七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第59話〜第二幕〜

 離れたところでの戦いの音が響いているなか、オフィーリアの虚ろな意識は現在ではなく過去に焦点を合わせていた。

 今、彼女の心が存在する時間軸はキンバリー入学の少し前、サルヴァドーリの家で過ごしていた頃だ。

 

 そこは家名と同じように広くて古い屋敷だった。苔むした高い壁のせいで暗がりが多いこと、またその中に蠢く合成獣(キメラ)達を除けば良い屋敷なのだろう。

 

 オフィーリアの意識は今、そんな実家の中庭にあった。昼頃、太陽が壁を乗り越えて屋敷を照らす時間帯に部屋から引っ張ってきた椅子を花壇の真ん中に置いて腰かけている。

 

 彼女の腹は大きかった。新たな命がそこに入っているからだ。それは人間であったり、また合成獣(キメラ)であったりと様々だ。

 この時は何だったか。オフィーリアは覚えていなかった。

 

 キンバリーに入る前から彼女の役割はこうだった。サルヴァドーリの務めのために命を孕み、産むことこそオフィーリア=サルヴァドーリなのだと。

 

 だから彼女は張ったお腹を撫でることはしない。この命がこの世に生まれる理由は依頼書か研究資料に書いてあるだけなのだから。愛着なんて湧かない。手を出すのは立ち上がる時などに重みを支える時くらいか。

 

 不意にオフィーリアは足元の花を靴で踏みつけた。

 彼女は花にも愛着はない。花壇の中に椅子を持ち込み、そこに座るくらいだ。むしろ踏んづけて気を晴らすくらいに嫌っていた。

 花の香りと自身の惹香(パフューム)はどうしても似ていると思っていたし、人の関心を惹く美しさもだ。

 

 なので花を潰す時は自分を潰しているような気分になった。それで心がすっとしていた。自分もこうなってしまえば良いのだと。汁でも残骸でも、何でも使ってくれと。ただのモノとして。

 

 そう思っていたのだ。

 

 彼女の意識が、現在より少し前に飛ぶ。

 それが現実なのか幻覚なのか、もはやオフィーリアには判断ができなかった。

 

 彼女は自身の工房の作業台を見下ろしていた。その上には自分の体が寝かせられている。顔には力がなく木彫りの人形のようだった。目には生気がない。

 

 視線を変えれば、隣の作業台には更に自分がいることに気づいた。そこに乗っているオフィーリア=サルヴァドーリは幾分か血色が良かったものの同じく生気はなかった。

 

「検体確保」「脳摘出、心臓摘出、子宮摘出、血液抜き取り」

 

 目の前の作業台では仕事が進められている。立って作業台を見下ろすオフィーリアの周りにはフードを目深に被った自動人形ルネ達がいた。

 彼らは指先を使って作業台の上のオフィーリアの体を魔法で切り開き、その中身をまた魔法で取り出していった。

 

 淡々と機械的に、また同時に複数行われる作業を立っているオフィーリアはただ見つめていた。目の前の、自分の体だったものから抜き取られるモノを他人事のように眺めている。

 

 取り出された臓器がそれぞれ箱に納められ、作業場から出されていった。

 作業台の上に乗る体は、切開した場所を覗き込むとすっかりがらんどうだ。目も残っていない。虚ろな穴があるばかりだった。

 

 その残った体すらも更に解体されていく。髪は丁寧に抜かれ、皮も肉も骨も分別されていった。

 

「作業完了。各臓器を保管ケースへ収納。撤収まで待機」

 

 最終的に作業台の上には何も残らなかった。そこに乗っていたものは幾つもの箱に分けられ、外に持ち運ばれていた。

 

 ──ああ、これが本当にモノとして扱われるということか。汁も、残骸も全て使われる。踏まれた花のように。

 

 オフィーリアは願いが叶ったというのに、全く喜べなかった。顔を震える手で覆い、ひたすらに涙する。

 

「先輩──カルロス──私は──」

 

 そう、最初から自分は花なんかじゃなかったのだ。心のある生き物だった。

 そんなことは当たり前だし、ずっと前から知っていた。

 

 そして、それを疎んでいたのだ。ただ一つの子宮で、サルヴァドーリの魔道を突き進むだけの一つの道具であれば良いと何度も思った。

 そうでないから傷ついたのだから。ただの人のように仲良しごっこをしようとしたらサルヴァドーリの淫魔(サキュバス)であることを思い知らされ、打ちひしがれることになったのだから。

 

 だったらオフィーリアという名前も、傷つくような心もいらない。

 これこそサルヴァドーリの理想形ではないのか。必要な命を産むだけの、ただの生命の実験場として存在するだけで良かった。そう思っていたのに。 

 

 怪物に全てを踏み躙られるのが、こんなにも辛いことだったなんて。

 

「血液一ジルに補助体液を混ぜ、再現人形(ダミー)へ注入」

 

 抜き取られた自分の血に銀色のどろどろに混ぜられ、隣の作業台に寝かされていた自分そっくりの人形に入れられていく。

 液体が入るたびに機械の体は生気を得ていった。分解された本当の体よりも、ずっと生き生きとしていく。

 

再現人形(ダミー)起動。体液の循環を確認。肉体、霊体、魂魄の再現を確認」

 

 全ての補助体液を注がれ、とうとう動き出した再現人形(ダミー)オフィーリアは周囲のルネ達が見えていない様子で絶界詠唱(グランドアリア)の準備を始めだした。

 

「霊魂の複製抽出開始。終了まで自由行動とする」

 

 フードを被った自動人形達が一糸乱れぬ動きで退室していく。最後に残ったルネが愛しそうに人形の髪に触れた。愛する人ではなく、モノを気遣う所有者の目で。

 

 現在に戻ったオフィーリアはひたすらに天井を見上げた。体を動かす力も湧いてこない。

 本当にモノになった自分に絶望を感じて。

 

 

 

「しっかし、派手にやってるッスねえ」

 

 浮上したクリストファー号の船橋で、戦況を眺めていた人造人間(ホムンクルス)が感想を口にする。

 生徒会はルネ本体を囲み、猛攻撃を加えていた。映像には無数の魔法が放たれているのと大勢の杖剣の刃が見えている。

 

「でも流石ご主人。あれだけ攻められて傷一つねえや」

「どうも、ゲイラ」

 

 部下からの称賛に船長席の自動人形ルネが愛想良く返事した。

 

「──報告します。リヴァーモアに動きはありません」

 

 同僚の気楽さに呆れつつ、別の人造人間(ホムンクルス)が船長である自動人形ルネに他戦力の状況を伝える。サイラス=リヴァーモアだ。

 

 魔力光の地図に彼の位置が示されているが、その光点に動きはない。

 場所は戦場から少し離れた位置だ。彼の使い魔の移動速度ならすぐに戦いのど真ん中に移動できるくらいの距離である。

 反応はそこに留まり、泥の中から出てきてもいなかった。

 

「ふむ。加わるタイミングでも見計らっているのでしょうか。こちらとしてはいつ出てきていただいても構わないのですが。一応表示は消さないようにしておいてください」

「了解」

 

 自動人形ルネの口調からリヴァーモアをそれほど問題視していないのが伺える。

 

 そう指示が終わり、再び観戦に入るかと思いきや。地図にまた別の反応が現れた。

 まったりしていた船橋の雰囲気が変わる。担当の人造人間(ホムンクルス)が専用の制御盤を操り、飛行船の探知機が見つけたものの正体を探り始めた。 

 

「……これは」

 

 調査結果を目にした人造人間(ホムンクルス)は困惑しつつ、現れた反応の正体を地図上に示す。

 

「まだ八日は経っていないはずですが……監視用自動人形(オートマトン)を飛ばしますか?」

 

 部下の提案を自動人形ルネは断った。

 

「いいえ、不必要でしょう。飛ばしたところで気づかれますし、立場を考えれば介入してくることはないでしょうから」

「では、いったい何をしに三層まで?」

 

 人造人間(ホムンクルス)が首を傾げつつ地図を見つめた。

 光点はリヴァーモアの位置から更に離れている。地形的には小高い場所で戦場が一望できる位置だ。状況を探っているのは分かるが。

 

「八日を待てなかったか、剣士らしい勘が働いたのか……まあ、どちらでも良いでしょう」

 

 それ以上の真意を探ることを無駄と思ったのか船長ルネは判断を下した。

 

「こちらも静観します。反応の表示だけは切らないでおいてください」

「了解」

 

 

 

 自動人形ルネ達は観測拠点から瞬間移動で現場近くへと現れた。到着地点はルネと生徒会が戦っている場所から五百五十ヤードほどの距離である。流れ呪文が脅威ではない程度の位置だ。

 

 ここからなら安全に肉眼で戦況を見れるし、それだけでなく撮影用自動人形(オートマトン)の映像も宙に投影して見ることができる。

 

「あれ、他のみんなは?」

 

 最高の観戦場所であるが、同じテントにいたはずの他の不死鳥の団のメンバーがどこにもいなかった。今、ここにいるのはナナオと剣花団、そしてミリガンだけだ。

 カティが周囲を見回すが、アニー達はどうも近場にはいないようだった。

 

「二十人近くで集まると目立ちますからね。三ヶ所に分かれました」

 

 自動人形ルネがそう説明した。彼は二ヶ所を指差したが、その方角に他のメンバーがいるのだろう。カティがどれだけ目を細めても見えなかったが。

 

「外から見えないように呪文を使っています。念のための防御策でもありますが」

 

 そう自動人形ルネが説明した直後、カティ達は体にずしんと揺れを感じた。

 戦場を見ればルネとゴッドフレイが杖剣を打ち合わせている。そのたびに空気を大きく揺らしていた。 

 

 しかし、今回は先ほどのような魔力の嵐は生み出していない。ゴッドフレイがルネとの力比べに付き合わずにとにかく手数に頼っているからだ。

 

「サリヴァーンッ!」

 

 押し込むように杖剣を振るってルネへ猛攻を仕掛ける。一撃一撃が強力で気を抜けば杖剣ごと手を折られかねないが、ルネの手首は全くゴッドフレイの攻撃力に負けていなかった。

 

「ッ!」

「下がれ、ゴッドフレイ!」「よくも先輩を!」

 

 ルネが放った反撃の一閃がゴッドフレイの腕を捉える。ざっくりと右腕に杖剣の刃が通り、とっさに彼は後退した。代わりにレセディとティムがルネの前に出てくる。

 

「反撃はさせんぞ!」

 

 瞬間、攻撃の応酬が一段階上のスピードを見せるようになった。

 彼らにゴッドフレイほどのパワーはないものの、スピードと正確さはレセディが上回っていたからだ。彼女の杖剣、蹴りは的確にルネを狙って彼を守りに徹しさせる。

 

「僕を無視すんじゃねえぞ!」

 

 レセディに合わせるようにティムの杖剣もルネへと振るわれた。

 

「……っ、おやおや」

 

 ゴッドフレイ、レセディほどのキレのない攻撃に対しルネはその一撃を杖剣で防ごうとするも、何かに気づいたようで咄嗟に回避を選んだ。大きく距離を取り、二人を見据える。

 

 獲物を逃したティムは杖剣を振り回して残念そうに舌打ちした。

 

「ちッ、感の鋭い野郎だ」

 

 彼の杖剣が通った跡には異臭と毒の残滓が漂っていた。

 杖剣に猛毒の魔法薬が塗られているからだ。もしそんな刃を杖剣で受けようなら、毒液を浴びる羽目になっていただろう。

 

「だが、次はそう上手くいくか?」

 

 ティムの隣にレセディが並んだ。彼らこそ生徒会の撲殺魔(ノッカー)毒殺魔(ガッサー)の二大戦力である。

 

「次は俺も参加しよう」

 

 高い戦闘力を誇る褐色肌の魔女レセディ=イングウェ、小柄で愛らしい外見ながらも毒物を武器とするティム=リントン、そして腕の治療を終えた生徒会最高戦力である煉獄ことアルヴィン=ゴッドフレイ──生徒会の三大戦力がルネの前に立ちはだかった。

 

 彼の周囲には他の生徒会の上級生達も並んでいる。ルネを逃さない、人の輪だ。

 囲まれているわけだが、ルネはその顔から決して笑みを消さなかった。

 

 これほどの戦力を前にして余裕一つ消せないとは。

 一瞬臆するゴッドフレイだったが、それを気取られないようにするためにも大声を張り上げてルネに杖剣を向ける。

 

「では行くぞ!」

「「「「「「応ッ!」」」」」」

 

 三大戦力と共に生徒会の屈強な上級生達がルネに襲いかかった。

 構図としてはついさっき見せた陣形と変わりがないように見える。ルネを囲み、徹底的に攻撃を加えるというものだ。

 ルネの強力な反撃を警戒してより攻勢を強めているという違いはあるが、形そのものは変わっていないようだった。

 

「……ふむ」

 

 しかし、大きな違いが一つだけある。囲いの動きだ。先ほどの陣形はルネを攻撃し続けるためのもので、彼の移動に合わせて陣形も動いていた。

 

 対して今回の囲みはルネを動かさないことが狙いのようだ。ルネが動こうとすると囲いも動いて攻撃を続けるのではなく、彼を囲いの中に留めようと数名の上級生が攻撃をしてきたからである。

 

 何を狙っているのか。生徒会の無数の攻撃を避けつつもルネはそうそうに気づいた。陣形の中にいるが、全く攻撃を仕掛けてこない上級生の姿に。

 

「──」

 

 魔力の集中に務めているカルロス=ウィットロウだ。カルロスは数名の上級生に代わる代わる守られるだけで攻撃はしてこなかった。

 

 どうやら切り札は彼のようだった。対再現人形(ダミー)オフィーリア戦の時と同じである。

 

 しかし、何をするつもりなのか。魔声を用いた攻撃は幾つもあるが去勢歌手(カストラート)の歌声で自身への決定打となるようなものはあっただろうか。

 

「何を聴かせてくれるのでしょうか、楽しみですね」

 

 そう不思議がっていることにゴッドフレイ達も気づいたようだ。

 

「ちッ、賢い奴め……こいつをカルロスに近づけるなよ!」「攻撃の手を緩めるな!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 レセディ、ゴッドフレイの指示のもと更に生徒会は攻撃の勢いを強めた。

 それでもなおルネは落ちない。というよりも一撃すら入れられていなかった。

 

「ど、どこだ!?」「こっちだ、見失うな!」「いや、こっちか!?」

「……ッ、凄まじいスピードだ」

 

 より加速した彼の素早さについてこられるのはレセディくらいだったからだ。いや、彼女ですら辛うじて狙える程度だった。他の上級生は杖剣の切っ先すらルネに向けられていない。

 

 その気になればこの囲いも抜けられるのでは? 疾風のような身のこなしに上級生達は戦慄するが、それでもなお彼を囲いに留めようとその小柄な姿の動きに食らいついた。

 

 対してルネも反撃といえるような反撃をしていない。自身を追い回す上級生達の心配通りに戦況よりも彼には生徒会の戦法に対する好奇心があったからだ。

 

 そして、魔力を整えて満たしたカルロスが口を開いた。その高く美しい歌声が鋭く響く。

 

 ──怒りと絶望が私を燃え上がらせる! 

 

 歌の始まりとともに黒ずんだ炎がカルロスの周囲に現れ、その体を包みこんだ。

 しかし彼の体は焼かれない。まるで黒いドレスを身に纏ったかのようにカルロスは炎と共にあった。

 

「おやおや」

 

 先ほど再現人形(ダミー)に向けたような優しい歌声ではなく罵るような激しい歌に加え、貴婦人のような姿となったカルロスを前にしてルネは驚きの声を出す。

 

「あれは……まさか……」「ウィットロウ先輩の独断、というわけではないようですわね」

 

 遠巻きにその姿を見ていたオリバーとミシェーラも、カルロスの取った手段を見て息を呑んだ。

 

「な、何なの。あれ」

 

 非現実的な、見ているだけで寒気をもたらす黒い炎に尻込みしつつカティは疑問を呟いた。それに緊張した面持ちのオリバーが答える。

 

「ウィットロウ先輩はルネを殺すつもりだ」

「──え?」

「あの人達がそう判断したのは驚きだが、そのつもりらしい」

「え? え? それって、どういう……?」

 

 あまりに唐突で端的な答えにカティはミシェーラの方を見つめた。別の回答を求めてのことだ。彼女はオリバーに同意するように頷いて答えた。

 

「ええ、間違いありませんわ。あれは復讐の(アリア)。己の命を賭け、死の神霊を創り出すための儀式魔法です。ウィットロウ先輩は創った死神の力を借りてルネを殺し、自らも死ぬおつもりなのでしょう」

「し、死の神霊……な、なんで生徒会がそんなものを?」

「まともに戦ってもルネには勝てない、しかし死神の力であればと。そう生徒会は判断したのかもしれません」

「だ、だからルネを殺すの? 生徒会が?」

 

 絶句するカティにオリバーは助言する。

 

「ルネのやったことの規模を考えれば妥当な判断かもしれない。魔に呑まれたわけじゃないが、死人が出ているんだ。サルヴァドーリ先輩は死んでいるし、ルネが捕まえさせた生徒達も──」

「死者は三人ですね。一年生のMr.(ミスター)ローリー、テイラー、トマスの三人です」

 

 自動人形ルネからの追加情報にぴくりとカティの肩が震えた。初めて聞かされた犠牲者の数と名前だったからだ。

 名前を聞いても顔が思い浮かばない程度の関係だったが、カティは苦悩に満ちた顔になった。同級生であったことと死んだこと、それも自派閥の長の手にかかって死んだことは間違いないのだから。

 

 しかし、だからといってルネが死んで良いとは思わなかった。どうにか苦悶の表情を抑える。

 

「死人が出ていたのか」

 

 オリバー達も初耳の情報に驚き、言葉を失っていた。同級生が死んでいるだなんて今まで一言も口にしていなかったからだ。

 ルネは不思議そうにオリバーに尋ねた。

 

「君らの交友関係にはいない生徒だったと思いますが? それとも私が知らないだけでお知り合いでしたか?」

 

 オリバーは額を抑え、頭痛に耐えながら言う。

 

「そういう問題じゃな……いや、黙っていたことはいい。となると、君は今回の件で四人の死者を出したことになるが」

「はい、そうですね。学校に報告した人数内に収まっています。それ相応の成果も出ました。何の問題もありません」

「……ッ、……」

 

 死者が出たことを何一つ問題視していないルネにオリバーはかける言葉を失った。

 もしこんな魔法使いがいれば、生徒会としては確実に駆除しておく必要がある。でなければ学内の治安がどうなるか分かったものではないのだから。

 そう思ってしまうのに、ルネの態度は十分な説得力があったからだ。

 

「まあ、こんなことをするのは生徒会の決定というよりはウィットロウ先輩の決意を彼らが汲んだ形であるとは思いますが……」

「それよりも──死の神霊なんて、どうすれば良いの?」

 

 分析を話しだした自動人形ルネの言葉を遮ったのはカティだった。苦虫を飲み込んだ後のような顔をする彼女の質問に同情しつつミシェーラは断言する。

 

「あたくしがどう杖を向けたところで無理でしょう。他の一年生でも同じ結果です。そもそも新入生の段階で相手にする存在ではありませんから」

 

 そう自己評価を口にし、視線を自動人形の方に向けた。彼女の友人を悩ませ、上級生に殺しを決断させた同級生へ。

 

「しかし、あなたにとってはどうなのでしょうか。ルネ」

 

 そんな友人達の視線を一身に受け、自動人形ルネはいたずらっぽく笑いながら答える。

 

「まあ、見ていてください」

 

 答えになっていない返事だったが、彼はそれ以上何か言うつもりはなさそうだった。じっと戦場の方を見つめるばかりになる。

 

「そ、そんな……」

 

 カティは不安げに彼と同じ方向を見た。

 怒り、悲しみ、そんな強い心情に呼応するように黒い炎が大きくなっている。

 

 

 

 黒い炎を纏ったカルロスはルネを指差し、声高らかに歌う。

 

 ──死の使いよ、その姿を見せなさい! そして私の願いを聞け!

 

 黒い炎が焼いた地面から同じ真っ黒な煙が立ち上り、それが古びた黒衣の人となった。その正体をフードで隠し、長い袖と裾からは手足を見せない。

 

 ──我が愛する人を奪った者を呪え! そのための道具はお前の手にあるはずだ!

 

 そんな異形の前に同じく黒煙から生まれた大きな鎌が現れた。黒衣の存在は、白骨の腕を見せてその鎌を手に取る。

 

 ──私の敵を青褪めさせろ! その青白い顔を私に見せろ!

 

 一つの反射光も見せない刃を回し、ただ悠然とフードの奥の髑髏がルネを見下ろした。

 それは、ぼろぼろの黒い衣装を身に着けた人骨の異形。彼らの存在はこの歌だけではなく幾つもの絵画などでも語られていた。

 

 その名は命刈る者(リーパー)。かつてこの世界において生命に死を与える権能を神から託された存在であり、神が去った今でも死に携わる強力な神霊──分かりやすくいえば、死神だ。

 

 ただし黒い煙によって象られたその存在は命刈る者(リーパー)そのものではない。あくまで歌の魔力と歌手による呪いで生み出された再現(ダミー)だ。

 

 しかし例え似姿であったとしても、模した死の力は命を奪うだろう。

 これこそ復讐の(アリア)だ。訓練を積んだソプラノ魔女ですら難しい高音域を独り巧みに歌いこなし、カルロスは命刈る者の再現(ダミーリーパー)を創り出したのである。

 

「嬉しいですね。よもや生徒会の方針を変えてでも私を殺すつもりとは。実に光栄です。だから──」

 

 楽し気に呟いたルネの左手が焔のように輪郭をなくした。

 

 それを見たカルロスは歌を続けるが。

 

 ──この願いを聞き届ければ、私も……ッ!?

 

 続きを歌おうとして、彼の口から血が溢れた。激痛と流血に耐えきれずにカルロスは大きく咳き込んでしまう。黒い炎は消え、せっかく創った命を刈る者の再現(ダミーリーパー)も崩れ去った。

 

 膝をついた友人の姿を見てゴッドフレイが青褪めた。

 

「……いかん、限界が近いんだ」

 

 カルロスは既に再現人形(ダミー)オフィーリアの絶界を打ち破るために力を使っている。その影響が今出てしまったのだ。敵を前にした最悪のタイミングで。

 彼の体は地面に崩れ落ちた。沼を吐血が濡らす。

 

「──先輩、私も後輩として頑張らせていただきますね」

 

 もちろんルネは露骨な隙を見逃さなかった。飛びかかってきた上級生達を避け、狙いを定める。そして途切れた歌の方へ向け、拳を突き出した。

 

「来るぞ! 全員で止めろ!」

 

 ゴッドフレイが警戒を仲間に呼びかけた瞬間、ルネは魔力を込めた左拳で空を叩く。これまで以上の音と共に巨大な亀裂が空間に入り、カルロスへと衝撃波が迸った。

 容易く地面を深々と抉っていく一撃は当たれば体が砕けてしまうだろう。そんな破壊の波へと生徒会メンバーは杖剣を向けた。

 

「「「「「「凝りて留まれ(プロイべーレ)!!」」」」」」 

 

 彼らが唱えたのは一節の硬直呪文だが、数十人の上級生の魔法を束ねることで三節以上の効果をもたらす。そんな停止の力を伴った魔力の膜がカルロスを覆った。

 

 直後、そこに破砕による衝撃波がぶつかる。敵の力を押し留めんとする呪文と守りを打ち砕かんとする力の激突によって魔力光の凝縮が衝突地点に発生した。

 

「ぐッ……」「な、なんて重い……」

 

 硬直呪文を維持し続けている上級生達の口から苦悶の言葉が出る。

 押さえている衝撃波の威力が想像以上だったからだ。一瞬でも気を抜けば、束ねた呪文が解けてあっという間に守りが抜かれてしまいそうだった。

 

 必死に耐える彼らに対して、余裕そうなルネは杖を手に魔法を用いる。

 

 そして、ゴッドフレイ達は衝撃波の直撃を受けた。突然全身を衝撃波が襲い、その場に崩れ落ちる。

 彼らの守りと衝撃波の拮抗も消え、立っているのはルネだけになった。

 

「……? な、何したんだ?」「あの防御を撃ち抜いたのか?」

 

 唐突に倒れたゴッドフレイ達を見てガイとピートが疑問を口にする。彼らの目にはいきなりゴッドフレイ達が衝撃波に襲われたようにしか見えなかったからだ。

 

 自分の目を疑ったのはこの二人だけではない。オリバー、ミシェーラも同じだった。彼らも目を丸くするばかりだ。

 どういう理屈で硬直呪文の膜に留められていた衝撃波が生徒会に当たったのか、その経路が全く見えないからである。突如として彼らが吹き飛んだのだから。

 

 彼らは自動人形ルネの方を向く。唯一答えを知っている存在へ。

 

「魔法干渉で衝撃波に呪文を遡らせたのですよ」

 

 まず彼は端的に答えた。すぐさま詳しい解説を続ける。

 

「先輩方は硬直呪文を使ってあの膜を作り、守りを維持しています。そのための魔法的な繋がりを干渉によって私が掌握し、そこを通り道として衝撃波を送り込んだのですよ」

 

 自動人形ルネの話を聞いて、ガイはオリバーとミシェーラを見つめた。

 

「……んなことできんのか?」

 

 純粋な疑問である。

 呪文を使い続けているところに魔法的な干渉をし、その制御を奪うところまでは何となく彼も理解した。一般的にそれができるのかできないのかは別として言葉の意味は分かる。

 

 しかし、魔法使いと魔法の繋がりを利用して衝撃波を伝える点は分からなかった。硬直呪文の膜と上級生達の杖剣の間に衝撃波を伝える何があるというのか。

 まるで伸びたツタに虫達が這っていくように衝撃波が伝わっていったとでもいうのか。目にも見えない、何も感じない何かがあるというのか。

 

 その答えを自分達の頭脳である二人に求めたわけである。そんな友人の期待し対して彼らは長く言葉が出ず、ようやく口にしたのは。

 

「現実に起きてしまったのなら、可能なんだろう」「ええ、そうとしか……」

 

 その反応を見て、自動人形ルネは苦笑した。

 

「魔法は杖から飛び出し、相手へ届くものである。それが雷であれ魔力の波動であれ、多くの魔法使い達はまるで小石を投げるように相手へ魔法を当てることについて考えています。

 しかし、そんな物理的な射線を必要としない魔法も存在するのです。魔力に通じ、理解すればその通り道も見えてくることでしょう。そこに魔法を通してあげれば、あのように一見すると不可視のような攻撃もできるわけです。もちろんその通り道が分かれば防御も可能なわけですが」 

 

 倒れた上級生達を見て、自動人形ルネは言う。

 

「しかし、先輩方には見えていないようですね」

 

 守りが消えたカルロスへ、ルネは杖剣を向けた。

 

「では」

 

 その姿が消え、地面に膝をつくカルロスの隣へと現れる。杖剣を振りかざし、彼の肩を横一線に斬り落とそうと杖剣が下ろされるが。

 

「?」

 

 カルロスの体を両肩で切断する直前に何かに気づいたルネがその場から瞬間移動で消える。数秒後、彼がいた地面の下から白骨の杭が何本も突き出てきた。そのままいれば、確実に体を貫かれていただろう。

 

「おやおや」

 

 瞬間移動で逃げた先は数歩後ろだったが、ルネは再度瞬間移動を使った。

 再び骨の杭が彼がいた足元から現れる。そんな回避と攻撃を何度も繰り広げ、ルネはカルロスから距離を取らざるを得なくなった。

 

「……これは、もしかして」

 

 口に溜まった血を吐き出し、ようやく立ち上がったカルロスは自分を守るように出現した骨の杭を見渡す。

 更に泥中から湧き出るように現れたのは骨の使い魔(スパルトイ)達だ。彼らもカルロスを守るようにルネの前に立ち塞がった。

 

 そして最後に泥の中から浮上してきたのは、不気味な骨が組み合わさったパズルのような球体だ。

 手を取り合った骨同士が解かれ、球体はばっくりと開いた。その中からサイラス=リヴァーモアがゆったりと歩み出てくる。

 

「随分な格好だな、聖歌。普段の気取った姿が嘘のようではないか」

 

 血と泥に塗れたカルロスの姿を見て、開口一番にリヴァーモアが言った。

 カルロスはやや掠れた声で彼の意図を尋ねる。

 

「……どういう、風の吹き回し、かしら?」

 

 リヴァーモアはカルロス、離れたところで横になっている再現人形(ダミー)オフィーリア、そしてルネの順に視線を送った後に答えた。

 

「これまで戦った連中への義理と、生意気な新入生に上級生の矜持を見せる──それでは不十分か?」

 

 白骨の軍団に加え、リヴァーモアの更なる加勢が現れた。影の中から現れた無貌の古人(ザッハーク)達だ。古代の魔法使い達の成れの果てが六体、白骨の軍勢に加わる。

 

「……けッ。辛気臭ぇ死臭が、漂ってると思ったら……テメェかよ」

「……まさか、貴様がここに来るとはな」

 

 ティムが悪態をつきながら、レセディが驚きながら立ち上がった。

 他の生徒会の魔法使い達もだ。ルネの衝撃波によるダメージから脱し、どうにか戦線に復帰する。

 

「リヴァーモア、お前……」

 

 ゴッドフレイが隣に立ったリヴァーモアを見つめた。

 その複雑な視線を、感謝や困惑の入り混じった眼差しを無視するように敢えて彼はゴッドフレイに顔を向けない。

 

「どうした、ゴッドフレイ。今にもこの俺に礼を言いそうだぞ」

「言ってはダメか?」

 

 ここでようやくリヴァーモアはゴッドフレイの方に目をやった。しかしほんの一瞬で視線をルネの方へと戻す。そして、わざとらしく身震いしながら言った。

 

「想像するだけで鳥肌が立つ。せめてあれをどうにかしてからにしろ」

「……ああ、そうさせてもらおう」

 

 そして、全員が杖剣を構える。

 

 この死霊術師と生徒会はこれまで全く友好的な関係を築いてこなかった。

 何度もリヴァーモアはトラブルを起こし、そのたびに生徒会は彼を鎮圧してきたのだから。互いに何度煮え湯を飲まされてきたことか。

 

「分かっているだろうが、共闘しようなどとは言わん。利害が一致するだけだ。

 お前らはこの学校の治安のためにも奴を倒し、俺は迷宮の流儀を教えるためにも奴を倒したい。ただそれだけだ」

 

 だからこれは同盟や一時休戦なんて話ではない。ただ偶然同じ相手と戦う、ただそれだけなのだとリヴァーモアは強調した。

 

「ああ、分かっている」

 

 ゴッドフレイは快諾する。理由はもはやどうでも良かったからだ。

 

 彼らは敵を見据えた。

 

「ああ……とても嬉しいですよ、先輩方。私をこうも歓迎してくれるだなんて。感謝の言葉がありません」

 

 ルネは魔力を昂らせて全身の輪郭を失っている。どれだけの力を放てばそうなるのだろうか、彼の姿はもはや炎の魔人のようだった。

 

 しかし美少年の姿を失ってはいるが、その目だけは以前のままだ。青い、静かな眼差しだけは。まるで海の青さのように綺麗で、底が見えない深い色合いでもあった。

 

「……確認するが。ウィットロウが終えるまで、あれを動かさなければ良いのだろう?」

 

 ルネの異様と視線に一瞬呑まれかけたリヴァーモアは、それを誤魔化すようにゴッドフレイに作戦を尋ねる。

 

「……ああ、そうだ。お前の数は頼りになる」

 

 ゴッドフレイも重圧を伴う視線を前に言葉を失っていたが、リヴァーモアへの返事でどうにか気を持ち直させた。

 

「カルロス、いけるか?」

 

 尋ねてきたレセディに魔法薬で喉を癒やしたカルロスが笑って答える。

 

「ふぅ……。ええ、大丈夫よ。今度は途中でとちったりしないから、任せてちょうだい」

 

 彼の笑顔を見て、レセディはより表情を厳しくした。覚悟と戦意に満ちたその顔はルネに向ける。

 

「分かった。こちらも任せろ。あれをお前に近づけさせはしない」

 

 カルロスが魔力の集中に取り組み始めたのと同時に、迷宮の危険人物を加えた生徒会とルネ一人が戦いを再開した。

 ルネの杖剣が振るわれるたびに骨の欠片が飛び散り、上級生の体も地に伏す。

 しかし尽きない骨の兵士と、気力を失わない魔法使い達が決してルネから離れなかった。彼を決してカルロスに近づけようとはしない。

 

「──!?」

 

 無貌の古人(ザッハーク)達が呼び出した影の巨人と不気味な骨の獣が月に届け(リーチフォーザムーン)によって握り潰され、断末魔と砕ける音を残してその巨体が地面に倒れた。

 

 そこに無貌の古人(ザッハーク)の一体が魔法を使う。死骸と残骸から黒い呪詛が立ち上り、嵐となってルネに襲いかかった。

 彼の小柄な体を大きな呪いの竜巻が飲み込む。その規模はたった一人を呪い殺すには多すぎるほどの呪詛であったが。

 

「よいしょ」

 

 中に捕らえた生物を嬲り殺しにする呪いの渦がいとも簡単に打ち砕かれた。ただの杖剣の一振りで。

 しかもそれだけではない。くるりと回したルネの杖剣の先に呪詛が集い、凝縮されていった。

 

「呪いの制御を奪った!?」「あ、あんな簡単に?」

 

 呪術は扱いが難しい。だからしょっちゅう魔法使いが事故を起こすわけだが、そんな危険物をいとも簡単に操るルネに対し上級生達は驚愕した。あれだけの規模の呪詛をああもあっさりと一纏めにするだなんてと。

 

 更に呪いの黒点がルネの杖剣の先で膨らんだのを見て青褪める。彼の笑顔を含めて、これから何が起こるか分かったからだ。

 あの呪いの大嵐を、こちらに打ち返すつもりなのだと。

 

 そう悟った瞬間、呪詛の奔流が彼の杖剣から解き放たれた。

 

「お前ら、下がってろ!」

 

 ティムの大声が硬直していた生徒会の魔法使い達に響く。

 彼は先頭に飛び出し、腰のケースから取り出した大量の瓶を迫りくる呪いの嵐に向かって放り投げた。

 その中に封じられていたのは超高濃度の霊薬(エリクシル)だ。呪詛を受けたことで瓶が割れ、度を超えた癒やしの力が呪いを包み込む。

 

 人を呪う力と癒やす力が互いを打ち消し、呪詛の嵐は白い煙に置き換わった。

 

「しゃあッ!」

「まだ喜ばれるのには早いですよ、先輩」

 

 仲間の危機を救い雄叫びを上げるティムの眼前に、焔となったルネが瞬間移動の如き速さで迫る。呪いを操った反動なんてちっともないような身のこなしだ。

 

「うおッ!?」

「させるか!」

 

 あまりの速さにティムは目を見開くばかりである。そんな彼の喉を狙った杖剣の一閃を、ゴッドフレイが受け止めた。力と力の衝突でみしりと空気が唸る。

 互いの魔力光がそれぞれの顔を照らした。鬼気迫るゴッドフレイの顔と、微笑むルネの顔を。

 ゴッドフレイはどうにか杖剣を押し込もうとするが。

 

「力比べですか? では私も、もう少し力むとしましょう」

「なッ!?」

 

 怪力のゴッドフレイを上回るルネの剛力が彼の杖剣を弾く。

 

「させんぞ!」「凄まじい馬力だが、数はどう対処する?」

 

 無防備になるゴッドフレイだが、そこにレセディとリヴァーモアが駆けつけた。リヴァーモアの方は刃を手にした無貌の古人(ザッハーク)達を伴っている。

 

「野郎、せっかくカッコつけたっていうのに」「ああ、火力バカの俺も形なしだ」

 

 二人がルネを抑えている間に体勢を立て直したティム、ゴッドフレイがその戦闘に加わった。

 迷宮屈指の実力者である彼らは杖剣と呪文を巧みに使いルネを攻め立てるが、彼の杖剣による防御と強力な呪文は打ち破れなかった。

 

「よいしょ」

 

 そして目に見えないほどの素早さで振るわれた杖剣、その一閃に込められた魔力によって一度に全員が吹き飛ばされる。

 

 ──怒りと絶望が私を燃え上がらせる! 

 

 そこでようやくカルロスは歌を再開できた。先ほどのようにまた黒い炎が現れ、ドレスとなってカルロスを包みこんだ。

 

「ウィットロウ先輩に絶対に近づけるな!」

 

 この儀式を邪魔させないためにも再度総攻撃が仕掛けられる。無数の骨の兵士達と生徒会の上級生達が刃を振り上げてルネに突撃した。

 敵うかどうかなんて考えていない。頭にあるのは一秒でもルネの動きを止めることだけ。

 

「……大丈夫か、お前ら」

「はい、先輩。しっかし、あんにゃろう……何度、人をぶっ飛ばせば気が済むんだよ」

 

 ゴッドフレイとティムが立ち上がると、ちょうど骨の使い魔(スパルトイ)達と生徒会メンバーがルネをどうにか押し留めているところだった。

 

「話す暇があるならさっさと行くぞ!」

 

 レセディに促され、ゴッドフレイ達も慌ててその攻撃に加わる。

 

 リヴァーモアは遅れてむくりと立ち上がった。彼の少し離れたところで再現人形(ダミー)オフィーリアが倒れている。

 見れば人形にしては生気のある顔だが、人としては死んだ顔で呆然と仰向けになっていた。

 

 しばしリヴァーモアは考え、彼女に声をかける。

 

「サルヴァドーリ、聞こえているか」

 

 彼女は答えなかった。リヴァーモアは足元の泥を掴み、彼女に投げつける。

 

「死んでいないなら、聞いているんだろう。なら返事をしろ」

 

 再現人形(ダミー)は泥の当たった服に少しばかり視線を向け、また天井を見つめる仕事に戻った。

 

「返事をしろ。淫魔(サキュバス)、サルヴァドーリの大淫婦。お前のやるべきことをやれ」

 

 自身への侮蔑の呼びかけだが、それには辛うじて反応する。きりきりと首を回し、歪んだ笑みを浮かべてぼろぼろのリヴァーモアに言った。

 

「……もう、そのどれでもないわよリヴァーモア先輩。死肉漁り(スカベンジャー)。この欠けた顔が見えないわけ? 左腕がないのも見えないの? お腹の機械は?」

 

 そうしてただ魔法金属の骨格が露出する顔と、内部構造が見える左腕の断面や腹部をリヴァーモアに見せつける。

 ずっと迷宮で殺し合ってきた先輩にこんな姿を見せるだなんてと思わなくもなかったが、もうどうでも良いという諦観の方が強かった。

 自分はもう大嫌いだった淫魔(サキュバス)よりも劣ったモノなんだと、自虐的な笑みが浮かぶ。

 

「それがどうした」

 

 しかし、リヴァーモアは彼女の諦めをそう切り捨てた。

 そして戦場を見る。彼の使い魔達と、これまで敵だった生徒会が戦っている光景を。

 

 数では圧倒的に有利だというのに。ルネを仕留めるどころか留めることすらできていなかった。

 

 今すぐにでも駆けつけるべきだが。彼は再現人形(ダミー)オフィーリアの隣に立った。

 

「忘れたか、俺は死霊術師だぞ。どんな素材でできた体だろうが、霊魂がそこにあればそれは本物だ──でなければ死霊術に何の意味がある」

 

 再現人形(ダミー)は目を細める。リヴァーモアにしては珍しく熱意を込めた言葉だったからだ。特に死霊術の意味を問う言葉は自身にも向けているようだったが。

 

 彼女は嘲りの笑みを浮かべた。

 

「熱弁されますね。励まし、ですか? 随分と優しくなりましたことで」

 

 魔法金属製の彼女の体をじっと見下ろし、リヴァーモアは昔からずっと変わらない小馬鹿にした目を向ける。

 

「まさか。俺は死霊術の話をしただけだ。

 しかし──少なくとも、ウィットロウはそう思っているようだ。それとゴッドフレイもか」

 

 どうにか歌唱を続けるカルロスと、彼を守るゴッドフレイの姿を彼は杖剣で指した。

 二人の魔力も表情も苛烈そのものだ。強い感情をそのまま彫り出したかのような顔である。

 

「でなければあそこまで怒りはしまい。ただの人形を傷つけただけならあれほどは。そこに魂が宿っていると信じていなければ」

 

 再現人形(ダミー)オフィーリアは天井ばかりを見つめているが、戦いの音やカルロスの命を懸けた歌声は聞こえていた。 

 

「馬鹿ね」

 

 彼女はそう呟く。しかしその脳裏には彼らがずっと自分をオフィーリアとして扱っていた光景が思い浮かんでいた。

 

「愛してるわ、私のリア。──今までも、これからも。ずっとずっと」「すまなかった、オフィーリア君。……傍にいながら、何もしてやれなくて」

 

 あの言葉は確かに自身に向いていたものだ。どこかに消えたオフィーリアの魂へ捧げたものではない、この体への別れの言葉だった。

 だから最期まで真実を知らせないようにしていたのだと。再現人形(ダミー)の体を本物だと思って。

 

「馬鹿よ、本当に──」

 

 馬鹿だ馬鹿だと口にするが、そこには自分も含まれていた。

 

 こんな体になったというのに。機械の体にされたというのに、それに傷つく心があるだなんて。そしてその心を本物だと想う人達がいるだなんて。

 

 しばらくオフィーリアは口を開けなかった。その間、リヴァーモアも彼女を見なかった。

 

 そして。

 

「──立てないの。だから手を取ってくださるかしら、先輩?」

 

 

 

 ──死の使いよ、その姿を見せなさい! そして私の願いを聞け!

 

 ──我が愛する人を奪った者を呪え! そのための道具はお前の手にあるはずだ!

 

 ──私の敵を青褪めさせろ! その青白い顔を私に見せろ!

 

「おやおや、そろそろでしょうか」

「うおッ!」「こ、こいつ!」「今まで遊んでたのか!?」

 

 歌が最後に近づいたため、ルネは生徒会の囲いをあっという間に突破してカルロスへと肉薄する。ゴッドフレイの刃も、レセディの足も追いつかなかった。

 

去勢歌手(カストラート)、実に興味深いです。ぜひともそのお体をいただきましょう」

 

 そして、焔のような魔力を纏った彼の刃が肩から胴を斬り落とさんと迫る。

 しかしカルロスは逃げなかった。歌うことを止めず、仲間を信じて声を出し続けた。

 

子宮殿(パラーティウムアニマールム)!」

 

 そこに届いたのはゴッドフレイの詠唱でもなく、他の仲間達の呪文でもない。絶界の名を叫ぶ魔女の声だった。

 

 途端にカルロスの足元が沼地から肉の地面に変わり、そこから触手がルネへと飛び出す。自身を貫かんとする触手の群れを杖剣で薙ぎ払い、ルネは距離を取った。

 

 更に肉の地面が広がり、戦場一帯を覆う。突如出現した肉の大地から合成獣(キメラ)達が次々と産まれてきた。

 

「遅れたな」

「──」

 

 リヴァーモアに連れられて戦場に現れた彼女の姿を見て、カルロスは言葉を詰まらせそうになるが。

 

「歌って、カルロス。私とあんたのためにも」

 

 そう声をかけられ、歌を止めなかった。頷いて彼女を迎え入れる。

 

「さて、じゃあ私も混ぜてもらおうかしら」

 

 こうして彼女も戦線に加わった。

 骨の使い魔(スパルトイ)無貌の古人(ザッハーク)、生徒会、リヴァーモアと並んでルネに立ち向かうのは合成獣(キメラ)と──。

 

「安心なさいサリヴァーン、ちゃんとあなたは私が連れて行ってあげるわ。あの世にね」

 

 顔を半分失い、左腕もなく、機械であることを露わにしつつも、それを決して隠そうともしない。

 彼女は再現人形(ダミー)、いや、オフィーリア=サルヴァドーリであった。その登場にさしものルネも驚いたのかじっと彼女を見つめて動かなくなる。

 

 ──この願いを聞き届ければ、私もお前の手に引かれて行こう! 

 

 ──さあ、振るえ黒い鎌を! 私の敵の首を刎ねるのだ!

 

 同時に復讐の(アリア)が完成し、黒煙から命刈る者の再現(ダミーリーパー)が生まれた。

 背の高い黒衣の異形がぬっと膝をつくカルロスを覗き込む。顔は骸骨であり、その眼窩は漆黒に満ちているが彼は確かに視線を感じた。

 

 ただ言葉は話せないようだ。顎すら動かさない。命令を待って、じっとカルロスを見つめる。

 呼吸を整え、彼は命じた。

 

「お願い──やってちょうだい」

 

 頷いた死神の模倣はルネを指差すカルロスに従い、その鎌を狙いへと振りかざす。生命を損なう死の権能をここに見せんと。

 

「総員、突撃!」「もうこれで終わらせるぞ!」

 

 その一撃を確実に当てさせようとそれぞれが動いた。

 骨の使い魔(スパルトイ)合成獣(キメラ)は数を活かして人海戦術を取り、肉の地面からは触手が現れてルネを捕えんと伸びる。無貌の古人(ザッハーク)達は影や骨から作った魔法の拘束具をルネに差し向け、生徒会とリヴァーモア、オフィーリアは全力の拘束呪文を放った。

 

 焔の姿で、目を見開いて微動だにしないルネは触手に体を掴まれる。無貌の古人(ザッハーク)達による古代の拘束具が更にその上を覆った。

 そこに骨の使い魔(スパルトイ)合成獣(キメラ)が殺到し、最後に魔法使い達の拘束呪文が全てを捕らえる。

 

 数えきれない拘束手段がルネの姿を覆い隠すが、彼らは自分達が抑え込んでいる先に確かにルネの存在を感じていた。奴の魔力がすると。だから決して逃がしはしないと。

 

 そして、死神の黒い鎌がそこに迫った。ルネを縛る拘束ごとばっさりとその命を刈るだろう。

 

「終わりだ、サリヴァーン」「あばよ、天才」

 

 彼の敵がその姓を呼び、死を確信する。

 

「ルネ!」「る、ルネ? 余裕見せてる場合じゃないでしょ! 流石にまずいんじゃないの!?」

 

 戦いを遠くから見ていたカティ、アニーなどルネの味方は動揺してその名を呼んだ。

 

 そして。

 

「──ああ、とっても残念です」

 

 あらゆる期待、不安を打ち破るルネの落ち着いた声が響いた。

 

 ルネの声が響いた直後、命刈る者の再現(ダミーリーパー)がその一撃を放つ前に消える。

 それどころかルネを留めていた拘束の全てが掻き消えた。骨の使い魔(スパルトイ)合成獣(キメラ)は姿を消し、無貌の古人(ザッハーク)達による拘束具も跡形もない。

 

 そして魔法使い達の杖にあった拘束呪文の手応えもいつの間にか消えていた。有形、無形問わずルネを取り巻いていた縛りの全てが消されたのである。

 

「絶界の部分展開ですか。それが可能とは、いえ、可能になるとは驚きです」

 

 数で襲いかかっていたために全く見えなくなっていたルネの姿が露わになった。焔の姿からいつもの美少年の容姿に戻っているだけで、他は何一つ変わっていない健在な姿を見てカルロス達を絶望が襲う。

 全力で命を奪うつもりだったのに。それが一蹴されてしまったのだから。

 

 そのためにどんな力が使われたのか。それは誰にも分からなかった。

 呪文も聞こえなければ魔力もほとんど感じなかったのに、どういった手段があれば死神を消して手数で成した拘束を解けるのか。 

 

「記録装置を取り出した後にそんな素晴らしいことをされるだなんて。外したことを少し後悔しています。もう少しあなたを信じるべきでした」

 

 絶句する敵味方なんて気にせず、ルネはただ再現人形(ダミー)オフィーリアばかりを見ていた。

 

「な、何を……」「何しやがってんだ、あいつ」

 

 不意に問うてしまった生徒会の上級生達の言葉を無視し、ルネは自分の興味を優先する。

 視線はカルロスに向いた。命を刈る者の再現(ダミーリーパー)がルネを殺す前に消失したため契約は不履行となり彼は対価の命を払わずに済んでいる。

 

 しかし命を刈る者の再現(ダミーリーパー)を召喚した代償は受けていた。

 

「う……あ……」

 

 息は荒く、視線は虚ろだ。強力な魔声を使ったため鼻血や吐血など体の損傷も止まらない。どうにか立っているものの、呪文どころかもう一言すら歌えない様子だ。

 

 彼の目に様々な感情が浮かぶ。怒り、恐怖、困惑、様々な心の動きが何度も繰り返され、覚悟が決まっていく。

 

 その様子を微笑ましく眺め、ルネは言い放った。

 

「あまり時間をかけるのも辛そうですね。早めに終わらせましょうか」

 

 その発言からルネの行動を予想したゴッドフレイ達は杖剣を手に飛び出すが。

 

「がッ!」「ぐおッ!?」

 

 彼ら全員を月に届け(リーチフォーザムーン)が襲った。体を掴まれ、持ち上げられ、沼地に叩きつけられる。

 その上からルネの無言の魔法が全員を抑え込んだ。倒れた状態で真上から重圧がかかり、腹ばいになった状態から動けなくなる。

 

「よ、よせ……」「止めな、さい」

 

 しかし、それでもなお友へ手を伸ばすゴッドフレイ、オフィーリア。そんな二人にカルロスは振り返った。

 その顔を見て二人は言葉を失う。

 拭う余裕はないので流血はそのままに。彼は最期の笑みを浮かべ、この世で最も愛した二人にとっておきの親愛を示す。

 

「さよなら──アル、リア」

「カルロス!」「だ、ダメよ……」

 

 彼らの声を振り切り、言うべきことは終わったとカルロスは前に向き直ってルネと対峙する。

 

「さ、あ……来なさい……アナタも、早く……ね。アタシ、あの世で、待ってるから……」

「ふふ。光栄ですが、その約束が果たされる時は来ないでしょう。先輩、ここで永遠のお別れです。短い間ですがありがとうございました」

「は……は、言う、じゃない……」

 

 カルロスは弱っているものの決して彼に屈していなかった。潔さを見せただけ。

 杖こそ手にしていないが、諦めていない。ルネはそのことがとても嬉しかった。

 

 だから彼も、敬意を以てその才能を発揮する。

 ルネは杖も振らず、また巨大な魔力も用いなかった。ただカルロスに向けて一言。

 

「死になさい」

 

 そう告げた。

 

 たった一言だった。魔力で拡げたわけでもない、普通の声による言葉だ。この場が静まり返っていなければ聞こえない程度の声量である。

 

 それなのに、カルロスは力を失ってぐらりと倒れた。そして動かなくなる。

 

 全てが終わった。そう言わんばかりにルネの魔法が解かれる。上級生達を押さえつけていた重圧は消え去った。

 彼らの友人の命も。

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