海灯祭も終わり、賑やかだった璃月の街並みに寒さと静けさが戻ってきた2月の半ば。港から磯の香りではなくチョコレートの甘い香りが漂ってきそうなそんな日の一幕。
「最近、甘雨の帰りが遅い...」
夕飯を作り終え、甘雨の帰りを待つだけになった僕は、ふとそんなことを呟いた。
海灯祭も終わり、忙しい事務仕事も片付いたと言っていたがここ数日はいつもより数刻帰りが遅い。なにか別の用事でもあるのだろうか...。急に不安になっていると、ここ数日とは一転していつも通りの時間に甘雨が帰ってくる。
「ただいま、戻りました。」
僕のプレゼントしたマフラーを巻いた甘雨を玄関で出迎える。
「おかえり、甘雨。今日はいつも通りの時間だね」
さっきまでの嫌な考えが脳裏を過り、棘のある言い方になってしまったことを後悔する。
「今日は何としてもこの時間に帰りたかったので...もしかして、寂しかったですか?」
微笑むような表情の彼女が揶揄うように言ってくる。
「まぁ...寂しかったかな。とりあえず夕飯食べたあと、話があるからね」
そう言い残し、リビングへと戻る。
夕飯後、食器洗いを手伝ってくれた甘雨に質問をする。
「甘雨、なんで最近帰りが遅かったの?言ってくれれば夕飯の支度遅らせたのに」
「えーっと...それは」
なにやら言い淀んでいる彼女に近づく。
「なんで、遅かったの?」
目を逸らした彼女が後ずさる。
「あることの練習をしてて...」
パッとしない物言いの彼女にさらに近づく。
「それは僕に言えないことだった、ってこと?」
彼女の背が食器棚に当たり、僕の顔が近づく。
すぐ目の前に甘雨の綺麗な顔がある。
「ふふっ、もしかして嫉妬してくれたんですか?」
逃げるように可愛く揶揄ってくる彼女にさらに迫り、頭の横に手をつく。
「これ以上は逃げられないよ。なんで遅かったか教えてくれるよね?」
彼女の顎に手を当て僕の方を見るように顔をあげさせる。
まるでキスしそうなほど近づいた彼女の顔に僕の心臓が少し跳ねる。
「か...顔が、近い...。てっ、照れます...」
耳まで真っ赤にした彼女に愛しさを感じつつ、返事を待つ。
「バレンタインの...チョコの作り方を教わってたんです...」
震える声でそう返す彼女にさらに質問をする。
「誰に渡すの?」
ほぼゼロ距離で見つめ合っている状態で会話を続ける。
「も、もちろん、あなたに決まってます。刻晴さんから、そういうイベントがあると聞いたので...」
ほぼ予想通りの答えが返ってくる。
「ありがとう、でも少しだけ不安だった。ほかの男の人と一緒にいたらとか、色々考えちゃって」
彼女の横に置いた手を下げ、食器洗いの続きをしようとした僕に対し、甘雨が僕の肩を掴んで来る。
いつの間にか僕と甘雨の位置が入れ替わり、彼女が僕の頭の横に手を置いてくる。
そして、同じように鼻がふれあいそうな距離で一言、
「私にはあなた以外の男性なんて必要ありません」
そう言った後に軽く口付けをしてくる。
「私がたくさん練習して作ったチョコレート、後で渡しますから楽しみにしててくださいね。」
脳の処理が追いつかない僕は、飛び出そうなほど跳ねている心臓の音を聞きながら、残りの洗い物を処理するのだった。
「はい、私からの本命チョコ、です」
可愛らしいラッピングがされたハート型のチョコレートをはにかむような笑顔と共に手渡してくる。
「ここ数日で練習したので、あんまり美味しくなかったらごめんなさい。一応刻晴さんには味見をしてもらったんですけど...」
「僕なんかのためにありがとう、お返しは気合を入れて作らなきゃな」
「数日だけですけど、寂しい思いをさせてごめんなさい。その代わり明日は休みを頂いたので、貴方と過ごしたいです」
むず痒い心臓の高鳴りを落ち着かせるためにソファに座った僕の上に、甘雨が座ってくる。
「もう、逃げないでください。もうひとつの本命チョコ、渡しますね」
触れ合った彼女の唇は今まで味わったどんなチョコよりも熱く、甘かったことだけは永遠に忘れないだろう。
どうやら壁ドンのドキドキ感を気に入ったらしい甘雨が頻繁に強請ってくるようになったのはまた別の話。
なにこの話。甘くね?