第一話
魔王とは何か。
その問いを掛けられ、返ってくる答えは様々だろう。
人間なら人類の敵であり、災害に等しい存在。
魔族なら自分達の唯一の王であり、我らの象徴。
精霊なら神に叛逆の意志を持つ愚かな存在。
この世界では概ねその様な認識であった。
そして今此処にも新たな魔王が誕生した。
魔王ロゼリア・ルサファブルム。
代々受け継げられる玉座に腰掛けた魔王こと私は……。
「はぁ」
ため息が止まらなかった。頭を抱えて転がりたい。
これまでの事、これからの事を考えると不安しかなく、どうしても弱気になってしまう。
しかしそんな体たらくでは、たちまち私は部下達に下克上されてしまう。そして私は……考えるだけで恐ろしい。
「どうしてこうなった」
私はこれまでに起きた事を思い出す。私が魔王になってしまったまでの道のりを。
◆
私が私を認識した時の事をよく覚えている。
気がついたら女の子になっており、戸惑う暇も無く全身に走る鋭い痛みと意識を混濁させる程の熱で死に掛けていた。
転生したとか異世界だとか、自己認識とかもうそれどころじゃない。生きるのに必死だった。
気が付いた時にはベットの上で知らない天井をボンヤリ見ていた。それが今世における私が初めて見た異世界の光景だった。何とも締まらない始まりだった。
その後は、意識を取り戻した私に気付いたこの屋敷のメイド(メイドとか初めて見た。アキバのコスプレじゃなくて本格的な方ね)が医者を連れて来て、そこからはてんやわんやの大騒ぎ。
ファンタジー世界でしかお目に掛かれない、いわゆる魔法にて身体中隅々まで診察され、深刻そうな顔をしたお医者さんをドキドキしながら見る時間が続いた。
というか皆顔が良いな……。美形しかいないな……。というか皆肌が黒くて目が反転してるな……。
しばらくすると魔法による診察が終わったのか、お医者さんとメイドさんが部屋を出て行った。これアレだよな。先生、娘は治るのですか!? むぅ、奥さん落ち着いて聞いてください。っていう奴。そうなると私死ぬじゃん。ハハハ。いやハハハじゃないが。
そんなアホな事を考えていると扉が開いて入って来たのはこれまた顔が美形な男達。一人だけ何となーく年上で、他の男達と何処となく顔付きが似ている。
ははーん。さては家族だな。家族揃って美形とか勝ち組かよ羨ましいな。私は「◯◯さんって普通の顔をイメージしたらそのまま出てきそうな顔ですよね」って言われるくらいのフツメンだ。思い出したら腹が立って来た。
八つ当たり気味に目に力を込めて目の前のイケメンズ達を睨み付けてやると、鼻で笑われた。え、何その反応……。
「ふん。やはり貴様という存在は我にとって汚点でしかないようだ。父として情けない」
え? 父親? 目の前のイケオジ様って私のお父様なの?
今明かされる衝撃の真実! どうやら今世の私はイケメン確定らしい! ……よく考えたら女の子になってるからイケメンにはなれないかなぁ。よくて美少女、もしくは美女だ。
しかし親子にしては些か、こう、なんというか……ギスギスしてますね! お父様の後ろにいる推定お兄様方もこちらを鋭い目で見ていらっしゃる。これは昼ドラも真っ青なドロドロな背景がありそうだぁ。
「貴様はあってはならない存在だ。父としても、魔王としても……我は貴様を否定する」
【速報】パッパ、魔王な模様。
そうなると私は魔王の娘となる訳ね。そしてそこに居るパッパのコピペみたいな子達は息子であり、お兄様であると……。
さっきの言動込みで考えるとロクでもない家系に生まれたみたいですね……。
「良い機会だ。記憶を失った今、もはや貴様にできることは何もない」
おや? もしかして私記憶喪失って事になってる?
そういえばお医者さんに色々聞かれたけど大体覚えていないって答えたな……。
でもあながち間違っていないんだよね。私、意識を取り戻す前の事ほとんど覚えていないし。
「貴様を幽閉する。殺さないだけありがたく思え」
それだけ言うとパッパ事、魔王様は踵を返して部屋を去り、コピペ兄ちゃん達もこちらに対して罵倒の言葉を送りながら着いていった。
そんな彼らを見送った私は、一言つぶやいた。
「ふっ。面白い」
いや、あそこまで漫画で見る悪役中々ないって。
内心大笑いしながらそう思い、そして考えるのは今後の事。
私、これからどーなるんでしょ。
明らかに転生先を事故った私の未来は、酷く暗いものだった。
◆
あの後色々と調べて分かった事がいくつか。
一つ。私の名前はロゼリア・ルシファブルム。魔王の娘にしてくそ雑魚魔力タンク魔族である。銀髪と魔族の特徴である黒い肌……というより褐色肌? の肉体年齢10歳くらい、推定年齢300歳の合法ロリである。お兄様達が400歳くらいで、私に対して100歳年下の癖にと悪態を吐いて来たことからの推測である。しかし精神的には20代そこらなのでよろしく。
性自認は男……だと思っている。
この体になる前は地球の日本に住む男性だったという事は覚えているが、その時の思い出や記憶といった類の物が全くない。まぁそこまで気にならないから良いでしょう。思い出さないといけないなら思い出すだろうし。
そしてこの世界はベルカラントというファンタジーな世界。人の住む世界、人界マクシリア。精霊の住む世界、精霊界トリニクス。そして此処魔族の住む世界、魔界クリシス。この三つの世界からなるベルカラントに私は魔族として、魔王の娘として転生した。
ファンタジー世界という事はつまり魔法がある訳で、その事に歓喜した私は魔法を使ってみる事にした。リアルハリ〇タだ! わっしょい!
しかし現実はそこまで優しくなかったぜ。わっしょい……。
何でもお医者様曰く、私に魔法を使う才能が無いらしい。魔法を使うための力、魔力は一級品だけど、これでは宝の持ち腐れ。
かなり好き勝手言われたけど、ようするにファンタジーな世界に生まれ落ちたのに、ファンタジーな事はできないらしい。ちくしょう。
それが原因か分からないけど、めっちゃ冷遇されている。パッパ達から。
あれから日替わりで私の部屋に来ては罵倒してくる。暇なのかな?
それと私の存在は死んだ事にしたらしい。魔王の娘だから国民には悲しまれたとか。ほーん。
そして存在を無かった事にされた私には王位継承権は無く、一生このまま監禁すると言い出した。へー。
これも全部私が魔王の一族として相応しくない存在だからとか。はーん。
まぁ、正直どうでも良いんですけどね。魔王とか興味ないし。そちらで勝手に継承争いしてくださいって感じだ。
そんな私の態度が気に食わなかったのか、お兄様たちは物凄く悔しそうにしながらいつも部屋を後にする。カルシウム足りてないねぇ。
と、云う訳で。
いわゆる落ちこぼれな私は異世界転生したにもかかわらず絶賛引き篭もり生活を満喫中。一日に一度罵倒される事に目を瞑れば、この上なく極楽生活だと思われる。だって一日中ダラダラできて、何もしなくても三食ご飯が出てきて、しかも美味しくて、それを持ってくるのが物凄い美人なメイドなものだから目の保養になるんだ。もしくは心の贅肉。女の子になっているけど普通に可愛い女の子が好きみたいで……。でもそれはライクの方でラブの方には程遠く、かと言って男が好きなのかといえばそうでもなく……。
でもカッコいいイケメンキャラは好きだ。だから此処に来る魔族全員美形でいつもホッコリしている。神絵師の神イラストをいつも拝んでいるみたいな、そんな感じ。
だから今の暮らしに不満は無かった──無かったんだけどなぁ。
ソイツが現れたのは、私が目覚めて三週間くらい経っての事だった。
お医者さんも来なくなり、会う人と言えば魔王とそのコピペお兄様達とご飯持って来るメイドくらい。
だから、ソイツが来た時は新しい美形が来た、くらいにしか思わなかったんだ。
「失礼する」
そんな短い言葉と共に入ってきたのは夜闇よりも深く黒い髪を背中まで伸ばし、純潔魔族の証とも言える黒い肌の上に走る赤き文様が頬の上で稲妻の様に描かれ、そして何よりも印象的だったのは鷹の目を思わせる鋭い目。紅き眼は私の居る暗い部屋でも凛々と輝いており、一目見て悟った。この人めっちゃ強い人だ、と。それも私みたいなファンタジーほのぼの日常アニメに出てくるようなモブキャラではなく、どシリアスバリバリ戦闘ものアニメで主人公、いやライバルキャラか? そういう系のアニメに出てきそうな部類の魔族だった。
つまり何が言いたいかと言うと、思いっきり世界観が違う人が来たよ!
思わず頬張っていたお菓子をゴクリと飲み込み、目の前に立つ美青年を見上げる。
せ、背高っ……まつげ長っ……足も長っ……。
完璧とも言えるビジュアルに戦慄していると、男が動きを見せた。
「──この時をお待ちしておりました」
その言葉と共に私の前に跪く美青年。
……何事!?
いや、美青年のその光景は画になるなぁと思っている場合じゃないぞ私!?
慌てて汚れた口元を拭い、座っていた椅子から飛び降りて、跪く美青年を立たせようとする。
……ダメだ! こいつ動かねぇ! てかこの貧弱ロリボディじゃ無理だったわ!
「記憶と力を失った姿を装った結果、貴女様の思惑通り愚かな魔王達は何も知らず、自分たちがジワジワと首を絞められている事に気づかず、阿保面を晒しております」
いやそのまま喋るんかい!?
というか魔王に対して毒舌で笑いそう。てかちょっと笑った。第一印象悪いからボロクソに言われてるのを聞いてもざまぁとしか思わないのである。心狭い? せやな。
「流石はロゼリア様。全てを把握されているのですね?」
何が???
私の笑みをどう受け取ったのか知らんけど、簡単した声と表情で頷いた。
訳が分からなくて、私の頭上にはたくさんのハテナマークが飛び交い、踊りまくっている。これならまだパッパ達の罵倒の方が理解できるぞ。……いや、あっちもあっちで分からんわ。最近は反応を示さずに聞き流しているからか、ギリギリと歯軋りする時間が増えたけど。
「既に種は蒔かれました。後は、花が咲き開く時を待つのみ」
急に花について話し出したんだけど。
私、誰かに花を育てるように言ったのだろうか?
「その時は必ず、このアストラ・サタウランティウム。ロゼリア様の右腕としてこの魔界にその名を轟かせてみせましょう」
あ、アストラさんというのね。
おっけー、おっけー。理解したわ。話を聞かない危ない奴の名前としてしっかり覚えておいてあげる。
……って素直に言えれば良いんだけどなー。そうしたら貧弱な私は目の前の男に殺されてしまうかもしれない。キチ……危ない人って何が地雷か分からないからね。ここは適当に合わせてお引き取り願おう。そして二度と此処に来ないように塩でも撒いておこう。うん、それが良い。
「アストラ。楽しみにしておるぞ? ──我が覇道が拓くその時を」
「──はっ」
アストラは私の言葉に深々と頭を下げて歓喜の声を上げた後、帰っていった。
結局何だったのか分からなかった。アイツが言っている事全く身に覚えがないし。てか覇道ってなんだよ。そんな道渡りたくないよ。整備された道を歩くだけで良いよ。
さて、とりあえず……。
メイドさーん! 塩撒いて。塩!
そんな事があったのが一年前。
パッパ達の罵倒を聞き流しながら怠惰な日常を過ごしていたある日、何やら外が騒がしい。魔王城にある離れた部屋に監禁されている私にも届く程の喧騒。
うるさくてメイドさんにこっそりと持って来て貰った小説に集中できない。
何だよ一体。騒がしいのは魔王様ご一行で良いのに。
内心うるさいなーと思っていると、突然扉が開かれた。なんぞ? ご飯の時間でも、おやつの時間でも、ましてやパッパ達が来る時間じゃないのに。
のっそりと視線を向けると、そこにはメイドさんが居た。
「お嬢様、約束の時間です」
約束? 全く心当たりが無いんだが?
そう思いつつも小説に集中出来ない為、着替えてノロノロとメイドさんに着いていく。気分は勇者に着いていく遊び人気分。廊下をバタバタと走り回る魔王軍達を尻目に向かうのは……ずっと部屋に監禁されてたから分かんネ。
黙って着いて行くと何やら巨大な扉の前に辿り着き、メイドさんはそれを開け放つとズンズンと中へと入って行く。扉の大きさに惚けていた私も続いて中に入り……ゲ!? パッパ達が居るやんけ。
「ロゼリア!? ……ルアナ、貴様どういうつもりだ!」
円卓に腰掛けて部下と絶賛会議中な魔王様ことパッパ。
バンッと強く円卓に手を叩き付けながら立ち上がり、メイドさんと私を強く睨み付けて怒鳴って来た。おー、怖い。
円卓に座っているパッパの部下っぽい人達もジロリとこちらを睨み付ける。慣れてないからマジで怖いからヤメロ。
メイドさんも何故か私の斜め後ろに佇んで黙りを決め込んでいる。え? 何で??? それを見たパッパの視線も強く、鋭くなる。部下の人達と一緒に。
いや、マジで意味が分からないんだけど?
困惑極まりどうしたものかと頭を捻っていると、この状況を打破する者が現れた。
「貴方様の尻拭いの為に、馳せ参じたに決まっているではありませんか──魔王様?」
「ア、アストラ……!」
しかしそれが必ずしも、私の助けになるとは限らない。
ぬるりと背後から私の前に立つのは、この前のキチ……危ない人だった。名前はアストラだったね、そういえば。
アストラは円卓を指差し言葉を紡ぐ。
「六大名家の半数の離反、並びにクーデター。以前と比べて戦力が削がれ、絶対的な後ろ盾を失ったこの魔王軍にロゼリア様は重い腰を上げた」
仮にも乙女(肉体)に向かって重いとはなんた重いとは。
しかし、聞いた話は本当だったんだな。魔王軍が300年前の戦いで負けて、緩やかに弱体化しているというのは。
下手をしたら他の二つの世界に攻め滅ぼされる可能性もあるとか無いとか。
そこに名前から察するに魔王軍の重要な人達の半分が抜けた、と。
うん、そりゃあ焦るわ。でも何でそこで私なんだ???
私、別にこの魔王軍助けようとか思った事ないんだが。
「ロゼリア。貴様、まさかこれを読んで……!」
「おっと。不用意な憶測は口にするべきではありませんよ魔王様」
いや言って。そして否定させて。
此処で止めて意味深な言葉残すのはダメだから。パッパも苦虫を噛んだような顔しないで。何考えているの? 何で私をそんな目で見るの? やられた! みたいな顔するな!
周りの部下達も戦慄したような顔するな! コソコソと「まさか一連の騒動は」とか会話するな! 監禁されてできる訳がないだろうが!
そしてアストラ。何満足そうな顔をしてやがる。ちょっと殴らせろ。
「どうでしょう。都合良くロゼリア様は先日に死去された。何処ぞの娘としてではなく、この度の戦の前線指揮を任せてみては?」
しかしアストラは私に殴らせる事なく、それ所かこちらの頭をガツンと殴るかのような言葉をパッパに送った。
ちょ、おま、そんな事をしたら!
「──良かろう。捨て石くらいにはなろうて」
ほら! 好感度稼いでいないんだからそうなるよね!
憤慨する私を他所に、アストラは満足そうに頷いて踵を返して私、メイドさんと共に退室しようとする。
「それでしたら、戦の時にはお呼びください──我らが軍神が魔王様に勝利の吉報をお届けいたしますので」
「まっ──」
私は何とかその場に踏み留まり、誤解を解こうとするもアストラとメイドさんに阻まれてそれが叶わず。
そして部屋を出る直前、パッパがこちらを凄い目で睨み付けて口をパクパクと動かした。
……読唇術なんて出来ないけど、何て言ったか理解したわ……。
私は無駄だと悟り、流されるままに部屋を出た。絶対殺すと言った魔王様から逃げる為に。
◆
「それにしても、ヒヤヒヤしましたよロゼリア様」
いつもの監禁部屋に戻った私は、開口一番にアストラにその様な事を言われた。
あん? 何がだ? こっちは逆に頭が沸騰してどうにかなりそうだが???
「あの日、魔王達を欺く為、己の力と記憶を失ったかの様に見せ、奴らの暴走を誘発、不穏分子を動かして敵対させる。その後に両軍を掌握し玉座を手に入れる──まさか、本当に実現するとは」
「──は?」
何だそれ。私全く知らないぞ。
……と、直ぐに言う事はできなかった。何故なら、私は記憶を失う前の私が何をしようとしていたのか、何をしていたのかを知らないからだ。
だから、今アストラが言っていた事が本当なのか嘘なのか分からないからだ。
「──これで、ようやくオレとの約束を果たせるのだな、ロゼリアよ」
そして困った事に、私は記憶を失う前の自分と目の前の男がどの様な関係だったのかを知らない。
そしてここまでギラギラしてる人を知らない?
え? 誰この人? さっきまでの腰低くて、私を担ぎ上げようとした人何処行った? トイレか?
此処に居たわ……。
「此処から貴様の器を測らせて貰うぞ。そして全てが終わった時──」
温度差で風邪引きそう、そんな冗談も言えない中アストラの手が腰の刀へと伸びる。そして音を立てて鞘から抜き出された鈍く光る黒刀が、私の眼前に突きつけられる。
「この剣を貴様に捧げるのか、その首を刎ねるのか……改めて問わせてもらうぞ、未来の魔王よ」
そう言ってアストラは、おそらくかつてのロゼリアに見せていた真の姿を見せて部屋を後にした。メイドさんもそれに続き、残されたのは私のみ。
……やべぇ。終わった。
パッパに自分が無害だとアピールしたらアストラに殺される。
アストラの望む通りにしたらパッパに殺される。
むしろ自分が弱い事がバレたら両方から殺される。
「……ふ、ふ──」
──ふざけんなこの野郎!!!
そう叫ぼうとして、でも出来なくて、どうしようもなくて……その日私は枕を濡らして不貞寝する事しか出来なかった。
こうして、私の魔王に至るまでの道が始まった。
マグマの上で踊る道化。そんな虚飾の魔王に。
とりあえず六話分は書き溜めしてるので六日間は毎日更新します
どうぞよろしくお願いします