風が頬を撫でる。草木が揺れる音がする。鳥が羽ばたく音がした。
(……あれ……確か……)
靄がかかったように意識がぼんやりとしている。それでも起きなければいけない気がした。
仮に月神ナンナを倒せたとしてもすでに仲間の神が来ているかもしれない。
油断せずに周囲の確認をするために身体を起こす。
「──イッッづッッッッ!!!!!」
ぼんやりとした頭にハンマーで殴られたかのような痛みが走る。
頭だけじゃない。起きた直後まるで釘を刺されたような痛みが全身を襲う。
激痛のせいで呼吸の方法を忘れる。思考がまともに機能しない。
(──落ち着け──呼吸──息を吸う──吸う──息を吸うんだよ──)
口を開き、ゆっくりと、肺に空気を送り込む。
「────ゲホッ……、ァア゛」
空気を肺に送りすぎたのか逆にむせ返ったようだ。
ようやく意識がはっきりしてきた。ついでに寝ぼけていた頭も覚醒する。
「と、とりあえ、ず、生きてる、よね?」
自身の身体を触り欠損がないか確認する。
あれだけの激戦だったにも関わらず奇跡的に五体満足。頭のアホ毛も健全だった。
「おや、おはよう」
聞き覚えのある声が耳に入る。声の方に目をやるとライウェー(女体の姿)がカゴを持って立っていた。
「あ、おは、よう」
「ふむ、少々喉がおかしいな」
言われて気がついた、喉の調子がおかしい。例えるとカラオケでフル五時間歌い続けたようにおかしいのだ。
「のど、つ、ぶれて、る?」
「悪化するから喋らなくていい、ちょっと待っていろ。今薬を」
「ンン゛ッ、アァー、あー、オッケ治った」
「どうなっているんだ君の身体は」
「カラオケ五時間でフルで歌ってれば無駄に喉も鍛えられる訳ってやつよ」
なお歌唱力の上達は考慮しないものとする。
ただそれを聞いてなのかライウェーはホッとした表情を見せ、東雲の幻想屋の隣に座りカゴから何かを取り出した。
「とりあえず飲んでおけ、例の薬だ」
「これどうしたの?」
「君が気絶している間に色々と住民に紛れて物資と情報を集めていたのだよ」
ライウェー曰く、直接的な破壊行為をしたわけではないがナンナが来たことにより街が半壊。ある意味間接的に破壊したと見なされ住民達が血眼に四人を探していたらしく気絶した東雲の幻想屋を連れて街の外に移動したとのこと。
「それでしばらくはこの女体でやりくりしてようやく例の薬を貰えたのわけだ、まあもう街には戻れんがな」
「……身体売ったりしてないよね?」
「なぜそうなる?」
「いやこれ結構高いし、ほら金がなければ身体で払ってもらうかぐへへってみたいな展開になってもおかしくなさそうだし」
「そんな安くていかがわしいゲームみたいなことはなかったぞ、単に家族が怪我しているので薬をくださいと頼んだら普通にくれたぞ」
「いや人間ちょろ」と思わず笑いがこぼれる。
「はぁ、もう少し危機感を持ってほしいのだがな」
「いちいち危機感持ってたら精神持たないよ、人間気楽に気楽に」
そう言って立ちあがろうとした時、前に倒れた。
咄嗟に手を出そうとしたが、怪我の影響か自分の身体がコントロールがうまくできないことに気づく。
しかし気づいたところで地面は目の前まで迫ってきている。
「!」
済んでのところで、地面との熱いキスは免れた。
「君というやつは、全く手間のかかる主だ」
呆れながら、ただ安心そうに東雲の幻想屋の腕をライウェーが掴んでいた。
「ごめん」
「気にするな、なんせ三日も寝ていたからな」
「まーたボクそんな寝てたの?」
「そりゃあ死んだようにな」
ライウェーは木の根元に東雲の幻想屋を座らせ、薬を渡した。
「とりあえず傷を癒せ、君は少し無理をしすぎだ」
「そうかな?アニメの主人公もこれくらい怪我してるでしょ」
「アニメの主人公も流石にそこまでボロボロにならないと思うが、まあよい」と腰を下ろし一息つく。
東雲の幻想屋はもらった薬を一気飲みし、しばらく空を眺めていた。
「それで、今後はどうするつもりだ?」
「どうって、そりゃあ────やるしかないかなって」
「……正気か?」
「正気かって聞かれると、なんて返せばいいかわからないんだけど」
空になった小瓶を置き腕を組む。
「これはボクの完全なエゴになるんだけど」
「と、言うと?」
「……人々から神様を奪うって結構大罪なんだぜ」
普段の緊張感のかけらもない声からは想像もつかないような落ち着いた声で話し始める。
「神様は確かに大嫌いだよ、だけど少なからずそんなものを信仰してる人はいる。それを必要としてる人達からボクは
「だがそれだけの理由で君が神と戦う理由にはならないのではないか?戦いが苦手な君なら避ける方法を選ぶと思うのだが」
「そう思われるのも仕方ないんだけど、なんだろうなぁ」
腕を組みしばらく悩んだのち。
「犯した罪は一生消えないまま身体に刻まれる、この腹の傷みたいにね」
答えになってないか、と笑いながら答える。
「ようは単純なケジメというか責任だよ。やってしまった以上、徹底的にやるかってやつ」
「……そんなことを考えていながら戦っていたのか?」
「あん時は本当に殺すことだけ考えてたよ、この世界の事情とか知ったこっちゃねえ状態だったしなぁ。あの殺意のせい、って言ったらずるいかもだけどその殺意に背中を押された感じかな」
「まあそれは八割思ってること」
「残りの二割は?」
「うーん、消去法?」
消去法?と頭にいっぱいはてなを浮かべながらライウェーは首を傾げた。
「元の世界に戻るのがボクの最終目標なのは知ってるっけ?」
ライウェーはこくりと頷く。
「つまるところゲームと一緒だよ、ラスボスを倒せば
「もしや、ゲーム感覚で神々を
「うんまあ、そうかな、というかそれしか方法が思いつかないんだよねぇ」
ごろん、と地面に寝っ転がる。視界の先で青い空が広がっていた。
「兎にも角にも神に喧嘩売った以上その罪を背負っていかなきゃって。でもって責任持って滅ぼさなきゃ、ボクだって死にたかねーので」
「君、思考が色々とごちゃついてないか?」
「あぁやっぱそう思っちゃう?」と頬を掻きながら、「ボク自分の考えまとめるの苦手でさ、頭がパンクしちゃうんだよね」
「……なるほど、君が三人に分かれた理由が少し分かった気がする」
「え?何?」
「なんでもない、面白い主だなと思った次第」
それで、これからどうするんだ?とライウェーが聞いてきた。
「とりあえず二人を召喚します、話はそれからだ」
ゆっくりと立ち上がり、深呼吸をしながら左手でアホ毛を掴む。
「──『
瞬く間に橙色の光と白色の光が東雲の幻想屋から抜けていき人の形を創り出し、見覚えのある二人に姿になった。
「よし、じゃあさっきのはな──」
「東雲さんの覚悟、しっかり聞きましたわぁ!」
「ちょ死ぬ死ぬ死ぬ!肋骨あたりが三本くらい折れる!」
二メートルの巨体の抱擁をしかと受ける東雲。下手をすれば怪我が悪化するだろう。
「ワタクシ元々は悪役の立ち位置ですので、そういうのは慣れていますわ!」
「いいから離してもろてぇ……」
「あっ!申し訳ございませんわ!」
ようやく解放。危うく死にかけるところだった。
「死ぬかと思った」
「すみません、ヒトと触れ合うのは慣れていなくて」
「大丈夫だよ、そのうち慣れるさ」
「そうだぞ、人間慣れたらどうとでもなるんだ」
ニャル太郎が腕を組みながら頷いていた。
「それに、今になっちゃもう関係ねえだろ?」
「「「……」」」
「あ?なんだよ」
見られていることに気がついたのか、少々不機嫌そうな顔つきで三人を見るニャル太郎。
「んだよ、ジロジロ見て」
「その、なんと言いますか」
「これはまあ、ふふっ」
「あのさ、真面目な顔して真面目な話してるとこ悪いんだけどさ」
ニャル太郎を指差しながら呟く。
「その服なんだよ」
「……は?」
ゆっくりと視線を落とし、ようやく理解したかのように顔を赤らめる。
「ウェエー!?なんだこれェ!?」
真っ白な髪はツインテールのまま。その頭に真っ黒なウサ耳とリボン。
黒を基調としたバニースーツ。白いブラウスに黒いクラバット。白タイツに黒いヒール靴。真っ白でまん丸とした愛らしい尻尾も健在。
まさしくそれは“バニーガール“だった。
「ほー、スカートの方とは、お目が高い」
「何見てんだ!てかこれお前の趣味だろこれ!」
「いいじゃん、清楚系バニー」
「バニーはえっちなのが鉄則だろうが!」
「お前の趣味とか知らんわアホ」
「バニースーツつったらハイレグがキッツイやつだろ!」
「ハイレグキツいとか言うんじゃないよ、全国のバニースーツ好きに失礼でしょうが」
「つーかなんでオレがこうなってるわけ!?いつものメイド服は?!」
「知らんけど、あれじゃね?神様に逆らった罰」
「こんな神罰あるかァ!あってたまるか!」
「ですが心機一転にはちょうどいいですわ」
「嘘だろシノタロス」
「トウホウは好きだぞその姿」
「………………………」
「いや黙んなや」
「……うるせっ」
そっぽを向き歩き出す。ただその顔はまんざらでもなかった。
「まあ!後ろ姿も可愛いですわ!」
「ふむ、バニーガールか、考慮に入れておこうか」
二人がその後に続く、東雲はただその背中を眺めて微笑む。
「何はともあれ、生きてるんだよなボクら」
青い空に向かって、何気なく呟く。
完全にシュメール神話側に喧嘩を売ってしまった、それは避けようのない事実。
その選択をしたのは、紛れもなく
「あ、待ってー!」
三人を追う。まだ物語は始まったばかりで長い旅が待っているのだから。