七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~ 作:HAL1993
ルネはあっさりと引き下がり、じっくりとオリバーやミシェーラ達の戦いを観戦するつもりのようだった。
ガーランドの指示に従って生徒達が部屋の中央に空間を作るよう並び直すと、ルネは最前列を陣取って立つ。腹の前で指を組み、リラックスした様子だ。
他の生徒のこそこそ話に気を取られる必要もない。彼の周りに人は少ないからだ。
先ほどの覇気に圧されたのかルネと距離を取る生徒が多かった。アンドリューズにいたってはルネから最も遠い場所をわざわざ選んだくらいだ。
彼と並ぶのはカティ、ガイ、ピート、そして出番待ちのミシェーラである。
カティはルネの隣に立ち、自分よりもやや高い位置にある整った横顔を睨む。
「──また怒った、ルネ」
「おや。特に怒っていませんよ。今も、今朝も」
「じゃあ何であんな、その、迫力を出したの?」
「
「え、えぇ~~? あれで?」
ルネの返答にカティは頭を抱え、ガイは難しそうな顔をする。
「怒らなかったのか? あんな侮辱をされたのに」
彼の質問にちょっと考える仕草をして返答した。
「そうですね。怒りはありません。ただし侮辱はされましたから、私なりの仕返しはしましたよ」
「それは怒ったんじゃないのか?」
ピートの問いにもルネは丁寧に答えた。
「いいえ。侮辱されたから、その仕返しをしただけなのです。そこに怒りなどの感情は入りません。ただ途中から怯える彼が面白くなったのは白状しますが。可愛らしい悪戯心ですね」
ウィンクをしながら冗談めかしての発言にミシェーラも頭を抱える。
「なるほど。あなたの考えは分かりました。しかしそういった気持ちはなるべく抑えるべきでしょう。特に力を伴うものなら尚更です」
同級生の小声を聞かなくても良い代わりにルネはカティ達の小言を聞くことになっていた。
しかしそれに不愉快そうな仕草は全く見せず、ルネは変わらず落ち着いた口調でやり取りを続ける。
「ではより抑制に努めましょう」
「……本当に分かっていますの?」
「静粛に! これより試合を始める!」
ミシェーラは訝しんだ様子でルネを見たが、ガーランドが声を上げたので目の前の立ち合いに注目する。
ルネも、カティ達も今はそちらに意識を向けた。
最初に立ち合うのはオリバーとナナオだった。教師や生徒達が見守る中で一足一杖の間合いを残し対峙する。
ルネとアンドリューズの口論から解放されたナナオはやる気に満ちているが、彼女の相手役に立候補したオリバーの方はそれほどである。
ルネの暴挙を諦めさせるために無理矢理参加した上に、彼は目立つことを嫌う性格であるようだからだ。ここに立つことは本意ではないのだろう。
勝ち負けなんて関係ない。ただナナオとの異文化交流を楽しもう。実際そう思っていた。
「一礼し、抜刀」
二人はガーランドの指示で礼を互いに示し、そしてそれぞれの杖剣を抜く。
オリバーの杖剣は二十インチほどの一般的なサイズである。
対してナナオのそれは刀のアレンジが加えられた特注のものだった。長さは刀身だけで二十二インチほどもある。全体でみると二十五インチを超す。
その杖剣に観戦の生徒達は困惑する。あれでは杖として振れないではないか。
杖として振るう剣だからこそ杖剣である。
長すぎると振りと呪文の詠唱のタイミングがずれてしまうために、刀身は白杖と同じくらいの長さが適当とされていたのだが、ナナオはそもそも魔法使いとしてこれまでの人生を過ごしていない。
杖剣の刀を両手で構え、半身の立ち姿で微動だにしない切っ先をオリバーに向ける姿は魔法使いというよりはやはり生粋の剣士に見えた。
オリバーもその構えには困惑しているようだった。
そして彼自身は右手右足を前に出した中段に構え、杖剣の先をナナオに向けているが攻める気は薄い。
ガーランドが提示したルールは
呪文の撃ち合いなし
時間制限はなし
頭、胸、杖剣を持つ手や腕への一打で終了
ただし両手で刀を扱うナナオはどちらの手や腕を打たれても終了
であった。
このルールに則ってナナオと戦い一本取って終わるのではなく、それぞれの技を観客に見せて自己申告で切り上げるつもりなのだろう。そんな雰囲気がした。
オリバーらしいといえばらしいとルネは思った。
しかしナナオはそういう感じではなかった。
にこにこと無邪気に楽しそうに笑っているが刀は違う。ぴたりとオリバーに向けたそれには本気の意識が載っている。まさしく真剣そのものであった。
本気であるのは何かしら感情が原因ではない。きっと彼女にとって刀を振るうというのはそういうものなのだ。ルネが好奇心のまま動くように。
ルネはトロールを倒したナナオの姿を思い起こす。記憶の中に刻まれた彼女のあの強さ。一刀の凄まじさ。そして全身を巡る魔力の勢い。
あれは迷いのない一撃だった。そうやってこれまで生き残ってきた一撃だった。
果たしてオリバーは彼女の無邪気な一閃を受け止め、試合の決着をつけずに適当に切り上げることができるだろうか。
試合直前にガーランドは杖を抜き、魔法で二人の刃から殺傷力を取り除いた。元々刃のない杖剣だが、不殺の魔法を加えることで打撲すらしなくなるのだ。
一応校内ではこの状態でしか決闘することを許されない。上級生や迷宮内ではそれも緩和されるものの、破ろうものなら重い罰則を科せられるのだ。
「では両者構えて──始め!」
二人の武器に不殺の魔法がかかったのを確認したガーランドは審判として立ち、開始の合図を下した。
「オリバー。いざ尋常に」
ナナオは大上段に構えを変え、オリバーに微笑みかけ。
黒髪を白髪に変えるほどに強い魔力を全身に素早く回し一瞬で踏み込むと、トロールを気絶させたほどの一打をオリバーへと見舞う。
ルネはその動きを見切ったが、辛うじてオリバーも対応できたようだ。避けるでなく下がって受けるでなく、敢えて彼も踏み込んで受けた。
彼女が刀に最大の力みを加える前に、その力を自分に有利な姿勢で受けるためにである。
半端な姿勢で腕だけで受けてはいけない。手から足まで軸を通し、それを確保した足場で支えなければあの強さの一打だと受けがすぐに崩されて斬られるか、受けごと斬られるかだ。
オリバーはどうにか耐えたようだ。その表情から余裕は消え去り、「適当に切り上げる」ことも頭から消え去っていた。
彼は即座に魔法使いとして反撃する。
刀を押し出し、オリバーを引き離そうとした彼女の体が突如がくんと不安定に揺れる。
「む!?」
見ればナナオの右足が踏んでいた床が突如柔らかくなり、彼女の足をくるぶしまで飲み込んでいた。
オリバーが呪文を伴わない領域魔法で床に手を加え、石造りのそれを泥のように変えたのだ。
ラノフ流魔法剣・地の型「
オリバーは体勢を崩したナナオを力を込めて右に受け流し、彼自身は左に進んで空いた背を狙うが。
ナナオは左に傾く力に逆らわず瞬時に重心を左足に移し、右足よりも前に出たその足で素早く強く床を踏みしめると股関節を意識しながら体を右回りに反転し斬撃を放つ。
その時に左手は柄から放しており、鍔の真下を握っていた右手は微妙な握力の加減でするりと柄を滑り柄頭へと握りの位置を変えた。その位置変更による伸びで意外な間合いの一撃を生み出す。
オリバーが反撃に気づいて体を後ろに反らして避けなければ顔に一撃が入り彼の負けとなっていただろう。
仰け反ったオリバーに対してナナオは回転斬りと同時に右足をぬかるみから引き抜いており、左足前右足後ろの形で姿勢を回復していた。
柄頭を握っていた右手はオリバーが一閃を避けた瞬間に再度握力の調整で鍔の真下まで戻しており、右足を左足より後ろに下した時に右肘を後ろに下げることで刀を引き絞っていた。そして右足を前に出すと同時に刺突を繰り出す。
反撃からの追撃にオリバーは杖剣を下げることなく後ろ飛びに避け素早く態勢を戻す。ナナオは柄を左手で掴んで右足前左足後ろ中段の構えに戻した。
素早い攻防の後は互いに開始前と同じ構えになる。立ち位置が逆になっただけだ。
そこで息を吐く間もなく攻防は再開され、二人は刀と杖剣で切り結ぶ。
オリバーは杖剣に旋回する流れを作った魔力を纏わせ、ナナオへと一撃を加えようとする。
ラノフ流の「
対するナナオも──なんと同質の一閃を繰り出し、僅かな拮抗の後に互いに刃が逸らされた。
オリバーもナナオも二打目は繰り出さず、そのまま直進し反転。再度間合いを取って構えを見せる。
この展開の早い攻防についていっている生徒は少なくカティ達は目を丸くして二人の戦いを見ていた。
ルネとミシェーラは丁寧に二人の素早いやり取りを読み取っていたが、それができている生徒はほぼいない。
その後も数度オリバーとナナオは斬り合いをするが、どちらも致命にはならずまた優劣が決まるような形にもならなかった。
オリバーはかなり焦っているようだった。思いもよらない試合になったからだろう。
ルネにとっては意外だったが彼は優秀なラノフ流の使い手であるようで、今は何とかラノフ流のやり方で防御やカウンターをやっているが、そのどれもナナオには届いていない。
かといってナナオが有利というわけではなく彼女の方も有効打は放っていなかった。
決着がつくのだろうか、とルネは冷静に観戦していたが、ふとナナオの顔を見て固まった。
涙していた。
「──ここに、ござった」
そう呟き、黒い瞳から大粒の涙を流す。感動に打ち震えているようだった。
それを見たルネもまた何かを感じ取る。
何だろうか、これは。
ナナオの魔力の昂ぶりにあてられたのではない。ルネは確かに何かをナナオから感じ取った。
彼女の霊体、血流から溢れる何かを。
そして、それは
「泣くな──なあ、泣いてくれるな」
オリバーの方も同じだった。
彼は涙してはいないが、ナナオから溢れ出る何かに応えようとしている。
オリバーの構えがラノフ流の中段のものから、より右足を強く踏み込み杖剣の切っ先を斜め後ろに向ける下段の脇構えに変わった。
彼が主に使っているであろうラノフ流のものではないし、リゼットでもクーツのスタイルでもない。我流のものに見えた。彼の隠している奥義なのだろうか。
オリバーはそれをナナオへの応えとして見せた。つまり彼にとってはそれが必殺の構えなのだ。
ではナナオへの応答として、どうしてその隠し玉を見せたのか。何か関係が?
今は答えを出せないが、ルネはオリバーの見せた構えを記憶に残しておく。一つの要素である気がしたからだ。
とにかく生まれも育ちも違う魔法使いとサムライが何故か魔法的に呼びかけと応答を繰り返している。
互いにそれらについて意識はしていないし、教室内の誰もこの事態に気づいてはいない。ガーランドは二人の気迫が殺気を帯びたことに警戒感を見せているが、それだけだ。
しかしルネには分かった。自分だけが分かる。肉体、霊体、そして魂魄について研究を進めた自分だけが分かる。
彼らは互いに互いの中にあるものに呼応しているのだ。それは霊体にあり、そして血流の中にあるもの。
もしかして、これは。まさか。まさか。
ルネは一つの予想を組み立てた。
そしてルネはより正確にこれからのことを記憶するために、またいつでも記憶から徹底した分析ができるように頭の中の砦に彼らのための部屋を創り上げた。
「──忝い」
ナナオがオリバーの本気に礼を述べ、その瞬間に二人の杖剣にかかった不殺の魔法が弾け刃に鋭さが戻る。
これも驚きだ。興奮した様子でルネは目を見開く。
殺さぬ同意である不殺の魔法は二人の殺し合いたいという同意によってかき消され、それどころかなまくらだった刀身に殺意の磨きがかかり刃を取り戻したのだ。
だが彼らは互いに呪文を口にしていない。本来なら呪文「
それをなし得たのは二人がルネのように魔法的に優れているからではない。オリバーには自分のようなセンスはないとルネは確信していたし、ホーン一族もたいしたことのない家系だ。
「
ましてや非魔法文化圏からやってきたナナオについてもそうである。
ではどうしてこうなったのか。
呼応の結果二人の魔法使いが同調し、それに魔力が反応したことで彼らの意思に応じた結果をもたらしたからだ。
同調した二人の「殺し合いたい」という思いに答えた互いの魔力がそれぞれの刃にかけられた不殺の魔法を破壊し、新たに研磨の魔法を施したのである。
歴史の中に置いてきた古い魔法を参照する必要があるが、珍しい現象としてそれは記録に残っていた。
ルネはともかくオリバーとナナオのための部屋に、今この瞬間をしっかりと記憶しておくことにした。
もしかしたら自分の研究に役立つかもしれない。
記憶する瞬間はそう長くはない。
ガーランドが早々に二人を止めることは分かっていたし、実際にそうであったからだ。
「そこまでだ!」
自身の不殺の魔法がかき消されたのを感じ取ったガーランドは素早く動き、オリバーとナナオの間に飛び込んだ。殺傷力の蘇った杖剣を手に互いに一歩踏み出した二人を止めて、ガーランドは厳しい口調で言った。
「これは景気づけのイベントだぞ。私は言わなかったはずだ。
ナナオはガーランドの指示に従って動きを止めたものの不満そうな表情は隠していない。
対してオリバーは顔面蒼白になっていた。明らかにやりすぎたと思っているようだったし、それが意識してやったことではないようだった。
二人の体から溢れたものは何だったのだろうか。そして、それがどうして呼応したのか。
ガーランドは止まってくれた二人に安堵し、それぞれを落ち着けるように優しく告げる。
「しかし初日の模範演技としては十分だった。二人ともありがとう。杖剣を収めて休みなさい。ただし気が落ち着くまで杖剣を抜くのはダメだ。分かったな?」
その後の授業は初心者と経験者に分かれて内容が進んだ。まず初心者には基本的な杖剣の扱いをガーランドが見せ、それを生徒達が再現するという形で進んだ。
経験者の生徒達は二人一組になり、それぞれの組で稽古を進めていく。
ルネはミシェーラと組を作っていた。
彼女の刺突を避けながら、反撃の斬撃を放つ。それをミシェーラは避け、互いに距離を取る。
ミシェーラとアンドリューズの試合はなかったことにされた。
彼女が辞退したこともあるし、恐らくそうしなくともガーランドは二人に中止するよう申し出ていただろう。
二組目の試合をする雰囲気ではなかったからだ。さっさと授業を先に進め、この雰囲気をかき消したいという思いがガーランドにもミシェーラにもあった。
現に初心者の生徒達は先ほどのことを忘れたように必死にガーランドのやる型を真似ている。
しかし、経験者の生徒達には先ほどの試合が片時も忘れられないようで、時折ちらりと教室の隅で休むオリバーとナナオに視線がいっていた。
それはルネとミシェーラもそうであった。
「ルネ、あなたは先ほどの立ち合いについてどう思われますの?」
そう言いつつミシェーラは距離を詰めてきたのでルネは軽い動きで僅かに後退すると見せかけ、嫌なタイミングで前進し長めの杖剣を用いた突きを放つ。
「どう、とは?」
意表を突いたルネの攻撃を払い、カウンターを出そうとするも相手がするりと後退したので再び距離を取る形になった。
「あの時、先生の不殺の魔法が弾けましたわ。先生の方で解除したのでなければ二人が解いてしまったのです。それに潰れたはずの刃まで戻りました。領域魔法や呪文を伴わない魔法行使でそんなことあり得るのでしょうか」
「領域魔法などの例を除き、魔法使いの強い意思に魔力が反応して呪文なしに魔法へ結びつくことは珍しい例ですがないことはありません。といっても主に乳児の例ばかりですが」
「夜泣きなどの際に物を動かしたり、壊したりするそうですわね。しかしそれは対物の現象であり、術式に干渉し得るほどの器用さはないはずです。まして今回は教師の魔法ですわよ。それに研磨の魔法をなし得るとも思えません」
ルネは軽い足さばきでミシェーラに接近し、勝負をしかける。ミシェーラは構え、突きや払いと織り交ぜた複雑な攻撃を辛うじて捌きつつ、反撃のタイミングを見て取っては刺突を放った。
「あり得るのは一つ。古い魔法です。呪文が開発される前の魔法は魔法使いの意思によって発動がなされていました。単独での使用よりも儀式といった場を利用し大勢の意思を同調によって一つに纏め、強めたそれを魔力に反映させることで魔法を結実させる方法です」
ミシェーラの刺突を軽く避け、反撃を加える。
「もちろん呪文よりもずっと非効率的な魔法の使用方法ですが、特徴としては魔法使いが多数必要であること、そして魔法使いの願望が重要であって具体性が薄い点です。一見似ているように思える領域魔法や呪文を伴わない魔法行使も、
ただ『殺し合いをしたい』という願望のみです。その願望において二人の魔力が不殺の魔法を破壊しなおかつ互いの刃を磨いたのです」
解説が進むたびにルネの攻撃は苛烈さを増していく。口調は落ち着いたままだが攻撃の激しさは増すばかりだ。
ミシェーラは冷や汗を流しながら、そして説明を聞きながら彼の攻撃を処理していく。
「同調した二人の意思に魔力が答え、ガーランド先生の魔法を弾いた上に杖剣の刃すら戻した。そう考えるのが妥当でしょう」
「……ッ、古代の魔法が今の時代に成ったと?」
ルネが領域魔法でミシェーラの足元の床に干渉し、表面を流すように素早く動かしたので彼女は重心制御や領域魔法を上手く使い転ばぬようにたちまちバランスを取り戻す。もちろんルネの攻撃を防ぎつつだ。
「あの二人でガーランド先生の魔法を無効化し、そして同時に刀身に斬れ味を戻したとなると、そうだろうという仮説です。実際強い意思が必要なだけで、現在においても再現できない技術ではありませんからね」
「その古い魔法には同調で強めた意思が必要と言いましたが、それはあんな試合中に成立するものなのでしょうか」
ミシェーラは反撃のタイミングを見て取り、激しい刺突で戦いの流れを取り戻そうとする。
「おっと。危ない危ない……私のように呪文学に対する深い理解がなければ呪文なしで魔力を動かすことはとても難しいのです。簡単な働きなら杖を振るだけでできますがね。呪文を伴わない魔法行使や領域魔法ですよ。
しかし高い効果や威力などの高度な魔法は別です。だからこそ古代においては大勢の魔法使いを集め、儀式などでその意思を一束にして高い効果の魔法を目指すべく魔力に強く働きかけていました。ちょうど君達がトロールに対して、それぞれの起風呪文を収束させて
ルネはアクロバティックな動きで彼女の攻撃を避け、何回か
ミシェーラは振り返ることをせず前に飛び退き、その際に姿勢を反転させてルネと対峙した。荒れた息で肩を揺らしながら呆れ半分、驚き半分の感想を口にする。
「
「カッコいいでしょう?」
追撃することはせずにミシェーラの息が整うのを待つ。話しながらの戦いという条件は同じはずなのにルネとミシェーラでは疲労度合いが全く違う。
同年代に負けたことのないミシェーラは正直悔しい思いをした。何度か一撃を受けそうなタイミングはあったのだが、その時に限ってルネは攻撃をしてこなかった。
会話を優先して気を遣われているのだ。
「杖剣の扱いがそこまでとは、噂にはありませんでしたわよ?」
「実際そこまで得意ではありません。今も魔法が使えたらな、とは思っていますが」
そう残念そうに言った瞬間、僅かにミシェーラの喉が締まった。不意に一瞬息の詰まったミシェーラは咳き込んだが、その間にルネが攻撃をしてくることはない。
喉を撫でながらミシェーラはルネを睨む。その声は少しかすれた。
「なるほど。これが噂に聞く
「私には具体的な目的があります。君の喉を締め上げるというね。古い魔法とはその点が多いに違います。私の場合はただ単に魔力の扱いが桁違いに上手いのですよ」
「その、運命というのは?」
ルネが杖剣を下げたのでミシェーラも下げた。
「君なら分かっていると思いますが。今も名残惜しそうにしている
君と私がこの接戦の中で同調しないように、本来魔法使い同士が──もっといえば生き物がですが、そう簡単に同調するというのはまずない現象なのです。古代においての儀式は薬物や瞑想で個をなくすことで同調を可能にしました。そこまで下準備の必要なものがあのタイミングで起きたとなれば、それはもう二人の出会いが運命であったとしか言いようがありません。殺意の下に一つになる殺し合いの運命とでも言うのでしょうか」
何故そうなったのかという点については予想はあったのだが、流石に自分の研究分野に関わるそれをミシェーラに素直に告げる気にはならなかったので多少誤魔化して答えた。
彼女はその点は特に気にならなかったようで「運命」と小さく呟く。
「確かにその通りでしたわ。オリバーもナナオとの戦いを望んだ。しかし殺し合いの運命だなんて、そんなことがあって良いのでしょうか……」
その表情は友人を真に心配するものだった。
「魔法剣の世界では、稀に刃を交えた瞬間に互いが運命の相手だと知ることがあると聞きます。あの二人もそうなのでしょうか」
心配しつつも、やや羨ましそうな気配が二人を見つめる視線に宿る。
「ふむ。君の言った現象は魔法使い同士の魔力の波長や戦い方の調子が合ったことによる高揚感から生まれます。運命や同調というよりは気が合うといった方が正確でしょう」
意外とロマンチックなことを好むのだろうか。ルネが淡々と指摘したことに明らかに彼女は水を差された様子になった。
「まあ、そうとも言えるでしょうが」
つまらなさそうに、また不服そうにしつつもルネの指摘を認めた。
「しかしあの二人は気が合っただけにしては限度を超えています。魔法使いの魔力の調子や戦い方が合致したからといって、同調しその上で魔法は起こりませんから、同調を引き起こす何かが彼らにはあるのでしょう。気が合うというレベルでない何かが、個を失って一つになるような運命と形容して遜色のない何かが」
ミシェーラが回復したのを見て取ったルネは再度構えを取る。
彼女も再度戦うために構えた。手首を引き、刺突の構えをしつつルネに問いかける。
「ルネ。あなた、もしかしてそれが何なのか見当をつけているのでは? そう言っているように聞こえましたが」
声に興奮が乗ってしまったか。ルネは反省しつつ、ミシェーラを挑発するように言った。
「では君が私から一本を取れましたら、私の考えをお話ししましょう。何故彼らが同調したのか。したところで理解していただけるか分かりませんが」
格下に言うような挑発の口調に、ミシェーラは普段の高貴さからは見えないような野蛮な笑みを浮かべた。
「言ってくれますわね。では早くあなたに説明していただくことにしましょう」
読み取りにくい足さばきを用い接近するルネと、それを丁寧に迎え撃つミシェーラ。
この授業内で最も高度なやり取りをする戦いは自然と視線を集め、やがてガーランドが「止め」と声をかけるまで休まず続いた。
二人はガーランドの声でぴたりと戦いを止めると定位置に戻り、礼を行って試合を終える。
杖剣を鞘に収め、ルネはミシェーラに近寄って微笑みかけた。
「ふふ。では私の考えはまだ秘密ということで」
ミシェーラにはルネほどの余裕はなさそうだった。立っているのも限界といった様子だ。
彼女も杖剣を鞘に戻すが、その手は震えている。悔しさだけではなく疲れからだ。
息が荒くまた汗まみれの彼女に対し、ルネは汗一つかいていない。運動で体が火照っているようではあるが全く余裕のある様子だった。
「……ええ、約束ですもの。構いませんわ」
試合の結果はルネの勝ちである。何度か有効打を入れた相手に対して、ミシェーラは一撃も入れることができなかった。
ルネは息も絶え絶えな彼女を安堵させるように伝える。
「安心してください。別に今すぐ彼らに何かしらの危険がある類ではありません」
「……だと良いのですが」
そう受け答えしながら教室の隅で待つオリバー達に視線が移ったのでルネもそちらに目を向けた。
相変わらずオリバーは落ち込んでいるし、授業の終わりを感じ取ったナナオはオリバーと違ってわくわくしている。早くオリバーと先ほどの続きがしたいと言わんばかりだ。
ルネは一つ深呼吸した。それだけで彼の体を覆っていた熱がすっと引く。
その力に癒しを加え、ミシェーラにも差し向けた。
ルネに手をかざされたことで疲労感と汗が一瞬で消えたことから魔法を察し、彼女は「ありがとうございます」と短く礼を言う。
彼は「どうも」と一言答えるとくるりと踵を返しオリバーとナナオの方に向かった。
どうやら改めてナナオに謝罪をするつもりのようだった。
「君と試合ができず申し訳ない」
「いや、構わないでござるよ。直接戦えなかったのは残念でござるが、貴殿の強さはしかとこの目で見させてもらったにござる」
「ありがとうございます。私も君の強さはしっかり確認しました。凄まじいですね、
「……あぁ、そうだな」
ミシェーラにはそんなやり取りが聞こえた。
「シェラ、これ」
「──ああ、カティ。わざわざありがとうございます」
カティがタオルを持ってくる。
もう必要なかったが、受け取ったミシェーラは敢えて汗の消えた肌にタオルを当てる。
上品に汗を拭う仕草をし、そして顔にタオルを当てた。その際に震える自分をどうにか抑えようとした。
負けて悔しいからだけではない。ミシェーラは生まれて初めて自分と同年代の格上に出会ったのだ。
これがルネ=サリヴァーンか。ここまでやるか。
まだまだ上があるという向上心と共に野蛮な笑みを柔らかい布に顔を埋め、ミシェーラは一息吐いた。その間に興奮に震えた表情を普段のものに戻す。
「ありがとうございました、カティ」
「うん。でもルネって杖剣も凄い強いんだね。驚いちゃった」
ちらりとカティが見るとルネは余裕そうににこにこ笑っていた。
授業で注目された割には試合後にガイが気さくに話しかけるくらいで孤立していたが。
「ええ、あたくしもまだまだ上を目指さねばならないということです」
ミシェーラはそう言い、頂を眺めるようにルネを見つめた。微笑みはいつもの上品な少女のものに戻っていた。