七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~ 作:HAL1993
「随分と、身勝手なことをするじゃない……
魔法界には「お迎え」という慣習がある。魔に呑まれた魔法使いの最期を看取る行為だ。これにはただ傍らにいてその死を見守ることから、時には魔に呑まれた相手の命を奪うことすらも含まれる。
しかし幅はあれど、お迎えは魔法使いが命を賭してでも全うするような伝統だ。当然その妨害行為は野暮どころの話ではなかった。
弱ってはいるが、迷宮屈指の危険人物に恥じない覇気を目に宿し
「その手を……離しなさい、坊や。新入りだからって……何でもかんでも許されるわけじゃ、ないのよ?」
そして下世話な男を謗るように自身の肩を抱く彼へと言った。その腕を振りほどけない代わりの言葉だ。
「ふふ、またお会いしましたね。ゴッドフレイ先輩、ウィットロウ先輩」
そんな彼女の顔を一瞥するもルネの視線はすぐにゴッドフレイ達の方へと向いた。
彼女はゴッドフレイ達の顔を見て驚いた。そこにあったのはお迎えを邪魔された怒りや不快感ではなく恐怖だったからだ。
いったい何を怖がっているというのか。あんなに強張った顔をして。
不可思議に思う顔の
「
カルロスも彼に続く。
「お願いよ。もう、その子を苦しめないで」
「……何を、言ってるの? ふたり、とも?」
彼女の疑問に二人は答えられなかった。同じように表情を固くして押し黙った。しばらく誰も言葉を出さずに時間が流れる。
まず口を開いたのはルネだった。
「先輩方、『お迎え』の邪魔をして申しわけありません。しかし私にも理由があることをご理解ください」
謝罪であるが、口元の微笑みは消えていない。むしろ深くなっていく。
「記録装置を取り出したら、すぐにでもお返ししますよ」
そう告げるなり、ルネは
彼女の改造制服はばっくりと背中が大きく開いている。かといって突然無遠慮に手を出して良いところではなかった。
さしもの
しかし、彼の手が背を押した瞬間に「かちり」という音が鳴ると表情が変わる。いったい何の音なのかと。
「な、なに? 何なの?」
動揺する魔女の声にルネは答えなかった。振り返って背中を見ようとするが、そこまで首は回らないし体もルネが押さえているので動かない。
彼は開いた収納箇所に手を突っ込み、中に接続されていた記録装置を素早く取り出した。記録用の水晶を中心とした魔法道具である。
ルネの手の中にある魔法道具を見て、それが自分の背中から出てきた事実に、
「な……何よ、それ。何で、そんなのが私に……?」
「これで良し。もちろん頑丈に作ってはあるのですが、ゴッドフレイ先輩の呪文に耐えられるかどうか心配でしたので念のために回収させてもらいました。ではお返ししますね」
「あッ!」
ルネは全く彼女の質問に答えなかった。自分の用事が終わると興味をなくしたように
小さな声を上げた
「な、何で……何で、私の背中にあんな、ものが?」
無礼な扱いへの反応する暇もなく、地面に横たわって目を丸くしたまま彼女は慌てて自分の背中に手を回す。
「駄目よ、リア!」「よすんだ、オフィーリア君!」
知らなくても良いことを知ろうとするその手を、駆け寄ったカルロスとゴッドフレイが必死に止めるが。彼女の指が背中に開いた穴に届いた。
そこは滑らかな肌が続いているはずなのに。突然硬く真っ直ぐな境界線を指先は感じた。そしてその先には何もない。ただ境界線から奥には硬い平面が続いていた。
「あ、穴? え……?」
「リア! リアッ……」「……オフィーリア、君」
オフィーリアの動揺の声が響く。すぐにカルロスとゴッドフレイに腕を取り押さえられたが、一瞬であっても指に感じた鋭い断面は忘れない。
目で見なくても分かる。金属の空洞がそこにあるのだと。
体に何かを埋め込まれた? 取りつけられた? 彼女の脳裏に幾つもの疑問が浮かぶ。
「お願い、止めて。リア。知らなくても良いわ」
膝をついて涙ぐむカルロスの忠告なんて耳に入らなかった。ただ自分の身に起きたことを知るべく、それをやったであろう魔法使いに叫んだ。
「う、嘘……さ、サリヴァーン!? い、いったい……いったい、私の体に何をしたの!?」
ルネはこの時も
同意を求めるかのような顔だったが、二人の話を聞くつもりがないのは明らかだった。彼らが何か言う前に杖を小さく振る。
その瞬間、ころりと
次は腹部の魔法金属皮膚が破れた。細かく作られた内部機構がはっきりと見えるようになる。
極めつけに顔の魔法金属皮膚もべろんと剥がれた。魔法金属製の筋組織ごとだ。そんな感覚はないが、そこで彼女はようやく異変に気づく。真下に落ちた顔の残骸を見つけたからだ。
「……え? え?」
恐る恐る魔法金属皮膚、魔法金属筋組織に触れ、それが自分の顔から落ちたことに気づく。慌てて右手で顔を撫でると明らかに肌の感触ではない硬いものがそこにあった。魔法金属製の骨格だ。
そして動かせない左腕がごっそりなくなっていることにもやっと気づく。それも地面に落ちていた。
最後に全身を見回して腹から露出している中の構造も覗く。その中は血と内臓ではなく高度な魔法機械で埋め尽くされていた。
それらを見て、目を大きく見開いた彼女は動かなくなる。言葉も出てこなかった。ぼんやりと座り込んだままの姿勢で機械的な自分とルネを何度も見比べる。
「リア、お願い。もう見ないで、お願いだから」
そんなオフィーリアの目を隠すようにカルロスは彼女の頭を後ろから抱き締めた。その腕をオフィーリアは残った右手で触る。
何かを考えてのことではなく咄嗟の動作だった。誰かの力を借りないと正気を保てなかったからだ。
ゴッドフレイはそんな二人の肩に手を置いた。それ以外、彼には何もできなかった。
そこにルネは更に現実を突きつける。
「ちなみにあなたの体を機械に改造したのではなく、機械の体にあなたの一部が使われています。補助体液に混ぜた血液ですね。量は一ジルです。それ以外は全て機械の体なのです」
親指と人差し指でほんの少しとジェスチャーで示しつつの説明だった。
彼は歯噛みした。なんて高度に作ってくれたんだと。オフィーリアの心をも完全に再現するだなんて。
「私の……血が……たった、それだけ? それ以外は全部、機械? 嘘、嘘よ……じゃあ、私は……いったい……」
ふるふると震える彼女は疑問を呟き、そしてルネはそれらを答えた。
「本体のことですか? もちろん既に私が仕留めたうえで解体済みで、臓器などは大切に保管させてもらっていますよ。その体はあなたの霊魂の情報を取り出すために作った
「か、解体? 取り出す? ……じゃあ、私、もう、死んで……」
小声で囁かれた彼女の独白に力なく項垂れるゴッドフレイとカルロス。オフィーリアの目を隠していたカルロスの腕は彼女の肩を抱き、ゴッドフレイは肩から手を離して一人自身の手を握り締めた。
二人はオフィーリアにかける言葉がなかったのだ。
その光景を満足そうに眺めながらルネは記録用魔法道具を手の中で転がす。
「全ては終わったのです、サルヴァドーリ先輩。あなたの体からも霊魂からもサルヴァドーリの魔道を抽出し終えました。そして
だからどうかご安心ください。サルヴァドーリの魔道は私が続けていきます。素晴らしい成果を出すことはお約束しましょう。
だからどうかご安心ください。そしてゆっくりお休みください」
「あ、あんな……ものに、私の……サルヴァドーリの、魔道が?」
彼の手に収まる程度の小さな魔法道具に自分がようやくたどり着いた全てが、何もかもを捧げてまで手に入れたものが入っているだなんて。
「私って……何だった、の……?」
そんな彼女の体をカルロスは触れてやることしかできない。ゴッドフレイは、ただルネを睨むばかりだ。
「さて、記録装置は回収させてもらいました。それでは『お迎え』を続けてください。ゴッドフレイ先輩、ウィットロウ先輩」
続きをどうぞと促され、二人はゆっくりと立ち上がる。
彼らの後ろから生徒会のメンバーもやってきた。ずっと遠巻きに眺めていた彼らだが、ようやく出番が来たといわんばかりの殺気立った顔である。
仲間達の気迫を肌で感じつつ、同じくらいの怒気で魔力を昂らせているカルロスは杖剣を抜きつつ言った。
「……アル。アナタ達はもうこれ以上関わらないで。これはウィットロウとサルヴァドーリの契約と、それよりもアタシとリアに関わることよ」
これは自分の問題なのだと。しかし、彼の友人達は決して退かなかった。
「無茶を言わないでくれ、カルロス。俺達にも生徒会としての仕事があるんだからな」
困惑する友人を隣にゴッドフレイは一歩進み、杖剣をルネに向ける。そして彼に告げた。
「今、迷宮内への一年生の立ち入りは禁止されている。生徒会の権限で、だ。前に食堂で伝えた通りだ。
そして、その時に言ったはずだな。
「はい、そうでしたね」
レセディ、ティム達も揃って杖剣を頷いているルネへと突きつける。
「お前だけではあれはどうしようもあるまい」「あのムカつくすまし顔をぶっ飛ばしてやりますよ」
ぽかんとしていたカルロスは仲間達の顔つきを見て一瞬穏やかな顔を見せた。
「……みんな、ありがとう……」
そして戦いを前にした魔法使いの勇ましい顔に戻り、心強い友の隣で目の前の敵を見据えた。
「ごめんなさい。もう何も言わないわ、アル。行きましょう」
「ああ! もちろんだ!」
親友の決意にゴッドフレイは力強い声で返し、仲間達に向けて号令をかけた。
「総員、ルネ=サリヴァーンを排除しろ!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
命令と同時に杖剣を構えて陣形を組みつつルネに迫る上級生、後方から呪文の援護をする上級生──その全てを、新入生であるルネは杖剣と共に迎え撃つ。優しげな笑みを消さずに。
「はあぁッ!」
先陣を切ったのはもちろんゴッドフレイだ。胸に抱えた感情の任せるがままに膨大な魔力を漲らせ、撃ち出された呪文のような勢いで一人飛び出した。
刃にも迸る魔力が乗っている。もはや非殺傷なんて心遣いはない、一刀両断の力強さだった。
「サリヴァーンッ!」
「ふふ、胸を借りますね。先輩」
ルネは魔法による迎撃はせず、素直にゴッドフレイの一撃を杖剣で受け止めんとする。そこに込められた魔力はゴッドフレイのものと決して見劣りしないものだった。
この二人の激突の瞬間。光と轟音、そして衝撃波が周囲に広がる。
「うわッ!」「なんて威力ッ!」
ゴッドフレイに続こうとした上級生達は目の前から襲ってきた衝撃波に立ち止まった。足を踏み出そうものなら、迫る力に吹き飛ばされてしまいそうになる。
魔力光が荒れ狂ったように輝く二つの勢いの衝突を見極めようと目を細めた上級生は、目を焼かんばかりの光も気にせず驚きのあまり目を見開いた。
「ふ、触れてない! 杖剣同士が触れてないぞ!」
彼の絶叫通り二人の杖剣は互いに当たっていない。ただそこに込められた魔力がぶつかり合い、この光と衝撃波の嵐を生み出しているのだ。
二つの魔力はそれぞれの主以外の魔法使いを寄せつけない。決着をつけるのは二人のどちらかであると言わんばかりに。
魔力衝突による衝撃波は三層全体に届いた。空気を震わせ、泥の地面を波立たせ、原生生物達を慄かせる。
二人の激突による余波は不死鳥の団の観測拠点までも到達した。周囲を守る結界が揺れるも、性能ゆえか振動は中には伝わらない。
しかし仮に伝わっていたとしてもカティ達にそんなことを気にする余裕はなかっただろう。ただ荒れ狂う光を見せるだけの映像を食い入るように見つめるばかりだったのだから。
「なんという、力と力のぶつかり合い……」
ナナオが興奮に満ちた声で呟く。オリバーも頷いた。
「杖剣に纏わせた魔力が相克したんだ。それでここまでの物理現象を引き起こすとは驚きだが」
ミシェーラは魔力光に目を細める。
「ええ、そうですわね。どれだけの魔力だというんですの、これほどの規模とは」
そして座席から身を乗り出し、ガイとピートが興奮気味に叫んだ。
「どっちだ、どっちが勝つんだ!?」「どっちなんだ!?」
魔力の光と衝撃波によって映像が一瞬乱れたが、次の瞬間には戻っていた。そこに映っていたのはゴッドフレイが吹き飛ばされる光景である。
大柄な彼の体が地面を転がり、動かなくなった。壊れかけのオフィーリアを回収していたカルロスはすぐにそこに駆け寄る。
「アル! アル!?」
同様にゴッドフレイに駆け寄った支援役の上級生が容態を確認し頷いた。
「大丈夫ですカルロスさん、気絶しているだけのようですから。いったん退きましょう」
「良かった……ええ、そうしましょう」
「なら次は私だ、サリヴァーン!」
気を失ったゴッドフレイはカルロスと支援役の上級生の一人が助け出し、一度戦線から離れた。
彼らのカバーをするためにレセディを筆頭とした上級生達が次々とルネへと斬りかかる。援護の呪文つきで。
「嬉しいです、先輩方。新入りの私に、こんな素晴らしい歓迎をしてくださるだなんて」
ルネは素早い杖剣の動きで上級生達を退け、同じく呪文までも避けていった。
その体捌きは同じ人間と思えないほどの身軽さで動作が全く読めない。考える素振りもせず、休みなく彼は動き回っていた。瞬きや呼吸する仕草すら見せない。
「囲め、囲め!」「陣形から出すなよ!」
「負傷者が出たぞ!」「了解、待ってろ!」
そんな常軌を逸したすばしっこさを見せつけるルネだが対する生徒会も負けてはいなかった。完全にルネを包囲し、常に彼を攻撃に晒している。ルネの周りには上級生の囲いが絶えない。
ルネの周囲を駆け回る上級生の中には前線メンバーだけではなく治療も担う支援メンバーも含まれていた。前線メンバーが彼らを守りつつ、負傷の際には援護と治療を任せているというわけだ。
おかげでルネへの攻撃の手は一切止まなかった。戦闘役の上級生を斬り倒しても、支援役の上級生が回収して手早く治療してしまうからだ。
また体力回復の魔法薬の用意もあるのか動き回っているというのに誰も体力切れを起こさない。
長期戦で相手の魔力、体力、集中力をすり潰す作戦だ。そんな作戦にルネは真っ向から立ち向かっていた。
彼の味方は彼自身の魔力のみだ。しかしそれで十分なのかルネの笑みは消えない。
「はああッ!!」
上級生数名を掻い潜ったルネの先にいたのはレセディだった。
待ち構えていた彼女は敵を押し潰さん勢いで杖剣の一閃や蹴りが炸裂させるが。ルネはそれら全てに的確な対応をしていた。
「素晴らしい。流石『
フェイントは完全に見極めて気にせず、攻めは全て杖剣や手でいなす。その様子は特に焦ったものではなく飄々とこなしていた。素早く、的確に。
「ッ……このッ」
自身の苛烈な攻め手を全て出鼻で完全に抑えられ、レセディは表情を険しくする。ここまで完全に抑え込まれるのはガーランドとの訓練でしか経験がなかったからだ。
つまりルネの技量は剣聖に近いのか、と思考が導き出しそうになり彼女は考えを止めた。剣と脚を鈍らせるからだが。
「まさにレセディ流とでもいうのでしょうか。楽しいですね。では私もサリヴァーンの流派を持ち出すとしましょう」
レセディの一瞬の動揺を見抜いたのか瞬時にルネは防戦から攻めへと一転した。
返しの杖剣に込められた強力な魔力の衝撃がレセディの杖剣を弾く。彼女は痺れる右手を広げた姿となり、体に空きができた。
そこにルネの左の拳が打ち込まれる。かなりの魔力が込められているのか、左手が腕を含めて焔のように輪郭を失っていた。
明らかな高威力の一撃だ。レセディは横に体をそらして避けようとするが。
ルネの拳は彼女の体を捉える前に空を叩いた。途端に轟音と共に空間に亀裂が走る。
「な、何だ。こ──ぐッ!?」
目の前の空間にヒビが入ったのだ。一瞬何が起きたのかレセディは分からなかったが、その僅かな硬直のせいか亀裂から解き放たれた衝撃波を避ける間もなく全身に受けてしまった。
巨大な力を前に、大嵐に巻き込まれた小石のように彼女の体は遠くへと吹き飛んでいく。
「イングウェ先輩!?」
そんなレセディの姿を上級生達が目で追った隙にルネは次の行動へと移った。
「よいしょっ」
「は、速い!」「たった一蹴りであの高さか!」
彼は一歩の跳躍で生徒会メンバーの全員を見下ろせる位置にまで跳び上がる。生徒会メンバーは視線どころか杖剣の反射的な動きすらルネを捉えられなかった。
自分を見上げる先輩達に彼は微笑みを向け、右足に巨大な魔力を通す。
「では、行きますね」
そして、宣言と共に今度は真下の空間を焔と化した足で蹴った。すると同じように轟音が響き、そこに大きな亀裂が走る。直後に上級生達に向けて衝撃波が駆け巡った。
「うおおッ!?」「た、退避! 退避しろ!」「いや、どうにか耐えッ!?」
地面を砕くほどの威力の衝撃を真上から受け、生徒会の陣形は一瞬で崩れ去る。全員が圧力によってその場に押し潰されるか、吹き飛ばされてしまったからだ。逃げも守りも許さない破壊力が彼らを襲った。
衝撃波の跡はまるで隕石の衝突地点だ。広範囲にひび割れ、陥没している。その沼地の上にルネは下りた。周りには倒れる生徒会の上級生達の姿が点在している。
しかし気絶はしていなかったのか、膝立ちでどうにか体勢を戻そうとしていた。ゆらゆらとふらつく先輩の姿を眺めつつルネはいつもの解説癖を発揮する。
「これぞサリヴァーン流・破砕。内容は実にシンプル。ただ莫大な魔力を込めた一撃です」
ルネは左手を掲げる。膨大な量の魔力を纏った手は腕までも輪郭が曖昧になり、ただ巨大な力の一端となった。
「この拳に当たればもちろん重傷ですが、余波ですらこの有様です」
その左手で空を叩けばそこに亀裂が生まれ、衝撃波が沼地を割る。大きな振動を三層に響かせながら。
魔力を抑えて輪郭を取り戻した左手を確かめるように振ってルネは苦笑する。
「なので学校からは校舎や迷宮であまり使うなと言われているのですが、『あまり』の範疇に収めれば大丈夫なはずです。だから存分にサリヴァーン流を味わってくださいね、先輩方」
その優しげな言葉に安堵する上級生は一人もいなかった。心中に浮かぶのは悪態ばかりだ。
そんな仲間達を遠くにレセディは意識を取り戻していた。ルネの声は全員に聞かせるように魔力に乗って彼女のところまで届いていたのである。
「なるほど……かつて、ミネルヴァ=サリヴァーンが……どでかい隕石を打ち砕いた時の、ものか」
飲んだ魔法薬の空き瓶を捨て、レセディが立ち上がりながら自身の記憶から「破砕」についてのものを口にする。
それは
「魔法界最強の腕力の持ち主の養子だ。当然といえば、当然だったか。しかしこれほどとは」
その拳を地上で振るえばこうなるというのか。砕け散った地面と自分達の損傷を見て、生徒会は息を呑んだ。
「……いったい、何があった?」
距離を取っていたおかげで破砕の影響もなく、治療を終えたゴッドフレイが目を覚まして戦場の惨状に目を見開く。
地面には無数の亀裂が走り、仲間達は膝をついていたのだから。
「起きたか。体の具合はどうだ?」
ゴッドフレイ達が後退した近くに吹き飛ばされていたレセディは、口元に滲んだ血を拭いつつ彼のもとに歩み寄りながら尋ねた。ゴッドフレイは淡々と答える。
「お前達が俺をどう思っているのかが良く分かったよ」
「というと?」
腕を組み、ゴッドフレイは不満げに言葉をぶちまけた。
「何だ、あの魔力は。どうにか拮抗させたが、十秒も持たなかったぞ。しかも押し負けたら骨の髄まで激痛だ。おかげで真っ先に気絶させられた」
「そうか。つまりは?」
レセディの問いにゴッドフレイは立ち上がり、杖剣を手にして答えた。
「絶好調だ」
彼の隣にレセディは並ぶ。二人揃ってルネを眺めた。動きを鈍らせた生徒会への追撃はせず、立ち上がってくるのを待っているその姿を。
「楽しんでいるな」
腹立たしげにレセディが言った。敵対姿勢ではなく遊び相手と接しているようなルネの態度に。
その評価に頷きつつゴッドフレイは作戦を口にした。
「だが、そこが狙い目か。油断している隙にこちらの本気をぶつけるのがセオリーだ」
「ただし、サリヴァーンのスペックはお前以上の魔力に扱う能力は更に上だ。それに頭も悪くない。今は遊んでいるが都合が悪くなればすぐに手の平を返す奴だぞ。あれは」
攻め手のないことに二人は苦悩する。そこにカルロスが声をかけた。
「……二人とも。一つ、アタシの案を聞いてもらっても良いかしら?」
そして彼は自分の作戦を話す。それを聞いて、二人は困惑した。
「──それだと、お前もサリヴァーンもただでは済まんぞ」
レセディの忠告にカルロスは微笑みながら答える。
「最初からそのつもりよ」
「ッ、道連れにするつもりか」
「ええ。やっぱり許せないもの。アタシのリアを、あんなにした魔法使いを。家同士の契約云々じゃなくて、アタシがね」
カルロスは地面に寝かせた
彼女は微動だにせず、ひたすらに三層の天井を見つめている。瞬きをしているので体の機能は失われていないのだが、その顔には何の感情もなかった。
心が損なわれていたのだ。現実を受け入れられず、彼女は心を止めるしかなかったのである。
そんな幼馴染の姿を見ていられないのかカルロスはすぐに視線をルネへと戻した。その目を親友達に向けることはできない。怒り、恨み、そんなものに染まっている目を彼らに見られたくないからだ。また後ろめたさもあった。
「生徒会として動いているアナタ達にアタシの復讐を手助けしてもらうのは難しいって分かってるわ。何よりアル、アナタがそれを許さないことを。でもアタシはもう、こうするしかないのよ」
お迎えならまだしも、今から行うのは復讐でしかない。それを生徒会という組織に助けてもらうというのは友人として、そして生徒会メンバーとして申し訳ない気持ちがあった。
それらを全てゴッドフレイは飲み込み、友人の肩に手を置く。
「──行こう、カルロス」
その決断にレセディは目を見開いた。
「良いのか、ゴッドフレイ。やるとするなら……」
「真正面からやり合って分かった。正攻法では、俺らではサリヴァーンは止められん。教師共ですら危ういくらいだろう」
彼女の言葉を遮ってまでゴッドフレイが口にしたのは事実上の敗北宣言である。それをレセディ達は否定できなかった。
ゴッドフレイは遠くのルネを睨んだまま言葉を続ける。
「今でも魔に呑まれていないのが恐ろしい。そして彼がもし魔に呑まれれば──」
「世界の終わりと言っても良いかもしれんな」
レセディは自分が言ったことに震えた。強敵を前にした武者震いではなく、一つの脅威を前にした純粋な恐怖だ。
彼女はこれまで大勢、魔に呑まれた生徒達を見てきた。彼らは本来の実力よりもずっと強い力を発揮する。正気を失い、力のコントロールをも失って暴走するからだ。
それが、もしもあのルネ=サリヴァーンに起こったら? ゴッドフレイを容易く弾き飛ばした魔力量、どこまで及んでいるか分からない知識量、それらが全て暴走へと向いてしまったら?
レセディは自身の表現が間違っているとはどうしても思えなかった。
ルネが魔に呑まれる前に脅威の芽を摘んでおく。これまでの生徒会の指針や信条などに反するが、ゴッドフレイはそれで自身を納得させるつもりのようだった。決して親友の復讐に手を貸すのではないと。
「──では、やろう」
しばしの沈黙の後、レセディもゴッドフレイと同じ選択をする。ルネ=サリヴァーンという脅威をキンバリーから排除するのだと。
「ありがとう。アル、セディ」
カルロスの感謝の言葉に二人は首肯するのみだった。そして三人は戦場へと戻る。
「統括」「先輩」
「お帰りなさい、先輩方」
ようやく立ち上がれた生徒会メンバーと同じくルネもゴッドフレイ達に声をかけた。
彼は生徒会を一時戦闘不能に追い込んだが、それ以上のことはしていない。本来なら全滅させることだってできたはずなのだが、こうして戦力が揃うまで立って待っていたのである。
ゴッドフレイは再度ルネに杖剣を向けて言い放った。
「その余裕がいつまでも続くと思うな」
気を失って今まで動けなかった彼だが、そんなことは気にしていないと言わんばかりの堂々とした宣言だ。恥知らずか、それとも相手の侮りを利用してでも最後に勝てば良いと割り切っているのか。
「素晴らしいです。流石ゴッドフレイ先輩、本当に素晴らしい。あなたの炎は猛々しく、決して消えないのですね」
どちらにしてもルネにとっては好ましかった。諦めないということを彼は高く評価する性格なのだから。
「──」
もちろんゴッドフレイが話している隙に生徒会のメンバー間でハンドサインと魔力の信号が交わされているのをルネは気づいていた。
しかし、その意味は分からない。流石の彼も所属していない組織特有の合図や暗号は知らないからだ。魔力の信号なら盗聴することもできるが、伝えていることも暗号なら盗み聞きしたところで意味はない。
ただし注視すれば意味が分かったり、また絶界に頼れば解読も可能だったりするのだが。
「では、第二幕といきましょうか」
それらを無粋と思ったのか、ルネはただ受け止めることにした。上級生達の迫力を。プライドを捨て、自身に襲いかかってくる無垢な戦意を。
「我々は何度だって諦めない! それが生徒会だと知れ!」
ゴッドフレイの号令のもと上級生達は動き出した。ルネは彼らを迎え撃つ。
再度、彼らの戦闘は始まった。
「ルネ、ぜひにも拙者をあの場へ! あの戦場をこの目で見とうござる!」
不死鳥の団の観測拠点にて。テント内でナナオが自動人形ルネに頼み込んでいた。現地に行きたい、と。興奮した様子で。
すっかりルネと生徒会の戦いぶりにあてられたようだ。いつもよりも押しが強かった。
「ええ、良いですよ」
彼はその提案を断らなかった。あっさりと応じる。
「映像では分からない現場の空気や魔力を感じるのも勉強です。映像はまた後で記録を見せてあげますからね」
そう言うと他の団員達に尋ねた。
「では他について行きたい人はいますか?」
「「「「「はーい」」」」」
同時に団員達全員の手が上がる。ナナオと同じく興奮した顔が多かった。カティだけは好奇心やナナオに同行する思いが強いようだが、迷いなく挙手する。
「なら俺達も」「ええ、あたくし達も行きますわ」
それを見た剣花団のメンバーも遅れて参加を表明した。彼らはあくまでカティやナナオについていくつもりだからだ。
オリバー、ミシェーラは高度な魔法戦闘に関心がないわけではなかったが、ルネの所業を考えるとその好奇心を表に出すべきではないと遠慮していた。
「全員参加ですね。勉強熱心で、とても素晴らしい」
しかしルネはその辺を気にしなかったようだ。全員に対して好印象を伝えた。
同時に彼らの隣に自動人形ルネがフードを被った姿で現れる。自動人形ルネ達はそれぞれ団員達の肩に触れた。
「では行きましょうか。ステージも一段階上へと進むようですし、きっとまだまだ楽しめるかと思いますよ」
自動人形達の瞬間移動によってテント内は一瞬で無人になる。誰もいなくなった場所を少し眺めた後、残った自動人形ルネはテントを出た。
「ここでの作業は終わりました。みなさん、船に戻りましょう」
「「「「了解」」」」
「では撤収」
そして外にいた
するとこれまで彼がいたテントやその他のテントが布と骨組みにばらけ、小さな布袋に縮んだ。
飛行船クリストファー号から稼働音が大きく響いた。発進準備は整った。
全ては順調だ。自動人形ルネの笑顔も、上級生達と斬り合うルネの顔からも笑顔が消えなかった。