七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第63話~帰還~

「ア、アアァ」

 

 ルネが杖を振った瞬間も再現人形(ダミー)は油断していなかった。彼女は合成獣(キメラ)達に命じて肉壁となって自身を守らせ、更に追加の出産も済ませていたのだから。数え切れないほどの我が子に己の周囲を取り囲ませ、彼らを盾にどんな攻撃にも耐えるつもりだった。 

 

 蠢く命の防壁の中で人形は笑みを浮かべていた。防いだら、すぐにでも反撃を。

 そう考えたところで彼女の意識はなくなった。怯える暇も、慄く瞬間もなく。ただ敵意に薄ら笑ったまま暗黒に飲み込まれたのだから。

 

 オリバー達は固まった表情のままそれを見上げていた。突如宙に現れた黒いなにかである。

 ついさっきまでそこには合成獣(キメラ)に守らせた人形が鎮座していたはずなのだが、その姿はもうない。代わりに黒が広がっていた。

 

「……焦げている?」

 

 塗料をぶちまけたような光景に見えたが、ミリガンはすぐにその正体に気づく。彼女の呟きでオリバー達も黒の周辺をよく観察した。

 

 そして黒が徐々に広がっている様子を見つける。まさにミリガンの言葉通り、何かが焦げているように。そう気づいた瞬間、薄紙が燃えるように焦げは一気に絶界中に広がっていった。水平だけでなく、立体的に。横も縦も奥行きも手前も全てに黒焦げが侵食していく。

 

 オリバー達は焼け焦げていく周囲を見回し、大きな恐怖に襲われた。

 自分達もその被害を受けるかもしれないという恐れではない。それはルネの結界が抑えてくれている。結界が破られるかもという不安はあるが、恐れるほどではなかった。

 

 彼らが恐れているのは焼けているものの正体についてだ。

 オリバー達はそれを感知したのではなく、自身の恐怖心から悟った。いったい目の前で何が黒焦げているのかを。

 

「世界が、焼けているのか? これは」

 

 居場所がなくなるような恐怖心は、まさに世界という彼らの居場所を破壊されていくことから引き起こされていた。

 しかしどうやっているのか。何を焼けば世界を焼いたことになるのか。空気? 魔力? その何かの部分はオリバー達には不明だったが、とにかく世界が焼け焦げていることだけは理解できた。

 

 オリバーの呟きにルネは頷く。

 

「ええ、その通り。おおよそ一溝四千二百穣度の炎で絶界を焼き切ったのです」

「「「は?」」」

「一溝四千二百穣です」

 

 オリバー、ミシェーラ、ミリガンが呆けた声を出したので聞き漏らしたのかと思ったルネは再度同じ返答をした。

 しかし彼らはもちろん答えが聞こえなかったわけではない。その内容に絶句したのだ。

 

「いっこうよんせんにひゃくじょう、とはどれくらいにござるか?」

 

 一方でナナオは聞き慣れない単位が引っかかったようだ。その点をこっそり隣りにいたオリバーに尋ねた。

 

「君はどれくらいの単位までなら分かるんだ?」

「万」

「なら一万の一万倍を七回したのが一溝。六回したのが一穣だ」

「──ほ」

 

 オリバーに言われて指を折って数えていたナナオだが、処理しきれない数に頭が回らなくなったのか意味のない言葉を口走って手を下ろす。計算も止めたようだ。

 

 固まってしまったナナオの頭を撫でながらミシェーラが言った。

 

「無理もありませんわ。あたくしも単位としては知っていましたが、実際にそれに値するものがあると聞かされるのは初めてですから」

「それだけ熱ければ、どうなってしまうのでござるか?」

「桁外れの数字すぎてそれを現実に当てはめられません。なので、あたくしには説明できませんわ。こうなってしまうということしか言えません。

 その点はどうなのですか、ルネ?」

 

 ナナオの疑問にミシェーラは答えられない。単位は文献で知っていたが、それが温度として現れるとどうなるかまでは想像もできなかったからだ。

 なのでそれを操るルネに質問を投げかけた。彼は楽しげに解説する。

 

「水は百度で沸騰します。木は四百度くらいで燃えます。それと同じように世界はおおよそ一溝四千二百穣度で燃えるのです。つまりこの温度の火を扱うと世界を壊してしまうということですね」

 

 世界を破壊する温度である、そんな答えに問いかけたミシェーラは絶句した。もちろんオリバー達も。辛うじてミリガンはルネの言葉を復唱する。

 

「そ、そうかい。世界を壊す、ね」

「はい、そうです。おっと、そろそろ絶界の構造が焼けて元の世界に戻りますよ」

 

 オリバー達に世界の構造が何かだなんて分からなかった。それが何でできているのか、どのようにしてできているのか。言われたところで二の句が継げないだけだ。

 

 しかしルネはそれを知覚していた。だからこの絶界がもう耐えきれないことに気づく。

 彼の目はこの世界の最小のものを見つけ、更にそこから次元を超えた場所へと続く景色を見出していた。この世界、つまりは絶界の基礎部分だ。

 彼の炎の温度がそこまで届き、異なる次元に存在する構造を焼き切るところを観察したのである。

 

 桁外れの温度の炎に要である人形を破壊され、また仕組みそのものを焼かれた絶界は崩壊を始めた。床には亀裂が走り、天井はひび割れて弾け飛ぶ。

 

 絶界は崩れ去り、ルネ達は現実へと戻った。淫魔の魔力に満ちた空間から迷宮三層の湿った空気へと。肉の地面はなくなり、泥の地面の柔らかさが足に伝わる。

 

 生還だ。しかしオリバー達の顔には安堵感よりも疲労の方が強く出ていた。世界を破壊する所業を見せつけられたからである。

 絶界を破壊できるルネは、つまりはこの世界も──そこまで考えて、彼らは頭を働かせるのを止めた。目の前の同級生または後輩が世界を壊せるだなんて知りたくもなかったのだから。

 

 今、自分達の世界が黒焦げていないのはルネがそうしていないから。そんなことを知ってどうしろというのか。そんな力を持っている少年にどう接すれば良いのか。

 

 一瞬敬語でも使わなければと自暴自棄に考えたオリバー達であったが、ルネはちっともそんなことは気にしていないようだ。自分の好奇心に従って魔力を使う。

 

「さて、さて……」

 

 ルネが宙の一点を見つめると、そこにトルソーが現れた。どこかに吹き飛んでいた再現人形(ダミー)の残骸を魔法で呼び寄せたのだ。

 

「あの炎の中で残っていたのか」

 

 オリバーの感想をルネが訂正する。

 

「いいえ、残したのですよ。こういう時にこそ慎重さというものは重宝しますね」

 

 そういうとルネは残骸の脇腹部分に触れた。元になった人物を完璧に再現しているのか胴体だけでも艶かしさが残っているが、ルネはそんなことに関心はないらしい。

 

 ほっそりした指で触れた箇所をカチリと押すと部品が外れ、中から水晶をはめ込んだ魔法道具が出てきた。ルネはそれを指の上で器用に転がし、手中に収める。

 

 その動きをオリバー達はじっと見つめていた。ルネが取り出したものの正体に薄々勘づきつつも、彼の説明を待つ。

 そうやって注目を集めてルネは話し始めた。

 

「これは予備の記録装置です。あくまで予備なので収集した記録に期待はできないかもしれませんが、中を確認するのが今からとても楽しみですね。まさか再現人形(ダミー)が成長をするだなんて。本来はそんなことができるように創ってはいないのですが、再現した魂魄が模倣を超えたということでしょうか。加えて絶界の部分展開に自爆的な絶界、どれも貴重な記録ですよ」

 

 記録装置を両手でぎゅっと握り、嬉々として仲間達にそう話した。まるでプレゼントを貰った子どものようだ。

 しかしその正体は採取した標本を前に小躍りする魔法使いである。敵を前に再現人形(ダミー)がモノから本物へとなった、敢えて表現するなら強敵に立ち向かうという感動的なその過程すら彼にとっては研究データでしかないのだ。

 

 模範的な魔法使いの姿である。少なくともキンバリーの教師はルネの姿をそう評価するだろう。

 ただオリバーとミシェーラはそうではなかったが。かといって彼らは口を挟めない。

 全てはルネが実力でやり遂げたことなのだから。そして二人はそれを止めなかったのだから。今になって言うべきことはないのである。

 

「さて、こちらは後で確認するとして」

 

 ルネは記録装置を握りしめた。そして手を開く。魔法道具はその手中から消えていた。

 

 手品のような動作で記録装置を工房へ送ったルネはすぐさま関心を別のものに移す。彼は上空から獲物を捉える猛禽類のように次の興味の対象を見つけた。魔力を頼り、視線のずっとその先を走っている集団を視界に収めたのである。

 傷ついた彼らは互いを守れるように密集した状態で撤退していた。

 

 丸い目を見開き、じっと二層の方角を見つめるルネの姿からオリバー達も彼の関心に気づく。ルネが撤退中の生徒会を狙っているのだと。

 

「──まだ届きますね」

「お、おい! ルネ!」「まずい、全員ルネ君を止めなさい!」

 

 不穏な呟きを耳にしたオリバーとミリガンがルネを止めようと手を伸ばすが。二人の動きよりも先にルネは宙へと飛び上がっていた。

 瞬間移動ではなく、ただの脚力で。そのひとっ飛びで友人達がずっと足元に見える高さまで移動したのだ。

 

 空中でローブがはためいた。三層の湿った風に揺られるルネだが、落ちることもなくそれ以上動くこともなくその場で静止している。

 彼は狙いを定め、杖を前に突き出して詠唱した。その声は魔力に乗ってオリバー達の耳にも届く。

 

貫け(ペネトラーチオ) 雨矢よ(サギタ) 地平まで(ディレクトゥム)

「さ、三節呪文!?」「まさか、本気でやるつもりか!?」「執拗にござるな」

 

 驚愕する友人達のはるか上にて、詠唱と共にルネの周囲に無数の、まさに降ってくる雨粒のような数の魔力光が輝いた。

 

 数えきれないほどの光はオリバー達からもはっきりと見える。それら一つ一つが強力な貫通呪文であることも分かっていた。

 ルネが扱い、加えて三節での詠唱だ。そんな魔法が雨のように降り注ぐとなれば、その先にいる相手はどうなってしまうのかは簡単に想像ができる。呪文に打たれ、雨水の代わりに全身を血で濡らすのだ。

 

「ミリガン先輩!」

 

 そんなことをさせるわけにはいかない。が、オリバー、ミシェーラ、ナナオには打つ手がなかった。ルネはずっと上空にいるし、その位置は彼らにとって魔法の射程圏外だ。

 

 なのでオリバーは唯一飛行能力を持つミリガンに頼った。彼女は既に身をかがめ、そのローブを翼に変身させているところだ。

 

「間に合うかな?」

 

 石蛇(バジリスク)の翼を広げ、上空のルネを見上げる。焦った表情を浮かべるミリガンからは自信が感じられなかった。

 ルネが一瞬でジャンプした位置まで魔力の助けを借りても届きそうにないからだ。彼を止められる位置に着いた頃には呪文は打ち出されているはず。

 

 一方、真下で慌てふためく友人達の様子にようやくルネは気づいたらしい。魔力を頼って声を広げ、彼らに言い訳をする。

 

「ご安心ください、致命傷になるような攻撃をするつもりはありません。ただもう少しだけ私のことを覚えておいてほしいだけなのですから。この可愛い後輩が最後の最後まで頑張る魔法使いなのだと」

 

 そして友人達の反発を受けた。オリバー達は愕然として叫んだ。

 

「な、何を馬鹿なことを言っているんだ! もう十分だろう!」「これ以上は不必要にもほどがありますわ!」「ルネ! どうかその杖を収めていただけぬか!」

 

 追い打ちをまるで可愛いアピールのように言っているが、体を貫く魔力光の雨は決してそんな生易しいものではなかった。

 しかしルネにとってはそうなのだ。友人達を見下ろしていた目を生徒会の方に向ければ、貫通呪文が待機する光に流石に彼らも気づいたのか走る速さを上げていた。

 また狙いがつけられないように陣形を広げ、密集した状態を解いている。 

 

「では」

 

 遠目に細々と逃げ回る上級生達の姿を楽しそうに見つめながら、ルネは呪文を放った。待機していた呪文の魔力光が一斉に解き放たれる。

 

「ああ! やっぱり!」

 

 飛翔したミリガンが足元まで迫ったのは貫通呪文の雨が放たれた瞬間だった。音もなく殺人的な魔力の光が解き放たれる。

 

「止めたまえ、ルネ君!」

 

 しかしミリガンは諦めなかった。呪文が放たれてもルネを止めればどうにかなるかもしれないからだ。

 だから必死に、後先考えずにルネの足首を掴もうとするが。

 

「ああ、先輩。どうぞ下でお待ちください」

 

 届きかけた手がぴたりと止まった。ルネの無言の魔法によるものだろう。彼に向けた手は指先一つも動かない。

 

「ぐ、ううッ!」

 

 ミリガンは魔力を扱うが、どうにも拘束を解けなかった。あとちょっとでルネに触れられるというのに。

 更にミリガンは変身を解かれ、瞬間移動で地上まで戻された。どさりと泥の上に手をつく。場所はオリバー達のすぐ隣だ。彼らはミリガンにすぐに気づいた。

 

「ミリガン先輩!」

「すまない、まったく! 頑固な後輩団長さんだ!」

 

 オリバー達にミリガンは自身の非力さを謝罪する。そして立ち上がると苛立って悪態をつきながら天井を見上げた。光る大雨のように貫通呪文の軌跡は煌めいている。何もなければその美しさに目を奪われていたかもしれないが。

 

 あの一つ一つが殺人的で、そして撤退しているゴッドフレイ達を狙っているとあれば見惚れている暇もない。

 ただしミリガン達には見上げることしかできなかった。杖剣を手にするもどうしようもない。ただただ貫通呪文の雨が無慈悲にも手負いの上級生達を貫くところを黙って見ているしか。

 

 しかし、そうはならなかった。どこからか現れた人影が貫通呪文の前に飛び出したからだ。空中で魔力光の雨を前に、白いマントを羽ばたかせながらその魔法使いは杖剣を構えた。

 

「はッ!!」

 

 そして魔法使いは杖剣をそのまま横薙ぎに一閃する。乗せた魔力を放ちながら。魔力は景色を歪ませ、貫通呪文へと迫る。

 

「なんという剣圧!」

 

 その時の震動と轟音はオリバー達にも届いた。肌と鼓膜をびりびりと揺らす。ナナオが感動したように叫んだ。

 

「ああ、全く。流石だ」

 

 同意するオリバー。ミリガンとミシェーラも頷く。同時に歪みが貫通呪文の雨あられと激突する。

 

 魔力と呪文はぶつかったが、拮抗はしなかった。呪文の真正面から叩きつけられた強力な魔力の波動によってルネの貫通呪文が全て弾かれたからだ。閃光は狙いを大きく外して真横に飛んでいった。

 

 逸れた魔力光は誰もいない沼地に命中する。爆発も衝撃もないが、そこには杭を打って作ったような穴が空いていた。

 筒状の穴の表面はなだらかだ。磨いたように美しい。もし誰かに貫通呪文が当たっていたら、この穴が誰かの体に空いていたということである。

 

 助けてくれた魔法使いに対して、ゴッドフレイ達は足を止めて振り返っていたが。

 

「逃げなさい」

 

 魔力で拡声された魔法使いの一言で再び撤退を始めた。後ろ髪惹かれる思いのようだったが、自分達の損傷を考えての行動だ。

 流石にルネもこれ以上の攻撃はしなかった。彼の視線は自身の呪文を弾いた魔法使いに向けられている。

 

「おやおや、これはこれは」

 

 ルネは空中からゆっくり降りてきた。重力を無視しているため魔法で降下しているようだ。

 彼の貫通呪文を弾いた魔法使いもゆっくりと歩み寄ってくる。その姿を見て、オリバー達は大きく安堵した。彼ならルネを止められるからだ。

 魔法使いは白いマントを揺らし、ルネが着地すると同時にその前に立つ。

 

 ほとんど間もなく、最初に呼びかけたのはルネの方だった。

 

「こんにちは、ガーランド先生」

「ああ、Mr.(ミスター)サリヴァーン」

 

 魔法剣教授ルーサー=ガーランドは生徒の声に応じる。その声に厳しさなどはなかった。無謀な生徒を咎める様子はない。むしろ彼の方が気まずそうだった。

 

「あ」「これは、まさか……」「そうか、なるほど」

 

 そこでオリバー達は気づく。しかしナナオは別だった。

 

「何があったでござるか?」

 

 オリバーはナナオの袖を引っ張り、ミシェーラとミリガンの背に隠れて小声で話す。

 

「──声は小さく。これはかなり微妙な状況なんだ。教師が生徒同士の争いに介入してきたんだからな。それも迷宮内で。校則も滅多に通用しない場所なんだ。だから教師の介入にはかなり切羽詰まった理由がないといけないはずだが」

「──然らば、今はそれに当てはまるのでは?」

 

 重傷の生徒会へルネは追い打ちをかけようとしたのだ。十分に仲裁に入る理由になるのでは、とナナオは言うが。

 

 オリバーの表情は渋い。

 確かにルネは生徒会に勝った。しかしその限度はどこまでか。全員に大怪我を負わせたら勝利か、それとも全員を動けなくするまで続けさせるべきか。

 その判断ははっきりとしない。

 

 ナナオの意見に同意していないのはガーランドも同じだろう。もし彼が指導目的で横槍を入れたのならすぐにルネへ注意をするはず。しかしガーランドは何も言わず、気まずそうに腕組みをしているだけだった。

 

「──いや、微妙なところだ。それに先生がここにいるのも話をややこしくする理由だ」

「──というと?」

「──生徒が迷宮内で遭難した場合、教師が動くのは八日後だ。これは教員規定で決められている。もちろんまだ八日も経ってない。本来ならガーランド先生がここにいるのも問題視されるような行動なんだ」

「──では、ガーランド殿はなぜ?」

 

 オリバーはちらりとガーランドを見つめる。挨拶をしてからルネが黙っているからガーランドの方も何も言えないようだった。

 教師の立場から何か適当に言い訳しても良さそうなものだが、それもしない。やっても教員規定や校則を熟知しているルネに反論されると思っているのかもしれないが。

 

「──つい動いてしまったんだろう。ここの教師にしては良い人だよ、やはり」

「──なるほど。流石にござる」

 

 どうやらガーランドの行動は咄嗟のものだったようだ。迷宮内に入ったことも、生徒会を救うために動いたことも口実なんて考えていなかったのだろう。

 しかしナナオやオリバーの尊敬は得たものの、おかげで切羽詰まってしまったわけだ。

 

 オリバー達はどうやって助け舟を出そうかと思っていたが。ようやくルネが口を開いた。

 

「しかしガーランド先生。三層で散歩をされるだなんて。ここよりも二層の方が散歩向きですし、楽しいのではありませんか?」

「な……」

 

 ガーランドは目を見開く。てっきりこの賢しい生徒から何かしら追求があるかと思っていたが。

 ルネは話題をそらしたのだ。どうしてガーランドがここにいるのかと問い質すことはせず、ただの散歩中であると決めつけた。

 

 もちろん彼には分かっている。ガーランドが散歩の途中などではないことも、今自分がキンバリーのルール上において優位にいることも。

 ルネは白々しく話を続けた。

 

「おかげで都合が悪いところを見られてしまいました。三層を荒らしてしまって申しわけありません。修復は完璧にやっておきますので、どうか教授会への報告は許していただけるようお願いします」

 

 自身の優位を捨ててルネはガーランドを気遣ったのだ。教師なのに問題が起きている階層にいること、そして生徒同士の戦闘に介入したこともなかったことにした。

 破砕や三節呪文で三層に大打撃を与えたことは事実ではあるのだが。おかげで他の問題行動にガーランドは言及できなくなった。

 

「……では、以降は注意するように」

「はい。申しわけありませんでした。修繕が終わり次第、校舎に戻ります」

「ああ、そうしなさい」

 

 ルネが頭を下げる形で話が終わる。苦虫を噛み潰した顔でガーランドは彼の頭を見つめていた。言いたいことが何も言えなくなったからである。

 一応これ以上は生徒会を攻撃しないつもりであると言質は取れたが。

 

 しかもルネは頭を上げなかった。ガーランドがいなくなるまでそうしているつもりなのだろう。その可愛げのなさも余計に魔法剣教授の表情を歪めた。

 

「先生、ありがとうございました」「感謝します」「師範(マスター)、ありがとうございます」「かたじけなく存じます。ガーランド殿」

 

 オリバー達はルネとは違って誠意を込めて頭を下げた。それが唯一の救いだったのだろう、ガーランドは言葉にはしなかったがジェスチャーで彼らに感謝を伝えて帰路についた。

 

「さて」

 

 ガーランドの姿がいなくなったところでルネは頭を上げる。彼を見つめる友人達の目は否定的なものばかりだが、ルネは気にしていない様子だ。楽しげに遠くを飛んでいる飛行船クリストファー号を指差す。

 

「では我々も帰りましょうか。Ms.(ミズ)アールト達も乗せましたし、工房内に残っていた生徒も収容が終わりました」

「そうだね。まあ、これ以上ここにいる必要もないか」「では」

 

 ミリガンとナナオはやれやれと呆れつつ歩き出したルネについていった。遅れたのはオリバーとミシェーラだ。

 

 ルネは言及してなかったが彼が攫った生徒の中の三人は死んでいる。何歩か遅れてルネの後ろを歩きつつ二人は名も知らぬ同級生の死に背筋を伸ばした。

 祈ることはしない。自分達も、そして彼らも魔法使いなのだから。魔道に殉じるのは覚悟の上だろうと。

 ただその死に敬意を払った。ルネがちっとも気にしていないところである。

 

 

 

 クリストファー号は三層の空を悠々と飛行する。この階層の瘴気もルネの飛行船には無意味だった。装甲にも内部にも何ら影響はない。

 

「術殻・貫通炸裂」「了解、術殻・貫通炸裂を選択」

 

 クリストファー船橋にて人造人間(ホムンクルス)達が画面を操作して命令を復唱していた。この船に備わっている魔法兵器を準備しているのだ。

 

「魔力炉より人工術式に魔力を注入。発動準備完了」

 

 画面に目標が表示される。オフィーリア=サルヴァドーリの工房だ。

 

「攻撃開始」「了解。攻撃開始します」

 

 船長である自動人形ルネの指示により人造人間(ホムンクルス)は魔法兵器を発動する。

 といっても船に魔力を飛ばす砲塔が備わっているわけではない。この船が杖の代わりになって魔法を発動させるのだ。魔力の制御は船の機能が、魔力は炉から得て意念(イメージ)は魔導工学的に再現したもの。

 この三つによりルネの飛行船団は強力な魔法を機械的に発動させることができるのだ。

 

 オフィーリアの工房上空に魔力光が現れると、それは工房を貫き一帯を吹き飛ばした。優れた魔法使いの三節呪文を優に上回る威力だ。

 その衝撃波も凄まじくクリストファー号にまで届いたが、船の障壁に遮られて船体に届くことはなかった。

 

 工房跡の穴の映像を見ても船員達は静かそのものだ。彼らは目標が完全に破壊されたことを確認するとすぐに船を帰路に就かせていたからである。二層の拠点への転移の準備だ。

 

「すっご! これがかのサリヴァーンの魔道兵器なわけね!」「なんて威力!」

 

 一方で歓声が上がった部屋もあった。オリバー達が案内されていた客室である。工房が破壊された映像はここにも届けられていたのだ。

 

 ただし騒いだのはアニー達だけだった。オリバー達は三層の泥が天井近くまで巻き上げられた光景を見ても何一つ興奮しなかった。巨大な爆風と共にオフィーリア=サルヴァドーリがこの世にいた最後の痕跡が消えるのを彼らは静かに見送る。

 

「にしても、まさかここまでやるだなんて思わなかったわ。あのサルヴァドーリ先輩を討ち取って、その後に生徒会の先輩方もやっちゃうだなんて! 一周回って最高ね! 流石あたし達のリーダー、もう何だってアリだわ!」

「あ、アニー……落ち着いて……」「そりゃとんでもない事態だけどさ……」

 

 やけくそになって興奮していたアニーと、彼女を宥めようとする友人達だったが。他の団員がアニーに同調する。

 

「でも、アニーが言ってることは間違ってない。僕らがここに入った選択も間違ってなかった」

「うん。ルネについていけば、私達はもっと先に行ける。夢にたどり着ける」

 

 声はアニーのように大きくなかったものの不死鳥の団のメンバー達は興奮に目を輝かせていた。一年生で上級生を蹴散らした実力者を自分達は指導者として掲げているのだから。

 そしてその指導者は自分達の教育に熱心である。つまり自分達の成長も十分に見込めるのだと改めて確信したのだ。

 

 熱のこもった仲間達が自身に同調したからかアニーは更に過激になった。

 

「そうよそうよ! じゃ、この偉業を称えて──不死鳥の団、万歳!」「「「万歳!」」」

「もういっちょ! 万歳!」「「「万歳!」」」

 

 歓声や拍手が客室に響き渡る。杖先から花火が飛び出し、宙を舞った。グラスが激しく掲げられ、中身が飛び散る。

 

 興奮したアニーが音頭を取っているとはいえ、団員達はそれぞれ自身の意志で我らがリーダーとしてルネを称えていた。

 しかしナナオとカティはその雰囲気には乗れなかったようだ。静かに退室した。オリバー達とミリガンもその後についていく。 

 

 部屋の外でも映像は見れた。カティ達に魔力光の画面がついてきたからだ。

 映っているのは船の攻撃により大穴の空いた三層の光景である。しかし残った自動人形ルネの魔法で修繕が始まった。

 杖を数度振っているだけだが、魔法によって現れた泥によってすぐに穴は塞がり、破砕で入った亀裂も直された。そうやってこれまでの破壊は全て消え、元の迷宮の姿が取り戻されるのだろう。

 

「何でも直せちゃうんだね、ルネは。やっぱり」

 

 カティはそう呟いた。オリバー達は彼女に声をかけようとしたが。

 

「あ、外……」

 

 窓から三層の景色が見えているのに気づいた。

 気晴らしにかカティは外を眺めようと駆け寄る。窓に顔を近づけ、外を覗き込もうとした時に船内放送が流れた。

 

「二層拠点へ転移開始」「二層拠点へ転移開始」

 

 短い音声の後、特に震動などもなく窓の外の景色が一瞬で混沌の色に染まった。転移中の空間だ。気味の悪い星空のような色合いだったので、カティは景色を眺めるのを止めて手すりを背にぼんやりと友人達を見やる。

 

 そのぼんやりとした顔には様々な感情が含まれていた。ルネの実力に対する畏敬、ルネの所業に対する陰鬱さなどなど。なんということを成し遂げたのか、なんてことをしたのか。ここまでのことをやるだなんてと。

 

 それらがカティの矜持とぶつかり合う。結果、無表情を彼女にもたらしていた。

 

 そんなカティにオリバー達も言葉をかけられなかった。不死鳥の団を辞めろとも言えない。それは彼女の魔道を邪魔することになるからだ。

 カティもそんなつもりはなかった。不死鳥の団を抜けるつもりはないのだが、だからといって彼のやったことに無反応でいられるほど冷たい心にはまだなっていない。

 

 オリバー達もカティ同様に静かにその場に並ぶ。それがカティにはありがたかった。今、彼女には何かを考えて決める気力がなかったからである。

 

 窓の外の景色は二層のものに変わった。進路は夜明けの城に向いている。

 短い船旅はあっさりと終わった。何の滞りもなく飛行船は拠点の発着場へと下りたからだ。

 

「夜明けの城に到着」「夜明けの城に到着」

 

 短いアナウンスが流れると、不死鳥の団員達は客室からぞろぞろと出てくる。その下船の流れにカティ達も乗った。彼らと合流し、夜明けの城から校舎へと戻る。

 生徒会をも巻き込んだルネの騒動はこうして幕を下ろしたのであった。

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