この凄惨な現実に追憶を!   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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『祝福』9巻 (+α 『爆焔』3巻) 既読推奨



潤さん、誕生日おめでとうございます!
これからもカズマをはじめ、あのポンコツパーティーをよろしくお願いします。


第四章 この紅き宿命に爆焔を!

 柔らかな日差しが窓から差し込んでくる朝。

 宿の一階に設けられた食堂にて、私は朝食を楽しんでいた。

「朝から良く食べるわね。レックスと同じぐらい食べてるんじゃない?」

 私の隣に座るソフィがパンを齧りながら言ってくる。

「ふふん、我ほどの大魔法使いともなれば、活動する為に大量の贄が必要となるのだ!」

「ふーん、案外そうなのかもね。それにめぐみんはまだ成長期だし」

「その割には全然育ってない様に見え……って待て待て‼ 冗談、冗談だって! だからナイフをこっちに向けんな!」

 横からレックスが揶揄してくるも、直ぐに両手を上げ許しを乞うてきた。

「統計学的に、大魔法使いになれば巨乳になれるんです。後一二年もすれば、ソフィも泣いて謝る体になってやりますよ!」

「おっ、おう、そうだな」

「ふふっ、期待しているわ」

 二人の視線が引っ掛かるが、なによりもまず、朝はしっかり食べなければこの後のクエストに支障が出る。

 目にもの見せるのはその後にしよう。

「ん、これまた物騒な内容だな」

 と、今まで会話に参加せず新聞を読んでいたテリーが声を上げた。

「なんだ、また魔王軍に動きでもあったのか?」

「ああ、以前魔王軍の幹部が最前線の砦にも向かってるって騒ぎがあっただろ。あの話に進捗があったらしい」

「あー、あったわねそんなのも。それでどうなったの?」

 私も朝ご飯を口に搔き込みながら聞き耳を立てる。

「どうもその魔王軍幹部が本格参戦した影響で戦況が一変したそうだ。あと数日もすれば砦が破壊されそうな勢いらしい」

「ちょっ、それシャレになってないわよ!」

「確かに穏やかじゃねえな」

 バンッと机を叩いたソフィと、いつになく真剣な表情のレックスが、テリーの後ろから新聞を覗き込む。

「不味いわね、このままじゃ王都に魔王軍が流れ込んでくるのも時間の問題じゃない」

「それにこの魔王軍の幹部ってのもかなり厄介だな。後退してきた騎士の話だと、恐るべき魔法を操る邪神らしいぞ」

「えっ⁉」

 レックスの何気ない一言に、私はガタッと立ち上がった。

「どうしためぐみん、食器も手放さないで?」

「いえ、その邪神に心当たりが……。私にも見せてください」

 困惑しながらもテリーが渡してくれた新聞に視線を走らせ、ある文面で目が止った。

「戦況を一変させた魔王軍幹部は、邪神、ウォルバクとの事――」

 

 

 

「――今回は私の我侭に付き合ってくれてありがとうございます」

 与えられた個室に荷物を置き砦の内部を探索し始めた所で、私は同行を受け入れてくれた三人に改めてお礼を告げた。

「気にすんなって! 俺達は同じパーティーメンバー、仲間の問題は俺達全員の問題だ」

「そうそう、めぐみんは普段から脳筋なあたし達を魔法で助けてくれてるし、困った時はお互い様よ」

「どうせこのままだと王都まで攻め込まれて終わりだったからな、むしろ好都合だ」

 そう言ってニカッと歯を溢すレックス達。

 見た目は強面だが心根の優しい彼らに、私は再度頭を下げた。

「しかし、その魔王軍幹部も何を考えてんだろうな。そのウォルバクって邪神は本来、昔めぐみんが飼ってた黒猫の事なんだろ? ひょっとしてそいつは重度の猫好きなのか?」

 そう、それこそが今回私が危険な前線へと赴きたいと言った理由だ。

 私達を執拗に追い回していたあのアーネスは、ちょむすけの事を何度もウォルバクと呼んでいた。

 思えば、紅魔の里に封印された邪神の名前がそんな感じだった気もする。

 なので恐らくちょむすけこそが、その邪神なのだと推測していたのだが……。

「まあなんにせよ、あたし達の仕事は切迫している魔王軍を追い返す事。それ以外の事情はどちらでもいいわ。あら、なんかあっちが騒がしいわね」

 ソフィが指差す方向を見てみれば、騎士や冒険者などが入り混じって、砦の外壁周辺を忙しなく行き来していた。

 余程うんざりする事でもあったのか、誰もが憔悴しきった顔で項垂れている。

「おい、お前ら何やってんだ? 随分と疲れ切った顔をしてやがるが一体どうし……」

 冒険者の一人に駆け寄ったレックスが、途中で言葉を止めた。

 後ろから付いて行っていた私達も、眼前の光景に思わず絶句してしまう。

「おい、これってもしかして……」

 目を見開いたレックスが指を震わせながら外壁の一部を指差した。

 砦の命とも言える頑丈なはずの外壁。

 そのある一面だけが、何度も強烈な攻撃に晒されたのか崩壊寸前に陥っていたのだ。

 何より、この凄まじい破壊跡には見覚えがある。

 と言うか私が分からない訳がない。

 なにせこれは……。

「うん? ああ、応援に来てくれた人か。いやね、これが僕達が苦戦している理由の一つなんだけど……」

 腰に恐ろしい程の魔力が込められた魔剣を差した男性は、作業の手を止め、

「魔王軍幹部ウォルバクは、爆裂魔法を使うんだ」

 うんざりしたように苦笑を浮かべた。

「アイツはふらっと現れたかと思うと遠くから爆裂魔法を放ち、こちらが接近する前にテレポートを使って引いて行くのさ」

「おまけに森の中では魔王軍の精鋭部隊が陣を張って待ち構えてるから、無暗に反撃できないんだよな」

 私達の話を聞いていたのか、今まで修復作業をやっていた何人かの冒険者がそろって肩を落とした。

 嫌らしい戦法ではあるが、単純な力技なだけあって非常に効果的だ。

 しかも破壊跡の大きさから言って、後一二発も打ち込まれれば完全に外壁が倒壊してしまうだろう。

 国のお偉いさんが慌てる訳だ。

「よしっ、この辺で切り上げよう。あの魔法は一日一発しか打ち込まれず、今日の分は既にやられてるからな。続きは明日の早朝だ!」

 と、この場の指揮を執っている騎士団の隊長らしき人の号令を受け、先程まで壁の補修をしていた人々がぞろぞろと砦の中へ入っていった。

 私達もこれ以上この場に留まる理由が無いので、与えられた部屋に帰る流れに。

「しかし、ありゃどうしたもんかね。俺達はめぐみんのお陰でアレの威力は良く知ってるからな、正直言ってどう対抗したらいいかさっぱりだ」

「だな、あればっかりはどうしようもねえ」

 やってらんないとばかりに、レックスとテリーが投げ槍な態度をとる。

「弱音を吐いても状況は変わらないでしょうが。ねえめぐみん、あなたならどうにかできないかしら?」

 一人達観した感のあるソフィ。

 私は不敵な笑みを返しマントを跳ね上げた。

「愚問ですね。魔王軍の幹部にして邪神を名乗り、しかも爆裂魔法の使い手とは……! その者こそは私が求め続けていた宿命のライバルでしょう! いまこそ、我に封印されし古の力を解放せしむ時。そのような存在は、太古の真名の名のも……」

 格好良く前口上を述べていたその時だった。

 耳をつんざく轟音と共に、背後から強風が吹き荒れる。

 遅れて何かが瓦解する地鳴りのような音。

 反射的に、その場にいる全員が身を竦ませ低い体勢を取った。

「ううむ、今のはなかなかの振動でしたね。魔法を放つ直前に伝わってきた魔力の波動といい、かなり洗練された爆裂魔法である事は間違いないです。伊達や酔狂で習得した訳ではなさそうですね」

 敵襲を報せる警報が砦に鳴り響く中、私は冷静に魔法の分析をしていた。

「すっ転びながら偉そうに評価すんな! というか、なんで爆裂魔法が打たれたんだ⁉ 今日はもう打てないんじゃなかったのか?」

「と、とにかく戻るわよ! この距離ならテレポートを使われる前に間に合うわ!」

 言うが早いか、周囲の冒険者達共々、レックスとソフィは来た道を引き返した。

 遅れて私もテリーと共に現場へと急行する。

 何十秒と掛からず戻ってきた爆裂魔法の跡地は、景色が一変していた。

「マジ……かよ……っ!」

 私達が砦に来た時にはもう既にギリギリだったのだろう。

 先程まで外壁があった部分は見事に倒壊しており、ただの瓦礫の山となっていた。

 そして地面に残された巨大なクレータ。

 綺麗な円状の輪郭と言い、半径の大きさと言い、予想通りかなりの精度だ。

 と、吹き曝しとなった外壁の先に人影が見えた。

 深くフードを被ったその人は野暮ったいローブで身を隠し、砦へと続く道を悠然と歩いてくる。

 体の線がほとんど隠れているにも関わらず、それが女性だという事は確認できた。

 こちらを警戒しているのか、冒険者達との距離を十分に開けて立ち止まる。

 そして被っていたフードをまくり、顔を覗かせた。

 

 私の中で時が止まった。

 

 ――フードの下から現れたのは赤い短髪とネコ科の様な黄色い眼を持つお姉さん。

 

 そう、あの人こそ、私がずっと探し求めていた憧れの……。

「……い、……ぐみ……。……め……みん……。おい、めぐみん!」

 ハッと意識を取り戻した私は、肩を激しく揺らされていた事に気が付く。

「しっかりしろ! どうしたんだよ、いきなり立ち尽くしやがって?」

 目の前には、心配そうに私の顔を覗き込むテリーの顔が。

「……い……いえ、なんでもないです。大丈夫です、もう落ち着きましたから。そ、それより現在の状況は?」

 逃げるようにテリーの腕を払いのけ数歩後退る。

 テリーが不審そうに見つめてきたが、考えるのは後回しにしたらしい。

 砦の外側で一触即発な冒険者達を指差した。

「わざわざ投降を呼び掛けに来るとはご大層な事だな。俺達がそんなものを受け入れると本気で思ってるのか?」

 どうやら騎士隊長が交渉に当たっているらしい。

 抜身の剣をお姉さんに向けたまま、挑発的な言葉を投げかけていた。

「思っていないわ。でも、これでも私は女神だから、出来る事なら無用な血は流させたくないの。だから一応警告だけでもと思ってね」

 対するお姉さんも依然として余裕の表情だ。

「砦を守る外壁が破壊された以上、あなた達の勝利はほとんど皆無。降伏する気があるなら受諾するわよ。でも、そうでないなら」

 お姉さんは一旦言葉を止め、

「明朝、全勢力を持ってこの砦を陥落させるわ」

 私の記憶には無い、背筋が凍る程の凄惨な笑みを浮かべた。

「ふんっ! 此方とて一方的に蹂躙される訳が無いだろう? そもそも、魔力を殆ど消費し切った状態で現れておいて、我々がむざむざ逃がすとでも思っているのか?」

 鼻で笑い飛ばした隊長は剣を天に翳し、一気に振り下ろした。

 それが合図だったのか、一斉に騎士や冒険者達がお姉さんに襲い掛かる。

 が、これはいけない。

「ダメです! 戻って下さい‼」

 隊長さんが言ったあれは紅魔族に伝わる『言ってはいけないセリフ名鑑』にしっかりと記述されている。

 ああ言ったセリフを口走ると大概が命を落としてしまうのだ。

 私の必死の叫びが届いたようで、勢いよく駆け出していたレックスとソフィが足を止めこちらを振り返ったその時。

 

「『インフェルノ』!」

 

 突如、どすの利いた声と共に渦巻いた灼熱の炎がこちらに押し寄せて来た。

「と、『トルネード』!」

 レックス達を守ろうと、咄嗟に私は風の魔法を二人がギリギリ巻き込まれない位置に打ち込んだ。

 風に飛ばされこちらに戻ってきた二人。

 だが相手の魔法の熱量はあまりに大きく、思わず顔の前で腕を交差させ身を逸らす。

 熱風が過ぎ去り、再び目を開いた私は、思わず絶句した。

 レックスとソフィがいた場所のほんの少し手前。

 青々と草木が茂っていた道はすっかり焦土と化しており。

 お姉さんに特攻していった冒険者達が、もはや原形が把握できないほど黒焦げになってピクリとも動かず、ただ死屍累々と転がっていたのだ。

「な……なん……だとっ⁉」

 あまりの惨劇に、騎士隊長が驚愕の表情を浮かべている。

 後方で様子を伺っていた冒険者も唖然とした様子で開いた口が塞がっていない。

 黒い煙が立ち込め、誰もが押し黙る中。

「へー、俺様の魔法を相殺するとは大したもんだな」

 禍々しく、本能的な恐怖を覚える響きが鼓膜に届く。

 やがて立ち込めていた黒煙が霧散し、漸く声の主が衆目に晒された。

 

「にしても、ウォルバク様に攻撃を仕掛けるとは良い度胸してやがるじゃねえか人間」

 

 そこにいたのは悪魔だった。

 

 金属の様な光沢を放つ漆黒の肌。

 蝙蝠を思わせる巨大な羽。

 オーガですらねじ伏せそうな体軀を持ち、角と牙が禍々しさを際立たせている。

 上位悪魔。

 どこからどう見ても最終ダンジョンに住んでそうなその悪魔は、お姉さんを背中に庇い私達を睨みつけていた。

 ヤバい、あれは絶対にヤバい。

 仮にも鍛え抜かれた冒険者達が、炎の上級魔法一発でこうもあっさり伸されたのだ。

 どう考えても魔王軍幹部級の力はあるだろう。

「ありがとうホースト、お陰で助かったわ」

 そんな凶悪な悪魔に向けて、どこか哀しそうな顔をしていたお姉さんが笑いかけた。

「とんでもないですよウォルバク様! こうして再起雇用してもらえたんです、ウォルバク様の身柄はこの俺がしっかりお守りしますよっ!」

 お姉さんにお礼をされ、ホーストと呼ばれた悪魔はその恐ろしい顔を驚く程に破願させて照れていた。

 そんな彼女達の様子を私達が呆然と見ていると。

「今日のところは引くけど、改めて宣戦布告するわ。魔王軍幹部の一人にして、怠惰と暴虐を司る女神、ウォルバクの名において。明朝より、この砦への集中攻撃を開始します。投降はいつでも受け入れるから、懸命な判断をしてくれることを祈っているわ」

 冷淡な口調でそう言い放ち、悪魔を従えて踵を返した。

 ………………。

「あの!」

「おい馬鹿、なにやってんだ! 戻ってこい!」

 隣にいたテリーが止めるのを振り切り、立ち去ろうとしたお姉さんに呼び掛けた。

「なんだまだやるつもりなのか? ……うん? お前、その瞳は紅魔族か? それにどこかで見た顔だな。いや、誰かに似てるっていうか……」

 体ごと振り返った悪魔はキョトンとした顔で首を捻った。

 そして肩越しにこちらを見るお姉さんに、私はギュッと杖を握ったまま上擦った声で。

「私の事、覚えてますか? 私は、めぐみんというのですが……」

 だがお姉さんは、困った様に微笑を浮かべ。

「覚えてないわ」

 小さくそう呟くと、今度は振り返らずに歩き去っていった。

 

 

 

 お姉さんが立ち去った後、亡くなった方の埋葬や、辛うじて一命を取り留めた人の治療などで砦内がバタつき。

 一段落ついた所で、明日の対策会議が開かれた。

 しかし、元々この砦に残っている人数はかなり少ない。

 そこに来て、先の戦闘で大勢の冒険者がリタイアしてしまった。

 お陰で真面に戦闘が出来る腕利きが殆どおらず。

 結果、悪魔の相手は魔剣の勇者が、爆裂魔法を使える私がいるという理由で、お姉さんの相手は私達のパーティーに一任されたのだが。

「なあ、お前さん、あの幹部となんかあんのか?」

 様々な提案が飛び交う集会場の端で、レックスが何気ない調子で問い掛けてきた。

「……言えません」

「レックス!」

「わ、分かった、悪かった。俺が悪かったからそんな反応はやめてくれ!」

 眼を鋭くしたソフィに指摘され、オロオロしていたレックスが謝ってきたが、彼は全く悪くない。

 砦に来るまではあれだけ息巻いていた癖に、実際相対してみれば魔法を打てなかった私に非があるのだから。

 でも、これ以上何か言う気にもなれず。

 手に持った杖を体に寄せて、黙ったままギュッと握り締めた。

「……めぐみん、あなた今、マナタイトはどれぐらい持ってるの?」

「えっ? えーっと……あと八個ぐらいだったと思いますけど」

 ソフィの意図が分からず小首を傾げる私の前で、レックス達は互いに頷き合い。

「めぐみん、あなたは明日マナタイトを使い切ったら戦線を離脱しなさい」

 ……なっ?

「何を言っているのですか⁉ 相手は魔王軍の幹部、流石にあなた達三人だけでは返り討ちになりますよ。私なら大丈夫ですから。お願いです、やらせてください!」

 私が必死になって懇願すると、レックスがポンッと肩に手を置いてきた。

「ああ、確かにお前さんの魔法があれば心強い。でもな、さっき聞いた限りじゃ、あの幹部は爆裂魔法を日に二度も打てる可能性があるらしい。なら、こっちも切り札的な存在を最後まで残しとくべきだろ?」

「それは……そうかもしれませんけど」

 言い淀む私に向けて、テリーがレックスの言葉を引き継ぐ。

「大丈夫だって。相手は魔法使いタイプの幹部、接近戦に持ち込めば俺達だけでも十分勝算はある。お前はそこに至るまでの援護をしてくれ」

 …………。

「あたし達の実力は知ってるでしょ? 絶対に死んだりしないから安心して。ね?」

 止めとばかりにソフィまでもがそんな事を言い出す。

「…………分かりました。ですが、危なくなったらすぐ助けに入りますからね? 絶対に無理だけはしないでくださいね?」

「おう、任せとけって!」

 レックスに合わせて二人が力強く頷くのを、私はただ眺めるしかなかった。

 

 

 

 そして翌朝。

「痛ってえええっ! 畜生、腹をやられた……っ!」

「頼む、誰か手を貸してくれ‼ ジリ貧でピンチなんだよおおおっ!」

「僕は、これ以上何かを失う訳にはいかないんだッ‼」

「はっはー! いいぜいいぜ、もっとやろうぜ魔剣の兄ちゃんよ! やっぱ戦闘はこうでないとなッ‼」

 宣言通り、お姉さんは数多のモンスターを引き連れて現れ全面攻撃を開始。

 砦が破壊されたからか魔王軍側の士気は異様に高く、そもそも頭数が少ない私達は劣勢を強いられていた。

「クッソ、近付けねえ!」

「接近する前に魔法で牽制されちまう」

 大剣を地面に付いたレックスに戦斧を構えるテリー。

 二人共、既に息が上がっている。

「やっぱり、伊達に魔王の幹部なんてやってないわね、詠唱速度が反則的よ」

 同じく呼吸を乱しながら、ソフィはいつでも動けるよう身を低く保っている。

「中々しぶといわね。それじゃあ、こんなのはどうかしら? 『カースド・クリスタルプリズン』!」

 バッと突き出された手に合わせて冷気がレックス達の周囲を取り巻き、徐々に内側へと圧縮される。

「くっ、これは俺達じゃ無理だ。すまん、めぐみん!」

「分かってます! 『インフェルノ』ッッ!」

 大声を張り上げ、大量の魔力を込めた炎魔法を解き放った。

 魔法が放たれると同時に、私が握っていた石が砕け散る。

 すると周囲の冷気が緩和され、何とか脱出に成功した。

「いまだ、畳みかけるぞ!」

「「おうっ!」」

 レックスを先頭にソフィとテリーがお姉さんの方へと肉薄する。

 そんな彼らの後ろで、私はポケットからまた一つ小さな石を取り出した。

「いい連携ね。でも、私もそこまで甘くはないわよ。『アース・シェイカー』!」

 再びお姉さんが魔法を唱える。

 それにより、レックスの足元が大きくうねり脈打った。

 咄嗟に身を翻して高く跳躍するレックス達。

 と、空中で身動きの取れないレックス達にお姉さんが照準を合わせた。

 私もレックス達を守るべく詠唱を開始しようと……。

 あの魔法は……⁉︎

 お姉さんの手元で光散らす黒い稲妻。

 視野に写ったそれに思わず身がすくみ、魔法が崩壊してしまう。

「『カースド・ライトニング』っ!」

「「「かはっ⁉」」」

 しまったと思った時には既に手遅れで、お姉さんの魔法は狙い違わずレックス達を貫いていた。

 受け身も碌に取れず、ドサドサッと地面へ落下する三人。

 即死は免れたようだが、遠目に見ても肩や足から血がドクドクと流れ出ている。

 どう見ても致命傷だ。

「れ、レックス⁉ ソフィ、テリー‼」

 慌てて駆け寄ろうとした私に、右肩を抑えて顔を真っ青にしたレックスが怒鳴り声を上げた。

「来るんじゃねえッ!」

 あまりの迫力に思わず足を止めてしまう。

「俺達の事はいい、お前だけでも早く逃げろっ!」

「で、ですがッ‼」

「今のお前のレベルじゃ、どうやったってあの邪神には勝てねえッ‼ それが分からないお前さんじゃないだろ!」

「っ!」

 押し黙る私をよそにレックスは、大剣を支えにしながらよろよろと立ち上がる。

 レックスに続き、お腹を抉られたテリーと太ももを貫かれたソフィも、油汗をダラダラと流しながら起き上がる。

「ああ、お前が逃げる時間位なら、何とか稼いでやるからさ……ッ‼」

「あなたはまだ若いもの、命は粗末にしたらダメよ」

 頬を引きつらせながらも、それでも三人は私に笑顔を見せた。

 

 …………まただ。

 また私は仲間に庇われるだけで、何も出来ていない。

 さっきの魔法だって、私が取り乱さなければ三人を守れたはずなのだ。

 それまでにもお姉さんに魔法を打ちこむタイミングは何度もあったのに、その時すら私の体は動いてくれなかった。

 普段から威勢の良い事ばかり言ってる癖に、いざとなったら打つことが出来ない。

 紅魔族随一の天才が聞いて呆れる。

 ここぞという場面に限って怖じ気づいて。

 いつだって周りの人に守られてばかりで。

 これでは一体、何のために私は上級魔法を習得したというのだ。

 ゆんゆんみたいな犠牲者を出さない為に。

 大切な人を誰も失わないようにする為に。

 私は自分の主義を曲げてまで上級魔法を習得したのではなかったのか?

「そんな体でなにが出来るというの? 降伏するというのなら、私はこれ以上攻撃するつもりはないのだけど?」

「はっ! お断りだね、そんな事言って油断した所を背後からやられでもしたら犬死にだからな。いくぞっ、お前ら!」

 しかし悔しいがレックスの言う通り。

 前衛を失った状態では、とてもではないがお姉さんに勝てないだろう。

 熟練度が低い私では、何か唱える前にお姉さんの魔法が完成して、それで終わりだ。

 それ程までに、お姉さんの魔法は速く正確なのだ。

 ……………………。

 …………でも。

 こんなポンコツ魔法使いの私でも。

 一つだけ、誰にも負けないものがある。

 

「――まだ意識はあるでしょ? 最後にもう一度だけ聞いてあげるわ、降伏なさい。そうすれば、これ以上危害を加えないことを約束するわ」

「こ……こと……わる…………っ!」

 頭上から呼び掛けるお姉さんの再三にわたる言葉に対しレックスは、ボロボロの体で地面に倒れ伏しながらも虚勢を張る。

 残りの二人も限界に達している様で、顔を上げて睨みを利かせはするものの、身動きが取れないようだ。

 お姉さんは三人を睥睨してから静かに目を閉じ。

「そう、あなた達の意思が固い事は理解したわ。それじゃあ仕方ないわね。悪いけど、あなた達の様な強い冒険者を生かして帰す訳にはいかないの。だからせめて、一思いに逝かせてあげるわ」

 そう言ってお姉さんは朗々と詠唱を始めた。

 もはや万策尽きたレックス達は地面を張ったまま、せめて最後まで目を逸らすまいとお姉さんをキッと睨みつける。

 そしてついに、お姉さんの魔法が完成した。

「永久に眠りなさい。『カースド・クリスタ』」

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 放たれた魔法に反応したお姉さんは詠唱を中断し、素早く後方へと飛び退いた。

 遅れて地面に刻まれる深い亀裂。

 数刻遅れて事態を把握したお姉さんが、視線を術者の方へと向けた。

 

 そう、私の方に。

 

「おい、馬鹿……とっとと逃げろって……言っただろ!」

「ああ、俺達の事なら気にすんなよ……」

「そうよ……今からでも遅くないわ……早く逃げて!」

 こんな時まで自分の身よりも私の事を心配してくれるとは、私は本当に良い仲間に出会えたものだ。

 そんな彼らの横を取り過ぎながら、私はふっと笑みを浮かべ。

「ちょっと一発、私の必殺魔法を打ち込んできます」

 後方でレックス達が騒ぐのを無視した私は、帽子の鍔をグッと下ろしたまま、お姉さんと対峙した。

「てめえウォルバク様になにするつもりだ!」

 こちらの騒動に気が付いたのか、強面の悪魔が特攻して来たのを一瞥し杖を向ける。

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 手元で最後のマナタイトが砕け散る。

「どわっ⁉ 冷たっ!」

「まだ……だ。まだお前の相手はこの僕だ!」

 氷塊により行く手を阻まれた悪魔へ、既にフラフラな魔剣の勇者が斬りかかる傍ら、

「私が心配するのもおかしいけど逃げなくて良かったの? ちゃんと上級魔法を覚えているのだし、ここは撤退して再び挑んだ方が人類の勝算は上がると思うわよ?」

 …………。

「あなたが封印を解かれた時に、近くに女の子はいませんでしたか? 五歳か六歳くらいの紅い眼をした女の子が」

 杖をギュッと握り絞め、ある確信を持って尋ねる。

「覚えてないわね」

 そんな、突き放すようなお姉さんの言葉を聞いても、私はジッとお姉さんから目を離さないでいた。

「……私と一騎打ちしてください」

 脈絡のない提案にお姉さんは黙ったままだ。

 私達の成り行きが気になるのか、いつの間にかその場の全員が戦闘を中断し、じっと成り行きを見守っている。

「あなたが勝ったら、この場にいる全員が降伏します。二度と魔王軍に歯向かわない事を約束しましょう。ですが、もし私が勝ったら。その時は部下達に命じて、今日のところは撤退させてください」

「おい、お前なに言ってんだ⁉」

「紅魔族のお嬢ちゃん、勝手な取引をしないでくれ!」

 レックスや騎士隊長らしき人が抗議してくるが、それらを全部無視して私はお姉さんだけを見続けた。

「……魔王軍の幹部として、一騎打ちを申し込まれたら断る訳にもいかないわよね」

 何かを諦めたようにボソッと呟くと、お姉さんは堂々とした佇まいで不敵な笑みを浮かべた。

「いいわ、あなたの提案に乗ってあげる。仲間を想うその勇気に免じて、相打ちならあなたの勝利でいいわよ」

「「「「「ウォルバク様⁉」」」」」

 お姉さんの言葉に魔王軍側の精鋭達が騒めくが、お姉さんが手をすっと挙げただけで再び静まり返った。

「でもいいの? 幾らあなたが魔力溢れる紅魔族で、私が既にかなりの魔力を消費しているとは言え、多分まだ私の方が残存魔力は多いわよ? それとも、まだマナタイトを沢山持っているのかしら?」

「いいえ、さっきあなたの忠臣に使ったのが最後の一つです。ですが問題ありません、どうせ私は一発しか使いませんから」

「随分正直に言うわね。それにしても、たったの一撃で私を葬り去るだなんて。一体どんな魔法を使ってくれるのかしら?」

 挑発ともとれる口調で、だけど少しだけ楽しそうにお姉さんはサッと身構えた。

 …………。

「……本当は、私の事、覚えていてくれたんですね?」

 小さな声で呟くと、私は杖を両手で握り絞めた。

 それには答えず、お姉さんは一方的に魔法を唱えだした。

 紡がれゆく詠唱は、私が最もよく知っているもので……。

「あなたにずっと言いたかった事と、見せたかったものがあるんです」

 紫色に輝く鉱石が付いた杖を静かにお姉さんへ向け、私も詠唱を開始する。

 やはりお姉さんは凄い。

 私ですら詠唱が間に合うかギリギリの所だ。

 緊迫な雰囲気が流れる戦場で、私とお姉さんの声だけが響き渡り。

 私達は同時に魔法を完成させた。

 

「「『エクスプロージョン』――――ッッッッ‼」」

 

 一筋の閃光が走り抜けた。

 吸い込まれる様に突き刺さってくる光に、私は抵抗する事なく身を委ねる。

 不思議と痛みは感じない。

 死に際はもっと怖くて苦しいのかと思っていたけれど、実際はこんなものか。

 短い人生だったが、最後の最後にやっと仲間達に恩返しができた。

 しかも死因は爆裂死。

 それも憧れの人が全力で放ってくれた魔法なのだ。

 我が人生に悔いなどない。

 …………いや。

 一つだけ、叶えられなかったものがあった。

 我が宿命のライバルにして、私を生き永らえさせてくれた、大切な親友ゆんゆん。

 彼女の分まで長生きしようと思っていたけど、どうも無理らしい。

 心残りと言えば、それぐらいだろうか。

 来世で会う事があれば、その時は謝っておこう。

 まあボッチで寂しがり屋なあの子の事だ、案外私が死ぬのをあの世で待っているかもしれない。

 もしそうなら、その時にお礼を言おう。

 そして、あの子がいなくなってから私が経験した事を沢山話してあげよう。

 あなたのお陰で、私はこんなにも充実した人生を歩めて、お姉さんに私の魔法を見せる事も出来て。

 最高の人生だったと、一生分の感謝を伝えよう。

 

「ありがとう」

 

 小さく囁くと同時に、私の意識は完全に途絶えた。




次回は決戦編です
あと一二話で完結できると思いますので、もう少しだけお付き合いください
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