七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第55話〜三層にて〜

 観測拠点に着陸している飛行船クリストファー号の今回の任務はルネと不死鳥の団の活動支援である。

 この飛行船に所属する人造人間(ホムンクルス)の船員達は結界杭を用いた安全地帯の構築にテントの設営、物資の運搬など快適な観測拠点を作るための作業を行っていた。

 また三層での生徒会、再現人形(ダミー)オフィーリアの活動の記録も担当している。そして本件の後始末も任されていた。

 

 その船橋にて人造人間(ホムンクルス)達が船内の様子や周囲の環境を魔法道具で確認しているなか、船長の自動人形ルネはゴッドフレイ統括達の現在位置を示した投影地図を眺めていた。

 彼らを示す光点は合成獣(キメラ)達の光点を次々と消しながら進んでいる。その移動速度は全く落ちていない。

 

 あの醜い生き物達は母の命令に従って縄張りに入った侵入者達を駆逐しようとしているが、ちっとも生徒会への足止めにはならなかった。

 流石の上級生達ではあるが喜ばしいことばかりではない。この調子ならあと二~三時間ほどでオフィーリアの工房に到着してしまうのだから。

 

 このままでは良くない。何故ならオフィーリア側の準備は整っていないのだから。絶界詠唱(グランドアリア)のために必要な男性属性の魔力充填率が悪いのだ。

 

 現在六十パーセントほど。絶界詠唱(グランドアリア)を実現するには七十五パーセントは欲しかった。

 その最低ラインを突破する前に生徒会は工房にたどり着いてしまうだろう。だとすると都合が悪い。せっかくの絶界詠唱(グランドアリア)が見られないのだから。

 

 既にオフィーリアの霊魂から大半の情報は抜き取ったとはいえ、大魔法行使の記録は取っておきたいのが魔法使いルネの希望だった。絶界詠唱(グランドアリア)に到達している彼女ではあるが実際に発動したことはないのだから。

 

 術式や意念(イメージ)上の記録も大切ではあるが、実行時の記録も同じように大切である。それを観測または体感できる機会は逃したくなかった。

 しかも自走(オート)状態で、あくまで意識としては生前のままの状態での活動記録は貴重だ。工房でただ霊魂の情報収集装置として再現人形(ダミー)を動かすのとは違う精度の高い記録が期待できる。

 

 霊魂は生きているものに宿るのだ。食堂でゴッドフレイに語ったように。

 だから工房内だけで完結はできなかった。生前のオフィーリアの活動を再現し、そのなかで記録を得なければならない。

 

 しかし、このままでは上手くいかない。生徒会との接敵時に発動できないだろう。

 

 その原因である魔力の集まりが悪いのは徴収源である男子生徒達の質が悪いわけでも再現人形(ダミー)の性能のせいでもない。オフィーリアが不安定なのだ。

 魔に呑まれかけていることを加えても、後悔の念からしょっちゅう過去を思い返しては動きが止まっているのである。

 そのせいで工房の機能が安定せずに魔力の吸収率が下がったり戻ったりと安定しなかった。

 

 伸び悩む充填率を見て自動人形ルネは困った顔をする。 

 

「後悔するくらいなら日陰に飛び込まなければ良かったのです。暗がりで腐るよりも、光の中を生き続ける努力をすべきでしたね」 

 

 そう感想を呟いて船長の椅子に深く座り込むと天井を眺めた。目を閉じ、しばし考える。

 

「──手を出すとしましょうか」

 

 そして充填率を示す数字と生徒会の現在地を交互に確認してルネは決めた。観察者としての第三者気取りは止めて、積極的に介入せざるを得ないと。

 

「全合成獣(キメラ)自走(オート)から手動操作(マニュアル)に切り替え。三層全ての合成獣(キメラ)を生徒会の移動ルートに向かわせます」

 

 決心するとすぐに制御用の水晶板を手に取り、呪術的に縛っている全ての合成獣(キメラ)を操った。オフィーリアが決めた配置を無視させて三層にいる全ての怪物を生徒会の方へと差し向ける。

 

 三層に点在していた光点が一気に生徒会の光点へと突撃していった。これで二時間程度は稼げるはずだ。

 あとは魔力の方である。そして、こちらも問題はなかった。

 

 オフィーリアの工房にいるルネ本体が肉の牢獄の部屋へと入っていく。これで魔力の問題は解決だ。あとは生徒会がたどり着くのを待つだけだった。

 

 

 

 食堂代わりのテントにて、生徒会とオフィーリアの戦闘は五時間後を予想していると自動人形ルネは食事を終えた団員達に告げた。

 観戦は複数の映像送信用の自動人形(オートマトン)を利用し、この場所から観察できること。またサルヴァドーリの魔道から得られるものも彼は説明した。

 

淫魔(サキュバス)という種族はとても面白い成り立ちをしています。彼女らの登場の前に、淫魔《サキュバス》誕生前の生命がどのようにして数を増やしていたかの話から始めましょうか」

 

 自動人形ルネが手を開くとその上に粘土が現れた。粘土は球状になり、その表面から何本も触手が伸びていく。うねうねと蠢くそれが球体の表面をあっという間に覆い尽くした。

 

「最初期の生命である祖種はこのようにして増えていました。最初の粘土の球が神であり、そこから伸びていった触手が祖種です。彼らは個別の生き物というよりは神の一部だったのですよ。

 そして時代が進み、世界が成熟したことによって祖種は神から切り離されることになりました。生命は個となり、それを増やす権能は神から世界へと移っていったのです」

 

 魔法生物学の話をするかと思いきや神の話である。ガイやピート、ナナオはきょとんとした顔で話を聞いていた。聞き慣れない「権能」とやらの単語に面食らう。

 そんな仲間の様子を見たオリバーが小声で助け舟を出した。

 

「──サリヴァーン世界論の話だな。これは名前の通りルネが発表したものだ。今や天文学の主流理論の一つで、世界と神の関係についての学説なんだ。

 詳しくはいずれ天文学で習うだろうが、その中でルネは神の力が徐々に譲渡されていくと書いているから今はそのことを話しているんだろう」

「──神の力が、譲渡?」

「──ああ、そうだ。そこが彼の理論の要点だな。神は世界が成熟するにつれて力を失っていくというものだ。

 この世界に生命を増やすのが神の仕事だったが、その手を借りなくても生命が自ら増えるようになったと思ってくれれば良いと思う。その始まりを話しているようだ」

 

 オリバーの解説の間も自動人形ルネは話し続けていた。

 

「しかしここで問題が起こりました。今度はこの球体を祖種の一人と思って見てくださいね」

 

 触手まみれの粘土球がつるつるした表面の球体に戻る。それが先ほどと同じように触手を出そうとして破裂した。

 

「さて、この現象は何を示しているでしょうか。Ms.(ミズ)アールト、座ったままで構いませんので説明してください」

 

 指名されたカティが一度の咳払いの後で答えた。

 

感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)もう一人の自分(ドッペルゲンガー)が発動したんだね。神から離れ、個になった命がそれまでと同じように増えようとして大爆発したんだ」

「その通り。人間性を獲得した私達は、それを保持したまま同一個体を作ることができなかったのです。ここで困ったのが神でした。世界に広がるはずの命が増えていかないのですから。よって神は権能の一つを発動しました。祖種を創ってから使っていなかった力である生命の創造です」

 

 カティの答えに頷いた後、自動人形ルネの手の中から女性の形をした粘土の人形が現れる。

 

「必要なのは生き物の新しい増やし方でした。それはつまり一つからもう一つを作るのではなく、二つから新たな一つを作る方法です。

 そして神はそれをなし得る生き物を創り出しました。これこそが淫魔(サキュバス)なのです。祖種の方にも手を加え、彼女らに自身の一部を分け与える能力を与えました。つまり生殖器ですね」

 

 祖種を示していた粘土の球体からその一部が淫魔(サキュバス)を示す粘土人形に入り込み、そして粘土人形は小さな粘土の球体を生み出した。

 それが何を示しているのか流石に分かる。それが分からないほどこの場の魔法使いは幼くないのだから。

 

「こうして淫魔(サキュバス)の登場により生殖という概念がここで生まれました。単体で増えるのではなく、他の生命の要素を加えることで次世代は一律の人間性から脱却し感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)を引き起こさない人口増加の手段を創り出したのです。

 そして残念ながらここで淫魔(サキュバス)の役割は終わります」

 

 粘土の球体が人の形に変わり、それは男女を模したものになった。代わりに淫魔(サキュバス)の粘土人形は追いやられる。

 

「彼女らを創った後、神はそれまで無性であった祖種に雌雄という区別を創りました。淫魔(サキュバス)をモデルにした女性と、彼女らの番になる男性ですね。

 この二つの性が交わることで次の命が産み出されるようにしたわけです。そして新たに作られたこの性質は以降の生命にも引き継がれていきます」

 

 エルフ、ドワーフ、人間、ケンタウロスなどの粘土人形が次々と空中に現れては増えていくなかで淫魔(サキュバス)の粘土人形は片隅に浮かんでいるままだった。

 自動人形ルネはそれを指で摘まんだ。頭をふにふにと指先で押しながら。

 

「彼女らは生殖、性別、情欲などの概念を編み出すためだけに創られた命でした。つまり試作品ですね。だから神の寵愛はそれほどなかったようです。

 なにせ男女の性が作られてからもこの種には女性しかいないのですから。そこを神は変えてあげようとはしませんでした。

 また彼女らはどんな種の子供も出産できる代わりに自分達の血統は残せませんでした。繁殖の概念を作った淫魔(サキュバス)の子宮はあらゆる妊娠を可能にしますが、相手の子供を作る能力に特化していて自身の性質を遺伝させる能力はないようなのです。そこも神は変えませんでした」

 

 命を増やすために創られた命だが、その命は決して増えないのだ。自動人形ルネの口調に同情が混じる。

 

「なので淫魔(サキュバス)という種を続けるのはかなり難しかったようです。どうにか自分達の種族を繋げるためにもあらゆる種の生き物と交わったようですが、結局は血を残せずに絶滅を迎えてしまいました。まあ、そもそも種として続くように創られていないのですから最初から無理だったのでしょう」

 

 そうして種としての淫魔(サキュバス)の説明が終わると浮かんでいた粘土人形が全て消える。代わりにオフィーリアの姿が魔力光で宙に投影された。

 

「サルヴァドーリ一族はこの消えた淫魔(サキュバス)の性質を復活させることに成功し、それを自分達の血統に取り入れました。彼らは淫魔(サキュバス)の性質を生命創造の実験場と見做していたようです。どのような相手、つまりはどんな精液でも妊娠する体質を利用したわけですね」

 

 次に魔力光で映し出されたのはオフィーリアの合成獣(キメラ)達だ。それらはまさに多種多様であり、どれだけの数の怪物を彼女が産んだのかが想像できる。

 

合成獣(キメラ)の創造は錬金術の一分野です。様々な生物の要素を合わせ、完全な生命を目指すという。

 その方法としては生体の魔法合成や胎児への魔法干渉によるものなどがありましたが、どれも失敗が多く短命であったり整えた環境内でしか生きられなかったりと散々な出来栄えでした。

 しかしサルヴァドーリの合成獣(キメラ)にはそんな問題は起こりませんでした。それは何故か。

 理由は改造品と生物の差でしょう。従来の合成獣(キメラ)技術は生物の創造とはとても表現できないのですから。一般的な魔法合成の精度は布の継ぎ接ぎと大差ないですし、魔法干渉も似たようなものです。

 生物を切り貼りしたり、形をこねくり回したところでそれでできるのは生物ではなくモノ、つまりは改造品でしかありませんでした。生物としてこの世界を生きていける形にできなかったわけですね。だから手助けがないと動かなくなってしまうのです。

 対してサルヴァドーリが手を加えたのは精液の方でした。精液に対して魔法干渉を行い、それを淫魔(サキュバス)の子宮に注いだのです。それがどれだけ無茶苦茶なものだったとしてもその子供を作ってしまう、神からそんな役割を与えられた臓器へと。

 だからサルヴァドーリの合成獣(キメラ)は生物としてこの世で生きていけるのです。絶対に生き物として産む子宮を利用しているのですから」

 

 自動人形ルネが指を鳴らすと魔力光の映像が消える。

 

「今回、私はこのサルヴァドーリの子宮と魔道を手に入れました。これらを研究することで生命の創造へのより深い理解へと繋がることでしょう。既に霊魂を利用した生命創造の魔法道具も開発中です。興味のある方はぜひお声がけくださいね」

 

 彼は気軽に宣伝したが、魔法道具によって生き物を創ることができるかもしれないと聞いた一同の反応は様々だった。その技術力に目を見張る者や倫理的に首を傾げる者などなど。

 それらの反応を眺め、自動人形ルネは話を終えた。

 

「ではまた五時間後に集合しましょう」

 

 そう締められると団員達は席を立ち、ぞろぞろとテントから出て行った。自動人形ルネの姿も瞬間移動で消える。

 

「ん〜、相変わらず話が長いわね。で、あんたらはどうすんの?」

 

 背伸びをして椅子から立ったアニーがカティ達に尋ねた。少し考えてカティが答えた。

 

「ちょっと外に行こうかなって」

「ふーん、そう。なら、あたしらも行こうかな。あと五時間もやることなんてないし」

 

 アニーの視線が四人の友人へと向く。彼女らは特に考える素振りもなく自分達のリーダーに賛成した。

 

「うん」「そうだね」「三層にある資料も見たいし」「一緒に行っても良い?」

 

 錬金術を主に学ぶアニー達の関心は三層に広がる材料などである。植物や泥などが気になっていた。三層に来る機会がなかったからである。

 カティの分野は魔法生物学なのでそれをメインに見て回るのだろうと彼女らは思ったようだ。学友を散歩に誘う気軽さである。

 

 カティは剣花団の友人達を見た。彼らに異論はなかったようで首肯で返す。

 

「じゃ、決まりね。行きましょうか」

 

 アニー達と並んでカティ達もテントの外に出た。外に待機していた自動人形ルネ達の力を借り、瞬間移動で結界外の三層──もちろん生徒会の姿も合成獣(キメラ)もない安全地帯にやって来る。

 

 そんな脅威はないといっても結界による補助もないため足からは泥の柔らかさを感じるし、ただ息をするだけで空気が悪いのも感じた。

 

 それに薄暗い。結界内が昼だとしたら、今は夜明け前くらいの明るさしかなかった。

 見上げれば薄っすらと漂う瘴気の奥に鈍い光が見える。あれが光苔なのだろう。かなり頼りない光だった。

 

「んー、さっきとやっぱり全然違うわねぇ。すー……がはッ!?」

 

 アニーはこの空気で深呼吸してすぐにむせ返る。

 しかし、ゴホゴホ咳き込みながらも自分の口から、ふーっと瘴気の小さな煙を吐いた。吸い込んだ瘴気に魔力干渉を行って体外に出したのである。

 

「器用な真似をするねぇ」

 

 奇術師のような芸に感心するミリガンを横目にアニーは初めての階層の感想を楽しそうに言った。

 

「ははッ、聞いてはいましたが最低の空気ですね。いやほんとに」

「ちょっとハイになってないかい? ちゃんと瘴気は抜けてるのかな」

 

 今回も人数分の自動人形ルネがついてきていた。全員がフードを被って顔を隠しているが、代表者の自動人形ルネがフードを外して顔を見せる。

 

「ではまったりと散策といきましょうか。ただし注意点が一つだけ」

 

 彼はオリバーとガイを指差した。

 

「男性陣は自動人形(わたし)から離れないでください。三層の瘴気はそのままにしていますが惹香(パフューム)だけは取り除いています。自動人形(わたし)の領域魔法の範囲外から出ると、今のこの層では息をするのも辛いですよ」

 

 二人は敢えて息を吸う。瘴気の臭いや淀んだ魔力に嫌な気分になるが、それだけだった。

 

「確かに。あの濃い香りはしないな」

 

 サルヴァドーリの惹香(パフューム)を以前嗅いだことのあるオリバーが知らないガイに向けてそう評する。

 

「辛いのか、やっぱ」「ああ。意識を持ってかれそうになる」

 

 そんな二人のやり取りを見ていた自動人形ルネが思いついたように言った。

 

「しかし、せっかくの経験の機会を奪ってしまうのも失礼でしょうか。いかがでしょう。ちょっとだけ惹香(パフューム)を体験してみては?」

 

 オリバーとガイのきょとんとした目を受けて続ける。

 

「ご安心ください。この辺りの濃さならちょっとぼんやりする程度ですよ。いきなり淫魔(サキュバス)の言いなりになるほど強いものではありません。ちょっと女性陣の様子がいつもよりも気になるかもしれませんが」

「……結構だ」「俺も遠慮する」

「おやおや。ではしかたありませんね」

 

 わざわざ危険地帯に足を踏み入れるつもりもない二人の答えに自動人形ルネは残念そうにした。

 

「ふーん……」

「な、何だカティ。何かあったか?」

 

 ルネに声をかけられたのは二人だけだ。そこに気づいたカティの視線がピートに向く。そして、じっと彼を見つめても答えが分からなかったため尋ねた。

 

「ねえ、ピート。もしかして今女の子になってる?」

「ん?」

 

 訊かれたピートは自分の胸に触れ、左右に体を揺らして股の間にある存在を確認し──柔らかな胸と風通しの良い股に気づいた。先ほど自分が指差されなかった理由にも。

 そして顔を赤くして自動人形ルネを睨んだ。

 

「ま、また! と、透視したのか? ボクの体を」

「恥ずかしがらないでください。前に透視したのは骨や臓器ですし、今はそんなことをしなくても魔力感知で分かります。君の女性体の魔力は覚えましたので」

「へ、変態!」

 

 自分の体を守るピートにルネは困惑する。羞恥心を覚えさせるようなことはしていないはずなのにと。

 困りつつも言うべきことは言う。てっきり女性になっていることを自覚しているものだと思っていたからだ。

 

「……それより、君はもう少し自覚を持った方が良いでしょう。他人に指摘されないと気づかないようではいざという時の魔法行使に支障が出ますよ」

「う」

 

 威嚇する子猫のように興奮していたピートだが、その通りであるので反論ができなかった。実際カティに言われるまで気づいていなかったからだ。

 それも普段この体質をコントロールする訓練をつけてもらっている相手に言われれば恥じるしかない。

 

 ルネは当然指摘するだけでなく性別が無意識に変わってしまった原因も探った。しばしピートを見つめ、分かったことを伝える。

 

「普段練習をしている校舎では上手くコントロールできるようになりましたが、どうも迷宮内では空気中の独特な魔力に体が反応してしまうようですね。君は思ったよりも繊細なようだ。今後は魔道倶楽部での指導に迷宮内での活動も加えておきましょう」

「わ、分かった」

「その調子だと男性体にいつ戻ってもおかしくありませんので、やはり君も自動人形(わたし)から離れないでくださいね」

 

 そして今度は全員に伝えた。

 

「では出発です」

 

 その一声の後にそれぞれ自動人形ルネを隣に三層の観光が始まる。

 自動人形ルネはまず自分達がいる場所を説明した。彼が杖を振ると魔力光の地図が空中に描かれる。三層の全体図の端に光点が一つ現れた。

 

「現在地はここです。二層寄りではありますが、この階層を見渡せる場所でもあります。ちょっと上ってみましょうか」

 

 彼の先導で進むと小高い丘の上につく。そこから景色を見渡すと、瘴気のせいで薄っすらとしか見えないが沼地が広がっているようだった。

 それもかなり広い。沼の端も先もはっきりと分からないほどだ。

 

「見て分かったでしょうが、この層の面積はほとんどがあの沼地が占めています。ちょうど二層側と四層側を分断する形で、です。

 ここから四層側へ行くには沼地の周囲に沿って迂回していくか、ボートなどで沼を渡る必要があります。生徒会の方々は迂回ルートを選んだようですね。到着時間の短縮と水上で接敵するリスクを天秤にかけ、後者を避けたのでしょう」

 

 自動人形ルネは沼の方を指差した。

 

「では私達は沼の方へと行くとしましょうか」

 

 そう言うなり丘を下りて沼へと向かう。カティ、アニー達もその後をついていった。

 足元の水気は次第に増していき、近づくにつれより瘴気も濃くなっていく。泥のせいで足は重くなるし、気管の痛みは強くなっていった。

 

 そんななかで自動人形ルネの足取りは変わらない。息をしないのだから瘴気は気にならないのだろうが、それにしても軽やかだった。

 足元に視線を移すと靴は綺麗なままだ。泥の跳ね一つとしてついていなかった。カティ達の靴は一歩踏み出すたびに半分ほど沈んでいるというのに彼の足は全く沈み込んでいない。

 

「見事な歩法だね」

「どうも」

 

 そんなルネの足元に気づいたミリガンと短いやり取りを交わしたことで大勢の視線が自動人形ルネ達の足元に向けられた。

 自分達とは違って足跡を一つも残さないのを見て、それぞれが感想を口にする。

 

「浮いてる、のか?」

「いや、水上歩行の応用だろう」

「ラノフ流でいうところの踏み立つ湖面(レイクウォーク)ですわね」

「ああ。しかし波紋一つ出さないのは流石だな」

 

 ピートが浮遊と勘違いするほどにその歩みは不自然だった。足音すら聞こえない。

 自分の歩き方が注目されていることに気づいた自動人形ルネは思いついたように提案した。

 

「ふむ。水場も近いですし、良ければ踏み立つ湖面(レイクウォーク)の練習をしましょうか。散策を続けたい人はこの近くを見て回ってください」

 

 それを受けたアニー達はカティ達と歩みの方向を変える。

 

「りょーかい。じゃ、あたしらはこっちに行きましょうか」

「はーい」「私達、一応踏み立つ壁面(ウォールウォーク)ならそれなりに練習してるからね」「多分、水の上でも大丈夫だと思うから」「土とか水の質が気になるなあ」

 

 そう言いながら沼に沿って進んでいく。練習は必要ないという証拠を示すためか足の向きを変えた途端に彼女らの歩きが足跡を残さなくなった。泥の表面を揺らしてはいるが跡にはなっていない。

 道を別れ、背中が少し小さくなったところで集中力が切れたのか全員の足が再度泥に沈んだが。それでも十分に関心を寄せられるものだった。

 

 ミシェーラ、オリバーは興味深そうに呟く。

 

「やりますわね」「ああ。ルネの指導は本物ということだろう」

 

 入学当初のアニー達はとても才能があるとはいえなかったが、今では学年上位に食い込むメンバーになっていた。異常な成長の理由はルネの指導であり、そして彼の感覚である桃色の霧の継承によるもの。

 その成果を何度か見る機会はあったが、改めて見ても驚くばかりだった。

 

「私達はこっちに行くね」

「私もこの子らの指導に回るとするよ」

 

 カティ達は沼の方へと向かっていった。ミリガンもカティ達についていく。

 水際まで進んだどころで自動人形ルネが友人達に振り返った。

 

「まだ魔法剣の授業ではやっていませんが歩法は領域魔法の大切な基礎です。今回での習得は難しくても、その点はよく体感して覚えていってくださいね」

 

 そして後ろ歩きのまま自動人形ルネは水面を進んでいく。

 沼の上を歩いているが、水音も水面の揺らぎも一つもなかった。足元を見なければ普通に歩いているのと変わらない。

 十歩ほど進んでぴたりと止まった。その間も足は水面の上にあるが、沈む様子もなければ波打つ様子もない。

 

 ミリガンもそこまで歩いていった。もちろん水に一度も足を沈ませることなく。

 しかし歩くたびに穏やかながら波紋を作っていた。立ち止まった際もそうだ。ゆらゆらと足元から波が出ていた。

 

「君と並ぶとちょっと恥ずかしいね」

「そうですか? 私はそうは思いませんが。では始めるとしましょうか」

 

 年長者としてのプライドが刺激されているミリガンだが、自動人形ルネはちっとも気にしていないのか友人達を手招きした。

 カティ達は互いに顔を見合わせ、そして沼へ向けて一歩を踏み出す。

 

 

 

「……ようやくこの量になりましたか」 

 

 オフィーリアの工房、その肉牢にて。ルネ本体が八十パーセントを突破した魔力充填量を見て言葉を漏らした。それは安堵のものだ。

 

 ほっとしていた。これでいつ生徒会が到着しても問題ないのだから。再現人形(オフィーリア)絶界詠唱(グランドアリア)を使えるはず。

 

 満足げな彼の目の前には三つの遺体を加工した魔法道具が横たわっていた。魔力徴収に耐えきれなかった三人の一年生を再利用して作った魔力の充填装置だ。そこに肉牢から伸びた管が何本も刺さっている。

 

 この魔法道具の仕組みはそう複雑なものではない。まずこの工房が生体であると誤認するように遺体に手を加え、更にルネ自身の魔力を貯蔵しそれを生前の魔力流のように遺体に流すための装置を組み込んだに過ぎないのだから。

 

 彼らはルネとオフィーリアの間に挟み込まれた安全装置のようなものだった。

 ただ魔力を注ぐだけならルネが肉管を自分に刺せば良いだけだが、完全に制御しているものとはいえそんな真似をするつもりはなかったのだ。危険性、嫌悪感、様々な点を考えての措置だった。

 

 だからわざわざ遺体を作り変えてまで魔力供給用の魔法道具を作ったのである。

  

「ありがとうございます。Mr.(ミスター)ローリー、テイラー、トマス。君達のおかげです。本当にありがとう」

 

 魔力が十分に貯まると鼻歌交じりに肉管を取り外し、装置を取り除くと一つ一つ丁寧に遺体を片付けていった。血の汚れや作業跡を消すとそのまま簡易的な棺に納めていく。

 

 彼らを放り捨てたり、この場で処分するつもりは彼にはない。怪物の餌にしたり、焼き尽くしたりすることは簡単だ。

 しかしルネは彼らを校舎に連れ戻し、最期はしっかりと葬儀に出してあげるつもりだった。

 

 死亡三名。ルネにとっては予定通りの数字だ。そしてこれでようやく、ことを始められる。

 棺の蓋を閉じる彼の顔から楽しそうな笑みが消えることはなかった。

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