この凄惨な現実に追憶を!   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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『祝福』2巻 (+α 『祝福』3,7,15 巻) 既読推奨


第二章 この駆け出しの街に機動要塞を!

 駆け出しの街、アクセル。

 私の生まれ故郷であるこの街は、駆け出し冒険者の修行の場と言われるだけあって、強いモンスターは生息していない。

 そんなのどかな街に――

 

『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です! 冒険者の皆様は、装備を整えて冒険者ギルドへ! そして、街の住人の皆様は、直ちに非難してくださーいっ‼』

 

 ある日突然、ギルド職員の絶望した声が轟いた。

 

「――お集まりの皆さん! 本日は、緊急の呼び出しに応えて下さり大変ありがとうございます! 只今より、対機動要塞デストロイヤー討伐の、緊急クエストを行います」

 ギルド内が喧しくざわつく中、短い金髪に軽くウェーブがかかった美人受付嬢、ルナが声を張り上げた。

 彼女を中心として何人ものギルド職員が、即席の会議室のような空間へと冒険者を誘導していく。

「まず、機動要塞デストロイヤーの説明が必要な方はいますか?」

 数名の冒険者が手を挙げたので、ルナは一つ頷き説明を始めた。

 説明を聞く必要のない私はその間に知恵を巡らせる。

 なにしろこれまでデストロイヤーが闊歩した街は全て為す術もなく蹂躙されており、撃退できた前例がない。

 となれば、まだ誰も思い付いていないような突飛な方法が必要な訳で……。

「うーん、改めて聞くとやっぱりオッズはゼロだね。これはいっそ皆で早く逃げた方がいいんじゃないかな?」

 と、私の隣の席でクリスが、改めてルナの説明を聞き頬をポリポリと引掻いた。

「いや、ダメだ。街の人が帰る場所を失ってしまう」

「相変わらず頑固だな、ダクネスは」

 後ろ向きな発言を窘める私に、やれやれと肩を竦めるクリス。

 それでも逃げ出さない様子からして、何だかんだ言っても最後まで付き合ってくれるのだろう。

「どなたか、ご意見はありませんか!」

 機動要塞に関する講釈が終わり、いよいよ話し合いは攻略会議へ。

 しかし、話し合いは縺れに縺れた。

 何人かの冒険者から案が出されても、既に前例があったり実現性に欠けたり、どれもこれも決定打にならないのだ。

「あの、僕からも一つ提案があるのですが」

 皆が口を噤み始める中、すっと手を挙げたその男に注目が集まった。

 私もギルドで何度か見かけた事がある。

 深い青色の鎧に、腰に差した禍々しい剣が特徴の、いかにも正義感が強そうな爽やか系美男子。

 この街でも指折りの実力者で、魔剣の勇者としても名高いソードマスターだ。

 名前は憶えていないが。

「僕がデストロイヤーの下に潜り込み、脚を切断するのはどうでしょう? 全部の脚は無理でも、二三本ぐらいならなんとか」

 男の言葉に、ギルド内が騒めき出す。

「出来るんですか⁉ 確かに魔力結界がある以上、物理攻撃しかダメージを与える方法はありませんが、いくらミツルギさんでも危険なのでは?」

 ミツルギだったらしい。

 興奮気味に叫ぶルナを前に、ミツルギは表情を引き締め、

「確かに話を聞く限りでは、分の悪い賭けだと思います。ですが、それ以外に機動要塞デストロイヤーを食い止める術がないのでしたら、僕は喜んでその役をお引き受けします」

「み、ミツルギさんっ!」

 感動のあまり口元を両手で抑えるルナ。

 周りの冒険者もミツルギの発言のお陰か、見るからに活力が戻ってくる。

 と、ここで二人の少女が異を唱えた。

「で、でも、やっぱりキョウヤ一人じゃ無茶よ! キョウヤは耐久性も高いけど、どちらかと言えば攻撃特化だし」

「そうよそうよ! せめてもう一人、タンク役の人がキョウヤをサポートしてあげて!」

 ミツルギの傍にいた二人の少女の懇願に冒険者達がすーっと静かになる。

 前衛職の者に至っては、目を逸らす始末だ。

 まあ、誰だって命は惜しい。

 ここで名乗り出なくても責められないだろう。

「フィオ、クレメア、心配してくれるのは嬉しいけど、こんな危険な事に他の人を付き合わせるなんて僕には出来ない。だから、ここは僕一人で……」

「その役目、私がやろう」

 困り顔で少女達を説得しようとしていたミツルギが、驚いたように目を見開いた。

「君は……見た所クルセイダーの様だね。嬉しい申し出だけど、君みたいな美しい女性にそんな無茶な役割を任せる訳にはいかない。君はまだ駆け出しだろう? 今の僕のレベルは三十九、流石に僕の方が防御力は高いと思うけど」

 ……なんだろう、いま悪寒が走ったのだが。

「確かに私のレベルはまだお前の半分ぐらいだ。だが、私は防御力に関しては他の追随を許さない。ここは任せてくれないだろうか?」

「しかし……」

 尚も首を縦に振らないミツルギ。

 ……いや、彼が私の身を慮ってくれているのは分かる、分かるのだが。

 なぜか無性に募ってくるこの苛立ちはなんなのだろうか。

 人知れず私が拳を戦慄かせていると、

「大丈夫、この子の防御力は本物さ。多分、一撃熊の一撃にだって余裕で耐えちゃうんじゃないかな? だから、ここは信じてあげてよ?」

「クリス……!」

 嬉しさのあまり、私は少し頬を赤らめてしまう。

 クリスの言葉添えもあってか、難色を示していたミツルギは唸り声をあげてから。

「……分かった。女性に盾役を任せるのは僕の主義に反するけど、今回は緊急事態だし仕方がない。謹んで力を借りるよ。僕の名前は御剣響夜、ソードマスターだ。君の名前を聞いてもいいかい?」

「……ダクネスだ」

「ダクネスさんか、いい名前だね。それと、僕のことは気軽にキョウヤって呼んでくれていいよ」

「あ、ああ、よろしく頼む、ミツルギ」

 鳥肌が立つのを必死で我慢して、仕方なしに右手を掴む。

 どうしよう、こいつは生理的に受け付けられない。

 ミツルギは寂しそうにしていたが知った事か。

「とはいえ、ミツルギさんとダクネスさんだけではリスクが大きすぎます。せめて魔法が使えれば状況も変わるのですが」

 職員が再び悩み出し、ギルド内も静かになる中。

 ある冒険者が、ポツリと言った。

「こんな時、あの紅魔族の子がいてくれたら」

「ああ、そう言えばいたな」

「一時期、魔法は凄いけど頭がおかしい紅魔の子がいるって噂になってたもんね」

「俺は一度だけ組んだことがあるけど、確かにあの子の魔法なら魔力結界ってやつも壊せたかもな」

「まさか今になってあの子の力が必要になるなんてね」

 波紋のように口々に話し出す冒険者達。

 それに混ざって、私の斜め前の席に腰かけている、背中に弓を背負った黒髪の男がポンと手を打った。

「スゲエ魔法と言えば、カズマもえげつない魔法を持ってやがったよな」

 ……カズマ?

 紅魔族の娘の噂は私も知っているが、此方は聞いたことのない名だ。

「あ? カズマの魔法がなんだって?」

 くすんだ金髪に赤い眼をした男に、頑丈そうな鎧を着た男が、

「前にお前が二日酔いでクエストをドタキャンした時に、カズマ達に助っ人を頼んだろ? その帰りに初心者殺しに襲われたんだが、カズマが魔法を使って討伐してくれたんだ」

「うん、あの日の事は鮮明に覚えてる。確かに、あれは凄かったわ。今回だって、機転の利くカズマがいてくれたら、案外サクッと撃退してたかもね」

 長い茶髪をポニーテールにした、魔法使いらしき少女の言葉に、黒髪の男と鎧の男がうんうんと頷く。

 するとどこかチンピラ感のある金髪の男はブルブルと拳を握り締め、

「あの野郎、美少女戦士だけでは飽き足らずエリス教の美人なプリーストを仲間に加えた上にそんな隠し玉まで持ってやがったのか! こないだいい店教えてもらったけどアイツにはぜってえ教えてやんねえっ‼」

 いや、チンピラ風ではなくチンピラそのものだった。

「あっ、そうじゃん!」

「おわっ! いきなりどうしたんだよ、リーン?」

 驚くチンピラ男に、リーンと呼ばれた少女が、

「カズマと言えば。あの技、デストロイヤー相手に使えないかな?」

 さらりとそんな事を……。

「すまない、その話を詳しくお願いできないか?」

「あっ、さっきのクルセイダーの。いや、ちょっとした思い付きなんだけど。最近までこの街にいた冒険者が、魔法を組み合わせてゴブリン達の動きを封じた事があってね。それを応用出来ないかなーっと思って」

 魔法を組み合わせるだと?

 そのような魔法の使い方は聞いたことが無い。

「あの、リーンさん。具体的にはどの魔法を使っていたんですか?」

 思った以上に私達の会話は良く響いていたらしく、中央で話し込んでいたルナがこちらに興味を示した。

「クリエイトウォーターとフリーズよ。初めに、クリエイトウォーターで生成した水を地面に撒くでしょ。で、そこにフリーズを掛けるの。そうすれば地面が氷漬けになって、相手は下手に動けなくなるって寸法ね」

 目から鱗とはこういう事を言うのだろう。

 そのような発想、私は思い付きもしなかった。

 まさかこの街にそんな切れ者がいたとは。

 ……一度ぐらい会ってみたかったな。

 もっとも、話を聞いた限りでは私の趣味に合わなさそうだが。

「それです! それでいきましょう! 過去の例を見る限り、デストロイヤーはわざわざ障害を避けるといった行動はしないそうです。なので、デストロイヤーの進路上に厚い氷を用意すれば、その上を通過する間は高速には動けないはず。その隙をミツルギさんに突いて貰えれば!」

 ルナの言葉に、冒険者達の顔にも希望の光が差してきた。

「なんだか現実味が出て来たな」

「これなら俺達でもなんとかできるんじゃないか?」

「ええ、なんとかなりそうな気がしてきたわ」

 やっと出てきた建設的な意見に、ギルド内が湧き始め……。

「でもよ、デストロイヤーって小さな城ぐらいの大きさがあるんだろ? そんな奴が収まるだけの氷なんて本当に張れるのかよ?」

 ある冒険者が発した疑問に、喧騒がぴたりと止んだ。

 言われてみれば確かに。

 機動要塞の動きを完封するなら、その巨体を支える脚を全て氷の上に乗せねばならない。

 当然、それ相応の魔力量が必要になるだろう。

 だがこの場にいるのは、ほとんどが駆け出し冒険者。

 しかも魔法使いはなり手が少ない。

 そんな状態では実行に移すのは難しいか。

 クッ、折角光明が見え始めたというのにまた詰まってしまった。

 あと一手、あと一手あればこの盤面を覆せそうなのに……。

 ギルド中にもどかしさと悔しさが漂い出した時、突然入口のドアが開けられた。

「すいません、遅くなりました……! ウィズ魔道具店の店主です。一応冒険者の資格を持っているので、私もお手伝いに……」

 飛び込んできたのは、黒のローブの上にピンク色のエプロンをつけた若い女性。

 その女性を見た冒険者達は……。

「店主さんだ!」

「貧乏店主さんが来た!」

「店主さん、いつもあの店の夢でお世話になってます!」

「勝てる、これで勝てる!」

 途端に熱烈な歓声を上げた。

 な、何故ここまで騒ぎになるんだ?

 もしかして、私が知らないだけで彼女は有名人なのだろうか。

「おい、クリス。彼女は何者なんだ? 店主などと呼ばれていたが一体何の話だ?」

「ダクネスってば、いくら箱入り娘だとは言え世間を知らなさすぎでしょ」

 うっ、反論のしようもない。

「あの人はウィズさん、元々は凄腕アークウィザードとして名を馳せていたんだけど、暫く姿をくらませたと思ったら、突然この街に現れて魔道具店を開いたんだってさ。まあ、あたしも店の場所までは知らないんだけどね」

 なるほど、それでこの冒険者達の反応か。

 ぺこぺこと頭を下げて店の宣伝をするウィズを、ルナが中央まで連れて行く。

 他の職員達も歓待モード一色だ。

 簡単な説明の後、ウィズが氷の生成役を了承した所で、細かい作戦がまとめられ。

 

「それでは皆さん、緊急クエスト開始ですっ!」

 

 ルナの号令と共に、冒険者達が一斉に拳を突き上げた――!

 

 

 

 街の正門前に組まれたバリケード、更にその前で私はデストロイヤーが進行してくる北西の方角をジッと凝視していた。

 眼前の平原は既に、街の者総出で散布した水によりぬかるんでいる。

 後は後方で待機しているウィズが凍らせてくれたら、そこからは私の仕事だ。

「それじゃあ、ダクネスさん。出来るだけ君が傷を負わない様に迅速に対処するけど、身の危険を感じたらすぐに逃げてくれ」

 ミツ……なんとかと言ったこのソードマスターを守り、無事にデストロイヤーの脚を切断させるのだ。

「心配は無用だ、私はお前が思っているより頑丈だからな。お前は自分に出来る事に集中してくれたらそれでいい」

「……大した胆力だね。分かった、それならば僕も、君の期待に応えてみせるよ!」

 拳をぎゅっと握り熱く宣誓するソードマスター。

 根は悪い奴ではないのだろう。

 街の者の反応を見てもその事は伺える。

 まあ、私の肌には合わないが。

 ――魔法で拡大されたギルド職員の声が、広い平原に響き渡った。

『冒険者の皆さん、そろそろ機動要塞デストロイヤーが見えてきます! 戦闘の準備をお願います!』

 僅かな大地の震えを感じとったかと思うと、遠方にあった巨大な岩山が砕け散った。

 現れたのは、蜘蛛のような形状をした鈍色に輝く、小さな城にも匹敵するほどの巨躯。

 圧倒的な威圧感を放つそれを前に、誰もがパニックに陥ってしまう。

「『クリエイト・アースゴーレム』!」

 クリエイター職の人々が慌てて唱えると同時、複数の巨大なゴーレムが生成される。

 このゴーレムを用いて、機動要塞の進行を少しでも阻むのだ。

 それを見た他の冒険者達が、ワタワタと武器を構える。

 いつの間にか、デストロイヤーはすぐそこまで接近しており。

 遂に多分に水分を含んだ、迎撃地点である場所まで突っ込んできた!

『ウィズさん、お願いします!』

 現場の指揮を執っていたルナがウィズに合図をかけた。

「任せてください! 『カースド・クリスタルプリズン』ッ!」

 ウィズの落ち着いた声が周囲に反響し、魔法が放たれる。

 流石は高名なアークウィザードと言われるだけの事はあり、ウィズの氷結魔法は瞬く間に地面を厚い氷で蔽い尽くした。

 急激な環境の変化に、さしもの機動要塞も対応しきれなかったらしい。

 氷に脚を取られ、胴体から盛大に地面に打ち付けられた。

 地表や氷を削って多少の減速はするが、そう簡単に止まるはずもなく、慣性に従い私達の方へと身体を滑らせてきた。

「下がっていろっ! 防御は私が、お前は切断の準備をっ!」

「分かった! ダクネスさん、どうかお気をつけて‼」

 デストロイヤーとソードマスターの間に身体を入れ、飛び散ってくる氷や石をその身で受け止める。

 かなりの速度ではあるが、この程度の攻撃を耐えるなど造作もない。

 むしろ物足りないぐらいだ。

 ゴーレム達も氷が張られていない場所から身を乗り出し、機動要塞の減速に貢献してくれている。

 その甲斐あってか、なんとか接近が可能な速度にまで落とされた。

「『ファイヤーボール』!」

 続いてウィズは手をバッと前に突き出し、再度魔法を唱える。

 すると先程まで氷漬けになっていた地盤が融け、デストロイヤーの足元周辺に続く道が生じた。

「さあ、ミツルギさん! 今の内にお願いします!」

 ウィズの言葉に、先程から黙って精神統一をしていたソードマスターはすっと剣の柄を握り締め。

 早くも態勢を立て直し起き上がろうとするデストロイヤーへ向かって、猛スピードで駆け出した。

「はあああっ! これが、選ばれし勇者の剣だ‼」

 高く跳躍したソードマスターは、デストロイヤーの右前脚に向かって上段から大きく振り降ろす。

 するとまるで豆腐を切るかのように、デストロイヤーの脚が足首周りでスパッと切断された。

 魔法金属にも関わらずこうもあっさり切り落とすとは、魔剣の勇者の名は伊達ではないらしい。

 ソードマスターに追走していた私は、思わず感心してしまう。

 しかし、それでも機動要塞は止まらない。

 抑え込もうとするゴーレムを無下に振り払って体を起こし、残りの七本の脚に付いた鉤爪を深く氷に突き刺したデストロイヤーは危なげなく蹂躙を再開させた。

 立ち直りが想定よりも遥かに早い。

「くっ、させるかあああっ‼」

 雄たけびを上げたソードマスターが剣を横なぎにして前から二本目の脚を断ち斬る。

 続け様に三本目を斬り落とそうとするソードマスター。

 だがデストロイヤーの右前から三本目の脚が既に、ソードマスターの目前にまで迫っていて……っ!

「危ないッ‼」

 寸手の所で私はソードマスターを突き飛ばした。

 代わりに私へと迫ってくるデストロイヤーの巨大な脚。

 私は目前の脅威をキッと睨みつける。

 大丈夫だ、こんな無機物に私は負けない。

 私にはまだ民の為にやるべきことが沢山あるのだ。

 このような所で死んでいる場合ではない!

「ダクネスさん!」

 突き飛ばされた体勢のまま、ソードマスターが驚きと焦りの形相でこちらに手を突き出してくる。

 そして……。

「ダクネスーっ‼」

 聞き覚えのある悲痛な叫びに、私は思わず視線をやった。

 そこには必死の形相で駆け寄ってくる親友の姿が……。

 まったく、クリスはなんて顔をしているのだろう。

 目に涙を一杯に溜めてぐずぐずにして、あれでは折角の綺麗な顔が台無しだな。

 クリスの後ろでは、ウィズが慌てて何かの詠唱をしてくれているようだが、恐らく間に合わないだろう。

 状況的に、こんな顔をしている場面ではないのだろうが。

 クリスの顔を見て安心してしまったのか。

 

 目を細めた私をデストロイヤーは容赦なく踏みつけた――!

 

 

 

 気が付くとそこは、薄い霧に包まれた広い草原だった。

 近くからは川のせせらぎが聞こえてくる。

 なんとはなしに音が聞こえる方へと足を進め。

 すーっと霧が晴れたかと思うと、目の前には幅の広い綺麗な川が流れていた。

「ここは……いったい?」

 訳が分からず周囲を見渡す。

 すると不意に、向こう岸に人影が見えた。

 シルエットしか見えず声も聞こえないが、なんとなく見覚えがある様な気がする。

 とても懐かしいような。

 思わずその腕で優しく抱きしめて頭を撫でて欲しいような。

 そんな不思議な感覚だ。

 この沸き上がる様な感情はなんなのだろう。

 訳が分からず、ひとまず相手の事についての記憶を辿っている間にも、人影は慌てたように手を大きく横に振っていた。

 どうやら、こっちに来るなと伝えたいらしい。

 なぜそのような事を私に言うのだろう?

 とりあえずその人の顔をしっかり確かめたくて、私は川に足を踏み出し――

 

 すっと目を開くと、光り輝く美しい銀色の髪が飛び込んで来た。

「ダクネス! よかった、目を覚ましたんだね!」

「……クリス?」

 目尻に涙を一杯に溜めたクリスが私の顔を覗き込んでいる。

 クリスの後ろでは、心配そうにするソードマスターの男とウィズの姿が。

 えーっと……なぜこのような状態に?

「覚えてる? ダクネスってば、デストロイヤーに踏み潰されたんだよ。ウィズさんがアンクルスネアで脚をどかすのがあと少しでも遅れたら、機体の重さが完全にダクネスに掛かってぺしゃんこになる所だったんだからね?」

 涙を拭いながら状況を説明するクリスの言葉で、私は何が起こったかを思い出す。

 そうだった。

 確か私は迫り来る脅威から守る為、ソードマスターの男の身代わりになって……。

 …………。

「街は⁉ デストロイヤーはどうなったのだっ⁉ ……くっ!」

「ああっ、まだ動いちゃダメだよ! 普通なら即死してもおかしくないダメージを負ったんだから安静にしてなきゃっ!」

 跳ね起きた私の身体を、今までに感じた事の無い程の激痛が走る。

 あまりの痛感に意識が飛びそうになった。

 …………。

「ちょっ、ちょっと! なんで立ち上がろうとするのさ⁉ 骨に罅が入ってるんだから動いたら駄目だって……ねえ、ひょっとしてちょっと悦んでる?」

「……悦んでない」

 ふいッと視線を逸らす私に、呆れ果てたようなクリスの視線が刺さる。

 ……これは、癖になってしまいそうだ。

 と、楽しんでいる場合ではなかった。

「おっ、オッホン! それで、あれから街はどうなったのだ?」

 ワザとらしく咳ばらいをしながらも、私はクリスにもう一度尋ねて……。

「ど、どうしたんだ、クリス? そんなに暗い顔をして……?」

 哀しそうな顔で眼を伏せるクリスに、私は慌てて食い下がった。

 しかし、クリスは口を開こうとしない。

 このままでは拉致が明かないと他の二人にも視線を向けるが……。

「ミツ……カツ…………ソードマスター殿、それにウィズまで。お前達、一体どうしたと言うんだ?」

 全員が私と目を合わそうとしてくれない。

 ソードマスターの男に至っては拳をギュッときつく握り、悔し気な表情で何かを必死に堪えていた。

 ……心の奥がざわッとした。

「なあクリス、デストロイヤーはどうなったのだ? 街の皆は無事なのかっ⁉ 答えてくれクリス‼」

 身体の痛みも忘れて、私はクリスの身体を揺さぶった。

 私の必死さに折れてくれたのか、クリスが黙って私の後方を指差す。

 丁度、街がある方角だ。

 クリスに差されるままに、私は首をゆっくりと後ろに向け――

 

「ッ⁉」

 

 ――街が半分無くなっていた。

 

 正門前にできた巨大なクレーター。

 それを境にして視界の右側、方角で言えば街の西側を囲繞する外壁のあった場所には、崩壊した瓦礫やブロックの塊が散乱している。

 更にはその奥。

 本来外から見えてはならない空間には、倒壊した家の残骸が無秩序に山積しただけの。

 まるで何十年も前に、人々に捨てられてしまったかのような。

 そんな廃墟同然の街並みが広がっていた。

「そ……んな……」

 喉の奥が僅かに震動しただけの、声にならない声が零れる。

 愕然として街を眺める私に、クリスが重く閉ざされた口を開いた。

「ミツルギさんのお陰で、脚は右側の前二本に左側の一番後ろの一本まで失ったんだ。だけどそれだけじゃデストロイヤーの進撃は止められなくて……」

 クリスの後をウィズが引き継ぐ。

「私が咄嗟に爆裂魔法を使ったんです。魔力結界に阻まれて直接的なダメージこそ与えられませんでしたが、爆風によって進行方向を変える事には成功しました。ですが……」

「いや、……いい……。そこまで聞けば……後は想像が……付く」

 正門の前の地面が抉れているのは、ウィズの爆裂魔法の残痕なのだろう。

 紅魔の娘がいた頃に数度見かけたので間違いない。

 切断された脚に爆風。

 これら二つの要因により機動要塞は右方へと体勢を崩すが勢いを殺す事は出来ず、そのまま街に…………。

 …………。

「クソッ‼」

 きつく握った拳を地面に打ち付けた。

「クソッ……クソッ……っ!」

 反動で身体が軋むのもお構いなく、再三に渡り地面に拳を叩きつける。

 だが、今度はクリスも私の行動を制止する事はなかった。

「……すまない、あれだけの大口を叩いておきながら、デストロイヤーの進行を防ぐ事が出来なかった。僕にもっと力があれば……街を守る事が出来たはずなのにっ‼」

 自分の力のなさに憤り歯噛みするソードマスター。

「……いや、お前は十分に使命を全うした。お前以外にデストロイヤーの脚を三本も斬り落とせる者など、そうはいないだろう。ウィズやクリス、それに他の者もよくやってくれていた。……責めるべくは」

 糾弾される者がいるとするならば…………。

 

 ――私だ。

 

 私はこの街を治めるダスティネス家の娘。

 領地を守るのは貴族の務めにして、誇りだ。

 にも関わらず、私は自分の領地を守る事が出来なかった。

 もし私が趣味一辺倒なスキル振りをしなければ。

 他のクルセイダーと同じように、攻撃系のスキルを習得していれば。

 そうすれば、このソードマスターと双方向から、デストロイヤーの脚を切断出来たはずなのだ。

 だが、私はそれを怠った。

 自分の欲望の為だけに、騎士としての職務を放棄した。

 これで聖騎士を名乗るなど恥さらしにも程がある。

 

 私は……貴族失格だ。

 

「……ダクネスはさ、よく頑張ったよ」

 地面に両手を付き項垂れていた私の両頬にそっと手を添えて、

「ダクネスは頑張った、凄く頑張った。もしダクネスがいなかったら、街の被害は半壊なんかじゃすまなかったはずだよ。キミは、皆に誇れるだけの事をしたんだ」

 悔しさのあまり唇を噛み切りそうだった私の瞳をクリスは真っ直ぐ見詰め。

 とても優しい口調で語りかけてきた。

「……だ、だが……私がちゃんと攻撃を当てられるクルセイダーだったら……私はもっと貢献出来たはずで……」

「うん、そうかもしれないね。ダクネスが攻撃スキルを習得していたら、結果はまた別のものになっていたかもしれない」

「っ! だったら……っ!」

「でもさ……」

 反論しようとする私をクリスが遮り、

「ダクネスが防御に特化していなかったら、そもそもあの作戦は成り立たなかった。そしたら、ミツルギさんは一人で特攻して死んでいたかもしれないよ?」

「ッ!」

「ああ、君がいてくれなかったら、僕はあの時に死んでいた。恥ずかしい事だけど、僕は初め君の事を守るべき対象だと軽んじていたんだ。でも実際に助けられたのは僕の方だった。だから君に、敬意と感謝の気持ちを贈らせて欲しい。助けてくれてありがとう」

 言って、ソードマスターは深々と頭を下げて来た。

 ウィズも柔らかい笑みを浮かべて、

「機動要塞が差し迫っても一歩も退かないダクネスさんの姿は、間違いなく私達を鼓舞してくれましたよ。先ほど聞いたのですが、今回の死者はなんとゼロ人だったそうです! あの機動要塞を相手に死者が出なかったのは偏に、ダクネスさんの勇姿を見て、皆さんの士気が高まっていたからです。だからダクネスさんも、自信を持ってください!」

「…………」

 ……そんな風に…………思ってくれるのか。

 胸の奥が熱くなり何も言えない私にクリスは、

「街は壊れたかもしれない。でも、あたし達はこうして生きてる。だったら、後はなんとでもなるもんさ。だから、あんまり一人で思い詰めないで?」

 全てを優しく包み込んでくれるような、そんな慈愛の笑みを浮かべた。

 その姿は、まるで私が信仰している女神エリス様の様で。

 私の頭をそっと胸に抱き寄せ、優しく撫でてくれるクリスの腕の中で、私はすっと目を閉じた。

 

 

 

「――ほう、これはまた随分と派手にやられたものだな」

 復興作業が進むアクセルの街を前に、吾輩はポツリと呟いた。

『勝手に城に居座って部下をいじめてないで、たまには働いてくれないか……』

 魔王の奴がそんな我侭を言うので、古い友人に会うついでにと思い、近い将来決行するという襲撃の事前調査を請け負ったのだが。

 この状況を見るに、わざわざ襲撃などせずとも良いのではないだろうか。

 まあ、遠い所を折角ここまで来たのだ。

 ざっと見通した所、ウィズの店は無事なようであるし、顔だけは見に行くとしよう。

 それに……。

「どうやら吾輩よりも先に先客がいるようだな」

 街から漂う同胞の気配。

 脆弱な気配もいくつか感じるが、それを覆い隠す程の巨大な魔力を有した者が既にこの街に来ている様だ。

「しかし、これはまた面倒な事になっているな。……ふむ、魔王には悪いが、先にこちらの方を対処するとしようか」

 今後の方針は決まった。

 となれば、計画の第一歩として……。

 

「そこの、現場監督であるにも関わらず修復作業に嫌気が差し、早く例の店に行きたいなと考えている男よ。我が名はバニル! 今度この街に越してきた善良な市民である! という訳で、挨拶代わりに吾輩も汝らの仕事に協力してやろう!」




もしシリアスに感じませんでしたら、それは作者の力量が足りなかったという事で、是非とも弄り倒してください。

次回は王都編です
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