七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第8話~最初の授業~

 キンバリー魔法学校に入学して最初の授業は魔法剣であった。教室は二階の大部屋である。

 机や椅子といった障害物になり得るものは全くない広々とした大部屋に一年生五十名が並ぶ。順番は特にない。部屋に入った順だ。

 ゆえにルネ達は綺麗に隣り合っていた。

 ざわざわと初授業に向けて新入生達が囁き合っていると、きい、と扉を開く音が鳴った。同時に囁きもなくなる。

 

 唐突に静まり返った室内に広まる新入生の緊張は彼にとっては毎年のことなのだろう。愛らしさを感じるのか、それともかつての自分を思い出しているのか。

 ふふ、と口元に笑みを浮かべながら、白いマントを揺らして魔法剣の教師が入ってきた。

 教師はずらりと並んだ新入生の顔を見渡すと紹介を始める。

 

「ん、揃っているな──では始めよう。ようこそ魔法剣の授業へ。私は魔法剣の担当教諭ルーサー=ガーランドだ。これから短い者は四年、長い者は七年以上の付き合いとなるだろう。呼び方は先生と敬称をつけてくれれば構わない。『師範(マスター)』と魔法剣の作法に則って呼んでくれても良いが、私自身があまり礼儀作法が得意ではないのでね。そういった点についてはそれほど厳しくいかないつもりだ」

 

 緊張を解くためか気さくな雰囲気を出すガーランド。その言葉と整った彼の顔立ちは固まっていた新入生達を解きほぐすが、魔法剣の腕に覚えのある生徒はむしろ緊張した。

 ガーランドの一挙手一投足から彼の力量を読み取ることのできる巫女の如き者達は彼らがそれぞれ読み取った教師の力量に感心し、ルネのように彼のことをそれなりに聞いている者はその異名を頭に浮かべる。

 

 キンバリー魔法学校魔法剣科教授「剣聖」ルーサー=ガーランド。

 

 年齢は三十代と若手だが、その杖剣の扱いは連合(ユニオン)随一。かの「双杖」クロエ=ハルフォードや「梟」ミネルヴァ=サリヴァーンに匹敵する使い手である。

 ガーランドは緊張する新入生達には優しい笑みを、そして自分の実力を感じ取った後輩達には挑戦的な笑みを見せ、授業を進めた。

 

「では早速だが杖剣の訓練を、と行きたいところだが初日は概論と決まっていてね。退屈だろうがまずは魔法剣の成り立ちからおさらいしていこう。誰かこの分野について説明できる者はいるか?」

「はい、可能です。ガーランド先生」

「できます! 師範(マスター)ガーランド!」

 

 ルネとピートが手を挙げるのはほぼ同時だった。まるで貴族が投票するかのように気品のある仕草で挙手したルネと、腕を精一杯伸ばして手を挙げたピート。

 ガーランドは初々しいピートに優しい微笑みを向け、あまり可愛げのないルネには複雑な笑みを向けた。義母の顔がちらついているのだろうとルネは思った。

 

「ふむ。では前半後半と分けて二人に説明してもらう。ではまずはMr.(ミスター)サリヴァーン。頼めるかな?」

「はい、かしこまりました。では現代魔法使いの腰にある二十二インチほどの杖剣が、いわゆる普通人の持つ三十インチほどの(ソード)、または四十インチの長剣(ロングソード)とほぼ同じ長さであった時代から話を始めましょうか。それは大歴前五〇〇年に遡ります。かつて魔法族が自滅によって隠者や浮浪者となってしまった時代、各地を放浪するか僻地に引きこもっていた時代です。当時は魔法族がかつての支配階級から落ちぶれ、また古代から続く魔法技術も魔法族同士の争いによって多くが失われていた時代でした。ゆえに魔法族はあらゆる手段で身を守らなければならず、杖だけでなく護身のために(ソード)も扱うようになりました。その時代に生み出された技術が現代で言うところの古流派もしくは初期魔法剣です。体内の魔力循環を強め、重心制御や身体強化、この二つの補助的な役割を担った原始的な領域魔法、魔力を用いた武器の強化に主軸を置いた技術です。注目すべきはあくまで初期魔法剣は体術や武器術であり、魔法は呪文を伴い杖を用いていました。(ソード)と杖を両手に構えた旅の魔法使いの記述は当時の記録などに多く見られますし、また陶器に描かれた図柄やレリーフなどにも両手に(ソード)と杖の魔法使いの姿が見られます。

 こうした古流派は大歴後も長らく続きましたが、大歴四〇〇年頃に魔法族が支配階級に返り咲くにつれ、また魔法技術の再発展により杖や魔法のみを尊ぶ時代へと変わったことで放浪の時代という過去の恥の時代の遺物として廃れていきました。しかし捨てる魔法使いあれば拾う魔法使いあり。敢えて恥とされた剣を取り、そこへ発展してきた魔法の技術を取り入れる動きが出てきたのです。それが連合(ユニオン)統一戦争の時代、大歴六〇〇年頃の話です。後期魔法剣と区分されます。再興派とも呼ばれる時代ですね。しかしあくまで魔法文明の中では傍流に過ぎない分野でした。統一戦争の時代ということで『魔法使いも接近戦を想定すべき』と古流派が培ってきた技術のみならず、古流派が行わなかった魔法を長剣(ロングソード)に纏わせるといった魔法と剣技の融合や、呪文なしに魔法を使う現代のものに近しい領域魔法の開発もなされてきましたが、わざわざ長剣(ロングソード)に魔法を付与したり、領域魔法の発動のために面倒な感覚を養ったりせずとも『魔法は呪文を唱え、杖から出すものである』と見向きもされなかったのです。

 この風潮は統一戦争終結そして大歴六五三年の連合(ユニオン)結成後も長く続き、そしてようやくおよそ五百年経った大歴一一三二年に転機が訪れます。さて。ここでやっと杖剣を用い、呪文未満の魔法行使や領域魔法を使いこなす現代魔法剣の登場です。ご清聴ありがとうございました。続きはMr.(ミスター)レストンにおまかせしてもよろしいでしょうか」

 

 一切言い淀むことなく現代魔法剣直前までの歴史をさらさらと言い切ったルネにガーランドはぽかんとしていたが、じっと見つめる碧眼の視線に気づいて拍手をする。

 

「──あ、ああ。丁寧な解説をありがとう。Mr.(ミスター)サリヴァーン。本当に魔法剣の成り立ちを最初の最初から説明してくれるとは思わなかったが、何の問題もない内容だった。初期魔法剣、後期魔法剣のそれぞれの背景や特徴をよく説明できていたと思う。ありがとう」

 

 ガーランドがルネの長い説明を聞いていたように、ルネの同級生達も丁寧すぎる解説に呆然としていた。ナナオにいたっては長話に頭が追いつかずにくらくらしているようだった。

 オリバー達は薄々感じていたことだが、ルネには衒学趣味なところがあるらしい。語り出すと止まらない一面があるのだ。

 

「あー。ではMr.(ミスター)レストン。Mr.(ミスター)サリヴァーンから引き継いで、現代魔法剣の説明を頼む」

 

 歴史学の教授の話を聞いたような生徒達の反応に苦笑するガーランドは続きをピートに促した。ピートもルネの説明にびっくりしていたのかやや反応が遅れたが返事をする。 

 

「え、あ。はい、師範(マスター)ガーランド」

「うむ。ゆっくりで構わんよ」

 

 彼の緊張を見て取ったのかガーランドはそう言った。ピートは何度か咳払いをして自分の調子を戻し、話し始める。

 

「はい。では大歴一一三二年に何が起きたのか説明します。ルネの言ったこの年に起きた転機というのは、時の大魔道士ウィルフ・バダウェルが普通人の剣士に斬り殺された事件のことです。

 これの何が特別だったのかといえばバダウェルが『ダルムウォールの疾風』と称された連合(ユニオン)有数の優れた実力の魔法使いであったこと、そして殺害されたのが暗殺ではなく正々堂々執り行われた決闘の場であったことです」

「その通りだ。バダウェルの二つ名も覚えているとは素晴らしい。続きを」

「はい。バダウェル以前にも魔法使いが普通人に殺されるのはしばしば起こっていたことですが、それらはあくまで一節呪文すら口にできない不意打ちなどの油断によるものとされていました。

 しかし彼の決闘での敗死を見届けた魔法使いは悟ったのです。『ある間合いより内側ではたった詠唱一節の呪文すら遅い』と。バダウェルは呪文の早撃ちの達人でしたが、彼ですら間合いの内側で剣の一閃に倒れたのです。そして、それ以降から本格的に魔法使いと剣が向き合うようになっていきました」

 

 ピートは自分の左右の腰に下げられた杖と杖剣を指し示す。

 

「その結果、作り出されたのが杖剣です。かつての魔法使い達はルネの説明通りあくまで杖と剣を別に扱っていましたが、近接戦にも対応できるように二つを組み合わせる発想が生まれたのです。こうして杖である白杖と、杖の役割も持った短剣である杖剣を現代の我々は帯びるようになりました。この杖剣を用いたのが現代魔法剣です」

「素晴らしい、Mr.(ミスター)レストン。良い説明だった。Mr.(ミスター)サリヴァーンもだ。では後は私が喋ろう」 

「恐縮です」

「はい! 失礼しました!」

 

 ガーランドの称賛にルネは静かに礼を示し、ピートは嬉しそうに頭を下げた。

 オリバーもミシェーラもそんな二人を微笑ましく思ったが、ひそひそと彼らに対して小さくコメントを言い合う同級生の姿もそれぞれの近くで目に入る。

 魔法文化の中で育ってきた生徒にとって普通人出身であるピートが目立つのは面白くないだろうし、ルネも名家の養子とはいえ元々は普通人家庭の出身である。

 特に彼の場合は成り上がりと小馬鹿にされるかもしれない。その上で桁外れの優秀さなのだ。

 

 もう少し印象を良くさせるために衒学趣味を諫めた方が良いだろうか、とオリバーやミシェーラは思ったが、ガーランドが解説を引き継いだのでそちらに意識を戻す。

 

Mr.(ミスター)レストンの説明の通り、我々が杖剣を手にするようになったのは呪文では間に合わない至近距離からの攻撃に対処するためだ。決してバダウェルと同じ末路にならないためにな」

 

 ガーランドは杖剣の柄頭に手を置き、なめらかな動作でそれを抜き放った。

 

「そしてMr.(ミスター)サリヴァーンの言う通り、現代魔法剣に至るまでに様々な過程があった。そしてどの時代も魔法使いとしてどう剣を振るうかが考えられてきたのだ。諸君、安心しなさい。この魔法剣の授業はただ剣を習うだけの授業ではない。我々は魔法使いとしてこの杖剣を振るうのだ」

 

 教師がそこで一旦区切ると、途端に彼が掲げた杖剣から激しく炎が溢れ出た。赤々とした炎は刀身に纏わりつき、衰えることなく燃え続ける。

 

Mr.(ミスター)サリヴァーンが少し口にしたが、現代の魔法剣においては詠唱の必要のない呪文未満の魔法行使を用いる。バダウェル以前には制御が難しい割にさしたる威力もないため放置されていた分野であるが、詠唱を伴う魔法を剣に纏わせるといった方法よりも素早く魔法と剣を合わせられることから採用されたものだ。君達ももう分かっただろう。──誰の一節呪文よりも素早く起こせるこの力と剣技を合わせ、魔法使いの剣技とするのだ」

 

 ガーランドが杖剣を左右に振ると炎が雷光に変わり、そして次の変化では刀身に風の刃を纏った。

 

「また領域魔法も新たに作られた。杖先から魔法を撃ち放つのではなく、自らの肉体に近い空間に発現させる魔法だ。こちらもバダウェル以前は杖を重視していた上に、遠距離には対応できないために深められなかった技術だ。しかし杖剣を振るう我々にとっては重要な武器となる」

 

 刀身に纏わせていた属性を消すと、杖剣の切っ先を天井に向けたままガーランドの立ち位置が少しだけ高くなる。彼の足元を見れば床が一段だけ盛り上がっていた。

 

「ラノフ流魔法剣・地の型『墓石蹴り(グレイブステップ)』だ。このように杖先を向けることなく近距離内で魔法を行使できれば近接戦闘の大きな手助けとなるだろう。ある時は足場を作り、ある時は足止めを作る。相手の目の前に炎を呼び出し慄かせ、また雷光で目をくらませる。杖剣を構え、振るいながらだ。それも一つ踏み込み、杖剣で斬りつければ相手を殺せる一足一杖の間合いにおいて。この限られた世界で行われる魔法と剣の攻防の術理こそ、魔法剣である」

 

 床の高さが戻り、ガーランドは杖剣を腰の鞘に納めた。彼の説明に理解を示した生徒が多数だが、一部は理解をした上で不満そうな目つきをしていた。

 ガーランドはそんな不満そうにする生徒達に向けて言った。

 

「以上が魔法剣の概要だ。さて、ここまで説明してきてなんだが、この分野を邪道と感じる生徒も多いと思う。魔法剣は魔道の中では本流とされてこなかった分野だからな。距離を取り、魔法の射程で相手を倒すことこそ魔法戦闘であると考える魔法使いは現代でも数多い。

 しかしそう考える生徒にも伝えたいのだが、魔法剣は決して無用の長物ではないのだ。不要と言われ続け四百年が経過し、元は普通人対策であった技術は磨き上げられ魔法使い同士の戦いの術としての一面も見せるようになった。

 だからこそ君達の護身術として役立つ。戦いの中では君達が決める距離に必ず相手がいるとは限らないからだ。魔法の射程である遠くにいてくれれば良いが、近くにいることもあるだろう。そんな時に杖剣の心得があれば君達の安全を守ることができる。

 また魔法戦闘においては君達が思っている以上に近接戦闘の場面が多い。そこで魔法剣の技術があれば大きな利点となるだろうし、広く魔法剣が普及した今、相手がその技術を習得している可能性を考えると対策として君達も習得しておくことに利益がないわけではない」

 

 的確なメリットについての説明だ。ルネもその通りであると思っていた。

 大人しい研究者肌の美少年に見えるルネだが、魔法剣の腕前も実績を上げている分野に負けないくらい達者なのだ。

 彼の義母ミネルヴァ=サリヴァーンは杖剣の名手として知られており、ルネは彼女に引き取られた頃より杖剣の手ほどきを受けていたからである。その出来は「並外れた使い手である」と義母が養子との決闘を好むほどだった。

 更に秘密の知識によってルネは他の生徒よりも長く、深く魔法剣の技術を習得している。

 

 そして彼の性格上、その実技を披露する場があるのなら何の遠慮もなく参加する。

 ガーランドは概要を終えると、これからの授業の景気づけと初めて魔法剣を扱う生徒のための模範演技として、既に実家で魔法剣を学んできた経験者同士の立ち合いを呼びかけた。

 この授業の伝統であるらしい。どよめいた生徒達の顔を見渡して安堵させつつ呼びかける。

 

「なに。ちょっとしたイベントだから希望者がいなければ省くが、誰か我こそはという者はいるか?」

「はい、ガーランド先生。ぜひ私を参加させてください」

「拙者! 拙者に是非にもやらせてほしいでござる!」

 

 出るか、出ないか。出たら自分の実力を見せつけられるが、相手が自分より強かったらどうしよう。

 そんな不安や羞恥心でちらちらと視線が泳ぎ決断し遅れる生徒が多い中で、ルネとナナオは何一つ迷わずに真っ先に挙手する。彼らの視線はガーランドをじっと見つめるのみだ。

 ルネは自信があるために気後れすることはないし、ナナオは恥とは縁遠い性格であるための行動だ。

 

「ふむ──Mr.(ミスター)サリヴァーンとMs.(ミズ)ヒビヤか。そのやる気は実に素晴らしいが、しかしMs.(ミズ)ヒビヤの方は経験者なのだろうか」

 

 確かにナナオは非魔法文化圏の出身であり、その剣技は彼女が無意識に使っていた魔力を除けば現代の魔法剣における定義には当てはまらない。

 しかしルネはだからこそ見てみたかった。ナナオがどう戦うのか。

 悩む教師にルネは提言する。

 

「ガーランド先生。確かにMs.(ミズ)ヒビヤは魔法剣の経験者ではありませんが卓越した剣の経験者ではあるようです。昨日トロールを一刀にて倒したという実績もあります。先生が仰る通り、この授業は魔法使いとしての剣技を学ぶものですが、根本的にはやはり剣を扱うものなのですから彼女の剣技は披露する価値があるのではないでしょうか。魔法剣以外の、彼女の絶え間ない努力によって磨かれた技術がどういったものなのかを見ておくことは後の経験に良いことかと思われます。

 また私達がそもそも剣技を学ぶのは普通人の魔法を伴わない剣技に敗れたからなのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ある意味、私達が戦うことはこの授業の根本を示すことになるのではないでしょうか」

 

 ルネの口調はあくまでナナオに敬意を払ったものであった。

 ふむ、とガーランドはナナオをやや不躾に見つめる。

 その実力を推し量るように全身を眺め、体つきや立ち方で鍛えなどを確認し彼女の力量を感じ取ったようだ。納得したように頷いている。

 ルネもその様子を見て取り、改めてナナオに提案する。

 

Ms.(ミズ)ヒビヤ、ぜひとも君の剣とその強さを私や皆さんに見せていただけますか? 私もあなたに魔法剣をお見せしたい」

 

 その提案に彼女はニコニコと答える。

 

「うむ。拙者も賢きルネのその強さを見てみたいでござる」

 

 二人は互いに実に健全な闘気を見せた。

 自身の出した条件である経験者という点にナナオは合致しないが、互いに参加を認めているしルネの言うことは的を射ている。

 ならば構わないか。

 そう結論づけたガーランドが他の参加者を呼びかけようとすると、一人の生徒が手を挙げる。

 

「ん? Mr.(ミスター)アンドリューズ。君も参加したいのかね?」

 

 その長髪の少年にガーランドが尋ねると彼は陰のある微笑をナナオに向けながら言った。

 

「はい、Ms.(ミズ)ヒビヤとの立ち合いを望みます」

「──それは乱戦を望むということか?」

「いえ、Ms.(ミズ)ヒビヤとの一対一の立ち合いです。Mr.(ミスター)サリヴァーンは既に見事な演説で活躍したのですから、他の生徒に活躍の場を譲ってもらっても良いのではないでしょうか。僕もトロールを倒した彼女の剣技には興味があります。

 それに彼の言葉を借りるならMs.(ミズ)ヒビヤとの立ち合いは魔法剣対普通人の剣技です。であれば、まあ、Mr.(ミスター)サリヴァーンは生粋の魔法族ではありませんので僕の方が立ち合うのにふさわしいかと。このリチャード=アンドリューズが東方(エイジア)の客人をもてなしましょう」

 

 この長髪の生徒の言葉にオリバー達はぎょっとした。

 まず第一にナナオとの戦いを完全に自らの地位を上げる場であると思っていること。「活躍の場」と言っているのだから自分が負けるとは露ほども思っていないはずだ。

 ルネはナナオの剣に敬意を払って戦いを頼んでいたが、彼の場合は相手が魔法剣の初心者であるのを良いことにトロールを倒したナナオの手柄を持っていくつもりなのである。

 

 第二にアンドリューズはあからさまにルネを侮辱した。先ほどのオリバー達の懸念が当たってしまったのか、普通人出身のルネへの強い侮蔑の風が叩きつけられたのだ。

 

 第三に、この少年は確かにそう言えるだけの立ち位置にいるのも事実だという点。

 アンドリューズは魔法族の旧家なのだ。風の扱いに長けた名門一族である。その育ちの彼の立ち振る舞いや言葉遣いは、彼自身の態度や言っている内容とは別に他の生徒より洗練されていた。

 

 そんなアンドリューズにとってルネも、またナナオも活躍すること自体が鬱陶しいのだろう。彼の友人達も彼を止めることはせずに、ただにやにやと好意のない笑みを浮かべてナナオを見ていた。

 視線の先のナナオは小首を傾げてルネとアンドリューズを交互に見つめ、教師は面倒そうに冷めた目でアンドリューズを見ていたが、生徒達が決めるべしと思っているのか介入するつもりはないようだった。

 

 そして、ルネはというと。これといって反応はなかった。

 どちらかというとナナオと同じようにきょとんとしている。

 オリバーとカティはひとまずほっとした。特にカティは心底ほっとしたようだった。ミシェーラが心配そうに声をかける。

 

「カティ、大丈夫ですの? かなり焦ったようですが」

「うん、大丈夫。ルネが怒るのかと思って」

 

 あの馬車内での覇気をまた放つのかと思いきや、特にそういった様子には見えなかった。首絞めもしていない。

 

「そうですわね。それは良いのですが、Mr.(ミスター)アンドリューズ──」

 

 ミシェーラは頭痛を抑えるように額にほっそりとした指を置いた。

 言葉にできない思いを視線と共に幼馴染へと向けるが、彼はそれに気づかぬ振りをしてナナオに提案する。

 

「さあ、Ms.(ミズ)ヒビヤ。僕と立ち合おうじゃないか」

「ふうむ。しかし拙者はルネともやりたいでござるし、ううむ」

 

 ナナオは自分が餌と思われているということに気づいていないようだった。真剣にルネとアンドリューズのどちらを選ぶのか悩んでいた。

 

「失礼、Mr.(ミスター)アンドリューズ。よろしいでしょうか」

 

 ようやくルネが口を開いた。びくりとカティが肩を震わし、オリバーは彼が凶行に出ないかと不安そうにその背中を見る。

 

「……何だね、Mr.(ミスター)サリヴァーン」

 

 アンドリューズはルネが同級生の首を魔法で締め上げたことを知らないが、彼の発言にぴくりと肩を震わせた。カティに似た反応は警戒心の表れである。

 ルネは怒りも、不満そうにもせずに変わらぬ口調で言った。

 

「いえ、魔法界の先輩にこう申し上げるのも失礼かと思いますが──私はサリヴァーンの新たな源流となる人間です。私が次世代の魔法を引っ張っていくのは既に多方面で認められていることでしょう。呪文学、魔道工学、その他の分野でも。新たな魔法はサリヴァーンたる私から迸り、世界を満たしていくのですよ。

 例えるなら私は海の起源でしょう。Mr.(ミスター)アンドリューズ。この星を満たす海水のように私の力は魔法界の隅々まで広がり、そして魔法界を潤していくのですよ。永遠に」

 

 ここまで尊大な台詞を聞いたことがあるだろうか。しかも限りなく丁寧に。

 しかしアンドリューズが自分の生まれを誇るように、これも事実であった。確かにルネは彼の言葉通りの魔法使いになると期待されている人間なのだ。

 アンドリューズは苛立ってはいたがルネの言葉が事実かどうかは気にせず、ただその続きを待つ。

 

「……それで?」

「翻って君はどうでしょうか。確かに君の御実家アンドリューズ家は魔法界でも屈指の家柄です。その始祖、根源は大河の上流と言っても過言ではないでしょう。偉大な魔法使いから始まったのです。

 事実サリヴァーンの養子でしかない、実父が絵付け職人の私にとって君の生まれながらの大貴族という経歴は眩しい。しかしアンドリューズはこれからも魔法界を流れる大河と言えるのでしょうか。その流れは実はとうに細くなっているのではないでしょうか。まるで小川のように。それは以前の出来事なのか、それとも──君からなのか」

 

 その言葉に教室の全員が再びぎょっとした。唐突にルネはアンドリューズを小馬鹿にし、煽ったのだ。

 しかしルネの側には怒りなどは特にない。いつも通りの涼しげな顔。ただ言い返しただけなのだ。

 確かに最初にルネを侮辱したのはアンドリューズだったが、ルネの言い回しは彼の侮辱よりも腹立たしいものだった。

 現にアンドリューズは怒りで顔を紅潮させ、ぎっとルネを睨んだ。

 

「お、お前は……僕が劣っているというのか、あ、アンドリューズの恥晒しだと……」

「人格面の話をするのでしたら、今までのやり取りを思い返して恥でないところがありましたでしょうか。魔法剣の素人だと見込んでMs.(ミズ)ヒビヤとの立ち合いを希望する性根、彼女に対する敬意のなさ。今はそうと思わなくてもいずれ振り返った時に君自身も『恥である』と思うでしょう。実力面のお話はぜひともこれから行いましょうか」

 

 そうただじっと彼を見つめる。優しげな碧眼で。その揺ぎない眼差しで。

 ナナオに向けていたような敬意は全くない。

 

「この、成り上がり風情が! 馬鹿にするな! 良いだろう、お前みたいな成り上がりには引けをとらな……」

 

 アンドリューズが戦意をルネに向けると、ナナオを軽視した時には止めなかった彼の友人達が慌ててアンドリューズの肩に手を置いた。

 

「……なあ止めとけって」

「……アンドリューズ。あのサリヴァーンだぞ。サムライよりもヤバイんじゃ……」

「ッ!」

 

 小声でそう警告してくる友人達にアンドリューズは歯噛みする。

 友がそう自分を止めるのが腹立たしい。悔しい。

 そして、彼らの言葉で冷静さを取り戻し、ルネへの戦意を失って決闘に二の足を踏む自分が何よりも一番悔しい。

 アンドリューズが意思を弱めたのを感じ取ったのか彼は言葉を続けた。

 

「ふむ。確かに私は生粋の魔法界生まれではありません。君が仰る通りに。ですのでよろしければご教授いただけませんでしょうか。君の生まれの良さを」

 

 じっとルネはアンドリューズを見つめている。

 その青い瞳には怒りや不快といった負の感情は見えないものの得体の知れない深みはあった。

 

「ひッ!」

 

 既に感じていたからか、カティはルネから放たれる異様な気配に敏感に反応する。

 彼から放たれた覇気はMs.(ミズ)マックリーを脅した時には及ばないが、魔法剣の教室の雰囲気を変えるには十分だった。

 ついさっきまでは模範演技を行うまったりとした教室内の空気がルネの気配に制圧される。そしてその矛先は全てアンドリューズへと向けられていた。

 周りの人間が全て自分を睨んでいるのかと勘違いするほど圧迫感にアンドリューズは怯える。たった一人の小柄な美少年に見つめられているだけだというのに。

 

「……いや、僕が立ち合いたいのはMs.(ミズ)ヒビヤの方で」

「私は気が変わりました。Ms.(ミズ)ヒビヤには申し訳ないのですが──」

 

 くるりとナナオの方に体を向けると丁寧に頭を下げ、戸惑うナナオを背にアンドリューズに振り返って言った。

 

「今は君と戦いたい。どうして彼女とは自らの意思で戦えるのに私とはできないのでしょうか。私は彼女と変わらず生粋の魔法族ではないというのに」

 

 アンドリューズの表情が苦々しいものに変わる。

 理由は簡単である。ナナオは魔法剣に慣れていないのが明らかだからだ。 

 自分は彼女に容易く勝てるだろう。そういう計算が彼にはあった。

 しかし、ルネの場合はどうだろうか。

 彼は魔法剣の名手であるミネルヴァ=サリヴァーンに育てられたのだ。当然魔法剣の経験はあるはず。

 

 そして何より、悔しいが魔法使いとしてはルネの方が格上である。

 これまでに発表した論文などの実績がそれを証明しているし、今、彼の全身にみなぎっている魔力は自分のものよりも遥かに上回るものだった。指先まで満たされた力が自分に向けられた時にどうなるのか。

 アンドリューズはそれを想像したくなかった。きっとああなるに決まっている。地面に倒れた自分が見上げる、あの褐色肌の幼馴染との関係に。

 アンドリューズの意思が更に弱まったのを感じ取ったのか、ルネは具体的な行動に出る。一歩踏み出したのだ。

 

Mr.(ミスター)アンドリューズ?」

 

 闘志に満ち溢れたルネがずいっと一歩アンドリューズに歩み寄ると、彼は反射的に一歩下がってしまった。

 その行いで明らかになる。この二人の関係性が。どちらが、どちらを上であると見ているのかが。

 そうなってもアンドリューズは何もできなかった。返答に困って唸るばかりで、隣の友人に助けを求めるが彼らも全く助け舟を出せない。むしろアンドリューズと一緒になって後ろに下がってしまっていた。

 

「さあ、Mr.(ミスター)アンドリューズ。どうぞ前へ」

 

 死刑執行人という人種はその野蛮な行いとは違って非常に丁寧な人物が多いそうだ。決して乱暴に首を刎ねるのではない。また斬り落とした首も丁重に扱うらしい。

 ルネはまさにそうだった。

 罪人の最期を丁寧に扱うように、ルネは全員の前に出るようにとアンドリューズを誘う。

 しかしその丁寧さとは裏腹に。

 アンドリューズが不遜で不躾な心でナナオに挑もうとしたのと同じように、ルネは不遜で不躾な意思で彼を一足一杖の間合いへと立たせようとした。

 すなわち授業の景気づけも、模範演技も忘れてただアンドリューズをからかおうと思っていたのだが。

 そこで二つの手が上がった。

 

師範(マスター)ガーランド、あたくしがMr.(ミスター)アンドリューズの相手に立候補しますわ」

「俺はナナオとの立ち合いを希望します」

 

 ミシェーラとオリバーだった。

 ルネは近くにいる彼らをちらりと見る。

 その表情はそれぞれ「引き下がれ」と無言で言っていた。カティは表情を引きつらせてルネを見ているし、ガイとピートもルネの覇気に気圧されたのか先ほどまでの立ち位置から一歩下がっている。

 

「──Mr.(ミスター)サリヴァーンがそれで良いのなら」

 

 ガーランドも流石にルネの剣呑な雰囲気にどう止めようか思案していたようで、口では決断していないが視線と手の動きでは「落ち着くように」とルネを諭していた。

 彼らの無言の意思を受け取り、ルネはアンドリューズをからかう計画を全て終了させる。

 教室内に漂っていた異質な気配はそれで収まった。

 

「かしこまりました。では二人におまかせしましょう」

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