AKUSERU   作:ライ春

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アキから冬

 覆い茂る雑草と幾つもの木々の合間を抜けて一人の少年は走った。颯爽と、迫り来る障害物を潜り抜けては、ただ先刻から目的である獲物を求めて追い続ける。風に拐われてしなやかな黒髪がなびいていた。

 

 少年は身の丈に近いライフルを構えて滑り込むように目の前の木の陰に隠れる。顔だけ陰から出して正面を覗き込めば彼より大きめの猪が何かを食べている。

 あれが獲物だ。

 

 少年は荒れた息を落ち着かせながら心臓の鼓動が早まるのを感じた。緊張している。

 ようやく見つけた獲物に悟られないように静かにライフルに弾を込める。

 

 「フゥッー…フゥッー…」

 

 もうじき秋も中旬に入る山は肌寒い。だから厚着をかまして狩に挑む。金属の銃身が凍り付いたように冷えて、けれど火照った彼の手に触れて人肌と同じ温度になる。

 

 少年は何度も念を入れて自分の緊張を落ち着かせようとした。大丈夫だ。あれは今食事に夢中だ。大柄故にデカイ鼻息が離れていても聞こえてくる。

 彼は木の後ろに全身を隠した。胸の辺りをぎゅうと掴んでえも言われぬ昂りと緊張をほぐす。そして覚悟を決めると彼は口笛を吹いた。

 

 木々の合間を走り抜けて、急な斜面を飛び越えた。少年とは比べ物にもならない素早さで疾風の如く猪の目の前に飛び出した。そこから動かれる前に猪の脚に噛り付いて動きを封じる。

 

 そして少年は木陰から飛び出して照準を猪に合わせると躊躇なくライフルの引き金を引いた。

 発砲音と共に薬莢が跳ねて、猪の頭を見事に撃ち抜いた。後には火薬の臭いが余韻となって漂っていた。

 

 少年は目を背けて白い息を吐いた。あの昂りも波のようにもう何処かに消えて、こんなにも厚着だというのに頬が林檎のように赤くなってしまっていた。一匹の茶色い猟犬が少年の足元まで寄ってきて首を擦りつけてくる。

 

 少年はライフルを置いて屈むと猟犬、ガルクの頭を撫でた。

 

 「頑張ったなリズ。このブルファンゴはおっきいぞ。帰ったら鍋にしよう。きっと、母さんも父さんも褒めてくれる!」

 

 この世界にはモンスターがいる。もうずっと前からのことだ。命の奪い合いのなか必死に後世に繋いでいく。これ程、無惨で非情で、そして美しい世界に少年は足を踏み入れていた。

 

 少年は仕留めたブルファンゴを引き摺って山を降りた。その先には彼の故郷があった。人々が笑って、互いに助け合って築いた村がある。

 

 「……は?」

 

 少年が着いた時には村は、燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は死体の山に腰を下ろして座っていた。歳は十六といったところか、頬についた血糊を指で引き伸ばしていた。ボサボサの白い髪に死んだような魚の目をしている少年、アギサは静かに狩りの疲れを癒していた。

 

 幾つの命を此処で狩っただろうか彼の周りにはランポスの死体で溢れている。隣には死体に刺したまま放置している彼の鋸のように刃が荒い鉈があって、彼は腐った気持ちで空を仰いだ。

 

 空にはカラスが円を描いて飛んでいて、不気味な風が吹いていた。血の臭いが鼻に突き刺さる。視線を下ろせば内臓を抉ったりして溢れた血が作った水溜まりにカラスが群れて、アプトノスが川で水飲みするように嘴を突っ込んで飲んでいた。

 

 「げえぇっ……」

 

 明らかに異様な光景にアギサは吐きそうになった。ぴちゃぴちゃ音を立てて血を飲み込む様を見て、胸の奥から込み上げてくるものがあったが唾を飲み込んでそれを抑える。

 アギサは、白い息を吐いた。耳たぶまで赤色に染まって重い瞼を閉じないように堪えていた。

 渇いた喉がどうにもアギサを苛立たせる。服の内側の、脇の汗が肌に沿って滴る。その生暖かい感触と外の寒さが同時に襲う。

 

 荒廃したこの地に留まる彼は異端児だった。幾ら多額の借金を背負っていても此処に住み込みで返す物好きはいなかった。厳密には、昔はいたがもういないと言ったところだ。

 アギサは手足を枷で拘束されたような人生を送っていた。物心がついた頃には父親はいなくて、母親の手だけで育てられてきた。その母親も、随分前に他界した。彼に残されたのは父親が姿を消す前に置いていったクソったれた多額の借金だけである。

 

 「よぉアギサぁ。随分ヤったんじゃあねぇか?」

 

 くしゃくしゃの白帽子を被った髭の濃い男が向こうから歩いて来たのに気付いた。似合わない白のスーツをビシッと決め込んでランポスの死体を踏まないようにぎこちない足取りで来ている。

 

 「オヤっさん!」

 「十体はヤったなぁアギサ」

 

 アギサは腰を起こした。髭の濃い男は正面に立ったアギサを無視してランポスを指差して言った。

 

 「こんだけデカけりゃあ取引先も文句は言わねぇだろぉ。一匹千ゼニーで買い取ってくれるぜ。よくやったなぁアギサ」

 「アザっすぅ!」

 

 男は懐から封筒を取り出してアギサにそれを渡す。そいつは少し、分厚く、しかし察することの出来る内容から考えてみれば寂しい厚さだった。

 

 アギサは目を丸くしてがっつくように封筒を開けた。中から出てきたのは百ゼニー札が十枚しか入っていなかった。慌ててアギサは男を見て言った。

 

 「待ってくださいよオヤっさん!こりゃ少な過ぎますぜ!次いつ依頼が来るかも分かりゃあしないのにこれで食ってくのは…」

 「なあ落ち着けよアギサ。オレらもこんなコタぁしたくねぇんだぜぇ?けどよ、お前のオヤジが残した借金返済の分も減らして、この依頼もテメーのために用意したんだ。金だって掛かったんだぜ」

 

 アギサは封筒からはみ出ていた百ゼニー札から目を離せなかった。この金で、次の依頼が来るまで食い繋げなければならない。今回の狩りで消耗した武器の手入れも必要不可欠だった。いくら手続きや借金返済の分を引いていても、これでは身が持たない。借金を返すどころではなくなる。

 

 「それじゃあよぉ。オレぇあここいらで失礼するよ。次の依頼が来たら呼んでやるよ」

 「ちょ、待ってくださいよオヤっさん!他に、他になんか依頼はないんすか!?オレぁ出来ることなら、出来ねーことでも何でもします!」

 

 アギサはみすぼらしくも必死に叫んだ。それでも足りないとだめ押しで土下座までした。

 

 「おいアギサぁ。オレらみてぇな奴らも必死にやりくいしてんだよ。テメーもさぞ命懸けだろうが、飯を食わせる金を渡せるほど潤っちゃいねぇんだよ」

 

 髭の男は面倒くさそうに、しかし顎に手を当てて考えると口角を斜めに吊り上げて頭を擦り着けたままのアギサを見下ろした。

 

 「そういやあ、一つ美味しい話があったなあ。ここいら牛耳ってるモンスターがいやがんだ。そいつが死体の運搬にも手え出すもんだからオレらもいい迷惑が掛かってんだ。アギサあ、オメェが殺せたら十万、一切引かずに渡してやるよ」

 「いいんすかぁ!?」

 「あぁ、狩れたならな」

 

 アギサの表情が希望に満ちて彼の胸の奥でかつて冷めきってしまった昂りが再熱し、どこか自分が期待されているような感じがした。

 この依頼を完璧にこなせば、次から自分にもっと依頼が舞い込んで来て、報酬の額も増えるかもしれない。アギサその事に心のなかでガッツポーズで跳び跳ねながら喜んでいた。

 

 自分のこの先の暮らしを考えるだけで胸が躍った。もしかしたら今まで食うことのなかった肉を食べれるかもしれない。女とデートに行ったり、抱けるかもしれない。十万もあれば何ヵ月も暮らしていける。その間に借金を返せればきっともう自由の身だ。

 

 「最高じゃん…最高!最高!!さぁぁいこうっすよ!」

 「そうか、よかったよ喜んでいたくれてよぉ。精々、死なねぇよぉになぁ(・・・・・・・・・)

 「ハイッハイッ!!」

 

 男は去っていった。小さい後ろ姿に何の威厳も無いが哀愁を漂わせる。だがアギサはそんなことに気付く様子もなくにやけながら妄想を膨らませていた。

 

 しかしアギサは気付いた。

 

 「……あ、何狩ればいいんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オヤっさん。いいんすかあんなガキに十万の依頼なんか出しちまって…仮にあんなんでも狩って来ちまったら払うんすか?」

 

 スーツの若い男は竜車を動かして隣に座る髭の男に話し掛けた。男は髭を整えながら煙草を咥えた。若い男はライターを胸ポケットから取り出すと男の咥えた煙草に火を点けた。

 髭の男は煙草を堪能すると、煙を吹いた。

 

 「心配すんな。あんなガキにゃあ殺せねような相手だ。…後で荷車を用意しとけ」

 「……何でっすか?」

 

 髭の男はアギサの時のように口角を吊り上げて笑いを隠しきれていない様子で答えた。

 

 「アギサの死体でも売りゃオレらは儲けもんだ。あのガキは結局、最後の最期まで体は売らなかったからなぁ。今の時代、狩りなんざもう古いんだよ。進歩した医療とかでよぉ、今じゃ人んパーツを売った方が稼ぎがよかったりする」

 

 竜車は林道の中を走っていた。今や此処での会話を聞く者は二人以外にいない。二人の内で、企てられたアギサを殺す計画は誰の手も汚さぬ内に実行されていた。

 

 「…分かりました。後で用意します」

 「頼むぞ…。しかし、まぁバカなガキだったよなぁ。オヤジの残した借金だってとっくの昔に返済してたのによぉ。騙されて何年もオレらの都合の良いように使われて、ご苦労なこったぁ。首が回らないが手足だけは動かしてくれたよなぁ。そんで死んでまで金になってくれるらしい」

 

 竜車の手綱を握る手に力が入る男は、少し怯えながら髭の男に訊いた。

 

 「アギサのヤツ、一体何をヤりに行ったんすか?」

 

 髭の男は煙草の吸殻を外に捨てて言った。

 

 「アンジャナフだ。気ぃ付けろ。こんな場所に長いこといたらオレらまでヤられるかもしれねぇ。さっさと抜けちまおう」

 「……分かりました」

 「怖いもんだ。時代が変わると価値が変わる。オレらの今の商品は人だ。人に価値が移った。だからオレらは人を売る。別に普通の商人どもと何も変わらねぇ。林檎に価値が移ったんなら林檎を売るし、金属に価値が行ったら金属を売る。品物が人だからってよぉ、人が品なんだ。感情移入なんてするなよ」

 「分かってますよ…オレにだって死にかけのばあちゃんのために命賭けて商売してんすから…」

 

 男が喋った途端だった。竜車が急に大きく揺れて横に倒れてしまった。男たち悲鳴を上げることもなく竜車の動きにそって巻き添えを喰らう。

 

 数秒間の意識が飛ばされて何が起こったか全体が掴めない中、若い男が上半身を起こした。そして漠然とした中で、漠然とした恐怖心を抱いていた。

 先頭のアプトノスは何処に行ったのかただ紅葉が辺りに散らばっているだけだった。車のほうも酷い有り様だった。車輪がかつて車だった箱の上でグラグラ揺れていて、髭の男が箱の下敷きなっていた。

 

 「誰か…いねぇのか…死んじまうよ…」

 

 手を伸ばしてもその先は暗闇だった。地面に着けた片手が紅葉に濡れた。背中から陽光が斜めに自分を見下ろしておる。

 

 彼の前の暗闇は、彼の恐怖心が高ぶる度に近づいていた。朦朧とする意識が先か、暗闇が呑み込まれるのが先か、男は最期まで漠然としたままだった。

 

 「ばあちゃっ」

 

 男の上半身は暗闇に噛み砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今回のターゲットは~?」

 「アンジャナフだ。交易路に住み着いたらしくて被害が出たらしい」

 

 スーツを着た二人は向かい合って車両の席に座っていた。テーブルに置かれた二つの紙コップにはオレンジ色のジュースとコーヒーが湯気を上げて淹れられていた。

 

 髪の長い、女の子のような容姿の少年はオレンジ色のジュースを手に取って飲み干した。栗色の髪にもみじ色の瞳、身長も低めの少年は向かいの男に聞こえるほどのため息を吐いた。

 

 「やだなぁ…疲れるじゃん」

 「これ以上、被害を出す訳にもいかねーだろ」

 

 男は少年のため息を見て眉間にシワを寄せていた。よほど印象が悪かったのだろう。少年を睨み付けたままコーヒーの入った紙コップを思いきり触って「あづっ!」と叫んでいた。

 

 少年は呆れた目で一瞥した後、紙コップの底を覗きながら訊いた。

 

 「どうせまた君がこんな依頼を受けたんだろぉ?ボク興味無いんだよねぇ…誰が、何処で死のうが。家族が死んだなら悲しむけど、遠い親戚が死んでも悲しめないじゃん。それと一緒。アンジャナフ討伐なんて辞めてさ、観光しよーよ」

 「別に悲しみを増やさないために受けたんじゃない」

 

 男は、意地を張ったように言った。それに少年が聞き返す。

 

 「じゃあ、何で?」

 

 男は揺れ動く列車の窓から外を覗いたまま答えた。

 

 「オレが単にモンスターを殺したいからだ」

 

 うなじまで伸びたしなやかな黒髪が靡いた。彼の黒い瞳に映る外の景色は、頭のなかの過去の景色と重なって燃えていた。その瞬間、彼のなかの憎悪の心と憤怒が溶けて混ざり膝の上の爪が掻き立てられた。

 少年は明らか男の様子がおかしいことに気付いたがそれでも気にかけることなく紙コップで遊び続けていた。

 

 男も別に、この感情を共有したかった訳じゃない。ただ心の底のどろどろの感情が、煮えたぎるマグマが表面でぶくぶく泡を噴くように彼の喉を通って自然と声になっていた。

 

 「……ここのコーヒー、あんま美味くねぇな…」

 

 はぁ、と不味いコーヒーを飲み込んで白い息を吐いた。不味いコーヒーは胸の奥を抉るような苦味と吐き気を催したが温もりだけが彼の感情を落ち着かせる。

 

 少年は紙コップをテーブルに置いて言った。

 

 「君はまるでこの紙コップみたいだな。空っぽで、誰かから中身を淹れてもらって初めて何かになるんだ。今の君はゲロマズのクソみたいなコーヒー」

 

 男は少し硬直したまま少年を見ていた。

 

 「……それっどういう意味だ?」

 「大丈夫。知らなくていいよ」

 

 男は気に食わない顔をしながら隣の席に立て掛けた刀を抱えて外に視線を移す。

 彼は出来るだけ、その景色に夢中にならないように家に帰って何をするか、そんな他愛もないことばかりを妄想していた。家でコーヒーを淹れて愛犬を撫でながらこの寒い冬を越す妄想を膨らませる。あそこならきっともう、悪夢に魘される心配はない。

 

 ここのところ、仕事を詰めていた彼はどうも夢見がよくなかった。

 

 彼は胸ポケットから取り出した煙草のケースから一本、咥えてライターで火を点けた。

 銘柄はWinter()だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 読了ありがとうございました。不定期更新なので気長にお待ちください。
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