全幹部の予備知識があれば読みやすいと思います
王都近辺の平原に、武器や鎧を身に着けた大量のモンスターが犇めいている。
先頭で指揮を執るのは、大剣を担いだ漆黒の鎧を着た首無し騎士。
背後に何百という数のアンデッドナイトを引き連れた、魔王軍の幹部ベルディアだ。
その隣には、蛇の様な図体をした女性。
ゴブリン達を従えた彼女の姿は手配書と少し異なっているが、ベルディアと同じ魔王軍幹部の一人、シルビアに相違ない。
幹部を同時に二人も投入するとは。
今回の戦いは、今までにも増して苛烈を極める事になりそうだ。
雲に隠されていた月が姿を現し地上を淡く照らす。
それに合わせて、フルフェイスの兜の奥にあるベルディアの瞳が怪しく輝いた。
「全軍攻撃開始!」
ベルディアの命により、配下達が一斉に進軍する。
「迎え撃つぞ! 私に続け‼」
「「「おおおおおおっ!」」」
負けじと大声で号令をかけた私は剣を振り上げ、前線へと駆け出した――!
今から三日前。
「アイリス様、お願いですから聞き入れて下さい!」
「私からもお願いします、どうか!」
アイリス様の自室にて。
「嫌です! 王族たる私が、守るべき民を置き去りにして国を捨てるなど出来ません‼」
「アイリス様、どうか落ち着いて‼」
クレアにレイン、そして私の三人は、先程から頑として要求を受け入れないアイリス様の説得に当たっていた。
アルダープの失踪以来、アクセルの領主になった父の下に、王都から招集命令がかけられた。
内容は、来る魔王軍への対策会議。
いくら街の復興中とは言え国の一大事、無視する訳にもいかない。
そこで多忙な父に代わり私が応じたのだが、改めて聞かされた戦況は、どう楽観的に捉えても詰みに等しかった。
先の戦いでは、一人の少女の勇者的な行動により、幹部の一人が倒れ、部隊の壊滅は免れたものの、腕利きの者が数多く亡くなり、最終防衛線だった砦も破壊された。
最近は王都近郊での小競り合いも格段に増えたとか。
暗い情報はそれだけではない。
なにを血迷ったのか、友好国であるエルロードが資金援助を中断したいと要請してきたのだ。
問い直そうにもエルロードとは連絡が途絶えている始末。
そんな事もあり、会議は非常に難航した。
この盤面を覆す勝ち筋はないものかと、皆が頭を悩ませた。
そんな中、ある貴族が一つの提案をした。
それは、冒険者達に勅令クエストを出す事。
これを下されれば、冒険者達は他のクエストが受注出来なくなり、半強制的に魔王軍との戦いを余儀なくされる。
私を含め、クレアやレインなど一部の者は反対したが、予想以上に肯定派が多く。
最終的に案が可決されてしまった。
とは言え、総戦力を動員した所で、勝てる保証はどこにもない。
そこで会議の報告と共に、せめてアイリス様だけでも国外へ逃亡させようとこうして説得に来たのだが。
「第一、いづれは私も参戦する事になるだろうと言っていたではないですか! それなのにどうして今更⁉」
「あれは他の貴族共が勝手に言ってるだけです! こんな可愛らしいアイリス様を戦場に立たせるなど言語道断! アイリス様が存命ならば国の一つや二つ……」
「クレア様、それ以上言っては!」
憤ってとんでもないことを口走りそうになったクレアをレインは何とか宥める。
「確かに以前はアイリス様の参戦も考慮されておりました。ですがそれは、一つの条件が満たされた時のみです」
「条件、ですか?」
また暴れそうなクレアを抑えているレインに代わり、私が言葉を引き継いだ。
「勇者殺しのベルディア。奴が討伐された場合のみ、不承ながらもアイリス様にお力をお貸し頂こうという見解だったのです」
不満そうにされながらも賢明なアイリス様のことだ、私の言っている意味は十分に理解して下さったのだろう。
「……分かりました。ですがせめて、戦いが終わるまではお城に滞在させてください」
アイリス様の真摯な想いを前に、私達はお互いに顔を見合わせた。
本音を言えば、今すぐにでも避難して頂きたいぐらいだ。
だが、アイリス様はそれ以上妥協するつもりがないらしく、口を閉じたままじっと私達に視線を送っていた。
「ではこうしましょう。私達が常時アイリス様に張り付いて護衛し、有事の際はすぐにレインのテレポートで脱出する。これを吞んでくださるのであれば……まあ」
まさかクレアからその様な妥協案が出されるとは思わなかったのだろう、アイリス様は眼を大きく見開かれてからクスッと笑い。
「はい! 二人共、私の事をお願いしますね。ララティーナも、どうかお気をつけて」
そんな奨励をしてくださった。
戦闘が開始してどれだけの時間が経っただろう。
「殺せ! 人間共を殺し尽せ!」
「容赦するな!」
「八つ裂きにしてやれ!」
見渡す限りの死体、死体、死体。
モンスターだけでなく、先程まで共に戦っていた仲間の屍も、辺り一面を覆い尽くさんばかりに転がっている。
嫌気が差す。
本当は弔ってやりたいのに、そんな事をする余裕など全くなく。
ただ一心不乱に目の前の敵を殲滅する事に注力する。
「無駄に硬い女め、これでもくらええっ!」
敵は三体。
上段から斬りかかる小柄なゴブリンに合わせ、痩せ型の鬼と筋骨隆々のオーガが、脇を固める様に武器を振るう。
三方向から差し迫る刃。
それらを私は――
「「「っ⁉」」」
ゴブリン達の顔に驚愕が走る。
こいつらは確実に仕留めた自信があったのだろう。
しかし私は、上段の攻撃を左手の篭手につけた着脱式の盾で、左右からの攻撃を剣で受け止めたのだ。
「はあああっ!」
力任せにそいつらを跳ね返す。
大振りな攻撃だっただけに隙が多く、たまらず後ろに弾かれるゴブリン達。
すぐさま剣を両手で握る。
足を一歩前に踏み出し、手前のオーガに向けて剣を横なぎに払った。
「ぎゃああああああっ‼」
体を真っ二つにされたオーガから大量の血飛沫が吹きあがる。
身体中に返り血を浴びるが気にしていられない。
続けて私は、まだ体勢を崩している鬼に剣を突き刺す。
「っ⁉?!」
一撃で心臓を貫かれた鬼は悲鳴を上げる間もなく息絶える。
あと一匹。
素早く剣を引き抜き、振り下ろす。
しかし今度は狙いが定まらず、ゴブリンの手前の地面に叩きつけてしまう。
「調子に乗るなああっ!」
地面を強く蹴り肉薄したゴブリンが、片手に持った斧を、防御ががら空きになっていた胴に叩きつけた。
しかし……。
「なっ⁉ なんで俺の斧が刃こぼれするんだ⁉」
耳障りな音を立て、鎧に少し傷が付いた程度で済んだ。
「ふっ、私の防御力はもはやこの国随一だ。お前程度の貧弱なゴブリンの一撃では到底満足できないぞ!」
「ち、ちっくしょおおおおっ!」
断末魔を上げるゴブリンの首を今度こそ跳ね飛ばす。
血の付いた剣を払い帯刀してから、私はふーっと息を噴き出した。
「あなた結構やるじゃない。アタシの部下をこんなにも殺してくれちゃって」
背後からの声に抜刀して振り返る。
そこに居たのは、細長い体をくねらせ上体をもたげた、ラミアの様な姿をした女。
周囲に引き連れたゴブリン達は、私をあざ笑うかのように下卑た笑みを浮かべ威嚇していた。
「魔王軍幹部、シルビアか」
先程までは後方で指示を出していたのだが、遂に出張ってきたようだ。
「お嬢様!」
「ダスティネス様‼」
シルビアの存在に気が付いた、近くで戦っていた私兵や騎士達が、鎧をガチャガチャ鳴らしながら援護に来てくれた。
「援軍感謝する。私達でこいつらを討伐するぞ!」
「「「了解しました!」」」
強敵を前にし、私は気を引き締め直す。
一方、シルビアはチロッと唇を舐め、
「我が名はシルビア! 強化モンスター開発局局長にして、自らの体に合成と改造を繰り返して来た者! そう、アタシはグロウキメラのシルビアよ! この体はね、苦労して紅魔の里から奪った物を合成したの。紅魔族とは色々あったけど、お陰で魔法が無効になったんだから感謝しなきゃね」
王都へ連絡に来た紅魔族から聞いてはいたが、やはり本当だったのか。
「あなた、さっきの戦い振りからしてかなりの高レベルクルセイダーみたいだけど。あなたの快進撃もここまでよ。その強さを最大限に評価して、アタシ自ら相手をしてあげる」
「きゃー! シルビア様格好良い!」
「どこまでも付いて行きますよ!」
喝采を上げてシルビアコールを始めたゴブリン達。
その隙に私は、ざっと周囲の戦況を確認する。
戦場のあちこちから響いてくる爆発音や叫び声。
平原中に散開した腕利き冒険者や騎士の頑張りにより拮抗しているように見えるが、まだ安心はできない。
このまま長期戦になれば、こちらが先にジリ貧となるのは火を見るよりも明らか。
今のうちに早期決着をつけなければマズそうだ。
と、視界の端で人々が緊張する様子が伺えた。
「よし、ではそろそろ俺も参戦するとしようか」
ジャティス様を筆頭にした、王城の選りすぐり達が集まる陣営。
その場所に、大剣を担いだデュラハンが悠々と接近していたのだ。
周囲には大量のアンデッドナイト。
ジャティス様がいらっしゃるとは言え、決して楽観視できる相手ではない。
これは応援に行った方がいいだろうか。
……いや。
「ここはジャティス様が出るまでもない。まずは僕が相手だ!」
「ほう、お前があの魔剣の勇者か、是非もない。俺は魔王軍斬り込み大隊隊長、デュラハンのベルディア。よし、やろうか!」
魔剣の勇者を筆頭とした精鋭達が対峙するようだ。
あの男がいるなら大丈夫だろう。
「そろそろいいかしら、クルセイダーのお嬢ちゃん? アタシも可愛い部下達を何人もやられてピリピリしてるのよ」
シルビアが殺気立ち、ゴブリン達も今か今かと目を血走らせている。
私は声を張り上げた。
「このまま応戦する! 速攻で叩くぞ!」
「「「はっ!」」」
「言ってくれるわね。それじゃあ、お望み通り地獄を見せてあげるわ。お前達、やっちまいな!」
「「「ヒャッハー!」」」
戦闘開始――!
流石は魔王軍の幹部、一筋縄ではいかない。
「お前達、下がりなさい!」
言うが早いか、シルビアが大きく息を吸い込んだ。
またあれをするつもりか。
「次弾が来るぞ!」
「炎耐性が低い奴は前に出るな!」
騎士達が盾を構える中で、私も剣を前に突き立て腕を顔の前で交差する。
そこにシルビアが炎の渦を吹き出した。
容赦なく襲い掛かる灼熱の炎。
並の人間では一瞬で消し炭になるであろう熱量だ。
「野郎ども! 今のうちにやっちまえ!」
「相手が怯んでる内に一気に攻めるぞッ‼」
炎の間を掻い潜ってくるゴブリン達。
その対処に追われ、前衛達が手傷を負わされる。
それだけではない。
「クソッ! この盾はもうダメだ、使いものにならねえっ!」
「マズイ、鎧まで溶かされた! このままだと……」
「は……肺が……もう、限界だ……っ!」
何度も攻撃を庇っている為に、装備している防具が駄目になり始めたのだ。
周辺の空気もまた、度重なる炎の渦により熱され、いまでは真夏の様な暑さにまで上昇している。
魔王の加護でも受けているのか、敵の方は平気そうだが、兵達はかなり限界に近付いているようだ。
マズイ、これは愈々もってマズい。
これ以上戦いが長引けば全滅の恐れも……。
「お前達、幹部は私が相手をする。その間にゴブリン達を壊滅させろ! いいな!」
返答を聞く前に、私は雄叫びを上げてシルビアへと特攻した。
邪魔してくるゴブリン達を時に斬り伏せ、時に援護射撃に任せ。
私は大きく跳躍し、シルビアへと剣を振り下ろした。
「甘いわね、威力は凄いけど、そんな単調な攻撃、躱すのなんて訳ないわ!」
しかしシルビアは余裕で回避。
いとも容易く尻尾で私を巻き上げてしまった。
「ぐああっ!」
「あなたにちょろちょろされたら厄介だからね。大人しくそこで……って、ウソ⁉」
全力を振り絞り尻尾をギリギリと押し返す私の様子に、シルビアが度肝を抜かれたように目を見開いた。
「ふ、ふふっ。こ、この程度の縛りなど、私には利かん!」
「あ、ありえないわよ! 普通、蛇縛は内側からじゃ解けない物なのに⁉ あなた、本当に人間なの?」
「き、貴様、失礼にも程があるぞ! 私は正真正銘の人間だ!」
気の緩みをつき蛇縛から抜け出した私は、シルビアの眼前まで跳躍し、もう一度大剣を振り下ろした。
「ぎゃああああああっ⁉」
「「「「「し、シルビア様ー⁉」」」」」
ちっ、首を切り落とすつもりだったのに狙いが外れた。
ギリギリ左目は潰せたが、あれだけの好機はもう訪れないだろう。
スキルを取ったのにこの命中率、自分の不器用さがほとほと嫌になる。
地面に着地し、シルビアの死角からもう一度剣を……。
「図に乗んじゃねええっ!」
頭に血が昇ったのか、男みたいな言葉使いで激昂したシルビアが、メタリックな尻尾を無造作に薙ぎ払らう。
横合いからの攻撃をもろに食らい、私は後方へと吹き飛ばされた。
鎧からはひび割れの音が。
その一撃は非常に重く、口から大量の血を吐き出してしまう。
「アタシの美しい顔に傷をつけるなんて。楽に死ねると思わない事ね!」
シルビアが目をぎらつかせる前で、私は口元を拭いながら立ち上がる。
「い、いいだろう。私もいい加減に焦れて来た所だ。お前の攻撃を存分に堪能したら、その後でぶっ殺してやる!」
一陣の風が吹き抜ける。
お互いの視線が交じり合い。
正に両者が動こうと……。
後方で大爆発が起こった。
「な、なんだ⁉」
これは……王都の方か⁉
振り返った先に見えたのは、街の各所から燃え上がる紅蓮の炎。
ゆらゆらと揺れる炎は天まで昇り、空を不気味な赤色へと染め上げていた。
「「きょ、キョウヤーっ⁉」」
「ぷ、プリースト! はやくプリーストを‼ ミツルギ殿が重傷を‼」
冷たい汗が頬を伝って流れ落ちる。
無意識のうちに、私はごくッと唾を飲み込んだ。
どうやら事態は限りなく最悪の方向へと向かっているらしい。
「あら、もう始めたのね。思ったより早かったじゃない」
「……貴様ら、一体なにをした?」
同じく王都の方へ鎌首をもたげていたシルビアを、私は絶望を押し殺し、毅然とした態度で問い詰める。
「アタシ達が、ただ前面から襲撃するだけだとでも思った? アタシ達はただの陽動、本当の目的は、この国の最大戦力にして切り札扱いされている存在……」
顔を蒼白とさせた私にシルビアが、至上の喜びと言わんばかりにニヤリと笑い。
「そう、第一王女の暗殺よ」
頭が真っ白になった。
冗談ではないぞ。いま戦える者は全てこの戦場に駆り出されており、城には最低限の護衛しかいない。
つまり、城の警備はがら空きだという事で……。
「待ちなさい! そんな事をしても、彼は喜ばないわ!」
「放してっ‼ よくも……よくもキョウヤを!」
「殺す、あいつは刺し違えてでも殺すっ!」
「冷静になって! あなた達ではベルディアには勝てないって分かってるでしょ⁉」
「はっ、敵感知‼ ……下がって! ベルディアのあの構えは……っ!」
いや、待て。
それ以前に、魔王軍はどうやって王都内へ潜入したんだ?
城門には警備の者が張り付いている。
身元確認ができない者は外壁の内側にすら立ち入れないはず。
実際、侵入を許したという連絡もきていない。
それなのに……。
「あ、あなた……私達を庇って⁉」
「気にしないで。私はプリーストとして当然の事をしただけよ」
「と、とにかく一旦下がろう! あの人ならきっとそう言うよ!」
「ああもう、こんな時にあのバカリーダーの有難みが分かるだなんて……っ!」
そもそも王都に攻め入られたタイミングも気になる。
戦闘中、王城の警備が減るという推測は出来てもおかしくはない。
だが、それならこれまでにも機会はあったはずだ。
なのに今までは実行しなかった。
城回りが前例を見ない程に弱小化している、今回に限って襲われるというのが、何だか釈然としないのだが。
「理解出来ないって顔ね。どうやって魔王軍が警備の厳重な王都内へと侵入することが出来たのか、想像もつかないのでしょう?」
上方からの声にハッとし、そちらへ鋭い視線を飛ばす。
そこでは左目から血を流したままのシルビアが、勝ち誇った顔を浮かべていた。
「どうせロクでもない手法を採ったのだろう?」
「ロクでもないとは失礼ね。まあ、アタシもこれはどうかと思ったけど、効果的なのは間違いないから、あの小生意気な娘の策に乗ってあげたのよ」
小生意気な娘?
「多分アナタも知ってるんじゃないかしら。セレナって言う名前に聞き覚えはない?」
「セレナだと⁉」
それは、最近忽然と姿を現したプリーストの名だ。
人当たりが良く誠実で優しく、傷を負った兵達に無償でヒールを掛ける様な人柄で、王都中の人からまるで女神のように崇められているらしい。
そんなプリーストの鏡の様な者の名が、なぜシルビアの口から……。
「あいつは魔王軍のスパイか!」
「ご明察。彼女は傀儡と復讐を司る邪神の信者でね、王都の中枢を落とせたと連絡がきたのは傑作だったわ。あの暴れ様からして、ハンスは随分と簡単に城内へ入れたみたいね。アハハハハッ! そう、その悔しそうな顔がみたかったの! その為にわざわざ懇切丁寧に教えてあげたんだから!」
あの女、まさかそんな食わせ物だったとは。
先日の会議中、何人かの貴族連中の挙動がおかしかったのはそういう事か。
今の今まで気付かなかったことがとても腹立たしい。
後悔が身体中を駆け巡り歯軋りしていると、
「戦闘中に申し訳ないっ! あんたがダスティネス家のご令嬢でいいのか?」
突然、大声で名前を呼ばれた。
声を上げたのは、腰の左右に二本の双剣を下げ、闇に紛れるような黒系統で統一された軽装鎧とマントで身を包んだ強面の男。
背後には魔法使いにプリースト、くすんだ金髪の騎士もいる。
「陛下からの伝令です! 俺達含め、数組のパーティーはハンスの撃退に行く! 幹部を相手にしてる所を心苦しいが、なんとか数名、こちらに捻出して欲しいとの事だ!」
殿下も、王都が落ちては意味がないと判断なされたのか。
言われてみれば確かに、平原に散らばっていた冒険者達の一部が、パラパラと撤退しているのが見て取れる。
「了解した! 後から追わせる!」
「確かに伝えましたよ!」
そう言い残した男は仲間を連れて、王都の方へと駆けて行った。
さて、そうは言うがどうしたものか。
現状ですら決め手に欠けるというのに、ここで戦力が落ちては勝機はない。
だが、王都にはアイリス様がいる。
それだけじゃない、戦う事の出来ない民達も大勢いるのだ。
そちらを蔑ろにする訳にもいくまい。
どうすれば……。
…………。
「……お前達は全員、王都へ戻れ」
「ダスティネス様、何を仰っておられるのですか⁉」
私の言葉に、騎士達に動揺が走る。
「ここは私一人で受け持つ。お前達は城へ戻り民達を、アイリス様を守れ!」
騎士達に背を向けた私は大剣を構え直し、シルビアを視界の中央に収めた。
「無茶です! 今でさえボロボロでいらっしゃるのに、ここで我々が抜ければ、公爵令嬢で在られる貴方様の身が危ぶまれてしまいます!」
「ダスティネス様、どうかお考え直しを!」
「ダスティネス様‼」
背後から必死の制止を掛けてくれる騎士達。
だが、私はそれを一蹴する。
「グチグチ言うなっ! こうしている間にも、民の命が危機に晒されているのだぞ! これは貴族命令だ、早く行け!」
叫ぶと同時、私はシルビアに斬りかかった。
しかしこの程度の不意打ちなど魔王軍の幹部に通じるはずもなく。
シルビアの部下達が素早く私の周りを取り囲んだ。
「あら、勇ましい。でも、もう少しで王都が落とせそうだというのに、アタシがみすみす逃がす訳ないでしょ?」
私が不用意に動けなくなったところをシルビアが、未だに判断が付かないのか屯していた騎士達に襲い掛かる。
「どこを見ている、お前の相手は私だろ!」
私が動いた途端、ゴブリン達が飛び掛かってくる。
それらを引き擦りながらも、私はシルビアの尾の先を掴んだ。
「ちょっ、離しなさいこの女!」
激しく尻尾を振り回すシルビア。
ゴブリン達も執拗に殴ったり斬りつけたりして、私の動きを阻害してきた。
頬からは血が滲み、空中には何本もの金糸が飛び散る。
だが、私は決してその手を放さなかった。
「早くしろッ‼」
私の決死の叫びに、騎士達も腹を括ったのだろう。
「お嬢様、必ず戻ります! それまでどうかご無事で!」
「ダスティネス様の決意を無駄にするな! 我々は王都をお守りするのだ!」
シルビアを警戒しつつ、全速力で王都へと走り出した。
「逃がさないわよ!」
私を振り払うのを諦めシルビアは大きく息を吸い込むと、再び炎を吹く体勢に……。
「やらせるか! 『デコイ』!」
「っ⁉」
力の限りを尽くしてシルビアの尾を引っ張ると同時、囮スキルを発動する。
その甲斐あってか、シルビアの動きが止まった。
僅かな時間ではあったが、彼らにとってはそれで十分だったのだろう。
射程範囲外へ脱したからか、シルビアは兵士達を追う事を止め、忌々し気に私を睨みつけた。
「このアタシが囮スキル如きに影響を受けるなんて。あなたには驚かされてばかりね」
不意を突くように、シルビアは私ごと尾を高く持ち上げ、地面へと叩きつける。
その衝撃でついに砕け散る鎧。
私の柔肌に直接、激痛が押し寄せてきた。
肺の空気が一気に吐き出され、一瞬、呼吸ができなくなる。
先程までとは痛みの度合いも別格だ。
「決めたわ。先にあなたの事を完膚なきまでに叩きのめしてあげる。王都の進軍は、その後でゆっくりすることにしましょう」
シルビアの一言に、部下達が武器を手にじわじわと接近してくる。
私は剣を支えにして、ゆらっと立ち上がった。
先程までの連戦で、体力はかなり消耗している。
鎧ももうない。
はっきり言って、これだけの敵を一人で相手取るのはかなり厳しいだろう。
「……ふっ、フフフ、ハハハハッ‼」
「な、なに? どうしたのあなた? 恐怖のあまり遂に頭がおかしくなったの?」
恐怖? そんなものある訳がない。
むしろ、私は今までで一番冴えている。
「なんということだ。ただでさえ魔王軍幹部の攻撃は強力なのに、私が倒れれば国が滅ぶという重圧から、この場を逃れる事もできないとは」
「は?」
素になって声を上げるシルビア。
そんなものは気にせず、私は言葉を続ける。
「モンスターを討伐しなければ国から罵られ、この場に留まれば薄汚いゴブリン達に辱められる。なんだ、この嘗て迫られた事のない究極の選択は。ああ、辛抱溜まらん!」
「なんだ? なんなんだこの女は⁉ さっきからこいつは何を言っている⁉」
「シルビア様、お下がりを! あれは、関わってはいけないなにかです!」
まさかここにきて言葉攻め。
最後に心地良い体験ができたな。
と、大気を震わし耳を聾さんばかりの雷鳴が轟いた。
聞こえた方角から言って、恐らく王都での迎撃戦が本格的に開始されたのだろう。
思わず、口角が上がる。
他の者も懸命に抗っているのだ。
クルセイダーたるこの私が、引き下がる訳にはいかない。
砕けた鎧を脱ぎ捨て、私は剣を前に突き出した。
「この国の民は、私が守る! 勝負だ、シルビア!」
「ひっ! お、お前達、あの女は確実に潰すわよ!」
「「「「「了解しましたシルビア様!」」」」」
意気揚々と突っ込んだ私に、敵が一斉に襲い掛かってきた――!
ゆっくりと目を開ける。
目に映るのは、この二週間で飽きるほど見上げた、実家の天井だった。
「……また、眠っていたのか」
ここのところ寝てばかりだ。
どこからが現でどこからが夢なのか、それすらハッキリとしない。
だがこの一週間で、眠っている時間の方が長くなっている。それだけは確かだ。
これが死という物なのだろうか。
ぼんやりと、代わり映えのない天井を見続ける。
そうしている内にふと、先日クリスが見舞いに来てくれた時の事が思い出された。
「――すまない、クリス。もう一度言ってくれないか?」
上体を起こした私は、ベッド脇に持ってきた椅子に腰かけたクリスに懇願する。
クリスはすーっと大きく息を吐き、
「昨夜、人類は魔王軍に完全敗北したよ」
先程とまったく同じ文言を繰り返した。
……言葉が見つからない。
今朝から父やメイド達の様子に違和感を覚えていたので、ある程度は覚悟しているつもりだった。
だがクリスの言葉は、そんな覚悟など優に飛び越えて、私の胸の内にズンと重く、深く響いてくる。
「ダクネス、大丈夫?」
あまりの衝撃に動揺し震えていた私の左手を、クリスは優し気に握ってくれた。
「……心積もりは、しているつもりだったのだがな」
「仕方ないよ。こればっかりはそう簡単に受け入れられるものじゃないからね」
……クリスには敵わないな。
私の考えている事など全て見透かされてしまう。
私は時間をかけて、この目を背けたくなるような事実を受け止めた。
「……すまない、もう大丈夫だ。教えてくれ、魔王軍が撤退して私が気を失った後、なにがあったのかを」
クリスはジーッと私の瞳を見つめ、もう精神が安定したと判断したのだろう。
重々しいその口を開いてくれた。
シルビアが致命傷を受けたのを契機に、魔王軍は次々と撤退した。
形としては魔王軍を撃退したような構図だが、実際は我々の惨敗だったらしい。
まず、ベルディアの死の宣告により、腕利き冒険者を初め、ジャティス王子までもが呪いを受けた。
冒険者達が死に物狂いで討伐しようとしたが、あと一歩の所で取り逃がし、ベルディアは魔王城に籠ったそうだ。
しかし、期限である一ヶ月が過ぎ去っても誰も死ぬことはなかった。
プリーストが再検査した結果、呪いはいつの間にか解かれていたとの事。
それに遅れて、ベルディアの訃報も入った。
このことから一時期、どこかの勇者が単身で魔王城に踏み込み、ベルディアを倒したのではという憶測が世間を賑わせる。
しかし証拠は残っておらず、証人もなし。
真実は迷宮入りしてしまった。
次に王都への襲撃だが。
街中が火の海に沈み、多くの家屋が全焼。
セレナが引き入れた魔物により、命を刈り取られた住民も少なくないとか。
それだけではない。
なんとレインに擬態したハンスが、アイリス様を襲撃したのだ。
激闘の末、クレアが不意を突いてハンス諸共身投げをしたことで、アイリス様は一命を取り留めたのだが、その程度でスライムが討伐できるはずもなく。
城下へ落ちたハンスは本能のままに街を飲み込み始めた。
通りすがりの商人を名乗る謎の二人組の協力もあり、なんとかハンスの撃退に成功したものの、被害は甚大。
王都の再建は難しいのではとも言われているらしい。
結局、私はなにも守れなかった。
貴族としても、クルセイダーとしても。その職務を全うできなかった。
情けない話だ。
戦場で死んでいった者に申し訳が立たない。
そして、これから始まるであろう過酷な世界を生きていく者達にも。
本来なら私が身代わりになり、彼らを守らなければならないのに。
そんな事すら出来ず、無責任に旅立たなければならない事は、本当に申し訳ない。
窓から差し込んできた柔らかな日差しが、私の顔を包み込んだ。
庭に生えた木の枝には四羽の小鳥。
種類が異なるのか、その四羽は大きさも色も異なっていた。
だけど、囀り合うそいつらは、なんだかとても仲が良さそうで。
………………。
……もし。
もし仮に、こんな罪深い私にも、祈る事が許されるのなら……。
「……どうか、彼らが歩むこれからの道に……希望があります……よう……に…………」
誰もいない部屋の中。
私はゆっくりと瞳を閉じた。
アンケートにご協力ください
投票数が多いようでしたら、後日追加投稿します(なければエピローグ書いて終わらせます)
[追記] (21/09/26) アンケートにお答えいただきありがとうございます。ご希望にお応えしまして、カズマの最後を描いた、特別編を投稿しました。