七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第53話~二層にて~

 そこは巨大樹(イルミンスール)の真下に広がる森だった。天高く育った木と繁る枝葉のおかげで人工太陽に照らされる二層にしてはかなり薄暗い場所である。

 ずっと木陰であるせいか同層の森に比べて低木が多かった。それほど生き物の気配もない。いても小型種ばかりだ。なので小さい獲物はあまり狙わない合成獣(キメラ)の姿もない。

 

 そんな暗がりの中に音もなく自動人形ルネ達は現れた。まるでようやく隠形を解除したかのようにその場に突如として姿を見せる。

 警戒心が強い小型の魔法生物達も最初気づかなかった。おそらく草が僅かに揺れた程度の認識しかなく、カティ達が身動きしたことでようやく気づいて慌てて逃げ出す。

 

 瞬間移動だ。ルネが有する固有の魔法技術である。魔法陣を用いて門を作るでもなく彼は思った場所へと行き来できるのだ。それも極小力の魔力を消費する程度で。

 

「まあ、便利なのは便利なんだけど、この瞬間移動……」

「ふわふわした感覚は、どうも慣れぬでござるな……」

「こう押し込まれるような感じが、ね。痛みとかはないんだけど」

 

 三層を目指す一行は夜明けの城から巨大樹(イルミンスール)の真下の森へと瞬間移動したのだが、ルネのみが有するこの移動方法には団員であるカティ達も未だ慣れてはいない様子だ。

 

 環境が一変するのはまだ良い。先ほど感じていた匂いも気候も全て変わったが、強い木々の匂いや湿った空気を突如感じるくらいで害はなかった。

 

 問題は浮ついた感覚である。地に足がついているのに妙な浮遊感があるのだ。

 その違和感を消すためにカティやナナオは顔を叩いてみたり、目頭を押さえたりと違和感をかき消そうとしていた。

 

 ましてや剣花団のメンバーはほとんど経験がないために特に強い浮遊感を覚える。

 数十秒後。全員の体調が戻ったのを見計らって自動人形ルネが言う。

 

「ではこの巨大樹(イルミンスール)を少し周りながら三層を目指しましょう」

「次はどこに行くんだ?」

 

 オリバーの質問に彼は上を指差した。

 

「ひとまず上に行きましょうか。今は合成獣(キメラ)達のせいで荒れていますが、予定ルートは戦士猿(ゴライアスモンキー)達の縄張りとなっています。巨大樹(イルミンスール)の固有種なので現在ではなかなか見られない魔法生物ですよ」

「気が立っている魔猿達の縄張りを突っ切ると……安全なんだな?」

「私達がいれば」

 

 自動人形ルネ達が姿勢を正して同時に小さく手を振る。一糸乱れぬ動きだった。

 

 可愛らしい反応だが、全員がルネ本人と同格の怪物である。そこに安心すべきなのか不安がるべきなのかオリバーは迷う。

 その様子を不安と感じ取った自動人形ルネは詳細を話した。

 

「大丈夫ですよ。彼らは私達が嫌いですから。近づいたら向こうが逃げていくでしょう。何せ私達の団は何十回と彼らを斬り殺していますからね」

「──というと?」

 

 尋ねるか迷いつつ、オリバーはそう訊く。答えはあっさりと返ってきた。

 

戦士猿(ゴライアスモンキー)達は体格や筋肉量などが杖剣の訓練に実に具合が良い魔法生物でして。逃げ惑う彼らの群れの中をぴったりと追跡しながら狙った個体を斬るという訓練を団員向けに何度もやっているのです。

 ああ、もちろん斬った後は死者蘇生を行っていますから個体数に変化はありません。あまり数を減らすと学校から怒られてしまいますからね。ただ彼らからすると突然仲間が死んで、性格が変わった状態で生き返るのでとても奇妙な話だと思いますが」

 

 自動人形ルネの話にカティはそっぽを向く。知らないわけではないが、認めてはいないという意思表示だった。

 ナナオははっきりと言う。

 

「拙者は不参加でござる。猿とはいえ逃げる無抵抗の者を斬るつもりはござらん」

「移動術や杖剣の扱いを学びつつ、自分の中に渦巻く魔力、暴力などの力の流れを感じて制御するのには適切な訓練なのですが……まあ、合う合わないはありますから無理強いはしません」

「ああ、そうしてくれ」 

 

 オリバーは巨大樹(イルミンスール)に住む見知らぬ魔獣に大きな憐れみを抱いた。

 定期的に怪人が仲間を引き連れて殺戮にやってくるだなんて。どんな地獄だろうか。

 

 訓練と称した殺しを執り行うルネにもはや言うことはなかった。オリバーは話を進める。

 

「──で、その後は?」

「ある程度観察した後で二層と三層の境、冥府の合戦場に瞬間移動します。そこを突破して三層に入ってからはすぐに目的地に瞬間移動して食事と休息の予定です」

「そうか」

 

 するのは観ることばかり。二層では本当に観察程度しかしないようだ。拍子抜けともいえるが、本来この層は目的ではないのだから当然でもあった。

 

 オリバーが黙ったのでミリガンが追加の質問をする。

 

「ところで生徒会の捜索隊はどの辺りかな?」

 

 重要なことを聞き忘れていたとオリバーは気づいた。

 そうだ、気にするべき相手は危険な魔法生物だけではないのだと。

 

 生徒会。ある意味、魔法生物と同じように遭いたくない相手だった。四年生であるミリガンを除けば本来オリバー達は二層どころか迷宮に入ってはいけないのだし、ルネは現在彼らと敵対中である。

 校舎からゴッドフレイ達のところまでルネ達の失踪の話が行くのは先になるだろうが、それでも生徒会の捜索隊とは遭遇したくなかった。

 

 そんな当然の質問にも自動人形ルネは即答した。

 

「二層に残っているのは合成獣(キメラ)達の討伐隊で今はここから離れた森の方で頑張っていますね。ゴッドフレイ統括率いる捜索隊は既に三層に入っています。どちらもここにいる我々を補足することはできないでしょうし、三層に入っても隠蔽した観測所に行くので見つかることはありません」

 

 生徒会と遭遇することはないと知るとミリガンは安堵したように言う。

 

「ふむ、そうか。……なら行程は問題なさそうだね」

 

 円滑な行程を気にしていたような態度だが、やや含みのある間があった。

 どういった感情がそこに挟み込まれたのかはカティ達には分からない。すぐに普段の彼女に戻ったからだ。飄々とした四年生の魔女の姿に。

 

「他に質問がないようなら出発です」

 

 そんなミリガンの心の機微に自動人形ルネは気づかなかったのか、気にしなかったのか。一行の先頭に立って巨大樹(イルミンスール)の根元を指差した。

 

「さあ、まずはあの大きな樹まで行きましょう。道中、色々と解説しますよ。この階層について知りたいことがありましたらぜひとも質問ください」 

 

 すっかり観光気分の自動人形ルネは引率者としてカティ達と移動を始める。薄暗い森の中を一行は進んでいった。

 

「近くに魔獣はいないのか?」

 

 隠れる様子もない自動人形ルネにオリバーが尋ねる。早速の質問に彼は飛びついた。

 

「ここは多様な魔法生物が跋扈する二層の中では比較的静かな場所ですから。生息しているのは小型種ばかりです。合成獣(キメラ)の侵入による生息域の変化の影響も今のところはありません。既存の縄張りから弾き出された魔法生物達の移動は上でしか起きていませんから。もちろん周囲に気を配っておくべきではありますが」

「デカい蜂もいないのか」

 

 ガイの軽口にも自動人形ルネは生真面目に答えた。

 

貫き蜂(スティングビー)達の餌としては、ここの小型種達は少し物足りません」

 

 そう答えられてもオリバー達は警戒心を抜けない。彼らの二層の経験といえば巨大な蜂に襲われたことなのだから。

 確かにあの時と比べれば今いる場所は穏やかだったが。魔法に満ちた場所というよりは普通の森のような雰囲気である。

 かといって気を抜けないのがキンバリーだ。どこに危険があるのやら。

 

 二層に慣れているカティとナナオは自動人形ルネの方を向いているが、他の一年生達は物珍しさ以外の感情で周囲を見回していた。

 

 そんな風に気を張ってばかりのオリバー達に自動人形ルネは微笑みを向ける。一歩踏み出したり、戻ったりと踊るように進み始めた。

 

「子鹿のように戸惑ってばかりでは前に進めません。ですが無用心に進めば獣の牙にかかってしまうかもしれません。だからこそ私達は感じ取らなければならないのです。危険の有無を。

 それを判断するのに必要なのはひとまず知識です。この植物には触っても大丈夫なのか、付近の魔法生物達の生息分布はどうなのか、そこに変化は起きているのかなどなど。

 周囲を見て、現状を理解できるようにならなければいけません。自然の中で安全に過ごすには力だけではなく頭も必要だということですね。例えば──あの美味しそうな果物を取るにはどうしたら良いのか」

 

 実のなっている低木を見つけた自動人形ルネはそっちに駆け寄る。一行は彼についていった。

 

「見ててくださいね」

 

 その幹を彼が蹴った途端、枝にぶら下がっていた果実に口と牙が現れて獲物を求めてカチカチと歯を鳴らし始める。

 オリバー達はぎょっとして一歩下がった。その間も実は獲物を求めて空を噛む。

 

「接触時にのみ捕食形態になる肉食樹です。果実を取ろうとしたら手や体をばくりと持っていかれるわけですね。

 この種はここだけでなく二層全域にいますのでみなさんもご注意ください。ふらりと体を寄せたら噛まれるということもありますので」

「食えんのか、これ」

 

 ガイの指摘に自動人形ルネは頷いて杖を実の一つに向けた。

 

「もちろん」

 

 彼が呪文を当てると今まで威勢よく上下していた口が閉じる。そうなるとただの果物にしか見えなかった。

 その隙に自動人形ルネは実を茎から切り落とす。手に取った実を彼は頬張った。果皮も果肉も柔らかいのか噛み跡からは果汁が漏れ出ている。

 

「甘くて濃い味です」

 

 そう感想を述べ、再び実を口に運んだ。そのまましゃくりしゃくりと続けて食っていく。

 

「ルネ、拙者も一つ」

 

 その様子を見たナナオが物欲しそうな目になるが。

 

「ちなみにこの辺りはほとんど人が来ないから良いけど、通常ルート近くに生えているやつは学生の指とかを食ってる場合が多いから気をつけることだね」

「──やはり遠慮するにござる」

 

 美味しそうに食べ続ける自動人形ルネを横目にミリガンが忠告する。それを聞いたナナオは少し尻込みした。

 実を食べ終えた自動人形ルネは残ったへたを放り捨てる。その後にハンカチで口元と指先を拭いつつ、笑いながら言った。

 

「もしそうだったとしても味に変わりはありませんよ。甘くて美味しいだけです。決して人肉味にはなりませんのでご安心ください」

 

 ナナオを見ながら自動人形ルネがぺちぺちと枝から下がっている実を撫でる。そのたびに牙の鳴る音も響いた。

 この光景はあまり食欲を刺激しなかったようだ。食べることが好きなナナオもガイも全く食い意地を張らなかった。

 

 

 

 そして彼らは巨大樹(イルミンスール)の根に着く。根っこといっても見上げるほどの外壁のような大きさだったが。

 

「ふむふむ。立派、立派」

 

 その木肌を自動人形ルネはぺしぺしと叩く。硬い音がその回数分だけ響いた。

 

「──ここを登るのか?」

 

 ガイが見上げながらげんなりした様子で呟いた。全員の視線が同じように上を向く。

 この木を登るとなれば校舎の壁登りをするよりもずっと高いのだ。そんなことできるのかという思いである。

 

「もちろん違います。これに乗っていきますのでご安心ください」

 

 自動人形ルネは叩いていた根の表面に杖を向ける。するとつるつるした木肌から全員が乗れるくらいの太い枝があっという間に生え伸びた。無言の成長促進呪文によるものだ。

 

「……粘土、弄ってるんじゃないんだぞ」

 

 これほどの枝を一瞬で育たせるだなんて。その常識外れの効力にガイはそんな反応しか出ない。

 以前に円形闘技場(コロシアム)で何もない砂場から木を生み出した時よりはショックは少なかったが、まさに粘土を伸ばすように簡単に巨大な枝を生やす光景には、この魔法を日常的に扱う魔法農家出身者として思うところがあった。

 

「彼のやることを気にするな」「そうだ。もう気にするだけ負けだと思え」

 

 オリバー、ピートは黙ってそんなガイの肩に手を置く。自分達も同感だという意思を伝えるために。

 

「仲良しさんですね。素晴らしい。ではみなさん、こちらに乗ってください」

 

 微笑ましい友情を眺めた自動人形ルネは作った枝の上に飛び乗る。何をするつもりなのかと疑問だったが、彼が促すので全員が枝に手をかけた。

 

「何だ。この枝でも動かすのか?」

 

 オリバーの手を借りて枝によじ登ったピートが冗談交じりに自動人形ルネに尋ねる。彼はにこりと微笑んだ。

 

「ええ、正解です」

「は?」

 

 ピートの反応もろくに見ず、ルネは杖を掲げた。

 段々と彼らの視点が高くなっていく。ゆっくりと枝が上へと移動し始めたのである。ペンが紙の上を走るように枝の根元は樹皮の上を動いていた。

 

「エルフ魔術?」

 

 植物を操っている様子を見てミシェーラは呟く。自身にも流れる血統のなせる、種族特有の魔法に。

 しかし自動人形ルネは首を横に振った。

 

「いいえ。彼らのように樹木に宿る精霊達に頼み、枝を自由に動かしているわけではありません。むしろ真逆といって良いでしょう。

 私は巨大樹(イルミンスール)の霊体に干渉し、その構造を操って作り変えているだけなのですから。祈祷と比べるとずっと支配的です。これをエルフ魔術といえば、エルフの皆さんはきっと怒ってしまいますよ」

 

 エルフ魔術である点を彼は否定するが、至る結果は同じである。植物を思い通りに操ると。

 本来ならエルフの方が秀でている能力であるというのに。それをただ魔力を扱うだけで同等の力を発揮するとは。

 

「……気にすんな。俺も気にしないからよ」

 

 ガイが小声でミシェーラに告げた。友人からの共感に彼女は頷きつつ言葉を返す。

 

「……ありがとうございます、ガイ。その方が良いですわね」

 

 苦々しい表情を浮かべると、ミシェーラは自分の呟きを忘れることにした。 

 

 その間も彼らが乗った枝の動きは加速していき、他の枝を避けながら上を目指す。

 

 しかし右に左に細かく動いているにも関わらず、そこに乗っているカティ達は揺れも何も感じなかった。ただ視界だけが動いていくだけだ。

 

「これって動いてるんだよな」

 

 ガイが友人達に現状を尋ねる。もちろん彼も動く枝に乗っていることは分かるのだが、揺れも風もなくただひたすらに見ている光景だけが変わっていくのに現実味を感じられなかったのだ。

 

「領域魔法で揺れや風圧を防いでいるんだろう。そうでなければ這いつくばってでもないと振り落とされているはずだ」

 

 答えつつオリバーは隣にいる自動人形ルネに目を向けた。オリバー専属の彼は表情はフードで見せないものの態度は見せる。正解と言わんばかりに両手で頭上に丸を作った。

 

「集中すれば彼らから領域魔法が伸びているのが分かる」

「ふむ。ルネの力が枝と拙者達を包むように広がっているにござる。これで揺れと風、それとここから転げ落ちるのを防いでいるのでござるな」

 

 オリバーの視線が今度はナナオに向く。

 

「分かるのか?」

 

 そんな意外そうな彼の言い方にナナオはむっとした。

 

「拙者もルネの下で魔道の練達に努めている最中。呪文一つに苦労していたあの頃とは違うでござるよ」

「す、すまない」

 

 言い方を間違えたとオリバーはナナオに平謝りする。

 その一方でガイ、ピートがじっと隣りにいる自動人形(オートマトン)達を見つめた。

 

「確かに──」「魔力を使ってる、か?」

 

 彼らの不安げな答えにカティがため息を吐く。

 

「二人とも、もうちょっと感知能力を磨いた方が良いと思うよ」

「うるせえ」「ほっとけ」

 

 そんな彼らのやり取りにルネは微笑みを見せた。

 

「ふふ。二層に入り浸るようになれば嫌でも魔力や気配に敏くなりますよ。そうでなければ潜む魔法生物達に襲われてしまいますからね」

「ならちゃんと警戒しろよ。俺達はその群れの中を突っ切ってるんだろ?」「そうだぞ。近くには何もいないんだよな」

「もちろん。皆さんの安全は私に全ておまかせください。ぜひとも二層のツアーをお楽しみください」

 

 厳しい反応をされてもルネの微笑みは絶えない。

 そんな態度にむしろガイ達の方が反抗心を削がれてしまったようだ。観光ガイドのように堂々とする自動人形ルネに嫌味の一つも言えなかった。

 

 友人達の態度を横目にカティも周囲を見渡した。移動する枝々の間や、より奥を感じ取ろうとするが何も見つからない。

 静かだった。近くにはどんな魔法生物も脅威もない。場の雰囲気を変えるように彼女は自動人形ルネに尋ねた。

 

「何もないみたいだけど、そろそろ戦士猿(ゴライアスモンキー)の縄張りかな?」

 

 彼は頷いた。

 

「はい。実はもうとっくに入っていますが、どうやら既に先客が来ていてそちらに注力しているようですね。ぜひとも見学させてもらいましょう。場所は、あっちですね」

 

 自動人形ルネの感覚が捉えた方への枝の移動が始まる。

 周囲に枝が増えていき、彼らが乗った枝の動きも細かくなっていった。幾つもの大きい枝葉を避けていくがどこも生き物の気配は少ない。襲われることなく彼らは目的地に向かっていた。

 

「あちらですね」

 

 彼らの乗る枝が幹から離れ、太い枝の方へと移る。上の移動から横の移動へと切り替わった。

 

「ん? こりゃ腐葉土の臭いか?」

 

 しばらくして湿った臭いに気づいたガイが身を乗り出して下を眺めると、そこには黒ずんだ地面が広がっていた。

 横を見れば大地がずっと下にある高さを移動しているのが分かるが、確かに下にも地面がある。

 

「木の上に土にござるか? これは面妖な」

 

 ガイと同じように下の様子を不思議そうに眺めるナナオに自動人形ルネが解説した。

 

「あそこは枝が絡まりあって底の深い器のような形になっているんですよ。で、戦士猿(ゴライアスモンキー)達がそこに落ち葉やら土やらを混ぜて地面を作って巣にしているのです。ちなみに迷宮内の戦士猿(ゴライアスモンキー)はあの樹上の巣しか持ちませんが、本来の彼らは巨大樹(イルミンスール)の下にも巣を作って季節で行き来します。暑い時は影の多い下へ、そうでない時期は上へといったように。二層は安定した環境を維持していますので移動の必要がないのですね」

「なるほど……ところでもんきーの他にはえいぷという単語もあったはずにござるが、この二つにはいかような差があるのでござるか?」

「尾があるのがモンキー、ないのがエイプですね。君の故郷にいるヤマツザルはモンキーに分類されます。見たことはありますか?」

「芸人の猿回しの猿にござるか。山の中にいるのも何度か。しかし、はて。尻尾があったかまでは」

「ヤマツザルの尾はかなり短いので覚えがないかもしれませんね。しかし分類上はモンキーなのです」

「ほほう──おぉ、ルネ。あそこにいるのが」

「ええ、戦士猿(ゴライアスモンキー)ですね」

 

 更にナナオが観察すると巣の中央に黒い毛の魔猿達が何十匹も集まっているのを見つける。その周囲にはより大柄な魔猿達が守るように並んでいた。

 彼らは敵を警戒しているが、巣よりずっと上の枝から見下ろしているルネ達には気づいていない。

 

 更に自動人形ルネは解説する。

 

「守られているのが生殖階級の雌雄で、その周囲を囲っているのが兵士階級の雌雄ですね」

 

 彼が話を続けようとすると、その隣にミリガンが並んだ。

 

「ルネ君、私にも先輩として解説させてくれたまえ」

 

 と、魔法生物学専攻の上級生としてミリガンが名乗り出た。

 

「ではお願いします」

 

 自動人形ルネはあっさりと引き下がる。こほんと咳払いをした後にミリガンが説明を始める。

 

戦士猿(ゴライアスモンキー)には面白い生態があってね。兵士階級は雄雌のどちらも生殖できない体の構造になっているんだ。その代償なのか彼らは大柄で頑丈で戦うことに特化している。群れの守りや食料の調達を担当しているんだよ。

 その兵士階級の中でも特別なのが、ゴライアスの名前の由来にもなった兵長と呼ばれる個体なんだけど──」

 

 話しながらミリガンは群れの様子を眺めた。見慣れた相手を探すが、しかし見つからなかったようだ。

 

「ふーん。兵長である西のがいないね」

「兵長は他の枝で合成獣(キメラ)とやり合っているようですね。そちらに行きましょうか」

 

 守りを固める群れを下に枝の移動は続いた。環境の変化はすぐに起こる。

 

「……! ……! ……!」

「あれは、魔猿か」「何て数ですの」

 

 彼らの向かう先から三十頭を超える魔猿達がやってきたのだ。黒い無数の影が甲高い鳴き声を発しながら枝と枝を跳んでいた。

 しかし自動人形ルネ達の乗る枝の針路は変わらない。移動する群れの真上を通る形を維持していた。

 

「ルネ、避けろ!」

「ご安心ください。こっちに攻撃してくることはないでしょうから」

 

 咄嗟に杖剣を構えるオリバー達だが、自動人形ルネの言う通りに魔猿達は彼らに目もくれず巣の方へと去っていった。鳴き声と枝を踏む音や掴まる音が過ぎ去っていく。

 

「俺らが見えなかったのか?」

「いや……そんな余裕がなかったんだろう。見ろ、彼らの通った跡を」

 

 呆然と見送ったガイにオリバーが下の枝を見るよう促す。その通りに彼が見下ろすと、幾つもの手足の跡が見えた。

 もちろん枝が汚れていたのではない。汚れていたのは通っていった魔猿達である。それも泥や煤などではない。残った跡は湿っていた。濡れた赤い跡の正体はすぐに察せる。

 

「ありゃ血か?」

「そうだ。血痕、それもかなりの数だ。あの様子だと無傷の個体は一頭もいないな」

 

 すれ違ったのは一瞬だが、それでもよく分かった。魔猿達に傷ついていない個体は一頭もいないと。どの個体も傷つき、血に濡れて手足を引きずる者もいた。

 

 自動人形ルネは頷く。振り返り、もう遠くなった群れを眺めた。よく観察すれば彼らの動きが滑らかではないのにすぐに気づく。

 

「彼らは敗残兵です。どうやら戦況は彼らに不利のようだ。兵長を殿にして残った群れを逃がすのでしょう」

 

 そして、進行方向へと視線を戻す。

 独特な獣の臭いに加えて血の臭いが混じった残り香がオリバー達の鼻をつくようになったのはすぐだった。その臭いは向かう先からより濃くなっている。

 

 死臭の原因はすぐに分かった。枝の向かう先にそれらを見つける。

 

「これは」「うむ。戰場(いくさば)にござるな」

 

 強張ったピートの声に、ナナオが淡々と返した。

 彼らの視界の先には見渡せば死骸、死骸、死骸だ。逃げ切れなかった個体が死骸となって倒れていた。

 体に穴の空いた個体や片腕がない個体などなど。それらは人の遺体ではないが、人に似た形をしているからか妙な不安感をカティ達に与えた。

 

 一方でナナオはある種の懐かしさを覚える。彼女はかつて敵味方のそれを何度となく見てきたからだ。こう無造作に死体が続いているのがいかにもといったさまであると感慨深くなる。

 

 その死体の道を辿り、彼らの移動は続いた。血の花のように点々と枝に転がる死体が増えるなかでようやく枝の動きが止まる。

 

「ご覧ください。あれが戦士猿(ゴライアスモンキー)の兵長です」

 

 自動人形ルネが指差す先の枝の上で巨大な魔猿と合成獣(キメラ)が戦っていた。魔猿が合成獣(キメラ)に飛びかかろうとして躱され、対する鎌の一閃を魔猿が避ける。

 

 オリバー達からやや離れていたが、その光景を見つけるのに優れた感覚は必要なかった。合成獣(キメラ)の方は声一つなく戦っているが、魔猿の方は絶叫と共に太い腕を振るっているからだ。

 また枝の軋む音や殴打の音が周囲に響いている。長けた能力がなくても巨大な何かが暴れているのはすぐに分かった。

 

 なのでオリバー達が目を丸くしているのはその光景を見つけたからではない。そのスケールに驚いていた。巨体と巨体がぶつかり合う様に。

 

「でけぇ」

「あの猿達と同じ種類なのか?」

 

 戦士猿(ゴライアスモンキー)の兵長は十五フィートを超す背丈だ。オリバー達の知るトロール、マルコの巨体よりも縦にも横にも二回り近く大きかった。

 対して周囲の兵士階級の魔猿の死体の大きさは五フィートほど、つまりは十五歳の人の体格と変わらない。先ほど見た生殖階級の個体は四フィート程度だ。同じ種かを疑うほどの差である。

 

 そんな後輩達の疑問にミリガンが答えた。

 

「もちろんあれも戦士猿(ゴライアスモンキー)さ。むしろ最初に発見された化石が兵長のものだったから、種全てがあの巨体なのかと思われていたんだ。調査の結果、あれは特別な個体であると分かったんだけど」

 

 彼女は近くにいた兵士階級の死体を指差す。

 

「彼らの中から選ばれた特別な兵士が兵長なんだ。群れに一頭だけの最強の戦士兼指揮官というわけだね。

 選出方法は当然だけど強さだ。といっても兵長の座を巡って争うってことはあんまりなくて、自然と強い個体が選ばれるんだよ」

「それだけであんなにデカくなるんすか?」

 

 ミリガンは首を横に振ってガイの疑問に答えた。

 

「もちろん選ばれただけじゃ、ああはならない。兵長になる個体は群れから大量の食事を与えられるんだ。だいたい一月くらいで並の体格からあれくらいになるよ。

 どうも巨大化にはその食事量が関係しているらしくてね。これは迷宮外の巨大樹(イルミンスール)に生息する戦士猿(ゴライアスモンキー)に関する研究なんだけど、兵士階級の個体に大量の食事を食べさせると総じて兵長の大きさになったんだ。つまり一定量の食事で体を巨大化させる仕組みが働くってことだね」

「どうしてそんなことを?」

 

 ミシェーラの問いにもミリガンは答える。

 

巨大樹(イルミンスール)の環境だよ。この生態系の捕食者はほとんどが巨体だ。彼らに対抗するには体の大きさが必要なんだけど、群れで生きる戦士猿(ゴライアスモンキー)にとって群れ全てが大きくなると餌の確保が難しくなる。だから一定の個体だけを大型化させて生き残ってきたんだ」

 

 説明しつつ、ミリガンの目は魔法生物同士の決闘を観察していた。

 

「あの個体が死んだら、次の兵長が群れで決められるだろうね」

 

 見放すような言い方から彼女が魔猿の方が不利であると考えているのが分かる。オリバー達も同感だった。先ほど見送った群れは傷だらけであるし、兵長も同じように負傷していたからである。

 

 彼らを殺しかけている合成獣(キメラ)の方は、どうにも形容しがたい見た目をしていた。

 合成獣(キメラ)の体高は兵長よりも二回りは大きくて体長はもっとだ。重厚な外骨格だけなら巨大な甲虫のようであるが、カマキリのような鎌を持っていた。どういう意図なのか胴体を針山のような部位が覆っている。

 

「蟷螂のようにござるが、あの分厚い体はまるで一本角虫にござる。しかしあの針だらけの体は?」

「ここから簡単に観察しただけなら断頭蟷螂(ギガントマンティス)鎧甲虫(アーマービートル)合成獣(キメラ)だが、あの針は何だろうな。千針毛虫(ニードルキャタピラー)や他の種類の魔獣かもしれないが」

 

 ナナオの反応にオリバーが彼なりの推測を加える。

 

矢甲虫(アロービートル)ですね。そこに矢甲虫(アロービートル)を魔法合成した合成獣(キメラ)です。あの針は外骨格が変化したもので、一度飛ばしても短時間で再生可能となっています。これが矢甲虫(アロービートル)の特徴ですね。巨体は断頭蟷螂(ギガントマンティス)から、防御力は鎧甲虫(アーマービートル)からといったところでしょうか」

「そうか。もう一種類あったか」

 

 自動人形ルネがそこに訂正を加えた。それにオリバーは異論を挟まない。ルネは答えを知っているのだから、彼がそういうのならそれが正解なのだろうと。

 

 兵長が接近するたびに発射された針がその体に突き刺さる。通常の兵士なら致命傷だが、かといって看過して良い怪我でもなかった。出血が絶えないからだ。

 血を流すのを恐れて針から逃れても、針のない正面には巨大な鎌がある。兵長の首も簡単に飛ばすだろう鋭利な鎌だ。

 加えて全身に厚い外骨格があり、針の射出や振り下ろされる鎌を掻い潜って体を怪力で殴りつけてもさほどの損傷にはならない。

 

 とてもじゃないが敵いそうになかった。ゆえの撤退であり、兵長が時間稼ぎをしているのだろう。もし彼が逃げれば合成獣(キメラ)が群れを蹂躙することは目に見えていた。

 

「君らならどう戦いますか? あの合成獣(キメラ)と」

 

 観戦しながら自動人形ルネは友人達に尋ねる。オリバーとミシェーラがしばし沈黙し、答えた。

 

「とにかく急所を一点突破する。外骨格は頑丈そうだが、火炎呪文と氷雪呪文を交互に使えば温度差による損傷は免れないはずだ。そこに爆裂呪文を撃ち込めば流石に砕けるだろう。後は中身を攻撃するだけだ」

「大型の魔獣対策のセオリーである脚を狙っても良いのですが、昆虫型ですから脚を失っての失血死ということもありません。そこに時間をかけるのなら分散して注意を逸しつつ胴体の外骨格を剥がして急所を狙うべきですわね」

 

 自動人形ルネは二人の話を頷きながら聞いている。そして拍手でその感想を伝えた。

 

「素晴らしい。今の君らの段階ならそれが正解の一つでしょう。もちろん脚を破壊して動きを鈍らせてから仕留めるというのもアリでしょうし、急所を狙いに行かずに全身の外骨格を破壊してじわじわと長丁場で追い詰めても良いでしょう」

 

 ぱちぱちと自分達を称える彼にオリバーは尋ねる。

 

「君ならどうする?」

 

 拍手を止めた自動人形ルネがその手を合成獣(キメラ)の方に向けた。そして広げていた手を、きゅっと握る。

 

 瞬間、合成獣(キメラ)の体が押し潰された。圧縮された体から飛び散った体液が豪雨のように兵長の全身にかかる。

 あっという間のできごとだった。

 

 圧死した合成獣(キメラ)は当然として、目の前で敵が肉団子になった兵長も動きが止まる。それらを眺めていたオリバー達もだ。

 

 そんな景色を作り出した自動人形ルネは手を握ったままいつも通りの穏やかな雰囲気で答えた。

 

「私なら圧倒的な力で一蹴します。こんな風に。君らも三節呪文が使えるようになったらそうするべきです。もしそれができないのなら極力戦闘は避けるべきでしょう。どうしても駆除しなければならない相手なら人数と時間をかけても良いですが、基本的な探索では数分かけて倒せない相手はやり過ごすことです」

 

 あの巨体を軽く処分してのけた光景にオリバー達は黙ってしまった。それまで見ていた巨体が簡単に潰れてしまったのだ。アリを指先ですり潰すように。

 

「今のって、もしかして月に届け(リーチフォーザムーン)?」

 

 ようやく出たカティの問いに自動人形ルネは頷く。

 

「ええ。無言の爆裂呪文と勘違いしなかったのは流石ですね。破壊に集中すれば、あんな風に使うこともできるんですよ」

 

 それは普段なら人や物を浮かべているルネ固有の力である。落ちたペンを拾ったり、課題から逃げる同級生を捕まえたりと。

 これほどの力があると知らなかったカティは──この力を何度か身に受けた経験があるからか、恐る恐る尋ねた。

 

「いつもは手加減してるの?」

 

 万一にもないだろうが、力を誤ってあの合成獣(キメラ)と同じ目に遭わされては敵わない。不安がる気持ちが声の震えに表れていた。

 それを解消するためにも自動人形ルネはすぐに訂正する。

 

「いえ、制御しているだけです。君もペットを撫でる力と殴る力は違うでしょう? それと同じように力を操っています。強大な力を弱めているのではなく、弱い力も強い力も出せるということですね」

 

 ここで握った手を開いて腕を下ろした。力を消したことで残骸となった合成獣(キメラ)が枝に落ちる。 

 

「──!? ──?」

 

 ぽたぽたと体液を頭から滴らせた兵長は腕を振り上げたまま静止していた。状況が理解できずに固まってしまったのだ。

 そんな兵長の前にぼとりと肉塊が落ちる。押し潰された合成獣(キメラ)の残骸だった。そこから元の形を見て取ることはもうできない。

 

 静かに腕を下ろして顔にかかった体液を拭うと巨猿は恐る恐る潰れた死骸に触れた。数度同じことをやって、ぴくりとも動かないそれを持ち上げると兵長は枝から放り落とす。

 討ち取った敵を処分するというよりは不気味なものを捨てる仕草に近かった。不可解そうな顔で周囲を見渡し、そして遠くの枝の上に自動人形ルネ達を見つける。

 

「──ッ、──」

 

 合成獣(キメラ)を前にしても立ち向かった兵長は一目散に逃げた。隣の枝へと飛び移り、巣の方へと駆け出す。

 

 あいつだとすぐに分かったのだ。これはもはや刷り込みであった。何度立ち向かっても倒され、そしてそのたびに起き上がらされてきた自分達が学んだ一つのこと。

 

 あの小柄な魔法使いを見たら逃げろ。でないと斬られ、走らされ、斬られ、走らされが終わらない。

 だから走るんだと。

 理屈ではない。斬られたくないから走るんだ。でないと走らされる。

 

 意味不明な恐怖に走る兵長は振り返ることもしなかった。

 

 そんな大型魔獣の後ろ姿を眺めつつ、ルネは言った。

 

「では先に進みましょうか。次は冥府の合戦場です」

 

 返事も待たずに護衛役の自動人形ルネ達がそれぞれの相手の肩に手を置く。瞬間、彼らの姿は巨大樹(イルミンスール)から消えた。

 最後に案内役の自動人形ルネも瞬間移動で次の目的地へと向かう。淡々と予定をこなす観光のように。

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