「ゆんゆん! このままではアーネスの魔法が完成してしまいます! 私達がやられれば商隊の人達や冒険者も、腹いせに殺されないとは言い切れませんよ! 早く杖を放してくださいっ!」
血走った目のアーネスが、片手にちょむすけを抱き、もう片方の手を大空に掲げる。
大きく翼をはためかせて中空に浮いたまま、アーネスは魔法の詠唱を行っていた。
「だって! だって‼ それは分かるんだけど、頭では分かるんだけど! でも、めぐみんの薄情者! こ、こんなピンチの時こそ、紅魔族の流儀ならどこからともなくきっと助けが……! ああああ、私のバカ、そんなの来る訳ないのに! 神様神様、幸運の女神エリス様ーっ!」
「こんな時に神頼みですか!」
ゆんゆんが邪魔する中、杖を握って強引に爆裂魔法の詠唱を始めた。
視線の先にはアーネスが、空に巨大な火球を浮かべている。
その火球の大きさは既にアーネスをも超えて……!
「――あとついでに、水の女神アクア様……! 皆無事に助かったなら、めぐみんが人の心を持てる様にちゃんと更生させますから! お願いですから、ちょむすけも皆も助けてくださいっ‼」
「ひ、人の事を何だと……! 諦めてください、この世界は世知辛いものなのです、そうそう都合よくいくはずがありません!」
なんてゆんゆんに突っ込んでいる場合ではない。
詠唱に集中しなければ、先にアーネスが魔法を完成させてしま……。
「これで終わりだ。お前ら全員、まとめて地獄に送ってやるよ!」
勝ち誇ったようなアーネス。
ゆんゆんに感けている間に先を越されてしまったようだ。
今やアーネスの倍ほどの大きさにまで膨れ上がった火球は、直視できない程に煌々と燃えあがり。
離れた距離にいるはずの私の下まで熱気が届いていた。
「ああっ、もう終わりよ、あんなの食らったら、誰も助かりっこない!」
情けない声を上げて、頭を抱え戦慄き始めるゆんゆん。
「そんな事を言ってる暇があるのなら、この場を乗り切るための策の一つでも考えてください! ただでさえゆんゆんのせいで詠唱の開始が遅れたのですから!」
「だってだって、めぐみんが魔法を使っちゃったらちょむすけがっ!」
ああっ、もう鬱陶しい。
こんな時まで泣き言を言わないで欲しい。
「いい響きだ。そうさ、あたしはお前らが絶望し切ったその感情が欲しかったんだ! 最後に少しだけ溜飲が下りたよ」
ニヤリと歪んだアーネスの冷たい笑み。
背筋がゾワッとした。
「ゆんゆん、ゆんゆん! 時間稼ぎを、時間稼ぎをするのです!」
「ええっ⁉ そそ、そんなの急に言われても! えっと、えーっと! じょ、上位悪魔アーネス! 我が名はゆんゆん! アークウィザードにして中級魔法を操りし……」
ゆんゆんにしては珍しく、恥じらいのない堂々たる名乗り上げだ。
だが残酷にも、アーネスはゆんゆんの名乗りを最後まで聞こうとはしなかった。
「『インフェルノ』ッッ!」
声高に唱えると共に、アーネスが手を大きく振り切った。
それに合わせて降り懸かってくる極大の火球。
馬車の中から成り行きを見守っていた乗客達の表情は、絶望で色濃く染まっている。
だが不幸中の幸いか、スピードはそこまで速くない。
威力に一点集中しただけあって、速度までは考慮できなかったのだろう。
これだけ距離があれば……。
「ゆんゆん、魔法が完成しました! なので死ぬ気で庇って下さい!」
「はいっ⁉ ちょっ、ちょっとま……っ!」
こちらに手を伸ばすゆんゆんの返事も聞かず、私は照準を定めた。
「『エクスプロージョン』――ッッッ‼」
「なっ⁉」
接近する火球の轟音に紛れて、アーネスが息を呑む気配を感じた。
恐らく、私が何の魔法を打ったのか理解したのだろう。
顔を思い切り引き攣らせたアーネスが、羽をはばたかせて逃亡を図るがもう遅い。
爆裂魔法は威力だけじゃない。
その効果範囲もまた絶大なのだ。
この場にある全ての物を巻き込む様に、私の必殺魔法が降ってくる。
と、炎の中で黒いものがピカッと光った気がした。
なんだか見覚えがある気がするのだが、はて何処で見たのだったか。
魔力が空になりぼんやりする頭で考えていると、突然身体に衝撃が走った。
数瞬遅れて突き飛ばされたのだと把握し、倒れながらも顔を横に向ける。
ゆん……ゆん…………?
焦ったように何かを叫ぶゆんゆんは、私を突き飛ばしてもなお勢いが失われなかったらしく。
私に覆いかぶさる軌道でこちらに突っ込んできて――
「――おい、まだ薬草は到着しないのか!」
「これだけの量を急に用意しろってのがそもそも無茶なのよ!」
「んなこと言ってる場合かっ! このままじゃ……」
遠くから、幾つもの声が聞こえてくる。
余程切詰まった状態なのか、その声はどれも荒々しい。
ドタドタと慌ただしく動き回る振動が伝わり、体を小刻みに揺らしてくる。
なにかあったのだろうか。
というか、私は何をしていたんだっけ?
重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
初めはぼんやりした視界だったが、徐々にくっきりしてきた。
目についたのは、やけに殺風景な見知らぬ天井。
余程大きな建物なのか、天井との間に随分と距離を感じる。
えーっと……ここは一体?
目覚めたばかりのせいか、頭が上手く回らない。
ひとまずは上体を起こしてから……。
「痛ッ⁉」
突如全身に激痛が走り、反射的に体を縮こませる。
身体を抱きかかえた時に触れた感触で、あちこちに包帯が巻かれている事に気が付く。
全身隈なくグルグル巻きと言う訳ではないが、腕やらお腹やら、結構な範囲に渡って巻き付けられている。
今までに経験した事のない程の重体だ。
ここで私は自分達の身に何が起こったのかを思い出した。
そうだった、私達はアーネスに襲撃されて……。
私が爆裂魔法を打ちこんだんだ。
それから……。
…………どうなったのだろう?
「あっ、こっちの子が目を覚ましたぞ!」
誰かが上げた声を聞きつけ、神官服を着たお姉さんが私のそばで膝立ちした。
「ああっ、無理しちゃダメよ! 軽度とは言え全身に熱傷を患ったんだもの、まだ安静にしてないと」
「……あの、ここは?」
私の問いに、お姉さんは安心させるように笑顔を浮かべ、
「ここはアクセルの街にあるエリス教会よ。何があったか覚えてる?」
傷が痛まない様に気を付けながらこくりと頷く。
「なら話が早いわ。悪魔との戦いに巻き込まれた商人の方達が、あなたや他の冒険者達をここまで運んでくれたの。大丈夫、あなたの頑張りのお陰で、悪魔は跡形もなく消滅したそうよ」
そうか、ちゃんとアーネスを討伐することが出来たのか。
最も、あのクラスの上位悪魔なら残機を有しているはずだろうし、完全に滅ぼせたかは定かでないが。
お姉さんに背中を支えてもらいながら上体を起こし周囲を見回す。
聞いていた通り、私以外にも大勢の人が床に敷かれた簡易布団の上で寝かされていた。
まだ意識を取り戻していない人もいるようだが、胸の辺りが上下しているので命に別状はないだろう。
取り敢えずは一安心だ。
「あの、お姉さん。少々お尋ねしたい事があるのですが?」
「なにかしら? お水でも飲みたいの?」
優し気に耳を傾けてくれるプリーストのお姉さんに、
「ここに黒猫は運び込まれていないですか? 私の使い魔なのですが?」
「さあ、そう言った話は特に聞いてないわ」
指を顎に当て、困ったように答えるお姉さん。
まあ、仕方がないか。
アーネスは消滅したのだ。
そのアーネスに抱えられたちょむすけだけが生き残るなどまずないだろう。
ちょむすけよ、あなたの事は決して忘れません。
だから私を恨むことなく、迷わずに成仏してくださいね。
「あと、商隊の中にゆんゆんが、紅魔族の女の子がいたはずなのですが、どこにいるか知りませんか? 私と同じ紅い瞳に黒い髪、ローブの色も黒で、腰に短剣と紫色のワンドをつけた子なのですが?」
ぱっと見た感じ、この聖堂の中にはいなかった。
恐らく私程の大きな傷は負わずに済み、こことは別の場所で待機しているのだろう。
まったく、怪我人である私を一人放置とは薄情な子だ。
これはちょっと抗議してやらねば。
「……その、ゆんゆんちゃん? って子は、あなたのお友達なの?」
「……いえ、ライバルです」
なぜか気恥ずかしくなってしまい、私は目線を逸らして返答を……。
……待て。
なんだか今、お姉さんの声が掠れていなかったか。
視線を戻しお姉さんの顔を覗き見た私は、はっと息を呑んだ。
お姉さんはすっかり顔を強張らせており。
とても悲しそうな、暗い表情を浮かべ目を伏せていたのだ。
……なんだろう。
とても……とても嫌な予感がする。
「あの、お姉さん?」
心配になって、私は再び尋ねる。
するとお姉さんは何かを逡巡するかのように暫くジーッと私の顔を見て。
「……どうせ、すぐに分かっちゃう事だものね」
ぼそっと呟いてから、真剣な眼差しを向けて来た。
「お嬢さん、落ち着いて聞いてね?」
お姉さんの迫力に押され、私はごくッとつばを飲み込む。
「とても辛い事だけど……。こんな大怪我をした子供に言う事ではないのだけど。でも、これは紛れもない真実だから……今、ここで言うわ」
長い前置きをし。
お姉さんは聞き間違い様が無い程にハッキリと告げた――!
「ゆんゆんちゃんは、死んだわ」
……………………。
…………。
「………………え?」
この人は……なにを、言ってるんだろう?
……ゆんゆんが?
…………あのゆんゆんが…………死んだ……?
ユンユンガ……シンダ?
「あなたの魔法のおかげで、モンスターの魔法の威力が幾何か軽減されて。火傷の程度に差は有れど、皆さんの被害は最小限に抑えられたの。でも……」
わからない。
なにを言っているのかが、わからない。
頭が理解するのを酷く拒んでいる。
「目撃した女の子の話では。吹き荒ぶ炎の中、黒い雷が落ちて来たそうよ。それに気が付いたゆんゆんちゃんが、あなたを庇って……」
ゆんゆんが……私を……庇って……?
私を……庇って⁉
「……う、ウソ……ですよ……ね?」
ポツリと、言葉が漏れる。
「なにかの冗談です……よね? 私を驚かそうとしてるだけですよね⁉」
私の悲痛の叫びに、しかしお姉さんは静かに首を横に振った。
「いいえ、本当の事よ」
「そんな訳ないじゃないですかっ! だって……だってあの子は! 私に次ぐ優秀なアークウィザードで、魔力量だって潤沢にあって! スキルポイントさえ溜まればいつでも上級魔法をとれるんですっ‼」
何を言っているのか、もはや自分でも分からない。
でも、何かを叫ばずにはいられなかった。
「里ではいつもボッチしててチョロくて騙されやすくて寂しがり屋でいつも空回りばかりしていてっ! でも、陰でいつも努力していてッ! それに……それに…………そうっ! あの子にはいずれ里の族長になるという目標があるんです。それを果たせぬまま、こんな所で燻ってる暇なんてないんですっ!」
一気に捲し立てた私は、すっかり呼吸が荒くなっていた。
肩を上下させ、時々詰まらせながら、それでもなんとか呼吸を整える。
黙って聞いていたお姉さんは、すーっと布団の脇を指差した。
つられて私もそちらを見る。
そこにあったのは、私が普段から着ている赤いローブ。
包帯を巻く際に脱がせたのだろう、紅魔族マントや帽子と併せて、ローブは丁寧に折り畳まれていた。
これが一体何だと……。
「っ!」
思考が止まった。
あまりの衝撃に目を見開いてしまう。
身体も硬直して動こうとしない。
だが、確かめない訳にもいかなかった。
震える手を無理やり動かし、ローブに手をかける。
鼓動が速い。
呼吸も荒い。
額から嫌な汗が落ちてくる。
それらを何とか押さえつけ、私はひと思いにバッと広げた。
「…………あ」
紅い。
見えるもの全てが紅い。
だが、これはローブの赤ではない。
そんなものよりはるかに鮮やかな紅色だ。
同時に鼻腔に届く鉄の臭い。
……知っている。
この臭いの正体を、私は知っている。
でも、こんな風にローブを一面に染める事があるはず……。
「あっ……ああ……」
頭を激しく振り乱し、過ってしまった一つの可能性を追い払う。
そんなはずがない。
そんなはずがない!
そんなはずがないっ!
これはきっと何かの間違いだ!
きっと悪い夢を見ているに違いないのだ‼
そうでもなければ、こんなことある訳が……っ⁉
「お嬢さん!」
虚ろになった目で、私は声のする方に首を曲げた。
するとお姉さんが悲しそうに、辛そうに首を横に振り、
「これが、現実なのよ」
――私の中で何かが切れた。
「……ああっ、ああああああっ⁉」
ゆんゆんが死んだ。
ゆんゆんが……死んでしまった。
……なんで?
どうしてゆんゆんが……?
なぜあの子がこんな目に合わないといけないんだ?
…………私を庇ったから?
私を庇ったせいで、ゆんゆんは死んだ?
そうだ、そうに違いない。
そうでもなければあの子が、あんな強い子が死ぬはずないのだ。
…………私のせいだ。
ゆんゆんは、私を庇ったせいで死んだんだ。
私が上級魔法さえ覚えていれば、ゆんゆんは死なずにすんだはずなのに。
私がっ…………ゆんゆんを、殺したんだ……。
「ああああああああああっ‼⁉!!⁉?⁉」
周りの事など気にする余裕もなく、私はただ叫び声を上げるしか出来なかった――
「少しは落ち着いた?」
「…………お騒がせ……しました」
頭を垂れる私に、お姉さんはふっと小さく笑いかける。
「いいのよ。それに、あなたは強いわ。まだこんなに若いのに、現実を受け入れて、自力で平静を取り戻たんだもの。あなたはもう、立派な冒険者ね」
…………。
「それじゃあ、あたしは他の人の事も診ないといけないから、もう行くわね。何かあったらまた呼んでくれれば……」
「お姉さん……」
立ち去ろうとするお姉さんを引き止めた私は、ゆっくりと顔を上げた。
「ゆんゆんの下に案内してください」
「⁉ で、でも、それはあまりにも……」
口淀むお姉さんに向けて、私は頭を下げた。
痛みで身体が悲鳴を上げるが、そんな事はどうでもいい。
「お願いします! 私は大丈夫ですから。もう現実から目を背けませんから! だから、ゆんゆんの下に連れて行って下さい!」
声が荒くなってしまったが、それでも私は必死にお願いをした。
お姉さんは難しそうな顔でうーんと唸る。
その間、私は決して頭を上げなかった。
「……分かったわ、連れて行ってあげる」
はっとして、私は顔を上げる。
困ったように顔を顰めるお姉さんは、でもそれ以上にとても心配そうに私の事を見つめていた。
「でも、絶対に無理はしちゃダメだからね。あなただって軽傷じゃないんだから」
腰に手を当てて、大きく溜息を吐くお姉さんに、
「っ! ありがとう……ございます……」
もう一度、深く頭を下げた。
「――それじゃあ、十分後にまた戻って来るわ。でもプリーストとして、それ以上の負荷をあなたにかける訳にはいかないからね」
ベッド傍に置かれた椅子に腰かける私を残し、お姉さんは霊安室の扉を閉めた。
「……」
扉の方には眼もくれず、私はベッドで横たわった人物をジッと見詰めていた。
仰向けになり、お腹の上で手を組むゆんゆん。
アーネスの魔法の影響だろうか、服のあちこちは焼け焦げていて、酷く黒ずんだ火傷の跡が身体中に出来ているのが痛々しい。
擦過痕や小さな擦り傷などもそこかしこに付いている。
だがそれ以上に、私の視線はある一か所に釘付けになっていた。
「……ゆんゆん」
あまりの悲惨さに直視すら憚れる。
手を戦慄かせながらも、私はゆっくりと手を伸ばし。
外向きに抉れ、真っ赤な肉塊がのぞく左胸上部に空いた風穴を、そっと指先で撫でた。
爆風が収まり馬車の客が駆けつけた時、ゆんゆんは私に覆い被さるようにして倒れていたらしい。
現場を目撃したという女の子の証言と残った傷跡から推測するに、これは黒雷の上級魔法であるカースドライトニングによる一撃だ。
私は薄れた記憶を思い起こす。
私の爆裂魔法がアーネスを捉えたあの時。
ゆんゆんは私に何かを叫びながら、こちらに駆け寄って来た。
恐らくは、アーネスが死に際に放った一撃に気が付き、無謀にも私の身を守ろうとしてくれたのだろう。
放心していた私を突き飛ばし。
無防備なゆんゆんの背中を黒い稲妻が襲う。
こんな所だろうか。
プリーストのお姉さんが言うには、魔法は心臓のほんの少し上を通過したらしく、即死には至らなかったのではとの事。
つまり、息を引き取るまでにゆんゆんは、私とは比較するのもおこがましい程の痛みを感じていたはずなのだ。
……なのに。
「……どうしてあなたは……そんな安心した顔をしているんですか…………?」
教会の誰かがやってくれたのか、煤が綺麗に拭われたゆんゆんの整った顔。
そこには、まるで思い残す事なんて何ひとつないかのような。
そんな穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「…………あなたはいつもそうです……。普段はオドオドしている癖に、いざと言う時には腹を括って果敢にも敵に立ち向かっていく……。人一倍周りに気を遣って、そのせいで誰とも会話が出来なくて……頼んでもいないのに勝手に私の気持ちを汲み取って…………」
ぎゅっと手を強く握り締め、鼻を啜る。
「あなたは言ったじゃないですか、いつか必ず私に勝ってみせると……。早く上級魔法を覚えて、里の人から認められるような族長になるって……そう言っていたじゃないですか。あなたにはこんな所で死んでる暇はないのですよ? 目標を達成しないまま逝ってしまうなんて、それでもあなたは紅魔族ですかッ‼ このまま私が不戦勝になってもいいんですか! こんな終わり方で、本当にいいんですかッ⁉」
話している内に感情が高ぶり、思わず立ち上がってしまった。
それでもゆんゆんは答えない。
朗らかな笑みを携えたまま、ずっと目を閉じていた。
…………。
静かに、私は椅子に坐り直した。
「……違いますね、悪いのは私……私です。邪神の封印が解かれ、こめっこがモンスターに襲われたあの日。私が意地を張らないで上級魔法を習得していれば、ゆんゆんが中級魔法を取る必要はなかった……。そうしたら、今頃あなたは上級魔法を操る立派な紅魔族になっていたはずです……アーネスに遅れを取る事もなかったでしょう」
もしもの事なんて考えても仕方がない。
日頃からそう思って生きて来た私だが、この時ばかりはそうも言っていられなかった。
「……私が上級魔法さえ覚えていれば、あなたは死なずに済んだのです。あなたは私を恨みこそすれ、そんな顔をすることはないのですよ……? 本当に……本当にあなたって子は、損な性格を……っ!」
私の意思に反して、熱い涙が目から溢れ出してきた。
「ちっ、違うんです、これはっ!」
誰も聞いていないのに言い訳をしつつ、私は両手を使って涙を拭う。
しかし、一度流れ始めたそれは、簡単には止まってくれなくて。
「……ゆんゆん……ゆん……ゆんっ! ゆんゆんっ‼」
拭っても拭っても、すぐに指の間から溢れ返り。
腕で擦っても追い付かなくて――
「ゆんゆんっ‼ あああっ、わあああああああっ‼」
私は縋りつくように、横たわるゆんゆんに抱き着いた。
翌日のお昼ごろ、私の下に訪問者がきた。
「――以上が、今回の概要です」
「…………そうか」
私からの報告を受け、ゆんゆんが眠るベッドの前で佇む紅魔の里の族長、ゆんゆんのお父さんはボソッと答えた。
連絡もなしに突然、嶮しい顔をして教会に来た時はどうしてここにと思ったが、なんてことはない。
紅魔族が所持している強者名簿。
あそこに新たに名前が刻まれた事に気付き、取る物も取り敢えず大慌てで駆けつけたのだそうな。
「……なにはともあれ、めぐみんだけでも無事でよかった。怪我の調子はいいのかね?」
こちらを向かないまま、族長は静かに尋ねた。
エリス教会の人の頑張りにより、私は既にほとんどの傷が完治している。
念には念をという事でまだ包帯は取れていないが、日常生活を送る分には問題無い程度には自由が利く。
肯定する私に族長は再び、そうかと呟いた。
「…………」
「…………」
双方、何を話せばいいか分からず、霊安室には沈黙が流れる。
「……我々紅魔族はもとより武闘派集団」
先に口火を切ったのは、何かに耐えるように声を押し殺した族長だった。
「何時如何なる時でも死ぬ覚悟は出来ているし、強敵と戦った末に華々しく散るのは何よりの誉れだ…………」
そう、私達は紅魔族。
魔法を覚えて一人前と認められれば、例えどこで野垂れ死のうと自己責任。
他の者がその生き様に口を挟むことは決してしない。
「……だが」
先程からずっと強く握り絞めていた拳が戦慄き、族長の肩がプルプルと震え出し、
「……いくら何でも早すぎるじゃないか…………っ!」
ゆんゆんの眠るベッドの前で嗚咽を漏らし始めた。
「…………」
私がいる手前、先程までは族長としての立場と威厳を示そうと無理をして気丈に振舞っていたのだろう。
でも、そうは言っても死んだのは自分の娘なのだ。
感情を押し殺せという方が無理である。
私は何も言わず、族長が落ち着くのを黙って待った。
「――それで、めぐみんはこれからどうするんだね?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭きつつ、族長が私に問いかけた。
これから、か……。
……………。
「この街で、仲間を探そうと思います」
あの後から、ずっと考えていた。
私はこれからどうすればいいのか。
どんな道を歩めば良いのか。
「凄腕のパーティーに加入して、一流のアークウィザードになるんです。そして、早くレベルを上げてスキルポイントを集めて……」
悩んで、悩んで。
自分の中で何度も問い直して。
でも、やっぱりこれしか思い付かなかった。
「上級魔法を習得しようと思います」
私の言葉に、族長が真剣な眼差しでこちらを見返してきた。
私も視線を逸らさずそれに応える。
「……本当にいいんだね?」
族長は私が爆裂魔法しか使えない事を知っている。
この口振からして、私の爆裂魔法への想いもゆんゆんから聞いていたのかもしれない。
尋ねる族長に、私はこくりと頷き。
「ええ、悩み抜いた末に出した答えです。それに……上級魔法を覚えて立派な魔法使いになるというのが、ゆんゆんの目標でしたから」
チラッとゆんゆんに視線を送り、そう断言した。
私を見定めるかのように強い視線で凝視してくる族長。
若干、身体に緊張が走るが、決して目を逸らさなかった。
「……分かった。だったら一つ、頼みがあるんだが」
ふっと肩の力を抜いた族長は私に近付くと、あるものを差し出してきた。
両手を広げて受け取ったそれは、見覚えのある紫色の結晶で……。
「君の杖を強化する際に使ってやってくれないか? きっと、これからのめぐみんを助けてくれるだろう」
「で、でも、これは……っ⁉」
動揺する私の肩に手を置いた族長は、先程までの威圧感が嘘のように優し気な表情で。
「娘を、これからの君の冒険に連れて行ってやって欲しいんだ。どうだろうか?」
そう懇願して来た。
すっと手元に視線を落とす。
手の中に納まっているのは、綺麗にカッティングが施された紫色の結晶。
ゆんゆんのワンドの一部に相違ない。
族長の娘だけあって、相当によい素材を使用している様だ。
……いや、質なんて関係ない。
私の答えなど、初めから決まっている。
「了解しました。あなたの娘の形見は、私が大切に使わせてもらいます」
力強く返答する私に、族長は満足したらしい。
「これからのめぐみんの活躍を、紅魔の里から祈っているよ」
そう言って、ニカッと笑った。
「――おーい、めぐみん‼ そんなところで何してんだ?」
「こっちこっち! 早くしないと王都行きの馬車が出発しちゃうわよ!」
ギルドの入口から声を掛けてくるレックスとソフィ。
隣ではテリーも手を振ってくれている。
「分かりました、今行きます!」
まったくそそっかしい人達だ。
私みたいに落ち着けないのだろうか。
苦笑を浮かべつつ席を立ち、ギルドの入口へと向かう。
この街に来たのが今から二週間前。
短い期間ではあったが、とても居心地のいい街だった。
「おい、酒はまだか! ジャンジャンもってこい!」
「あんた真っ昼間から飲むつもり?」
「別にいいんじゃねえか、今日は特にやる事ないんだからさ! おーい、姉ちゃん! 俺にも一杯くれ!」
「お前も程ほどにしておけよ」
昼間からシュワシュワを煽り出すチンピラとその仲間達。
「先程は助けてくれてありがとうございました! そ、それで……本当に仲間にしてくれるんですか? アタシ、戦士ですよ? 戦士なんて職業は有り余ってるのに、本当にアタシみたいな低レベルの戦士でいいんですか?」
「勿論だ! 一応俺も剣はもってるけど、どっちかって言うと魔法使い寄りで行こうと思っててさ、前から前衛が欲しかったんだよ。それに、俺もまだこっちに来たばっかでレベルは低いからな、これからよろしく頼むぜ!」
「はっ、はい! こちらこそよろしくお願いします‼」
年若い戦士風の可愛らしい女の子や、緑色の不思議な格好をした、テーブルの下でガッツポーズをしている茶髪の少年。
他にも、取り巻きに二人の女の子を連れた、そこはかとなく嫌な感じのする少年や、ギルドの端でやけに品よくジョッキを傾ける金髪の女性など。
一度も話したことが無い人達ばかりだが、ここでは皆が生き生きとしている。
勿論、苦い思い出だってある。
でもそれにしたって、これから私が生きる指針となった。
無駄になんて絶対にしない。
なので、やっぱりこう思ってしまう。
「いつかまた、ここに戻って来たいですね」
「おっ、普段は食い気しかないめぐみんが黄昏れ始めたぞ。これは明日は雪か」
「おい、喧嘩を売っているのなら買おうじゃないか」
ガルルと威嚇する私から慌てて距離を取ったレックスは、わざとらしく咳払いをして。
「うっし、それじゃあ行くか!」
手持ちの荷物を背負い扉を開けた。
その後に続くソフィとテリー。
この三人が、今の私のパーティーメンバーだ。
仲間募集の掲示板前にいた私に絡んできたレックスと喧嘩になり。
ならばモンスターの討伐数で決着をつけようと、四人で討伐クエストを受けたのが今から一週間ほど前。
それが今ではパーティーを組むとは、人生なにが起こるか分からないものだ。
出会った当初は色々と小馬鹿にしてきたが、今ではちゃんと私の事を一人の魔法使いとして扱ってくれている。
私のレベル上げにも協力的だし、この居場所は中々悪くない。
私はバサッとマントをたなびかせ――
「いきましょうか、我が親友よ!」
若紫に染まる杖を振りかざした。
次回はデストロイヤー編です