これは僕と甘雨が今みたいに一緒に住む前、まだ片想いだと思っていた頃の話。
「ねぇ、甘雨」
静かになった夜の璃月を歩きながら、煌々と輝く満月を背に甘雨に話しかける。
「はい?なんでしょう」
彼女が僕の方を見てくる。
「月が、綺麗だね」
恥ずかしくて目を合わせられずに遠くの方を見て言う。
「月...ですか?たしかに綺麗ですけどそれが何か?」
「あれ、思ってたのと違う」心の中の僕がそう呟いてくる。もしかして甘雨はこの言い回しを知らないのでは、だとしたらすごく恥ずかしい...。なんて賑やかな心の中と裏腹に落ち着いて返事をする。
「あの月に手が届いたらなぁ...」
違う、思ってた返事と違う。どうやら動揺が激しすぎてつい訳の分からない発言をしてしまった。甘雨に可哀想な人だと思われてしまう。
「ふふっ、あなたもそういうロマンチックなこと言うんですね。」
あたふたしている胸中を知ってか知らずか、楽しそうに彼女が笑いかけてくる。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「いや、これはその...思わずでたつぶやきというか...一緒に居られるのが幸せだなって思って」
ぎこちない笑みを浮かべながらも何とか返事をする。
「そう、ですか..」
ぽしょりと呟く彼女の声は、困惑しているようだった。
き、気まずい...もうすぐ自宅についてお別れだというのにあれから一言も発せない...。どうしよう、気持ち悪いと思われたかも...。
相変わらず心の中で賑やかに騒いでいたら、自宅までたどり着いてしまった。
「えっと...甘雨...さん、」
あれからずっと無言だった彼女に話しかける。
「送ってくれてありがとう、本当は僕が送るべきなのは承知してるんだけど、、」
「その事は大丈夫ですよ、まだ私も残業がありますし、それに私の方が戦えますから。」
なんてかっこいいことを言ってくれる彼女に胸が高鳴る。
「それと...」
数瞬前とは裏腹に小さな声色で言葉を続けてくる。
「月には、今なら手が届く...と思います。それに、私にとっても月はずっと綺麗でしたから。」
月明かりに照らされて女神のような笑顔をうかべる彼女に対して、"見蕩れる"なんて言葉じゃ足りないほどに言葉を失ってしまう。
今なら手が届く...ってOKの返事だよな!?マジで?本当に?
一瞬の硬直の後、再び心の中が騒ぎ始める。
「何か反応してください...恥ずかしいです...」
甘雨の呟きにハッとした僕は返事をする。
「ごめん。めちゃくちゃ可愛くて見蕩れてた。それと、遠回しにせずに次はちゃんと言うね。甘雨、君のことが大好きです。真面目に働く姿も、眠そうにする姿も、幸せそうに食事をしている姿も全部全部好きです。良ければ僕とお付き合いしていただけませんか?」
「はい、私でよければ喜んで」
「なんてことがあったよなぁ」
「そうですね...最初急に月の話始めた時はなんのことかと思ったんですよ。その後にすぐ気づいた私を褒めて欲しいくらいです」
僕の横で並んで寝転んでいる甘雨と昔話に花を咲かせる。
「ほぼ無意識で呟いちゃってたからなぁ...まさかその日のうちに返事を貰えるとは思ってなかったし、変な人だと思われたらどうしようとか心の中は大パニックだったけどね」
「私もあの日に気持ちを伝えようって思ってましたから...あなたの家に着くまで緊張してて...」
「だから無言だったのか...まぁ、今となってはいい思い出だけどね」
「そうですね...こうやって今話してるのもいつかの思い出になるんでしょうか」
「僕にとっては毎日が大切な思い出だよ。どの一日も替えがたい大切なね」
窓の外で煌々と輝く月に見守られながら僕らの思い出はまたひとつ心に刻まれていく──
落ち着きないですね主人公君。デートの胸中とかこんなもんです。
私にとって月はずっと綺麗だったというのは私も昔からあなたのことが好きでしたって意味らしいですね。分からんわ