七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第60話〜第三幕〜

「な、何された……」「う、嘘だろ?」「な、なんで……先輩……」

 

 仲間の突然の死に生徒会の上級生達は動けない。微動だにしない友人、同僚、先輩の体を呆然と見つめるばかりだ。

 

「か、カルロス! カルロス!?」「カルロス!」

 

 どうにか駆け寄れたのはゴッドフレイとオフィーリアだけだった。泥の上を駆けて二人はカルロスの体に触れ、その冷たさを感じる。

 死んでいた。彼の体からは命が、体温が失われている。

 

 どうして。二人は咄嗟にその原因を探った。

 確かにカルロスは血塗れだったし魔法行使の影響で致命傷も負っている。なのに死んだ彼の体にはそれ以外の傷がなかった。

 どうして死んだのか。明らかにルネが殺したはずなのにその痕跡がなかった。

 

 結局原因なんて分からなかった。本気でそれを知りたいのではなく、ちょっとでも友人の死という現実から目を背けたかっただけなのだから。

 そんな逃避行は一瞬で終わり、ゴッドフレイとオフィーリアはカルロスの死に直面する。

 

「あ──ああ──」

 

 震える手でゴッドフレイはその肩を抱き寄せた。そこにはもう温かさもない。肩を組み、応じてくれることもなかった。 

 

 カルロスとの思い出が蘇る。入学試験日からの付き合いだ。そして入学以来、自分の隣にいてくれた無二の親友である。

 そんな人が今、腕の中で死んでいる。失った。殺された。もういない。カルロス=ウィットロウは思い出となり、彼の輪郭と同じ形の空白だけがゴッドフレイの隣に残った。

 

「あ、あ」

 

 こんなことは魔法使いとしてずっと覚悟していたことだ。そもそも魔法社会が命に無頓着なものであったし、キンバリーはなおさらそういう場所だった。

 ゴッドフレイ達はそんな風潮と戦ってきたわけだが、魔法使いとして命をかける時があることは否定していない。

 現にオフィーリアと対峙するために迷宮に入った時も、対ルネの作戦を立てた時もカルロスは命を捨てる覚悟をしていた。

 

 だが、こうであって良いのか。親友の最期がこんなもので。友人のお迎えのために命を使うでもなく、敵を討つために命を捧げるでもなく。

 あんな魔法使いの一言で命を失うだなんて。そんなわけがない。

 

「カルロス──俺は、何も──」

 

 しかも、ゴッドフレイは何も言えなかった。カルロスが愛を込めて別れを口にしてくれたというのに。

 彼への感謝も何も。込めたかった想いも何も伝えられず、ただ動揺しただけだった。

 

 その事実に打ちひしがれた彼の声は掠れ、喉の震えも隠せていない。目から溢れる涙すら。

 

「ゴッドフレイ……」「先輩……」「そんな……ウィットロウ、先輩……」

 

 声を押し殺してただ泣きじゃくるゴッドフレイの姿に生徒会メンバーは杖剣を下ろした。誰もが何も言えず、動かず、親友を失ったゴッドフレイを見つめていた。

 

 ルネもそうだ。じっと二人を見つめていた。彼が目的を達したように動きを止めたから誰も動かなかったわけだが。

 

「この」

 

 ただ一人だけオフィーリアは杖剣を手にルネへと走り出すも。

 

「外れなさい」

 

 目もくれずに発せられたその一言で右手と足が分解した。

 ばらばらになった手足の部品が視界に入り、それらをどうしようもなく彼女の体は地面の上を転がる。四肢を失った機械の体はルネの足元にすらたどり着けない位置で止まった。

 

「ああ! この! このォッ!!」

 

 ルネは地面でのた打ち回る再現人形(ダミー)に視線の一つもやらず、じっとカルロスとゴッドフレイの方を向いている。

 そして彼らが十分に別れを済ませたと思えるタイミングでルネは力を使った。

 

「では」

「あ」

 

 その一言でゴッドフレイが抱き締めていたカルロスの遺体が瞬間移動でルネの腕の中に入り、そして更に瞬間移動でどこかへと消える。

 それをゴッドフレイは見ていることしかできなかった。抱き止めることも、制止することも。

 

 空を抱く彼の前でルネは嬉しそうに言った。

 

去勢歌手(カストラート)の貴重なサンプルが手に入ってとても嬉しいです。ウィットロウ先輩のように、ここまで完成されたものは少ないですから。彼らの正確な仕組みがこれで解明されることでしょう。特に彼らの声を聖なるものとする説は要検証であるとずっと思っていましたから。妙だと思いませんか? 性機能がなくなったから聖性を得るだなんて。

 私の予想としては聖なる声だから性別魔力を用いた魔法に対抗できるのではなく、去勢歌手(カストラート)の欠損した性別魔力によって魔法が乱されるために対抗策になり得るのだと思っているのですが。

 まあ、その点はおいおい研究していくとしましょう」

 

 その口振りはまるで貴重品を手に入れた喜びである。

 いや、そのものなのだろう。彼にとってはカルロスの遺体は興味深い情報の塊でしかないのだ。

 

 しかし、そうではない者がこの場ではほとんどだった。

 

「──ふぅ……」

 

 ルネの言い草を聞き、立ち上がったゴッドフレイは体の魔力循環に働きかけて備蓄魔力を含めた全てを絞り出す。その結果、彼の体からは青い炎が立ち昇った。

 そして血走り、見開いた目でルネを睨んだ。今自身がすべきことは友の死を悼むことではない、この目の前の少年を焼き尽くすことであると。

 

 頬を伝っていた涙は蒸発し、悲しみに曲がっていた口元は今や怒りで歪んでいた。

 

 仲間が止める間もなく、ゴッドフレイは杖剣をルネに突きつける。

 

焼いて浄めよ(イグニス)!!!

 

 杖剣から溢れた炎は地面を溶かし、空気を赤熱させ、大きく広がりながらルネに迫った。小柄な彼の体なんて軽く一飲みするほどの特大の爆炎であるが。

 ルネが杖剣の先でそれに触れただけで巨大な炎の全てが蝶に変わった。ひらひらと舞う無数の蝶が周囲に飛んでいく。

 更に瞬間移動でルネは距離を取った。蝶の群れの奥に移動する。

 

 一瞬呆気に取られたゴッドフレイだが、すぐに次の行動に移った。

 

「待て、ゴッドフレイ!」

 

 魔法によるものとはいえただの虫だ。止める仲間の声を無視して蝶の群れの中へとゴッドフレイは突入、そのまま猛烈な勢いでルネへと迫った。

 

 そもそもどのようにして炎を蝶に変えたのか。考えるべきことはまだある。先ほどルネがカルロスを殺した際の魔法だ。

 あれは呪文ではなかった。言葉一つで死をもたらしたのである。

 いったいどういう技術なのか。それが分からずに突っ込むのは得策ではない。

 

「怒りで我を忘れたか!」「お前ら、行くぞ!」

「「「「了解!」」」」

 

 慌てたレセディ、ティムと生徒会メンバーが杖剣を構えてゴッドフレイのサポートに走った。

 

「総員、散開して進め!」

 

 こうなってしまってはしかたがない。人数で広がって進み、詠唱や狙いを妨害するしかないだろう。

 

 そのためにもゴッドフレイと同じように蝶が飛び交う中を突っ切ろうとするが。

 

 直前にくるりとルネが杖剣の先を軽く回した。途端に視界に漂う色とりどりの翅の色が赤一色に染まる。全ての蝶の姿が一つに溶け合った。そして高熱が上級生達の顔を焼く。

 

「いかん、全員下がれ!」

 

 レセディ達は慌てて足を止め、熱から逃げるように飛び退いた。蝶の全てが炎に戻ったのはその直後だ。おかげで彼らは炎に焼かれずに済む。

 

 炎はドーム状にルネとゴッドフレイを取り囲んでいた。近づこうとすると炎の一部が触手のように飛び出し、威嚇代わりに地面を打つ。

 どろりと溶けた地面を見てレセディ達は動けなくなった。元々はゴッドフレイの炎であるが、今はそうではない。支配権はルネにあるのだ。

 

「集めろ! 氷雪猛りて(フリグス)」「「「「氷雪猛りて(フリグス)」」」」

 

 彼らの杖剣から噴き出した巨大な冷気が炎のドームを包み込む。しかし収束した凍結呪文は炎の強さを弱めることもできなかった。一瞬で蒸発する。

 白い煙が立ち上るばかりで一向に消えない炎を見てレセディは舌打ちした。

 

「届かんか!」「先輩!」

 

 ゴッドフレイは仲間と分断されたが、そのことに気づいていないのか気にしていないのか、足を止めるどころか自分を呼ぶティムの声に振り返る素振りすらなかった。

 

 ただ狙うは最強の一撃。自分が持てる魔力を杖剣の一撃に乗せる。速度、力、全てが最強のそれを以てルネを打ち破るのだと。

 

 対するルネからは貫通呪文が無言で撃ち放たれる。それは杖先ですらなくルネの周囲からだ。幾つもの魔力光がゴッドフレイを狙った。

 

 彼に呪文を扱う余裕はない。魔力は杖剣と体を巡るばかりで魔法に注ぐ分は残っていなかった。

 ゆえにゴッドフレイはそのまま駆け続けた。そして迫る魔力光の群れと激突する直前に、その姿勢を一気に低くする。

 貫通呪文はゴッドフレイの上半身を狙っていたため全てが彼の頭上を素通りしていった。

 

 普通の魔法であれば失敗だ。だがルネは呪文の達人である。杖から出した魔法すら自在に操ることができるのだ。

 現にゴッドフレイの頭上を通過していった魔力光が動きを止めた。すぐにでも戻ってくるだろう。

 

 だからルネが魔力光の軌道を変える前にゴッドフレイは行動に出た。

 屈み、足に筋力と魔力を溜めたゴッドフレイは一気に前に飛び出す。地面ぎりぎりを飛ぶような勢いでルネの目の前へとたどり着き、杖剣を振り上げた。

 

 その一連の動きをルネはしっかりと目で追っている。貫通呪文も軌道を変え、ゴッドフレイを捉えていた。

 

 何という新入生だと彼は思った。が、その顔には笑みが浮かぶ。

 

 自分の方が僅かに速いからだ。確かに貫通呪文を避けることはもう無理である。

 ただそれはルネも同じだ。もうゴッドフレイの刃からは逃げられない。その細い腰を断つ一撃は確実に入る。詠唱一つする間もないだろう。カルロスを殺した技術も使えないはず。

 

 ゴッドフレイに不安はなかった。もちろんルネの防御手段である巨獣(ベヘモト)障壁の存在は知っているが、自分の全力を込めた刃なら打ち砕くことが可能だと信じているのだから。

 

「はぁあああああッ!!」

 

 そんな最強の一撃が振るわれようとして。更なる力と加速のために莫大な魔力を炸裂させる直前で、その刃が障壁に弾かれた。

 ゴッドフレイの目が見開かれる。痺れる右手と大きく広がった右腕に視線を向け、同時に手足を無数の貫通呪文に撃ち抜かれた。

 穴だらけの手と足に力は入らない。杖剣は握れずに地面に落ち、体も崩れ落ちた。

 

 地面に血を流しながらゴッドフレイは膝立ちでルネを見上げる。彼の顔に焦りはなく、いつも通り微笑んでいた。

 

「……障壁を、拡げたか」

「正解です」

 

 微笑むルネを見て、ゴッドフレイは失策を悟った。巨獣(ベヘモト)障壁の守備範囲はこれまでの戦闘で感じ取っていたが、まさかそれを拡大可能だとは思わなかったのである。

 狙いが外れた。不可視の障壁ゆえの芸当だろう。ゴッドフレイが力を込める手前に障壁を拡げて攻撃を不発に終わらせたのだから。 

 

「では終わらせるとしましょうか」

「な──」「先輩──」

 

 ルネの合図で炎のドームが消える。それに遮られていた生徒会の面々は膝をつくゴッドフレイを見て青褪めた。彼の目の前で笑みを浮かべるルネの姿にも。

 

「行くぞ!」「今助けますからね、先輩!」「「「「応!」」」」

 

 だが硬直はしなかった。ゴッドフレイの敗北を直視し、それぞれが動き出す。

 まずレセディが俊足で駆け出した。ティムは劇毒の瓶に手を伸ばす。他のメンバーはゴッドフレイを動かすための呪文を唱えようとした。

 

 彼らの作戦はこうだ。素早いレセディがルネを引きつけ、その間に他の上級生達が魔法でゴッドフレイを救助する、そして彼女が下がったところでティムの毒を使うと。

 

 しかし、それらがなされる前にレセディの真後ろに瞬間移動で現れたルネが彼女の足を一瞬で斬り落とす。レセディは視線すらルネに向けられなかった。

 

 ルネは瞬間移動をまた使い、今度はティムの真横に現れる。出現した時には既に彼の首に杖剣が突きつけられていた。しかし斬りも突きもしない。ただちょんと触れただけだ。

 ただそれだけでティムの首が膨れ上がる。倍近く膨張した首に喉を閉ざされ、咄嗟にティムは瓶に伸ばした手で腫れた首を押さえた。

 

 またルネは瞬間移動を使い、そして全てが終わる。ルネがゴッドフレイの前に瞬間移動で戻った。

 

「な!? あ、足が!?」「こ、く、おぉ……」「が……」

 

 同時にどさりとレセディが泥に倒れ込み、ティムは呼吸困難になって膝をつく。他の上級生達も斬られて次々と泥の中に倒れた。

 

 これが瞬間移動による戦闘だ。そこにもはや速度は関係しない。今の場所から次の場所へと脚力で素早く移動しているのではないのだ。瞬間移動は動きも過程もなく一瞬で空間を超越して目的地へと移れるのだから。

 

 しかも出現してから攻撃をしているのではない。瞬間移動で現れた時にはもう刃は振るわれていた。瞬間移動と同時に斬っているのだ。

 

 そんな魔法が戦いに使われればこれである。相手は何もできなかった。

 

 生徒会はもはやルネを見上げることしかできない。しかし大勢の上級生達の視線を無視して、彼はじっとゴッドフレイだけを見下ろしていた。

 そして、うずうずと抑えきれない欲望を口にした。

 

「お姫様と騎士様は私の手元にあります」

 

 ぽつりとそう彼らに告げる。そして笑みが深くなった。穏やかで、ただ嬉しそうな顔だ。

 その顔で欲望を口にした。

 

「だからぜひとも王子様も欲しい」

「なッ」「貴様……」「や、止めろ……」

 

 ルネが言った「お姫様」「騎士様」「王子様」が何を意味するのかを悟り、生徒会の上級生達は絶句する。

 今度はゴッドフレイも殺すつもりなのだと。

 

 ルネは止まらなかった。杖剣を首元に突きつける。これで一つの詠唱、一つの思考でゴッドフレイの命は失われてしまうわけだが。

 

「そこまでだ!!!」

 

 彼らが制止を叫ぶ前に上空から声が響く。全員が見上げれば大きな翼を持った石蛇(バジリスク)から三人の魔法使いが飛び降りたところだった。

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