしても、それ以上の力で引き込まれてしまう上に体が更に沈む。口までも泥に沈められる前にリヴァーモアは抵抗を止め、ルネとの会話に付き合った。

 

「両手の指で足りぬ回数殺し合った後輩への、ささやかな義理のようなものだ──これで満足か?」

「ふむ。義理……義理ですか。なるほど」

 

 首を傾げ、いまいち納得いっていない様子を見せる自動人形ルネ。ロマンチックな言葉が理解できなかったらしい。

 

「義理──おや?」

 

 ふとその視線がリヴァーモアへと向いた。彼の影に。半身が埋まっているにも関わらず異常に大きかった。光源と影の関係が一致していない。

 つまりは。ルネはその中で蠢く存在を見つけた。影に潜む何かを。

 

「……ちッ、やれ!」

 

 バレた。それを悟ったリヴァーモアの命令が発せられると広がった影の中から黒ずんだ槍が飛び出した。動きは鋭い。目にも止まらぬ速さだ。槍先はぴたりと自動人形ルネを狙っている。

 

 しかし、彼の首を貫く前に槍の動きが止まってしまった。ぎしりと槍が震える。

 影から生まれた槍が、更に黒いどろどろとした何かに絡め取られていたのだ。それは槍と同じくリヴァーモアの影から伸びていた。

 

「これは……あの時のか」

 

 夜空にも似たその色合いにリヴァーモアは覚えがあった。以前一層で新入生達にちょっかいをかけた際にルネが使った拘束手段である。

 思い出すと不思議なものだった。今まで感じたどんなものよりも重たく、そして妙に生暖かいどろどろだった。

 

 ルネは微笑んで解説する。

 

「それは深淵です。錬金術においては第一物質とも言います。深淵は天文学用語ですね。その正体は世界の構成要素であり、また私達の世界と異世界の間に満ちている物質でもあります。

 錬金術での第一物質は操作対象としての概念であり、第一物質を抽出するよりもその存在を知ることが重要なわけですが、今呼び出したのは第一物質そのもので、つまりは深淵です」

 

 話している間にも深淵が更にリヴァーモアの影から噴き出してくる。火山から噴き出す溶岩のように力強く溢れてきた。その中に影に隠れていた黒衣の異形を捕らえて。

 

 槍と同じく怪人の体には深淵が粘液のように纏わりついていた。振り払おうとしても震える程度にしかその体は動かない。全身を這うように広がるどろどろが拘束具となって動きを抑えているのだ。

 

 その姿を眺めながら自動人形ルネはその粘液を指さして解説を続ける。

 

「この深淵は触れるととても重く、また人肌のような温もりがあります。よくご存知ですよね。それに加えて不変でもあります。操作方法を知らなければモノとしていかなる干渉も受けないのです。風が吹こうが燃えようがそれらは深淵に傷一つつけません。第一物質を操作する知識があればすぐにでも砂に変えられますが、あなたはそれをご存知でしょうか」

「第一物質、深淵……なるほど、骨を砂に変えたのはその技術だな。この化け物め。そして俺は死霊術師(ネクロマンサー)だ。専門外のことを聞くな」

 

 ルネの並外れた錬金術、天文学の知識と技術には流石の五年生であるリヴァーモアも舌を巻く。つまりはどうしようもなかったのだ。

 更に手札切れである。連れてきた死霊達は全てやられてしまったし、切り札である使い魔も抑えられた。

 

 決してリヴァーモアは絶体絶命を顔に出さないが、それが分かっているのか自動人形ルネはにこにこと微笑んでいる。

 余裕に満ちた態度を見て、可愛げのない後輩だとこの上級生は何度目か分からない罵りを心の中で呟いた。

 その悪態すら見透かすような綺麗な目で自動人形ルネは二つの獲物を見比べる。

 

「褒めていただいて後輩としてとても嬉しいですよ。それに、こんな珍しいものまで見せてくれるだなんて」

 

 深淵は黒衣の異形を引っ張り出すだけではなく、その巨体を持ち上げた。抱き上げられる非力な子供のように地面から離された怪人はばたばたと暴れるが拘束は離れない。

 

 ルネはリヴァーモアの影から引きずり出した異形を観察し、正体を看破した。

 

無貌の古人(ザッハーク)。永遠の命を狙った、または魔法使いが自らの肉体を魔法の記録媒体にした、その成れの果てですね」 

 

 両肩から大蛇を生やし、黒い渦のようなもので顔が隠れたの黒衣の怪人──無貌の古人(ザッハーク)と呼ばれる魔法生物だ。時に古びた遺跡に住み着き、また異界からも現れる。

 神の眷属にも並ぶ危険度を誇る彼らだが、その正体ははっきりとは分かっていない。

 

 しかしルネはそれなりに検討をつけているようだった。学術書にも載っていない知識を口にしたのをリヴァーモアは聞き逃さなかった。「永遠の命」や「魔法の記録媒体」と。

 特に後者についてはそれらを作っていた先人から教えられなければリヴァーモア自身も知らなかったというのに。

 

「ほう、その知識もあるか。しかもかなり深く知っているようだな。好奇心の権化め」

「義理堅い先輩からの褒め言葉として受け取っておきましょう。しかし義理立てするのはその程度にしていただいて、そろそろお帰りください」

 

 沈んでいたリヴァーモアの体が泥から浮かび上がり、そして無貌の古人(ザッハーク)を捕らえていた深淵は地面へと溶けるように消えていった。

 拘束の類が全て消えたことに流石のリヴァーモアも予想外だったのかしばし呆然としたが、ため息と共に泥を払いながら立ち上がる。

 

「──どういうつもりだ?」

 

 捕らえることもせず、記憶を消すこともせずにこのまま帰すというのか。

 ちぐはぐなルネの対応に彼は困惑していた。ルネはむしろ説明するのが意外であるという様子で話す。

 

「あなたがサルヴァドーリ先輩の工房に近づけないことを分かっていただければ十分ですから。このままお帰りいただけるのなら私としても杖を使う理由がありませんので」

 

 その腹の中を探るような目でリヴァーモアはギロリと睨むが、自動人形ルネにはちっとも効果がない。きらきらした青い目で見返されるばかりだった。

 

「俺はサルヴァドーリの工房の場所をおおよそ知っている。それを生徒会に告げ口するとは思わんのか?」

「言っても言わなくても、どちらでも構いません。別にあれを隠すつもりはありませんので。

 むしろ最終的にゴッドフレイ先輩達に工房に到着してもらわなければ困ります。もし予定より早くなりそうなら、今のように足止めすれば良いだけですし」

 

 必要のないことはしない。彼の態度は終始それだった。

 

「生温いことだな」

 

 ついリヴァーモアの口を出た言葉だったが、言って後悔する。事実の指摘ではなく単に負け惜しみ以外の何ものでもなかったからだ。

 何故なら自分はこの少年に手も足も出なかったのである。そんな魔法使いに何を言う権利があるというのか。

 

 しかしルネはそんなことを咎めない。ただ優しげに微笑んでいた。

 

「厳しかろうが生温かろうが重要なのは結果を出すことです。キンバリーらしさとはそこでしょう。結果は決して厳しさの中にのみあるものではないのですから。生温いところにだって結果はあるのです。あなたもそれをご存知なのでは?」

「──この俺にも、生温いところがあると?」

「義理でわざわざこんなところまで来たのですから。もしあなたが厳しいだけの方なら工房にこもっていたことでしょう」

「違うな」 

 

 強い口調で断言したが、リヴァーモアはそれ以上の言葉で言い返せなかった。具体的に何なのかを口にできなかったからだ。

 復讐ではない。救助するつもりでもなかった。ただオフィーリアが殺され、人形にされていると聞いていて来てしまったのである。

 この行動がどんな心情に裏打ちされていたのか。それを深慮するつもりは彼にはない。

 

「そうですか」

 

 自動人形ルネは言葉に困った上級生を追求しなかった。ただ肯定的に一言呟いただけだった。

 

 そして、ここから彼は沈黙を貫く。じっとリヴァーモアを見つめて彼が退くのを待った。

 

「──ちッ」

 

 捨て台詞代わりに舌打ちを残し、リヴァーモアは撤退する。本当に使い魔を全て消耗していたため徒歩で帰った。

 湿地帯の背が高い草の中に消えていく上級生の姿をしばらく自動人形ルネは見つめる。

 戻ったことを疑っているわけではない。上級生に勝った余韻に浸っているだけだった。

 

 ところ変わってオフィーリア=サルヴァドーリの工房内。そこをルネ本体が自由に歩き回っていた。

 その姿や行動を決して再現人形(ダミー)オフィーリアは感知できない。もちろん彼女が生前に産んだ合成獣(キメラ)達もだ。なのでろくに隠れていないルネがどう動こうとも視線の一つも向けなかった。

 

「お仕事お疲れ様です。ところで、ちょっと失礼しますね」

 

 ルネは床を掃除する化け物を飛び越え、工房の奥へと目指す。

 部屋の一番奥の扉を開ければそこは檻だった。床も壁も、檻ですら肉でできた監獄である。

 

 もちろんお洒落として肉やら皮やらを壁紙のように貼ったわけではない。よく見れば区画中ところどころ盛り上がった血管のようなものが脈打っていた。

 つまりここは生きているのだ。生きた牢獄なのである。もちろんオフィーリア由来のこの部屋もルネを感知しない。

 もし不審者が入れば檻の中に取り込んでしまうのだが、彼がドアを開けても返ってくるのは沈黙だった。

 

 部屋に満ちた甘い惹香(パフューム)もそうだ。極小の精霊である彼らもルネを惑わせることはない。むしろ惹香(パフューム)の方がルネに操られていた。

 

 よって男であれば失神しかねない場所であっても、支配権を握るルネはつかつかと真っ直ぐ歩いた。時折檻の中を覗くために立ち止まりながら。

 

 肉格子の中には合成獣(キメラ)に捕らえられた下級生達の姿があった。全員気絶している。惹香(パフューム)の影響である。

 また魔力を搾り取られている生徒もいた。壁に張りつけにされ、体中に肉の管が繋がれている。そこから男の魔力を吸い取られているのだ。

 

 しばしそれらを観察して、呟く。

 

「ふむ。ようやく半分程度ですか」

 

 彼は魔力の収集具合を観察しにきただけだった。特に捕まった生徒達を心配している様子はない。考えているのは仕事についてだけだった。

 魔力を集めるのはあとどれだけかかるのか。ルネが気にしているのはその点のみだった。

 

「──生徒会の方々の進捗具合は悪くありませんね。こちらが思ったよりも捗っていないようだ……ん?」

 

 そんな彼に不死鳥クリスタから使い魔契約を介して報告が伝えられる。

 撤退するリヴァーモアがその道中で骨の道標を残しているのを見つけたと。それをどうすべきか指示を仰いでいるのだ。

 

「素直に帰ってくれませんでしたか。ふふ、まあ良いでしょう」『クリスタ、処分しておいてください』

『あいつは? やるのか?』

 

 契約を通じてクリスタの意思が伝わってきた。小細工をしたリヴァーモアへの処分をどうするのかについて指示を求めていた。

 

『いいえ、構いません。拠点で戦力を補充したらまた来るかもしれませんし、その時はまた私が対応しますので君は上からの監視をお願いします』 

『分かった』

 

 使い魔との会話を終えるとルネはどうにも嬉しくなった。転んでもタダでは起き上がらないキンバリー上級生の態度に。

 そこにこそ魔法使いらしい見習うべき姿だと思ったからだ。以前までここにいた魔法使いとは違うと。

 

 ただし、それはそれとして骨の看板は撤去する。

 生徒会があのリヴァーモアを信じるか信じないかは微妙なところだったが、ルネは信じると考えた。藁にも縋る思いなのが想像できるからだった。

 

 思ったよりもこちら側が滞っているのだから、相手に有利な局面は避けたかったのである。そう考えていたところで工房の外にいた自動人形ルネの一体が他の捜索者の姿を見つける。

 

「思ったよりもお客さんが多いですね」

 

 自動人形ルネが困り顔で呟いた。瘴気の中を飛翔しつつも彼は相手を見逃さない。餌を探す猛禽類と同じで彼はすこぶる目が良いのだから。

 

 誰であるのかもすぐに分かった。サイラス=リヴァーモアと遜色ない有名人だったし、彼もオフィーリアの記憶に何度か出てきたからである。

 

生還者(サバイバー)、ウォーカー先輩ですか」

 

 制服は探索用に改良しすぎてネクタイの色から六年生であるということしか分からないが、彼こそがケビン=ウォーカーだ。

 迷宮で半年間も遭難し、その後に校舎に生還した青年である。ゆえに二つ名が「生還者(サバイバー)」。

 

 魔法戦闘の能力に関してはリヴァーモアを下回るが迷宮内での生存(サバイバル)に関してはどの生徒達よりも上だった。戦闘能力よりも豊かな経験や知識で培った環境利用能力、探索能力が厄介な上級生である。

 

 彼はまるでキノコを探す豚のように地面を這いずり回っている。様々な痕跡を確認しているのだ。

 目当てはオフィーリア=サルヴァドーリの工房だろう。噂やオフィーリアの魂魄から読み取った記憶からキンバリーの上級生にしては面倒見が良い性格であることが分かっていたし、ゴッドフレイ達とも親しい人物だったからだ。

 生徒会からの要請を受けてのことかは不明だが、三層の様子を偵察しに来たのは間違いない。

 

 思っていたよりも彼女のために動く人物が多かった。もっと少ないと思っていたのだが。

 

「サルヴァドーリ先輩、意外と好かれていたのでしょうか。あちらに有利な展開が多い気がします。介入なしでは予定よりも工房を早く見つけられてしまいそうですね」

 

 ルネは少し考えた。

 ──集められた魔力量を考えると、もう少し時間が欲しかった。となるとウォーカーの情報収集能力は厄介だ。

 

 なら邪魔しよう。

 決めたなら彼の行動は早い。狙いを定めた自動人形ルネは急降下した。魔力を頼って無音で、空気も揺らさずに。

 

 優れた探検家であるウォーカーは常に襲撃に備えている。それが自然の中に身を置くということだからだ。他の魔法生物達の気配や跡を見逃さず、また今いる環境や状況をどう利用して逃げるかも考えていた。

 

 しかし、だからこそ彼は気づかなかった。ここ三層の瘴気の中を飛び回る存在がいることにも。それが静かに、かつ素早く獲物を仕留められることにも。

 環境を知るがゆえに、あまりにも環境外の存在に気が回らなかったのだ。

 

 つまりはタカに狙われたネズミである。自動人形ルネの手が、屈んで周囲を見渡すウォーカーの背に届いた。

 

 

 

 事件発生から三日後。

 下級生達のある談話室に三十人近い生徒達が集まっていた。テーブルには食事や飲み物が並ぶが、手をつける者は少ない。誰もが意気消沈といった顔だった。

 

 そんな中である一年生が言った。

 

「……みんな、まだ見つからないのか」

 

 彼の問いかけに誰も答えない。もちろん状況は知っているのだが、答える気力もなかった。

 

「生徒会は、よくやってくれている」

 

 ようやく口を開いたのは被害者の一人の兄だ。

 この場にいるのは拐われた男子生徒達の関係者だった。なので友人だけではなく兄弟もいる。学年は三年生までだった。

 

 四年生以上の身内は捜索のために迷宮に入っているが、三年生以下の家族は迷宮に入れずにこうして待つしかなかったのだ。

 

「なら、どうしてまだ!」

 

 テーブルを叩いて悔しがる一年生の肩に三年生は手を置いた。そして自分にも言い聞かせるように告げる。

 

「彼らは全力を尽くしてくれている。気持ちは分かるが落ち着かないと」

「でも……でも!」

 

 震える一年生のために三年生は何度も肩を擦ってやった。

 

 この三日の間にめぼしい成果は上がっていない。捜索隊である生徒会は三層にも到達していなかった。合成獣(キメラ)を駆除しつつの移動だからである。

 

 上級生達の実力であれば三層を目指すだけなら一日足らずで駆け抜けることもできるが、脅威の排除を生徒会は無視できなかったのだ。むしろ合成獣(キメラ)に退路を絶たれる可能性を考えて徹底して駆除を行っていた。

 

 当然の行動であるが、待つだけの関係者達にとって()()は長い。

 

「全部……全部、あいつのせいだ」

「よせ。君じゃ無理だ」「何人やられたのか分かってるだろ?」「あの生還者(サバイバー)ですらやられちまったんだ。留年してるから実質七年生のあの人がだぞ」

 

 立ち上がろうとした一年生を、三年生だけではなく他の生徒達も抑えた。

 

 キンバリーの当然のように本件の加害者であるルネを狙った攻撃は何度もあったが、その全てが何の結果にも繋がらなかったのだから。

 襲撃者達は全員が返り討ちにされ、医務室で仲間や家族の帰りを待つことになった。中には三年生も混じっている。

 

 この場の誰もがあれには勝てない。

 だから、これ以上被害者を増やす必要はない。一年生を留める彼らの思いはそれだった。

 

「──ッ、畜生! 畜生ッ!」

 

 鈍い音が鳴るほどにテーブルを思いっきり叩き、座り直す一年生。自分を思い留まらせる手を撥ね退けて、あの成り上がりに立ち向かう力は彼にはなかったのだ。

 

 

 

 そんな光景をカティ達は何度も校内で見た。被害者が悔しがる場面を。

 

 そして自分達に向けられる敵意も何度も感じた。彼らにとって自分達は加害者の友人なのだ。

 もちろん彼らはルネの研究にも事件にも関係ないわけであるが、被害者にとってはそう思えなかった。思いたくなかったわけである。

 

 しかしカティ達が何かしら被害を受けることはなかった。事前にそれらは全て自動人形ルネ達が防いでいたからである。

 報復としての襲撃も、ルネを説得するよう懇願するのも。彼は全て排除していた。カティ達の日常を守るために。

 

 だがその行為は余計に周囲の印象を強くする。彼らはルネの関係者なのだと。

 

 そんな風に居心地悪そうに廊下を歩くカティ達の前に普段通りの自動人形ルネが現れた。そして嬉しそうに言う。

 

Ms.(ミズ)アールト、Ms.(ミズ)ヒビヤ、お誘いです。そろそろ状況が進みそうですので、ぜひとも三層でサルヴァドーリの魔道の観察をしませんか?」

 

 警戒や敵意を幾つも向けられるなかで彼は平気でカティ達を誘った。三層へ行こうと。

 じろりと周囲からの視線が増えた。彼女らを監視する生徒会メンバーの目である。

 

 彼らはカティ達に何の感情も持っていないが、ルネがカティ達に接触することを見越して張りついていたのだ。

 限られた生徒会のメンバーで校内に無数にいる自動人形ルネの行動を全て把握し監視するのは不可能だが、要点を押さえればある程度の把握は可能だった。

 

 つまりはカティ達と何かしら行動をするだろうという予測である。そしてそれは的中したわけだ。 

 

「──君はそんな立場じゃないだろう」

「小声で喋らなくても大丈夫ですよ、Mr.(ミスター)ホーン。我々が遠慮する理由はどこにもないのですから。私の活動は学校のお墨つきをいただいています。よってこそこそする必要はないのです」

 

 オリバーの忠告も効果なく、自動人形ルネは堂々としていた。そんな態度にため息を吐きつつオリバーは言う。

 

「だが迷宮には入れない。それは生徒会の指示だろう」

 

 監視する生徒会所属の生徒達の圧を感じ取り、オリバーは思い留まらせようとするが。

 その返答の代わりにルネは尋ねた。

 

「君は魔法生物に興味がありますよね。サルヴァドーリが深く関わる分野です」

「ま、まあそうだけど」

 

 指差されたカティは頷く。

 

「君は魔法戦闘に関心がある。オフィーリア先輩はとても強い魔法使いでした。それを再現する再現人形(ダミー)もです。きっと素晴らしい魔法戦が見れることでしょう」

「う、うむ」

 

 同じくナナオが頷いた。

 そして自動人形ルネの視線はオリバー達に向けられる。

 

「君らは興味、ありませんか? これから絶界詠唱(グランドアリア)を含めたサルヴァドーリの魔道を垣間見ることができるのですが」

 

 ルネは一つ大きな情報を明かした。

 絶界詠唱(グランドアリア)だ。意念(イメージ)と魔力で世界を塗り潰し、己の領域を作り上げるそれは、魔法使いが一生の内に到達できるか否かという大魔法である。

 

 オフィーリア=サルヴァドーリがそこに到達しているとルネは言っているようなものだった。

 首を傾げる者達と目を見開く者達の前でルネは正確な評価を述べる。

 

Mr.(ミスター)グリーンウッド、レストンは絶界詠唱(グランドアリア)という用語も知らなかったようですね。ですが問題ありません。これから勉強すれば良いだけですから。

 しかしMr.(ミスター)ホーン、Ms.(ミズ)マクファーレンのお二人はご存知のようで。流石です。実に素晴らしい。が、書物で知っているだけで実際に目にしたことはないのでは? つまり経験がとても価値あるということです。一緒に君らの持つ知識をより高めていきましょう」

 

 自動人形ルネの青い瞳の輝きが増していった。強い魔力の煌めきである。

 

「ひとまず私の城へどうぞ」

「止まれ、サリヴァー…………」「お前を拘束す…………」

 

 魔法の兆候を見て取った監視の生徒会メンバーが動き出した。しかし、素早いはずのその行動はルネ達の視点からは段々と緩慢になっていく。つかつかと歩み寄る姿が、のろのろとやってくるようにしか見えなくなる。

 

「ど、どうなってんだコレ!?」

 

 更に周囲の景色が全て溶け出した。人も廊下も全ての色や形が消え、別の色や形に書き換えられていく。

 

 しかしカティ達には何もない。自分達はのろくならないし、互いに色も形も消えることはなかった。消えゆく世界から取り残されるかのように。

 

 咄嗟にガイは消えかけていく足元を飛び越える。しかし次の瞬間に着地したのは石材の通路ではなく絨毯の上だった。触り心地の良い高級品である。

 

 驚いたガイはその上からも飛び退いた。逃げた先は同じく石ではない。床板だった。がっしりとした体格の彼の体重にも軋まない、よく磨かれた床である。

 

「落ち着け、ガイ」「ええ。どうやら彼も辿り着いていたようですわね」

 

 オリバー、ミシェーラが友人達を落ち着けた。

 彼らが見回すと、そこは廊下ではなく綺麗な執務室だった。床も絨毯も壁も今までいた無骨な石の廊下ではなく高級品で作られた立派な部屋である。嫌味っぽくもない上品な高級感だ。

 

 自動人形ルネの姿は執務室の椅子に収まっていた。執務机越しにカティ達を見つめ、挨拶する。

 

「ようこそ、みなさん。私の黎明城(カスットゥルム アウローラ)へ。歓迎しますよ。そしてここから私達の冒険が始まるのです」

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