七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第7話~協力~

 マルコと面会を終えた後にルネは再びカティを乗せ馬車型自動人形(オートマトン)を走らせていた。無音でキンバリー敷地内を駆ける馬車はまさに魔法の乗り物である。

 

「ごめんなさい。そのところをもう一度説明してくれる?」

 

 車内ではカティがルネに色々と訊いていた。トロールに施された魔法的処理についてである。

 

「はい、構いませんよ。まずブローカ部位への魔力干渉についてですが、治癒魔法の応用である魔法施術の術式を用いまして──」

 

 どのような処置をマルコが受けたのか。カティは事細かにそれを尋ねてきた。そしてルネは丁寧にどういった処置を行うのか、魔力をどのように扱うのかまで丁寧に説明する。

 

「……酷い。酷すぎる」

 

 彼女がルネの説明を何度も聞き直し、理解した頃にはカティは怒りと同情で拳を震わせていた。

 

「この施術であの子の健康とかは……」

「健康面に問題はありません。知性化研究の初期段階では脳への干渉についての理解が浅く死亡例も多かったようですが、マルコに施された術式は研究が滞る直前の最新版に改良が加えられたものでした。あれなら何ら障害は残らないでしょう。だから一見すると施術をしたかどうかすら分からないのですが」

 

 ルネはそう説明しつつ、施術者の無念を感じ取る。

 知性化研究の最新版は公にはずっと更新されていない。つまりトロールに施されたものは施術者がオリジナルで改良したものか、その関係者が連綿と紡いできた技術である。

 それすら結果を出せなかったのは──どれだけ研究というものがそうであったとしても──研究者の心には突き刺さるものがある。

 この同情はカティの抱いた心情とは全く違うものであるためルネは口にはしなかったが。

 

「そう……それならひとまず良かった」

 

 でも、と彼女は不安げに言った。

 

「私にあの子を救えるのかな。どうやって良いのか全く分からないのに」

 

 ルネはトロールに真剣に向き合えるカティの優しさに笑みを浮かべる。彼女が見せる愛情を何度か見たが、そのたびに「これが鍵になる」というルネの直感がますます強くなった。

 

「もし私の考えに則るのなら、重要なのはトロールが()()()()と思うことです。どれだけ私達の会話を理解したところで私達と話したいと思わなければ意味がない。会話は双方向のものですからね。どうやらこれまでの魔法使い達はこの点を見過ごしていたらしい。もしくは徹底的に甘やかすことでこの点をカバーできると考えていたのでしょう。しかしやはり実質的はトロールを()()()()面が強く、彼らに話したいと思わせませんでした。私は君の優しさがマルコに話したいと思わせるのだと考えているのですよ」

 

 カティは居心地の良い座席に深く体を埋める。

 

「そんな難しいこと言わないで……あなたの魔法でどうにかならないの?」

 

 困り果てたカティの泣き言にルネは優しく笑った。

 

「今の私ではできないから君に協力を頼んでいるのです。私が彼に影響を与えた時点でそれは自発ではありませんから。もしもその自発を観測できれば魔法で再現は可能となるでしょうが」

「また難しいこと言って。喋ってもらうなんてどうやったら良いの? ──別にあなたの案に乗るってわけじゃないけど」

 

 両頬を手で抑え、あーと脱力するカティ。彼女自身は何も案を持ち合わせていないことを露呈させてしまったが、ルネは変わらず優しさで答えた。

 

「私が思うに、特別に気負わずにいつも通りに接したら良いのでは? 君は嘘が苦手と言っていましたね。また気が重くなるとも。となると自然と本意で動くでしょう。そこをマルコはよく見ているはずです。正直な君を見て、彼も話そうと思うかもしれません」

 

 カティは頬から手を放さずじっとルネを見る。

 

「そんなに上手くいくのかしら。これまでその実験ってずっと失敗してきたんでしょう?」

「少なくとも嘘はいけません。亜人種などの知恵ある魔法生物はこちらの嘘を見抜きます。私達の魔力や匂いから敵意などを察知しているのでしょうが、何よりも常に彼らは生存のために疑っていますからね。我々は彼らの知恵を甘く見てはいけないのですよ」

「──ルネ。あなたって人権派なの?」

「もし君がそう思っているのなら私の論文を読むと幻滅するでしょうね」

 

 これまでの態度や発言などからふと出た疑問をカティが尋ねるとルネは変わらず正直に答えた。

 カティもそれ以上は訊かなかった。しかし彼女の質問はルネの好奇心を多少刺激したのか考えながらも彼は更に答え続ける。

 

「ふうむ。しかしどうでしょうね。私は保守派か人権派か、自分の立ち位置を考えたことはありませんが……少なくとも生命や魔法生物に敬意は払っていますよ。解剖の際も敬意を払い、丁寧なレポートを心がけていますし。感謝の念も忘れません」

「私としては解剖ってところが気になるんだけど」

「ふふ。模型や資料でも分からないことはないのですが、やはり彼らを知るには今のところ解剖が不可欠ですよ。模型の精度が生体並みに上がれば別ですが……これを研究開発するのも良いかもしれませんね。私の自動人形(オートマトン)技術や解剖学の知識が応用できるかもしれません。素晴らしいアイディアをいただきました。ありがとうございます」

 

 金髪碧眼、まさに美少年を絵に描いたようなルネ。更に性格も明るく魅力的な人物といっても過言ではなかった。

 どれも発言に嘘が感じられない。成果を上げる魔法使いをもっと陰険で邪悪な存在と覚悟していたカティにとってルネの存在は意外だったが、やはりどこか相いれないところも感じた。

 その点は彼も自覚しているのだろう。ルネはそういった相違点を、少なくとも小馬鹿にせずに尊重して接してくる。もしくは自分には関係ないと思っているのか。

 彼と協力すべきかそうでないのか。

 カティは答えを出せずにいた。

 ルネは焦らずにと言っていたが、悠長なことも言っていられない。

 ふと気分転換に窓の外を眺めると、知った人影を二つ見つけた。カティは反射的にルネに向かって言った。

 

「あ……ルネ、止めて止めて!」

 

 一切揺れや慣性などを感じさせず馬車はぴたりと止まる。 

 

「どうされました?」

 

 ルネもカティの指差す方向を見て、ああと納得した。

 やや離れた位置にいた二人の人影はオリバーとサムライ少女ナナオ=ヒビヤだったからだ。

 噴水広場に何の用事があったのか分からないがナナオが物珍し気に大きく手を振りながら駆け出し、オリバーが恥ずかしそうにそれを止めようと彼女を追った。

 ルネは馬車の扉を開け、駆け寄ってくる二人を迎える。

 

「おはようございます。Ms.(ミズ)ヒビヤ、Mr.(ミスター)ホーン」

 

 階段が現れ、ルネはそれを足早に降りて二人と同じ地面に立った。

 

「おお、ルネでござったか。何やら妙な乗り物が走っていたゆえ何事かと思ったでござる」

「濡れたままで走るなナナオ! ああ、ルネか。これは君の乗り物か?」

「ええ、私の自動人形(オートマトン)ですが……ところでお二人はどうして濡れているのでしょうか」 

 

 近づいて分かったがどうしてだか二人は濡れていた。正確に言えばナナオは頭から足先まで湿っており、オリバーは制服のローブが濡れている。

 

「朝から水浴びでもされてたのでしょうか」

「うむ。水垢離(みずごり)にござる」

「ミズゴリ……ふむ。日の国(ヤマツ)の文化でしょうか。とにかく濡れたままでは体に障りますので」

 

 ルネは特に何もしたように見えなかったが、彼が呼び寄せた力は仄かな暖かさとなってナナオとオリバーのローブを瞬時に乾かした。

 

「ほお! やはり杖も言葉もなしにまじないが……やはり凄いでござるなオリバー」

 

 頭から腕を触り、滴っていた水が全くなくなったナナオは興奮した様子で自分の体を見回す。

 

「ああ、彼の絶技だ。すまないルネ」

 

 オリバーも乾いたローブをぱんぱん叩いて確認し、ルネに礼を言った。

 

「いえお構いなく。ところでもう一人も挨拶したいようですので」

 

 ルネは馬車の入り口に手を向ける。

 

「あ。オリバー、ナナオ。おはよう」

 

 カティが遠慮がちに扉の横から手を振っていた。

 

「おお、カティ。おはようでござる。拙者が起きた時にはまだ眠ってござったが、ルネと散歩でござるか?」

「おはようカティ。そういえば二人とも朝からどこに行ってたんだ?」

「え、ああ。その」

 

 オリバーの質問にカティが馬車から降りながらどう答えたものかと戸惑っているとルネがあっさりと答えた。

 

「ええ。実は昨日のトラブルについて分かったことがありましたのでその報告をしていたのですよ」

 

 あまりにあっさりと口にしたのでカティはびっくりして足を止め、ナナオとオリバーは目を丸くした。

 しかし三人の反応をあまり気にしなかったのかルネはさっさと話を続ける。

 

「ちょうど良かった。君達にMs.(ミズ)アールトが協力してほしいことがあるそうですので、お話をどうぞ私の自動人形(オートマトン)の中で。校舎まで私が送らせていただきますよ。高性能ですのであまり長話はできませんが。あっという間に校舎です」

 

 ルネはぽんぽんと自慢げに馬車の車体を軽く叩いた。

 

「そ、そういうこと。お願いしても良いかな?」

 

 彼の話の調子に慌てて乗ったカティが階段から飛び降り、そう二人に提案する。

 

「拙者は構わないでござるよ。ところで昨日の事故というのは、あの巨人の件についてでござるか?」

 

 何も考えずに受け答えをしたのかナナオは詳細をオリバーに尋ねた。オリバーはため息交じりに答える。

 

「それ以外にないだろう、ナナオ──俺も別に構わないが……その、分かったというのはどの程度だ?」

 

 そしてルネに質問した。彼は変わらぬ調子で答える。

 

「ほぼ全てと言っても。九割くらいでしょうか。最後の一割を知る必要はありませんので全てと断言しておきましょうか」

「それが、昨日の今日で分かったと?」

「うん。私に魔法をかけた生徒も特定して、ついさっき()()()くれたんだよね」

 

 カティは自分が好ましく思っていない点を強調し、ルネを横目で睨んだ。

 

「お、脅した? それはまた、随分と直接的な」

「気持ちは直接伝えた方が相手に伝わるものですよ」

 

 慎重に動くべきとオリバーは考えているようだったが、ルネは特にそうでもなかった。

 

「……報復の可能性は?」

「多分大丈夫。あれだけ怖がったらもう何もできないよ」

 

 オリバーの疑念にカティはルネが放った覇気の恐ろしさを思い出しながら答える。

 背中越しに気配を感じただけであれだけの迫力なのだ。目の前でルネの気迫を受けたMs.(ミズ)マックリー達はどれだけ恐ろしかったか。

 気絶すら忘れる恐怖をカティは味わったことはない。暴れたマルコと目が合った時もあれほど恐ろしくはなかったのだ。

 まるで後ろに巨大な宇宙が広がったような、そこに吸い込まれるような唐突な虚無感。

 その時の感覚を思い起こすだけで頭がおかしくなりそうだった。

 

「ほう。そんなに恐ろしい面相でござったのか? ルネのこの美姫のような顔が」

「ええ。女顔の私も怒る時は怒るのですよ」

 

 全くそんな気配のないまったりとしたやり取りをルネとナナオはやっている。

 その様子にオリバーは毒気を抜かれたのか「また何かあったら言ってくれ」とカティに告げ、男子寮へと向かった。噴水広場からどちらの寮も遠くないのだ。

 

「ピートとガイを起こしてくるよ」

「じゃあ、私はシェラを呼んでくるね。支度もしないといけないし。ほら、ナナオも」

「うむ。では後ほど」

 

 

 

「ほお、これはふかふかにござるな」

「ナナオ。飛び跳ねるな」

 

 オリバーやカティがそれぞれメンバーを呼んできたので全員がルネの自動人形(オートマトン)に乗り込み、貴賓室のような豪華な席に座った。

 ナナオはその高級な椅子の柔らかい感触を楽しみ、オリバーが静かに注意する。

 この二人の関係性はこういうものになりつつあるようだ。ルネは微笑みながら二人を眺めた。

 

「こりゃすげえな」

「そうだな」

 

 寝ぼけ眼ではあるがガイも興味深そうに中を眺めているし、ピートも興味なさげに見えるがちらちらと周りを見回していたので関心はあるらしい。

 

「これがルネ=サリヴァーンの自動人形(オートマトン)ですか。実に素晴らしい出来ですわ」

 

 ミシェーラは感心した様子で、また慣れた様子で席に着いた。上級貴族の彼女から見てもこの調度品は全て価値あるものだった。

 

「では出発しますね。校舎に着くまでに昨日あったことを手短に説明しましょうか」

 

 一切の揺れなく発進した馬車。ルネも席に座るとカティに話したことを彼らにも説明する。

 

「……つまり、あのトロールは知性化の失敗作だと? なるほど。確かに辻褄は合う」

「まさかあの実験がここで未だに行われていたとは」

 

 オリバーとミシェーラは知性化実験に関する知識を持ち合わせていたようだった。改めてキンバリーの奥深さを実感したように頷いている。

 

「で、そのトロールが脱走しようとして暴れたってわけか」

「カティが魔法にかけられたのは全くの偶然で、トロールの脱走と運悪く同時に起きてしまったと」

 

 ガイとピートもうんうんと頷きながらルネの説明を聞いていた。

 

「昨日の事件についてはそんなところです。一応お伝えしておきますと、犯人はマックリーという女の子ですね。既に彼女と、そのお友達にも声をかけておきましたのでもう大丈夫でしょう。また何かあったら遠慮なく仰ってくださいねMs.(ミズ)アールト」

()()()の間違いでしょう。でもありがとう。頼りにしてる」

 

 全く悪気のないルネにカティはむっとするが、感謝はしているようだった。素直に礼を口にする。

 

「脅したのか。可愛い顔してなかなかやるなあ」

 

 ガイは感心したようにルネの愛らしい小顔を見つめた。「でしょう?」とルネは言うがオリバーとミシェーラはやはり心配そうだった。

 

「嫌がらせが過激化しないと良いのですが」

 

 ルネは何も心配なさげに言う。

 

Ms.(ミズ)マックリー達は大丈夫でしょう。他の人達は知りませんが。戦いはこれからですね、Ms.(ミズ)アールト?」

 

 話を振られたカティは不貞腐れて答える。

 

「どうせ私は七年間戦い続けないといけませんよーだ」 

「……どういうことだ?」

「私の信条はこの学校と合ってないから、これからも嫌がらせを受けるだろうって」

 

 頬を膨らませてルネをじろりと睨んだ。「そんなはっきりと」とオリバー達が思うなかルネはそんなカティに優しく言った。

 

「事実でしょう? 君が信条を曲げるつもりなら別ですが、君のような人権派にとってキンバリーは敵だらけですからね」

「えーえー。昨日のことで実感しましたよ。──でも、味方がいないわけじゃないと思う」

 

 カティは腕を組み、どかりと背もたれに体を深く預けながら身に染みた様子で言い放ったが、すぐに姿勢を変えてオリバー達の顔をそれぞれ見る。

 

「私はあの子を助けたいと思ってる。このままじゃ殺処分になっちゃうから。ルネはマルコ──トロールのことだけど、あの子を喋らせてその価値を学校側に認めさせようとしているけど、私は別の方法がないかなと考えてるの。まだ昨日会ったばかりのみんなにこんなこと言うのはあれだけど」

 

 そこで言葉を区切り、改めてオリバー達の顔を一人一人見て言った。

 

「私に協力してほしいの。まだ何をするとか決まってもいないんだけど、とにかくみんなの力を借りてマルコを助けたいと思ってるんだ。身勝手で、自分で何にもできないくせにって断られて当然とも思ってるけど、でも──私はあの子を助けたいの」

 

 尻すぼみになったり語気が弱くなったりもしたが、最後の自分の意思だけははっきりとオリバー達に伝えた。

 あのトロールを助けたい。

 それだけは確かにオリバー達に届いた。

 

「め、迷惑ならスパッと断ってくれて大丈夫だよ。そうしたらまた別の方法を」

「ふむ。拙者にできることがあるのなら。乗ったでござる」

 

 カティが気弱に言い終わる前にナナオが名乗りを上げた。カティの目をじっと見つめ迷いなく言った。

 

「今しがた貴殿の目に宿ったその光。それが暗闇を照らす様を見てみたくなったでござる」

「ナ、ナナオ~~」

 

 感極まったカティはナナオに抱き着いた。その様子を見た他の面々は苦笑しつつカティに賛同していく。

 

「ま、乗りかかった舟だしな。この舟がどこまで行くのか最後まで見るのも悪かねぇ」

「キンバリーで重要なのは強き意思。そしてそれを持つ友を支えるのは良き友の役目ですわね。あたくしも協力しますわ、カティ」

 

 顔を見合わせたガイ、ミシェーラがそう続いた。

 うんうんとカティは涙目で頷き、そしてそのままちらりとピートを見る。

 彼は四人の視線を受け、しばし黙ったが諦めたように大きくため息を吐いた。

 

「──そんな目をして断れると思っているのか。付き合うしかないだろう」

「ありがとうピート!」

「うわ! 分かったから抱き着くな!」

 

 自分の胴に飛び込んだカティをピートは何とか引き剥がそうとし、その光景を見てミシェーラ達は微笑みを浮かべた。

 

「オリバーはいかがですの?」

 

 ミシェーラが未だ回答していない少年に尋ねると、彼は考えながら言った。

 

「──俺も反対はしないが。まず第一に全員の安全だ。そのためには疑問を解消しておきたいんだが、ルネ。カティに魔法をかけた生徒については分かったが、ならトロールに知性化の処置を施したのは誰だ? 君が知る必要のない一割と言った部分だが、その言い方から察するに君は誰が処置をしたのか勘づいているな?」

 

 慎重なオリバーにルネは告げる。

 

「人物の特定はしていませんが、魔法生物学専攻の上級生でしょう。やったことの専門性の高さからして四年生以上の上級生ですね。そして最も大きな問題はおそらく教員の誰かがその上級生に協力しているというところでしょうか。それもオールディス先生と同格の魔法使いです。あの先生のところから荷役のトロールを一体ちょろまかすくらいの実力ということです。ちなみにオールディス先生を含めた魔法生物学科の先生達ではないでしょう」

 

 全く隠しもせずに答えた内容に流石にオリバー達も動揺した。

 キンバリーの教員と敵対することがどういう意味なのかナナオ以外の全員分かっていたからだ。しかも新入生の身で、である。

 オリバーは改めて尋ねた。

 

「魔法生物学科が関わっていないと考えているようだが、どうしてだ?」

「まずオールディス先生を筆頭に魔法生物学科のどの先生もトロールの知性化に関心があるように思えません。知性化の研究は確かに亜人種の権利を踏みにじるものですが、根本的には彼らと融和するという人権派の思想に成り立っています。あの人達には絶対に合いません。

 かといってかといってやっていることが専門的すぎます。トロールの脳へ適切な処置を施すには魔法生物学の知識、特に亜人種の脳機能に精通していないといけません。となるとその点に熟知した上級生と、その研究結果にあやかりたい魔法生物学の専門外の教員という構図が導き出されます」

 

 それと、と続ける。

 

「マルコが今でも殺処分になっていないのは魔法生物学科が調査のために時間稼ぎをしているからなのです。彼らがどのような形でもこの件に関わっているなら、こんなに騒ぎ立てずに隠蔽のために真っ先に殺処分をして有耶無耶にして終わらせるでしょう。知性化の痕跡なんてそうそう見抜けませんからね。

 そうではなく魔法生物学科は自らの責任を軽くするために真相を求めているのです。そもそも彼らが関わっているのなら処置した不安定なトロールをパレードに出すとは思えませんし。また私がこの件に関わるようになったのも元々はオールディス先生からの試験に関係しているからです」

「試験?」

「といっても先生の気まぐれによるものですが。昨日、君達と別れた後に私はオールディス先生の所へ校内で魔法生物を自由に取り扱うための許可をいただきに行ったのですよ。

 しかしトロール騒ぎを自分の責任にされそうで苛立っているオールディス先生から、最終試験の名目でトロールに何があったのか調査するよう言われてしまいましてね。とっくに試験は全て終わらせているというのに。それで昨夜の間にトロールを確認したら知性化の処置に気づき、興味を持って今に至るというわけです」

「なるほど、そうか。しかし俺達がやることはトロールに処置をした上級生と支援者の教師を刺激し、敵に回すということにならないか?」

 

 オリバーの言い方にルネは小首を傾げて疑問を呈する。

 

「『敵に回す』という表現は大げさですね。彼らも隠れている以上は表立って私達に危害を加えてくることはないでしょう。ただでさえ責任逃れのために雲隠れしているだけですから、これ以上厄介ごとを増やしたくはないはずです。もちろん全くの安全というわけではないでしょうが。多少の衝突はあるかもしれません」

「いっそ犯人を突き止めて告発するのは?」

 

 その発言にもルネは難色を示した。

 

「例え突き止めたとしても、マルコは……トロールは殺処分になるでしょう。キンバリーは人に危害を加えた失敗作の亜人種を許しておくことはしないでしょうから。それではMs.(ミズ)アールトの目的が達成されません。それに時間は有限です。私がオールディス先生から与えられた期限は一月ですから。私には報告書を出さないという選択肢はありません。

 私が報告書を出せばその確認のためにトロールの脳を切り開き処置の痕跡を調べるでしょうし、仮に私が報告書を出さないとしても結果的に魔法生物学科は原因究明のためにマルコを生体解剖するでしょうから、来月末までの間にマルコの生存を確定させなければならないのです。余計なことに時間を使うのは得策ではありません」

「……そうだな。確かにそうだろう」

 

 オリバーの発言は時間が有限であることに対する肯定なのか、キンバリーの残酷さに対する肯定なのか、ルネには判断しかねた。

 

「納得していただけましたか?」

 

 尋ねると

 

「ああ、ありがとう」

 

 そう短く答えた。ルネはあえて続けてオリバーの意見を求める。

 

「ここキンバリーの出来事としてはそう危険なことではないと思われますが。いかがです?」

「処置した上級生と教師がどう出てくるのかは気になるが──かといって恐れてばかりでは何もできない。それは魔法使いとしての矜持に反する。新入生の矜持だとしてもだ。更に彼らを告発しても結局トロールは処分されてしまうとなると、結局はルネの言う通り知性化の結果を出し、トロールに成功体としての価値をつけるしか生存の望みは薄いというわけか」

 

 彼もここで納得したのかこれ以上ルネに尋ねることはなかった。

 

「──あー、みんな。もし危ないと思うなら止めてくれても大丈夫だよ?」

 

 カティは一気に弱気になってそう言ったが、既に答えてしまったものを撤回するつもりは彼らにはなかったようだ。

 

「まあルネの言う通り教師や上級生もそう簡単には動けないでしょうし、犯人捜しではなくあくまでトロールを心配している風に装えば気づかれにくいでしょう」

「それにこっちにはこの天才様もいるんだ。どうにかなるだろ」

 

 ミシェーラとガイがそう言うと、特にガイがルネに頼っているのを知ると、カティは更に弱気になる。

 

「──私、あんまりルネの案には乗りたくないんだけど」

「私とMs.(ミズ)アールトが協力するかどうかはまだ決まっておりません。私と彼女の間には一つの大きな課題があるのですよ。私はマルコの発話を引き出す点に関心があります。対してMs.(ミズ)アールトは彼の尊厳を尊重し、マルコを救う方法を考えています。

 私のやり方でも発話可能なトロールという価値で結果的にマルコを救うことはできますが、知性化の処置を利用するというトロールの権利を侮辱するやり方ですので、それが大きな壁となっているのです」

「……ああ、と。つまり君はトロールよりも知性化の方に関心を抱いていて、だからトロールそのものを心配するカティと合わないから遠慮していると?」

 

 オリバーの問いにルネは頷いた。

 

「短く言えばそうですね。私はMs.(ミズ)アールトと真の協力関係を築きたいと考えています。君が納得しない間は無理強いはさせません。これは私の意思でもありますし、知性化に対する私のアプローチにも関係します」

「そもそもトロールに発話を促すということですが、その実験にはこれまでもそして今回も失敗したのでは? あなたには何か考えがあるのでして?」

 

 ミシェーラの問いにもルネは答える。

 

「確かに。従来の知性化実験や、上級生のやり方では失敗しました。しかし思うにこれまでの知性化では()()()()点に重きがありすぎて、コミュニケーションの基本である相手の意思の尊重が欠けていました。つまりトロールが()()()()と思わなかったのです。

 私はこの点をMs.(ミズ)アールトのその優しさで突破できると考えたのですよ。だからこそ私達の間にも偽りのない関係が必要となるのです」

「なるほど。確かにこれまでの知性化に関する研究ではなかった視点ですわね」

 

 意外な見方にミシェーラは納得したように何度も頷く。しかしカティは違った。

 

「……まだそれを採用するかは検討中」

 

 自らに何のプランもなく、オリバー達との協力は彼らの友情のみに頼っているということは彼女も自覚していたようだ。力なくそう言った。

 ルネは落ち込むカティに微笑みかけながら告げる。

 

「とりあえず今日の魔法生物学の授業を受けた後にもう一度お話ししましょうか。キンバリーが魔法生物をどう扱っているのか実感してからでも答えは遅くありませんから」

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