七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~ 作:HAL1993
自動人形ルネ達は荒涼とした土地の上に現れた。てっきり二層を抜けたのかと思いきや、振り返ればついさっきまでいた
「同じ階層にしちゃ随分と殺風景だな」
ガイが感想を漏らした。
彼らの目の前には地面剥き出しの景色がずっと広がっている。生き物どころか草花の気配もない。乾いた静けさばかりである。
「ここが冥府の合戦場です。自然豊かな二層が終わり、瘴気漂う三層への入り口というわけですね」
自動人形ルネが地面を蹴りながら言った。彼に蹴飛ばされた土はぱらぱらと宙を舞う。
痩せた土地であった。あの自然豊かな森林と地続きとは思えないような環境の変化だ。栄養のなさそうな土や湿度のない乾いた臭いなど、命の少なさをルネの友人達は各々感じ取った。
「……こんなところに何か見どころでもあるのか?」
爪先で地面を軽く掘りつつピートが尋ねる。魔法生物どころか雑草すら見つけるのが難しいところにやってくる必要があるのかと。
自動人形ルネはもったいぶらずに答えた。
「一層から二層へ入る際には何も必要ないのですが、通常ルートで二層から三層へ入るにはいわゆる試験が必要になるのです。ここがその会場なのですよ」
「試験?」
訝しむ友人達に微笑みを向けながらルネは言う。
「ええ、そうです。あまり面白くないテストなのですが──始まるようですね」
彼が地面を見下ろすと、突然土の中から白骨の腕が突き出てきた。
ぎょっとするオリバー達の周囲でも同じように次々と地面から骨の手足が生え、それぞれが土を掻き分けて地下からその体を現す。
古めかしい甲冑や武器を身に着けた
土埃を撒き散らしながら彼らは春の訪れのように地中から現れた。もちろんその姿には芽吹きの和やかさは決してない。数千もの魔物の登場なのだから。
そんな数多の骨の魔物の出現に度肝を抜かれたのは初見の一年生達だ。見渡す限りの地面から現れた彼らにたじろぎつつも杖剣を手に警戒する。
「
焦る友人達を宥めるように自動人形ルネは言う。
「いいえ、違いますのでひとまず落ち着いてください」
てっきり彼らが襲ってくるのかと思って杖剣を抜いたオリバー達だが、自動人形ルネの言うとおり周囲の
それは戦陣なのだろうが自分達に向けられたものではないのはすぐに分かった。
突如として出現した白骨の兵士達にオリバー達は困惑しっぱなしである。そんな彼らに自動人形ルネは告げた。
「ここは陣形のど真ん中になりそうなので少し高いところに移りましょうか」
フードを被った自動人形ルネ達がそれぞれの担当の肩に手を置いて瞬間移動を行う。移動先は三十フィートほど上空だった。
いきなり空中に移動させられたわけだが彼らには何の違和感もない。地面に立っている時と同じように空中に立てていたからだ。浮遊感すらない。
「た、立ってる、のか?」
ガイがおっかなびっくりの様子で爪先で足元を突いた。そこは空気だけのはずなのだが、確かに何かの感触が足から返ってくる。
「ほお、これは見事。空であろうというのに地に足がついてござる」
「ま、待て。壊れたりしたらどうするんだ」
「ふふ。壊れることはありませんよ。ガラスの上にいるわけではありませんのでご安心ください」
同じようにナナオは飛び跳ねて足場を確認していた。不安がるピートが彼女を止めるが、微笑んだ自動人形ルネが彼を宥める。
「領域魔法で足場を作っているんだろう」
オリバーが周囲の自動人形ルネ達を見回して言った。彼らは同時に頷く。彼らの力が空気に干渉することで地上三十フィートの場所でも自動人形を含めて十人以上が平然と立っていられるわけだ。
もちろんそれは簡単なことではない。オリバーも、ミシェーラでさえもそんなことはできないのだから。
「その通り。そして肝心なのは向こうです」
それをあっさりとやってのけた自動人形ルネが指差すのは
おおよそ一マイル先である。高い位置に来たことで分かったが、そこでも土煙がもうもうと立っていた。
自動人形ルネが杖を振ると宙に円形のレンズが現れる。望遠の魔法なのだろう。オリバー達がレンズを通してその先を見ると、遠くの地面の中から骨の兵士達が表れて陣形を組んでいる様子がはっきりと見えた。
「これは、合戦にござるか」
懐かしさを感じつつナナオが言う。自動人形ルネは頷いた。
「はい、ここは冥府の合戦場。召喚された戦士達の霊魂が
この場の正体を明かす自動人形ルネの話に気になる点があったのかピートが呟く。
「ん……召喚? 死霊術でそんなことができるのか? 死霊術師が扱う霊魂は確か」
「そう、基本的に死霊術師が保管したものだ。死霊術は召天し損なった幽霊などを利用する分野であって、霊魂を召喚するという概念はないはずだが」
彼の疑問を拾ったオリバーが続いた。
死霊術師が扱う霊魂といえば彼らが保存しているものである。その出どころは様々だが、どこかから霊魂を呼び寄せるという発想は死霊術にはなかった。
「いえ、神の領域に触れれば可能です。天文学でいうところの
友人達の疑問に自動人形ルネはそう答える。
「
ガイが聞き慣れない単語を聞き返した。その点も彼は説明する。
「私達の世界の全てが記録され、また私達の世界に対するあらゆる能力がある神秘空間のことです」
「せ、世界の全てが? んん?」
自動人形ルネの答えに要領を得なかったガイはオリバーとミシェーラに視線で助けを求める。二人は教科書通りの説明をした。
「天文学用語だな。神の知恵が所蔵されている場所だと言われている」
「まさに天文学的な量と質の知恵が保存されている場所だとか。かつて祖種といわれた種族のみが入ることを許されたという」
「──やっぱり、よく分からんが。そこに霊魂があるって? そこがいわゆる天国ってやつなのか?」
続く質問にオリバーとミシェーラは困ったように言った。
「いいや。
「だからはっきりしないのか」
「しかし、ルネがそういうということは……そうなのかもしれません」
天文学における
しかしルネ=サリヴァーンがそういうのであれば。ずっと自分達よりも天文学に精通するこの少年がどこまでたどり着いているのか分からなかったのだ。
「だとしたら、彼らは全員本人ということなのか。ただの
オリバーは自分で口にしてぞっとした。終わりなく戦い続けるそのあり様に。
それを聞いた剣花団の面々も同じような表情を浮かべた。死しても戦うその姿に、哀れみや恐怖を。
自動人形ルネはそんなやり取りを微笑みながら聞いていた。そしてにこにこと楽しげに言う。
「話が長くなるので詳しくはぜひとも魔道倶楽部にて。天文学を研究し、この世界の神秘の中枢へと共に挑戦しましょう」
並外れた知性による世界への探求。オリバー達もそこに魔法使いとして好奇心が刺激されないこともなかったが。
「しかし、神か。それはまた、随分と」
思いがけない答えに彼らは上手く言葉に表せないようだ。そんな友人達の反応に自動人形ルネは不思議そうな顔をする。
「突拍子もない、と? しかし私達がいるこの迷宮自体がそもそもは神代の遺跡であることをお忘れなく。だから神に関わる技術が残っているのは当然です。
まず迷宮の構造自体がそうなのですが、例えば第四層にある深みの図書館も神の手が入っています。あそこはかつて神の知識や知恵が収められた建物ですから。神への反乱の際に機能の大半が破壊されたとはいえ、神が作った建物には変わりありません。
そしてここ冥府の合戦場も、深みの図書館と同じというだけです。きっと神が保存していた霊魂を呼び出す場だったのでしょう。それが形を変え、戦場の再現に変わったのです。しかし、いったいこんなつまらない試験の場にどんな魔法使いが作り変えてしまったのやら」
そう言いながら自動人形ルネは望遠レンズを覗き込んだ。するとレンズが映す場所が変わり、一マイル先で掲げられた軍旗を見せた。
「あちらは……鷲にSPQRの紋章……ふむ、
ルネが杖を振る。するとレンズが映す光景が変わった。真下に広がる
「……三日月と太陽の標識なので、こちらは
「そうか、ディアーマの戦いだ」
自動人形ルネの分析を聞いていたピートが導き出した答えを言った。目を丸くするオリバー達だが、自動人形ルネは笑みを浮かべてピートに拍手を送る。
「正解です、
「ボーエン戦争? スケッツィオ?」「む、昔の戦にござるか?」
歴史の授業を受けているようでガイやナナオは困惑した表情を見せる。二人の様子を見てオリバーとミシェーラは苦笑した。
といっても今回はオリバー達もよく知らないようだ。魔法に関する知識についてであれば、いつもなら説明が始まるところだが今日は彼らも困り顔であった。
「
「魔法使いはこの手の戦史には疎いからな。俺もその程度だ」
ミシェーラとオリバーはそう告白する。二人なら何でも知っていると思っていたピートは目を丸くした。
「マジか。意外だ」
「魔法使いがほぼ関わらない戦争なので魔法史にも載っていませんからね。魔法使いが詳しく知らなくてもしかたありません。普通人にとっては読んで楽しい戦記としてそれなりに知られていますが、あくまで読み物程度です。もし詳しく知りたいのであればこれから講義を始めましょうか」
普通人出身のピートは本好きのおかげが知識があり、ルネは当然のようにその詳細を知っていた。
自動人形ルネの解説が始まるのかと歴史が苦手なガイやナナオが苦い顔をするが。彼は二人の様子を見て微笑んだ。
「ふふ、冗談ですよ。詳しい歴史の話は今回は関係ありません。その点は割愛しましょう。ただし戦いの流れは関係してきますが」
自動人形ルネは向き合った二つの戦陣を眺めた。地面から這い出てくる
その出現した魔物達の数を改めて見て、オリバー達は一歩下がった。最初は数千もの魔物に囲まれたと思ったわけだが、視界に入る骨の兵士達の数はその第一印象よりもずっと多いように思えたからだ。
数倍、いやもっとだろうか。その数に威圧されたのである。唯一ナナオは足を止めていたが、難しそうな顔で戦場を見つめていた。戦に勝つための策が全く浮かばないという顔である。
「どんだけいるんだよ」
ガイの呟きに自動人形ルネが答えた。
「
「じゅ、十万!?」
「なんという大軍!」
「……マジか」
大都市に匹敵する数にガイ達は目を見開く。改めて目の前に広がる骨の軍隊に目を向けた。地面を覆うほどの数の人の形をしたもの達の蠢きや鳴る武具の音は地上から離れていても威圧感を与える。
そして彼らを困惑させた。こんな数の魔物をどうしろというのかと。
「では冥府の合戦場のルールを説明しましょうか」
緊張する友人達に自動人形ルネが微笑む。そして、彼らの気を落ち着けるためにも気軽そうに言った。
「そう固くならないでください。難しいことではありませんから。要するにこれは、そう、戦争ゲームなのですから」
立ち上がった二つの軍勢を交互に指差しながら説明を始める。
「ゲームは単純。しばらくすると
今回の場合だと私達の目標は
「……マジかよ」
「ええ、これは……」「どう乗り越えるべきか」
絶句するガイ。他の友人達も息を呑んだ。
何が難しくないのか、単純なのか。まさか魔物達の軍団と肩を並べて同じ魔物の敵軍と戦うことになるとは。
チェスなどのボードゲームとは違う。ここはテーブルの上ではなく現実の荒れ地の上だ。本物の戦争の中に飛び込むのと変わりない。
早速、敵味方の陣形を確認し始めるオリバーとミシェーラ。剣花団の頭脳が作戦を必死に考えるなか、ピートが気づいたことをルネに尋ねた。
「なあ、こっちが
彼の質問に自動人形ルネが頷く。
「はい、試験開始から何もしないとそうなってしまいます。ディアーマの戦いに限らずこの場では様々な戦いが再現されますが、一貫していることは私達の側が歴史上では負けているということです」
返ってきた答えにピート達はぞっとした。打つ手を考えている内に勝手に動いた自軍が負けてしまうのだから。
ゲームに時間制限がついたわけである。当然余裕がなくなる。
しかし、自動人形ルネはつまらなさそうに続けた。
「それを覆すのが試験、ということなのでしょうが……幾つもある迷宮の仕掛けの中でもここはどういう意図で設計したのか甚だ疑問ですね。実に退屈な試験ですから。霊魂の召喚場でこんな遊びをして何を試すつもりなのやら」
終始不満げな彼の態度を珍しそうにカティが眺め、ぽつりと感想を口にする。
「そこまで嫌いなんだね、ここが」
この場を眺めていた自動人形ルネの視線がカティに向いた。その顔は年相応の、反抗期の少年の不服そうなものだ。
「そうですね。この無意味な試験が、どうしても私は気に食わないようです。
いったいどうして私達が戦争ごっこをしなければならないのか。魔法使いが軽視する歴史を学べという警句でしょうか。それとも負ける未来を変えるために頭を使えと? 全く意味が分かりません。どうしてこんなものがあるのやら」
そんな自動人形ルネをミリガンが宥めた。
「まあまあ、そう言わない。私達の伝統行事のようなものなんだから。それに場所としては貴重なんだろう? 霊魂を呼び出せる土地だなんて」
霊魂を召喚する場であるのなら、霊魂の研究者であるルネにとっては何よりの研究対象ではないかと彼女は言う。
「そうですね。なのでいずれ学校から許可が出たら、この場から召喚機能を取り除くことにしましょう」
しかしあまり落ち着かなかったようだ。自動人形ルネは淡々と答える。むしろ魔法使いとして貴重なサンプルを回収しかねない様子で。
そんなことが可能だろうか。ある魔法的な空間からその能力を取り除くだなんて。
まあ、この後輩ならできるだろう。そう苦笑するミリガンだが、そこに低い角笛の音が鳴り響く。
「ふむ、合図だね。あと五分で開始だ」
ちょうど話が切り替えられる。安堵するミリガンと同じように、自動人形ルネも角笛の音を聞くと不満そうな表情を引っ込めた。杖を手にじっと敵陣を見つめる。
視線を外さずに彼はミリガンに尋ねた。
「先輩はもうこのテストを終わらせているのですか?」
「ああ、今年度の初めにね」
「……というと?」
二人の会話にオリバーが疑問を挟む。
「一度勝利すると一年間はここを素通りできるのさ。代わりに試験には参加できなくなるけどね」
「そうなんですね──ところで君は? 自動人形の体とはいっても、ルネはルネなんだろう。なら君も出られないんじゃないか?」
オリバーの目は自動人形ルネに向いた。彼の本体は既に三層にいる。ということは彼もこの試験には参加できないのではと。
もちろんそんなはずはないだろうというオリバーの願望が言葉に表れていた。でなければ五万もの魔物に、一年生の自分達が対処しなければならないのだから。
自動人形ルネは当然と言わんばかりに頷く。
「もちろん、大丈夫ですよ。私達は迷宮の感知機能ではそれぞれ別人として判定されるよう作ってありますので。ここにいる全員が迷宮からするとそれぞれ異なる魔法使いに見えるわけです。
そしてここにいる自動人形の全員がこの試験に初参加ですから、君らだけでこのつまらないものに参加させることはありませんのでご安心ください」
フードを被った自動人形達が手を振った。任せろという意思表示のようだ。
「そ、そうか……なら安心だ」
どんな仕組みで別人と認識されているのか、そもそも人判定をされているのかという疑問をオリバーはひとまず置いておくようだ。
「じゃ、私は離れたところで見学しようかな。頼むよ」
「いえ。すぐに終わりますから、どうぞそのままで」
「ふーん。じゃ、そうしようか」
参加しないミリガンが場所を変えたがったが、自動人形ルネは断った。すぐ終わると。
ミリガンは首を傾げたが、それ以上強くいうことはなかった。
しばらくして二度目の角笛が鳴り響く。その低い音が終わった直後、
「始まりましたわね」
ミシェーラがそう言うのと同時に自動人形ルネが杖を
そして一マイル先に布陣していた五万もの軍隊が魔法によって一瞬で圧し潰された。音もなく、ただ土煙と骨片を飛び散らせて。
その規模に反して砂塵が撒き散らされるのは広範囲ではなかった。一マイルの距離と三十フィートの高さからの景色であったが、ちょっと砂が舞い上がったくらいにしか見えない。
効果音をつけるのだとしたら「ぽふん」だろうか。「ぽすん」でも良かった。それすらも彼らには届かなかったが。
呆気なかったが、試験は終わったようだ。
下を見れば
「──終わりましたわね」
「──ああ、そうだな」
「──マジかよ」
言葉を失う一年生達は淡々とした反応しかできない。
どれだけの規模の魔法なのか、それを何の溜めもなく無言で放つだなんて、と言いたいことは山ほどあったが。
その言葉は全く口から出なかった。唖然とするばかりだ。
ミリガンでさえそうだった。「すぐ終わらせる」と言った後輩の答えが、あまりにもその通りだったために引きつった笑みを見せるしかできない。
彼女が知る限りでは冥府の合戦場の突破記録での最短を更新していた。五秒である。それも大規模の魔法を、一瞬でぶつけることで成し遂げた規格外の成績だ。
「だからつまらない試験なのです」
とっくに杖を下ろしていた自動人形ルネはそう言いながら杖を腰のケースに収めた。虫を踏んだ靴底を眺めるようなつまらなさげな顔で。
「勝った、んだよね?」
不安げなカティの感情をピートが代弁する。
「ああ。チェスで例えるなら、テーブルの向こうにいる対戦相手をゲーム開始直後に刺殺したような……そんな感じか」
誰も口にはしないが、まるで詐欺やインチキを見たかのような気分だった。もちろんピートが口にした例示のように詐欺でもインチキでもないわけだが。
彼らが言いたいのは要するに「試験の趣旨からあまりにも外れている」ということだ。頭を使い、敗北の流れを断ち切って勝利を掴み取ることを意図した設計であろうこのテストを力技で押し通すだなんて。
「しかし、勝ちは勝ちです。もしここを楽しみたいのであればまた来年にお願いします。瞬間移動で突破したい時には声をかけてください。しっかり手助けしますので。
ちなみに箒で飛び越えるのは失格判定になりますので注意してくださいね。失敗すると再開までに三時間ほど待たされますよ。
来年に、この場所がちゃんと機能していればの話ですが」
自動人形ルネ達がオリバー達の肩に手を置く。瞬間移動の準備だ。
すぐに彼らの姿は消え、次の目的地へと移る。音もなくやってきて音もなく立ち去った彼らを冥府の合戦場は静かに見送った。
どうやってやってきても、試験を終わらせても、立ち去っても、この場所が不満がることはない。魔法がかかっているとはいえ、ここはただの荒れ地なのだから。
呆気に取られたまま剣花団のメンバーとミリガンは三層に作られたルネの拠点に到着した。しかし、ここでもまた彼らは目を見張る。
その原因は幾つも並んだテントでも着陸している一隻の飛行船でもなかった。この場の環境である。
「……ここが瘴気の沼地?」
「なんか、普通の沼って感じだな。俺の故郷にもこんな感じのところがあるぞ」
第三層は瘴気の沼地と呼ばれている階層だ。名前から察するに毒々しい湿地帯なのだと分かる。「瘴気」と名づけられているのだから。
てっきり息もしづらいような場所、そんな印象があったわけだが。
しかしやってきたところはとてもそうだとは思えなかった。この場所をよく知っているミリガンは試しに深呼吸する。
「──これは凄いな。空気が浄化されてる。ガイ君の言う通り、普通の沼地みたいだ」
普段の三層であれば深呼吸した途端に淀んだ魔力である瘴気が鼻や口から流れ込んで体を毒してくれるが、彼女の体に入っていった空気はそれなりに澄んでいた。やや湿り気や臭いはあるが少なくとも毒気はない。
「それに随分と明るいな。ここの光源は天井の光苔くらいだというのに」
「過ごしにくい場所をそのままにしておくことはありませんよ。この拠点内には瘴気は入ってきませんし、光も確保しています」
自動人形ルネの指差す先には金属製の杭が地面に突き刺さっていた。複数の部品で構成された魔法道具だ。彼は自身の作品を紹介する。
「あそこにあるのが拠点を囲む結界杭です。この場所の隠蔽や空間の調整を兼ねているんですよ。空気の浄化や光量の調整、それと整地もしています。この層にはそこら中にぬかるみがありますから」
ここの居住性を担っている魔法道具について説明すると次に大きめのテントを指差す。
「あのテントで食事ができますので、ひとまず行きましょうか。食事をしながら説明会をしますので。その後は自由時間です。本来の三層を見たいと結界の外を散策をするのであれば
テントの前まで案内すると自動人形ルネは友人達と別れて飛行船の方へと向かっていった。以前ガラテア近くにやってきたものと比べると小型だが、それでも全長九百八十フィートはある。
自動人形ルネはそちらに歩きながら瞬間移動したため、きっと飛行船内に入ったのだろう。
「ひとまず入ろうか」
ミリガンがそういってテントの中に入っていったため後輩達も彼女に続く。
布の入口をめくって入ると、そこは木造の綺麗な食堂だった。二十人以上が入るそれなりの広さがある。居心地の良い宿に来たようだった。
しかし、ここは沼地に張られたテントである。広さはテントの大きさと合っているようだが、木の壁や床はどう考えてもおかしかった。外は布であるというのに。
「魔法のテント、か」
あまりの様変わりに一瞬言葉を失う一同だったが、魔法道具の杭に守られている場所に建てられたテントももちろん魔法道具であると思い至る。
テーブルには既に不死鳥の団の団員達が座っていた。以前パーティーに参加していた顔が全員揃っているので、どうやら団員全員がいるようだ。
フライドポテトを口に放り込んでいたアニー=マックリーが遅れてやってきた仲間達に気づいた。
「あら、あんたらも来たのね。ほら、こっちに来なさいよ。ミリガン先輩もどうぞこちらに」
カティやナナオ達には気さくに、ミリガンには丁寧に挨拶する。そして自分の近くの席を勧めた。彼女の友人達は食事中だったため会釈で対応する。
「やあアニー君、またルネ君に巻き込まれたわけだが調子はどうだい」
「いや、先輩からも何とか言ってやってくださいよ。いきなり生徒会に喧嘩売るだなんて。何考えてるんだか」
「私から何を言っても無駄だろうさ。オフィーリアを討ち取ったことすら、私にとっては想定外もいいところなんだから」
ミリガンは後輩と雑談をしながら席に座った。途端に食事が彼女の前に現れる。パン、チーズ、サラダ、スープのセットだ。
ひとまずミリガンはスープを口に運び、そしてパンを齧った。それらが喉を通った後でしばし考え、彼女は言った。
「他は、そうだな。オムレツにしようかな」
そう注文するとあっという間にテーブルの上に柔らかいそうな黄色いオムレツが現れる。ミリガンはナイフとフォークを使い、ふわふわのオムレツを切りながら食べ進めていった。
食事をしながら、ミリガンの視線が立ったままのカティ達に向く。座りなよと表情が言っていた。
「じゃあ、俺らも」「席につく、か?」
確認するようにガイとピートがオリバーとミシェーラを見る。二人はしばし顔を見合わせたが、諦めたように頷いた。
「そうだな」「そうさせていただきましょうか」
剣花団のメンバーも席につく。同時に彼らの分の食事がテーブルの上に現れた。
「他の料理が欲しいなら、言えば出てくるよ」「夜明けの城の食堂にもある魔法にござるな」
勝手知ったるカティとナナオが知らない友人達に説明する。
まずセットでパン、チーズ、サラダ、スープが出てきて、他の料理は後で頼む形らしい。
いったいどこから料理が出てきているのか彼らにはさっぱり分からなかったが、空腹なのは事実だったのでミリガンと同じように好きな料理を頼んでいった。