「あばばばばばばばば」
布団を頭から被り、ガタガタと震えるのはだーれだ?
私だよ。
怠惰な生活を送っていた私に突然突きつけられた前線指揮官。引き篭もりからのレベルアップにしては飛躍し過ぎじゃありませんか??? どうしてこうなったんだ、と考える度に思い浮かぶのはあのクソイケメン野郎。
クソ……クソ……全部アイツのせいだ……!
いきなり訳の分からない事を言って私を地獄の底まで叩き落としやがって……!
ちょっと声が良くて顔が美形で何か強そうな癖に……!
しかしこうしてグダグダとしている場合ではない。時間が経てば経つ程、死神の足音が近づいて来る。タップダンスでもしていてくれねーかな。そのまま足挫いて欲しい。
さて、無い頭を使って私は三つの打開策を思いついた。
まず一つ目はパッパに全てを話す。
パッパは私がこの部屋から出て自由に動き回る事が心底嫌なようだ。
あの後メイドさんもアストラも居なくなった後、この部屋に来ていつもの三割り増しで愚痴を零していった。仕事しろよ。
呆れながらも疲れ切ったサラリーマンの様な草臥れた背中を見送り、そこでビビッと来た訳だ。
全部ゲロっちまえば良くね?
私が今回の事に何ら関与せず、アストラによる暴走であり、パッパの邪魔はしないと言えば良いのではないか? そうすればアストラの何かよく分からない企みは破綻し、私は巻き込まれずニート生活を満喫、パッパも邪魔者を視界に入れなくて済む。誰が邪魔者じゃい。
そうと決まれば次に来た時にパッパに全てを話そう!
ダメでした。
私が何と言おうとパッパは聞く耳持ってくれなかった。
「貴様の言う事なぞ、信じられるか!」
「この裏切り者!」
「そうやってまた我を憚ろうとするのか!?」
こんな感じで会話なんてできる筈も無く、パッパは凄い怯えた様子で出て行った。ビビり過ぎて笑った。いや笑ってる場合じゃ無いんだけど。
こうしてパッパの勘違いは加速していき、メイドさんから聞いた話によると周りの部下達も私を警戒しているらしい。ははは。
何でこうなるの?
こうして第一の打開策【パッパとの親子愛で利害一致作戦】は失敗したのである。まぁ最初から期待はしてなかったからね。次だ次!
お次はアストラの認識を正す。
何故かアストラは私の事を過大評価している。そのせいでパッパには睨まれるし前線指揮もする羽目になるしで踏んだり蹴ったりだ。
だからその認識を正せば私への興味を失って、担ぎ上げる事を辞める。うん、そうに違いない。
私が働く気のないニート満喫女と分かれば、アストラも目を覚ましてくれるだろう。
……でも、私が腑抜けていたら殺さないよな……? 最後に見せたアストラの顔と声、すごーく怖かったんだよな……。
……作戦は様子を伺ってからしてみるか。
ムリでした。
アイツに何言っても自分の中で捏ねくり回されて「なるほど……」って完璧に理解した顔して理解してくれない。頭の中どうなっているんだアイツ。
そしてそのまま何かしているのか、数日後に私の耳に届くのはロゼリア(私)によるヤベー所業の数々。何やらこの魔王軍に裏切り者が居て、それを察知した私がアストラを使って次々と殺しているらしい。何してんねん!
魔王軍の人達には恐れを孕んだ目で見てくるし、メイドさんも流石ですと微笑むし、アストラは満足そうにしている。
どうしてこうなった?
私はそんな事考えていないとアストラに言おうとするが――。
「……何が言いたい、ロゼリアよ」
「いや、だから」
「まさか現状で満足してはおるまいな? オレの知る貴様ならこの様な策略、子どものお遊びよ」
「え、でも、その」
「――もしや、オレに吐いた言葉は嘘だったのか? ならば……」
「――そんな訳ないでしょ! よくやってくれたアストラくん! もう帰って良いよ! それどころか帰れこの野郎!」
こんな感じで脅されるねん。
何でアイツ急に性格変わるんだよ。ニコニコからの覇王モードはこえーよ。やめてくれよ。チビるよ。イケメンが怒ると怖いんだよ。
こうして二つ目の打開策は打ち壊された。
こうなると最後の手段はこれしかない。
逃げる。それが追い詰められた私が辿り着いた答え。
もう此処に居る時点でダメなんだ。周りの環境を変えようとする事自体間違っていたんだ。
だから私は此処から逃げる。そうすればパッパは喜び、アストラの企ても打破できる。
唯一の欠点は自堕落な生活とメイドさんの美味しいご飯とお菓子が食べられない事だけどね。
その誘惑を払い除け、私は服を三日分、寝る時に使うと凄い眠れる兎の抱き人形を手に部屋を飛び出した。
できませんでした。
逃亡する事23回。その全てが悉く止められてしまった。
最初の逃亡なんて酷いぞ。部屋を出た途端メイドさんと遭遇して、私の姿を見て一言。
「本日は外でティータイムですか? お供します」
と逃亡にすら思われなくて、そのまま庭に連れて行かれて優雅にお茶をお菓子を満喫し、メイドさんが持って来てくれた新刊を読む。兎の人形も椅子に座って、メイドさんと他愛の無い話をして穏やかな時間を過ごし、夕方の時間には部屋に帰った。ついでに鞄に入れた服は綺麗に畳まれて納められた。
いや!!! 屈辱!!!
じゃなくて、私は馬鹿か!? 何で「ちょっと外に出るのも良いかも」って思っているんじゃい!!
いやでも違うんすよ。メイドさんの笑顔を見ていたら逃げる事が出来なかったんや。そして美味しいお菓子食べて逃亡する気がなくなったとか、そういう事じゃ無いんや。
しかしそこで私は諦めずに何度も飛び出し、その度に色んな人に阻まれた。
ある時はパッパ。
「貴様、次は何を企んでいる! 大人しく部屋に戻れ!」
ある時はアストラ。
「ふむ、何処に行かれるのですかロゼリア様? ……もしや、此処から逃げ出そうなどと――」
「そんな事ある訳ないじゃ無いですかへへへ、アストラさんよー!」
またある時は魔王軍幹部の人。
「あらあらあらあらぁ? これはこれはこれは! ロゼリア様では無いですかァ? その様なお荷物を担いでどちらへ?」
「……ちょ、ちょっと散歩に」
「おやおやおやおやぁ? この様な状況でお散歩とは流石は魔王様の娘! 私なら反勢力にコロコロされると部屋の隅でガタガタ震えてますがねぇ!」
「……ちょっと忘れ物」
「そうですか。忘れたらいけませんよぉ? ──色々と」
このように誰かしらに出会い、スタート地点に戻される訳だ。
何で!? 私はただ逃げたいだけなのに! そして私の事を誰も知らない場所でひっそりと暮らしたいだけなのに! 古本屋とかでぼんやりしながら時折来るお客さん相手にダラダラと接客して煎餅齧る、そんな未来を思い描いていたのに!
こうして私は運命を呪いながら、布団の中に引き篭もっている訳だ。
うぉーんうぉーん。私の未来は無いのだ。あるのは戦場で兵士Aに無惨に殺される未来だけだ。
「ロゼリア様、失礼します」
ガタガタと震えながら泣いていると、扉の裏からメイドさんの声が聞こえた。
ああ、そっか。もうオヤツの時間か。
私は目元を拭って服の皺を戻すと椅子に座る。そしてメイドさんに入室の許可を出した。メイドさんは静かに扉を開けて一礼すると、扉を閉めて手に持ったお盆を机の上に置いた。
「本日はケーキを焼いてみました」
「今日も美味しそうだ」
メイドさんがいつもの様に私の斜め後ろに佇み、私は目の前のケーキを口に運ぶ。うーん、美味しい! この世界、私の前世と違って中世ヨーロッパ風のファンタジー世界なんだけど、何故か出てくるご飯はオヤツはよく知っているものなんだよなぁ。前に尋ねた所、メイドさんだけが作っているらしく、他の魔族や魔王様の食事は……まぁ、うん。あまり食事の時に思い出したくは無いかなぁ。
「相変わらず美味しい」
「お褒めに与り光栄でございます」
よく考えると、逃亡に成功したらこのご飯やお菓子も食べられないのかぁ。んー、そう考えると逃げようとしたのは短慮過ぎたかな。
それにしても美味しい。もはや私の生活で癒やしなのはこのお菓子ぐらいだ。あとご飯ね。
「フフフ」
美味い美味いと食べていると後ろから笑う声が零れ落ちた。どうしたんだと振り返ると、メイドさんがこちらを優しい目で見ていた。な、何事よ。
「いえ、大変幸せそうにお召しになられているので。作らせて頂いている身としては嬉しい限りです」
そう言って微笑むメイドさん。うわ、凄い美人が笑った顔は画になるなぁ。魔族にしては珍しい白い肌に綺麗な青い瞳。そしてセミロングの白銀の髪。普段は表情をあまり変えない為、クールな人だなぁと思っていたけど、いやだからこそ彼女の微笑みの威力は凄まじい。いわゆるギャップ萌えという奴か。
確か名前は……ルアナだっけか。この前パッパがそう言っていた。恥ずかしい話、ずっとお世話して貰っているのに名前を知らなかったんだよね。だって自分から名乗らなかったし、彼女の事を名前で呼ぶ人居なかったし。
だから私も内心メイドさんと呼んでいた訳だ。癖になっちゃったんだ、そう呼ぶの。
「美味しいというのもあるが、私の口に合うからな。100点を超えて120点だ」
流石に私に人間の腑や生肉を食う勇気は無いからね……。新鮮な肉を食う方が、魔力を高めやすいらしいけどグロいからNG。
だからメイドさんの作る料理に救われている。
まぁ魔族は空気中の魔素を取り組む為、食事はいらないらしいんだけどね。食事は鍛錬、もしくは暇潰し扱いだ。ホント野蛮な事。
「私はお前の料理が気に入っている。いつもありがとう」
「勿体なきお言葉」
しかし一つ疑問が。
「これは独学か? それとも誰かに習ったのか?」
「――」
ふと思った軽い疑問を投げかけたところ、明らかにメイドさんの空気が変わった。表情は変わっていないが、ザワリと感情を乱れたのを察知した。
ちょっと待て、もしかしてこれって――。
「…………姉の様にお慕いしていたお方から、教えて頂きました」
OH……これは明らかに地雷だった。
多分そのお姉さんとは仲が良かったのだろう。でも今の雰囲気から察するにこの世にはもう……。
不味い。この空気に耐えられない。下手をしたら今後の食生活に支障をきたす。
私は話題を変えるべくスカスカの脳みそを捏ねくり回した。えっと、えっとー……そうだ。
「話は変わるが、お前はアストラの事をどう思う?」
「アストラですか?」
「ああ。アイツのおかげで私の周りが一気に動き出した。そうは思わないか?」
おっと、日頃の鬱憤で皮肉げになってしまった。しかしそれも仕方ない。アイツの与えるストレスで最近の睡眠時間が減ってしまったからな。最近は夜にしか眠れない。
アイツが私にどんな幻想を抱いているか知らないが、それは全部アイツの勘違いだ。普段から私の世話をしているメイドさんなら、私と近い印象を抱いていると思い、話を振ってみる。そしてあわよくばそれとなくアストラを止めて欲しい。そんな願望が入り混じっている。
しかし、私の予想していた答えは返って来なかった。
「フフフ。ロゼリア様、そういう事は本人に直接お伝えください。その方がアレも喜びます」
「……ん?」
「貴方様のご指示通りに動き、想定以上の成果を得ている……つまりそういう事ですね?」
そういう事って……どういう事ですか???
「計画は順調。ロゼリア様の擬態により愚かにも現魔王達はこちらのシナリオ通りに踊っている」
「あの、ルアナさん?」
「これから起こる内乱の後の未来。わたくしもその時が待ち遠しく思います」
ははーん。完全に理解したわ。この人、普段のダラけきった姿を私が演技してると思っていますわすだすね(語尾崩壊)。そしてアストラの暴走を全部私が指示した者と思っていて、その事に全くもって疑問も違和感も抱いて居ない。つまりアストラくんと同類という訳だ。
……こんな至近距離に敵が居るとは思わなかったんですけど!?
「それにしてもロゼリア様も無茶をなさいます」
あまりにも酷い現実に絶望してると、メイドさんがフフフと笑いながら──それもさっきの優しい笑みでは無く、何処か暗く、重く、深淵の底よりも深い闇の様な笑みを浮かべて、言い放った。
「わたくしのルサファブルム家への……魔王家への憎しみを、貴方様への愛を、全てその身体で受け止めるだなんて……」
「え?」
「惚けなくても結構ですよ。気付いていて『美味しい』と『自分に合う』と仰っているのでしょう? ──わたくしの
「──」
え……? 毒……?
目の前に置かれたお菓子を見る。なんて事はない、いつも食べてる美味しいお菓子だ。今日も美味しくて全部食べるのが勿体ないと思うほどだ。
でも、何でだろうな。今は身体がガッタガタに震えて、ちょーと食べるのに戸惑っちゃうなー! 何でだろうなぁ!
「安心してください、ロゼリア様」
そんな私にメイドさん、いやルアナさんが背後からスタイル抜群の身体を押し当てながら、怪しい色気を醸し出しながら耳元で囁く。
私は「ピッ」と喉から声が出て動けなくなった。蛇に睨まれたカエルの様に。
「わたくしはアストラと違い、貴女様が変わってもこの愛は変わりません」
背筋がゾクゾクとし、思わず視線だけをルアナさんに向けて──後悔した。いつも温かいご飯を持ってくる優しいメイドさんも、毎日色々なお菓子を作ってくれ時折見せる笑顔美しいメイドさんも、小説の新刊を持ってきて暇潰しの娯楽品を嬉々として勧めてくれるメイドさんも……居ない。
あるのは……そこに居るのは、私に向けられた狂気に染まった愛と魔王の一族に対する憎悪。それ等の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、白のキャンバスを黒よりも深い黒で染める、そんな闇の底の様な瞳が私に向けられていた。
そしてルアナさんは熱のこもった声で、こちらを凍え殺すかの様な言葉を送る。まるで愛を囁く様に。まるで死刑宣告かの様に。
「わたくしはずっと貴女様の事を──愛しています」
この時、私は一つの下着を駄目にした。
そしてその下着をルアナさんが幸せそうに綺麗にする光景を見せつけられて……心が粉々に砕け散る音が聞こえたきがした
◆
もうやだ。おうちかえりたい。
あ、おうちはここだった。あははは。
何て言っている場合じゃねぇ!
内は冥途(誤字にあらず)に命を狙われ、外では気狂い勘違いクソイケメン野郎に悪評をばら撒かれる!
私何かした?????
もう心休まる場所も無いし、逃げる事もできやしない。
この先の未来は真っ暗で絶望しかねぇ。
あまりにもあんまりな現状に不貞寝を決め込む。しかし神様はどうやら私を放っておくつもりは無いみたいだ。
「失礼しますロゼリア様。魔王様から伝言があります」
扉の裏からルアナさんとは別の聞き慣れない声がする。
どうやらパッパの部下の様だ。
はいはい何ですか。もう今の私は無敵ですよ。何が来ても動揺しねーべ。
「反乱軍との戦端が開かれます。至急、玉座の間にお越し下さい」
──どうやら私の寿命はここまでの様だ。
いつの間にか後ろに居た死神に「よっ、お前の番やで」と肩ポンされているのを感じながら、目の前が真っ暗になった。トゥー、ビー、コンティニュードゥ。