「これは夢だ、そうに違いねえ」
そう思わないとやっていけねえと東雲は考え、地面に倒れ込むように寝っ転がる。
丸二日も森の中を歩けばそう思いたくなる。
食料に関しては木の実をかじり、夜は不本意だがニャル太郎と寄り添って寝た。
極め付けはゲームに出てきそうなモンスターが出てくる始末、出てきた時はほんとに死ぬかと思った。
夢だからそのうち起きると信じて目を瞑った。まるで現実から目を背けるように。
「おい起きろ」
「いッ!!!」
突然脇腹を蹴られ、三メートルくらい吹き飛ぶ。
犯人は東雲の片割れのニャル太郎。
「現実逃避しても現実が押し寄せてくるだけだぞ」
「ならもう少し優しく現実に戻していただけると幸いです……」
流石に蹴られるのは慣れてきたと思いたいが痛いもんは痛い。
「二日も歩けばどっかの街に着くかと思ったけど現実は厳しいな」
蹴った本人は興味がなさそうに欠伸をした。
「ずっと思ってたけどなんで蹴るの」
「なんだろうな、蹴りやすいんだよなお前」
「ひどい!クズ!人でなし!心なし!」
「うっせ」と吐き捨てまた歩き始める。東雲も後をついていく。
「体力バカめが……」
「お前の体力が無さすぎんだよ、ちったぁ鍛えろ」
「大体ボクなのになんでそんな体力バカだったり怪力ゴリラなんだよ、おかしいよ」
「お前の足りない部分を補ってるのがオレの役目なんだよ」
「足りないものって?」
「体力、筋力、知性、その他もろもろ」
「……」
全てに心当たりがあった東雲は何も言い返すこともできず、歩くしかなかった。
「はぁ疲れた、おんぶしてよ」
「逆だろ!」
「いいじゃん、ボクの片割れなんだからさ」
「自分に甘えんな、そういうとこだよ」
「けーち」
だいぶ日が暮れてきた。また野宿かと思っていた矢先。
「おい、見えてきたぞ」
ニャル太郎が指差した方向を見ると街が見えた。
西部劇に出てきそうな町並みで、それなりに人もいた。
「おー!街だー!宿だー!飯だー!」
あまりの嬉しさに走り出す東雲と、やれやれとした顔で後を追いかけるニャル太郎。
約1時間後、東雲のメンタルは死にかけていた。
「そもそも異世界で言葉が通じる分けないんだわ……普通に考えれば当たり前なんだわ……」
「どんまい、そんな落ち込むなって」
「はぁ……」
「まあ腹は減ってるな、流石に木の実は飽きた」
流石に人間は空腹には勝てない、それはニャル太郎も同じだ。
「でもこの世界のお金ない持ってるわけじゃないよね?」
「持ってたら黙って買ってる」
「その時は言えよ!」
「やだ、お前めっちゃ食うもん」
なんと可愛げのないヤツなのでしょうか、でも自分が相方ならやりそうだもんなと納得してしまう。
「ん?」
「どうしたの」
「いや、あそこ」
ニャル太郎がある一軒を指差す。
西部劇に出てくる酒場なのだが看板に日本語で“クトゥルフの館”と書かれていた。
「クトゥルフの館、か」
何か惹かれるものではあるが明らかに怪しい、情報も無しに近づくのは危険だ、とニャル太郎は考えていた。
しかし見えているということは。
「クトゥルフ!?」
東雲にも見えているということだ。
「クトゥルフということは魔導書!!!燃やそう!!!」
「……はぁ?」
「人類に害ある有毒書は燃やす!!!」
完全に目がイカれてる、空腹はここまで人を狂わせるのかと理解したニャル太郎だった。
「うおおおおおおお!」
「おい!ちょっと待て!」
ほっとくとほんとに燃やしかねないので、追いかけるしか選択肢はなかった。
東雲はというと雄叫びを上げながら門扉を蹴破って中に入っていった。
そしてピタリとその雄叫びが止んだ。
嫌な予感が的中したかと、最悪の場合も考えて飛び込むように後に続いた。
「……」
「……あ?」
ぽかんと口を開けた東雲、外見と内装が合わないことで混乱するニャル太郎。
外装は西部劇の酒場なのに入って見たらあら不思議、なんと内装は図書館のような内装だった。
「……燃やそう」
「落ち着け、まだそうとは限らねえだろ」
空腹が響いて正しい思考ができなくなってきたようだ。
「つーかなんだここ、世界観バグってんのか」
「門の創造かな」
「なんて?」
「門の創造だよ、クトゥルフの呪文であるんだ」
「じゃあなんだ、この世界はクトゥルフの世界とでも言いてえのか」
「それだったら森でモンスターに襲われてボクらもう死んでる」
「そうかよ」
じゃあこの異常な状況はなんだ、と言おうとした時。
「おやおや、これは」
受付カウンターの場所に男がいた。
どこからやってきたわけでもなく、そこにさも当たり前のようにいた。
「えっ……」
「なっ……」
「初めまして、私リチャードと申します」
整えられた七三分けに黒スーツに鋭い目つきで飲み込まれそうな黒い目、貼り付けたかような笑顔をした男性が立っている。
「こ、こんにちは」と言うと東雲はニャル太郎の後ろに隠れた。
幸いにも
「おやおや、怖がられてしまいましたか」
優しそうな笑みを浮かべてるものの、どこか不気味さが漂って近づきたくない。
少なくともこいつが安全かどうか確かめたい、と考えていたニャル太郎だが。
「さぞ長旅で疲れたでしょう、夕食を準備しておりますよ」
「ご飯!?ほんと!?」とリチャードに近づいて行った。
隠し持ってた木の実を口にねじ込んでおけばよかったと、心底思った。
「ニャル太郎!ご飯!ご飯だよ!」
成人男性が飯如きでここまで落ちるとは、いやこいつだからあり得るな。
「早く早く!」
「今行くから、はしゃぐな」
図書館の中を進むと奥に豪華な食堂があった。
「どういう間取りなんだ……」
「すげー!」
なんでこいつはすぐ順応できるんだ、いや空腹で頭回ってないのか。
「どうぞお好きなのを注文してください」
「いいんですか!?何にしようかなぁ〜!」
「おい勝手にいくな!あぁすみません、オレら金ないんすよ」
「いえ、お代は結構です」
「あ?」
「タダ飯!?やったー!!!」
明らかになんかあるだろと、ニャル太郎はリチャードを睨んだ。
「私の顔をじっと見て、どうかなさいました?」
「タダ飯ってことは、なんかあるんじゃねえのか」
「ニャル太郎!これ美味しい!美味い!」
「あのバカ、もう食ってやがる」
もうあいつを見捨てるしかないなと思い、出口の方に向かう。
「彼を置いていくつもりですか?」
冷たく男の声が響いた。
「オレには関係ない」と自分に言い聞かせるように、足を動かした。
「……貴方なのに?」
「!」
なんでこいつは、
思わず振り返ると、男は目の前に立っていた。
「片割れを、見捨てるつもりで?」
その目はオレを見ている、何も写していない真っ黒な色で。
「こんな世界で片割れに何かあった場合、もう一つの片割れはどうなるんですかね」
ただ話してる声は無機質のように、言い聞かせてくるように。
あぁそういうことか、と理解するしかなかった。
「チッ、めんどくせえ」と頭を掻いた。
「なにがー?」
こいつにさっきのことが聞こえてない、ということは聞かせたくなかったのか。
確かにあのバカはこういう場面には擬似的ながら経験がある、尚更聞かせたくないんだろうな。
聞いた瞬間食いもんだろうがなんだろうが、逃げるか燃やすだろうし。
「なんでもねえよ」
「そー」
「口についてんぞ、子供かよ」
米粒を取ると無邪気に「ありがとー」と言ってきた。
「ふふっ、可愛らしい妹さんですね」
「誰が妹だッ!!!」
はぁ、とため息をつくしかなかった。
・ー・ー・
「ふぅ〜食った食った」
「……うまかった」
「それは何よりです」
「金があったら絶対払うのになぁ、すみません無一文で」
「いえ、お気になさらず」
「働き出したら10万ほど寄付しますので」
「だ、大丈夫ですので」とリチャードは引き攣った笑顔をした。
変なこと言ったかなぁと東雲は考えたがなにも間違ったことは言ってないはず。
「あ、そうだリチャードさん」
「なんでしょう」
「実はボク達、泊まるところを探してまして」
「でしたら二階をお使いください、部屋は空いてますので」
「だってよ、ニャル太郎」
「あっそ」
「お前なんでそんなそっけないの、貸してくれるんだぞ?」
こいつ夕食の時から機嫌悪かったけど、なんかあったのかと聞こうとした時。
「ただ」とリチャードが口を開いた。
「「ただ?」」
「貸すのにも色々と条件がありますので」
場所を変えましょうかと立ち上がり、図書館の方へと歩き始めた。
ニャル太郎はなにも言わずに立ち上がり「行くぞ」と手を引っ張ってきた。
「どうしたの?さっきから変だよお前」
「うるせえ、なんでもねえよ」
そう言うのなら、それ以上の質問はやめた。
食堂を抜けさっきのカウンター前まで行くと、リチャードはカウンター下からアタッシュケースを取り出した。
「え、ボク達運び屋でもされられるんですか」
「そんな物騒なことは頼みませんよ」
ほっとしたのも束の間。
にっこり笑ったリチャードはこう話した。
「こちらの“クラウドドライバー“と“カオスドライバー“をもらっていただけないでしょうか」
……………………。
「「なんて???」」