ヴヴヴヴヴヴ、と耳をつんざく不快な音。
無人の街の空に君臨するのは、害虫の女王。
「その子たちは必要なくなったのよ。バカねぇ」
配
「……標的を視認。推定災害レベル鬼。仮名、モスキート娘」
早々にポテンシャル全開となった敵──モスキート娘に対して、一人の男が立ち塞がっていた。
金髪の偉丈夫、ジェノスだ。
「排除を開始する」
カッ!と放射される熱線。
邂逅。からの速攻に対し、モスキート娘の翅がヴン、と消えた。
「こんなに強くなったんですもの!」
熱線を回避、強化された爪がジェノスを切り裂いた。
──が。
「あら?」
ガクン、と地に這いつくばったのはモスキート娘。彼女の片足と片翅が、鋭利な断面を残してジェノスの足下に落ちていた。
「過去のデータから、今の俺はあらゆる武器を装備している」
肘から展開された仕込み刀、それを収めながらジェノスは淡々と語る。
「加えて強度・馬力もこの頃とは比にならないほどアップしている。もはや貴様程度に苦戦することはないようだ」
「……ッ!」
「焼却」
機動力の半減したモスキート娘に容赦ないトドメを見舞うサイボーグ。
カッ!と閃光の走った先、そこにモスキート娘の姿はなかった。文字通り『焼却』である。
「さて、次は……」
「あらぁ?また新しい兵隊さんが来たのかしら?」
佇むジェノス、その背後から巨大な拳が振り下ろされた。ゴバン!とコンクリートが砕け、水道管が破裂したのか盛大な水しぶきが上がる。
「次点標的を確認。推定災害レベル鬼。仮名、深海王」
「あらぁ?速いのねアナタ」
深海王の背後、彼の拳を超スピードで避けたジェノスがクラウチングスタートの体勢を取っていた。
「排除する」
「ッ!?」
気づいた時には、王の顔に鉄の拳がめり込んでいた。続けてカッ!と閃光が瞬き、深海王は熱波に吹き飛ばされる。
砲の衝撃波が地を揺らした。
「手応えはあった。……だが油断は禁物だ、対象が無力化出来たかどうか、この目で確かめなければ」
慢心はない。ジェノスは自らが吹き飛ばした深海王を追う。
そして辿り着いたのは──
「ここは……」
「うわぁ!?怪人だぁ!」
「シェルターが壊れた……もうおしまいだぁ……」
「ヒっヒーローは何をやっているんだ!?」
そこは、巨大なシェルター内。避難民が大勢いる場所で、全身から煙を上げる深海王が起き上がるところだった。
「効いたわ……ッだいぶね!」
ビキビキと肉体が変形する深海王。水を浴びて真の姿となった彼は、周囲に怒気を振りまいていた。
「加速」
「グチャグチャにしてあげる!」
ジェット噴射で飛来、蹴り抜く。
振り抜かれる豪腕、顔面を穿つ。
両者互いに一撃を喰らい、膝をつく。
その一瞬の隙。突如始まった怪物同士の戦いに人々は恐怖し、畏怖し、そして感謝しながら逃げ惑う。
「周りが鬱陶しいわねぇ」
「避難民救助モデルか……、いいだろう」
──ヒーローとは。
敵を倒す者ではない。それは結果であって、本質はその過程にこそある。
「死になさい」
深海の圧力で練り上げられた拳。その王から繰り出される破壊の奔流がヒーローを襲う。
「排除する」
それに真っ向から殴り合うジェノス。
高圧と鉄の拳が幾重にも衝突──したのも一瞬。深海王の両腕が肘からひしゃげた。
「?、あらぁ?」
「さすがはクセーノ博士。俺の要望通り、いやそれ以上のパワーです」
現在のジェノス──サイボーグ体はパワーに極振りした形態である。災害レベル鬼の猛攻すら粉砕する威力に、ジェノスは博士に感謝した。
「うおおお!すげえええ!」
「何してんだ!早くトドメをさせぇ!」
「頑張れー!」
それを見ていた観衆がめいめいに叫ぶ。驚く者、焦る者、そして声援を贈る者。
「うるさい」
それは、業を煮やした深海王の八つ当たり。
騒ぐ民衆へ、鉄すら溶かす溶解液が吐き出された。
「やはりこのシーンの再現か」
溶解液が射出された瞬間、刹那のスピードで回り込んだジェノスは思う。
以前は身を呈して庇い、そのまま戦闘不能に陥った。逆に言えば、これさえ凌げば勝てた可能性が高い。
──彼は日々進化する。
「流水岩砕拳、起動」
シュパァ!と腕の円運動により霧散する溶解液。表面が一部爛れたが、機能性にはまったく問題ないレベルで危機を退けた。
「な……なによソレは……ッ」
「バングから液体を払う体術を見せてもらった。その動きをプログラムし、起動しただけだ」
流水岩砕拳──S級ヒーロー三位、バングの超体術。
ジェノスの格闘センスでは修得に至らなかったが、幸いにしてその肉体はサイボーグである。ならばバングの動きをトレースし、必要な際に起動できるようプログラムしたのだ。
本家には遠く及ばぬ機械仕掛けの動きだが、飛散する液体を散らす程度ならばそれで十分だった。
「ぐっ!?この……ッ!体内ウツボ!」
肉弾戦では勝てず、溶解液でも溶かせぬ相手。追い込まれた深海王は苦肉の策の体内ウツボを吐き出すが──
「マシンガンブロー」
ボッ!と百発の拳が一打で繰り出される。ウツボは一撃で粉砕され、拳の壁が深海王を穿ち貫く。
ドォ!と倒れた深海王に、ジェノスは無慈悲の追撃のために飛び上がった。
「ロケットスタンプ」
自由落下とロケット噴射による圧殺。この一撃で深海王の頭は潰れ、怪人は二度と動き出すことはなかった。
「S級ヒーローか……。君もゴキブリは嫌いかね?」
背後、それも直近からの問い掛け。ジェノスは振り向きざまに拳を振るうも、それは空を切った。
「ハハハ!そう毛嫌いするな!」
「推定災害レベル鬼。仮名、覚醒ゴキブリ」
おちょくるような表情をした男性型の怪人、覚醒ゴキブリ。彼の登場にジェノスは再三、常套句を吐いた。
「お前を排除する」
「フッ、果たして排除出来るかな?私は……」
ヴォン、と黒い影が消えた。
「強いぞ!」
ガガガ!と甲皮による連打がジェノスを襲う。反撃で殴り返すが容易に避けられ、さらに三打返される。
威力も高い。鉄の拳と同等の破壊力を持つ覚醒ゴキブリの連打は、鋼鉄の肉体内部に鈍いダメージを与えていた。
「恐るるに足らず!鬼サイボーグ!」
「ちっ!」
カサカサ動くと言えば弱そうに聞こえるが、対峙するとこうも厄介な敵はいない。
ただ速いだけではない。先読みに長けたゴキブリのスピードは、実に三億年の実績に裏付けされた真の素早さである。
「それでも所詮はレベル鬼……。お前程度に手こずっている暇は……ない!」
──加速。
全身から噴射装置を迸らせ、ジェノスは亜音速の領域に踏み込む。真っ向からねじ伏せる勢いだ。
「私とスピード勝負か!よかろう、遊んでやる!」
ズガガガ!と目に見えぬ攻防、金と黒が縦横無尽に空間を駆け巡る。
だが、回避能力に絶対の自信を持つ覚醒ゴキブリである。
事実、スピードは勝りながらも傷が増えていくのはジェノスのみ。黒い害虫は変わらず無傷であり、彼は勝利を確信した。
「さらばだ!鬼サイボーぐおっ!?」
突然、害虫の動きが空中で止まった。
状況を把握出来ない覚醒ゴキブリ。その下で全身から排煙を噴き上げるジェノスが、罠にかかった獲物を前に悠然と独りごちた。
「あの時は先生の試合を観に行くために焦っていたとはいえ、足下に接着剤を垂れ流すという仕掛けは雑すぎた。しかも最終的には逃げられ、戦略的にも完全な欠陥だ。だから改良した」
覚醒ゴキブリが目を見開けば、体にまとわりつく無数の紐が見えた。
「特殊繊維で編んだ紐に、粘着性を持たせた特注品だ。それを高速移動中に仕掛けた」
先の超スピードの戦闘はこの為の布石だ。わざと敵の土俵で戦い、油断を誘って害虫を罠に嵌めたのだ。
「っま、待て!」
「焼却」
命乞いを無視、情け容赦ない閃光が害虫を駆除する。
そこでようやく静寂が訪れた。
災害レベル鬼相当の怪人を立て続けに三体、しかも軽度のダメージでの完勝だ。
この結果を称えるように、虚空から老人の声が響いた。
『まさに鬼のような戦いぶりじゃったの、ジェノス』
「クセーノ博士。見ていらしたんですか」
虚空の声──クセーノ博士の姿がジェノスの前に現れる。その姿は半透明で、どうやら実体ではなかった。
『ワシが修理・改造している間に、毎回新装備のシュミレーションしているのは知っていたよ。……それで、今回の装備はどうだね?』
「はい、とても良好です。俺の要望通り、パワーの底上げも想像以上です。これならこの先の戦いで戦力外になることはないでしょう」
『……そうか』
一方的に師として仰ぐサイタマからのアドバイス『パワー』を愚直に求めたジェノス。その要望に応えたクセーノ博士であるが、生き急ぐ若者の姿に老輩は一抹の不安を抱いた。
だがヒーローは止まらない。
「過去、敗北に喫した災害レベル鬼は容易に倒せました。しかし、俺が試したいのはこの先です」
今までの装備では災害レベル竜──ムカデ長老を倒すことは叶わなかった。
そこでサイタマに助言を仰ぎそれを実現したのが、この攻撃力特化型バージョン。
それを試すための脳内仮装実験中である。
「自分の圧倒的な力不足を感じた[[rb:コレ> ・・]]を、まずは超える」
場面は変わり、見上げた天。遥か天空から飛来するは、全てを破壊する巨大な岩。
『緊急避難警報!災害レベル竜!やばいので逃げて下さい』
物々しいサイレンを聞く余裕すらない、圧倒的な死の気配。
ヒーロー着任から初の、災害レベル竜との対峙。
──巨大隕石である。