第四話でございます。ようやく冒険らしくなってきました。
盗賊は脇差を引き抜いて、それを逆手に構え巨大な蜘蛛と対峙する。
彼は自分の後ろに呪術師を庇いながら、目の前の怪物と睨み合っていた。
片や新人冒険者、かたや闇の怪物、余りに分の悪い組み合わせであったが、彼は一歩も引こうとはしなかった。
「イヤァァァァァァァァ!!!」
彼は先手必勝と言わんばかりに、蜘蛛にその切っ先を向ける。
上から大きく振り下ろされる体重を乗せた一撃、しかしそれは蜘蛛の甲殻に容易く弾かれた。
「グルチチチ、チッチ!!」
「ッ!!」
蜘蛛は体勢の崩れた盗賊に、その口の鋏を押し付ける。
巨大な姿とは裏腹に、それは余りに素早い一撃であった。
自身の胴体よりも大きい鋏だ。触れれば容易く両断されるであろうことは想像に難くなかった。
「ハァッ!!」
「ギチッ!?グチチチィ!!」
盗賊は、それを躱すのを無理だと判断すると逆に前に突っ込んだ。
蜘蛛の口元を切り裂きながら、前のめりに倒れこむ。
その瞬間、緑色の血液が傷口から噴き出し、盗賊の頬を染める。
蜘蛛は一瞬怯み、鋏を動かすのが遅れた。
彼は鋏の間をするりと抜けると、大きく後ろに飛びのいた。
・・・・斬れた。堅い部分だけじゃないってことか。
彼は息を切らせながら、そう思考を巡らせる。
「グルルチチッチ!ギチャチチチ!!」
傷を負った蜘蛛は、痛みに苦しんでいるのか、怒り狂っているのか、体をそこら中にたたきつけて暴れ始める。その様子を見て取ると、呪術師は前に進み出る。
その手には大量のお札、およそ二十枚はあるであろうお札が握られていた。
彼女は両手を自分の前で合致させ、蜘蛛にその先を定める。
「チャンス到来!!大盤振る舞いだ!火力最大!!
「・・・・!!」
一瞬の静寂の後、辺りには業火が巻き起こる。
彼女の両手に構えたお札は燃焼し、それは横一直線に炎柱となって蜘蛛に直撃する。
地下室ごと、蜘蛛はどんどん熱せられていく。
盗賊は両手で自分を庇いながら、その様子を見る。
(この距離でもかなりの温度・・・・!!なんつー火力だ!)
炎に当てられた蜘蛛は苦しみ怨嗟の声を上げながら、しかしその体はあまりの熱に上手く動くことができなかった。呪術師も体中に汗をかきながらではあるが、悶え苦しむ蜘蛛を見とめると、にやりと笑う。
(業火の呪い・・・・。ボクの最大の呪術!こいつが効かなかったらお手上げだったが・・・・!!)
彼女はそう思いながら火力をさらに上げる。
呪いは、威力を上げれば上げるほど、効果時間が短くなる。
ここで倒れてもらわなきゃ、困るのだ。
さらに火力を、さらに火力を・・・・。
それだけを考えていた。
「うわおぅ!?」
彼女はそんな情けない声を上げながら何かに引っ張られて、転倒する。
集中力を欠いた呪術は、盗賊の横を危なく掠めてから消失した。
(な、なんだ!?急に!!)
見ると、彼女の足には一本の太い糸が巻き付いていた。
それは蜘蛛の方に繋がっていて、それを手繰り寄せていた。
奴は怒りでなのか、熱さでなのか、沸騰しながら彼女を引き寄せる。
引きずられ近づくたびに、段々と大きくなる蜘蛛を見つめて呪術師は恐怖する。
火紙を押し付けて、糸を焼き切ろうとするが、間に合わない。
彼女が悲鳴を上げるのと、盗賊が前に躍り出るのはほぼ同時であった。
彼は糸を切断すると、体勢の崩れた彼女の代わりに蜘蛛と対峙する。
「ハァッ!!」
「ギチチチチチ!!!」
蜘蛛はその鋏を振りかざすが、盗賊は前方に滑り込んでそれを躱す。
しかし、彼の目的は回避ではなかった。
目の前の柔らかそうな腹部、そこを思い切り脇差で斬りつけた。
「ッ!!グッチャアアアアアアアア!!ギチチッチチ!!」
しかし、蜘蛛も馬鹿ではなかった。
奴は悲鳴と共に鮮血をぶちまけながらも、その体で盗賊を思い切り押しつぶした。
「ッ!ぐあああああああああ!」
盗賊は片手でそれを必死に支えるが、片方では支えきれずその体は軋みをあげる。
蜘蛛はその強靭な足の一本で、盗賊を蹴飛ばし腹の下から追い出した。
彼はそのまま壁にたたきつけられて血反吐を吐いた。
奴はその一瞬を見逃さなかった。
力をこめる様に体を震わせると、蜘蛛の巣状の糸の塊を投射した。
盗賊はそれに絡みつかれ、壁に張り付けられる。
「ギチギチ・・・・。ギルルルチチチァ・・・・。」
怪物は、それを見て歓喜するかの様に嘶いた。
奴は無数の目であたりを見渡すと、自身の足元に脇差が落ちているのを見とめる。
・・・・あの厄介な武器は消えた。
蜘蛛はそう言わんばかりに、ギチギチと不愉快な音を立てる。
「と、盗賊!!」
呪術師は思わず、盗賊の元に駆け寄る。
張り付けられた彼の前で、なんとか逃げる手段はないかと考える。
しかし、どう想定してもあの糸で絡め取られる未来しか考えられなかった。
ましてや、彼が糸に捕まっちまってる状況で!
巨体をのそのそとさせながら、蜘蛛がこちらに歩を進めてくる。
それはまさしく、死の足音であるように感じられた。
・・・・ああ、音が消える。
一歩一歩近づいているのは、蜘蛛だろうか?
それともボクだろうか?
ならばせめて・・・・。
盗賊を見つめながら、彼女は覚悟を決めたように言った。
「・・・・ボクが時間を稼ぐから逃げろ。糸は火紙で切ってや・・・・。」
「・・・・ど、どっち向いてんですか。ゴホッ!・・・・我々の
盗賊は咳き込みながらも、そう告げる。
しかし、その余りの痛々しさに呪術師は顔を伏せる。
満身創痍で、武器もない彼にこれ以上何かができるとは思えなかった。
しかし、盗賊は確信をもって右手を上げる。
それは、先ほど蜘蛛の体を支えなかった方の手であった。
その手には、何かの切れ端が握られていた。
「・・・・捻じ込んで・・・・きました。・・・・傷口・・・・に。」
その言葉を聞くと、呪術師は咄嗟に懐を探る。
そして少し頬を染めると、笑って言った。
「全く・・・・いつの間に。」
その瞬間、蜘蛛が飛びかかってくる。
その邪悪な目は欲望にまみれ、凶悪な口は醜悪に歪んでいた。
しかし、呪術師は臆することもせず、指を結び朗々とその声を上げた。
「
「ッ!?グルチッチチチチチィィィ!?ッグギャアアアアアアアアア!!」
途端、蜘蛛はその口から炎を吐き出す。
口から、傷口から、炎はどんどん強く漏れ出ていく。
のたうち回ろうが、どれだけ叫ぼうが、内側から燃える炎は消えない。消えることはない。
中から燃焼し、沸騰し・・・・そして?
響き渡るのは破裂音。
蜘蛛は内側から爆散すると、その不愉快な体液をぶちまけながら息絶えた。
「うえぇぇ・・・・。」
呪術師は、それを嫌そうに払いのけてから、だが安心したように息を吐く。
それにつられて盗賊も大きく息を吐いた。
・・・・ああ、生き残った。
しかし、急に呪術師は何かを思い出したように、盗賊に蹴りを入れる。
「痛ぇ!な、一体何を・・・・。」
「・・・・このスケベ野郎が。」
呪術師はそう言いながら、彼を猫のような目で睨む。
盗賊は、それを聞くとばつが悪いように顔を背ける。
「ご、ごめんなさい。」
「・・・・ふふ、はっはっは!」
その殊勝な態度がお気に召したのか、彼女は大きな笑い声をあげる。
非常事態だったから、とかそんなセリフよりは、よっぽど彼女好みであった。
そんな彼らを見つめるのは、影が一つ。
その表情は読み取れず、感情はうかがい知れない。
彼らはまだそいつに、気づいてはいない。
次回は十九時頃の投稿となります。そろそろ終盤でございます。