七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第61話〜第四幕〜

「ああ! この! このォッ!!」

 

 体をよじらせて無力な叫びを上げる再現人形(ダミー)オフィーリアの映像を見て、そしてあのゴッドフレイが悲嘆に暮れている様子を見て、カティ達は言葉を失う。

 映像を見ていられなかった。キンバリーの上級生として死に慣れ親しんでいるミリガンもつい目を背ける。

 

「本当に、殺したのか?」

 

 そんな中でピートがぽつりと尋ねる。自動人形ルネにいっさい目を向けないで再度尋ねた。

 

「ウィットロウ先輩を本当に殺したのか?」

「はい、殺しました」

 

 頷いた彼の返答は簡素なものだ。それを聞いたピートの肩が震える。

 オリバーが落ち着けようと彼の肩に手を伸ばすが、その手を振り払うようにしてピートは自動人形ルネに詰め寄った。

 

「オマエなら知ってるよな。体質のことでボクがあの人に世話になったことを」

 

 間近に迫ったピートの顔を見つめつつ、自動人形ルネはまた頷く。

 

「カルロス会のお話でしょうか。ええ、もちろん。他の先輩方とも色々と話しているのでしょう?」

「──良い人だったんだぞ。本当に。このおっかない学校の中でも」

「ええ、そのようですね」

 

 他人事のような口振りの自動人形ルネにピートは掴みかかりそうになったが。オリバー達が止めることもなく、彼は立ち止まった。

 

 暴力は無意味だ。自分の力がルネに通じないことをピートはよく知っているのだから。

 だから止まったものの、行き場のない感情は涙になって目から溢れる。体質に関して相談に乗ってくれたカルロスの親身な表情を思い出して。自分の不安を解きほぐしてくれたあの優しさを思い起こして。

 

「何で──何で、そんなことを──」

 

 怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった顔でそう尋ねる。またもやルネは簡単に答えた。

 

去勢歌手(カストラート)が欲しかったからです。サルヴァドーリの魔道を手に入れた以上、その対抗手段になり得るものは調べておく必要がありますから」

 

 口にしたのは欲しいからという欲求である。

 相手が殺そうとしてきたからとは決して言わなかった。そんなことは無問題で自分の好奇心の方が強いと言わんばかりに。

 

 もちろんそんな話で納得できるわけがなかった。いや、どんな理由があっても納得することはないだろう。カルロスの死を嘆いているのだから。

 その点を分かっているのかいないのか、自動人形ルネは泣き続けるピートを宥めるように言った。

 

「慰めになるかどうかは分かりませんが。仮に私が去勢歌手(カストラート)に関心がなくても、サルヴァドーリ先輩が亡くなった以上はウィットロウ先輩は命を落としていたでしょう。家同士の契約がそれを許しませんから。だから私が殺さずに手加減したとしても結局あの人は後で死ぬことになります」 

 

 彼の言った意味が分からずに眉をひそめるカティ達だが、オリバーやミシェーラは理解したのか悲痛な面持ちになる。

 どういうことだ、と説明を要求する眼差しが二人に向いた。

 

「護衛兼お迎え役だったんだ、ウィットロウ先輩は。あの人の魔声はサルヴァドーリの魔道への強力な対抗策だから。もしサルヴァドーリ先輩が暴走した時にはそれを抑える契約が家同士であったんだろう」

「ええ、この手の契約では護衛の命は契約相手と一蓮托生です。だから契約相手を守りきれなかったり、お迎えを終えたりしたら護衛も自ら命を断つのですわ」

 

 言いづらそうにオリバーとミシェーラは説明する。一方で自動人形ルネは彼らの内容に満足気に頷いた。

 

「だからって……だからって!」

 

 言葉にできない悔しさがピートの声量に表れている。家の事情が分かったところでピートの悲しみは消えることはないのだ。

 

 自動人形ルネは涙するピートを微笑ましそうに見つめ、彼に告げた。

 

「私もその辺の慣習や契約は意味がないと思っています。そんなもので死ぬくらいなら生きていた方がずっと良いはずです。もしもあの人が去勢歌手(カストラート)ではなければ、または私がそれに関心を持たなければ、私はウィットロウ先輩に生き続けるよう伝えたでしょう」

 

 人殺しの口から出たものとは思えない言葉だ。悔しそうに顔を歪めるピートと、あまりの発言に硬直するカティ達を気にせずに自動人形ルネは話し続けた。

 

「しかし私は先輩の能力をどうしても調べたかったのです。だからその命を奪いました。私は私に従ったのです。だから君もそうしてください。悲しみを存分に感じ、心身から解き放ってください」

 

 自分は自分の感情に正直であった、だからピートもそうあれと言い放ったのである。

 

「……ッ、この!」

 

 その話でピートは限界にたどり着く。力量の差なんて考えられない。それこそ自分の心のまま、ルネの首を貫かんと杖剣を抜いたのだが。

 

「止まりなさい」

 

 自動人形ルネの一言がその動きを止めた。ピートは杖剣を手にした状態でぴたりと硬直する。

 

 それは初めて見る現象だった。月に届け(リーチフォーザムーン)で掴んだのでも拘束呪文や硬直呪文で捕らえたのでもない。そもそも自動人形ルネの口から出たのは呪文ですらない。ただの命令文だ。

 

 しかしその言葉を受けたピートは微動だにしなくなる。命令通りにまるで彫像のようにその場から動かない。

 

「な!?」「ピート!?」「な、なんと」

 

 オリバーとミシェーラ、そしてナナオが驚いて声を上げた。

 

 ピートの表情から攻撃を察知した三人は彼を止めようとしていたのだが。先に自動人形ルネの言葉一つでピートが停止したのだ。

 慌ててナナオは自動人形ルネとピートの間に入り、彼を背にしてピートを心配そうに見つめた。オリバー、ミシェーラはピートに駆け寄る。

 

「おいおい、大丈夫なのかよ」「ピート!」

 

 遅れてガイ、カティがピートの肩を揺すった。しかし無反応だ。視線一つすら友人達に寄越さない。

 

「これは……いったい?」

 

 ミリガンは興味深そうに一通りの現象を観察していた。自動人形ルネの一言とその結果である。

 ピートは止まった。杖剣を片手に止まっただけ。瞬きも呼吸もしている。しかし表情はない。体と心の動きが止まっていた。

 現に彼の友人達がどれだけ声をかけてもピートは無反応だ。こんな魔法をミリガンは見たことがなかった。

 

「納めなさい」

 

 続く自動人形ルネの一言でピートが杖剣を鞘に戻す。間にナナオがいたというのに彼は自動人形ルネの魔法らしきもので操られたのである。

 彼女の隙をついて魔法を飛ばしたようにも見えなかった。先ほどのように一言口にしただけだ。なのにピートはそれに従ったのである。

 

 更に。

 

「動きなさい」

「──野郎……?」

 

 その一言でピートは元に戻った。

 杖剣を抜いたはずなのに、いつの間にか鞘に戻っているのを不思議そうにしながら。そして突如現れた周囲の友人達に目を見開く。

 

「と、止めるなオマエら!」

 

 理解できない状況で彼は咄嗟に記憶を作った。オリバー達が自分を止め、杖剣を戻させたのだと。

 

「違う、いや、違わないが……」「一度抑えてくださいまし、ピート。もしルネに斬りかかろうとしてもまた同じことが起きるだけですわ」

「は、はあ? オマエら、いったい何を?」

 

 ここでピートは説明を受けた。先ほどの一連の出来事を。自動人形ルネの命令に従っていたことを。

 

「そ、そんなわけ……」

「では今度は君も見る側に回ってください」

 

 記憶のないピートは困惑しっぱなしだったが、自動人形ルネは証拠と言わんばかりに今度はカティに言った。

 

「お手」

 

 彼女に手を差し伸べ、犬の芸を求めたのである。

 

「オマエ、何を」「はい」「──は?」

 

 呆気に取られるピートだが、彼の目の前でカティはぽんと自動人形ルネの手に自分の手を置いた。

 

 続いて自動人形ルネは命令する。

 

「わんと鳴きなさい」

「わん」

 

 可愛らしくカティは鳴いた。子犬のように。

 

「そのまま私の周りを走りなさい」 

「わん、わん、わん」

 

 その鳴き声のまま彼女は自動人形ルネの周りを駆け回った。

 

「これを取ってきなさい」

「わん」

 

 そして彼が投げた小石をカティは取りに走っていく。この一連のやり取りにピート達は言葉を失う。滑稽なやり取りではなく、それをカティが何の疑問もなくやっていることに。

 

 一方で小石を手に取った瞬間、カティはわなわなと震えだした。命令が終わって魔法が解けたのだ。

 彼女はピートと違って記憶が残っていた。そうなるようにルネが調整したわけだが。

 

「る、る、ルネー!」

「まあまあ、落ち着いて」

 

 カティは小石を沼地に投げつけ、怒声を上げながら自動人形ルネに掴みかかろうと走り出した。途中でミリガンに捕まって羽交い締めにされるも、ばたばたと手足は彼に向けて暴れ続ける。

 

 さっきまではよく躾けられた飼い犬のように従順だったというのに、今や手のつけられない猛犬のように怒りをむき出しにしていた。

 

 友人達の前で犬のようなことをやらされればこうなるだろう。だから見なかったことにしようと、そんな同情心が彼女の友人達の中にはあった。

 

 その光景を忘れようと彼らは早々に話を進める。

 

「今のはウィットロウ先輩を殺したものと同質の技術だね?」

 

 カティを抑えたままミリガンが核心をついた。

 

「……え?」

 

 暴れるカティの手足の動きがぴたりと止まる。そしてさっと青褪めた。

 ルネが自分を殺すわけがないとは思っているものの、直前に人を殺したものと同じ技を使っていると聞けば不安になるものだ。

 咄嗟に体の不調を確認する。

 

Ms.(ミズ)アールト、これは殺傷のみの技術ではありませんから安心してください」

「あ、はは……」

 

 安全を確かめ、自動人形ルネにそう声をかけられてもカティからは苦笑いしか出なかった。

 彼女には少し時間が必要だ。なので自動人形ルネも話を進めた。

 

「これは私が開発した新たな呪文、名前は改定呪文(ウルガータ)です。伝承呪文(イタラ)、つまりは従来の呪文と違って原始呪文(オリジン)そのものを私達の言葉に訳したものなのです」

「う、うるがーた?」「いたら?」「おりじん? いったい何のことにござるか?」

 

 突如として現れた固有名詞にガイ、ピート、ナナオは目を丸くする。

 

「予想はしていたが」「そんなことが可能だとは」「嘘でしょ、そんな」「君はどれだけの分野で業績を出し続けるんだい?」

 

 対してオリバー、ミシェーラ、カティ、ミリガンは呆れた様子で感想を述べた。

 

「つまりはどういうことなんだ?」

「名称は一度置いておこう。俺達が普段から詠唱している呪文は俺達が普段話している言葉じゃない。それは分かるな?」

 

 訊いてきたガイにオリバーが答える。そこで彼も理解した。ピート、ナナオも。

 

「ただの言葉で魔法が起こせるってか?」

 

 唖然としたガイの問いかけにオリバーは頷いた。

 

「そういうことだ」

 

 慌ててピートが尋ねる。

 

「そんなことできるのか? だって、呪文は……呪文だろ?」

 

 同じ単語を口にするなど、彼は自分でも何を言っているのか分かっていないのか困惑気味だった。

 

「確かに。習う呪文はどれも英語(イエルグリス)とは違うものにござるが、ならばそも呪文は何処の言葉にござろう。もしや昔の言葉にござるか?」

 

 友人達と母語が大きく違うナナオは改めて呪文に対する疑問を抱く。現代の言葉ではないのなら昔の言葉かと首を傾げた。

 

「ある意味、昔の言葉ではあるな」

 

 オリバーは頷いて言う。

 

「呪文の原型は神が力を使う際に用いた音の並びだ。呪文学ではこれを原始呪文(オリジン)と呼んでいる。つまりは神の言葉だな」

「ほお……神の言葉。それは、いったいどのようなものにござるか?」

 

 あまりに話が大きかったためにナナオは更に解説を望んだ。

 

「それについては分からない。原始呪文(オリジン)が具体的にどういうものだったのかは分かっていないからだ。この呪文は人には聞き取りも発音もできなかったらしいからな。それを俺達でも唱えられるようにしたのが現在の呪文なんだ」

「ふむ」

 

 一つ一つ理解していくナナオに合わせてオリバーも同じように説明していった。

 

「だがその過程で劣化が起こった。俺達でもどうにか発音や聞き取りができるようにしたのは良いんだが、そのせいで神秘としての力を大きく失ったんだ。

 神は原始呪文(オリジン)を用いてまさに世界を変える力を振るっていたらしい。とんでもない規模と干渉力で世界を思い通りに書き換えて。

 俺達の呪文はそれと比べれば遥かに劣る。よほどの魔力を込めなければな。仕組みが全く違うんだ。俺達が力づくで無理に世界を変えているのに対して原始呪文(オリジン)は世界が変わってくれる。それが原始呪文(オリジン)と現在の呪文の関係だ」

「ふむ」

 

 彼女が納得したのを確認しオリバーは結論を言う。畏怖を込めて。

 

「それをルネは正確に訳したんだ。原始呪文(オリジン)を劣化させずに、俺達の言葉に──。

 だからピートが止まったのも杖剣を戻したのもルネがルネの力でピートにそうさせたというよりは、ルネが世界を通じてピートにそうしてもらったと言うべきなんだろう。原始呪文(オリジン)の原理を考えればそうだと思う」

「どうもありがとう、Mr.(ミスター)ホーン。とても素晴らしい説明でしたよ」

「……光栄だよ。単身でそこまで呪文を極めた君にそう言われるのは」

 

 オリバーの畏敬の念と説明に感謝をし、自動人形ルネは微笑みつつも付け加えをした。

 

「私達の呪文と原始呪文(オリジン)の関係はMr.(ミスター)ホーンの説明通りです。私達の魔法が力で世界を変えているのに対し、神は世界に形を変えるように命じていました。呪文はそのための言葉で、魔力はそれを発するのに必要な力なのです。

 だから意外と魔力の消費は少ないんですよ。世界を変えるのに魔力が必要だったのではなく、呪文を唱えるのに魔力が必要だったのですから」

 

 あくまで知識を語ったオリバーに対してルネは体感を話す。神の力にどれだけ魔力が必要であるのかを。

 

 その答えは微量である。

 自動人形ルネの魔力消費は先ほどからちっともなかった。魔法使い一人を操るのにそれほど巨大な魔力は必要ないにしてもほとんど魔力を使っていない。

 

「普段から私達が使っている呪文、つまり伝承呪文(イタラ)は例えるなら声真似です。神の原始呪文(オリジン)がこのような音を出していたから、私達もそれに似た音を魔力を伴って出すという。その力を解明したのではなくあくまで模倣なのです。真似に過ぎないからこそ同等の力を起こすには魔力量がものをいうわけですね。

 対して改定呪文(ウルガータ)原始呪文(オリジン)がどのように力を発揮するのか解明し、それを私達の言葉と魔力でも行使可能にしたものなのです。なので原始呪文(オリジン)に対する理解という点で二つは全く違います」

 

 彼は微笑んだままこの場の全員に告げた。

 

「跪いてください」

 

 すっとオリバー達は同時にその場に膝をつく。

 

「え、え?」「いつの間に……」「ど、どうなってんだ?」

 

 少しの間をおいて彼らが動揺しているのは無意識のうちに跪いたからだ。

 何らかの力によって膝を屈したのでもなく、操られたのでもなかった。自動人形ルネの命令が出た途端に体が自然とそうなってしまったのである。

 

 しかもその姿勢のまま動けなかった。自動人形ルネを見上げることしかできない。

 

 彼は微笑み

 

「もう良いですよ」

 

 と言った。するとオリバー達は立ち上がれるようになる。

 

 すぐに彼らは体の違和感を確かめた。足や腰などに手を当てて調べる。が痺れや痛みすら一つもなかった。跪いて立ち上がっただけで体のどこにも魔法的な違和感はない。

 

「魔法の作用で君らに膝をつかせたのではなく、君らが跪くのがこの魔法の結果なのです。だから妙な感じはしないと思いますよ。よほど変な姿勢から跪いたのなら別ですが。

 ちなみにこの魔法を相手に届ける方法は先ほど話した特別な通り道を使います。だからどんな壁で防ごうとも素早く避けようとも、または耳を塞ごうとも回避はできません。

 私達にこの世界との繋がりがある限り、またはその繋がりからの干渉を防ぐ術を知らない限りはどうしようもないのです」

 

 姿勢が戻って同じ目線に立ったというのに、カティ達は目の前の少年が自分達と同じ世界にいるとは思えなかった。

 自分達が杖を向け合って魔法を飛ばし合っているというのに。ルネはそんな段階にはいないのだ。呪文を研究し、その力の原理を解き明かしたのである。

 

 だから彼の魔法はどんなことでもできるし、どこにだって届くのだろう。 

 相手を跪かせることも、そして──。

 

 自動人形ルネは微笑んだまま仲間達に言った。

 

「だから私が『死になさい』と改定呪文(ウルガータ)を口にすれば君達は死んでしまうのです。今、私の言葉一つで跪いたように」 

 

 ぞくりとオリバー達は背筋に冷や汗をかく。

 当然だ。彼が死を口にしただけで自分達は死んでしまうのだから。自然死である。

 

 青褪めている友人達を気にせずにルネは楽しそうに話した。

 

「しかし、意外と重宝するんですよこれ。特にサンプルを傷つけないで捕らえたい時などは。

 調査のために脳、心臓は傷つけたくありませんし、ウィットロウ先輩の場合は首も落とせません。喉が重要ですから。

 だから死の改定呪文(ウルガータ)が役立つのです。肉体、霊魂に損傷なく処理することができるのですから」

 

 ルネの口振りは便利な道具を自慢するようなものだった。

 それを聞かされる友人達の表情は全く明るくない。特に尊敬する先輩をどう殺したのかを聞かされているのだから。

 

 つまり世界から死ぬように命じられ、カルロスは死んだわけである。彼はこの世界の一部としてその命令を拒否できなかったのだ。

 

 ルネに命じられ、その通りに死んだカルロスが無力だったとは誰も思わない。むしろ命刈る者の再現(ダミーリーパー)を召喚するほどの使い手である。

 

 なにせ世界からの命令だ。どうやって防げば良いというのか。言葉も出なかった。

 自分達が今、こうして生きているのはルネが自分達の死を口にしていないからである。そんな風に思えるほどの無力感を自動人形ルネの姿から感じた。

 

「ちなみに君達をもっと落ち込ませてしまうかもしれませんが、私は改定呪文(ウルガータ)も無詠唱で扱えます。言葉を口にしなくても頭で思うだけで人を殺せてしまうのです。

 だから気になります。神はどうだったのかと。呪文を口にしなければ力を行使できなかったのかと。それによっては私と神が同格なのか上下になるのかが決まってくるのですが……どう思いますか?」

「答えを期待しているのか?」

 

 世界観が違いすぎる質問にオリバーは疑問で返す。

 彼の質問は人が蟻に遠くの景色はどうかと尋ねるようなものだ。蟻に決して見えない高さの景色を。

 

「もちろん。君達の意見は参考になりますから」

 

 しかし自動人形ルネは蟻の目線が気になったようだ。嘲りでもなく純粋な好奇心の目でオリバーの疑問に答えた。

 そんな目で見つめられればオリバーも答えざるを得ない。

 

「──神の時代を俺達は知りようがないから上下は決められない。だが君ならいつかそこにもたどり着くんじゃないか」

 

 知らないことは言えないとしつつも、ルネの目がいずれ遠い過去すらも解き明かすであろうと付け加えた。お世辞ではなく魔法使いとしての敬意である。

 その答えに自動人形ルネは満足したようだ。

 

「では君の期待に応えて研究を進めていくことにしましょう」

 

 そして視線が映像に向く。場面はカルロスの遺体がゴッドフレイからルネの腕の中に瞬間移動で移され、更にまた瞬間移動でどこかに消えたところだった。

 いったいどこへ移動させられ、何をされるのか。その点に関する自動人形ルネへの質問はなかった。

 

焼いて浄めよ(イグニス)!!!

 

 代わりにゴッドフレイの怒りの呪文が放たれる。彼の心情を表した、赤々とした巨大な炎の津波だ。

 その規模にカティ達は目を見開いた。一年生では対抗も防御もできない威力の呪文なのだから。

 しかしルネがちょんと杖剣で突けば、炎の全てが蝶へと変わった。

 

「あれ、虫か?」「ああ、蝶だな。ゴッドフレイ先輩の呪文が蝶になったぞ」

 

 ガイとピートが信じられないものを見たような顔になる。

 通常の魔法戦闘では相手の呪文に対抗するなら正反対の属性の呪文を用いての相殺か、相手の呪文を上回る威力の呪文で押し切るといった戦法が取られることが殆どだ。

 

 だが今のは何だったのか。炎が魔法によって蝶に変化させられたのである。

 

 ぶわっとルネの周囲に広がる蝶の様子を見て、言葉を失っているのはオリバーとミシェーラも同じだった。

 

「……変化呪文を事象に対して使ったのか」「どれだけ強い属性同調、干渉力ですの」

 

 ルネが魔力を用いて迫りくる炎へと魔法的な干渉をし、炎全てを操って形を変えたのは二人にも想像できる。それしかないだろうとは思っていた。

 しかしそんなことが可能なのか。少なくとも自分達にはできないとオリバー、ミシェーラは思った。

 

 蝋燭の火を変化させることすら頭を抱えるというのに。ゴッドフレイが本気で放った爆炎を一瞬で別のものに変化させるだなんて。理屈は分かっても手段は全く分からなかった。

 

 更に蝶は再度炎へと変わり、ドーム状にルネとゴッドフレイを覆う。他の生徒会メンバーを締め出すことになった。

 しかし彼らと違ってオリバー達は映像で中の状況が分かる。必殺の一撃を放つ直前にルネの障壁に妨害されて不発に終わったゴッドフレイの攻撃と、次の瞬間に手足を貫通呪文で撃ち抜かれた彼の姿が。

 

「おいおいおいおい」「ほ、本当にやったのか。ルネ」

 

 ガイとピートは信じたくない思いをそのまま声に出してゴッドフレイが崩れ落ちる映像を見つめていた。同じような顔になるオリバー達、それとミリガンの表情も曇る。

 

 炎のドームが消え、生徒会メンバーも傷だらけのゴッドフレイの姿を見つけた。当然彼らはすぐさま走り出すのだが。

 

 そこにルネの瞬間移動攻撃だ。一瞬で足を斬り落とされるレセディ、首が膨れ上がるティム、そして斬り倒されていく他の上級生達。

 あっという間の惨劇をルネの友人達は呆然と見つめることしかできなかった。

 

「ほ、本当にやられちまうのか。ゴッドフレイ統括の生徒会が、ルネひとりに……」「嘘、だろ……」

 

 倒れる上級生達のなかで苦悶の表情で膨張した首を抑えるティム=リントンの姿が映る。

 

「……いったいあの人は何をされたんだ?」

「体内の毒成分を活性化させたんですよ」

 

 オリバーの独り言に自動人形ルネが答えた。

 

「リントン先輩の体内には強力な毒が無数に仕込まれています。耐性のある体に保管するという実に錬金術師らしい方法で。ただ私はその毒を錬金術的な魔法干渉で支配と強化をし、先輩を攻撃するよう命じたのです。その結果があれなわけですね。組織を痛めつけ、ああやって炎症を起こしているのです」

 

 真っ赤に膨れた首に苦しむティムの姿を指差し、自動人形ルネは淡々と説明する。

 

「錬金術師や呪者にありがちですが、やはり体に毒やら呪詛を溜め込むのは止めるべきでしょう。少なくとも体に入れるものの全てをコントロールできないのであればすべきではありません。耐性があるのと、それらを完全に支配しているのとは次元が違うのですから」

 

 危ないものは持つなというくらいの気軽さだが、体内に隠した毒を操る怪物をどう想定しておけというのか。オリバーはその突拍子のなさについ言ってしまう。

 

「そんなことができるのは君くらいだ」

 

 オリバーの指摘にミリガンも頷いた。

 

「ああ、そうだろうね。君は究極の錬金術師だ。どんな物質も魔力で自由自在だ」

 

 明らかな称賛である。自身が知る限りそんなことをできる魔法使いは君以外いないという。

 

「……そして君は究極の呪文使いでもある。どんな事象も魔力で自由自在だ」

 

 続けて称えた。物質に加えて現象すらもルネは支配しているのだと。炎を蝶に変えて操ったのだ。自由自在でないものはない。

 

 もっともミリガンは感動してルネを褒め称えているわけではない。言いたいことがあるから口を開いたのだ。

 

 彼女が映像を見上げると次々とやられていく生徒会の精鋭達の姿が映っていた。足の断面から血を流してその場から動けないレセディと、息ができずにとうとう倒れたティムの姿を無表情に見つめている。

 

「……もう、この辺りで良いんじゃないかな?」

 

 ルネの方を向かずにミリガンは言った。停戦の提案を。

 カティ達の視線が彼女に向いた。カティ達が言いたくても言えなかったことだからだ。

 

 ミリガンはすぐに言葉を続ける。

 

「君の勝ちだ。君は生徒会に真正面から勝ったんだ。それで良しとしてくれたま……えぇ?」

 

 そして団長の様子を伺おうとして、彼女は言葉を失った。

 いつの間にか自動人形ルネがフードを被っていたからだ。これが意味することは離脱である。ルネの意識がこの機械の体の影に隠れ、自動人形(オートマトン)としてしか動かなくなるのだ。

 

 まさに機械的な対応だ。この体にもう何を言っても無駄だった。ルネの意識は逃げたのだから。

 

「君は、本当に……」

 

 困り果てた様子でミリガンは頭を掻いた。

 彼女は不死鳥の団の団員とはいえ四年生である。ルネも彼女にはそれほど強く出られないのだろう。ミリガンを言い負かすでもなく、団長として圧力をかけるでもなく、対話拒否を選んだのだから。

 

 その間にも生徒会は次々とやられていく。

 

「ミリガン先輩」

 

 焦った様子でカティが指示を仰いだ。一年生全員の視線を受け、調子を切り替えたミリガンは素早く指示する。

 

「しかたないか──カティ君、ガイ君、ピート君はここに残ってこの自動人形(オートマトン)君に呼びかけ続けてくれたまえ」

「「「はい!」」」

 

 カティ達はすぐに自動人形ルネを取り囲んだ。

 

「ルネ、お願い言うことを聞いて!」「おら、動けこのクソ野郎!」「逃げるな!」

 

 カティの懇願とガイ、ピートの罵倒が飛ぶ。しかし機械の体は一切フードを動かさなかった。

 

「で、残りのメンバーは私とあそこに行こう」

 

 ミリガンは戦場を指差す。が、それなりに距離があった。おおよそ五百五十ヤードだ。

 

「距離がありますわ」

 

 ミシェーラが絶望する。走って行けない距離ではないが、それでは間に合わない。ルネが生徒会全員を仕留めてしまう。

 

 箒に乗れれば良いのだが、ミシェーラ達は唐突にルネに拐われたために探索に必要な道具を何一つ持っていなかった。ルネから招集を受けていたミリガンは道具や箒の用意があるが、流石に一本の箒に三人も四人も乗れない。

 

 困惑するオリバー、頭を悩ませるナナオだが。ミリガンは余裕の笑みを浮かべた。

 

「安心したまえ。私が君らを乗せていくから」

 

 そして、その姿が大きく変わる。

 まずローブが異常なまでに広がり、大きな竜の翼になった。首は長く伸び、顔は蛇のそれに変化する。

 竜の翼が大きく羽ばたくと、強力な風を起こすと共に制服を着ていた女性の体が一瞬で巨大な鳥の胴体へと変わった。

 尾は蛇、足は鋭い鉤爪の生えた鳥のもの。変身したその姿は巨大な石蛇(バジリスク)のそれであった。

 

「では行くよ!」

 

 蛇の口が開き、ミリガンの声が発せられる。彼女は呆気に取られるオリバー達の間を素早く動き、三人を一瞬で背に乗せると翼を広げて飛んだ。

 助走などはほとんどなかったにも関わらず初速から速い。箒にも負けないくらいだった。

 

「せ、先輩! これは!?」

 

 背の羽毛に掴まりながらどうにかオリバーが尋ねる。蛇の顔でミリガンは応えた。

 

「私はルネ君の改造を受けていてね。この変身能力はその結果さ」

 

 どういう仕組みなんだと全員が思ったが、気にしてもしかたがないと思ったのかより優先的な問題に言及する。

 

「間に、合いますか?」

「もちろん!」

 

 飛行速度が更に上がった。風のおかげでも翼の力でもない。魔力的な加速だった。

 おかげでオリバー達は更に強くミリガンの巨体に掴まらなければならなくなる。

 

「は、速い!?」

 

 無表情な蛇の顔がにやりと笑った。

 

「改造だからね。この姿は石蛇(バジリスク)そのものではないんだ。だからかなり速度も出せるんだよ。もちろん魔法だって大丈夫さ。この爪が杖剣の代わりをしてくれる」

 

 魔法生物の能力を魔法使いが取り込むことは珍しいことではない。以前のミリガンも石蛇(バジリスク)の邪眼を自身の目として使っていたのだから。

 

 しかし魔獣に変身する魔法使いは少ない。改造の技術以前にそうなると基本的に魔法が使えなくなってしまうからだが。

 そんなデメリットをルネはあっさりと技術的に突破したのだろう。爪から発せられる領域魔法がその証左だ。

 

「……何て技術なんだ」

 

 ぼそりとオリバーが呟く。そんなものを作ったルネにも、それを受け入れたミリガンにも。

 彼の声が聞こえていたのかミリガンは楽しげに笑った。

 

「確かに。でもこうして役立ったのだから良かったとしようじゃないか。ほら、下を見なさい」

 

 速度が急に落ちたことでようやく動けるようになった三人が身を乗り出すとルネ達の姿が真下に見える。今にもゴッドフレイに止めを刺しそうな様子だった。

 オリバー達は互いに顔を見合わせ、意を決して飛び降りる。

 

 

 

「ルネ、そこまでにしろ!」

 

 減速呪文で勢いを殺しつつ着地したオリバーがルネの前に立ちはだかり

 

「ええ、あなたの勝ちですわ。これ以上は、もう」

 

 ミシェーラがゴッドフレイ達を庇うように降り立ち

 

「これで決着にござる」

 

 ナナオはルネを背にゴッドフレイ達と対峙する形で団長を諫めた。

 

 そして最後に。

 

「すまないね、ルネ君。しかしこれは反逆じゃない。部下としての進言というやつさ」

 

 上空を旋回していたミリガンがゆっくりと降下してくる。

 着地の寸前にその全身が大きな翼に包まれた。すぐに翼は開き、彼女の人間としての姿が露わになる。石蛇(バジリスク)の翼はローブへと溶けるように消えていった。

 

「ミリガン、なのか?」

 

 初めて見る能力に目を見開くゴッドフレイ。そんな彼にミリガンは微笑みつつ告げる。

 

「ええ、そうだともゴッドフレイ統括。私も不死鳥の団の一員として幾つも階段を上ったんだ。これも全部ルネ君のおかげさ」 

 

 しかし、と彼女は視線をルネに変えた。

 

「それはそれとして、もうここまでにすべきだ。君の希望は生徒会との戦闘でどちらが強いのかを確認することなんだろう? なら、これで終わりとしようじゃないか。団長殿」

 

 ルネの隣に立ち、ミリガンがそう説得する。

 

 それらを受けたルネの反応は

 

「うーん」

 

 納得いっていない様子だった。

 説得のおかげか少し興奮が冷めたらしい。四人を押しのけてでも仕留めたいとは思っていなさそうだが、後ろ髪惹かれる思いがありそうだ。

 

 そんな彼の足元に何かが勢いよく転がり込んできた。視線を下に向ければそれは再現人形(ダミー)オフィーリアである。

 手足のない彼女だが、やってきた方向を見ればリヴァーモアがいた。

 

「恩に着るわ」

 

 オフィーリアの言葉にリヴァーモアは応えずに足早に去っていく。そんな彼の背中からオフィーリアは視線をルネに向けた。何をしてくるのかと好奇心の眼差しで見下ろしてくる少年を睨みつける。

 

「ちッ」

 

 ルネの表情が恐怖や驚きでないことに彼女は不満だったが、まあ良いだろうとすぐに思い直した。その好奇心が命取りになると教えてやれれば良いのだから。

 

子宮殿(パラーティウムアニマールム)!」

 

 オフィーリアは高らかに絶界の名を唱える。空間の歪みがルネと彼の周囲にいたミリガン達も飲み込んだ。何か言う間もなく彼らの姿は異空間へと消える。

 絶界へと入る前にオフィーリアはゴッドフレイを見つめた。彼と目が合う。一瞬迷い、オフィーリアは言った。

 

「先輩、逃げてください」

「オフィーリア、君……」

 

 血塗れのゴッドフレイは穴だらけの手を伸ばそうとしたが、彼の腕が持ち上がる前にオフィーリアの姿は絶界へと消える。

 ゴッドフレイの記憶に残ったのは微笑みだ。その表情はカルロスと同じだった。最期に自分へと振り返った彼の顔と。

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