七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第52話~三層へ~

 一見するとそこは校舎の一部屋のように見えた。綺麗な内装や広々とした室内は教授か、それ以上の役職の人物の執務室のようである。

 

 しかしキンバリーとここでは大きな違いがあった。空気感である。

 ベランダに通じる窓から部屋に差し込む陽光は優しかった。まるで導きのようである。惑う者達を照らして道を示し、また温めてくれる。

 キンバリーのどの部屋にもそんな能力はない。自分を助けるのは自分の力だけである。あの校舎が教えてくれるのはそんな冷たさだけだった。

 

 対してここは全てが安寧に満ちている。そしてそれは室内環境のおかげではなく、力によるものであることをオリバーとミシェーラは看破する。

 

絶界詠唱(グランドアリア)──君なら辿り着いていると思ってはいたが、こうして目の当たりにすると、な。ここに満ちている妙な優しさは権能か?」

 

 畏敬に満ちたオリバーの声。

 絶界詠唱(グランドアリア)は魔道を極めた先にあると言われる呪文だ。魔力によって世界そのものを塗り替え、新たな法則などに満ちた領域──絶界を創る大魔法である。

 才能、努力、それら全てをつぎ込んでも生涯かけて見出だせない魔法使いが大半であるというのに。ルネ=サリヴァーンは十五歳でそれを会得していた。同級生が、だ。

 

 オリバーの中にはある意味この人物なら当然と思う自分もいたが、やはり魔法使いとしての驚きと尊敬もある。

 例え好ましくない相手であっても魔法使いとしては認めざるを得なかった。彼は本物だと。

 

 そんな友人の質問にルネは椅子に座ったまま頷いた。

 

「その通り。ここは大いなる魔道の枢機の流れを汲む場所。世界の根源に最も近い空間です。ゆえに我々は優しい感情を覚えるのです。まるで愛する母親に抱かれているような、ね」

 

 そう言いながら背もたれに深く頼る。それこそ母に甘えるように。

 そしてすぐにばっと姿勢を戻した。執務机に肘を置き、組んだ指の上に顎を置いてオリバー達を眺める。

 

「とにかく。ここが私の絶界詠唱(グランドアリア)、名は黎明城(カスットゥルム アウローラ)。友人を招待するのは初めてなので緊張しますね」

「生徒会から逃れるためだけにこんな大技を使うとは……しかしどちらにしろ、解除すれば元の場所に戻るだけですわよ」

 

 にこにこと微笑むルネに対してミシェーラは魔法学の常識に基づく指摘を言い放った。絶界詠唱(グランドアリア)はあくまでその場に術者の世界を作り上げるのであって異なる場所に移動するわけではないのだと。

 

 対してルネは扉を指さした。無言の魔法で扉が音もなく開く。何が出るのかと身構える面々だが、先にはまた部屋が広がっているだけだった。

 

 きょとんとする彼らのなかでカティとナナオは隣の部屋に見覚えがあることに気づく。二人はそっと扉の向こうを覗き込んだ。部屋の様子を万遍なく確認し、途端に緊張を解いた。

 

「あれ、ここって」「ルネの部屋にござるな。夜明けの城の」

「本当か?」

「うん。この部屋の匂いも、それに窓の外も──やっぱりそうだ。ここ、もう二層だよ」

 

 カティが扉を通り、隣の部屋に入る。改めて周りを見て、そして窓辺に駆け寄って外の様子も確認した。綺麗な庭に城壁の向こうに広がる岩山、何度も見た景色である。

 

「私の絶界は瞬間的に広げた領域ではなく固定された異空間なのです。もちろんあの廊下に戻ることもできますが、こうして別の場所に移動することもできるのですよ」

 

 椅子から立ち上がったルネも夜明けの城側の部屋に入り、内装を紹介するようにくるくると回った。その動きではなく見せられた現実にオリバー達は目を回す。

 

絶界詠唱(グランドアリア)の、常時展開?」「どれだけの魔力があればそんなおかしなことを?」

 

 オリバーとミシェーラが同時に漏らした感想にルネは解説を加えた。

 

「維持に魔力の消費は殆どありませんよ。この世界にちゃんと定着させていますから。流石に呼び寄せる際には魔力を用いますが、それも微々たるものです。君達の感覚でも少量のはずですよ」

 

 理解が追いつかないオリバー達に対してルネはそんな風に丁寧に説明するが、それでも彼らには理解不能であるようだった。

 

「超長文の詠唱すらも飛ばし、加えて定着させる? 君は、どれだけ」

 

 常識外れなのか。オリバーの感想はそれのみである。ミシェーラも同感なのか言葉が出てこない様子だった。

 ピート、ガイ達も同様だ。彼らも絶界詠唱(グランドアリア)の理屈は分からなくても異常で強大な力であることは理解できたからである。あの場所が自分達の世界ではないと感覚で分かっていたのだ。それを作り出した異能についてもだ。

 

「まあ、私のこれはどうでも良いのです。君らが見るべきは他にあります」

 

 一般的に生涯をかけても研究する価値のある技術であっても今は目的外である。なのでぽかんとする友人達の前でルネはあっさりと夜明けの城の廊下へと続く扉に手をかけた。がちゃりと開き、先に廊下に出る。

 

「つい先ほどミリガン先輩もお呼びしましたので、三層へ一緒に行きましょう。そこでぜひとも本件の決着をご覧ください」 

 

 自身の絶界詠唱(グランドアリア)には無関心で現在進行中の事案については見せたがった。どうにもこの感性についていけないオリバー達だが、ルネの笑みは彼らを急かす。

 

「そんなに見せたいのか。君がやらかしたことを、そしてこれからやらかすことを」

「もちろん。私の成果をぜひともご覧ください」

 

 オリバーの問いに当然と言わんばかりに答えた。でしたら、とミシェーラは言う。

 

「成果なら、今ので十分ですわ。サルヴァドーリ先輩の絶界詠唱(グランドアリア)よりもあなたのものの方がより洗練されているのでしょう?」

 

 三層になんて行きたくないと口にはしなかったが、彼女はそう思っていた。

 偉大な魔法技術に関する興味はあるが、これから三層まで行って生徒会とオフィーリア、そしてルネとの凄惨な決着を見る趣味はないからである。

 しかも加害者の隣で。ミシェーラはルネにもそれが分かるよう遠回しに言葉を選んで断ったつもりだったが。

 

「確かに私の方がより高度な技術を用いています。しかし触りとはいえ、サルヴァドーリ先輩もこの領域に手をかけています。頂点である私を見て、改めて初歩を確認するのはとても良い経験になると思いますが」

 

 ミシェーラのニュアンスが分かるのか分からないのか、ルネは譲るつもりがないようだった。我が儘のようにカティ達を連れて行きたがる。

 ため息を共に額に手を置いたミシェーラの代わりに駄々っ子をあやす気分でオリバーは言った。

 

「仮に観察するとして。安全性についてはどうだ? 今の迷宮はかなり危険だろう。一層ですらそうだ。それが三層だなんて」

合成獣(キメラ)は私がいれば襲ってきませんし、人数分の自動人形(わたしたち)を護衛につけますのでご安心ください。私だけならともかく生徒会の方々も君らには手を出さないでしょうし」

「……ルネ」

 

 しまったとオリバーは思った。断りの常套句のように口にしてしまったが、安全云々の話をすれば怪物敵実力を誇るルネがその能力を護衛に割くのは当然だったからである。

 

 一方で乗り気ではないオリバーの様子にルネは首を傾げた。てっきり喜んでついてきてくれると思っていたからだ。上級生達の活動や旧家の魔道の一端を観察できる機会はそうそうないし、加えて安全でもあるというのに。

 まだサービスが足りないだろうかと更に提案をした。

 

「希望があれば目的地に直行するのではなく、二層と三層をある程度見て回りながらの移動も可能ですよ。それくらいの時間はありますので」

 

 確かに実力者による迷宮の案内は価値がある。料金が発生してもおかしくないものだ。

 しかしオリバーが二の足を踏んでいるのはサービス不足だからではない。あまりルネと一緒にいたくないからだった。

 

「好奇心で上級生を殺したお前の隣が安全なのかよ」

「そうだな。はっきり言って、ボクらにしたらオマエの方が脅威だ」

 

 その点をガイとピートがはっきりと口にする。

 先ほどからルネの態度はまるで美しい自然でも見に行こうとでも言わんばかりであるが、実際は酷い殺人現場を野次馬しに行くようなものなのだ。それもルネが殺人犯のである。

 

 犯人と事件現場を眺めに行くような趣味は彼らにはなかった。ましてその殺人犯と街の守衛がやり合う現場もである。

 なのでオリバーやミシェーラと違って二人ははっきりとルネを拒絶した。

 

「ふむ。私が君らを殺すかもしれないと。なるほど、そう思っているのですね。他の団員の方達はそんなことを言わなかったので分からなかったのですが──なるほど。確かにそうかもしれませんね。自分が私に殺されるかも、と。そう思ってもおかしくはないかもしれませんね」

 

 言われて気づいたのかルネはかなり意外そうにしている。そんな態度にピートは自分の肩を抱きながら言った。

 

「ボクは両極往来者(リバーシ)だ。珍しい体質ならオマエも興味あるんじゃないのか」

 

 オフィーリア=サルヴァドーリがその体質ゆえにルネに狙われたのだとしたら、同じように珍しい能力を持つ自分にも同じようなことをするかもしれない。自身を庇うピートにはそんな恐怖心を改めて自覚した。

 

 加えて妙なことを訊いたとも思った。殺人犯に自分を殺すつもりがあるのかだなんて。

 あるとしてもそう答えることはないだろうし、首を横に振ってもそれが真実であるのかは分からないというのに。

 

両極往来(リバーシ)は確かに珍しい体質ですが、別に殺して確保するほどのものではありません。

 まあ、確かに君は大多数の両極往来者(リバーシ)とは違う点もありますが、その解明も君からのサンプル提供で十分ですから命を奪う必要もありません」

 

 なのでルネの律儀な返答はピートに安堵を全くもたらさなかった。むしろ巧妙な詐欺師の口車に乗っていないかと不安に思ってしまった。

 一向に警戒を解かない彼らに対して、ルネの視線は同じ派閥の仲間に向く。

 

Ms.(ミズ)アールト、Ms.(ミズ)ヒビヤ、君らもそう思っているのですか? 私がいつか君らを殺すかもと。サルヴァドーリ先輩のように」

 

 よりルネの身近な存在であるカティ達はオリバー達の視線を気にしつつも意を決して答えた。

 

「もちろん違うって思ってるけど……でも私は……ルネが望むなら、そうされてもおかしくない立場かなって」

「拙者も主の命あらばこの命を差し出すこともござろう」

「なッ──カティ、ナナオ!?」

 

 その答えに驚いたのはむしろオリバー達だった。東方(エイジア)の封建社会で育った独特な価値観を持つナナオはともかくとして、カティまでもがルネに命を捧げることに忌避感を持っていないだなんて。特にカティはもっと拒否すると思っていたのに。

 

 彼らが二人に問い質す前にルネが言った。はっきりと、断言する。

 

「私は仲間を傷つけるつもりはありませんよ。仮に今後何かしら特殊能力に目覚めたとしても、それは観察と研究によって明らかにすれば良いだけであって、君らに命を捨てさせる必要はありません。

 私が団を運営しているのは、いずれ刈り取る麦を育てるためではないのですから。同じ志を持つ魔法使いと連携したかったからなのです。

 ──もしや他の団員達もそう思っているのでしょうか。だとしたら大きな誤解です。私がサルヴァドーリ先輩を殺したのは何も旧家の珍しい魔道だからというだけではありません。私があの方を仕留めたのは、彼女が魔に呑まれたからなのですから。どうやらこの辺りはみなさんにちゃんと伝えておかないといけないようですね」

 

 じろりとオリバーの目がルネに向けられた。二人に訊きたいことはあったが、そもそもの原因である彼にひとまず問う。

 

「このことはルネがいないところで話そう──それで。魔に呑まれたから殺したと前も言っていたが、それはどういう意味なんだ?」

「この魔法社会において珍しい価値観かもしれませんが、私は魔に呑まれることを一切評価していません。それは魔道を放棄するのと同じだと思っています。だからそうなった、またはなりそうな魔法使いから魔道を奪い取ったのです」

 

 カティとナナオははっとした。以前ルネがそんなことを話しているのを思い出したからだ。

 カティは医務室で聞き、ナナオは寮で使い魔越しに聞いていた。どちらも魔に呑まれることに関して否定的に言っていた。

 

 ルネは思いの丈を吐き出し続ける。

 

「私達は魔道を支配すべき立場であるのに、その魔道に自らを支配されるだなんて。ちっとも面白くありません。だから私はそうなった魔法使いを殺し、その魔道を受け継ぎます。きっと彼らよりも私の方がその魔道をより先に進めることができるでしょうから。

 だから不死鳥の団の団員が魔に呑まれることは決してありません。正気のまま我々は自身の魔道を抱えて進むべきなのですから。もし魔に呑まれそうになれば私は必死に止めることでしょう。

 なので君達の忠誠心はとても嬉しいですが、もっと命を大切にしましょうね」

 

 魔に呑まれずに行こうというのは魔法社会において、特にここキンバリーにおいて実に前向きな話であった。平和ボケと鼻で笑われるかもしれないほどに。

 

 しかしオリバー達は狂人を見る目でルネを見つめる。狂った代償が殺害だなんて。そんな人物が「命を大切に」だと。それを平気で口にする人物は狂っていないのか。

 

 呆然と自分を見つめる視線も気にせずルネは言った。

 

「これで私が無闇に殺人を犯すような魔法使いではないと分かっていただいたと思いますが、それでも不安ということでしたら残念ですがこのまま校舎に帰しましょう」

 

 ルネの確認に、まずカティとナナオが挙手する。

 

「──私は行くよ。サルヴァドーリの魔法は興味あるし」

「拙者も戦とあらば武士として興味があるでござる」

 

 二人がそう言うのであればオリバー達は拒否できなかった。その表情は様々なものを語っていたが、ひとまず全員が三層を目指すことに同意する。

 こうして彼らは玄関ホールで待っていたミリガンと合流し、夜明けの城を出発するのだった。

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