♢この復刻イベント・ラッシュの目的は…!?
時間が経つごとに、大きくなったものがある。それは弟の背もそうだし、なにより私の嫌な気持ちのことでもあった。
お父さん、あの人、そして弟。仲のよろしい家族団欒ってのを見せつけられる度に、それはデカくなっていって。
ついに我慢できなくなった私は、家族と関わるのをやめた。自分から無視してやったってこと。
あの人達の中に居て、皆して仲良しなの見てるとさ、蔑ろにされてる気がしたんだよ。死んだお母さんのこと。
もうお母さんのことなんかいいんだって。居たことなんて綺麗さっぱり忘れちゃって、新しい気持ちで次に進もうよって感じで。
そんなの嫌じゃん。
時間なんて大きい流れの中に、お母さんとの思い出が投げられて、消えていくなんてさ。私、嫌だよ。
あの団欒の中に居たら、私もいつか、お母さんを思い出に変えちまう気がした。だからもう、関わらないって決めたんだ。
故郷の二木から神浜に引っ越すことになっても、それは変わらなかった。
だだ広い廃工場の中に、幾度となく火花が散っていく。硬質な、例えば金属をぶつけ合っているかのような、高い音を響かせながら。
それは宙を舞い、地を走る人影達がそうさせていること。二つの相反する者達同士が争う音だった。
「ふんっ!」
「せっ!」
その様子を、特に何の感想を抱くこともなく、ウワサの少女──シーと名付けられた少女は眺めている。
今もまた、彼女が愛してやまない 赤づくめの少女と、自身の創造主の配下らしい白い魔法少女が、それぞれの得物を打ち付けあったところだ。
直後に後方へ下がる白い衣装の少女…白羽根に、赤い魔法少女こと、赤が追いすがる。武器のパイルで殴りかかるも、白羽根の使う剣に軌道を逸らされてしまった。
「ほら、どうしたの!ぶっ潰すってんでしょ、アンタ!」
「チッ…!うざってえなあ!」
一見互角に見える両者の戦いだが、その実 押されているのは赤の側。二人の着ている衣装が、それをよく表していた。
白羽根のローブが舞い上がった土埃による薄汚ればかりなら、赤の真紅のコートには、それに加えて細かい切り傷があちこちに出来ている。
白羽根の剣による攻撃を、回避しきれていない証拠だ。
「〜………」
本当なら、愛しの赤が傷付けられていく様なんて、シーには黙って見ていることは出来ない。今すぐにでも割って入り、彼女を虐める奴らなんてブチのめしてやりたいと思っている。
しかし、シーはウワサ。ルールの下に作られた、魔法の被造物。母同然の主が記した本能が、味方と定めた者に手を出すことを禁じてしまう。
故に面白くない気分のまま、赤の戦いを見ていることしかできないでいた。
「やっ…!」
「あだっ!ちょ、痛いたいたい!いったいもう!」
先輩は小さいカンテラを幾つか作り、黒羽根にぶつけた。小さい爆発が連続し、ダメージを与えていく。
だが…。
「ん〜…。なんか、やる気無いすか?」
「………」
「まぁ、分かるっすけどね。私もぶっちゃけ…ねえ?」
黒羽根に内心を見抜かれて、何も答えられなくなる。事実、黒羽根の着ているローブには大した傷の一つもできてないのだから、そういう反応にもなるだろう。
でもそれは先輩に限った話ではなく、赤を一人にはできないからと戦うことにした他のメンバーも、きっと同じだろう。
この廃工場の中 散り散りになっているにも関わらず、戦いの音というのがあまり聴こえてこないからだ。
年長に至っては姿が見当たらない。外にでも出てしまったのかと、先輩は頭の片隅で思考を巡らせた。
「なんてーのか、大変っすね」
「なにが」
「や、ね?お互いたった一人に振り回されてさ。そっちの赤い人とか、うちのバカリーダーとか」
言いながら、黒羽根は離れた場所で戦う二人にチラと目をやる。先輩も同じようにするが、先程から変わらず、口汚く騒ぎながら争う同居人が映るだけだった。
赤を心配するのは当然だが、しかし今の彼女が自分達の言葉を冷静に聞き入れてくれるとは思えず。だったら一刻も早く戦いを終わらせて、少しでも落ち着いてくれたら…と思ったから、先輩は助けに入ったのであって。
だが結果がこれでは、その行為に意味があったのかどうか、彼女には分からなくなってしまった。
「うちのリーダー馬鹿だけど、ほっとけないんすよね、なんか。そちらさんだってそうなんでしょ?」
「そりゃ…一人にするわけにもいきませんわよ。チームですもの…」
「まー、そちらさんの子が荒れてるのはリーダーにも責任ありますよ…っと!」
不意打ちのように、黒羽根がいきなり鎖付きの刃を投げ放ってくる。掠ってはしまったが、先輩の身にまともに当たることはなかった。
「いきなりなにを…!」
「やる気がないのはともかく、リーダーのプラン手伝わなきゃなんで。助けに入られても困るし、ちょっと遊ばないすか?」
「何故私がそんな」
「ちゃんと講義も続けますから」
「っ………」
そんなことを言われたって、乗っかってやる義理が先輩らには無い。無視して帰ってしまうこともできるのだ。皆で。
だが、赤の存在がそれを躊躇わせた。あんな聞かん坊知らないと、我儘な子供なんて勝手にしろと言えればよかったのに。
だが、今の先輩は彼女を預かる身。幾ら今の赤に対して不安だの苛立ちだのを感じていたって、置き去りになんてできるはずはない。何かあれば彼女の家族にだって申し訳が立たないと、そう考えてしまうのだから。
「じゃ、どっから話しますかねー。グリーフシードについてとかにしましょっか?」
「っ…」
話しながら攻め立ててくるのを捌きながら、先輩はどうにか全員で離脱する為の算段を立て始める。
羽根達の講義とやらで明らかになる、更なる真実なんて最早どうでもいい…わけではないけれど。
それでも、今はダメだ。
自分達がもう、ただの人間ではなくなったのだという事実。赤にも先輩達にも、それを受け止める時間が要る。
一人血気に逸る赤は納得しないだろうが、4人でタコ殴りにしてでも連れ帰らなくては。
「グリーフシードって、なんか不思議だと思いません?」なんて喋るのを聞き流しながら、先輩は機を待つことに徹した。
このままここに居続けて、彼女らの話に耳を傾けてはならないのでは…
そんな、嫌な予感を感じながら。
「不思議だと思わんー?グリーフシードって」
「な、なにがさぁ!」
マギウスの…なんだったか。マジ子にとって羽根達とはそういう認識で、まともに名称を覚えてはいなかった。その内の一人が話し掛けてくるから、とりあえず応えてみているだけ。
赤を放っておけず先輩達と一緒に助けに入ったのはよかった。だがそこから黒いローブを羽織ったやつらに邪魔をされて、こうしてバラバラにされたのだから、マジ子としては堪ったものじゃない。
コーギー?なんてマジでもういーよ…。アタシは早く、皆でウチに帰りたいだけなのに!
逸り、そして焦り。それがマジ子を、少しだけ投げやりにさせていた。
「だってさ、グリーフシード使わなきゃ、私らどうなんのー?」
「どうって…」
「魔力、使えなくなるって聞いてんでしょー?そっちの話聞く限りはさ」
果たしてそんなことを言っていたかと、マジ子は困惑する。ジェムの話の衝撃が大き過ぎて、頭から吹き飛んでしまったのかもしれない。
「でもさー、考えてみてよ。なんでそれしかないん?」
「…え、あ、なに?」
「ちょ、講義なんだから話聞いとけー?…だからー、なんで浄化できんのがグリーフシードしかないのかって!」
「それはぁ…!…だって……」
「うん?」
「………わかんない」
ただ聞いて流されるのも癪だったので 何か言い返してやろうとしたが、言葉に詰まる。この混乱と彼女のアレな頭脳とが合わさってしまっては、無理のないことだろう。
「そっかぁ、わかんないかー。まぁその為の講義だからねー。じゃ教えてくんだけ、っど!」
「っ!?ねー、ちょ、また投げてくるしブキ!なんなの!」
「ご飯で考えてみてよ。ご飯ってあれねー?白飯じゃなくてー!」
「聞いてってマジでぇ!!」
その後もマジ子は黒羽根と戦い、羽根の言うことをただ聞いていることしかできなかった。赤に近付こうとすると武器を放って妨害するので、それをアタッシュケースで叩き落としながら。
先輩がテレパシーで集合の合図してくるまで、それは続いた。
「だからねー!?要するにほら、ご飯ってぇ!」
「ん」
「や、『ん』じゃなくてさ!ホントに聞く気あんのぉ!?」
「ん」
黒羽根の一人が、声を張りながら逃げていく。年長はそれを車で追いかけて、時々ワイパーやライトを生成しては投げる。
まともに狙って傷付ける気が起こらないのは、自分達と同じ人間だからかもしれない。
赤にベッタリなあの少女…シーのような例外はともかくとして。
いや…ジェムの真実を聞いた今では、私達もそちら側ということなのかも…と、年長は思わざるを得なかった。
人じゃない、人の形をしたなにか。
「人の食べるもんってな、いっぱいあるわけじゃん!米だの、肉だの、魚だの、フルーツだの…」
「………」
「なんならお菓子だって、食べ過ぎりゃ 飯はいいやってなるわけっしょ!?じゃ、なんで魔法少女にはないわけ、それぇ!」
「ッ……」
「よーするにね!そういう風にデザインされてるわけ!仕組みが…っね!!」
「っ!」
ガンッと耳障りな音が鳴り、車体が揺れる。
反射的に顔を背けてしまうが、年長の武器である車は止まっていない。変わらず黒羽根を追いかけた。
「人間てほら、うまれて生きて…っと、あぶっ…!結婚とかしてさ、うおっ…子供できて、そんで最後には死ぬわけで…しょっ!?」
「………」
「魔法少女にはさー!無いわけ、そういう…はっ…ちょ、待って疲れてきた…はひーっ」
「………」
「だっ…!からさ!ひー…私らが最後どうなるかったらね!?そりゃ死ぬは死ぬんだけどー!ぜぇー…!」
「ッ!」
黒羽根の足が止まる。好機だ。もちろん彼女の話は聞いているが、それはそれとしてしまっても まぁいいのだろう。
年長はアクセルを思い切り踏み込み、車のエンジン音を掻き鳴らし 突っ込む。突撃開始だ。
「え、あ!?いや、ちょ、それ駄ぁっ!!」
「…頑張って」
「あのさぁ!?」
流石に黒羽根も迫る車体に気付いて慌てたが、距離と速度を考えれば、もう今からは避けられない。頑張ってと言ったはいいが、年長は不安になってきた。今からでも急ブレーキを掛けるべきか?と。
「だあっは!」
「おー…」
だが、それは杞憂だったらしい。黒羽根は鈍い音と共にボンネットに乗り上げ、車が少し揺れた。
ちょうどいい。このまま運んでしまおうと、年長は車の進路を廃工場へ向ける。
「ちょ、あんまスピード出…!じゃなくてあのー、ホラ。だからね!?」
「ん…」
「そういう生き物にするってのは、ちゃんと意味があるってことでー!聞いてるー!?」
黒いローブの騒がしいオーディオは、工場の壁をブチ破ると同時に止まった。
思いっきりブレーキを掛けると吹っ飛んでいったが、年長としては まぁこの際別にいいだろうと思っているらしい。
「っで!その意味ってのは!なんなんっ!です!」
「あっ痛っ…!だ、だからぁ…!痛っ痛いですよぅ!」
蹲り、ゲシゲシと己に足蹴にされる黒羽根を見ても、チビにとっては何の慰めにもなりはしない。それどころか、何をコイツらと 余計に怒りが込み上げる。
キレる若者をナメるなよクソボケがと言わんばかりの勢いが、今の彼女にはあった。
存分にぶちのめした上で、知っていることを吐かせてやろうという憤りも。
「だっ…だから!事情があるんです、事情が!私達をこんな…!」
「ッ!!」
「っう!ゴホッ…!」
もう一発、思い切り腹へ蹴り込む。黒羽根が咳き込もうが、構うもんか。こいつらは私達を煙に巻いて弄んで、その上嫌な気持ちにさせるようなやつらなんだ。痛い目の10や20くらい!
そうやって当たり散らすような攻撃をするチビの様子は、まさしく子供。年相応だと言えるかもしれなかった。
「はー…はっ…得を…」
「はぁ?」
「得を、してるんです。そういうやつが居るんですよ!私達を…女の子を、こんな生き物にして!」
「生き物ぉ?そんなの」
「キュゥべえですよ…あれしか居ないでしょう?」
キュゥべえ。魔法少女という"力"を自分達に齎した、あの白いもの。
なるほど、人間が描く絵空事の世界とは別の、地球の理の外にある力。一番精通しているのは、魔法少女にする力を持ったアイツだろう。
チビはひとまず納得したので、今度は手を出さず話を聞いた。
「けど、だからって何です。私達は魔法少女になりましたよ。それはそう。でも全然変わらないです」
「あの、その…石ころが本体、ですよ?」
「それはビックリですけどね!魂なんてアニメや漫画でも在処は曖昧なことが多い…それが可視化された、言っちゃえばそれだけでしょ」
「そもそも人間なんて、元々風穴でも空いたら死ぬような全身弱点塗れの生き物でしょうが!」と、チビは続けた。
黒羽根としては些か大雑把に感じたが、まあ言っていることは分かるのだ。成る程、血が上って暴力的になっているようで、その実ショックを上手く処理できているように見える。
だが違うのだ。まだ本命の話には至っていない。
それを知った時、果たして…。敵という立場とはいえ少し胸が痛むが、黒羽根としては ここで話をやめるという訳にもいかないのだ。
「そうですか…で、でもそれに加えて、共食いまでさせられるようになったんじゃ、堪ったもんじゃないですよね…?」
「共…魔法少女同士が、戦うってことですか」
「ううん。わ、私達魔法少女は、同族を食べて生きてるって…」
「?…は、え?いやちょっと言ってることが」
「もう、それを食べないと生きられない体なんです」
チビは虚を突かれた気分になり、眉を顰めていく。
この真っ黒女はいきなり何を言ってるんだ?共食い?同族を?こいつ、魔法少女の話をしているんじゃなかったのか?いつからカニバリズムの話になった。
意味不明。頭がイカれてるのかこいつらは?いや、まともな人はそもそも解放がどうのと宣って、こんな怪しい服装で街を駆け回ったりしないものだ。
普通に引いたか、恐怖が湧いたか、チビは思わず半歩後ずさった。
「…キュゥべえが得するって言いましたね。あれが喜ぶんですか?自分の手で超人にした女の子達が、同じ魔法少女に齧り付くのを見て」
だとしたら変態じゃねえか意味分かんねえよ死ね!
心中で言葉が荒ぶってしまったが、ヤツがあの無表情な顔面の下でそんなことを考えているのかと、そう思えば致し方ないだろう。
「あ、そうじゃなくて…いやそうではあるというか。うーん、なんて言ったらいいかな…」
「………」
「……あれ。なんか、怖がってます?」
「怖がってるというか──」
『引いてます、単純に』と言い切る前に轟音が響き、思わず音の鳴った方向へと二人して目をやる。
イカしたエンジン音の車が派手にブレーキをかけ、その拍子になにか黒い塊が吹っ飛んでいくのが見えた。
「今なにか…」
(皆さんっ!!)
「ッ!」
思考を巡らすより前に、頭の中へと言葉が走る。今や聞き慣れた お上品そうな声色。チビ達が先輩と呼ぶ少女による、テレパシーだ。
(びっくりした…なんです!)
(撤退しますわ。赤さんの所へ集まって下さいませ!)
(わかったー!けど…)
(大丈夫、かな。赤ちゃん)
(どうせまだ血ィ上って頭真っ赤っかなんじゃないです?)
(全員でブチのめしてでも帰ります!シーさんはどうせ赤さんが居れば着いてきますわよ!)
なにか、いつもと違う。チビはそう感じた。
自分達の司令塔が口汚くなるのは今に始まったことではないが、なんというか、質が違うのだ。言葉が纏う雰囲気とでもいうのか。
こう、なにかを危惧しているような、焦っているような…。
チビだけではない。共にテレパシーを受け取ったマジ子も年長も、それを感じ取っていた。
(…分かりました。この黒い人はなんとかします)
そうと決まれば、今すぐこの場から離れなくてはならない。だがそれには問題が一つ。
「あっ!ダ、ダメ…!」
「ッ…!チッ」
黒羽根が飛ばしてきた鎖鎌を、チビは袖で弾く。
自分が仲間の下へ向かおうとすると、武器を振るい阻止してくる。先程からずっとこうだ。
問題とはこれのことで、チビにとっては舌打ちが出てくる程度には鬱陶しかった。
しかも少し反応が遅れて、衣装が少し切れてしまっている。
「やっぱり そのぅ…なんか、調子悪いですよね…?」
「は?」
「だ、だってあなた、すっごくすっごく強くて、本当は私達全員でかかってもやられちゃうのに。今だって、私の攻撃に反応しきれてないから…」
「………」
黒羽根にもそれは分かっていたようで、おずおずとチビに問いかける。敵同士とはいえ、黒羽根たる彼女のメンタリティは心優しい普通の少女であるのだから、以前のキレがない様子を見れば気になるというもの。
そう。この時彼女は純粋な気持ちでそう聞いたのだ。聞いたのだが…
「黙ってろ全身イカ墨野郎!!」
「ぶっふっ!!」
煽りへの耐性もそこまでなく、生来怒りっぽいチビには黒羽根の言葉はよく効いたらしい。
しかも今は劇物に等しい情報や絵面を頭に叩き込まれたばかりだから尚更。
暴言と共に鋭く放たれた蹴りが無防備な黒羽根の顔面へと吸い込まれ、ガツッ!っと鈍い音が鳴る。
反応すらできず、黒羽根は盛大に鼻血を吹き出しながら仰向けに倒された。
「あばよですよ、マヌケが!」
「あ、や!ま、待って…!」
黒羽根は離脱を阻止しようとするも、出来た隙は大きい。既に腕も武器も届かない距離をチビに空けられている。
『わり、逃げられた!』『こっちもっすー』などとテレパシーが届いている辺り、彼女の仲間達も同様に突破されてしまったのだろう。
「あ〜も〜…!そもそも私一人じゃあの小さい子に敵わないって言ったのにぃ〜!」
隊長のバカァ〜!と、温厚な性格に似つかわしくない悪態を吐きながら、一先ずその隊長の下へと駆けていった。
「ほーら、また貰うわよ!」
「チィ!!」
ガギンッと金属同士がぶつかった後、二人の少女は互いの距離を開く。もう何度こうして得物をかち合わせたのだろう。
少なくともこの二人が、そんな細かいことに脳のリソースを割いていないことは確かだが。
「アンタもほんっとしぶといのねー…って割には、なーんか息上がってる感じ?さっきからさ」
「はーっ はーっ…ほざく、なっ!」
「っおぉ」
赤が左腕で殴りかかるも、白羽根は間一髪で避ける。戦い始めた時からずっとこの調子。余裕そうな声色と態度で攻撃を避けられる。当たっても腕や脚、武器でガードされるのだから、大したダメージにはなっていない
それが赤を余計にイラつかせた。
「返すわ…よっ!」
「ぐっ…!」
空振りで体勢が崩れ、隙が生まれたのを白羽根は見逃さず、赤に回し蹴りを見舞う。当然、パイルの無い左半身へ。
防御の為に身構えることは叶わず、魔法少女の脚力をモロに受けた赤は、呆気なく地面へ転がされてしまった。
「チッ!クッソが…!」
「アンタの武器は強くてもね、アンタ自身はそれに頼ってるとこがあんのよ。だからこうやって崩されるの」
「あぁ!?」
「今まで魔女や使い魔と戦って、対魔法少女なんて想像したことなかったんでしょ?しかもアンタは今 一人。東で戦った時とは違うのよ?」
「うっせ!だからなんだよ」
「そうやって適当に噛み付くことしか出来ないんだからもー…。まあでも?中々やるんじゃないの?エリートの中のエリートたる特務隊隊長のこの私が、まさか講義を披露する暇もないくらい食い下がられるだなんて。そんなの羽根多しと言えども、多分数えるくらいしか───」
「ッ!!」
倒れた体を素早く起こし、流れるように片膝を立たせ、腕の力も使って白羽根へと突っ込む赤。
普通の人間なら不安定になるかもしれない姿勢だが、魔法少女の胆力ならば安定して成し得る。
「敵の前でベラベラとお前!悠長なんだよ!!」
不意を突いたはずだ、今度は当たる。確信してパイルを鈍器として振るう赤だったが…
「なにが!」
「!?」
下から掬い上げるように振るわれた白羽根の剣に、パイルがカチ上げられてしまう。剣が一本だけでは難しかっただろうが、所持しているのは二本。
それらに魔力を集中させて振るえば、大きな武器であろうと弾いてしまえる。彼女はアホだが、腐っても白羽根に選ばれるだけはあるのだ。
ただ殴るだけじゃなく 一気にダメージを稼ぐつもりだったのだろうか。パイルの杭打ちが作動し、魔力の波動が上方向へと突き抜けていったのを尻目に、白羽根は更に動くことにした。
「悠長〜?"強者の余裕"ということでしょうが!」
「っ…!」
目の前のおバカさんは得物が使えず、しかも隙だらけ。おまけに自身はすぐにでも追撃できる状態にある。
ああ なんて恐ろしいの、私のセンス!戦いだって、こんなに上手なんだもの!
よし、じゃあ今度は本格的に痛い目を見てもらおう。いつまでも噛み付くばかりの犬っころには、躾が必要だわ。
赤を内心コケにする余裕と共に、迷いも見せず懐へと踏み込む白羽根。赤からすれば、素早く そして力強いものだったに違いない。
だが往々にして人の心というものは、優勢である程 慢心には繋がりやすいもので。
「バカがよ!!」
「の°っ」
白羽根の視界が突如として塞がれ、次の瞬間には顔面にえげつない程の衝撃と痛みが走る。
発音方法など到底わからない呻きを発すると、彼女はローブをはためかせ後方へと派手に吹き飛ばされた。
飛び出た鼻血が宙に綺麗なアーチを描いたのも、まあ妥当な結果といったところか。
「ざまみろ、アホタレ」
ほんの少しだけ…0.001くらいは溜飲の下がった赤は、打ち捨てられた部品やら機材やらに突っ込んだ白羽根を見つつ吐き捨てる。
彼女がやったことと言えば 打ち込まれたパイルの杭を元に戻しただけだったが、不意を打つには役立ったので、本人は良しとした。
なお、肘の角度の調整や、そもそも杭が元に戻る時の飛び出る動作を攻撃に使おうと思ったこと自体が赤の咄嗟の判断であり、ほぼ偶然に近かったことは明言しておく。
「おーい隊長〜!…ってあれ、なんかくたばってんじゃーん」
「あーっ しんどいっすよマジ…。お、隊長ついに死んだんすか?」
パイルの衝撃波で更に追撃をかけようかと考えた赤だが、黒羽根達が集ってきたのを見て思い留まる。なにやら疲れた様子なのを不思議に思ったが、自分の仲間と戦っていたからだということは、周囲に目を向けることなく戦っていた赤には分からないことだった。
「赤さん!」
「あ?」
「えと…無事、だった?」
声のした方へと向けば、先輩を始め、チームの仲間達が集ってきている。
シーは相変わらず少し離れたところにいて、事の成り行きをただ見守っているらしい。
「んだよ、お前ら…まだ居たんかよ!?」
「まだって!置いていけるわけないでしょう!?冷静でない貴女一人だけ!」
「そーだよ赤ちん…!ほら!マジもう帰ろ?ね?」
憔悴した様子のマジ子に懇願され、ぐいぐいと衣装を引かれるが、今の赤には何も響くことはない。
そればかりか「こいつは自分の邪魔をする気か」と、苛立ちを募らせる結果になるだけだった。
「触んな!ホントお前、しつけえといい加減に…!!」
「死んでないわよっ!!」
「はぁ!?」
まるで割り込むように聞こえてきた大声に、赤は思わず反応する。
「大体アンタらねえ、足止めも出来ないでおめおめ戻ってきといて 態度悪いのよ!もっとこう、ないわけ?傷付いたリーダーに甲斐甲斐しく回復魔法かけるとか!」
「や、回復苦手だっつったじゃんよー」
「大体無理なんすよ、私らみたいな下っ端が講義とかって。どう説明したもんだかほんっっと分かんないんすから」
見れば、助け起こされた白羽根が、黒羽根達に食ってかかっている。もう何度も見た、彼女達のバカバカしいやり取りだ。
「あ"〜いってぇマジで…車はないじゃん車はさぁ…」
「た、ただいまです〜…うぅ、痛い…」
そこへ互いに体を支え合い、足取りの重くなった残りの黒羽根も合流。
白羽根は「おかえり!!」と憤慨を引きずった声色で出迎えたものの、「うわーちょっと、ボロボロじゃないアンタら!」と、すぐに部下の身を案じた。
「やっぱり無茶だったんですよぅ、私一人であの小さい子止めるなんて…。講義も全然上手くできませんでしたぁ…」
「まぁ、うん…悪かったわよ、それは。でも講義のことは良いのよ!何だかんだで、こっちも頃合いだしね!」
何かしらの準備が整ったことで気を良くし、いつもの調子に戻った白羽根。
鼻の穴の片方を押さえ、詰まった鼻血を鼻息と共にフンスッと吹き出した後、黒羽根達より一歩前に出た。
視線の先には当然、赤達5人+1が居る。
「じゃ、まあアクシデントやら色々とあったけどもね。纏めに入るわよ!」
「おめーらが勝手に喋くってたんだろうが…」
「アンタ達がこの子らから聞いた通り、私達魔法少女…キュゥべえと契約した人間は、普通の人類とは違う生物になってるわけ!」
赤は小声で毒吐くも、白羽根は聞こえていないとばかりにお構いなし。
本当に聴こえていないのかもしれないし、もしくは一々取り合う気はないのかもしれない。
「要点を絞って、まず1つ。契約して魔法少女になった場合、魂が肉体を離れて、ソウルジェムとして可視化される」
「身体能力も身体機能も上がるし、結構丈夫になるっすよ。ジェムさえ無事なら欠損とかも平気っす」
「まっ、ジェムが肉体から100m以上離れるとリンクが切れて、肉体は動かなくなっちゃうんだけどねー」
白羽根が語り、黒羽根達が捕捉する。纏めに入るという宣言の通り、翼達は語り始めた。魔法少女という生き物の真実。その核心を。
「二つ。魔法少女は願いを叶えてもらう代わりに、魔女と戦う使命を背負う。倒した魔女が落とすグリーフシードを使って、ソウルジェムに溜まった穢れを浄化できる」
「ジェムってのは魔法を使ったり、精神的にダメになったりすっと汚れてくんだよねぇ。メンドくせーったらないってな」
「その、穢れを取って綺麗にするには、グリーフシードが不可欠で、えと…例外はないっていうか…不思議、ですよね?」
(………いけない)
このままここで話を聞いていてはダメだと、先輩は改めて考える。
聞かん坊な同居人が動かないのでつい留まってしまっているが、つい先程 黒羽根と戦っていた時から感じていた悪い予感は、未だ警鐘を鳴らし続けているのだから。
(皆さん!お手伝いを!)
(え!?)
(え!?じゃなくて!先輩さんと一緒に赤さんをどうにかしろってことでしょうが!)
(ん…連れて、帰らなきゃ)
年下のチビに叱られるマジ子はなんとも情けないが、彼女とて先程から大きなショックを受けたままなのだ。仲間からの合図に上手く反応できなくても、責められない。
「ん!?おい、なんだお前ら!」
(赤さん、いいですから!とにかく帰りますわよ!今すぐ!!)
「何度言わせんだ!お前らだけで帰れって…!」
(やぁ!皆で帰んの!マジ言うこと聞いてって!)
(っ……!)
「いって!誰だよ叩いたのふざけ…ちょ、いてえってマジで!引っ張んな髪ィ!オイ!!」
向こうにバレないようテレパシーでやり取りしつつ、赤を強引にでも連れてこの場を去る。
先輩と仲間達が下した決断はそれだったが、依然頭に血が上った赤にはそれを察することはできず、声を荒げて抵抗するばかり。
そんな状態では、相手にバレるのは当たり前であって。
「あら、なによ。モゾモゾ、ギャーギャーと。もしかして逃げちゃう気?」
「えー、つれないなー。講義もう終わるよー?」
「そうそう」と呟き、白羽根は懐へと手を入れる。
数瞬 ごそごそと弄るような仕草を見せて、「じゃーん」と戯けながら取り出したそれは、自らのソウルジェム。
「これ、なーんだ」
「あぁ?なにって……いやお前それ」
「色が…!?」
白羽根の指と指の間に挟まれたジェムを見て、赤の怒りも、この時ばかりは多少なりに収まりを見せざるを得ない。
魂の輝きを表す色鮮やかな煌めきは失せ、黒い靄のようなものがじわじわと溢れ出る、不気味かつおどろおどろしいものとなっていたのだから。
「え…ちょ、待って!なんでそんな黒いん!?」
「穢れの浄化は、ソウルジェムでしか無理だって…あんたら言ってませんでしたっけ!?」
「ん…!浄化、した方が…。良かったら、手持ちある、から…!」
マジ子もチビも、事態を目の当たりにし 危機感を募らせる。
この場に連れてこられた時から、魔法少女やソウルジェムに関する話を聞かされてきているのだから、それも当然。
年長に至っては敵とはいえ心配なのか、なけなしのグリーフシードを分けようとする始末。
「あーあー、気ぃ使われてるでやんの…隊長だいじょぶ?辛そうだけど」
「ん…?めちゃくちゃしんどいわよ。まあでも…時が来たわね!」
「…おかしい」
明らかに普通でない状態のジェムに、本人が言う通り、辛そうに見える白羽根自身。
赤から攻撃を貰っていたのは分かるが、明らかにそれだけではなさそうな雰囲気を感じて、先輩は独りごつ。
何故だ?何故あの白いやつは、この状況であんなにも落ち着いている?
ソウルジェムが魔法少女には最も大切であることは今までの話で分かっていて、だからこそグリーフシードによるケアは不可欠なのだろうということも、先輩には重々理解できている。
では何故、目の前の少女はそうしないのか?このままでは魔法が使えなくなると、キュゥべえから聞いているのだ。そんな愚をわざわざ自分から…
しかしそこまで考えて、思い留まった。
(いや、まさか…違うの?)
そういえばそうだと、先輩はハッとなる。
魔法が使えなくなるが、それだけではない。白羽根達はそう言っていたのだ。
「間違ってはいない」と、なにか含みを持たせた言い方をしていたことだって思い出した。
つまり、そこになにかある。羽根達は、未だその奥に隠された真実を語っていない。
では、それはなんなのか?
(なにか…なにか、繋がりそうな)
魔法少女とソウルジェム…そしてグリーフシードと、それを落とす魔女。
浄化しなければ、魔法が使用不能になる。
その使用不能とは、どういった意味か。
(…………………)
一時的?あるいは永遠に?
永遠にだとして、それは何故なのか。
魔法を失い、魔法少女ではなくなるから?
それって、人間に戻るということ?
なにを馬鹿な。自分達の魂は既に宝石という形で可視化され、体外へと取り出されているのだ。
後から人に帰れるのであれば、皆そうしている。今頃この神浜に、魔法少女が溢れていることなどないだろう。
では…では、どうなるというのか?自分自身を黒々と染め上げ、そうした果てに私達は、魔法少女はどう…いや、何に成って…?
先輩が考えれば考えるほど、胸中の警鐘は激しく鳴り響き、待ったをかける。
それ以上はダメだ、来るな、求めるなと言わんばかりの嫌な予感が迸る中、しかし彼女は、ついにその真実へと辿り着こうとしていた──のだが。
「んぐっ、くっ!ん"ぅぅぅぅぅぅぅぅ…!!」
だが それよりも、状況が動く方が早かった。白羽根は苦悶の表情を浮かべ、やがて彼女のジェムの穢れは、その臨界を超えていく。
「うっ!?」
「っ!な、なんだあっ!?」
ついに溢れた穢れが波動となって噴き出し、それにより巻き起こされた突風が、赤達を襲う。
腕や手で顔を守ることはできても、突然の異変による動揺は、隠すことは出来なかった。
「ふぅぅぅぅ…!纏めのぉ!3つ目ぇ!!」
「はあ!?まだやんのかよこいつ…!」
「いえ、待って…!これは!?」
ソウルジェムは漆黒の靄のようなものを吐き出し続け、それが渦を巻く。荒ぶる風の中 白羽根のローブは捲れ、とうに素顔が露わになっている。
顔からは汗が伝い、顔を顰めた表情からは苦悶が見て取れるというのに、白羽根の瞳には爛々とした光があり、魔力は膨れ上がっていて。
誰がどう見たって、異常だった。
しかも、だ。
「なにか…なにか、出てくる!あの白い人から!?」
「え…マジ待って!なんか…なんか、知ってるやつじゃないこれ!?魔力的な…!」
白羽根の少女の髪…ツインテールとなった部分の毛先が宙へと持ち上がり、みるみると変わっていく。
広がり、膨張し、変異し、成型されゆくその姿、そして発せられる魔力の形は、魔法少女にとってとうに慣れたもの。
敵であり、害であり、病であり、厄であり
そして明日の、己自身。
「…冗談だろ、おい。こりゃあ…こいつはぁ」
「この姿形…魔力パターン…どう、考えても…!!」
これが、真実。
「ジェムが濁って、穢れきったら…魔法少女はどうなるか!答えは!これよぉ!!」
「っ!?」
「いけない!皆さん、逃げっ…!!」
顕現した異形…例えるならジョロウグモのような姿をしたそれが、感情の主に呼応し、魔力の塊を放射する。
まるで蜘蛛の巣のような形の暴風は赤達の声など瞬時に掻き消し、嵐の中へと飲み込んだ。
後に残るのは、破壊された工場と、めくり上がった地面のみだった。
「魔法少女は、魔女になる……って、聞こえてないか。っだはぁ〜、しんどっ!」
マギレコ本編の出来事
魔法少女の真実を知ったいろは達は、みふゆから「追体験学習」を持ちかけられる。ウワサの力でみふゆの記憶を垣間見たいろは達は、灯花の講義の内容に嘘偽りがないことを思い知る。
いろは は しかしその上でマギウスのやり方を否定するも、鶴乃、フェリシア、さなは洗脳を受け灯花らと去っていき、後から来ていたやちよには、チームの解散を宣言されてしまった。