彼は如何なる過去を辿り、心を閉ざすに至ったのか。
そして如何にして、他人に心を開くようになったのか。
本編では語られなかった、#41と#42の間のエピソード。
#41と#42の間の、泊亮一を主人公に据えた短編です。
転寝氏の公認はいただきました。
それでは、どうぞ。
小学生の頃。
僕の夢は「いのうりょくしゃになる」ことだった。
力を使って、人を助ける姿は、とてもカッコよく見えた。
僕もあんなふうになりたいと、本気で夢見ていた。
ただ。
その夢は、ある日唐突に、最悪な形で叶えられた。
小4の時。
児童誘拐事件が頻発していた頃、その事件に僕は巻き込まれた。
下校中、いきなり後ろから口をタオルで塞がれた。
(た、助け、て‥)
声を出す間もなく、僕の意識は闇に落ちた。
目覚めると、僕はベッドのようなものに寝かされていた。
起き上がろうとしたが、体が固定されていて動けない。
「あらら、起きちゃったか。」
目覚めた僕に気づいた大人たちが、周りに集まってくる。
逃げなきゃ。そう思っても、体は動かせない。
どうにかしてベッドから起きようと、顔を捻った僕の目に、恐ろしい光景が飛び込んできた。
血まみれになった、僕と同じくらいの子供たちが、無造作に積まれている。
息をしていないのは明らかだった。
(僕も、こうなるの‥?)
死という現実を見せつけられた僕は、あっという間にパニックになった。
「嫌だ、嫌だぁ!死にたくないぃ!」
大人たちは、そんな僕の声を無視。僕の目の前には、小さなナイフが迫ってくる。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
それからしばらくの間のことは‥‥思い出したくもない。
ナイフで右の目を抉り取られ、別の眼を埋め込まれた。
酷い痛みに襲われ続け、ずっと泣き叫び続けた。
ようやく痛みがやんだとき、僕は自分が死んでいないことにまずホッとした。
大人たちは何故か、とても喜んでいた。「ようやく適合できた」とか言っていたけど、この時の僕には理解出来なかった。
その後は、「練習」と言われて大人たちに何度も傷つけられた。訳が分からなかった。
そんな日が、何日続いたんだろうか。
ある日、見たことのない大人が建物に入ってきて、僕を見るなり言った。
「泊亮一君だね?僕は神永という。お巡りさんだ。君を助けにきた。」
返事を返す間もなく、僕は神永さんによって助け出され、一旦警察に保護された。
その後神永さんから教えてもらったことによると、児童誘拐事件は彼らの仕業で、彼らが作った人工異能を組み込んだ義眼「パープルアイ」に適合する子供を探していたらしい。
それが僕で、施設にあった子供たちの遺体は適合せずに死んでしまった「失敗例」だったんだそうだ。
そして、僕の右眼の力について聞くと、「右眼を通して世界を見ることで、脳のリミッタを強制的に解除する力」と説明された。この時の僕にはよく分からなかった。
ともかく、悪夢のような場所から解放されたことに僕は安心していた。
甘かった。
悪夢は、むしろここからだった。
数日警察署に保護され、ようやく家に帰った日。
家の玄関を開けた僕は、奇妙なことに気づいた。
父さんの鞄がない。
仕事から帰った父さんは、いつも玄関に鞄を置いている。
(父さんはまだ帰ってきてないのかな、それとも仕事とは別のとこ行ってたのかな?)
そう考えた僕は、大事なことに気づいた。
(どうしてこんなことがわかるんだろう?)
普段、父さんの鞄なんて気にもしていなかったはずなのに。
不思議な感覚に頭を悩ませながら、僕は数日ぶりに家に入った。
「ただいま。」
「お帰り亮一。もう、ホントに心配したんだから!」
母さんが思い切り出迎えてくれた。その後ろから父さんも顔を出す。
「亮一、父さんホント心配だったんだぞ。今日一日仕事に手もつかなかったんだ。」
ウソだ。父さんはウソをついている。
何故か僕には、それが分かった。だから、言葉として出た。
「父さん、仕事ってウソだよね?」
父さんは言葉をなくし、母さんは怒りの視線を父さんに向けた。
そしてこの時、ようやく僕は気づいた。
全ては、この右眼の力であることに。
ただ、気づいたときにはもう遅く、父さんと母さんは既にケンカを始めていた。
2人は、いつもは仲が良かった。それを、僕が壊したんだ。
重い気分を引きずり、僕は手を洗いに洗面所へ行った。
そして鏡に映った僕を見て、衝撃を受けた。
何故なら。
僕に埋め込まれた右眼は、毒々しい紫色をしていたんだ。
翌日。
紫色の右目を晒したまま、僕は学校に行った。
その日はクラス、いや学年中が大騒ぎだった。まぁ、当然のことではある。なんせしばらく行方不明になってたヤツが、右目を紫色にしてひょっこり出てくるんだもの。
そして僕はやはり、この眼の力を見せてしまう。
最初のうちは、みんな面白がるだけだったけど、だんだん怖さや不気味さを感じたのか、僕から距離を置く人が増えていった。
そして、イジメが始まった。
始めは、筆記用具がなくなったり、机に落書きされたり、靴を隠されたりと、普通にあるようなイジメだった。そこからどんどんエスカレートしていき、露骨に悪口を言われたり、嘘のウワサを流されたり、掃除の時間にバケツの水をぶちまけられたりされるようになっていった。
担任の先生に助けを求めた。でも、何もしてはくれなかった。
「異能力なんか持ってる君が悪い」とまで言われた。
最悪だった。
(何で僕が悪いの……?)
僕が悪い訳じゃないのに。
僕はこの力を欲しくて得たんじゃないのに。
今や僕は、学校中から悪者扱い。僕の味方は誰もいなかった。
そんな中、さらに僕を傷つける出来事が起こった。
ある日、僕が家に帰ると、父さんと母さんが言い合いをしていた。
僕が父さんの秘密を暴いてからというもの、2人はケンカが増えたので、驚くことではなかったが、今日は一段と激しく言い合っていた。
「もう俺はこの家にはいたくない!あんなバケモノ、うんざりだ!」
「バケモノなんて言わないで!私たちの子供なのよ!」
バケモノ。
父さんにそう呼ばれたことが、とてもショックだった。
結局、父さんは離婚し、この家を出ると宣言した。
それを聞いたとき、僕の心は壊れた。
(どうしてみんな、僕を捨てるの?)
(力を持たされただけで、どうして捨てるの?)
自分の部屋に閉じこもり、ただただ泣きじゃくった。
誰にも話せず、1人で抱え続けた痛みを、辛さを、苦しみを吐き出すように泣き叫んだ。
(もしかして人間って、みんなそんなものなの?些細なことで、簡単に他人から離れていくようなものなの?)
そうだ。きっとそうなんだ。それが事実なんだ。
だとしたら、僕はもう、他人を信じない。どうせみんな、僕から離れていくんだから。
僕はもう、1人で生きていくしかないんだ。
そして。
そんな事実を僕に見せつけたこの眼も。
そんな眼を埋め込んだ自分勝手な大人たちも。
そんな運命に抗えず、眼の制御すら出来ない無力な僕も。
全部‥全部大嫌いだ!
何日かして。
僕は学校に行った。右眼には、自分で見つけた医療用の眼帯を付けた。
こうすれば、力は使えないことが分かったからだ。
クラスに入っても、誰も僕に話しかけようともしない。
イジメが酷くなってからはずっとこうだったが、それで良かった。
もう、誰が何しようが、僕には関係ない。
それからもイジメは続いたが、僕が何も変わらないのが面白くないのかいつしか自然になくなった。
そして、僕には誰も関わろうとしなくなった。
これでいい。
これでいいんだ。
そんな思いを抱いたとき、ふと思い出したことがあった。
(あの子も、こんな気分だったのかな。)
僕が事件に遭う半年くらい前、この学校にいた女の子のことだ。
彼女は元々力を持っており、それ故にイジメにあっていた。後の僕ほど酷いものではなかったが。
彼女は孤立し、とても辛そうな顔をしていた。当時の僕は、それを見るのが辛かった。
だから、僕はその子に話しかけにいった。
最初は冷たく当たられた。
「私の苦しみなんて君には分からない」とか「私といたら君もイジメにあうよ」とか。
でも。
「今のままで、君が辛い顔をしてるのを見るのはヤだ。」って言った。
そしたら不満そうではあったけど受け入れてくれた。
ただ、その子はすぐに転校していった。
確か、ちーちゃんって呼んでいた。
今なら分かる。
ちーちゃんがあの時抱えていた辛さが、苦しみが、痛さが、悲しさが。
でも、今更分かったところで何の意味もない。
僕は彼女を救えたわけじゃないし、今の僕には彼女がどうだったってしったこっちゃない。
そうして、僕は孤独の殻に籠もった。
クラス替えの時も、中学に上がった時も、事情を知らないヤツが声をかけてきたけれど、冷たくあしらった。
どうせコイツらも、いずれは僕から離れていくんだから。
そうやって、僕は今まで生きてきた。
でも。
そうやって生きてきた結果、見えたものは何だった?
死ぬ必要のないヤツが、目の前で死ぬ光景だった。
もし僕が力を受け入れられていたら、逆浪は死ななくてすんだかもしれない。
あんな光景は、2度と見たくない。
おそらく僕は、変わらないといけないのだと思う。
だけど、出来るだろうか。
今の僕に、人を信じることが、出来るんだろうか?
「ん‥。」
凄まじく長い回想から覚め、僕は目を開けた。
視界に入ってくるのは、白い天井。ということはここは病院で、僕はベッドに寝かされているということか。
「痛たたた‥。」
足下に奇妙な重みを感じ、治りきらない怪我の痛みに顔を歪めつつ体を起こすと、高凪がいた。
ベッドに頭を預けて、眠りこけていた。その目からは、涙が零れている。
(見舞いに来てくれた、のか?)
驚きを隠せずにいると、高凪も目を覚ました。
「ん‥?あ、泊君!目覚めたんだね!良かった、良かったぁ‥。」
涙が零れるのも構わず、僕に抱きついてくる。
「え、ちょ、まっ、痛い痛い痛いって!」
「え、あっ、ごめん……。」
慌てて離れる高凪。
「もう何日も目覚まさないから心配したんだよ?」
「ん?待て、何日経ったんだよ?」
「5日。もう、ホントに死んじゃったかと思ったんだから……!」
わお。そんな長い間寝てたのか。
待て、逆浪はどうなった?
「なぁ、逆浪は!」
「無事だよ。1番重症だから3ヶ月入院が必要だけど、意識は戻ってる。」
正直、ホッとした。本当に死んでいたら、僕は悔やんでも悔やみきれなかっただろう。
「良かった、生きててくれて……。」
思わず、涙が零れる。
「泊君だけの問題じゃないから。私にも非はある。」
慰めてくれてるのか。
「なぁ、高凪。」
「何?」
彼女には、言わないといけない。
こんなこと言うようなキャラじゃないことは知っている。
それでも‥。
「ありがとう。」
「どうしたの急に。」
「お前がいなかったら、今頃俺は道を踏み外してた。」
多分、高凪が止めなかったら、僕は怒りのままにアズラを殺していた。
それだけじゃない。
高凪が今まで僕を気にかけてくれていなかったら、僕は自分の感情にまかせ異能と引き換えに高凪を殺していた。
少なくとも彼女には、礼を言わないといけないと本気で思ったんだ。
「随分今日は素直だね?いつもは私が声かけても冷たくあしらうのにさ。」
「うるせえ。」
そして、そんな彼女に僕は聞いてみたいことがあった。
「なぁ、お前はどうしてこんなヤツを気にかけてくれるんだ?」
彼女がどんな人間なのか、とても気になった。
彼女なら、信じられる気がしたから。
返ってきた答えは、とても意外なものだった。
「昔の私見てるみたいでさ、ほっとけなかったんだ。」
「え?」
思わず聞き返す僕。彼女はゆっくりと、話してくれた。
「私、小学生のときに異能持ちだからってイジメに遭ってさ、毎日ボロボロになってた。そんなときに声かけてくれた男の子がいてさ。『今のままで、君が辛い顔をしてるのを見るのはヤだ』って言ってくれて、すっごく嬉しかったんだ。結局、親の仕事の都合で転校になって、お礼の一つも言えなかったんだけど、ああなりたいなって思って。だから、泊君が辛そうなのが、昔の私にダブって見えて、少しでもあの子みたいに支えになれたらなって‥え、ちょっと、なんで泣いてるの?」
驚いた。
高凪の話に出て来た男の子は、おそらく僕だ。
じゃあ高凪が、ちーちゃん?
そうか、彼女は、あの時のことをずっと覚えてたのか。
人間にも、こんなまっすぐで、純粋な人がいるのか。
ムチャクチャ嬉しくって、思わず泣いてしまった。
彼女なら、信じられるような気がした。
少し、前向きになれるような気がした。
その後。
高凪に自分の過去について話した。異能力を持たされたこと、イジメにあったこと、他人に心を閉ざしたこと、そして今の涙の理由まで。
高凪はびっくりして、言葉がないようだった。
「逆浪と高凪のおかげで、少し前を向けた気がするよ。」
「あのさ、これからどうするの?」
「人助けでもやろうかなと。」
「へっ?」
「今回の逆浪みたいに、死ぬ必要のない人が目の前で倒れるのは嫌だから。」
この眼を使うことで、この力を受け入れられるようにしたいしな。
「分かった。私も手伝う!」
「おい、なんでそうなる?」
「いいでしょ別に。」
「よくない!!」
「もー、照れちゃって。」
俺は。
多分、今嬉しいんだと思う。
一緒にいれば、変わっていけるような相手を、見つけられたから。
読んでいただきありがとうございました。